◆ H13.05.07 大津地裁判決 平成7年(行ウ)第3号・第4号 大津日の丸訴訟(戒告処分取消等請求、減給処分取消等請求事件) 判示事項: 一 高等学校指導要領(平成元年三月一五日文部省告示第二六号)のうち、「入学式や卒業式などにおいては、その意義をふまえ、国旗を掲揚する・・・よう指導するものとする。」旨定めている「国旗条項」は、法的効力を有する 二 「国旗条項」にいう「国旗」とは日の丸を指す 三 「国旗条項」は、憲法一三条、一九条、二三条、二五条、二六条及び国際人権B規約一八条に反しない 四 国旗掲揚の事務の遂行は、「国旗条項」に基づく校長の責務及び権限に属する職務である     主   文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。     事   実 第1 請求 1 第一事件について (1) 被告滋賀県教育委員会が、第一事件原告に対し、平成六年三月二四日に行った戒告処分を取り消す。 (2) 被告滋賀県は、第一事件原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成七年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 2 第二事件について (1) 被告滋賀県教育委員会が、第二事件原告乙山二郎に対し、平成六年三月二四日に行った減給処分を取り消す。 (2) 被告滋賀県教育委員会が、第二事件原告丙川三郎に対し、平成六年三月二四日に行った戒告処分を取り消す。 (3) 被告滋賀県は、第二事件原告両名に対し、それぞれ金一二五万円及びこれに対する平成七年二月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要  本件は、被告滋賀県教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)が、滋賀県立八日市養護学校(以下「八日市養護学校」という。)に勤務する教諭であった第一事件原告(以下「原告甲野」という。)及び同県立彦根商業高等学校(現在の校名は同県立彦根翔陽高等学校、以下「彦根商業」という。)に勤務する教諭であった第二事件原告両名(以下それぞれ「原告乙山」、「原告丙川」といい、「原告甲野」と併せて「原告ら」という。)に対し、平成六年一以下、特に断らない限り、月日は平成六年のそれを指す。)三月二四日にそれぞれ行った懲戒処分(以下、原告甲野に対する処分を「A処分」、原告乙山に対する処分を「B処分」、原告丙川に対する処分を「C処分」といい、三処分を併せて「本件各処分」という。)につき、(1)本件各処分を基礎づける事実は存在せず、仮に同事実が存在するとしてもそれは校長の実質的に違法な職務命令を拒否する趣旨でなされた正当な行為であるにもかかわらず、懲戒処分の対象とされたなどの実体的違法があること、(2)本件各処分が行われるに先立ってそれぞれの被処分者である原告らに対する弁解の機会が与えられなかったなどの手続的違法があることを主張して、本件各処分の取消しを求め、さらに、被告滋賀県に設置された被告教育委員会の教育長が違法な本件各処分を行ったことにより原告らがそれぞれ昇給延伸等の不利益や精神的苦痛等を被ったとして、被告滋賀県に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告甲野につき損害賠償金一五〇万円(慰謝料一〇〇万円、弁護士費用五〇万円)、原告乙山及び同丙川につき各一二五万円(各慰謝料一〇〇万円、弁護士費用二五万円)、及びこれらに対する被告滋賀県の不法行為後の日である平成七年七月二二日から支払済みまで国家賠償法四条が準用する民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実及び証拠により明らかに認められる事実(末尾に証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 ア(ア)a 原告甲野(昭和二九年三月一九日生)は、昭和五七年四月から八日市養護学校に勤務し、同校小学部高学年部を担任し、その後同校寄宿舎部、高等部の担任をし、平成六年四月から同校寄宿舎部を担任していた教諭である。  b 八日市養護学校には、小学部、中学部、高等部の三部と寄宿舎部が設置されており、寄宿舎部は、三〇名前後の生徒が、学校が終わった後、寝泊まりしてする場所として、校内に設けられていて、担任が生活指導等にあたっていた。(以上、当事者間に争いがない事実、原告甲野本人) (イ) 原告乙山(昭和二一年七月一九日生)は、昭和六三年から彦根商業に勤務していた教諭であり、原告丙川(昭和一九年六月二〇日生)は、平成五年度には彦根商業に勤務していた教諭である。 イ 被告教育委員会は、原告らの任命権者である。 (2) 本件各処分 ア 被告教育委員会は、三月二四日、原告甲野に対し、原告甲野が勤務校である八日市養護学校の二月二八日の職員会議で、高等部の卒業式の日の丸掲揚及び君が代斉唱に反対する立場から、松宮忠夫校長(以下「松宮校長」という。)に対し、たび重なる暴言を行ったこと、また、同日午後七時三〇分ころ、松宮校長らの制止にもかかわらず、校長室から翌日の卒業式に授与する生徒の卒業証書を無断で持ち去ったことが地方公務員法(以下「地公法」という。)三二条、三三条に違反し、同法二九条一項一号ないし三号にも該当するとして、戒告するとの懲戒処分(A処分)を行い、同日これを原告甲野に通知した。 イ 被告教育委員会は、三月二四日、原告乙山に対し、原告乙山が平成三年六月及び平成六年二月にも、日の丸、君が代に関わって、それぞれ「文書による厳重注意」及び「文書訓告」を受けたにもかかわらず、平成六年三月一日に挙行された彦根商業の卒業式当日の午前八時五〇分ころ、岩本光恵教頭一以下「岩本教頭」という。一が正面玄関に日の丸を掲揚するため日の丸を持って同所に向かう途中、これを奪い取って逃げ去り、日の丸掲揚を妨害したことが地公法三二条、三三条、三五条に違反し、同法二九条一項一号ないし三号にも該当するとして、三月二四日から六月二三日まで給料の月額の一○分の一を減給するとの懲戒処分(B処分)を行い、同目これを原告乙山に通知した。 ウ 被告教育委員会は、三月二四日、原告丙川に対し、原告丙川が三月一日に挙行された彦根商業の卒業式当日、式場となる体育館ステージに岩本教頭が三脚に掲げておいた日の丸を持ち去って隠匿し、式場の日の丸掲揚を妨害したことが地公法三三条、三五条に違反し、同法二九条一項一号ないし三号にも該当するとして、戒告するとの懲戒処分(C処分)を行い、同日これを原告丙川に通知した。 エ 被告教育委員会は、原告らに対し、本件各処分を行うに先立って、原告らからそれぞれ事情聴取をするなど告知、弁解の機会を与えていない。 (3) 不服申立て  原告らは、五月二〇日、滋賀県人事委員会に対し、それぞれ自らを被処分者とする本件各処分を不服として審査請求をしたが、いまだ同人事委員会の裁決はなされていない。 (4) その他 ア 原告乙山は、平成三年三月一日に開催された滋賀県立彦根西高等学校(以下「彦根西高校」という。)の平成二年度卒業証書授与式において、同じ県立高校の教職員でありながら、保護者として行った言動が、教職員に対する信頼を損なうもので、教育公務員としてその責任は重大であるとして、同年六月二五日、被告教育委員会教育長から文書による厳重注意(以下「本件厳重注意」という。)を受けた(乙12)。 イ 原告乙山は、「平成五年一一月二○日、大津市民会館大ホールで挙行された第一三回近畿高等学校総合文化祭の開会式において、君が代斉唱が式次第で決められているにもかかわらず、開会式開始直前に、参加している学校関係者、高校生等に対して君が代斉唱の反対の働きかけを行い、開会式の円滑な遂行を妨害した。平成三年六月にも、彦根西高校平成二年度卒業証書授与式において行った言動について厳重注意を受けているにもかかわらず、再度上記行為に及んだことは、教育公務員としてその責任は極めて大である。」などとして、平成六年二月二三日、被告教育委員会教育長から文書訓告(以下「本件文書訓告」という。)を受けた(乙13)。 2 関連法規等 (1)ア 平成一一年法律第八七号による改正前の学校教育法一以下「法」という。一四三条は、高等学校の学科及び教科に関する事項につき、法七三条は、養護学校の高等部における学科及び教科に関する事項につき、それぞれ監督庁が、これを定めると規定する。 イ 法一〇六条一項は、法四三条、七三条の監督庁は、当分の間、これを文部大臣とすると規定する。 (2)ア 学校教育法施行規則(昭和二二年五月二三日文部省令第一一号、以下「規則」という。)五七条の二は、高等学校の教育課程については、教育過程の基準として文部大臣が別に告示する高等学校学習指導要領によるものとすると規定する。 イ 規則七三条の一〇は、盲学校、聾学校及び養護学校高等部の教育課程については、教育過程の基準として文部大臣が別に告示する盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領によるものとすると規定する。 (3)ア 高等学校学習指導要領(平成元年三月一五日文部省告示第二六号、以下「新高等学校学習指導要領」という。)第三章第三の三は、「入学式や卒業式などにおいては、その意義をふまえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」(以下国旗の掲揚に関する部分を「国旗条項」、国歌の斉唱に関する部分を「国歌条項」といい、全体を「国旗国歌条項」という。)と規定する。新高等学校学習指導要領は、その附則において、同要領を原則として平成六年四月一日から施行するとしているが、文部省告示第一六七号は、高等学校学習指導要領(昭和五三年文部省告示第一六三号)の特例として、「特別活動の指導に当たっては、新高等学校学習指導要領第三章の規定によるものとする。」と規定し、これを平成二年四月一日から施行するとしている。 (以上につき甲3) イ 盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領(平成元年一〇月二四日文部省告示第一五九号、以下「新養護学校等高等部学習指導要領」といい、新高等学校学習指導要領と合わせて「新学習指導要領」という。)第四章は、「特別活動の指導計画の作成と内容取扱いについては、高等学校学習指導要領第三章に示すものに準ずるものとする」と規定する。新養護学校等高等部学習指導要領は、その附則において、同要領を原則として平成六年四月一日から施行するとしているが、文部省告示第一七二号は、盲学校、聾学校及び養護学校高等部学習指導要領(昭和五四年文部省告示第一三二号)の特例として、「特別活動の指導に当たっては、新養護学校等高等部学習指導要領第四章の規定によるものとする。」と規定し、これを平成二年四月一日から施行するとしている。 (以上につき甲5) (4) 教育基本法一〇条一項は、教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものであると規定する。 3 争点及びこれに関する当事者の主張 (1) 本件各処分の実体的違法性の有無 ア 本件各処分の理由を基礎づける事実の存否 [被告らの主張] (ア) A処分について  a 職務命令(地公法三二条)の存在  八日市養護学校の松宮校長は、国旗国歌条項を基礎ないし根拠として、同校の教員らに対し、一月二四日の職員会議において、同校高等部の卒業式で、開会の辞に続き、君が代斉唱を実施すること及び式場には目日丸掲揚をすることを指示し、二月四日の職員会議において、君が代斉唱の実施を含めた卒業式次第案を示して、式次第に基づき各人の任務を果たすよう指示し、二月二八日の職員会議において、日の丸掲揚及び君が代斉唱の準備は管理職で実施する旨述べ、妨害等のないよう指示した。  上記各指示は、いずれも日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を含む卒業式の円滑な遂行に対し協力すべきこと、少なくともその遂行を妨害しないようにすることを内容とする職務命令である。  b 職務命令違反行為(地公法三二条)、信用失墜行為(同法三三条)  (a) 原告甲野は、八日市養護学校高等部の卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に反対する立場から、二月二八日の職員会議において、再三にわたって、松宮校長に対し、「馬鹿たれ。」「ぼんくら。」「おまはん、あほかいな。」などの暴言に及んだ。  (b) 原告甲野は、同日午後七時三〇分ころ、松宮校長らの制止にもかかわらず、校長室から卒業証書を無断で持ち去った。  (c) 原告甲野の上記各行為は、松宮校長の職務命令に違反する行為であって、信用失墜行為にもあたる。 (イ) B処分について  a 職務命令(地公法三二条)の存在  彦根商業の杉田弘治校長(以下「杉田校長」という。)は、国旗国歌条項を基礎ないし根拠とし、教員らに対し、一月一九日の職員会議において、卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に協力するよう要請し、二月九日の職員会議において、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を含む卒業式次第、式場配置図等を示し、二月二一日の職員会議において、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を指示し、三月一日の職員会議において、「本日の卒業式は厳粛に行いたいので先生方の良識ある行動をお願いする。」と指示した。  