◆ H13.05.30 東京高裁判決 平成12年(行コ)第270号 埼玉県立福岡高校日の丸反対予行練習中止(2)事件(戒告処分取消等請求控訴事件) 判示事項: 県立高校の卒業式に「日の丸」を掲揚することに反対し、生徒に「日の丸」掲揚に反対する旨記載した印刷物を配布したうえ、生徒を放課して、卒業式の前日に予定されていた予行練習及び生徒指導を行わなかった教諭の行為が、地方公務員法三三条及び三五条に該当するとされた事例     主   文 一 本件控訴をいずれも棄却する。 二 控訴費用は、控訴人らの負担とする。     事実及び理由 第一 控訴の趣旨 一 原判決を取り消す。 二 被控訴人埼玉県教育委員会が控訴人らに対し、一九九〇年五月二三日付けでした各戒告処分を取り消す。 三 被控訴人埼玉県人事委員会が控訴人らに対し、一九九六年四月二三日付けでした前項の各戒告処分を承認する旨の裁決を取り消す。 四 被控訴人埼玉県は、控訴人らに対し、それぞれ一〇○万円及びこれに対する平成八年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 五 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。 六 上記四は、仮に執行することができる。 第二 事案の概要  本件は、埼玉県立丙川高等学校(以下「丙川高校」という。)の教諭であった控訴人らが、平成二年三月八日、丙川高校校長の乙山松夫(以下]乙山校長」という。)が、翌同月九日に予定されている平成元年度の丙川高校の卒業式(以下「本件卒業式」という。)の際、校庭に設置された掲揚塔に日の丸を掲揚したい旨述べたことから、同月八日午後に開催予定の職員会議において乙山校長を説得して日の丸の掲揚を翻意させようと考え、同日の三時限目、四時限目に予定されていた全生徒による卒業式の予行練習を中止し、別紙の「生徒ならびに保護者の皆さんに訴えます。」と題する印刷物(以下「本件印刷物」という。)を生徒に配布した上、生徒を放課させたところ、これを理由として被控訴人埼玉県教育委員会(以下「被控訴人教育委員会」という。)から戒告処分(以下「本件処分」という)を受けたので、その取消しを求めて被控訴人人事委員会(以下「被控訴人人事委員会」という。)に審査請求をしたものの、本件処分を承認する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)がされたため、被控訴人教育委員会に対し、本件処分の取消しを、被控訴人人事委員会に対し、本件裁決の取消しを、さらに、被控訴人埼玉県に対し、被控訴人教育委員会による違法な本件処分により精神的損害を被ったとして、国家賠償法一条に基づき、慰謝料各一〇〇万円の支払を、それぞれ求めた事案である。  原判決は、本件処分及び本件裁決に違法はなく、したがって、被控訴人埼玉県が国家賠償法一条の責任を負ういわれもないとして、控訴人らの請求を全部棄却したので、控訴人らが控訴をした。 一 前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。) (1) 控訴人らは、いずれも埼玉県立高等学校に勤務する埼玉県の職員(教員、職名「教諭」)であり、平成二年三月八日当時、控訴人甲野太郎(以下「控訴人甲野」という。)は、丙川高校の一年二組を担任する美術教諭であり、控訴人丁原竹子(以下「控訴人丁原」という。)は、丙川高校の一年八組を担任する英語教諭であった(《証拠略》)。  同日当時、丙川高校の校長は、乙山校長であり、教頭は、戊田梅夫(以下「戊田教頭」という。)であった。 (2) 被控訴人教育委員会は、被控訴人埼玉県の学校その他の教育機関の教職員の任免その他の人事に関する事務を管理し、執行する権限を有する機関である(地方自治法一八〇条の八、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条三号)。  被控訴人人事委員会は、被控訴人埼玉県の職員に対する不利益処分の審査等を行う機関である(地方自治法二〇二条の二第一項、地方公務員法八条一項一〇号)。  被控訴人埼玉県は、被控訴人教育委員会が属する地方公共団体である。 (3) 地方公務員法には、以下のとおりの規定が存する。 二九条一項 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。  一号 この法律・・・(中略)・・・に違反した場合  二号 職務上の義務に違反し、又は職務を怠った場合  三号 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合 三三条 職員は、その職務の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。 三五条 職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。 (4) 丙川高校においては、平成二年三月九日、本件卒業式の実施が予定されており、そのため、同月八日は、一時限目(午前八時五〇分から午前九時四〇分まで)及び二時限目(午前九時五〇分から午前一〇時四〇分まで)に三年生のみの卒業式の予行練習が、三時限目(午前一〇時五〇分から午前一一時四〇分まで)及び四時限目(午前一一時五〇分から午後○時四〇分まで)に全生徒による卒業式の予行練習がそれぞれ予定されていた。  丙川高校においては、予定どおり同日の一時限目及び二時限目を使用して三年生による卒業式の予行練習が行われたが、控訴人らを含む丙川高校の教諭らは、同日午前一〇時五〇分ころ、乙山校長の指示、命令等を受けずに、本件印刷物を生徒に配布し、かつ、生徒に放課を指示して帰宅させ、三時限目及び四時限目に予定されていた全生徒による予行練習を行わなかった(以下、控訴人らの本件印刷物の配布行為及び生徒を放課させた行為を併せて「本件行為」という。)。 (5) 被控訴人教育委員会は、平成二年五月二三日、控訴人らを含む丙川高校の二五名の教員に対し、本件処分をしたが、処分事由説明書によれば、本件処分の理由は、「平成二年三月八日(木)午前一〇時五〇分ころ、校長の指示、命令等がないにもかかわらず、『生徒ならびに保護者の皆さんに訴えます。』という印刷物を・・・組の教室で同組の生徒に配布するとともに、同組の生徒に放課を指示し、同日実施することになっていた卒業証書授与式の予行練習及び生徒に対する指導を行わなかった。このことは、地方公務員法第三三条及び第三五条に違背するものであり、教育公務員として許し難い。」というものであった。 (6) 控訴人らは、平成二年七月二日、被控訴人人事委員会に対し、本件処分を不服として、審査請求を行った。 (7) 被控訴人人事委員会は、平成八年四月二三日、本件処分を承認する旨の本件裁決を行った。 (8) 控訴人らは、平成八年七月一九日、本件処分及び本件裁決の取消し等を求める本訴を提起した(記録上明らかである。)。 (9) なお、控訴人ら以外の戒告処分を受けた教諭については、その取消し等を求める行政訴訟において請求を棄却されたことなどにより、既に処分が確定している(記録上明らかな事実。)。 二 主たる争点及び主たる争点についての当事者双方の主張 (1) 本件処分の違法性  ア 控訴人らの主張  (ア) 本件の事実経過   a 乙山校長は、昭和六三年四月一日、丙川高校に校長として着任した。乙山校長は、着任後、同年度の入学式及び卒業式前の各職員会議の席上において、教職員に対し、同年度の人学式及び卒業式に日の丸を掲揚することをそれぞれ提案したが、教職員の反対に遭っていずれも提案を撤回し、また、昭和天皇が死去した際には、教職員に対する事前の説明なしに日の丸の半旗を掲揚した。なお、乙山校長は、平成元年度の入学式の際には、教職員に対し、日の丸の掲揚についての提案をしなかった。   b 被控訴人教育委員会は、指導部高等学校教育課主席管理主事長井丈夫(以下「長井主席管理主事」という。)をして、本件卒業式の直前に日の丸掲揚及び君が代斉唱を実施していないいわゆる未実施校を回らせ、日の丸掲揚及び君が代斉唱を指導し、また、未実施校に調査票を提出させるなどして、日の丸掲揚及び君が代斉唱の実施を組織的に指導した。   c 平成二年二月八日に開かれた職員会議において、三年五組の副担任である甲田春子教諭(以下「甲田教諭」という。)は、乙山校長に対し、同年度の卒業式において日の丸を掲揚するのか否かを明確にして欲しい旨質問したが、乙山校長は、「揚げたいとは思っているが、慎重に考えるので回答は待って欲しい」旨答えた。   d 乙山校長及び戊田教頭が出席して開かれた平成二年二月一五日の職員会議において、教務主任の乙野夏夫教諭から教務部提案として提案された「第一五回卒業証書授与式次第(案)」が原案のとおり承認可決された。「第一五回卒業証書授与式次第(案)」には、日の丸掲揚及び君が代斉唱の記載がないので、同日の職員会議は、本件卒業式については日の丸掲揚及び君が代斉唱抜きで行うことを確認したものである。   e 乙山校長は、平成二年三月二日に開かれた朝会において、教職員から、日の丸掲揚を押しつけることは避けて欲しい旨要求されたが、学力検査が終わるまで回答を待って欲しい旨繰り返すのみであった。そのため、教職員は、乙山校長に対し、同月六日には必ず回答するよう求めた。   f 乙山校長及び戊田教頭が出席して開かれた平成二年三月五日の朝会において、乙野夏夫教諭から提案された「第一五回卒業証書授与式関係細部(案)」(以下「本件日程表」という。)が了承された。教職員は、本件日程表には、日の丸掲揚及び君が代斉唱の記載がないので、本件卒業式については日の丸掲揚及び君が代斉唱抜きで行うものと考えた。   g 乙山校長は、平成二年三月六日、本件卒業式における日の丸掲揚問題につき、教職員と話し合ったが、その際、「多くの職員が反対していることはわかった。職員の意向を十分尊重して判断したい。」旨発言するとともに、最終的な回答を同月八日の朝会で行う旨述べた。そのため、教職員らは、本件卒業式においては日の丸が掲揚されることはないものと受け止めた。   h 乙山校長は、平成二年三月八日午前八時三〇分ころから開かれた朝会において、「明日の卒業式には国旗を掲揚塔に掲揚したい。それに対しては妨害行為はしないでほしい。」と発言し、教職員から「約束が違う、職員の意向を尊重して判断すると言われたではないか。」などと抗議の声が相次いだが、その後は何らの発言をせず黙り通した。なお、乙山校長は、その際、同日に予行練習をするよう指示することはなかった。  