◆ H13.01.30 東京高裁判決 平成12年(行コ)第178号 日の出町立平井小学校日の丸引き下ろし事件(戒告処分取消請求控訴事件) 平成一二年(行コ)第一七八号 戒告処分取消請求控訴事件 原審・東京地方裁判所平成七年(行ウ)第四九号 平成一二年四月一六日 判  決 東京都新宿区西新宿二丁目八番一号  控  訴  人     東京都教育委員会  右代表者委員長     清 水    司  右訴訟代理人弁護士   白 上  孝千代  右指定代理人      奥 村  誠 一  右指定代理人      江 藤    孝 東京都ハ王子市〔町名・番地省略〕  被 控 訴 人     □ □  □ □  右訴訟代理人弁護士   内 田  雅 敏  同           遠 藤  憲 一 主  文 一 本件控訴を棄却する。 二 控訴費用は控訴人の負担とする。 事実及び理由 第一 当事者の求めた裁判  一 控訴人 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人の請求を棄却する。 3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。  二 被控訴人    控訴棄却 第二 事案の概要  本件は、東京都西多摩郡日の出町立平井小学校の教諭である被控訴人が、右小学校の平成二年度の入学式当日(同年四月六日)、同校長の命で、同校庭国旗掲揚塔に掲げられていた日章旗を、入学式の開会直前に引き降ろしたことが地方公務員法三二条(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)及び同法三三条(信用失墜行為の禁止)に違反するとして、控訴人が、被控訴人に対し、同年六月二九日付けでした戒告処分について、被控訴人が、東京都人事委員会に不服申立てをし、同委員会が右戒告処分を承認する旨の裁決をしたため、右戒告処分の取消しを求めて提訴した事案である。  原審裁判所は、右戒告処分は、日の出町教育委員会の内申をまって行われることが手続上必要とされているところ、本件において、右のような手続を経て行われたと認めるに足りる証拠はなく、右戒告処分は、手続上の違反があり、取消しを免れないとして、右戒告処分を取り消す旨の判決をしたことから、控訴人が、これを不服として控訴した。 一 前提事実  前提事実(末尾に証拠等の記載のないものは、当事者間に争いがない。)は、原判決書三頁八行目から同九頁九行目までに記載するとおりであるから、これを引用する。 二 争点  本件の争点は、以下のとおりである。 1 本件戒告処分は、手続的に適法か、具体的には、(一)本件戒告処分は、日の出町教育委員会の内申をまって行われたものか否か、(二)本件戒告処分は、右の点以外の手続上の重大な瑕疵があることにより取り消されるべきものか否か。 2 本件戒告処分の掲げる懲戒事由は存在したか、具体的には、(一)日章旗が国旗であることの法的根拠の有無、(二)本件日章旗を引き降ろした被控訴人の行為が地方公務員法三二条に違反するか否か、(三)本件日章旗を引き降ろした被控訴人の行為が地方公務員法三三条に違反するか否か。 3 本件戒告処分は、被控訴人の思想・良心の由由を侵害するか否か。 4 本件戒告処分は、教師の職務権限の独立及び身分保障(教育基本法六条二項、一〇条、学校教育法二八条六項)を侵害し、教育行政権限の限界を逸脱する違法な処分か否か。 三 双方の主張  右の争点についての双方の主張は、控訴人が当審において、争点1(一)について、以下のとおり予備的主張を追加したことを付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第三 争点についての当事者の主張」欄記載のとおりであるから、これを引用する。 1 控訴人の当審における予備的主張  仮に、平成二年六月二二日に内申書の受領があったとは認められないとしても、控訴人は、予備的に、平成二年五月一四日にも日の出町教育委員会の内申があり、本件戒告処分は、右の内申をまって行われたと主張する。すなわち、日の出町教育委員会は、入学式当日の国旗掲揚が一時中断された件について、都教育委員会教育長に対し、日の出町教育委員会教育長職務代理者名で学校における事故報告書を東京都多摩教育事務所西多摩支所を経由して提出した。多摩教育事務所では、事実関係を把握したうえで自らの見解を記載した文書(乙第四七号証)を作成し、多摩教育事務所指導課長名で小学校の教育課程の事務を所管する指導部初等教育指導課長宛てに提出した。初等教育指導課長は、これが人事部で処理すべき事項であると考え、薩日内管理主事と連絡のうえ書類を渡した。これを受けた薩日内管理主事は、通常の事故報告書と同様に、事故について検討を行うため、全管理主事に対し、右文書を供覧に付した。この供覧文書中の日の出町教育委員会の事故報告書(日教委発第一二五号)の「7」に教育委員会の見解が記されていた。ところで、地教行法三八条一項に、市町村教育委員会が、都道府県教育委員会に対し、どのような方法でどのような様式を用いて行うべきか等について特段定めていないから、日の出町教育委員会の事故報告書に記載された本件事故についての前記見解は、地教行法三八条一項の内申といえるものである。