◆ H08.01.25 大阪高裁判決 平成5年(行コ)第6号 京都市教育委員会君が代カセットテープ配付事件(損害賠償等請求控訴事件) 判示事項: 一 地方自治法二四二条の二第一項四号前段の住民訴訟につき、財務行為を専決する権限を有しない教育委員、学校指導課長などが、「当該職員」に該当せず、これらを被告とする訴えが不適法とされた事例 二 地方自治法二四二条の二第一項四号前段の住民訴訟につき、市販のテープへの君が代の録音とその学校配付は「財務会計上の行為」に該当せず、これを行ったという学校指導課長・施設課長を被告とする訴えが不適法とされた事例 三 君が代を録音して学校に配付する目的であっても、市販のテープを購入しその代金を支出したことによっては、損害の発生はなく、このことは右目的が違法・違憲であるかどうかにかかわりがないとされた事例 原審:京都地方裁判所 平成4年11月4日 損害賠償等請求事件     主   文 一 本件控訴を棄却する。 二 控訴費用は控訴人らの負担とする。     理   由 一 本案前の判断 1 被控訴人広中和歌子、同矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘についての監査不経由 (一)乙第一六号証、第一七号証の一ないし四、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。  控訴人らは、昭和六一年一〇月一六日から昭和六二年二月二八日にかけて、四回にわたり、京都市監査委員あてに、地方自治法二四二条一項により、次の京都市職員措置請求をした。即ち、京都市教育委員会(市教委)は、昭和六一年春の卒業式、入学式に先立って、市内約二七〇の小中学校に君が代のカセットテープをもれなく配ったところ、これが違法不当な公金の支出であり、京都市教育委員会委員長、池田正太郎、同委員、大辻一義、薮内清、清水栄、西川喜代子、教育長、高橋清らは、京都市に対し、連帯して一〇万円(テープ代、ダビング代その他−推定)の損害賠償金を支払うこと、また全小中学校に配付した君が代テープを回収せよ、との勧告を求める、というものである。  京都市監査委員らは、右監査請求について、監査を実施したところ、市教委が昭和六一年二月七日にカセットテープを購入のうえ、君が代を録音し、これを同年三月四日に小中学校に配付し、その際購入費用四万四九五〇円の支出をしたとの事実経過を把握したうえ、右公金の支出が違法又は不当であるかどうかについては、監査委員四名の合議が整わなかったため、監査の結果を決定しえなかった旨の監査結果に至り、昭和六一年一二月一五日ないし昭和六二年三月一九日の四回にわたり、これを請求人らに通知した。 (二)右認定事実によると、控訴人らの監査請求は、市教委によるテープの購入、録音、配付に関する行為を違法不当な行為と捉えてしたものであり、人的には、教育委員会委員長、同委員、教育長の職、及び個人六名を明示しているが、対象行為の行為自体として、市教委を掲げ、右六名の末尾に、右六名が例示に過ぎない旨を表す「ら」を挿入している点もあって、監査請求にかかる職員等を右六名に限定する趣旨とは解されず、かえって、市教委の当該行為を担当する職員等をも相手方として含める趣旨であったものと解される。争いのない事実、後記二1認定事実及び乙第八号証によると、右六名以外の被控訴人広中和歌子は、右テープ購入当時の教育委員であり、被控訴人矢作勝美、同中城忠治、同岡部弘は、いずれも当時市教委事務局の課長であって、教育委員長、同委員、教育長の指揮監督の下に、テープの購入、録音、配付に当たるべき者であるから、これらの者も、本件監査請求の対象行為等にかかる職員等として当然に想定しうる者と言うべきである。  よって、これら四名についても、監査請求手続を経由された職員等として取り扱うべきであり、本件住民訴訟は、監査請求前置を満たしているものと言うべきである。 2 被控訴人らの当該職員該当性 (一)被控訴人一ないし九に対する請求は、地方自治法二四一条の一第一項四号前段に基づき(控訴人らの原審第一準備書面六(二))、京都市に代位して、違法な公金の支出、財産の管理行為をした当該職員に対する損害賠償を請求するものである。住民訴訟制度は、地方自治法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正しもって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、右「当該職員」としては、本件訴訟でその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者であることを要すると言うべきである(最高裁昭和六二年四月一〇日第二小法廷判決民集四一巻三号二三九頁、なお控訴人らの引用する最高裁昭和五三年六月二三日第三小法廷判決判例時報八九七号五四頁は、同法二四二条の二第一項四号後段の事案に関するものであるから、本件には参考とならない。)