丙川高校の三学年主任の丙山秋夫教諭(以下「丙山教諭」という。)は、平成二年三月八日の一時限目及び二時限目に行われた三年生のみの本件卒業式の予行練習がうまくいったことから、三時限目以後を放課とし、乙山校長に本件卒業式における日の丸掲揚を断念してもらうための対策会議を開くことを決意し、その旨他の三学年の教員に提案したところ、これが了承された。さらに、丙山教諭は、一、二学年の各学年主任に対してもその旨提案したところ、その了解を得た。その後、一、二学年の各学年主任の呼びかけで一、二学年の学年会が開かれ、いずれも全員一致で丙山教諭の上記提案が了承された。  控訴人らを含む学級担任の教諭らは、三時限目の開始を知らせるチャイムが鳴った直後の同日午前一〇時五〇分ころ、それぞれ本件印刷物を携えて担任する教室に赴き、本件印刷物を配布するとともに、生徒に対し、三時限目以後を放課とする旨伝え、生徒を帰宅させた。  乙山校長は、上記のような放課指示、本件印刷物の配布を知ったが、生徒が帰宅してしまうまで、三時限目、四時限目に本件卒業式の予行練習をするよう指示することも、本件印刷物の配布を禁止することもしなかった。   j 乙山校長は、平成二年三月八日午後二時から開かれた職員会議において、教職員から日の丸掲揚抜きで本件卒業式を行ってほしい等と要求され、結局、本件卒業式における日の丸掲揚を撤回した。  (イ) 控訴人らの行為は、地方公務員法三三条、三五条に違背しない。  以下のとおりの埼玉県内の公立高校における一般的な学校運営や行事計画の決定と変更の実情並びに丙川高校における当時の実情及び特徴に照らせば、控訴人らのした本件行為は、校務運営の一環であり教師としての責務を尽くした正当なものであって、地方公務員法三三条、三五条に違背しない。   a 丙川高校を含む埼玉県内の公立高校においては、年間の授業計画及び行事計画は、年度当初に職員会議で承認又は決定され、校長が職員会議の承認又は決定に異議を差し挟むことはほとんどない。  年度当初に決定された授業計画及び行事計画は、予定されている行事の準備状況、突発的な生徒指導の必要性等により、職員会議、学年会、時にはロングホームルームにおける担任のみの判断等でしばしば変更されることがあり、教育困難高である丙川高校においても、生徒指導の必要性等により、授業計画及び行事計画がしばしば変更されていたが、その都度校長に変更の許可を得ることは不可能であって、許可を得ることはほとんどなかった。   b 業式は、法制上の根拠を有するものではなく、生徒の卒業期に慣習的に挙行されてきたものであり、被控訴人教育委員会の主張に従っても、学習指導要領に定める「学校行事」の一つとされ、「学校や地域及び生徒の実態に応じて・・・実施すること。」とされているのであって弾力的な運用が可能である。そして、卒業式が上記のようなものである以上、卒業式の予行練習についても法令上の実施義務はないのであって、卒業式の予行練習は、学校行事とは区別された、卒業予定の三年生に卒業式の流れを確認させることを目的として行われる日常的教育活動であり、教師集団の裁量に任されている。したがって、予行練習で卒業式の円滑な実施の見込みがたてば、予行練習の目的は達せられたことになり、教師集団の裁量による中止をすることができるものである。  丙川高校の三年生担任の教職員は、乙山校長が、平成二年三月八日朝の職員会議の席上、突然、本件卒業式において日の丸を掲揚する旨発言したことから、生徒の荒れが目立ち、生徒指導上の様々な問題が日常的に発生していた丙川高校の現状にかんがみ、本件卒業式当日の混乱を回避するため乙山校長と緊急にかつ徹底的に話し合いを行う必要があると判断し、また、一、二時限目の三年生による予行練習がうまくいったので、三、四時限目に予定されていた全校生徒による予行練習を中止すること、話し合いの間、生徒だけを教室に残すことは考えられないので放課することを決め、これを控訴人らを含む一、二年生担任の全教員に提案したものであり、至極当然の教育的判断であり、これに応じた控訴人らの判断も正当なものであった。そして、丙川高校においては、教師集団が、このような教育的判断及び決定を日常的に状況に応じて弾力的に行っていたものであり、殊更校長の指示、命令が必要とされるものではなかった。  以上のとおり、控訴人らが生徒に放課を指示した行為は、埼玉県の公立高校において日常的に見られる職務の一環であり、丙川高校の学校運営の実情に照らし全く正当なものである。   c 丙川高校を含む埼玉県内の公立高校では、生徒に対し、毎日様々な印刷物が配布されているが、休業や諸行事などの学校としての連絡以外、生徒に対する印刷物の配布につき校長の許可を得ることは行われていないし、不可能であり、日頃、校長も事前に許可を求めることを教員に要求していなかった。  本件印刷物は、従前の丙川高校の学校運営の方式に反する乙山校長の対応及び多数の教職員の意向を無視して本件卒業式に日の丸を掲揚しようとしている乙山校長の決定をそれぞれ批判するものであり、生徒及びその保護者に対する伝達手段として配布されたものであって、本件印刷物の配布は、教育活動そのものといえる。   d 本件処分の対象となった控訴人らの本件行為は、いずれもそれ自体が教育活動であり、教員としての職責を果たすものであって非難の対象とされるものではない。控訴人らは、本件卒業式の予行練習の目的が一、二時限目の予行練習で十分達成されたので、本件卒業式を厳粛に滞りなく実施するという教育目的実現のため、乙山校長と話し合うことこそが緊急の教育課題であると判断し、予定を変更して三、四時限目に予定されていた予行練習を中止し、生徒に放課指示をしたものであって、これは、職務を放棄したものではなく、むしろ、教育固有の理念に照らし、あるべき教育を体現したものと評価することができる。控訴人らは、生徒を放課させた後も、卒業証書の確認、手配、卒業式の個別指導、部活動、試験問題作成等の職務を行い、本件卒業式を混乱なく行うために乙山校長らと話し合うなどの教育活動を行っていた。  以上のとおり、控訴人らは、当初予定されていた予行練習を中止し、生徒に放課指示をしたが、現に職場にとどまって校務に従事し、教育活動を行っていたものであるから、地方公務員法三五条に規定する公務専念義務に違反するものではない。   e 地方公務員法三三条に規定する信用失墜行為とは、犯罪行為や著しい服務規程違反を予定しているのであって、本件行為のような日常的に繰り返されている行事の準備活動の変更や印刷物の配布までを射程に入れているものではない。本件行為は、適法な教育活動性を有するものであり、信用失墜行為とはいえない。また、控訴人ら教師と乙山校長との間に対立、紛争が生じたことをもって信用失墜行為に該当するとの可能性があるが、それぞれの教育的信念に基づく教育活動に関する対立、紛争はそれほど珍しいことでもなく、このような対立、紛争は、多様な価値観の共存する社会にあっては必然的に生じるものであって、控訴人ら教師と乙山校長との対立、紛争自体を信用失墜行為と見ることはできない。なお、本件行為は、新聞報道によって広く一般市民に知られるところとなったが、そのことを信用失墜行為とすることは、新聞報道の在り方で事実の印象が大きく変わることからすれば、当事者のあずかり知らない報道の在り方で信用失墜行為の成否が決定されることになるといわざるを得ず、平等取扱の原則に反するし、報道さえされなければという意識を産み、情報隠しの体質を強化、温存することになり相当でない。  以上のとおり、控訴人らが本件行為をしたことは、信用失墜行為の禁止を規定した地方公務員法三三条に違背するものではない。  (ウ) 本件行為の正当性と本件処分の違法性  控訴人らは、生徒、保護者及び教師の思想、良心の自由又は生徒の思想及び良心の形成権並びに生徒、保護者及び教師の教育の自由の侵害を未然に防止するため、本件行為をしたものであり、控訴人らの本件行為は、以下のとおり、憲法、世界人権宣言、国際人権規約B規約及び児童の権利に関する条約で保障された基本的人権を守るためにした正当かつ当然の権利行使であり、したがって、このような正当かつ当然の権利行使に対しされた本件処分は違法である。   a 本件卒業式において、日の丸を掲揚することは、何の根拠にも基づかない違法な行為である。   (a) 日の丸は、幕末においては日本の「総船印」とされ、明治時代に入っても日本商船の標識とされていたものにすぎない。日の丸は、第二次世界大戦において、軍歌の一節で「進む日の丸、鉄兜」と歌われたように皇民意識及び戦意の昂揚のため利用されたものであり、日本の侵略を受けた諸民族にとっては、日本軍国主義のシンボルとみられているものである。  日の丸は、第二次世界大戦後、占領軍により掲揚を事実上禁止されていたが、冷戦の進行による占領政策の転換により昭和二四年以後掲揚が許可されるに至り、その後、昭和二五年に「学校の祝日行事に際し国旗を掲揚し国歌を斉唱することが望ましい」との趣旨の文部大臣談話が出され、昭和三三年に学習指導要領が改定されて小中学校の行事等においては[国旗を掲揚し、君が代をせい唱させることが望ましい」とされ、昭和六〇年には、文部省によって、入学式卒業式において日の丸を掲揚し、君が代を斉唱することを事実上強制する通知が出され、平成元年には、再度学習指導要領が改定されて、平成二年度から、日の丸、君が代を学校教育の場で強制する方針が明らかにされた。また、埼玉県議会は、昭和五九年、「県教育委員会・・・は、国旗掲揚と国歌斉唱を励行し、進んで管下関係機関を強く指導するよう要望する。」との決議をし、被控訴人教育委員会も同決議に沿う通知をするなどして、卒業式等における日の丸の掲揚及び君が代の斉唱を強く指導した。  しかし、以上のような日の丸、君が代の強制にもかかわらず、日の丸が国旗として国民に定着したということはできず、日の丸については国民の間に様々な見解が存在するのであり、日の丸が国旗であることは公知の事実であるとか、慣習法であるということはできない。   (b) 乙山校長が、教職員の合意を無視し、本件卒業式において強引に日の丸を掲揚しようとした根拠は、学習指導要領にある。  ところで、学習指導要領は、教科教育内容についての指導的助言的基準として公示されたものであり、法的拘束力を有するものではない。最高裁平成二年一月一八日第一小法廷判決(民集四四巻一号一頁参照。)は、学習指導要領の法規性を是認したが、生徒と教師の出会いの中で行われる教育活動は、その本質上、法規に縛られない弾力性を有するから、学習指導要領につき法規性を是認することは、教育活動の本質に照らし矛盾するものであり、特に、生徒の人間的発達に直接的に働きかける生活指導に相当する特別活動領域(入学式、卒業式はこれに含まれる。)