したがって、控訴人が市町村教育委員会の意向の確認を乙第四七号証によって行ったことは、内申をまって本件戒告処分を行ったことに当たる。 2 被控訴人の反論  右主張は争う。  乙第四七号証中の日の出町教育委員会の事故報告書は、その体裁及び内容から見ても、本件事故発生についての報告文書にすぎず、これをもって内申書とみることはできない。また、右文書は、五月一四日の発出と同時に教育庁内で広く供覧に付されているが、これは、「内申書は、重要で秘密を要する文書であるから、担当管理主事にしか知らせないし、収受番号も打たない」という控訴人の主張とも矛盾する。さらに、右の「日の出町教育委員会見解」なるものは、「服務上の問題として十分な検討をお願いしたい」とされているだけで、一般的、抽象的な内容文書にすぎず、これをもって内申に当たるとすることはできない。仮に右文書が内申であると位置付けられているのであれば、なぜ薩日内管理主事は日の出町教育委員会に内申の督促を改めてしなければならなかったのか、説明がつかない。薩日内管理主事は本文書を内申であるとは認識していなかったものであり、受け取った者が内申と認識していない文書が内申書に当たるはずはない。 第三 当裁判所の判断 一 本件戒告処分は、日の出町教育委員会の内申をまって行われたものか否か(争点1(一))について  当裁判所も、本件戒告処分は、日の出町教育委員会の内申をまって行われたと認めるに足りる証拠はなく、本件戒告処分は、地教行法三八条一項の違反があり、取消しを免れないと判断する。その理由は、原判決が「事実及び理由」の「第四 争点についての判断」欄に記載するところと同旨であるから、これを引用する。なお、控訴理由にかんがみ、当裁判所の判断を以下のとおり付加しておくこととする。  控訴人は、日の出町教育委員会の池田課長が内申書を発信した手続には、日の出町文書管理規程の定めに照らし、適切とはいえない面があるが、だからといって池田課長が内申書を作成し、これを六月二二日に薩日内管理主事に持参して提出した事実までが否定されるものではないし、薩日内管理主事はこれを特段の不審を抱かず受領したものである旨主張する。  しかし、日の出町の文書発送簿(甲第二号証)によれば、番号一六四の文書は六月二〇日付けになっており、番号一六五の文書は六月二六日付けになっていることが認められるから、もし池田課長のいうように、六月二一日に内申書の決裁を受けたというのであれば、その内申書には一六五の番号が付せられたはずである。しかるに、本件内申書には、「日教委発第一六四一二号」との番号が付されているのであるから、この内申書は、一六五の番号が付されたあと、すなわち、六月二六日以降に作成されたことを推認させるものといわなければならない。もっとも、この点について、池田課長は、原審において、当初六月二〇日に決裁をもらう前提で一六四の番号を付していたところ、教育長が突然不在になり、決裁が翌二一日に遅れ、その間に他の係の者が一六四の番号の文書を作成し、文書発送簿にもこれを記載したため、「一六四一二号」という枝番を付したと証言する。しかし、もしそのような事情があったというであれば、もともと本件内申書はワープロで作成された文書なのであるから、枝番を付すのではなく、新しく一六五の番号を付した文書として作り直せば足りたはずであるし、そのようにするのが通常の事務処理であると考えられる。ところが、池田課長は、敢えて「一六四一二号」とし、通常の事務処理とは異なった番号の付け方をしているのであるから、それなりの理由があったものと考えられるところ、この点について池田課長は、原審において、「私自身が一六四にこだわった関係でそうさせていただきました。それ以外に関係ございません。」として、格別理由らしい理由を述べていない。このようなことに照らすと、池田課長は、本件内申書について、真に六月二一日に決裁を受けたかは疑わしいものといわなければならず、ひいては、池田課長が、翌二二日にこれを薩日内管理主事に提出したかも疑わしいといわなければならない。  また、控訴人は、本件内申書に収受印が押印されていないことについて、東京都教育庁文書取扱規程に違反する取扱いであることは認めながら、内申書は重要で秘密を要する文書であるため、当時、内申書は、教育庁又は主管課長が直接職員課分室で執務している担当管理主事に持参する扱いがとられており、内申書を手渡された担当管理主事は、内申書に収受印を押すことなく、これを書庫に保管し、必要な場合に限りこれを持ち出して使用していたとして、本件内申書に収受印が押されていないからといって、担当管理主事が本件内申書を収受した事実が否定されるものではないと主張する。  なるほど、内申書は、人事に関する事柄が記載されているのが通常であり、秘密保持が要請される文書であるから、これを郵送扱いにするのではなく、直接管理主事に持参する扱いにしていたことは分からないではない。しかし、地教行法三八条一項は、「都道府県委員会は、市町村委員会の内申をまって、県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとする。」