上記指示等は、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を含む卒業式の円滑な遂行に対し協力すべきこと、少なくともその遂行を妨害しないようにすることを内容とする職務命令である。  b 職務命令違反行為(地公法三二条)、信用失墜行為(同法三三条)、職務専念義務違反行為(同法三五条)  (a) 原告乙山は、三月一日に挙行された彦根商業の卒業式当日の午前八時五〇分ころ、岩本教頭が正面玄関に日の丸を掲揚するため日の丸を持って同所に向かう途中、これを奪い取って逃げ去り、日の丸掲揚を妨害した。  (b) 原告乙山は、平成三年六月及び平成六年二月にも、日の丸・君が代に関わって、それぞれ本件厳重注意及び本件文書訓告を受けているにもかかわらず、再度上記行為に及んだ。  特に、平成六年二月に本件文書訓告を受けたことに対しては、反省することなく、教育長を「文書訓告」する文書を作成し、教育委員会事務局に送付した。  (c) 原告乙山の上記各行為は、杉田校長の職務命令に違反する行為であって、信用失墜行為、職務専念義務違反行為に当たる。 (ウ) C処分について  信用失墜行為(地公法三三条)、職務専念義務違反行為(同法三五条)  a 原告丙川は、三月一日に挙行された彦根商業の卒業式当日、式場となる体育館ステージに岩本教頭が三脚に掲げておいた日の丸を持ち去って隠匿し、式場の日の丸掲揚を妨害した。  b 原告丙川の上記行為は、信用失墜行為、職務専念義務違反行為に当たる。 [原告らの主張] (ア) A処分について  a 職務命令(地公法三二条一の不存在  (a) 松宮校長は、一月二四日の職員会議において、卒業式で開会の辞に続き、君が代斉唱を実施すること及び式場には日の丸掲揚をすることにつき、口頭で提案をしたが、司会者から文書で提案してほしいと要望され、次回以降に再提案すると答えた。  したがって、上記口頭での提案は確定的なものとして指示命令したものではなく、同日職務命令は発せられていない。  (b) 松宮校長は、二月四日の職員会議において、君が代斉唱を含めた卒業式次第案を示しただけで、日の丸、君が代の実施についての議論を行っていない。  (c) 松宮校長は、二月二八日の職員会議において、「先日配布した紙に必要性は書いてある。そこに明示した三点の項目につき実施したい。管理職によって対応するので協力して欲しい。これは指示伝達事項として受け取ってほしい。」と述べたにすぎない。これはいわば管理職による実施宣言であって、具体的に教員らに何かを命ずるという命令の要素はない。  b 職務命令違反行為(地公法三二条)、信用失墜行為一同法三三条一の不存在  (a) 原告甲野が八日市養護学校の二月二八日の職員会議で卒業式の国旗の掲揚、君が代斉唱に反対する立場から、松宮校長に対し、度重なる暴言に及んだこと、同日午後七時三〇分ころ、松宮校長らの制止にもかかわらず、校長室から翌日の卒業式に授与する生徒の卒業証書を無断で持ち去ったことはいずれも否認する。  (b) 松宮校長は、職員会議を途中退席し、卒業証書を校長室の机の上に放置したまま、他の教職員が押し止めたのに鞄を持って退校しようとした。原告甲野は、生徒が手漉きで作った大切な卒業証書が、翌日の卒業式に先立ち確実に用意保管されているのかを確認しようとして、校長室から二〇mほど離れた職員会議開催中の図書室まで移動させたにすぎない。  原告甲野は、卒業証書を保管する義務のある松宮校長の職務違反行為に対し、緊急避難ないし保全的な行為として、卒業証書の所在を移動させたのであり、内容枚数が確認された後に、速やかに卒業証書は校長室に戻され、金庫に保管された。  したがって、原告甲野の上記行為は、職務命令違反行為、信用失墜行為に当たらない。  c 以上によれば、A処分の理由を基礎づける事実は存在せず、それが存在することを前提にして、地公法三二条、三三条、二九条一項一ないし三号の要件に該当するとしたA処分は違法である。 (イ) B処分について  a 職務命令一地公法三二条一の不存在  杉田校長から原告乙山に対して職務命令は全く発せられていない。  b 職務命令違反行為(地公法三二条)、信用失墜行為(同法三三条)、職務専念義務違反行為(同法三五条)の不存在  (a) 三月一日、原告乙山が岩本教頭から日の丸を取り上げるに際し、原告乙山は、岩本教頭に対し、日の丸を同教頭の机の上に置く旨告げており、これを奪い取って逃げ去ったものではない。  (b) 原告乙山が岩本教頭から取り上げた物は、正確には黄色く変色した布の入った青いポリのゴミ袋であり、その布が「日の丸」であったか否かは明らかでない。のみならず、同日午前九時ころには正面玄関には「日の丸」が掲揚されていたのであるが、これは色合いからして前記のポリ袋入りの黄色く変色した布とは異なっており、原告乙山が岩本教頭から取り上げた布が掲揚のため準備された「日の丸」であったか否かは疑わしい。  (c) 原告乙山は、前記1(4)アのとおり、本件厳重注意を受けたが、その対象とされている発言は、彦根西高校の平成二年度卒業証書授与式の際、同校の担任が生徒呼名の前に自らの日の丸に対する思いを語り始めたところ、突然マイクのボリュームが落とされたことから、日の丸に関心を持つ一保護者として、「妨害するな。マイクを切るな。」と一言抗議したにすぎない。原告乙山の上記発言は、卒業式に参加した一保護者として当然許されてよいもので、教職員への信頼を損なうものではないから、これをもって厳重注意の対象とするのは違法である。したがって、原告乙山が本件厳重注意を受けたことをB処分の処分理由に加えることは違法である。  (d) 原告乙山は、前記1(4)イのとおり、本件文書訓告を受けたが、原告乙山がその対象とされている発言をするに至った経緯は、次のとおりである。すなわち、平成五年の近畿高等学校総合文化祭において君が代斉唱等を実施することが同文化祭の実行委員会において十分な議論もなく安易に決定されたことから、同文化祭に関わった多くの教職員有志がその決定に異議を唱え、反対の意思表明をなし、交渉をしていた。そして、上記教職員有志は、上記文化祭の開会式の前に君が代斉唱等の実施に対する反対の意思表明をすべきとの結論に達した。そこで、原告乙山が、同教職員有志を代表して、上記開会式前に客席に向かって、「君が代は主権在民を否定した歌です。皆様歌わないでください。開会式が始まってからでは妨害になりますので、今お願いします。」と意思表明をしたのである。  そして、上記開会式自体は何の混乱もなく挙行された。  原告の上記行動は、君が代等の実施を問題とする教職員有志を代表してなされたものであって、原告乙山のみが責任を問われるべきものではないし、その行動自体、君が代等の導入の問題性からすれば相当な範囲にとどまる抗議行動であり、処分に値しないというべきものである。それにもかかわらずなされた本件文書訓告は、平成六年三月の卒業式での日の丸、君が代の実施に向けた意図的な威圧、恫喝を目的としてなされた恣意的なものであって、必要性、相当性が欠如している。  加えて、本件文書訓告は、原告乙山が本件厳重注意を受けたことをも理由に付加したものであるところ、本件厳重注意は、前記(c)のとおり、違法であるからこれを理由に付加することは許されない。  したがって、本件文書訓告は違法であって、原告乙山が本件文書訓告を受けたことをB処分の処分理由に加えることは違法である。  c 似上によれば、B処分の理由を基礎づける事実は存在せず、それが存在することを前提にして、地公法三二条、三三条、三五条、二九条一項一ないし三号の要件に該当するとしたB処分は違法である。 (ウ) C処分について  a 信用失墜行為(地公法三三条)、職務専念義務違反行為(同法三五条)の不存在  (a) 三月一日、原告丙川は「日の丸」を体育館ステージ上手隣の体育教官室入口まで運んだだけで、その後すぐに駐車場係の仕事につくため本館校舎及び中庭に赴いた。そして、原告丙川が駐車場係の仕事を終えて体育館に戻ったときに初めて、岩本教頭が「日の丸」を探しているらしいことを聞いた。そして、居合わせた同僚に対し、「自分は体育教官室入口に運んで置いた。探して教頭に連絡して欲しい。」旨告げた。そこで、同僚がこれを探しに行ったところ、原告丙川が当初置いていたはずの体育教官室入口に「日の丸」は見当たらず、それが体育館ステージ上にあった金屏風の後ろに置いてあるのを発見して岩本教頭に連絡した。原告丙川が「日の丸」の場所を移動してからその所在が確認されるまでの時間は、わずか二十分ほどであり、卒業式開会前の午前九時四〇分ころには「日の丸」は本来の体育館ステージ上に置かれていた。  (b) 以上のように、体育館ステージ上に掲揚することが予定されていた「日の丸」が行方不明になったのはごくわずかの時間であり、卒業式の挙行には何の支障もなかった。  そして、「日の丸」の行方不明について原告丙川の行為が一因となっているとはいえ、原告丙川は「日の丸」の行方を問われれば即座にその所在を正直に言ったのであり、原告丙川が告げた場所から即座に「日の丸」が発見されなかったのは、他者の行為に介在したからであって、原告丙川がその責任を問われるべき筋合いはない。  「隠匿」とは物の発見を妨げる行為をいうところ、上記事実からすれば、原告丙川には、隠匿の意思も行為もなかったというべきであるから、丙川が日の丸を「持ち去り隠匿した」とはいえない。  b 以上によれば、C処分の理由を基礎づける事実は存在せず、それが存在することを前提にして、地公法三三条、三五条、二九条一項一ないし三号の要件に該当するとしたC処分は違法である。 イ 実質的違法性の有無([原告らの主張](カ)を除き本件各処分共通) [原告らの主張]  松宮校長及び杉田校長(以下、併せて「本件各校長」という。)は、以下のとおり、日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施する権限を有しておらず、その実施命令権を有していなかったのであり、仮にそうでないとしても、原告らの行為は懲戒処分に値する違法性を有していなかったのであるから、本件各処分の理由を基礎付ける事実があったとしても、本件各処分は違法である。 (ア) 国旗国歌条項の違法性  a 教育内容や方法といういわゆる内的事項は法的な規律になじまず、立法の関与が許されるのは、教育の外的事項、すなわち、学校施設、学校組織規模、学校組織編成、教科目といった事柄に限られ、法四三条にいう「学科及び教科に関する事項」より広義の概念である「教育課程の基準」を定める権限を文部大臣に与えることはできないというべく、これを定める規則五七条の二は立法の委任の限界を超えた無効なものである。  したがって、同規則を前提とする新学習指導要領は違法で法的拘束力のないものである。  b 最高裁判所平成二年一月一八日判決(いわゆる伝習館高校事件判決)が引用する最高裁判所昭和五一年五月二一日判決(いわゆる旭川学力テスト事件判決)は、普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、教育基本法一〇条との関係で、教育に対する地方自治の原則をも考慮し、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的なそれにとどめられるべきであるとしている。  これを国旗国歌条項についてみるに、(1)入学式、卒業式という特定行事に、国旗を掲揚し、国歌を斉唱することは、地域差、学校差を超えて全国的に共通なものとして行うべきものではなく、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的とはいえず、また、(2)入学式や卒業式という特定の行事について、国旗を掲揚し、プログラム中に国歌を斉唱する時間を設けることを絶対にしなければならないというその内容は具体的細目にわたるものであって、もはや大綱的基準とはいえず、さらに、(3)教師による弾力的な運用の余地や、地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が残されているとはいえない上、(4)教師に対し、一方的な一定の観念を生徒に教え込むことを強制するような内容を含むものである。  以上によれば、国旗国歌条項は、仮に、上記最高裁判所昭和五一年五月二一日判決の基準を前提にしたとしても、違法で法的拘束力のないものである。 (イ) 国旗国歌条項における国旗、国歌の意味  本件各処分がなされた平成六年三月当時には、日の丸を「国旗」とし、君が代を「国歌」とする旨の国民一般を名宛人とする法律規定は全く存しなかった。  被告らは、後記のとおり、日の丸を「国旗」とし、君が代を「国歌」とする慣習法が成立しているから、国旗国歌条項にいう「国旗」、「国歌」はそれぞれ日の丸、君が代を意味する旨主張する。  しかし、(1)事実上の慣行が慣習法にまで高められるためには、これを法として遵守しなければならないという法意識が国民の中に形成されなければならないところ、各種世論調査、新聞報道によれば、これが形成されているとはいえないこと、(2)慣習法について定める法例二条の規定によれば「公の秩序又は善良の風俗」に反する慣習は慣習法として成立しないところ、日の丸を国旗とし、君が代を国歌とすることは、憲法に反し公序良俗に反するから、それを内容とする慣習法は成立し得ないこと、(3)仮に、「日の丸=国旗」「君が代=国歌」ということが慣習法として成立したとしても、その慣習法は任意法規に劣る効力しか認められず、慣習法に違反したことが何らかの法的制裁の根拠となるものではない。  したがって、国旗国歌条項に法的拘束力があるとしても、「日の丸」、「君が代」はそこにいう「国旗」、「国歌」にあたらない。 (ウ) 国旗国歌条項の違憲性  仮に、国旗国歌条項の「国旗」、「国歌」がそれぞれ日の丸、君が代であると解するならば、憲法等に抵触する。  