。 (二)本件について、右権限に関係する法規は次のとおりである。  市教委を含む京都市の財務会計上の権限を有する者は京都市長である(地方自治法一四九条二号、六号、一八〇条の六第一号、地教行法二四条)。  教育長は、教育委員会の指揮監督下に、教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどる(地教行法一七条一項)。  京都市では、教育長等専決規程(昭和三八年五月一六日訓令甲第七号)をもって、次のとおり教育長等の専決事項を定めている。(乙七号証)。  教育長の専決事項  一件一〇〇〇万円以下の物件、労力その他の調達決定及びこれに伴う経費の支出決定に関すること(三条、教育長別表(12))。  物品の寄託、貸借、交換、譲渡及び譲与の決定及び契約に関すること(三条、教育長別表(18))。  総務課長の専決事項  一件二〇〇万円以下の物件、労力その他の調達決定及びこれに伴う経費の支出決定に関すること(三条、総務課長別表(17))。  教育長、総務課長は、重要、もしくは異例と認められる事項または解釈上疑義のある事項については、上司の決裁を受けなければならない(二条二項)。 (三)被控訴人池田正太郎、同大辻一義、同薮内清、同清水榮、同広中和歌子  これらの者は、昭和六一年二、三月当時(但し被控訴人広中和歌子は同年二月二五日まで)市教委教育委員長又は同委員であったところ、証拠及び本件記録上、右委員長又は委員が、財務会計上の行為をなす権限を法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者であったとは認められない。  したがって、右被控訴人らは、前記当該職員に当たるとは言えないから、これらの者は本件代位損害賠償請求訴訟につき被告適格を有しない。 (四)被控訴人高橋清  同被控訴人は、昭和六一年二、三月の本件テープの購入、購入代金の支出当時市教委教育長であったところ、前述のところによると、本件請求の対象とされており、財務会計上の行為と言うべきこれらの行為につき、本来的になす権限を有する京都市長からの委任を受けて専決権限を有するに至った者であって、前記当該職員に当たるものと言うべきである。  被控訴人らが、右行為をなす権限は総務課長のみが有し、教育長はこれを有しないと主張するのは、前記専決規程に照らし、その解釈を誤ったものであって失当である。 (五)被控訴人中城忠治、同岡部弘  同被控訴人らは、昭和六一年二、三月の本件テープの購入等の当時、市教委学校指導課長又は施設課長であったが、証拠及び本件記録上、本件請求の対象とされている行為のうち、財務会計上の行為と言うべき本件テープの購入、購入代金の支出に関する行為については、これら行為をなす権限を法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者とは認められない。  次に、本件請求の対象である行為のうち、テープへの君が代録音、テープの小中学校への配布行為は、それ自体、財務会計上の行為とは言えない。もっとも、右各行為、特に配布行為が、当該物品の何らかの意味での管理的側面を有すると言えなくはないものの、右は、控訴人らの主張及び後記二1認定にあるように、君が代斉唱の指導という、児童生徒の教育指導を図ってなされた行為であって、本件テープの物品としての財産的価値に着目し、使用権の設定変更等の価値の維持、保全を図る財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産管理行為には当たらないと解するのが相当である(最高裁平成二年四月一二日第一小法廷判決民集四四巻三号四三一頁参照)。  したがって、右録音、配布行為につき、右被控訴人らが権限を有するかどうかにかかわらず、この点をもって、右被控訴人らが財務会計上の行為につき、権限を有する当該職員であると言うことはできない。  よって、右被控訴人らは、本件訴訟の被告適格を有しない。 (六)被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇  本件請求のうち、これらの者に対する請求は、これらの者が、対象行為等にかかる職員等であるとしてなすものではなく、その相手方としてなすものと解されるから、これらの者が当該職員であることを要しない。よって、これらの者が当該職員でないとしても、被告適格を有しないとは言えない。 3 その他の不適法事由  被控訴人ら及び同参加人が、その他に訴えの不適法事由として主張する点は、いずれも控訴人らが本案の請求原因として主張するところについて、主張自体理由がないと言うべきか、もしくは証拠上認められず、ないしは被控訴人ら及び同参加人主張のように認められるかどうかの問題であって、本案前の不適法事由となるものではない。 