につき、学習指導要領に、教科教育と同様の法規性を認めることは法論理的に無理である。したがって、学習指導要領によって、特別活動領域に含まれる入学式、卒業式において、日の丸の掲揚及び君が代の斉唱を義務づけ、強制することはできない。学習指導要領によって、日の丸の掲揚及び君が代の斉唱を義務づけ、強制することは、学校教育における生徒に対する一方的見解の押しつけであり、教師の教育の自由を侵害するものであり、憲法一九条、二六条に違反し、また、「締約国は、児童が一の権利(思想、良心及び宗教の自由についての児童の権利)を行使するに当たり、父母及び場合により法定保護者が児童に対しその発達しつつある能力に適合する方法で指示を与える権利及び義務を尊重する。」旨定めた児童の権利に関する条約一四条二項にも違反する。   (c) 職員会議は、校長の単なる諮問機関ではなく、学校教育に関する諸事項のうち、「教育の内容面をなす内的事項」とくに「各学校の教育課程編成・指導要録作成・教育校務分掌・生徒懲戒処分などの全校的教育活動」については、「審議・決定機関」であり、校長は、職員会議の「教育自治的決定」を対外的に表示・代表する責任と権限を有するにすぎないから、日の丸掲揚というような教育内的事項について、校長が、職員会議の議に反して一存で決定を行うことは違法である。したがって、乙山校長が、本件卒業式において、日の丸を掲揚する旨決定したことは、それに先立つ職員会議において、日の丸掲揚の記載のない本件日程表が了承され、本件卒業式においては日の丸を掲揚しないことが議決されたことに反するものであり、違法である。   b 高校教育の場における卒業式は、生徒、保護者及び教師にとって三年間の学校生活の集大成の場であるため、生徒、保護者及び教師には事実上卒業式に出席するか否かの選択の余地が与えられていないのであり、卒業式に日の丸掲揚を強行することは、生徒、保護者及び教師に対し、日の丸を強制すること以外の何ものでもない。   c 憲法一九条が保障する思想及び良心の自由は、人間の尊厳にかかわる最も基本的かつ重要な権利であるところ、日の丸、君が代は、第二次世界大戦終戦以前の内面の思想統制の象徴というべきものであり、日の丸、君が代を教師に対する処分をもって強制することは、生徒及び親の思想、良心の自由並びに生徒の思想、良心の形成権を侵害するとともに、「親権者の委託を受けて、親権者に代わって児童に真実を教える専門家としての教師の社会的職責」に由来する、「生徒及び親の思想、良心の自由を尊重し守る」という教師の思想及び良心の自由を侵害するものであって、憲法一九条が排除しようとした行為そのものである。したがって、乙山校長が、職員会議の議に反し、何の根拠もなく、本件卒業式において日の丸の掲揚を強行しようとしたことは、憲法一九条に違反する。  また、本件卒業式において日の丸を掲揚することに高度の必要性があったわけではなく、また、日の丸掲揚に代わる代替的な手段がなかったわけでもないのみならず、日の丸掲揚により生徒、親及び教師の思想及び良心の自由が侵害される程度、不利益が重大であり、控訴人らに科せられた本件処分が不当に重い上、控訴人らが生徒を放課等させた行為により第三者の権利が侵害されたというものでもないことを考慮すると、控訴人らに対する本件処分は、憲法一九条に違反することが明らかである。   d 憲法二六条は、子供の学習権をその中核とするものであり、教師は、子供の学習権を保障する責務を負う親から委託を受け、親権の代行者として、また教育の専門家として、子供を教育するものである。教師は、子供の学習権を充足させるため、教育の自由性を守り、子供の思想、良心の自由な形成を保障する責務を有し、公権力の不当な支配、介人を許さないことが要請され、子供の思想、良心の自由な形成を侵害するものに対し抵抗する責務を担っている。乙山校長による本件卒業式における日の丸の強制は、子供の思想及び良心の自由な形成を侵害し、教育を不当な支配に服させようとしたものであり、控訴人らがこれに抵抗した行為は、憲法二六条の趣旨に則り正当な職務行為というべきであるところ、それにもかかわらず、被控訴人教育委員会が、控訴人らに対し本件処分をしたことは、それ自体が、憲法二六条に違反する。   e 世界人権宣言一八条、国際人権規約B規約一八条一項ないし四項及び児童の権利に関する条約一四条一項ないし三項は、いずれも人又は児童の思想、良心及び宗教の自由について規定しているが、世界人権宣言は、確立された国際法規であり、国際人権規約B規約及び児童の権利に関する条約は、日本国が締結した条約であって、いずれも法律よりも上位の国内法としての効力を有し、直接の裁判規範になる。  乙山校長の行為及び被控訴人教育委員会のした本件処分は、日の丸の強制にほかならず、直接的には、控訴人らの思想、良心の自由、自己の信念に従って生徒の宗教的及び道徳的教育を確保する自由並びに生徒の能力に適合する方法で生徒の思想、良心の自由の権利行使に指示を与える権利を侵害するものであり、世界人権宣言一八条、国際人権規約B規約一八条一項、二項及び四項並びに児童の権利に関する条約一四条二項に違反する。そして、控訴人らに対する上記各権利及び自由の侵害は、必然的に生徒の思想、良心の自由の侵害をもたらすものであり、児童の権利に関する条約一四条一項に違反する。さらに、父母その他の保護者の思想、良心の自由、自己の信念に従って生徒の宗教的及び道徳的教育を確保する自由並びに生徒の能力に適合する方法で生徒の思想、良心の自由の権利行使に指示を与える権利の侵害をもたらすものであり、世界人権宣言一八条、国際人権規約B規約一八条一項、二項及び四項並びに児童の権利に関する条約一四条二項に違反する。   f 以上のとおり、控訴人らは、乙山校長が、本件卒業式においては日の丸を掲揚しないとの教職員との合意に反し、何らの法的根拠なく、本件卒業式の前日に、突然、本件卒業式においては日の丸を掲揚する旨宣言し、日の丸の掲揚を強制したため、本件卒業式において日の丸が掲揚されることにより、生徒、保護者及び控訴人らを含む教職員の思想、良心の自由並びに教育の自由に対する侵害の明白かつ現在の危険が生じたので、生徒、保護者及び教師の思想、良心の自由並びに教育の自由の侵害を未然に防止するため、本件行為をしたものであり、本件行為は、憲法、世界人権宣言、国際人権規約B規約及び児童の権利に関する条約で保障された基本的人権を守るためにした正当かつ当然の権利行使である。本件処分は、この正当かつ当然の権利行使を処分の対象とすることにより、より一層強力な日の丸の強制を現出させたもので、控訴人らの思想、良心の自由及び教育の自由を侵害し、懲戒処分権を濫用した偏頻、不公平な処分であって、違法である。  (エ) 本件処分は憲法三一条に違反する。  適正手続の保障を定める憲法三一条の精神又は原理は、行政処分の手続にも及ぶと解されるので、行政処分により不利益処分を行う場合には、処分に先立って当事者からの「聴聞」を行い、又は少なくとも当事者に対する「弁明の機会」を与えることが要請されており、これらの手続を経ないでされた不利益処分は手続の違法として取り消されなければならない。  被控訴人教育委員会は、本件処分をするについて、控訴人らに対し、処分の前提ないし検討を目的とした事情聴取を全く行わなかった。すなわち、被控訴人教育委員会の担当者は、平成二年三月二九日に行われた控訴人らに対する事情聴取の際、処分を前提とする事情聴取であることを説明せず、また、本件印刷物の配布の有無と放課指示の時間、場所、事前の打ち合わせの有無のみを尋ね、控訴人らが弁明しようとしてもそれを遮って控訴人らの弁明を聞こうとしなかったもので、およそ適正手続の保障において要求される「告知」と「聴聞」はなかったというべきである。したがって、本件処分は、適正手続を保障する憲法三一条に違反するものである。  イ 被控訴人埼玉県及び被控訴人教育委員会の反論  (ア) 本件の事実経過は、次のとおりである。   a 乙山校長は、本件卒業式において日の丸を掲揚することに反対していた控訴人らに対し、控訴人らの意向はわかったが、それを考慮して本件卒業式に日の丸を掲揚するか否かを決めたい、本件卒業式に日の丸を掲揚するか否かを決めるのは校長である旨伝え、さらに、平成二年三月六日には、日の丸を掲揚するか否かは同月八日の職員会議の席で回答する旨伝えた。   b これに対し、控訴人らを含む教職員は、平成二年三月八日まで、職員室内に、本件卒業式に日の丸を掲揚することに反対する旨の長大な横断幕を二枚も掲げ、同旨の記載がある三角錐を机上に置き、短冊を乙山校長の椅子や下駄箱に貼るなどしていた。   c 乙山校長は、平成二年三月八日午前八時三〇分から開かれた朝会において、教職員らに対し、本件卒業式に日の丸を掲揚する旨伝えた。   d これに対し、控訴人らは、平成二年三月八日の三時限目及び四時限目に予定されていた全学年の生徒による本件卒業式の予行練習を行わず、同日午前一〇時五〇分ころ、校長の指示、命令等がないにもかかわらず、学校の教育活動とは関係のない本件印刷物を教室で生徒に配布するとともに、生徒に放課を指示して帰宅させた。   e 控訴人らのした本件行為は、生徒の保護者のみならず新聞紙上等を通じ一般市民にも知られることになった。  (イ) 控訴人らのした本件行為は、地方公務員法第三三条及び第三五条に違背する。  控訴人らは、控訴人らの具体的職務として、平成二年三月八日第三、四時限目を使用して実施することが予定されていた本件卒業式の予行練習を、乙山校長の指示、命令等がないにもかかわらず中止し、生徒に対し、教育活動及び控訴人らの職務とは関係のない控訴人らの国旗に対する主張及び本件卒業式に国旗を掲揚することに反対する意見を記載した本件印刷物を配布した上、放課を指示し、予行練習及び生徒に対する指導を行わなかったものであり、このことは、生徒の保護者のみならず日刊新聞等を通じて一般市民にも知られることとなったものである。卒業式の予行練習を行うことは、卒業式に関連した学校行事の一環であって、卒業式の予行練習を行うこと自体生徒の教育上意義があるものであり、これを中止するということは異例のことであり、また、印刷物を生徒、保護者に配布する権限は校長にあり、本件印刷物のような生徒に対する教育活動及び控訴人らの職務とは関係のない印刷物を配布することは許されないものである。したがって、控訴人らのした本件行為は、地方公務員法第三三条に規定する信用失墜行為の禁止及び同法第三五条に規定する職務専念義務に違背する。  (ウ) 高等学校学習指導要領(平成元年文部省告示第二六号による改正前のもの。)は、学校教育法四三条、一〇六条及び同法施行規則五七条の二の規定に基づき文部大臣が告示により定めた大綱的基準として法的拘束力を有するものであり、上記高等学校学習指導要領第三章特別活動第三指導計画の作成と内容の取り扱い3(4)の中において、儀式などを行う場合には国旗を掲揚することが望ましいと定められており、また、日の丸が日本の国旗であることは、慣習法として認められ、かつ、日本の国民の間で定着しているのみならず、国際的にも認められている。また、職員会議は、校長の諮問機関にすぎず、校長は、その決定に拘束されるものではない。したがって、校長が、校長の諮問機関である職員会議の意見を聞きながら、学校教育法二八条及び五一条等に基づく自己の権限により、卒業式に国旗を掲揚することを決定することは、上記学習指導要領を遵守するものとして、正当なものであって、何ら違法なことではない。控訴人らは、乙山校長が、控訴人らの意見に反しながらも、学習指導要領の趣旨から、教育委員会の助言指導もあって、本件卒業式には国旗を校庭の掲揚塔に掲載すると決定したのであるから、これに従うべき具体的義務が存したものである。また、被控訴人教育委員会が卒業式等で国旗を掲揚していない学校の校長に対し、学習指導要領の規定に基づき、指導助言することは、地方自治法及び地方教育行政の組織及び運営に関する法律等に基づき、教育に関する事項を所掌する行政委員会たる被控訴人教育委員会の職責であり、何ら違法な行為ではない。  (エ) 本件処分は、憲法三一条に違反するものではない。被控訴人教育委員会は、本件処分を行うに当たって、控訴人らを含む本件処分の対象者全員から事実関係の調査を行っている。なお、地方公務員法上、懲戒処分を行うに当たっては、必ず被処分者から事情を聴取しなければならないものではなく、他の資料から懲戒処分に相当する行為であると判断できれば懲戒処分を行うことができるのである。したがって、本件処分は、何ら違法でない。 (2) 本件裁決の違法性  ア 控訴人らの主張  被控訴人人事委員会は、本件処分を不服とする控訴人らの審査請求に対し、平成八年四月□□二一一百□□、本件処分を承認する旨の本件裁決を行ったが、被控訴人人事委員会の委員であり本件裁決に加わった渡邉圭一(以下「渡邉次長」という。)は、本件行為当時、被控訴人教育委員会教育局指導部次長の地位にあり、学習指導要領による日の丸掲揚の強制について重要な役割を果たすとともに、本件処分を直接指導した者である。被控訴人人事委員会は、このような立場にある渡邉次長を本件処分に関する審査請求の審理、裁決に加えたものであり、公平かつ公正な審理を旨とし、中立的な第三者的立場からの利益保障機構としての基本構造を持つはずの人事委員会の性格機能を著しく損なわせ、地方公共団体の行政の民主的で能率的な運営を保障し、もって地方自治の本旨の実現を図ることを目的とする地方公務員法の趣旨を没却させたものである。そこで、控訴人らは、被控訴人人事委員会の口頭審理の際に口頭で、また審理期日外に書面を提出して、二度にわたり、被控訴人人事委員会に対し、渡邉次長を本件処分に関する審査請求の審理及び裁決に参加させないよう申し入れたにもかかわらず、被控訴人人事委員会は、申入れを全く無視して本件裁決をしたものであり、本件裁決は、その構成、手続において違法であり、取消しを免れない。  なお、地方公務員法上、不服申立てにおける審理において、除斥、忌避、回避等の規定が存在しないとしても、同法の趣旨、合議体の一般通念からすれば、除斥、忌避、回避は、解釈上認められるべきものであり、また、地方公務員法一一条の「委員全員」とは、同法の趣旨からすれば、一人の欠員があれば、二人の委員の出席で定足数を満たしていると解されるのであるから、本件裁決においては、渡邉次長を除くことは可能であり、除くべきであった。しかるに、そのような措置を執らずにされた本件裁決は、違法である。  イ 被控訴人人事委員会の反論  (ア) 人事委員会は、三人の人事委員による合議制の行政委員会であり、地方公務員法上、不服申立における審査において、除斥、忌避、回避等の事由が存在することを理由として人事委員を審査から排除する規定は存在せず、また、地方公務員法は、同法一一条一項において、人事委員会会議は、委員全員が出席することを要すると規定し、これに対ずる例外規定もないことから、人事委員の欠員の場合を除いては、一人でも人事委員が出席せずに不服申立ての裁決を行うことは同法に反するものである。  人事委員は、同法九条一項及び二項により、人格が高潔で地方自治の本旨及び民主的で能率的な事務の処理に理解があり、かつ、人事行政に関し見識を有する者のうちから、地方公共団体の長によって、県議会の同意を得て選任されるものであり、その職務遂行について、知事、議会及び住民の付託を受けているところ、人事委員が、その職務の一部を行わないことは、住民自治の原則及び議会制民主主義に反する。  以上のとおり、渡邉次長が人事委員として不服申立ての審理及び裁決に加わることを違法とする控訴人らの主張は、何ら理由がないものであり、本件裁決は、適法である。  (イ) 除斥、忌避、回避等の事由が存在することを理由として人事委員を審査から排除する規定が存在しないことからすれば、人事委員の過去の職歴、経歴等は、人事委員会の裁決の適法性に影響を与えないものである。また、渡邉次長は、平成元年度に教育指導部次長に在職していたが、教育指導部次長は、控訴人ら教職員の任命権者たる被控訴人教育委員会において最終的な権限を行使する職ではないのであり、渡邉次長は、被控訴人教育委員会の補助職員の一人として、職務に従事していたにすぎない。しかも、渡邉次長は、平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで教育指導部次長として在籍していたが、その間、埼玉県上尾市に所在する埼玉県立スポーツセンター研修センター所長を兼務し、本件行為が行われた同月八日前後は、別件の座り込み事件の対応に専念していて本件行為に関係する処理には関与しておらず、同月二○日ころには人事異動の内示を受け、同年四月一日、埼玉県浦和第一女子高等学校長に異動したものである。本件処分は、渡邉次長が異動した後の同年五月二三日に行われており、渡邉次長は、本件処分に何ら関与していない。したがって、本件裁決に関し、渡邉次長を人事委員会から排除する理由はなかったので、渡邉次長が不服申立ての審理及び本件裁決に加わることを違法とする控訴人らの主張は、理由がなく、本件裁決は、適法である。 (3) 被控訴人埼玉県の国家賠償法一条に基づく責任の存否  ア 控訴人らの主張  本件処分は、前記(1)アのとおり、違法であり、控訴人らは、このような違法な本件処分により、いずれも昇級を延伸され、日々経済的損失を被っているが、加えて、戒告という懲戒処分を受けたことによって、名誉と信用を害されるなど著しい精神的損害を被っており、これを金銭に換算すると控訴人ら各自につき一〇〇万円を下らない。  イ 被控訴人埼玉県の反論  本件処分は、前記(1)イのとおり、適法であるから、本件処分をしたことを理由として、被控訴人埼玉県が国家賠償法一条の責任を負うことはない。 第三 当裁判所の判断 一 当裁判所も、控訴人らの請求は、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。 (1) 争点(1)(本件処分の違法性)について  ア 《証拠略》を総合すると、本件処分に至る経過につき、次の事実を認めることができる。  (ア) 昭和三三年一〇月一日に告示された小中学校の学習指導要領は、「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には、・・・国旗を掲揚し、君が代をせい唱させることが望ましい。」旨規定し、昭和三五年一〇月二五日に告示された高等学校学習指導要領にも同様の定めがされていた。高等学校学習指導要領は、昭和五三年に「君が代」との表現が「国歌」に改められ、さらに、平成元年三月一五日、「人学式や卒業式などにおいては、・・・国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と改められた。なお、同年一一月三〇日、高等学校学習指導要領に関する特例を定める告示が公布され、改訂版の高等学校学習指導要領の実質的施行時期が、平成二年四月一日からと定められた。したがって、本件行為は、改訂前の高等学校学習指導要領の適用下において行われたものである。  (イ) 埼玉県議会は、昭和五九年九月の定例県議会において、「県及び県教育委員会をはじめあらゆる機関は、国旗掲揚と国歌斉唱を励行し、進んで管下関係機関を強く指導するよう要望する。」との決議をし、また、埼玉県教育委員会教育長は、昭和六二年一二月一〇日付け文書で、埼玉県下の公立高等学校等に対し、「入学式、卒業式及び開校記念行事等の儀式的行事を行う場合には、校長の職務と責任のもとに、学習指導要領の趣旨に沿って、国旗掲揚・国歌斉唱の実施に努めること。」を要望した。また、埼玉県教育局指導部指導第二課は、臨時高等学校校長会を通じて、同旨の要望をするなどした。  丙川高校を含む埼玉県下の全日制公立高校における日の丸掲揚率は、昭和六三年度卒業式が七八パーセント、平成元年度入学式が七七・八パーセント、同年度卒業式が八二パーセントであり、改訂後の高等学校学習指導要領の適用下において行われた平成二年度の入学式が九二・六パーセントであった。  (ウ) 乙山校長は、昭和六三年四月一日、丙川高校の校長に補されて丙川高校に着任した。乙山校長は、同日、職員会議の席上で、教職員に対し、「入学式には国旗を掲揚したいので全職員の良識ある理解を要請する。」旨要請したが、教職員に反対され、その要請を撤回した。  乙山校長は、昭和天皇が死去したことに伴い、教育長の指示により、戊田教頭及び事務長と相談の上、平成元年一月七日、校庭に設置してある掲揚塔に日の丸の半旗を掲揚したところ、同月九日の臨時職員会議において、教職員から、日の丸の半旗を掲揚したことを問題とされ、話し合いの結果、入学式、卒業式における日の丸の掲揚とは切り離して考えること、今後の日の丸掲揚については教職員と話し合って行うこと及び今回は同月一二日まで、雨天を除く日の勤務時間内に日の丸を掲揚することを教職員と合意した。  乙山校長は、平成元年二月一四日、職員会議の席上で、「国旗の掲揚・国歌の斉唱について」と題する書面を教職員に配布し、昭和六三年度の卒業式において、日の丸を掲揚したい旨提案したが、多数の職員に反対されたため、平成元年二月二〇日ころ、日の丸を掲揚することを断念し、その旨教職員に表明した。  