すなわち、日の丸、君が代は、戦前において軍国主義の精神的支柱として用いられてきた歴史をもち、平和主義に反し、また、それらは、天皇崇拝というイデオロギーを内包しているものであり、国民主権にも反する。  また、日の丸、君が代についての歴史的事実の評価は、歴史の捉え方、あるべき国家の姿、そこに身を置く個人の人生観等に関わるものであるから、日の丸、君が代を認めるか否かは、すぐれて個人の思想、信条にかかわるものである。したがって、国旗国歌条項により、日の丸、君が代を国旗、国歌として国民に対し強制することは、上記イデオロギーという特定の思想あるいは日の丸、君が代は、国旗、国歌としてふさわしいものであるという特定の価値観を一方的に個人に強制するものになり、教職員、児童生徒、親・保護者の思想・信条の自由(憲法一九条、市民的及び政治的権利に関する国際規約一八条)、教職員の学問の自由、教育権又は教育権限、生徒の学習権並びに親・保護者の教育権(憲法二三条、二六条、二五条、児童の権利に関する条約三条、一二条、一四条、一八条)及びこれらの基礎にある個人としての尊重、幸福追求権(憲法一三条)と背理し、教育から軍国主義的、国家主義的傾向を排しようとする教育基本法の趣旨・理念にも合致しない。 (エ) 校長の日の丸掲揚、君が代斉唱の実施の権限等の不存在  a 校長は、卒業式や入学式等において日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施するかどうかといった教育活動につき権限をもたず、仮にそれをもつとしても、職員会議の決議がそれに優先する。  すなわち、校長が決定権限を有する「校務」に教育活動が含まれ、国旗掲揚、国歌斉唱を教育活動として、校長が指示すれば教職員はそれに忠実に従う義務を負うとすると、結果的に、法は、戦時中の国民学校令と同じものになり、教育基本法一〇条一項の不当な支配を許容することになり不当である。また、法二八条は、国民学校令と異なり、小学校における児童の教育について教諭に一定の独立性を付与しており、校長と教諭との間に戦前のような上命下服の関係は否定されていることなどに加え、日の丸掲揚、君が代斉唱についての行政介入が有効とされるためには、教育現場における弾力的対応の余地の存在と教師がこれを実施するについて強制されることがないことが必要となるのであるから、その実施については、職員会議の決議が優先されるべきであり、これについて校長、教諭に上命下服関係はない。  しかるところ、八日市養護学校及び彦根商業の各職員会議においては、卒業式で国旗掲揚、国歌斉唱をしない旨の決議がされていたのであるから、本件各校長に日の丸掲揚、君が代斉唱を実施する権限はなかった。  八日市養護学校及び彦根商業においては、それぞれ入学式や卒業式についても、従来は職員会議で審議がされてきたが、本件各校長が国旗国歌条項の強行という手段を用いたため、職員会議自体が破壊されたのである。  b 卒業式は、法上位置付けられたものではなく、慣行として卒業証書を授与する場として実施されてきたものであって、これを卒業生の立場からみると、全課程を立派に終了した自身の姿を学校、保護者、在校生等に示すものとして、最後の授業を位置付けることができる。  新学習指導要領によれば、「国旗」や「国歌」の意義については、主に社会科や音楽科で児童生徒に教育していく課題となり、しかもその教育は発達段階に即応して実践されることになるが、規則八条、教育職員免許法四条によれば、中学校や高等学校においては、校長は一つの教科の普通免許状を有しておればよく、必ずしも社会科や音楽科の普通免許を有する必要はない。かかる社会科や音楽科の普通免許を有しないで校長資格を有する者が、校長として国旗や国歌を導入する権限をもつのは不当であって、その権限は法二八条六項により専ら社会科ないし音楽科の教諭がつかさどるべきである。  c 以上によれば、本件各校長には、卒業式において日の丸掲揚、君が代斉唱を実施する権限はなかったというべきである。 (イ) 国旗国歌条項の運用の違法性  仮に、国旗国歌条項の合法性が認められるとしても、同条項の運用は、前記最高裁判所昭和五一年五月二一日判決の論理によれば、現場における弾力的運用の余地を残し、教師が生徒に一方的な観念を教え込むことを強制されないような形でなされなければならないはずである。  それにもかかわらず、本件各校長は、それぞれ日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施については、最初から譲歩する気はなく、教職員団の反対があっても、それを強行するとの姿勢で臨んでいたのであって、前記最高裁昭和五一年五月二一日判決の論理によっても、国旗国歌条項の運用を誤ったことになる。 (カ) 懲戒に値する違法性の不存在 (第二事件について)  刑事処罰において可罰的違法性の概念があるように、行政的懲戒処分についてもこれをなすについては懲戒処分を課するに値する実質的違法性が被処分者の行為にあるか否かが問題とされなければならず、その判断にあたっては、事件の背景事情、被処分者の行為の動機、目的及び手段、方法、侵害の程度等の諸事情を考慮し総合的に判断すべきである。  仮に、第二事件について、杉田校長の職務命令が存在し、それが適法であるとしても、原告乙山及び同丙川は、職員会議の反対決議に基づき、行政の不見識な態度を批判し、あるべき教育現場の秩序を回復せんとの目的から、抗議の意思表示として行動したのであって、その態様も、卒業式自体は混乱させないとの配慮の下に整然となされ、暴力行為等も伴っていないことなどに照らすと、その行動をあえて違法、不当なものということはできず、懲戒処分を科するに違法、不当はなかったというべきである。 [被告らの主張] (ア) 国旗国歌条項の適法性、法的拘束力  a 高等学校及び養護学校の教科に関する事項は監督庁(文部大臣)が定めることになっており(法四三条、七三条)、規則に教育課程を編成する科目が定められ(規則五七条、七三条の九)、文部大臣の告示する学習指導要領に教育課程の内容が定められることになっている。教育課程の内容は、教育の機会均等と全国的な一定水準の維持を図る必要がある一方で、各学校における弾力的指導の余地や地方の特殊性等に配慮する必要もあることから、規則は、学習指導要領には教育課程の基準を定めるものとしている(規則五七条の二、七三条の一〇)。  教育内容は、基本的に国家が定めるものであり、また文部省設置法五条一二号、一七号、二八号、三三号等は文部省が教育内容の基準を設定し、これに関する専門的な指導や助言を行うものと規定していることに照らすと、文部大臣が教育課程の内容を定めることとしている規則五七条の二が立法の委任の限界を超えるものでないことは明らかである。  新学習指導要領は、教育内容の全国的な大綱的基準を定めたものとなっているから、同要領の各条項は、教育の機会均等と全国的な一定水準の維持を図る趣旨に照らしても、教員を法的に拘束するものであり、教員はこれに従わなければならないものである。  b 国旗国歌条項は、国旗及び国歌を通じて、日本人としての自覚を養い、母国を愛し、母国に関する誇りを持たせ、ひいて日本の繁栄を図り、また他国を尊重する理念を保持させようとするところに、その趣旨がある。  たしかに、国旗及び国歌に対する理解・認識は、音楽科や社会科などの教育・指導においても深められていくが、一方、卒業式などは学校生活における折り目となる時期であり、厳粛かつ清新な雰囲気の中で、新しい生活の展開への動機づけを行い、学校、社会、国家などへの所属感を深める良い機会となるものであることから、国旗国歌条項は、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を義務づけることとしたのである。  したがって、国旗国歌条項は、憲法前文に示されているような自国の尊重及び他国との協調・平和理念にも通ずる極めて普遍的で有意義な趣旨・目的に基づくものなのであり、この趣旨・目的を達成する上で合理的な内容をもっているといえる上、生徒らに対し、誤った知識や一方的な観念を植え付けるものではないことは明らかであるから、合憲かつ適法である。 (イ) 国旗国歌条項における国旗、国歌の意味  我が国には、平成一一年八月に国旗及び国歌に関する法律(平成一一年法律第一二七号、以下「国旗国歌法」という。)が制定されるまでは、どの旗又は歌をもって国旗又は国歌とするかということを定めた一般的法規は存しなかった。しかし、船舶法(明治三二年法律第四六号)二条・七条・二六条、海上保安庁法(昭和二六年法律第二八号)四条二項、商標法(昭和三四年法律第一二七号)四条一項一号等においては、国旗が存在することを前提とする規定が置かれている。とりわけ、国旗国歌法附則二号による廃止前の商船規則(明治三年太政官布告第五七号)には、日本の船舶に掲げるべき国旗として日の丸の様式が定められていた。  そして、国際会議、国際スポーツ大会等、外国では、日の丸及び君が代が日本を象徴する旗及び歌として公認され、用いられているのは公知の事実である。また、国内においても、日の丸及び君が代を国民統合の象徴としての日本の国旗及び国歌であるとみることについては、大多数の国民の賛成同意を得ている現実があり、これをふまえて政府においても、再三にわたり、日の丸及び君が代が日本の国旗及び国歌である旨を表明してきているところである。そして、現在のところは、日の丸及び君が代以外に、日本の国旗及び国歌というべきものはみあたらない。  このような日の丸及び君が代の使用の実態・実情等に照らせば、国旗国歌法が制定される以前においても、長年にわたって主権者たる国民が是認し受け入れてきており、国際的にも承認されてきたのであるから、日の丸及び君が代は、日本を象徴する国旗及び国歌であるとの慣習法一法例二条一が成立しているというべきである。 (ウ) 生徒の思想良心の自由等との関係  国旗国歌条項は、前記(ア)bのとおり、自国及び他国の尊重、国際協調等といった極めて普遍的な理念を趣旨とするものなのであるから、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施は、生徒に対する一方的な理念や観念の教え込みとなるものではなく、生徒等の思想信条の自由等の人権を侵害するものではない。 (エ) 校長の権限  a 法五一条、七六条、二八条三項によれば、校長は「校務」につき決定権限を有し、そこにいう「校務」には卒業式や入学式等の教育活動に関することが含まれるから、卒業式の内容、態様を決定し、その一部として日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施することは校長の権限内のものであり、この点につき、校長は、所属職員を指揮監督でき、職員会議の決議に拘束されることはない。  したがって、本件各校長は、職員会議の決議等に拘束されることなく、卒業式において日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施する権限を有していたものであるとともに、学校に所属する教職員を監督する立場から(法五一条、七六条、二八条三項)、原告らを含む所属教員に対し、卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施及びこれに対する協力、少なくともこれを妨害してはならないことを命令する権限を有していたのであって、その職務命令は適法なものである。  b 卒業式が最後の授業であるとする主張は、一般の認識にも合致せず、根本的に合理性を見いだしがたい。卒業式は、学校教育法施行規則六五条一項、七三条の一六第二項、二八条により、所属校の全課程の終了が認められた生徒に対して卒業証書を授与することとされている趣旨に基づき、卒業証書を授与する儀式なのであり、学校の行事であることは明らかである。 (2) 本件各処分の手続的違法性の有無 [原告らの主張] ア 行政上の懲戒処分と憲法三一条  憲法三一条は、直接には刑事手続を念頭に置いたものであるが、その趣旨とするところは、個人の尊厳と国民主権原理を基礎とする憲法にあっては、国家権力の行使によって個人が不利益を受ける場合には、その処分は手続と内容に置いて公正であるべきとするにあるから、憲法三一条の趣旨は、行政処分についても妥当するものであり、とりわけ刑事処分に匹敵する程度の行政処分についてはその趣旨を及ぼしてしかるべきである。  本件各処分のような行政上の懲戒処分は、被処分者の名誉に関わる上、被処分者に対し罰金、没収と実質上同等に扱い得る財産上の不利益を与えるものであるから、憲法三一条の趣旨を及ぼしてしかるべきであり、かかる処分をするにあたっては、少なくとも処分に先立つ弁明の機会を付与されるべきであり、処分内容についても不意打ちにならないよう七分に説明することが必要である。 イ 本件各処分における手続的違法 (ア) A処分について  被告教育委員会は、被処分者である原告甲野の弁明を聴くことなく、対立当事者である松宮校長等からの聴取のほか十分な調査もせずにA処分を行ったのであって、同処分は手続的適正を欠くもので、憲法三一条に違反する違憲・違法な処分である。 (イ) B処分及びC処分について  a 処分に至る手続の違法  原告乙山及び同丙川は、杉田校長に対し、再三にわたりそれぞれB処分、C処分の基礎となった事実関係についての確認を求めたが、被告教育委員会は、被処分者である原告乙山及び同丙川に対する事情聴取等弁解の機会を与えることなく、被告教育委員会側についていた管理者が作成した報告書のみを資料として、B処分及びC処分を行ったのであって、同処分はいずれも手続的適正を欠くもので、憲法三一条に違反する違憲・違法な処分である。  b 処分告知の違法  原告乙山がB処分によって受ける不利益は、三ケ月間の減給に止まらず、また、原告丙川がC処分によって受ける不利益は、戒告に止まらず、それぞれ賞与額、昇給、退職金等にも生じ、むしろそのような派生的不利益の方が経済的には重大である。