二 本案の判断 1 乙第一二号証、第一三、第一四号証の各一、二、第二一号証、証人高石邦男、同桐山昇造の各証言、被控訴人矢作勝美本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。 (一)昭和六〇年八月二八日、文部省初等中等教育局長高石邦男から各都道府県・指定都市教育委員会教育長あてに「入学式及び卒業式において、国旗の掲揚や国歌の斉唱を行わない学校があるので、その適切な取り扱いについて徹底すること」等を記載した通知(文初小第一六二号、乙第一二号証)がなされ、市教委は、同月末ころ右通知を受け取った。 (二)昭和六一年一月末ころ、京都市小中学校の各校長会から市教委学校指導課指導主事らに対し、児童生徒への教育指導用に君が代の録音テープを配付してほしい旨の要望があった。 (三)市教委事務局学校指導課長であった被控訴人中城忠治は、昭和六一年二月五日、右要望を受けて、京都市内の公立小中学校の児童生徒への教育指導用に君が代の演奏及び斉唱を録音したテープを各校の校長らに配付することを決定した。そして、学校指導課は、右録音配付に使用する目的をもって、「物件購入決定書兼契約決定通知書」(稟議書、乙第一三号証の一、二)を起案して、これを施設課を経て総務課へ回付し、同書をもって、カセットテープ往復三〇分用、TDK−DS又は同等品、小学校用二一〇本、中学校用八〇本の購入を要求した。 (四)被控訴人矢作勝美は、右要求を受け、右テープの前記使用目的を知りつつ、同月六日、右物件購入決定書を京都市長に属する権限の前記専決委任に基づき決裁して、右カセットテープ合計二九〇本を購入する旨の決定をした。  同被控訴人は、直ちに京都市理財局調度課に右テープの購入を指示し、同課職員がこれを受けて、同月七日、三条サクラヤ写真機店こと岡本忠夫から市販のカセットテープ、TDK−DS二九○本を購入する契約を締結した。価格は、当初予定が単価二〇〇円であったところ、実際には単価一五五円で合計四万四九五〇円であった。  右カセットテープ二九○本は、右岡本忠夫から同月一〇日右調度課を通じて市教委学校指導課に納入された。  被控訴人矢作勝美は、同月二六日、市教委総務課長として、京都市長からの専決委任に基づき、右購入代金合計四万四九五〇円の支出命令書(乙第一四号証の一、二)を決裁し、もって地方自治法二三二条の四第一項所定の支出命令をした。京都市収入役は、同年三月四日、右支出命令に基づき、右購入代金合計四万四九五〇円を前記岡本忠夫に支払った。 (五)他方、市教委事務局学校指導課の職員らは、同年二月一〇日ころから同年三月四日までの間に、右カセットテープに君が代の演奏及び斉唱を録音した。 (六)被控訴人中城忠治は、同年三月四日、市教委学校指導課長として、右により録音したテープを校長会の役員を通じ、又は直接に、京都市の全公立小中学校の校長に各一本あて、児童生徒の教育指導用に配付した。 2 被控訴人矢作勝美、同高橋清に対する請求 (一) 1認定のとおり、被控訴人矢作勝美は、財務会計上の行為と言うべき本件カセットテープの購入決定及び購入代金支出命令をなしたものであり、同高橋清は、右支出命令につき上司として決裁する権限を有していたものである。 (二)そこで、右カセットテープの購入、購入代金支出により、京都市に損害が生じたかどうかを検討する。  右カセットテープ購入は私法上有効と認められる。この購入の目的が、君が代を録音し、これを学校に配付する等のためにされたことは前記のとおりであるが、これらの目的が違法、違憲であるかどうかは、右購入契約の私法上の効力に影響を及ぼすものではない(最高裁平成元年六月二〇日第三小法廷判決民集四三巻六号三八五頁)。  右購入代金として、京都市から四万四九五〇円の公金の支出がなされたのであるが、京都市は、右支出に先立って本件カセットテープ二九〇本の納入を受け、これを法律上有効に取得している。ところで、右カセットテープは、市販のものであって、購入当時君が代の演奏ないし斉唱が録音されていたものではない。この段階では、右テープは、どのような音声をも録音しうる汎用のものであったから、それ自体有用なものであったと言うべきであり、京都市ないし市教委にとって不用品であったとは認められない。しかも、右カセットテープの購入代金が時価より高額であり、右テープの価値を越えるものであったことを窺わせる証拠はないから、右カセットテープは、購入代金相当の価値ある財産であったものと認めるべきである。  そうすると、京都市は、前記購入代金にかかる公金支出の対価として右代金相当の財産を有効に取得しているから、右代金支出にともない損害は発生していないと言うべきである。 (三)もっとも、右カセットテープの購入目的は、これに君が代の演奏及び斉唱を録音して小中学校の校長らに教育指導用に配付するところにあった。