乙山校長は、平成元年度の入学式については、日の丸の掲揚を提案せず、日の丸は掲揚されなかった。  (エ) 甲田教諭は、平成二年二月八日に開かれた職員会議において、同年三月九日に予定されている本件卒業式につき、乙山校長に対し、「今度の卒業式では日の丸を掲揚するのかしないのか答えてほしい。」旨質問した。  乙山校長は、埼玉県教育局指導部高等学校教育課から、「入学式等において不測の事態が予想される場合の対応について(その1)」と題する書面の交付を受けており、同書面には、国旗掲揚について職員が反対の意志表示を強く行っていて、卒業式当日に妨害が予想される学校については、前日又は当日、全教員を集め、「国旗を掲揚する。これに対し、一切の妨害行為を行わないこと。」との指示を行う旨記載されていたところ、従前の経過から、本件卒業式において日の丸を掲揚することについて職員の強い反対が予想されたので、同書面に記載された方法を参考にし、かつ、学力検査(入学試験)が間近に迫っておりその業務を滞りなく行う必要性があったことなどを考慮して、国歌の斉唱については見送る、日の丸については掲揚したいと思っているが、なお慎重に考えるので、結論については待ってほしい旨回答した。  なお、学力検査に関する業務は、同年三月六日に選考会議が開催され、同月七日に入学許可候補者の発表がされて終了する予定であった。  (オ) 丙川高校の教職員の一部の者は、上記(エ)の職員会議以後、職員室の壁に「日の丸・君が代断固阻止!」と大書した横断幕を設置し、乙山校長の椅子、校長室入口のドア、下足箱等に、「日の丸反対」、「国家権力の教育統制は許さん」、「日の丸、君が代をしないと早期回答強く望む。校長さん。」等と記載した短冊を貼付するなどして、日の丸の掲揚に強く反対する態度を示し、また、平成二年二月九日から同月二四日まで、朝会において、教職員数人ずつが、本件卒業式における日の丸掲揚に反対する旨の意見を述べた。  (カ) 教務主任の乙野夏夫教諭は、乙山校長及び戊田教頭が出席して開かれた平成二年二月一五日の職員会議において、教務部提案として、「平成元年度 第一五回卒業証書授与式(案)」を提案したところ、原案のとおり可決された。なお、「平成元年度 第一五回卒業証書授与式(案)」の式次第には、校歌斉唱、蛍の光斉唱等の記載はあったものの、日の丸掲揚の記載はなかった。乙山校長は、同職員会議の席上、教職員から、本件卒業式における日の丸の掲揚についてはいつ回答するのかを質問され、前記(エ)のとおり考慮し、反対の意見が多いということは承知しているが、先生方の意見だけでは決められない面がある。学校以外のいろいろな条件も勘案しなければならない旨述べ、日の丸を掲揚するか否かは学力検査の業務が終了してから回答する旨述べた。その後、同月一三日にも職員会議が開かれたが、前同様の状況で推移していった。  (キ) 丙川高校の教職員らは、平成二年三月二日、応接室に集まり、乙山校長に対し、教職員の意向を無視して日の丸の掲揚を押しつけることは避けて欲しい旨再度要求した。これに対し、乙山校長は、学力検査が終わるまで回答を待って欲しい、本件卒業式の前日の同月八日に最終決断をする旨回答した。  (ク) 乙野夏夫教諭は、乙山校長及び戊田教頭が出席して開かれた平成二年三月五日の朝会において、本件日程表を提出し、これが異議なく了承された。本件日程表には、同月七日から同月九日までの日程が記載されており、同月八日には、第一、二時限目に三年生のロングホームルームと卒業式の予行練習を、第三、四時限目に全生徒による卒業式の予行練習をそれぞれ実施することが記載されており、また、本件卒業式当日の同月九日の式次第中には日の丸掲揚についての記載はなかった。  (ケ) 乙山校長は、平成二年三月六日夕刻、教職員らから、本件卒業式において日の丸を掲揚しないことを即時に表明するよう求められ、教職員らに対し、以前から多くの教職員が反対していることは十分承知している、しかし、日の丸を掲揚するか否かは校長が判断する、教職員の意向を尊重しながら同月八日の朝会において最終的な判断をする旨回答した。乙山校長は、同月七日の朝会においても、甲田教諭から、今すぐに日の丸を掲揚しない旨を明言して欲しい旨迫られたが、明日の朝会において最終的判断をする旨回答した。  (コ)平成二年三月八日の丙川高校における出来事の概況は、次のとおりである。   a 午前八時三〇分ころから丙川高校の朝会が開かれ、一時限目から四時限目(一、二時限目は三年生のみで行い、三、四時限目は全校生徒で行う。)を使用して本件卒業式の予行練習を行うこと、午後二時から臨時職員会議を開くことが確認され、次に、職員への連絡として、会計検査の件及び清掃点検結果報告の件が連絡された後、乙山校長から、教職員に対し、学力検査関係がすべて無事終了したことについて謝意が表せられるとともに、本件卒業式において「国旗を掲揚塔に掲揚するので理解と協力を、妨害行為は行わないように」との発言がされた。  教職員らは、乙山校長の発言を受けて、約束が違う、日の丸の掲揚を撤回せよなどと抗議をし、乙山校長を取り囲んだ。朝会を司会していた乙野夏夫教諭は、教職員らに対し自席に戻るよう指示したが、教職員らはこれを聞き入れないでいたが、その後、午前八時三五分を知らせる予鈴がなったので、程なく学級担任の教職員らは、午前八時四〇分から始まるショートホームルームに間に合うよう、その場を離れて受け持ちの学級に出かけ、その他の教職員らは、それぞれの席に戻り、その場は一応落ち着いた。   b 三年生による第一、二時限目の予行練習は、平成二年三月五日に承認され、当日の朝会で確認された本件日程表に従い行われ、予定より早く午前一〇時二五分ころ終了した。   c 三年生担任の教職員らは、予行練習が終了した後、丙川高校の体育館の管理室において、乙山校長が日の丸を掲揚する旨回答したことについて話し合った。丙山教諭は、他の三学年担任の教職員七名及び甲田教諭に対し、第一、二時限目に行われた三年生による本件卒業式の予行練習はうまくできたし、乙山校長に日の丸の掲揚を撤回させるための対策会議を開く必要があるので、第三、四時限目に予定されている全生徒による予行練習を中止し、第三時限目以後を放課にすることを提案したところ、他の三学年担任の教職員らもこれを了承した。そこで、丙山教諭は、甲田教諭が文案を作成し、他の教職員によって一時限目の休み時間にあらかじめ印刷していた本件印刷物を生徒らに配布し、第三時限目以後を放課にして、予行練習を中止することとした。   d 丙山教諭らは、上記cの管理室から職員室に移動し、丙山教諭が三年生担任の教職員を代表して、一、二年生の教職員らに対し、予行練習を行わないで生徒を帰宅させることを提案し、さらに、一年生の学年主任である丁川冬夫教諭及び二年生の学年主任である戊原一郎教諭に対し、乙山校長に本件卒業式における日の丸の掲揚を撤回させるための話し合いをするので、一、二年生の学年会に諮り、第三時限目以後を放課として生徒を帰宅させ、本件予行練習を中止することを決議するよう求めた。丁川冬夫教諭及び戊原一郎教諭は、これを了承し、それぞれ上記提案を一、二年生の学年会に諮ったところ、控訴人らを含む全員一致で上記提案が可決された。そこで、本件印刷物が各学級担任の教職員に生徒の人数分配布された。   e 控訴人らを含む学級担任の教諭らは、三時限目の開始を知らせるチャイムが鳴った直後の午前一〇時五〇分ころ、それぞれ本件印刷物を携えて担任する教室に赴き、本件印刷物を配布するとともに、生徒に対し、三時限目以後を放課とする旨伝え、生徒を帰宅させた。戊田教頭は、その際、三年生担任の教職員の一人から、本件印刷物を示されて、これを配布ずる旨言われたことから、内容を見ることはできなかったものの、「このビラは何か。勝手に配布してはならない。」などと言ってその配布を制止したが、上記教職員は、制止を振り切って教室に向かった。また、丙山教諭は、戊田教頭に対し、自分が予行練習等を行わない旨を各学級担任の教職員に伝えたと述べて、担任する教室に向かった。   f 戊田教頭は、午前一〇時五〇分ころ、乙山校長に電話をかけて状況を報告しようとしたが、乙山校長が電話中であり連絡ができなかったため、午前一〇時五二分ころ、校長室に赴いたが、乙山校長が未だ電話中であったため、状況を報告できなかった。そこで、戊田教諭は、事態把握のため、各学級の様子に注意を払っていたが、特に変わった様子が見られなかったため、印刷室に赴いて、同所にいた乙野夏夫教諭に対し、「何かあるのかい」と尋ねたが、同教諭は、何も知らないと答えた。   g その間、控訴人らを含む学級担任の教職員らは、それぞれの教室で、担任する生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、第三時限目以後の予行練習等を中止する旨説明し、生徒らに対し、放課の指示をした。生徒らは、放課指示を受けたため、教室等の清掃をして帰宅したので、第三時限目以後の予行練習は行われなかった。   h 戊田教頭は、午前一〇時五八分ころ、生徒らが清掃を始めたのを見て異常を感じ、乙山校長に対し、直ちに職員室に来るよう連絡した。  乙山校長は、午前一一時○五分ころ、戊田教頭とともに職員室に赴き、居合わせた教職員らに対し、本日の日程は、朝会で確認したとおり本件日程表に従って行うよう申し渡し、一旦退室した。  さらに、乙山校長は、午前一一時一〇分ころ、戊田教頭とともに職員室に戻り、戊田教頭をして、全教職員に対し、直ちに職員室に集合するよう指示する旨の校内放送をさせ、同日午前一一時二〇分ころ、集まってきた教職員らに対し、黒板に「校長指示 本日(平成二年三月八日)の日程は、本日午前八時三〇分から八時四〇分の間の朝会にて確認された第一五回卒業証書授与式関係細部に従って行うよう指示します。」と記載された書面を掲示しながら、口頭で、「朝会で承認されたとおり、第三及び第四時限目の予行練習を実施してください。」と申し渡し、さらに、上記書面に記載されていることは職務命令ないし限りなく職務命令に近いものである旨述べた。  これに対し、教職員らは、乙山校長を取り囲み、日の丸の掲揚の決定等に対して抗議を始め、その場は騒然とした状態となった。乙山校長は、騒然とした状態が続いたため、戊田教頭とともにその場を離れ、職員室を退出した。  乙山校長は、午後零時前後ころ、被控訴人教育委員会教育局指導第二課富田主席指導主事に電話をして本件行為の概要を報告した。   j 午後○時四〇分ころ、一名の生徒の保護者から、乙山校長に対し、本件印刷物配布に対する抗議の電話を受けた。