そして、そのような派生的不利益の発生については、法規等で定められており、かかる子細な情報、特に具体的不利益額を知ることは、被処分者に過度の負担を強いるものといわざるを得ず、ともすればかかる派生的利益が発生することに気付かない故に不意打ちになることすらある。  したがって、行政が不利益処分を課すに当たっては、被処分者に対し、国民が通常容易に知り得ない重大な派生的不利益についても告知すべきであるところ、B処分及びC処分はかかる告知を欠くものであるから、憲法三一条に違反する違憲・違法な処分である。 [被告らの主張] ア 地方公務員の懲戒は、憲法三一条にいう「刑罰」に含まれると解することはできない。その懲戒について、地公法二七条一項には「すべての職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない。」と規定され、同法二九条二項には「職員の懲戒の手続及び効果は、法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定めなければならない。」と定められている。そして、「職員の懲戒の手続および効果に関する条例」(昭和二六年九月二九日滋賀県条例第五二号、乙21、以下「懲戒条例」という。)には、懲戒処分に先立ち、当該職員に対し、弁明の機会を与えなければならない旨の手続規定はない。したがって、法令の規定上は、懲戒権者が懲戒処分をするに当たって、職員に弁明の機会を与えるか否かは懲戒権者の裁量に委ねられている事項と解され、事前に事情聴取が行われなかったとしても直ちに手続的な違法があるとはいえない。 イ B処分及びC処分に伴い、被告教育委員会が、被告乙山及び同丙川に対し、同名処分により、いわゆる昇級延伸等の給与上の派生的不利益が給与措置としてもたらされることを告知しなかったことを論拠として、B処分及びC処分が違憲・違法であるとする原告らの主張は争う。  懲戒条例及び「職員の懲戒の手続および効果に関する規則」(昭和四二年九月三〇日滋賀県人事委員会規則第二二号、乙22、以下「懲戒規則」という。)は被処分者への昇給延伸等の給与上の措置の告知が処分要件であるとは定めていない。 (3) 原告らの被った損害の有無 [原告らの主張] ア 本件各処分はいずれも違法であり、取り消されるべきものであるが、同時にかかる処分は、被処分者である原告らに対する不法行為にも当たる。 イ 原告らは、本件各処分を受けたことにより、それぞれ昇級延伸等の現実的不利益を被り、かつ、「非行を犯した教員」という汚名を着せられ、多大の精神的損害を被った。  上記精神的損害を金銭に見積もるとそれぞれ一〇〇万円を下ることはない。 ウ 原告らは、それぞれ本件各処分の撤回、取消しを求めて、滋賀県人事委員会に審査請求を行い、更に本件訴訟を提起した。そのため、弁護士である原告ら訴訟代理人に対し、着手金として、原告甲野は四〇万円、同乙山及び同丙川は三〇万円をそれぞれ支払い、弁護士報酬の支払も約した。  上記のうち、原告甲野について五〇万円、原告乙山、同丙川について各二五万円は、アの不法行為と相当因果関係を有する損害に当たる。 [被告県の主張] ア 本件各処分が違法でないことは、前記(1)、(2)の被告らの主張から明らかである。 イ 仮に、本件各処分が違法であるとしても損害につき否認ないし争う。 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(実体的違法)について (1) 本件各処分の理由を基礎づける事実の存否について ア 争いのない事実並びに末尾括弧内記載の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。 [第一事件、第二事件両方について] (ア) 被告教育委員会(担当は事務局学校教育課)は、平成元年に新学習指導要領が告示され、そのうち国旗国歌条項については平成二年四月一日から移行措置を実施するとされたことに伴い、同年二月八日、各県立学校長らに対し、同教育長名で、国旗国歌条項に基づき、国旗掲揚及び国歌斉唱を平成二年度の入学式から適正に実施するよう留意することなどを内容とする新学習指導要領への移行措置の実施についての通知をした。 (イ) 被告教育委員会は、平成二年四月二日、各公立高等学校長や各県立障害児教育諸学校長らに対し、同教育長名で、入学式や卒業式などにおける国旗及び国歌の取扱いについての通知をした。同通知は、入学式を間近に控え、従来から被告教育委員会が、上記学校長らに対し、国旗及び国歌の指導の充実を図るよう指導してきた点について、更に教職員に周知徹底し、下記の諸点に基づき国旗及び国歌の適正な取扱いをするよう通知するというものであって、記として、(1)学習指導要領は、法規としての性質を持つものであり、その改訂の趣旨及び移行措置に基づき、入学式や卒業式などにおいては、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとすること、(2)入学式や卒業式などにおける国旗及び国歌の指導に当たっては、各教科における指導との関連を図り、教育活動全体を通じて国旗及び国歌に対する正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を育てるようにすること、(3)入学式や卒業式などに国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導するに当たっては、校長は学校の管理運営の責任者としての指導性を発揮するとともに、教職員に対しては、教育公務員としての自覚と責任を持って、国旗及び国歌の適正な指導を行うこととするものであった。  被告教育委員会は、同月一六日には、学校教育の指針説明会において、県立各学校長に対して、同月二三日には、校務運営等協議会において、県立各学校教頭に対して、それぞれ、同月二日付け通知書の趣旨を説明し、平成二年度の卒業式に向けて国旗掲揚、国歌斉唱を実施するよう指導した。 (ウ) 被告教育委員会は、その後も、県立学校長や県立学校教頭対象の各教育課程講習会において、国旗・国歌の取扱いが従前と異なり、実質的に義務化されたことを説明し、適切に実施するよう指導し、あるいは一般職員対象の教科別教育課程講習会において、国旗・国歌の取扱いが従前と異なり、実質的に義務化されたことを指導した。  また、被告教育委員会は、毎年二月ないし三月には、その年の卒業式に向けての準備状況、卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況、問題点等を、毎年四月初旬には、その年の入学式に向けての準備状況、入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況、問題点等をそれぞれ電話で聴取調査するとともに、それぞれ国旗掲揚、国歌斉唱の未実施校に対しては実施に向けて努力するよう指導をし、毎年六月から九月に行われる指導主事の未実施校の学校訪問の際には、国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に至っていない経緯、障害になっている要因、克服への展望を聴取し、適正な実施に努力するよう各学校長に対し指導をしてきた。 (エ) 被告教育委員会は、平成五年七月開催の県立学校長や県立学校教頭対象の各教育課程講習会において、卒業式・入学式における国旗・国歌の適正実施については、少なくとも翌春の高等学校学習指導要領全面実施の前に完全実施となるよう、取組の強化を指導した。  被告教育委員会は、平成六年二月一六日、入学式において国旗・国歌が未実施の県立学校長を対象に教育懇談会を開催し、各学校における取組の状況、実施上の課題と展望等について情報交換と協議をし、卒業式に向けて一層努力するよう指導した。  被告教育委員会は、同月下旬、卒業式に向けての取組状況を電話で聴取するとともに、国旗・国歌の実施困難な学校には、学校長がリーダーシップを発揮し、実施に向けて卒業式の前日までねばり強く努力するよう指導した。  被告教育委員会は、三月一目、卒業式での実施状況及び問題点について電話で聞き取り調査した。未実施校には、実施に至らなかった経緯について報告するよう求めた。また、入学式に向けて引き続き対応方法を検討して、適切に実施するよう指導した。 (以上(ア)ないし(エ)につき、乙18、乙23、証人松宮、同岩本) [第一事件について] (ア) 原告甲野は、昭和五七年四月ころ、八日市養護学校に赴任し、昭和六三年四月ころ、同校高等部の教諭になり、平成五年四月から同部三年の担任をしていた。原告甲野は、かねてから国旗国歌条項を根拠に養護学校に卒業式等に日の丸、君が代が導入されるのに対して疑問を感じており、平成五年四月ころから、国旗国歌に関する問題が議題となっている職員会議には、積極的に出席していた。 (以上、原告甲野本人、甲261) (イ) 八日市養護学校における卒業式の準備については、通常、前年一二月ころ、卒業式委員会(小学部、中学部及び高等部の各代表の教員並びに教務主任の四名により構成される。)が卒業式次第等の原案を作成し、これを運営委員会)小学部、中学部、高等部及び寄宿舎部の各代表の教員、校務分掌の代表の教員、教務部等の代表の教員、校長、教頭、事務長の一〇名余りの者により構成される。)が検討し、その後職員会議に諮られるという手順をとっていた。  八日市養護学校においては、昭和五五年度ころから、卒業式を最後の授業として位置付け、いわゆるフロア対面方式で、教員らと卒業生、在校生が交歓し合う児童生徒全面参加型の卒業式が行われていた。そして、卒業式には日の丸の掲揚や君が代の斉唱は実施されず、進行については、教頭が開会の辞と閉会の辞等を行い、校長が卒業証書の授与と式辞を行っていた。 (以上、甲126、甲135の1、2、甲136の1、2、甲144、甲145、乙2、乙23、証人松宮、同庄司、同中西) (ウ) 八日市養護学校の猪飼校長は、平成二年二月八日、被告教育委員会からの通知(前記[第一第二事件両方について](ア)一を受け、運営委員会に対し、平成元年度の卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を提案したが、運営委員会等で十分に討議することなしには実施しないことになった。  八日市養護学校の西村武一校長(以下「西村校長」という。)は、平成二年四月、同校校長に就任し、平成三年一月、職員会議において、平成二年度の卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を提案したが、実施には事前の十分な教育論議が必要であるなどの指摘を受け、議論が進行しないまま、実施しないことになった。  さらに、西村校長は、平成四年二月、職員会議において、平成三年度の卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を提案したが、職員会議で教員の同意が得られず、実施しないことになった。 (エ) 松宮校長は、平成四年四月一日、八日市養護学校の校長に就任した。同校長は、被告教育委員会から、教育課程の改訂に伴う講習会や県立学校長会等において、新学習指導要領について縷々説明を受けてきたが、その中には国旗国歌条項についての上記([第一事件、第二事件両方について](ウ)(エ))のとおりの説明や指導等があった。  松宮校長は、国旗国歌条項が存在する以上、卒業式において日の丸掲揚及び君が代斉唱を必ず実施しなければならないとの考えから、平成五年二月、数度の職員会議において、平成四年度の卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を文書で提案したが、教員らから、「教育論議なしで導入するのは押しつけである。」等の意見が出され、結局実施しないことになった。 (以上、(ウ)(エ)につき甲145、乙23、証人松宮、同中西) (オ) 平成五年度には、滋賀県立養護学校の中で八日市養護学校と滋賀県立草津養護学校のみが入学式、卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の未実施校となった。  そのため、被告教育委員会の学校教育課障害児教育室は、松宮校長から状況や問題点等の報告を受け、同校長に対し、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に向けて努力するよう指導をした。また、滋賀県特殊教育諸学校PTA会長会は、平成五年一二月、滋賀県特殊教育諸学校校長会長宛てに、障害児を持つ保護者としては国や県で決められたことは学校も守っていただくのが当然の義務だと考えるとして、卒業式・入学式において日の丸掲揚や君が代斉唱を実施するよう要望し、八日市養護学校のPTAも同様の要望をした。松宮校長は、平成五年度の卒業式については、新学習指導要領の完全実施の年度を迎えることであり、必要であれば校長の責任として職務命令も発して国旗国歌条項を遵守させたいと思っていたし、上記([第一、第二事件両方について](エ))のとおりの被告教育委員会の指導は、現場教員の中に反対があったとしても、校長の職務、職責として、国旗国歌条項を完全に実施せよとの指導内容と受け取っており、平成五年度の卒業式については、校長の責任で教頭と一体となって、日の丸掲揚や君が代斉唱を実施する意向を有していた。 (以上、乙8、乙9、乙19の1、2、乙23、証人松宮) (カ)松宮校長は、平成五年度の卒業式のための卒業式委員会による原案作成前に、今西肇教頭(以下「今西教頭」という。)を通じて、卒業式委員会委員長の河原正浩教諭(以下「河原教諭」という。)に対し、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施が式次第に含まれるよう指示した。  