と規定し、被控訴人のような県費負担教職員に対し懲戒処分を行うための手続的要件として、その処分に先立ち、市町村教育委員会の内申が都道府県教育委員会に提出されていることが必要であると定めているのであるから、市町村教育委員会からの内申書がいつ都道府県教育委員会に提出されたかは、法律上極めて重要な事項に属するというべきである。したがって、東京都教育委員会が本件内申書を受け取ったというからには、本件内申書に収受印を押し、これが提出された日時を確定しておくことは当然のことであり、必要不可欠の事務処理であると考えられる。しかも、東京都教育庁文書管理規定一三条一項は、「主務課長は、課に直接到達した文書並びに庶務課長から配付を受けた文書を受領し、収受をしなければならない。」と規定し、同条三項は、文書の種別に応じ文書の収受及び引渡しの方法を定め、本件内申書のような文書については、それが郵送されたものか、持参されたものかを問うことなく、一律に文書の余白に庁収受印を押し、事務担当者に渡すと定めているのであるから、当時、東京都教育庁人事部職員課分室の管理主事が、市町村教育委員会の職員が持参した内申書に限って収受印を押さずにこれを保管し、必要の都度持ち出して使用する扱いをとっていたというのは、通常の事務処理としては考え難いことといわなければならない。東京都教育庁職員課に勤務していた原審証人波田野与一も、分限、懲戒に関する文書は、庶務班を通さずに直接管理主事のところにいくが、このような文書については、管理主事が庶務班に文書を持っていって収番(収受番号)を取っていると思う旨(一四一問答)、また、東京都においては、どこかの部署に内申書がきたということは記録に残すシステムになっていた旨(一四七問答)証言しているのであって、このことも、右のことを裏付けるものといえる。これらのことからすると、薩日内管理主事が、原審において本件内申書を収受印を押さないまま保管し、必要の都度持ち出して使用していたと証言する部分は、たやすく採用し難いものといわなければならない。  以上によれば、本件内申書については、平成二年六月二一日に日の出町教育委員会の教育長の決裁を受けたことも疑わしいし、また、これが翌二二日に池田課長から薩日内管理主事に提出されたと認めるのも困難であるから、結局、本件戒告処分は、日の出町教育委員会の内申をまって行われたと認めることはできないといわなければならない。 二 控訴人の当審主張(予備的主張)について  控訴人は、日の出町教育委員会が東京都教育委員会教育長に宛てて提出した事故報告書(日教委発第一二五号)の「7」に、本件事故についての日の出町教育委員会の見解が記載されているとして、これをもって、東京都教育委員会は、事前に日の出町教育委員会の内申を受けたと主張する。  しかし、右事故報告書(乙第四七号証)は、日の出町教育委員会教育長職務代理者が、東京都教育委員会教育長宛てに提出した、「学校における事故発生について」と題し、本件事故の内容、経緯等について記述した報告文書であり、控訴人の指摘する該当箇所の「7 教育委員会の見解」の欄を見ても、「当該教諭は自分のとった行動については、自己反省していると校長、教頭から伝えられてはいるが、校長、教頭の行った行為に対する妨害行為であると受け止められるので、服務上の問題として、十分な検討をお願いしたい。」と記載されてあるだけであり、懲戒処分が相当かどうか、相当であるとして、どのような処分が相当か等について意見を述べるものではなく、処分に対する内申とはいい難いものである。しかも、控訴人は、右のとおり予備的主張として、仮に控訴人が本件内申書により地教行法三八条一項による内申を経たものといえないとしても、乙第四七号証の事故報告書に記載された日の出町教育委員会の意見が同項にいう内申に当たる旨主張するに至ったものであり、それまでは(事件後約一〇年間)、もっぱら本件内申書(甲第一号証)が地教行法三八条一項にいう内申に当たると主張し、右事故報告書を地教育行法三八条一項にいう内申に当たるものであるとは主張してはいなかったものであって(右事実は当裁判所に顕著である。)、このことは、控訴人自身も、右事故報告書は地教行法三八条一項にいう内申に当たるものではないと認識していたことを窺わせるものということができる。以上の事情に照らして考えると、乙第四七号証の事故報告書をもって地教行法三八条一項にいう内申に当たるものと認めることはできないといわなければならない。控訴人の右主張は採用することができない。 三 結論  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件戒告処分は、地教行法三八条一項に違反した違法があり、取消しを免れない。  よって、被控訴人の本訴請求は理由があり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。 (口頭弁論終結日・平成一二年一二月五日) 東京高等裁判所第一四民事部 裁判長裁判官   小 川  英 明    裁判官   近 藤  壽 邦    裁判官   川 口  代志子