乙山校長は、同保護者が本件印刷物を作成した教職員の代表者に対し電話で抗議をする旨述べたので、電話を甲田教諭に転送したところ、これを丙山教諭が受けて応対した。   k 戊田教頭は、午後零時から午後一時までの間、各教室を巡回して配布された本件印刷物を捜したところ、教室で本件印刷物一枚を発見し、また、他の教諭が、印刷室において、切断された本件印刷物を発見した。乙山校長は、戊田教諭から、発見した本件印刷物を受領し、これを保管した。   l 三年生担任の教職員らは、午後一時ころから、会議室において、学年会を開き、同日の朝会における乙山校長の発言に対する対策を話し合った。   m 午後二時九分ころから、予定されていた職員会議が開催された。教職員らは、当日予定していた議題の討議が終了した後、乙山校長に対し、本件卒業式に日の丸を掲揚することに対する反対意見を表明し、さらに、日の丸の掲揚に関する乙山校長の学校運営、特に多数の教職員の意向を無視したこと、日の丸を掲揚するか否かの回答を本件卒業式の前日まで引き延ばしたことに対する非難を浴びせ、本件卒業式に日の丸を掲揚するのであれば、本件卒業式に参加しない等の意見を述べた。乙山校長は、教職員らに対し、本件卒業式において、校庭の掲揚塔に日の丸を掲揚することについて教職員らの理解を求めるよう努めたが、教職員らの納得を得られず、事態が収拾できなくなったため、戊田教頭から、少し時間をもらいたい旨の発言があったのを機に、午後三時二〇分ころ、職員会議をいったん中断して退出した。   n 午後三時ころ、前記iのとおり乙山校長から連絡を受けた教育局から、長井主席管理主事及び小川指導部指導第二課主任指導主事が派遣されて、丙川高校を訪れた。長井主席管理主事らは、職員会議が中断して乙山校長が戻ってきた際、乙山校長に対し、「明日の卒業式を滞りなく行うことを考えていただきたい、国旗を掲揚するかしないかは校長先生のご判断でお願いします。」と伝えた。乙山校長は、戊田教頭及び事務長と事態収集について相談し、本件卒業式を混乱なく行うため、本件卒業式では、日の丸を掲揚しないことに決定した。   o 午後四時二五分ころ、職員会議が再開され、乙山校長は、教職員らに対し、「生徒のために明日の卒業式は滞りなく行いたい。そのために残念ながら国旗を掲揚しない。」旨宣言し、午後四時二七分ころ、職員会議を終了した。  (サ) 本件卒業式は、平成二年三月九日、滞りなく行われ、日の丸は掲揚されなかった。乙山校長は、同月一〇日の朝会において、教職員らに対し、本件卒業式が滞りなく行われたことにつき謝辞を述べた。  (シ) 本件卒業式後、以下のとおり、本件行為につき、教職員らに対する調査が行われた。   a 乙山校長は、平成二年三月一四日の朝会において、教職員らに対し、同月八日、控訴人らを含む教職員らが、当日予定されていた卒業式の予行練習を中止し、生徒に放課を指示し、本件印刷物を生徒らに配布したことにつき、「卒業式前日の三月八日に生じたことを重大と判断し、その直後教育局へ電話にて報告したが、このたび文書にて報告することにする。ついては、事実に沿った報告をしなければならないので、本日から関係したと思われる先生方の話を伺いたいので協力をお願いする。」旨伝えた。これに対し、二名の教職員から、協力できない旨の発言がされた。   b 乙山校長は、平成二年三月一四日から同月一七日までの四日間、関係職員に対する事情聴取を行ったが、二〇名の教職員が事情聴取を拒否した。乙山校長は、同月一六日、教職員らに対し、「卒業式予行練習中止及び国旗掲揚反対の印刷物配布の件」と題する書面を示して、内容に間違いがあれば申し出るよう述べたところ、教職員らから、「報告書に対する訂正要請」と題する書面が提出された。そこで、乙山校長は、教職員ら提出の上記書面を踏まえて、「報告書作成のための事実関係調査の結果について」と題する書面を作成した。同書面には、三年生担任教職員と甲田教諭が本件行為を計画して他学年の教職員らに要請し、三年生担任教職員八名、二年生担任教職員八名及び控訴人らを含む一年生担任教職員九名が本件行為を行った旨記載されていた。乙山校長は、同月一九日、教職員らに対し、同書面について事実に誤りがあれば申し出るように伝えたが、教職員らから訂正の申出はされなかった。そこで、乙山校長は、同日、同書面に事故の概要を書き加えて、埼玉県教育委員会教育長宛の事故報告書(親福高第七四号。以下「本件報告書」という。)を作成し、同日、被控訴人教育委員会の教育局に持参して提出するとともに、長井主席管理主事に対し、「事故報告書作成のための事情調査の方法について」と題する書面(親福高第七五号。別添資料1として「事故報告のための事実調査の方法について」と題する書面、別添資料2として「報告書作成のための事実調査の結果について」と題する書面が添付されたもの。)を提出した。上記各書面には、乙山校長が、控訴人らを含む教職員らに対して行った事情聴取及びこれに対する各教職員らの対応、生徒らに対する本件印刷物の配布、放課指示及び予行練習等の中止を計画した者並びに具体的実施者等が記載されていた。   c 長井主席管理主事を含む教育局の職員らは、平成二年三月二九日、同年四月五日及び同月一二日、丙川高校において、控訴人らを含む教職員との間で、事実確認の方法等につき論議を経た上、本件行為に関する事実確認を行った。すなわち、教職員らは、同年三月二九日の事実確認の際、長井主席管理主事らの教育局職員に対し、個別の事情聴取には応じられない、同月八日以前の事実経過についても聴取してほしい旨申し出たが、教育局職員は、教職員らに対し、行為の主体は一人一人になるので個別に事実確認を行いたい旨回答して教職員らを説得し、同日午後三時四〇分から同日午後七時まで、丙川高校会議室又は理科第一講義室において、乙山校長又は戊田教頭立ち会いのもと、控訴人らを含む二五名に対し、一人一人個別に、氏名、担任クラス、本件印刷物の配布の有無、生徒に対する放課指示の有無、本件印刷物の配布及び放課指示が行われた場所、時間並びに事前の打合せの有無等について聴取する方法により事実調査を行った。控訴人らは、上記事実確認において、本件印刷物を配布したこと、生徒に対して放課を指示し、本件予行練習等を行わなかったことをそれぞれ認めた。  教育局職員は、同年四月五日午後四時三三分から同日午後四時五〇分までの間、丙川高校保健室において、同年三月二九日の事情聴取の際出張のため事情聴取ができなかった教職員一名に対し、戊田教頭の後任の教頭立会いのもと、事実確認のための聴取をしたところ、同教職員は、本件印刷物を配布したこと、生徒に対して放課を指示し、本件予行練習等を行わなかったことをそれぞれ認めた。  教育局の職員は、甲田教諭が、同年三月二九日の事実確認の際、本件印刷物の配布については認めたものの、放課指示については記憶していない旨回答したことから、同年四月一二日午前一一時五二分から同日午後零時一三分までの間、丙川高校の応接室において、再度甲田教諭の事情聴取をしたところ、従前と同様に、副担任クラスである三年五組において、同クラスの担任教職員とともに、生徒らに対し、本件印刷物を配布したことを認めたが、生徒に放課指示をしたことについては、これを否定した。そこで、乙山校長は、甲田教諭が、三年五組の教室において、同クラスの担任教職員とともに、生徒らに対し、本件印刷物を配布した旨記載した同月二〇日付けの埼玉県教育委員会教育長宛の「事故報告書(第二報)」と題する書面(親福高第七号)。を作成して提出したところ、被控訴人教育委員会は、同月二七日、同書面を受理した。  (ス) 本件行為については、日刊新聞等により、「『日の丸』卒業式の予行ボイコット 全学級で生徒を解放」、[卒業式の『日の丸』に反発 教師ら練習中止」、「各高校、関係者に戸惑い 教師側と校長対立したまま」、「『日の丸』に揺れる教育 県立丙川高校の卒業式予行ボイコット」、「『日の丸』掲揚に教師反発 卒業式の予行中止」、「卒業式の予行演習中止 埼玉の高校教諭が日の丸に反対」、「『日の丸強行』校長発言に教師反発 卒業式の予行練習流れる」等の見出しにより報道された。  (セ) 被控訴人教育委員会は、平成二年五月二三日、第一一一九回埼玉県教育委員会定例会の秘密会において、控訴人らの処分について協議をした後、追加議案(第三七号議案)として審議をし、出席委員全員一致で、控訴人らに対し、戒告の処分をすることを議決した。なお、控訴人らが本件処分を受けたことについては、日刊新聞等で報道された。  イ 上記アの認定事実に基づき、本件処分の適否について判断する。  (ア) 職務専念義務違反及び信用失墜行為の禁止違反   a 上記アの事実、殊に(1)平成二年三月五日の丙川高校の朝会において、本件日程表が了承され、同月八日の日程として、第一、二時限目に三年生のみの本件卒業式の予行練習を行うことが、第三、四時限目に全生徒の予行練習を行うことがそれぞれ承認され、さらに、同日の朝会において、同日は本件日程表に記載されたとおり、第一時限目ないし第四時限目を使用して本件卒業式の予行練習を行うこと等が確認されたこと、(2)控訴人らを含む教職員らは、このように同日の日程の□□  籾□□がされた後、乙山校長が、本件卒業式において「国旗を掲揚塔に掲揚するので理解と協力を、妨害行為は行わないように」と発言したため、同日の二時限目終了後、丙山教諭ら三年生担任の教職員らの提案により、本件印刷物を配布すること及び生徒を放課して三時限目以後に予定されていた全生徒による予行練習等を中止することを決定し、第三時限目が始まる同日午前一〇時五〇分ころ、戊田教頭の制止にもかかわらず、それぞれが担任するクラスにおいて、生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、放課を指示したこと、(3)乙山校長は、事態に気ついて直ちに職員室に赴き、その場に居合わせた教職員らに対し、本件日程表に従って行動するよう口頭で指示し、戊田教頭をして、校内放送により教職員を職員室に集めた上、集まった教職員らに対し、「校長指示 本日(平成二年三月八日)の日程は本日午前八時三〇分から八時四〇分の間の朝会にて確認された第一五回卒業証書授与式関係細部に従って行うよう指示します。」