卒業式委員会は、卒業式次第等の原案として卒業式実施計画案(甲126、以下「本件原案」という。一を作成し、平成五年一二月一四日に開催された運営委員会に提案した。同原案は、卒業式の予定として日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施が含まれていない上、同年までの卒業式と異なり、開式、閉式の辞を教頭が宣言するようになっておらず、教務主任が司会をするほかはすべて生徒に進行等をさせる形式になっていた。  松宮校長は、同運営委員会において、卒業式は学校行事としての卒業証書授与のための儀式であること、日の丸掲揚及び君が代斉唱は必ず実施すべきものであることから、本件原案は認められない旨述べた。しかし、運営委員会では、大きな問題であるとして、職員会議(小学部、中学部及び高等部の全教員約一〇〇名により構成される。)においてこの問題を諮ることとなった。一以上、甲126、乙2、乙23、証人松宮) (キ)河原教諭は、一月二四日に開催された運営委員会において、本件原案を提案し、その説明をしたが、松宮校長は、卒業式は授業ではなく儀式であって、児童生徒会主催で行うことは認められないなどとして同原案を認めることはできない旨述べた。  これに対し、教員らは、児童生徒が作り上げていくことが学習であり自信を持つことになるし、卒業式は最後の授業として考えられるので、本件原案で実施すべきであるなどと反論し、両者の意見は対立したまま、職員会議で議論することとなった。  同日、職員会議が開催され、同会議において、本件原案が提出され、教員らは、従来から卒業式を最後の授業として作り上げてきた伝統があり、生徒たちもそのように実施されることを望んでいるなどの意見を述べた。これに対し、松宮校長は、教員らに対し、卒業式は学校行事であり儀式であること、学習指導要領に示されている事項は実施しなければならないことを強調し、卒業式において開会の辞は教頭が述べること、君が代を斉唱すること、式場には日の丸を掲揚することを告げた。 (以上、甲126、甲145、甲146、乙23、証人松宮、同中西) (ク) 松宮校長は、二月四日午後三時三〇分から開催された職員会議において、自ら作成した「卒業式、入学式における国旗、国歌の実施について」と題する書面(乙4)を、出席した教員全員に配布し、卒業式、入学式は教育課程では「学校行事」に位置付けられていること、国旗国歌条項は法的拘束力をもつものであって、無視することはできないこと、滋賀県下小中高等学校の実施状況や県議会、県特殊諸学校PTA会長及び保護者会代表からも卒業式における日の丸掲揚等の実施要望されていることなど、その趣旨を説明した。  さらに、松宮校長は、「平成六年度(平成五年度の誤記である。)卒業式(高等部)〈案〉」と題する書面(乙3)を教員らに配布し、開会の辞及び閉式の辞は教頭が行うこと、教頭が来賓紹介をすること、国歌斉唱を実施すること、これらは校長の指示事項であること、教員らはこれに全員協力すること等を告げた。  これに対し、教員らは、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施は障害児にとってどのような教育的意味があるのか、障害児にとってふさわしい卒業式にすべきであるなどの意見を述べた。  同日の職員会議の後半では、上記議題を巡って、教員らと松宮校長との間で議論がなされ、これが昂揚して騒然とした状態になったりしたが、松宮校長は、同日午後一〇時、会議の時間が六時間半にもわたったことから職員会議を終了し、次回の職員会議においても日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施等について説明する旨述べた。 (以上、甲145、甲147、乙3、乙4、乙23、乙24、証人松宮、同中西) (ケ) 二月二一日午後一二時四〇分職員会議が開催された。松宮校長は、乙4の書面を再提示し、同書面に記載されている理由により、卒業式において日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施すると説明した。  これに対し、教員らは、松宮校長に対し、教育論議をするための資料を出すべきであるなどの意見を述べた。  松宮校長は、教育論議をする段階ではない、教育の内容や方法は日常授業の中で行なうことであり、各教員が研究を進めていけばよいなどと述べた。  これに対し、海藤尚武教諭(以下「海藤教諭」という。)は、教育論議のための資料として「この子たちにとって卒業とは、卒業式とは」と題する書面を教員らに配布し、卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に反対する理由を説明し、教員らは、松宮校長に対し、日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施すべき理由や教育的意義等を文書によって提示することを求めた。 (以上、甲145、甲148、乙4、乙23、乙24、証人松宮、同中西) (コ) 二月二五日午後三時四〇分から職員会議が開催され、教員らは、前回の職員会議に続き、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施が障害児にとっていかなる意義を持つかなどについて教育論議をするために、松宮校長に対して、そのような論議をするための文書提示を求めた。  松宮校長は、これを拒否し、学習指導要領に基づいて日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施しなければならない旨説明した。  教員らは、校長には裁量権があるはずであり、裁量権を行使して実施をやめるよう求めたが、松宮校長は、教員らの要求に応じなかった。  当日の職員会議は、教員らと松宮校長との間で議論が対立したまま、同月二六日午前二時に終了した。当時、残っている教員の数は少なくなっていたが、松宮校長は、最終的には校長の責任で日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施する旨述べた。 (以上、甲145、甲149、乙23、証人松宮、同中西) (サ) 八日市養護学校においては、卒業証書の用紙は、卒業する生徒が各自教諭の指導を受けたりしながら手漉きで作った和紙を使用していた。  平成五年度の卒業式については、その一週間以上前までに、手漉きで作られた和紙(全部で一八枚あった。)に、松宮校長が毛筆で文面を揮毫して卒業証書を作成し、校長室の耐火ロッカーに保管していた。  松宮校長は、高等部の卒業式前日である平成六年二月二八日午前中に卒業証書について最終確認をし、同校長及び今西教頭の立会いのもとで、事務長が、卒業証書の氏名等を再確認の上、校長印の押捺及び卒業証書台帳との割印をして、卒業証書一八枚を完成させた。そして、校長印のインクを乾した後、整理して校長室の机の上の広蓋に入れていた。 (以上、乙23、証人松宮、原告甲野本人) (シ) 二月二八日午後五時二〇分から職員会議が図書室で開催された。  松宮校長は、その冒頭において、前回一二月二五日一の職員会議が深夜に及んだことから同日の職員会議は午後七時に終了すると述べた。  当日の議題は、校長の裁量権の有無と同月二一日の職員会議における海藤教諭の文書を受けて校長の見解を文書で出し卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施の意義等を討議することとなっていた。  教員らは、松宮校長に対し、前回の職員会議に引き続き、校長には日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施しないことができる裁量権があるから、校長はそれを行使して日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を見送るべきであるなどの意見を述べた。  これに対し、松宮校長は、自ら手書きで作成した「入学式、卒業式の国旗、国歌の扱いに関して」と題する書面(乙5)や今西教頭が作成した「入学式・卒業式、などにおける国旗・国歌を取扱う趣旨」と題する書面(乙6)を教員らに配布した上で、学習指導要領に具体的に明記されている事柄を実施しないという裁量権はないと説明し、自分の判断と責任で、卒業式において日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施する旨述べた。  さらに、松宮校長は、高等部の卒業式を翌日に控え、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を周知、徹底するため、(1)開式の辞は教頭が言うこと、(2)開式に続いて君が代斉唱を入れること、(3)式場には日の丸を掲揚することを重ねて示し、これら三点は管理職によって対応するので承知されたい、このことは指示、伝達事項である、卒業式に混乱を来たさないよう全員が協力されたいと指示した。  これに対し、数名の教員から「生徒のことをどう思ってるんだ。」「裁量権を行使せよ。」「そんなことで校長の資格はない。」との言葉が発せられ、原告甲野も「ぼんくら。」「あほ。」などの言葉(以下「本件発言」という。)を発した。  松宮校長は、事前の宣告どおりの時間が来たとして、同日午後七時一〇分ころ、議長の中川原功二教諭一以下「中川原教諭」という。一に対し、職員会議の閉会を求めた。しかし、教員らは、当日の議題のうち校長の裁量権についてのみ討議された段階であり、もう一つの議題である卒業式において日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施することの意義等の議論がされていないとしており、中川原教諭は松宮校長の要請に応じなかった。  松宮校長は、職員会議は終了したとして、図書室を出て校長室に行き、同室から鞄を持って帰宅しようとした。これに対し、教員らのうち、松宮校長がそのまま帰宅すると、同校長の発言どおり、明日の卒業式では、管理職によって日の丸、君が代が実施されてしまうことを危惧した者らが松宮校長をそのまま帰宅させてはいけないとして、同校長の後を追いかけて行き、廊下や校長室内で同校長に帰らないようにと言って、同校長と押し問答をした。  原告甲野は、他の教員らとともに校長室に行ったが、校長室の机の上の広蓋の中に卒業証書がおいてあり、松宮校長が卒業証書をおいたまま帰宅しようとしているとして、卒業証書を持ち出せば松宮校長が自分を追ってくるであろうし、そうなれば、同校長を職員会議に引き戻すことができるなどと考え、同日午後七時三〇分ころ、卒業証書を手に持ち、松宮校長の制止にもかかわらず、卒業証書を持って校長室を出て、職員会議の会場である図書室に持ち込み、そこにいた仙石龍圓教諭に卒業証書の枚数の確認を求めてこれを手渡し、図書室を出て、高等部の職員室に行った。  校長室にいた今西教頭は、居合わせた教員らに対し、すぐに卒業証書を探して校長室に戻すように指示した。  卒業証書は、原告甲野が持ち出してから約一〇分後高田トモコ教諭によって校長室の机の上に戻された。松宮校長は、すぐに今西教頭に指示して耐火ロッカーの中に仕舞わせた。  松宮校長は、今西教頭からの説得もあって、同日午後八時一五分、図書室で職員会議を再開した。そして、当日のもう一つの議題である海藤教諭の文書を受けて文書で出した松宮校長の見解等について議論が行われた。  午後一一時ころ再び職員会議が中断した。松宮校長は、午後一一時三〇分、職員会議を再開し、教員に対し、卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施は管理職で対応するので、理解と協力をしてほしい旨指示し、議長に対し、閉会宣言を求めたが、議長は閉会宣言をせず、教員らも帰宅しようとしなかった。松宮校長は、自分が帰宅する態度を見せなければその場を収められないと思い、玄関を出て車に乗ろうとしたが、職員会議の続行を言う教員らにこれを阻まれ、会議室の方に戻った。  翌三月一日午前四時ころ、運営委員会が招集され、話合いがもたれた結果、日の丸を玄関と卒業式の式場に掲揚し、君が代斉唱を取り止めるということになった。ところが、この結論についても教員らから反対意見が出たので、松宮校長は卒業式式場にのみ日の丸を掲揚することにし、教員らもこれを了承した。  ところが、同日午前六時二〇分ころ、海藤教諭が倒れて保健室へ運ばれるなどしたため、事態が混乱した。松宮校長は、教員らと話し合った結果、卒業式の開式の時刻も切迫していることなどから、玄関にのみ日の丸を掲揚することとし、その場は収った。  同日、予定どおり平成五年度の高等部の卒業式が実施され、玄関にのみ日の丸が掲揚された。 (以上、甲145、甲150の1、2、甲151、乙5、乙6、乙7の1ないし4、乙23ないし乙25、証人松宮、同庄司、同中西、原告甲野本人) (なお、原告甲野は、本件発言を行っていない旨主張し、原告甲野の供述にはこれに沿う部分がある。しかしながら、原告甲野には、普段から使う言葉として、「ぼんくら」「ばかたれ」があること、原告甲野は、質間に対して相手がまともに答えない時などに、相手に対し、「ぼんくら」と言ったりしてきたこと、会議の席等で校長に対し「おまえ」と言ったりしたこともあったこと、日常管理職と話をしていて、道理がないと思った時などには、言葉を荒立ててものをいう性癖があること、当日の会議では、松宮校長の答えには道理がないと思っていたこと、当日の会議で、松宮校長に対し、「うそをついたんか、おまえ」と言ったことを自認していること、職員会議の再開後に「おまえはあほか」と言ったことはあるかという質問に対し、事実であればと言っていると思う旨供述していること(以上、原告甲野本人)、以上に照らせば、本件発言に及んだことはないとの原告甲野の供述は採用することができない。) [第二事件について] (ア) 原告乙山は、昭和六三年、彦根商業に赴任したが、かねてから国旗国歌条項により日の丸・君が代を教育現場に導入することについて、憲法ないし民主主義の否定になるおそれがあると考えており、教員らの集会などにおいてその意思を表明していた(原告乙山)。  