右目的とされる行為につき、控訴人らは違憲違法であった旨種々の観点から主張しており、また、控訴人らは、右違憲違法主張との関連で、右カセットテープは、君が代録音後、君が代斉唱指導の目的を達するまで消音及び他の音声の再録音を禁止されており、違憲違法の目的以外に使用できない物であったため、損害が生じる趣旨の主張をしている。  しかし、右消音及び再録音の禁止は、本件カセットテープ自体についてみれば、購入行為自体とは別に、これより後に生じるべき事情であり、購入行為以前から、市教委職員らの間で、右の措置が予定されていたとしても、購入時のカセットテープ自体に付着した属性とはみられないから、購入時の右カセットテープが汎用性があり、有用であることを損なうものとは言えない。  また、控訴人らは、右カセットテープ購入時には、既に各小中学校に君が代のレコードがあったから、右購入は無駄であった旨主張する。しかし、右レコードがあったとしても、テープの使用方法は、レコードとは異なるうえ、前述したテープの汎用性の見地からみれば、右購入にかかるカセットテープが不用品であったと言うことはできない。  したがって、控訴人らの右主張に照らしても、本件カセットテープ購入及び購入代金支出による損害発生を認めることはできない。 (四)なお、1認定によると、被控訴人矢作勝美は、単に本件カセットテープ購入及び購入代金の支出に関与したにとどまらず、学校指導課長らが、本件カセットテープに君が代演奏及び斉唱の録音をしたうえ、小中学校の校長らに教育指導目的で配付するとの使用目的を知りつつ、右購入等行為に当たっている。控訴人らは、右録音、配付行為及びこれによる損害も請求原因として主張している。  しかし、住民訴訟制度上、地方自治法二四二条の二第一項四号前段の当該職員に対する違法行為による損害賠償請求は、財務会計上の行為を対象としてのみ認められるべきものであるところ、前述したとおり、右テープへの君が代録音及び配付行為は、いずれも、財務会計上の行為に該当しないから、これらを請求原因として、損害賠償請求をすることはできないものというほかはない(最高裁平成二年四月一二日第一小法廷判決民集四四巻三号四三一頁参照)。  よって、右録音、配付行為による損害発生は論ずるまでもない。 (五)よって、被控訴人矢作勝美、同高橋清に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。 3 被控訴人一〇ないし三二、三四、三六ないし三九、四一ないし七三、七五ないし一二九、一三一ないし一四〇、一四二ないし一八〇に対する請求 (一)京都市が本件カセットテープの所有権を有していること、右テープについて、右被控訴人らが、昭和六一年三月四日ころ配付を受け、又は配付を受けた前校長から引継を受けたこと、うち被控訴人一四七(粟野敬之助)以外の者が、本件訴え提起当時、これを管理保管していたことは争いがない。 (二)しかし、乙第一八号証の一ないし四、第一九、第二〇号証の各一、二、弁論の全趣旨によると、右被控訴人らのうち、被控訴人一七六(安場明彦)を除く被控訴人らが本件口頭弁論終結時(平成七年九月二二日)までに、別紙被控訴人目録転任退職等欄記載のとおり京都市立小中学校の校長職を離れたものと認められるところ、1認定のカセットテープ配付の目的、経緯及び証人桐山昇造の証言によると、これら被控訴人らは、校長職を離れるとともに、その学校での右カセットテープの保管を止め、その占有を喪失したものと認めるべきである。  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、右被控訴人らに対するカセットテープ引渡請求は理由がない。 (三)弁論の全趣旨によると、被控訴人一七六(安場明彦)は、現在も京都市立中学校の校長職にあって、本件カセットテープをその学校において保管占有しているものと認められる。  しかし、右保管占有は、前記1認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、校長としての地位に基づいて取得し、かつ維持しているものと認められる。そうすると、京都市との関係において、右保管占有は職務上正当な権原に基づくものであり、これを京都市に引き渡し原状を回復するべきものと言うことはできない。  よって、同被控訴人に対する請求も理由がない。 三 よって、控訴人らの本件訴えのうち、被控訴人池田正太郎、同大辻一義、同薮内清、同清水榮、同広中和歌子、同中城忠治、同岡部弘に対するものは不適法として却下するべく、その余の被控訴人らに対する訴えは適法であるが、請求は理由がないから棄却するべきである。  よって、右と同旨の原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 河田貢 裁判官 高田泰治)