と記載された書面を黒板に掲示した上、口頭で、本件日程表に従って行動するよう申し渡したが、控訴人らを含む教職員らは、乙山、長の指示に応ずる気持ちがなく、また、既に生徒も帰宅していたため、本件予行練習裸は行われなかったこと、(4)丙川高校の生徒の保護者一名から、同日午後零時四〇分ころ、乙山校長に対し、控訴人らを含む教職員らが本件印刷物を配布したことについて抗議の電話があったこと、(5)その後、本件行為につき、日刊新聞等により、「『日の丸』卒業式の予行ボイコット 全学級で生徒を解放」、「卒業式の『日の丸』に反発 教師ら練習中止」、「各高校、関係者に戸惑い 教師側と校長対立したまま」、「『日の丸』に揺れる教育 県立丙川高校の卒業式予行ボイコット」、「『日の丸』掲揚に教師反発 卒業式の予行中止」、「卒業式の予行演習中止、埼玉の高校教師が日の丸に反対」、『日の丸強行』校長発言に教師反発 卒業式の予行練習流れる」等の見出して報道されたことなどの事実によれば控訴人らは、乙山校長出席のもとに開かれた平成二年三月五日の朝会において、本件日程表に記載されたとおりに予行練習等を行うことを了承し、同月八日の朝会においても、これを再確認したのであるから、同日の第三、四時限目に全生徒による本件卒業式の予行練習を行い、生徒を指導すべき具体的な職務を課せられたというべきである。しかるに、控訴人らは、乙山校長の了承を得ることなく、また、戊田教頭の制止を振りきって、生徒らに対し、日の丸の掲揚に反対するという控訴人らの考え方等を記載した本件印刷物を配布した上、放課を指示して生徒らを帰宅させ、本件日程表に従って本件卒業式の予行練習等を行うようにとの乙山校長の指示にも従わないで、第三、四時限目に行うべき本件卒業式の予行練習及び生徒指導の具体的職務を行わなかったのであるから、控訴人らは、地方公務員法三五条に規定する職務専念義務に違反したものといわざるを得ない。  また 控訴人らは、本件卒業式に日の丸を掲揚するという乙山校長の決定を撤回させるための対策会議を開く目的で本件行為をしたものであるところ、同日は、予行練習終了後の午後二時から職員会議の開催が予定されており、その席で乙山校長らと協議を尽くすなどして、事態を平和的に解決し、翌日に泊った本件卒業式を滞りなく行うことができるようにする容易かつ適切な機会があったから、時間的にも、控訴人らが予行練習を中止するまでの必要性はほとんどなかったといわざるを得ないのに、控訴人らは、本件日程表に従って予行練習をすることを一方的に中止し、本件印刷物を生徒に配布し、また、生徒らを放課するなどして職務を放擲し、言論のみならず一斉の共同行動をもって乙山校長に日の丸掲揚の撤回を迫った上、本件印刷物の配布により本件行為を広く生徒の保護者に知らしめたのであって、加えて本件印刷物が、種々の意見や立場が存する日の丸の教育現場における掲揚に絡む問題につき、一方の立場にのみ依拠して、その主張等を記載した内容となっているため、一方の立場に偏することなく公正かつ客観的な立場を保持して生徒を教育することが要請されている教育公務員の本分に悖ることを併せ考慮すると、丙川高校の生徒の保護者一人から抗議の電話があったこと及び本件行為が日刊新聞に報道され、地元を中心として本件行為を多数の住民が知るところとなった等の事情をしばらく措くとしても、控訴人らの本件行為は、教育公務員に対する信用を失墜させる行為であるというべきであり、地方公務員法三三条に規定する信用失墜行為に該当すると認められる。   b(a) 控訴人らは、卒業式の予行練習は、学校行事と区別された教師集団の裁量に任されている日常的教育活動であり、予行練習を行うこと又はこれを中止することについて、校長の指示、命令が必要とされるものではないところ、本件では、乙山校長が、平成一一年三月八日の朝会の席上、突然、本件卒業式において日の丸を掲揚する旨発言したことから、本件卒業式当日の混乱を回避するため乙山校長と緊急にかつ徹底的に話し合いを行う必要があると判断し、三、四時限目に予定されていた全校生徒による予行練習を中止し、放課したものであり、丙川高校の学校運営の実情に照らし全く正当なものである旨、また、丙川高校においては、教職員が生徒に印刷物を配布するにつき校長の許可を得ることは必要ではなく、本件印刷物の配布は、多数の教職員の意向を無視して本件卒業式に日の丸を掲揚しようとしている乙山校長の決定を批判するものであって、教育活動そのものであり、正当なものである旨主張する。  しかし、学校教育法五一条、二八条三項は、校長は、校務を司り、所属職員を監督すると定め、また、埼玉県立高等学校管理規則一六条及びこれを受けて制定された丙川高校の職員会議規程によれば、職員会議は、校長、教頭、教諭(非常勤を含む)及び事務長をもって構成され、校長が招集し、校務に関し、校長の諮問その他の重要事項について審議し、又は、教職員相互の伝達、連絡、調整等を行うものとされている。したがって、校長は、校務の運営についての最終的責任者及び最終的決定権者であり、職員会議は、校長の諮問機関としての性格を有し、教職員は、職員会議等を通じて、校務の運営に必要な意見を述べることができるが、校務の運営についての最終的責任又は最終的決定権を有するものではないことが明らかである。次に、高等学校学習指導要領によれば、卒業式及び入学式等は、学校行事の中の儀式的行事に位置づけられ、ホームルーム活動や生徒会活動と同様に特別活動の一つとされており、したがって、卒業式及び人学式等の予行練習も特別活動の一つに当たると解されるものであり、また、ビラ等の配布が校務の一部に当たることも明らかである。そうすると、校務の運営についての最終的責任者及び最終的決定権者である校長は、校務の運営の一環として、入学式及び卒業式の予行練習等の特別活動の実施、変更等につき最終決定権限を有するというべきであり、また、ビラの配布等も、これが教育活動に属するものである限り、原則として担当教員の判断ないし意見を尊重して行われるべきものというべきであるが、教育活動とは関係のないビラの配布は、校長にその許否の最終決定権限があるというべきである。そして、本件印刷物は、前記認定のようなその記載内容に徴すると、その配布が高等学校における教育活動に含まれるものとは到底認められず、控訴人らの日の丸の教育現場における掲揚に反対する立場を訴える主張の媒体にすぎないものというべきである。  そうしてみると、本件卒業式の予行練習が、学校行事と区別された教師集団の裁量に任されている日常的教育活動であるとは認められず、また、校長の許可を得ないで本件印刷物を配布することも許されないというべきであるから、本件行為が教育活動そのものであり、正当なものであるなどの控訴人らの前記主張は、採用することができない。   (b) 次に、控訴人らは、生徒を放課させた後も、卒業証書の確認、手配、卒業式の個別指導、部活動、試験問題作成等の職務を行い、本件卒業式を混乱なく行うために乙山校長らと話し合うなどの教育活動を行っていたので、控訴人らに職務専念義務違反はなかった旨主張するが、本件処分は、控訴人らが、平成二年三月五日の朝会で了承され、同月八日の朝会で再確認された同日の第三、四時限目を使用して行われる予行練習を中止し、教育活動と無関係の本件印刷物を生徒に配布した上、第三時限目以後を放課とした行為が、控訴人らにおいて具体的に果たすべき職務を放棄したか否かを問題とするものであるから、放課後に控訴人らが他の職務を行っていたか否かは、本件処分が違法であるか否かの判断に直接の影響を及ぼすものではなく、したがって、控訴人らに職務専念義務違反はなかった旨の控訴人らの主張は、採用することができない。   (c) さらに、控訴人らは、本件行為のような日常的に繰り返されている行事の準備活動の変更や印刷物の配布は、適法な教育活動性を有するものであり、信用失墜行為とはいえない旨主張するが、本件行為が地方公務員に要求される職務専念義務に反し、その信用を失墜させる行為であることは前記認定のとおりであり、控訴人らの上記主張は、採用の限りでない。  (イ) 本件行為の正当性と本件処分の違法性について   a 控訴人らは、乙山校長が、本件卒業式においては日の丸を掲揚しないとの教職員との合意に反し、何らの法的根拠なく、本件卒業式の前日に、突然、本件卒業式においては日の丸を掲揚する旨宣言し、日の丸の掲揚を強制したため、本件卒業式において日の丸が掲揚されることにより、生徒、保護者及び控訴人らを含む教職員の思想、良心の自由並びに教育の自由に対する侵害の明白かつ現在の危険が生じたので、生徒、保護者及び教師の思想、良心の自由並びに教育の自由の侵害を未然に防止するため、本件行為をしたものであり、本件行為は、憲法一九条、二六条、世界人権宣言一八条、国際人権規約B規約一八条及び児童の権利に関する条約一四条で保障された基本的人権を守るためにした正当かつ当然の権利行使であり、本件処分は、この正当かつ当然の権利行使を処分の対象とすることにより、より一層強力な日の丸強制を現出させたもので、控訴人らの思想、良心の自由及び教育の自由を侵害し、懲戒処分権を濫用した偏頗、不公平な処分であって、違法である旨主張する。   b ところで、本件処分当時は、国旗及び国歌に関する法律(平成一一年法律第一二七号)が制定施行される前であり、法制上、日の丸を国旗と定める明文の規定がなく、また、日の丸を国旗と認めることに異を唱える者も相当程度存したことは明らかである。  しかし、前記(1)ア(ア)及び(イ)のとおり、昭和三三年一〇月一日に告示された小中学校の学習指導要領は、「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には、・・・国旗を掲揚し、君が代をせい唱させることが望ましい。」旨規定し、昭和三五年一〇月二五日に告示された高等学校学習指導要領にも同様の定めがされていたところ、高等学校学習指導要領が、大綱的な遵守基準を設定したもので法的拘束力を有すると解されること(最高裁昭和五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号六一五頁、最高裁平成二年一月一八日第一小法廷判決・民集四四巻一号一頁各参照)、また、埼玉県議会が、昭和五九年九月の定例県議会において、「県及び県教育委員会をはじめあらゆる機関は、国旗掲揚と国歌斉唱を励行し、進んで管下関係機関を強く指導するよう要望する。」との決議をし、埼玉県教育委員会教育長も、昭和六二年一二月一〇日付け文書で、埼玉県下の公立高等学校等に対し、「入学式、卒業式及び開校記念行事等の儀式的行事を行う場合には、校長の職務と責任のもとに、学習指導要領の趣旨に沿って、国旗掲揚・国歌斉唱の実施に努めること。」を要望していた上、丙川高校を含む埼玉県下の全日制公立高校における日の丸掲揚率が、本件処分当時約八〇パーセントに及んでいたことを考慮すると、乙山校長が、本件卒業式に日の丸を掲揚する旨決定し、平成二年三月八日の朝会で、控訴人らを含む教職員らに対し、本件卒業式において「国旗を掲揚塔に掲揚するので理解と協力を、妨害行為は行わないように」と発言したことが、何らの法的根拠も有しない違法なものであるとは到底認められない。  