原告丙川は、杉田校長が彦根商業に赴任したころには、彦根商業に在籍しており、原告乙山と同様、国旗国歌条項により日の丸・君が代を教育現場に強制的に導入することについては反対していた。原告丙川は、彦根商業で組合の書記長をしたこともあり、管理職との交渉で、日の丸・君が代についての話をしたこともあった(原告丙川)。 (イ) 彦根商業では、平成四年度以前には、入学式及び卒業式の際、正面玄関に国旗二流を掲揚するという扱いがされており、数度にわたり管理職から式場における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施についての要望ないし提案があったものの、それが実施されることはなかった。 (ウ) 杉田校長は、平成四年度以前から、入学式や卒業式の式場における日の丸掲揚を行うべきであると考えており、平成四年四月一日に着任した岩本教頭とともに、職員会議などにおいて平成四年度の卒業式の式場における日の丸掲揚の実施に協力を求めたが、教員らからの反対が強くそれを実施することはできなかった。  なお、当時、彦根商業の教員らの多くは、日の丸、君が代の強制的な導入には反対していたが、卒業式自体は混乱させないとの方針を採っていた。 (エ) 杉田校長は、平成五年四月七日の職員会議において、教員らに対し、翌日の平成五年度入学式の式場にも日の丸を掲揚する旨述べたところ、ほとんどの教員が反対した。そして、入学式当日である翌八日、玄関から校長室、廊下、教頭の机や廊下の窓ガラスに至るまで、日の丸掲揚反対のビラが貼られ、図書室前には日の丸掲揚の強制に反対すると記載されたベニヤ板が置かれた。杉田校長は、これを見て、入学式での混乱を懸念し、式場での日の丸掲揚を取り止めることとし、職員団体の役員にその旨伝えた。  岩本教頭は、当日、入学式のために正面玄関に日の丸を掲揚しようとして、倉庫へ旗竿等を取りに行ったが、それを発見することができなかった。同じころ、原告乙山は、杉田校長に対して、日の丸掲揚を強制しないことと引き換えに旗竿を出すなどと言ったが、杉田校長はこれを断り、当時職員団体の役員をしていた原告丙川を呼び、同人に旗竿を持ってくるよう指示した。その結果、原告乙山が旗竿を持ってきたので、岩本教頭は正面玄関に日の丸を掲揚した。 (オ) 平成五年六月、被告教育委員会の指導主事が彦根商業を訪れ、国旗国歌条項の未実施の原因、課題、克服への展望等を聴取し、学校長のリーダーシップの発揮による適切な実施を指導した。  同年七月には、被告教育委員会により、県立学校教頭対象の教育課程講習会が行われ、岩本教頭も出席した。同講習会では、被告教育委員会は、出席者に対し、国旗国歌条項の適正実施については、少なくとも来春の学習指導要領全面実施を前に完全実施となるよう、取組みの強化を指導した。 (カ) 平成五年度卒業式に向けて、平成六年一月一三日に運営委員会一校長、教頭、事務長、教務、進路指導、同和教育、生徒指導、一ないし三各学年主任、商業科、情報処理科主任、公選の二名の教員により構成される。一が開催された。(なお、彦根商業において卒業式の式次第は、教務課が原案を作り、その原案を運営委員会に示し、最終的には職員会議で決定されていた。)  杉田校長は同日不在であったので、岩本教頭は、事前の杉田校長との打合せに基づき、運営委員会の委員に対し、三月一日の卒業式には、日の丸を三脚に立てて式場に置くこと及び君が代斉唱を実施したい旨の校長の意思を伝えた。 (キ)杉田校長は、一月一九日に開催された職員会議において、教員らに対し、卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を表明し、教員らへの協力を求めた。  これに対し、原告乙山は、上記実施に反対する旨述べた。 (ク) 杉田校長と岩本教頭は、二月七日に開催された運営委員会において、卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施について教員に協力を求めた。運営委員会の委員らからは、日の丸、君が代の問題は運営委員会で取り上げるには馴染まないとの意見も出た。杉田校長は、職員会議において日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に関して各教員が自由に意見を発言できる状態にしたいと述べ、委員らに協力を求めた。 (以上、(イ)ないし(ク)につき、乙18、26、証人岩本、原告乙山、同丙川) (ケ) 岩本教頭は、教務主任木本富夫教諭が作成した「平成五年度卒業式式次第」、「卒業式配置図」、「卒業式業務分担表」の三部綴りの書面(乙15、以下三部合わせて「式次第等」という。)に目を通し、「平成五年度卒業式式次第」中の開式の辞の後に君が代を斉唱することを、「卒業式配置図」中に日の丸を掲揚する場所をそれぞれ記載した(以下「本件加筆部分」という。)。  杉田校長は、二月九日の職員会議において、教員らに式次第等を配付したところ、教員らから本件加筆部分や日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施についての質問があった。岩本教頭はその質間に対し、学習指導要領には法的拘束力があり、日の丸掲揚及び君が代斉唱は実施しなければならないなどと答えた。教員らは、本件加筆部分を除いて式次第等を挙手可決した。杉田校長は、教員らに対して、卒業式式場における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施について協力することを求めた。 (以上、乙15、乙26、証人岩本) (コ) 二月一六日、被告教育委員会は、国旗国歌条項の未実施の県立学校長を対象に教育懇談会を開催し、杉田校長が出席した。同会では、取組みの状況、実施上の課題と展望等について情報交換と協議がなされ、被告教育委員会は、出席者に対し、卒業式に向けて一層努力するよう指導した。 (乙18、証人岩本) (サ)0杉田校長と岩本教頭とは、二月九日の職員会議において、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施については、教員らの反対が強いことを知ったが、それでも、これを実施しなければならないとの気持ちから、協議の結果、反対が強くても、日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施するとの校長の強い意思決定を教員らに伝えるために、二月二一日に開催された職員会議において、卒業式の日が近づいてくる中で、日の丸掲揚、君が代斉唱を実施することについての指示・命令を明確化していくため、教員らに対し、連絡事項として、卒業式において式場に日の丸を掲揚し君が代を斉唱することに決定したので、これに是非協力してもらいたいとの指示をした。  これに対し、教員らは、日の丸、君が代の問題を協議事項とせずに連絡事項にしたことに対する反発や反対意見を出したので、杉田校長は、卒業式での混乱を避けたいこと、職員会議の性格については校長の補助機関と考えていること、憲法のもとに教育基本法、学校教育法、同施行規則があり、その委任を受けて学習指導要領が定められているのであるから、これを遵守しなければならないことなどを説明した。しかし、教員らは、従来から職員会議を決定機関と位置づけていて、実際にもそのように運営されてきたとしており、補助機関との校長の発言等を巡って議論がなされたが、対立したままに終わった。 (シ) 三月一日の卒業式に間に合わせるためには、二月二二日には式次第の印刷を業者に発注する必要があったため、杉田校長は、二月二二日朝の打合せ時(毎朝午前八時半から八時四〇分までの間行われていた。)に、教員らに対し、卒業式の式次第の開式の辞のあとに君が代斉唱を入ることを伝えた。教員らの間には反対の空気があったが、特別に抗議をする者はなかった。  岩本教頭は、同日、式次第の原稿(乙16)を業者に渡して、部数五五〇枚で印刷を依頼した。 (以上(サ)及び(シ)につき、乙26、証人岩本) (ス) 原告乙山に対し、後記(チ)のとおり、二月二三日に本件文書訓告がなされ、同日、杉田校長がその文書(乙13)を原告乙山に交付した。 (以上、乙26、証人岩本) (セ)二月二八日午後四時半ころ、ほとんどの教員が校長室に集まり、杉田校長、岩本教頭及び竹本義之事務長(以下「竹本事務長」という。)との会合が持たれた。杉田校長らは、教員らに対し、式場に日の丸を掲揚し、君が代を斉唱すべきであることを説明し指示したが、教員らの日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に反対する態度は変わらず、物別れのような状態となって散会した。  教員らは、二月二八日の話合いが物別れのような状態となって終わったことを受けて、職場集会を開いて対応を検討し、その結果、抗議行動を取ることとした。そして、卒業式本番は混乱させない方針のもとに、ステッカーを貼り、保護者に対しビラを配布し、生徒に対しては、ホームルームを利用して事実関係の説明をした。 (以上、乙26、証人岩本、原告乙山) (ソ) 一二月一日朝、玄関、階段、窓ガラスの至る所、校長室、岩本教頭の机、椅子等に、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に抗議する旨のビラが貼付された。  岩本教頭は、当日午前七時四〇分か四五分ころに登校し、上記のとおりビラが貼ってあるのを見て、はがせるものをはがしたりした。  杉田校長は、同日朝(午前八時半から八時四〇分までの間)の打合せ時に、教員らに卒業式への協力を求め、卒業式の式場及び正面玄関への日の丸掲揚及び式の中での君が代斉唱の実施を妨害することのないように指示をした。教員らの多くは、これについて不満の様子ではあったものの特に抗議するなどといった行動もとらなかっか。  朝の打ち合わせが終わった後、岩本教頭は、教員らに対し、卒業式の式次第(乙16)を配布した。  岩本教頭は、朝の打ち合わせが終わった後、玄関に日の丸を掲揚するため、校長室で保管されていた金の球二個が入ったダンボール箱を持ち、その上に目の丸が畳まれて入っていたビニールの袋を載せ、校長室を出て、竹本事務長とともに、日の丸の旗竿の保管されていか危険物庫(倉庫)へ向かった。そして、竹本事務長が危険物庫において旗竿を持ち、岩本教頭と竹本事務長が玄関に向かおうとしたが、そのとき、原告乙山は、岩本教頭の行為を妨害する目的で、同教頭が所持していたダンボール箱上のビニール袋を取り上げて持ち去り、岩本教頭の机の上に置いた。岩本教頭は、校長室へ戻り、杉田校長に上記事情を話した後、予備の日の丸を受け取り、それを正面玄関に掲揚した。  その後、岩本教頭は、再び校長室に戻り、卒業式場となっている体育館のステージに置く三脚と日の丸を持って体育館へ向かい、同館のステージ上に三脚を置き、そこへ日の丸を掲揚した。  原告丙川は、当日駐車場係をしていたが、式場に日の丸が持ち込まれたとの校内放送を聞き、午前九時一五分くらいに式場である体育館に行ったところ、日の丸が体育館のステージに掲揚されていたのを見て、職員会議の決定が無視されたとして、生徒が日の丸を見て君が代を斉唱することになるのを避けさせたいと考え、ステージに上がり三脚ごと日の丸を持ち去り、体育教官室に入り、同所にこれを置き、その後、体育館を出て、駐車場係の場に戻った。  岩本教頭は、原告丙川の後を追って、体育教官室に入り、日の丸を探したが、発見できなかった。その後、原告乙山は、ステージ上の金屏風の後ろにあった日の丸を発見し、式場の自分の席に戻った岩本教頭に対し、君が代斉唱をやめるのであれば日の丸を出す旨述べた。岩本教頭が自分の一存では決められない、校長の指示どおりにすると答えたところ、原告乙山は、校長の指示を聞くよう迫った。岩本教頭がこれを断ると、原告乙山は、「日の丸は金屏風の後ろにある。自分が隠したのではない。」と言った。岩本教頭は、これを受けてステージ上の金屏風の後ろのマットの上に日の丸と一二脚が放置されているのを発見し、ステージ上の所定の位置に戻し、式場における日の丸掲揚を実施した。  その後、卒業式は、式次第に記載されたとおりの進行に従って行われた。(以上、乙26ないし乙28、証人岩本、原告乙山本人、同丙川本人) (タ) 原告乙山は、彦根商業に在席中であった平成三年三月一日に開催された彦根西高校の平成二年度卒業証書授与式に、卒業生である娘の保護者として出席した。  同授与式において、同校の卒業生の担任七名のうち二名が卒業生の呼名の前に、それぞれ職員会議の合意に反して卒業式における日の丸が強行実施された旨の発言をしたところ、その度ごとにマイクのスイッチが切られた。  そこで、原告乙山は、スイッチが切られるたびに、[妨害するな。マイクを切るな。」と抗議の発言した。  また、原告乙山は、同授与式が終わり、卒業生の退場後、保護者の退場となり、退場口に向かう際、彦根西高校の教員らに向かって、上記担任二名が苛められるようなことがあれば守ってほしい旨述べ、さらに、彦根西高校の在校生に対し、ステージ上手側の二階にある放送設備のある部屋を指さして「あそこにマイクを切った卑怯な人がいます。あんな卑怯な人間にはならないでください。」と述べた。 (以上、原告乙山本人、弁論の全趣旨)  原告乙山は、教職員でありながら保護者として行った上記言動が、教職員に対する信頼を損なうもので、教育公務員としてその責任は重大であるとして、同年六月二五日、被告教育委員会教育長から本件厳重注意を受けた(当事者間に争いがない)。 (チ) 平成五年一一月二〇日、大津市民会館大ホールで第一三回近畿高等学校総合文化祭が開会されたが、同会の式次第には日の丸掲揚と君が代斉唱が入っていたところ、これに対しては、同文化祭に関与した各高校の顧問の教員らの間で反対する者があり、同教員らは、反対の署名をし、実行委員会の事務局に抗議文を提出し、上記文化祭当日、大津市民会館のロビーや会館の外でビラまきをしたりした。  原告乙山は、同文化祭の開会式での日の丸掲揚と君が代斉唱に反対する立場から、開会式開始直前に、大津市民会館大ホールの中央通路付近で、客席に向かって、「君が代は主権在民を否定の憲法違反の歌です。歌わないでください。」などと発言した。 (以上、甲99、原告乙山本人、弁論の全趣旨)  被告教育委員会教育長は、原告乙山が平成三年六月に厳重注意を受けているにもかかわらず再度上記発言に及んだことは、教育公務員としてその責任は極めて大であるなどとして、平成六年二月二三日、原告乙山に対し、本件文書訓告を行った(当事者間に争いがない)。  杉田校長は、同日、原告乙山に対し、本件文書訓告の書面を交付した。これに対し、原告乙山は、同日午後五時五一分、「文書訓告」と題する原告乙山が同教育長を文書でもって訓告する内容の書面(乙14)を作成し、彦根商業のファックスを使って同教育長宛てに送付し、更に教員らにも配布した。 (以上、乙13、乙14、乙26、証人岩本) イ 上記認定事実を前提に本件各処分の理由を基礎づける事実の存否を検討する。 (ア) A処分について  上記認定の事実によれば、松宮校長は、平成五年度には滋賀県立養護学校の中で八日市養護学校と同県立草津養護学校のみが卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の未実施校となっていたことや被告教育委員会の指導等から、校長の職務、職責として必要であれば職務命令を発してでも、八日市養護学校の平成五年度の卒業式では日の丸掲揚と君が代斉唱を実施したいと考えていて、その意向のもとに、一月二四日の職員会議において、開会の辞に続き、卒業式には君が代斉唱を入れること及び式場には日の丸掲揚をすることを告げ、二月四日の職員会議において、君が代斉唱を含めた卒業式次第案を示し、教員らに対しその実施に協力するよう指示し、二月二八日の職員会議において、日の丸掲揚及び君が代斉唱の準備は管理職で実施する旨述べ、妨害等のないよう指示したものであるところ、職務命令の手続及び形式については、地公法上特に制限はなく、要式行為ではないから口頭によってもなすことができるのであって、松宮校長の原告甲野を含む教員らに対する前記各指示は、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を含む卒業式の円滑な遂行に対して協力すべきこと、少なくともその遂行を妨害しないようにすることを内容とする職務命令であるということができる。しかるに、原告甲野は、二月二八日の職員会議において、松宮校長に対し、「ぼんくら。」「あほ。」などの暴言に及んだ上、上記職務命令に反し、同日午後七時三〇分ころ、松宮校長らの制止にもかかわらず、校長室から卒業証書を持ち去ったのであるから、原告甲野の上記行為は、松宮校長の職務命令に対する違反行為及び信用失墜行為に当たるというのが相当である。 (イ) B処分について  a 前記認定の事実によれば、杉田校長は、学習指導要領には法的拘束力があると考えていたことや平成六年春の新学習指導要領の全面実施を前に国旗国歌条項が完全実施となるようにとの被告教育委員会の指導等から、教員らの反対があっても、彦根商業の平成五年度の卒業式には日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施するとの意向のもとに、一月一九日の職員会議において、卒業式における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施に協力するよう要請し、二月九日の職員会議において、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を含む卒業式次第、式場配置図等を示し、教員らに対して卒業式式場における日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施について協力することを求め、二月二一日の職員会議において、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を指示し、三月一日の朝の打合せ時に、教員らに対し、卒業式への協力を求め、卒業式の式場及び正面玄関への日の丸掲揚及び式の中での君が代斉唱の実施を妨害することのないようにとの指示をしたのであり、これらは、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を含む卒業式の円滑な遂行に対して協力すべきこと、少なくともその遂行を妨害しないようにすることを内容とする職務命令ということができる。  原告乙山は、平成三年六月及び平成六年二月にも、日の丸、君が代に関わって、それぞれ本件厳重注意及び本件文書訓告を受け、特に、平成六年二月に本件文書訓告を受けたことに対しては、反省することなく、教育長を「文書訓告」する文書を作成し、被告教育委員会事務局に送付していたところ、三月一日に挙行された彦根商業の卒業式当日の午前八時五〇分ころ、岩本教頭が日の丸を掲揚するため危険物庫から正面玄関に向かう途中、岩本教頭の行為を妨害する目的で、同教頭が所持していたダンボール箱上のビニール袋を取り上げて持ち去り、その結果、岩本教頭が行おうとしていた日の丸掲揚行為を妨害したのであるから、原告乙山の上記行為は、職務命令違反行為、信用失墜行為、職務専念義務違反行為に当たるというのが相当である。  b 原告乙山は、「本件厳重注意を受けたが、その対象とされている発言は原告乙山が保護者として卒業式に出席していた際になされたものであるから、これをもって厳重注意の対象とするのは違法である。したがって、本件厳重注意があることをB処分の処分理由に加えることは許されない。また、原告乙山は、本件文書訓告を受けているが、これは、本件厳重注意を受けたことを理由に付加したものであるところ、本件厳重注意は違法であるからこれを理由に付加することは許されない上、本件訓告処分は、処分がなされた時期等からして、卒業式での日の丸、君が代の実施に向けた意図的な威圧、恫喝を目的とした恣意的な処分であって、必要性、相当性が欠如しており、違法である。したがって、本件文書訓告があることをB処分の処分理由に加えることは許されない。」と主張する。  しかしながら、上記(ア[第二事件](タ)(チ))認定のとおり、本件厳重注意及び文書訓告は、原告乙山のした同認定にかかる各言動が、教職員に対する信頼を損なうもので、教育公務員としての責任が重大であるとしてなされたものであって、同認定にかかる原告乙山のなした言動等に照らせば、本件厳重注意が違法なものとは直ちにいえないし、本件厳重注意を理由に付加した本件文書訓告が違法であるということはできない。また、本件訓告処分の対象となった原告乙山の行為に照らせば、同処分のなされた時期等を考慮しても、同処分が卒業式での日の丸、君が代の実施に向けた意図的な威圧、恫喝を目的とした恣意的なものであって、必要性、相当性が欠如しているものということはできない。したがって、原告乙山の上記主張はその前提において採用できない。 (ウ) C処分について  上記認定の事実によれば、杉田校長が、原告丙川を含む教員らに対し、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を含む卒業式の円滑な遂行に対して協力すべきこと、少なくともその遂行を妨害しないようにすることを内容とする職務命令を発したものであるということができるところ、原告丙川は、三月一日に挙行された彦根商業の卒業式当日、式場となる体育館ステージに岩本教頭が三脚に掲げておいた日の丸を持ち去って隠匿したのであり、卒業式場において日の丸掲揚を妨害する行為に及んだものであるということができるから、原告丙川の上記行為は、信用失墜行為、職務専念義務違反行為に当たるというのが相当である。  原告丙川は、日の丸が行方不明になったのがわずかの時間であり、結果的に卒業式の挙行には支障がなかったことや原告丙川が日の丸の行方を問われれたときにその所在を正直に述べた旨主張するが、上記主張にかかる事実については、仮にこれを肯認したとしても、原告丙川の上記行為が信用失墜行為、職務専念義務違反行為に当たるという判断に影響を及ぼすものではない。 (2) 本件処分の実質的違法性について ア 国旗条項の適法性、法的拘束力について (ア)憲法上、国は、国政の一部として適切な教育政策を樹立、実施する権能を有し、国会は、国の立法機関として、教育の内容及び方法について、法律により直接に又は行政機関に授権して必要かつ合理的な規制を施す権限を有するのみならず、子どもの利益のため又は子どもの成長に対する社会公共の利益のためにそのような規制を施すことが要請される場合もあり得ることに鑑みれば、教育基本法一〇条一項、二項は、国の教育統制権能を前提としつつ、教育行政の目標を、教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き、教育行政機関がそのための措置を講ずるにあたっては、教育の自主性尊重の見地から、これに対する不当な支配となることのないようにすべき旨の限定を付したところにその意味があると解される。したがって、教育に対する行政機関の不当、不要の介入は排除されるべきではあるが、許容される目的のために、必要かつ合理的な範囲であるならば、たとえ教育内容及び方法に関するものであっても、これについての基準を設定すること等は、必ずしも同条の禁止するところではないと解される(最高裁判所昭和四三年(あ)第一六一四号昭和五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号六一五頁参照)。 (イ) 文部大臣は、法四三条、一〇六条一項による高等学校の教科に関する事項を定める権限に基づき、高等学校における教育の内容及び方法につき、法七三条、一〇六条による養護学校の教科に関する事項を定める権限に基づき、養護学校における教育内容及び方法につき、それぞれ教育の機会均等の確保等の目的のために必要かつ合理的な基準を設定することができると規定しており、規則五七条の二、七三条の一〇は、高等学校及び養護学校高等部の教育課程については、教育過程の基準としてそれぞれ新学習指導要領によるものとすると規定している。したがって、そのために定められた新学習指導要領は、上記限度において法規としての性質を有するものと解すべきである(最高裁判所昭和五九年(行ツ)第四五号平成二年一月一八日第一小法廷判決・裁判集民事一五九号一頁参照)。 (ウ) また、前記のとおり、行政機関が教育について許容される目的のために、必要かつ合理的な範囲内において、教育内容及び方法に関する基準の設定等をすることは、必ずしも教育基本法一〇条の禁止するところではなく、その限度で教育内容に関係のあるいわゆる内的事項に関するものであっても立法による委任が可能であると解される。したがって、規則五七条の二、七三条の一〇が立法の委任の限界を超えた無効なものであるということはできない。 (エ)もっとも、上記基準は、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という限られた目的のために、必要かつ合理的と認められる大綱的基準にとどめられるべきものであり、学習指導要領の個別の条項が、上記大綱的基準を逸脱し、また、内容的にも、教師に対し、一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものであるならば、それは教育基本法一〇条一項の不当な支配に該当するものとして、法規としての性質が否定される場合もあり得るものと解される。  そこで、新学習指導要領中の国旗条項について、教育の機会均等の確保等の目的のために必要かつ合理的な基準を設定したものといえるかどうかをみるに、国旗条項は、日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるとともに、生徒が将来、国際社会において尊敬され、信頼される日本人として成長していくためには、生徒に国旗に対して正しい認識を持たせ、それらを尊重する態度を育てることが重要なことであること、入学式、卒業式は、学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛かつ清新な雰囲気の中で、新しい生活への動機付けを行い、学校、社会、国歌などの集団への所属感を深める上でよい機会となることをもって、このような意義を踏まえた上で、これらの式典において、国旗を掲揚するように指導する趣旨のもとで設けられたものであり(平成元年一二月文部省作成の「高等学校学習指導要領解説 特別活動編」〔甲4〕)、国旗条項の上記趣旨に照らせば、同条項が、憲法の精神を受けて教育の目的について規定した教育基本法一条の精神に反するものとまではいい難い。国旗条項は、その性質上全国的になされることが望ましいものであるということができるから、教育における機会均等の確保と全国的な一定の教育水準の維持という目的のために、国旗条項を学習指導要領の一条項として規定する必要性があることを否定することができない。  また、上記趣旨に鑑みれば、国旗条項は、一般的普遍的な基準を示すものであり、それ以上にどのような教育をするかについてまで定めたものということはできない。  加えて、国旗条項は、入学式や卒業式において国旗を掲揚するよう指導するものとするとされているものの、国旗掲揚の具体的方法等について指示するものではなく、入学式や卒業式の外に、どのような行事に国旗の掲揚を行うかについては、各学校が実施する行事の意義を踏まえて判断するのが適当てあるとされていて(甲4)、国旗掲揚を実施する行事の選択、国旗掲揚の実施方法等については、各学校の判断に委ねられており、その内容が一義的なものになっているということはできない。  さらに、上記のとおりの国旗条項の趣旨や同条項による国旗掲揚の意義に照らせば、同条項が教師による国旗を巡る歴史的事実等を生徒に教えることを禁止するものということはできず、したがって、国旗条項において「その意義を踏まえ、国旗を掲揚する」こととされていることから、教師に対し国旗についての一方的な一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものと解することはできないし、国旗を掲揚したからといって、その行事が、何らかの思想に賛同を表するために開催されることになるものではなく、生徒や保護者等の出席者が、そのような思想に賛同を表することになるものでもないということができる。  以上を考えあわせれば、国旗条項は、前記説示の大綱的基準を逸脱するものとまではいえず、また、内容的にも一方的な一定の理論や理念を生徒に教え込むことを教師に強制するものともいえないのであるから、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的な基準を設定したものとして、法的効力を有すると解すことができる。 (オ)a 原告らは、日の丸が国旗条項にいう国旗にはあたらない旨主張する。  たしかに、平成一一年八月に国旗国歌法が制定されるまでは、いかなる旗をもって日本国の国旗とすべきかを一般的に規定した法規は存在していなかったものの、(1)国旗国歌法附則二項による廃止前の商船規則(明治三年太政官布告第五七号)によれば、日の丸をもって日本船舶に掲げるべき国旗とされており、また、船舶法(明治三二年法律第四六号)二条、七条、二六条、商標法(昭和三四年法律第一二七号)四条一項一号、海上保安庁法(昭和二三年法律第二八号)四条二項は、国旗が存在することを前提とする規定を置いているところ、下記のとおり、日の丸以外に国旗として扱われてきたものはないことからして、上記船舶法等にいう国旗とは日の丸を前提としていたと解され、国旗国歌法制定前においても、他国と識別する日本国の国旗として日の丸を使用すべきことが規定されていたと解されること、(2)明治以降国旗国歌法制定に至るまでの間、国旗として日の丸が用いられ、国内外の競技会等の場や海外で行われる国際的な会合等の場でも国旗として日の丸が掲揚されてきて、諸外国からも日の丸が国旗として承認されてきており、また、国民の多くは日の丸を国旗として認容していて、日の丸以外に国旗として扱われてきたものはなかったことは公知の事実であるといえること、以上によれば、これを慣習法と評価することができるか否かはともかく、国旗国歌法制定前においても、国旗条項にいう国旗とは日の丸を指していたものというべきである。  b 原告らは、日の丸は、戦前において、軍国主義の精神的支柱として用いられてきた歴史をもち、平和主義に反し、天皇崇拝というイデオロギーを内包しているものであって、国民主権にも反する旨主張する。  たしかに、日の丸が戦前において軍国主義思想や皇国思想の精神的支柱として用いられてきたことがあることは、否定し難い歴史的事実である。しかしながら、国旗の有する意義や担うべき役割、国旗に対する国民の考え方は時代とともに変遷するものであって、過去の歴史的事実を引き継ぐものではないということができるから、戦前において日の丸が有していた意義や担っていた役割をもって、本件各処分が行われた平成六年三月当時、日の丸を国旗として認容していた国民が、同様の意義を有し担うものとして、日の丸を国旗として受け入れていたものと解することはできない。  したがって、日の丸が、過去において、憲法の精神からみて是認し難い意義や役割を有してきたことがあったからといって、日の丸を国旗条項の国旗であると解することが、憲法の平和主義や国民主権に抵触するということはできない。  c 憲法二六条の規定する子どもの教育権は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりもまず、子どもの学習をする権利に対応し、その充足を図りうる立場にある者の責務に属するものと捉えられるべきものであって、これを、原告らの権利と捉えることはできない上、普通教育及び養護学校における教育においては、大学教育等に比べると、児童生徒に教授内容を批判する能力がなく、教師が児童生徒に対して強い影響力、支配力を有することを考慮すると、教師に完全な教育の自由を認めることは到底許されない(前記最高裁判所昭和四三年(あ)第一六一四号昭和五一年五月二一日大法廷判決)。  また、前記のとおり、入学式や卒業式に日の丸を掲揚したからといって、その式典が何らかの思想に賛同を表するために開催されることになるものではなく、出席者がそのような思想に賛同を表することになるものでもないから、卒業式において国旗掲揚を実施することは、教師や生徒、保護者の内心に強制を加えるものと解することができない。  したがって、国旗条項が憲法一三条、一九条、二三条、二五条、二六条及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号)一八条に反するとはいえない。  なお、児童の権利に関する条約(平成六年条約第二号)は、平成六年五月二二日に発効したことは公知の事実であって、本件各処分当時にはいまだ発効していなかったから、国旗条項が同条約に違反するとして、本件各処分の効力の有無をいう原告らの主張は採用できない。 イ 校長の権限について (ア) 法五一条、七六条、二八条三項は、高等学校及び養護学校における校務はその校長がつかさどるものとしており、そこにいう校務とは、教諭のつかさどる教育を含む学校の果たすべき仕事全体すなわち学校教育の事業を遂行するため必要とする一切の事務の事務を指すものと解されるところ、規則五四条の二、七三条の一〇及びこれを受けて制定された新学習指導要領によって、上記校務には、新学習指導要領に基づく教育課程の計画及び実施についての責務と権限も含まれるものと解することができる。  したがって、国旗掲揚の事務の遂行は、学習指導要領の国旗条項により校長の責務及び権限に属する職務であるということができる。 (イ) 原告らは、国旗掲揚といった教育活動については、校長の権限よりも、職員会議の決議が優先する旨主張する。  教師の自主性、主体性の尊重が求められる教育の本質に照らせば、新学習指導要領に基づく教育課程の計画及び実施等を含む校務運営にあたり、職員会議等において、教職員全体により十分な意見交換や討議が行われることが望ましく、また必要であるということができる。しかしながら、職員会議については法令上の根拠がなく、校務運営についての決定権限は法令上校長にあって、職員会議にはないのであるから、校長がその職務を行うにあたっては、職員会議の意見を十分に聴取し、これを尊重すべきことが望ましいし、また必要であるとはいえ、職員会議の決議が校長の権限よりも優先するということはできない。  したがって、八日市養護学校及び彦根商業の職員会議において、多数の教員が卒業式における国旗掲揚の実施に反対の立場をとっていたとしても、そのことは、松宮校長及び杉田校長が卒業式において国旗掲揚を実施する上記責務及び権限に影響を及ぼすものではない。 (ウ) なお、「国旗」の意義については、主に社会科で児童生徒に教育していく課題となるものであるとしても、それは、必ずしも他の教科や特別活動において教育することを否定する趣旨ではないのみならず、卒業式をもって当該学校における最後の授業と位置付ける解釈をする根拠もない。したがって、校長が社会科の普通免許を有していないからといって、その校長が学習指導要領に沿って卒業式において国旗の掲揚を実施することに支障があったということはできない。 ウ 国旗条項の運用の違法性について  前記認定の事実によれば、本件各校長は、教員らの反則があったしても、それを実施するとの姿勢で、教員らに対し、国旗条項に基づいて、卒業式における国旗掲揚の実施を指示したものであるということができるところ、本件各校長らの姿勢等が上記のものであったとしても、前記ア(エ)のとおり、国旗条項はその内容が一義的なものになっているとはいえず、現場における弾力的運用の余地を残しているものであり、卒業式等の式典の場に国旗が掲揚されたからといって、その式典そのものが、国旗に対する一定の観念や思想に賛同の意を表するために開催されることにはならず、出席者が、そのような観念や思想に賛同の意を表することになるものでもなく、国旗についての一方的な一定の理論を教師が生徒に教え込むことを強制するものと解することはできないから、原告らの上記主張は、その前提において採用することができない。 エ 懲戒に値する違法性の存否について  裁判所は、公務員の懲戒処分の適否を判断するに当たって、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すベきであったかについて判断すべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法と判断すべきものである(最高裁判所昭和四七年(行ツ)第五二号昭和五二年一二月二〇日第三小法廷判決、民集三一巻七号一一〇一頁、前記最高裁判所昭和五九年(行ツ)第四六号平成二年一月一八日判決)。したがって、裁判所は、懲戒処分に値する実質的違法性があったか否かについても上記限度で判断すべきところ、この点に関して原告が主張する事実が存在するとしても、その一事をもって、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用したということはできない。 オ 国歌条項について  原告らは、国歌条項についても法的拘束力や違憲性等を縷々主張するが、本件各処分のうち、B処分及びC処分は国旗の掲揚を妨害する行為が、A処分は暴言及び卒業証書の無断持出しが、それぞれ処分の対象とされているものであって、国歌の斉唱とは関係がない。原告甲野は国歌斉唱の実施に反対する立場から暴言を行ったのであるが、A処分の対象となった暴言の内容は国歌斉唱に関わるものではない。  したがって、国歌条項の法的拘束力や違憲性等について判断することは、本件各処分の実質的違法性を判断するに当たって必要なものではない。 2 争点(2)(手続的違法)について (1) 原告らは、憲法三一条の趣旨は行政処分にも及ぼしてしかるべきであるとして、これを前提に、懲戒処分という不利益処分を行う場合には、被処分者から事情を聴取し弁明を聴くことが必要であるところ、被告教育委員会は、原告らに弁明の機会を与えることなく本件各処分を行い、さらに、行政が不利益処分を課すに当たっては、被処分者に対し、賞与額や昇給など国民が通常容易に知り得ない重大な派生的不利益についても告知すべきであるところ、それをすることなくB処分及びC処分を行ったのであるから、本件各処分は、いずれも手続的適正を欠くものとして違憲・違法な処分である旨主張する。 (2) しかしながら、憲法三一条の規定する法定手続の保障が行政手続にも及ぶ余地があると解されるとしても、一般に行政手続は刑事手続とその性質において自ずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合考慮して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年(行ツ)一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁)。  加えて、地公法、懲戒条例及び懲戒規則には、懲戒権者が懲戒処分をするに当たって、被処分者から事前に事情聴取を行うべきことを定めた規定がないこと(乙21、乙22)に照らすと、懲戒権者が懲戒処分をするに当たって、処分の相手方に告知、弁解の機会を与えるか否かは、原則として、懲戒権者の裁量に委ねられており、ただ当該処分により与える不利益の程度が著しいなど、処分の相手方の権利保護のため告知、弁解の機会を与える特段の事情が認められるにもかかわらず、告知、弁解の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒処分には違法があるというべきである。  前記のとおり、本件各処分を行うにあたり、原告らにそれぞれ告知、弁解の機会は与えられていないところ、原告甲野、同丙川に対する処分は戒告、原告乙山に対する処分は給料の一〇分の一についての三ケ月間の減給であり、同各処分の内容等に照らせば、上記説示にかかる特段の事情があったとは認め難いので、被告教育委員会が本件各処分をするにあたって、原告らに対し、その権利保護のため告知、弁解の機会を与えなかったとしても、直ちに裁量権の逸脱があったとまではいうことはできない。  また、懲戒権者が懲戒処分をするに当たって処分の相手方に告知、弁解の機会を与えるか否か等についての上記説示に照らせば、被告教育委員会がB及びC処分をするにあたり、原告乙山と同丙川に対し、経済的に重大な派生的不利益について告知しなかったとしても、そのことをもって、被告教育委員会に裁量権の逸脱があったということはできない。  したがって、本件各処分に手続的違法があるということはできない。 3 争点(3)(原告らの被った損害の有無)について  本件各処分はいずれも適法であるから、それらの違法を前提に損害賠償を求める原告らの主張は理由がない。 4 結論  以上によれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 神吉正則 裁判官 佐賀義史 裁判官 後藤真孝)