これに加え、本件処分は、控訴人らが、同日の第三、四時限目に全生徒による本件卒業式の予行練習を行い、生徒を指導すべき具体的な職務を、乙山校長の了承を得ることなく放擲し、生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、放課を指示して生徒らを帰宅させたことが、職務専念義務に違反し、信用を失墜する行為に当たるとしてされたものであり、控訴人らが、日の丸掲揚に反対していることを理由としてされたものでないことは控訴人らに示された処分事由に照らして明らかである。そして、一般に目的が正当であるからといってその目的を実現するために実行した手段が違法であれば、これが許されず、その違法な行為が懲戒等の処分の対象となり得ることは当然の事柄であるから、仮に、控訴人らが日の丸掲揚に反対することが正当とされる余地があるとしても、そのことにより本件処分が違法とされることはないというべきである。しかも、前記イ(ア)aのとおり、同日は、予行練習終了後の午後二時から職員会議の開催が予定されており、その席で乙山校長らと協議を尽くすなどして、事態を平和的に解決し、翌日に迫った本件卒業式を滞りなく行うことができるようにする容易かつ適切な機会があったから、控訴人らが予行練習を中止するまでの必要性はほとんどなかったといわざるを得ないことを考慮すると、控訴人らが、日の丸掲揚に反対する立場から、乙山校長に本件卒業式における日の丸掲揚を撤回させる目的で本件行為をしたというその目的ないし動機をもって、本件行為が正当化されるものではない。それと同時に、控訴人らが本件行為をしたことを理由として被控訴人教育委員会が本件処分をしたことが、生徒、保護者及び教師に対し、日の丸を強制するものであるとか、その思想、良心の自由や教育の自由を侵害するとか、憲法一九条、二六条、世界人権宣言一八条、国際人権規約B規約一八条及び児童の権利に関する条約一四条で保障された基本的人権を侵害するとかいうことにならないことは多言を要しない。  また、控訴人らは、乙山校長が、本件卒業式においては日の丸を掲揚しないとの教職員との合意に反し、本件卒業式の前日に、突然、本件卒業式において日の丸を掲揚すると宣言した旨主張するが、前記(1)アのとおり、乙山校長は、平成二年二月八日の職員会議において、本件卒業式において日の丸を掲揚したい旨表明し、以後、その最終決定については、学力検査終了後明らかにする、又は同年三月八日の朝会において明らかにする旨述べていたものであり、乙山校長と教職員との間で、本件卒業式においては日の丸を掲揚しないとの合意ができていたとは認められないし、前記(1)ア(オ)のとおり、丙川高校の教職員の一部の者が、同年二月八日の職員会議以後も、職員室の壁に「日の丸・君が代断固阻止!」と大書した横断幕二枚を設置し、乙山校長の椅子、校長室入口のドア、下足箱等に、「日の丸反対」、「国家権力の教育統制は許さん」、「日の丸、君が代をしないと早期回答強く望む。校長さん。」等と記載した短冊を貼付するなどして、日の丸の掲揚に強く反対する態度を示し、また、同月九日から同月二四日まで、朝会において、教職員数人ずつが、本件卒業式における日の丸掲揚に反対する旨の意見を述べていたことに徴すると、控訴人らを含む教職員も、乙山校長が、本件卒業式において日の丸を掲揚する旨の最終決定をする可能性があることを危惧していたと推認することができ、そうしてみると、乙山校長が、本件卒業式においては日の丸を掲揚しないとの教職員との合意に反した旨、また本件卒業式の前日に、突然、本件卒業式において日の丸を掲揚すると宣言した旨の控訴人らの主張は、理由がなく、採用することができない。  したがって、本件処分が懲戒権を濫用した偏頗、不公平な処分であって、違法である旨の控訴人らの前記主張は、その前提を欠き、失当といわなければならない。  (ウ) 本件処分の憲法三一条違反の有無について  控訴人らは、被控訴人教育委員会が、本件処分をするについて、控訴人らに対し、適正手続の保障において要求される「告知」と「聴聞」をしなかったので、本件処分は、憲法三一条に違反する旨主張する。  しかし、憲法三一条の定める法定手続の保障が行政手続に及ぶと解すべき場合であっても、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があるから、当該行政手続において、刑事手続における保障と同様同程度に、事前の告知、弁解、防御の機会を与えることを必要とするものではないと解される。そして、地方公務員法等の規定する地方公務員に対する懲戒制度の趣旨、懲戒手続の構造、懲戒処分の種類等にかんがみると、被控訴人教育委員会が教育公務員たる地方公務員に対する懲戒処分としての戒告処分たる本件処分をするには、少なくとも、被懲戒者たる控訴人らに対し、あらかじめ、懲戒対象の非違行為たる本件行為の概要を知らせた上、その主要な事実の存否につき本人に確認する機会を与える必要があったものと認められるところ、本件においては、前記(1)ア(シ)cで認定したとおり、長井主席管理主事を含む教育局の職員らは、平成二年三月二九日、同年四月五日及び同月一二日の三回、丙川高校において、控訴人らを含む教職員との間で、事実確認の方法等につき論議を経た上、本件行為に関する事実確認を行い、具体的には控訴人らを含む二五名の教職員一人一人から本件印刷物の配布の有無、生徒に対する放課指示の有無、本件印刷物の配布及び放課指示が行われた場所、時間並びに事前の打合せの有無等について聴取する方法により事実調査を行ったところであり、このことは、本件処分をするについて、控訴人らに対し、懲戒対象の非違行為の概要をあらかじめ知らせた上、その主要な事実の存否につき本人に確認する機会を与えたものと解することができる。したがって、控訴人らの本件処分が憲法三一条に違反する旨の主張は、理由がなく、採用することができない。 (2) 争点(2)(本件裁決の違法性)について  ア 《証拠略》によれば、本件処分及び本件裁決についての渡邉次長の関与に関し、次の事実を認めることができる。  (ア) 渡邉次長は、平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで、県立高校における教育に対する指導及び助言に関する事項等を所掌する教育局指導部次長の職にあり、教育局指導部部長を助け、職員の担任する事務を監督し、部の事務を整理していた者であり、平成元年六月一日から平成二年三月三一日までは、埼玉県上尾市に所在する埼玉県立スポーツ研修センターの所長を兼務し、一週間に二日は同センターにおいて勤務していた。  (イ) 渡邉次長が教育局指導部次長に在職していた当時、同部指導二課においては、高等学校の教育内容の指導の一環として、日の丸の掲揚、君が代の斉唱について教職員らの理解を求め、各高等学校の状況に応じて、校長の職務と責任において、これを実施することが望ましいとの指導を行っていた。  (ウ) 渡邉次長は、本件行為が行われた平成二年三月八日当日、教育局の職員を介して、乙山校長から、控訴人らを含む丙川高校の教職員が、本件卒業式における日の丸の掲揚に反対して、生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、放課を指示し、予行練習等を中止した旨報告を受けた。渡邉次長は、これを教育局指導部部長に報告したところ、同部長は、事実を確認するため、教育局の職員に対し、控訴人らを含む丙川高校の教職員から、直接、事実を確認するよう指示し、これを受けて、教育局の職員は、前記(1)ア(シ)cのとおり、同月二九日、同年四月五日及び同月一二日、丙川高校において、控訴人らを含む教職員から個別に事実確認を行った。しかし、渡邉次長は、同年三月二〇日ころ、埼玉県立浦和第一女子高等学校の学校長に補される旨の内示を受け、同年四月一日、同校の学校長に補されて赴任したため、本件行為についての調査、同年五月二三日に行われた本件処分等に関与していない。  (エ) 渡邉次長は、埼玉県立浦和第一女子高等学校の学校長等を経た後、平成七年一〇月一六日、被控訴人人事委員会の人事委員に選任され、本件審査請求につき、同月三一日の第三三回口頭審理及び同年一二月二五日の第三四回口頭審理(審理終了)に関与した。渡邉次長は、被控訴人人事委員会の委員として、平成八年四月二三日、本件裁決に加わり、本件処分をいずれも承認する旨の本件裁決をした。  イ 控訴人らは、本件行為当時、学習指導要領による日の丸掲揚の強制について重要な役割を果たすとともに、本件処分を直接指揮した渡邉次長が本件裁決に加わっているので、本件裁決は、その構成、手続において違法であり、取消しを免れない旨主張する。  しかし、上記ア(ウ)のとおり、渡邉次長は、本件行為が行われた平成二年三月八日当日、教育局の職員を介して、乙山校長から、控訴人らを含む丙川高校の教職員が、本件卒業式における日の丸の掲揚に反対して、生徒らに対し、本件印刷物を配布した上、放課を指示し、予行練習等を中止した旨報告を受け、これを教育局指導部部長に報告した以外には、本件行為についての調査、同年五月二三日に行われた本件処分等に関与していないのであり、上記ア(イ)のとおり、渡邉次長が教育局指導部次長に在職していた当時、同部指導二課において、日の丸の掲揚、君が代の斉唱について教職員らの理解を求め、各高等学校の状況に応じて、校長の職務と責任において、これを実施することが望ましいとの指導を行っていたことを考慮しても、前記のとおり、本件処分が日の丸の掲揚に反対する表現行為そのものを対象とするものではなく、教員としての職務のけ怠、義務の違反に係る本件行為をその懲戒の対象とするものであるから、渡邉次長が、人事委員として、本件裁決を行うにつき、中立公正を期待できない者であると認めることはできない。そして、他に、渡邉次長につき、本件処分についての審査及び本件裁決を行うにつき、公平性、中立性を疑わしめるべき事情は認められない。  以上のとおり、控訴人らの争点(2)についての主張は、いずれも採用することができない。 (3) 争点(3)(被控訴人埼玉県の国家賠償法一条に基づく責任の存否)について  控訴人らの損害賠償請求は、本件処分が違法であることを前提とするものであるところ、争点(1)で判断したとおり、本件処分は、実体的にも手続的にも違法であるとは認められないから、控訴人らの主張は、前提を欠き、採用することができない。 二 よって、上記したところと同旨の判断に基づき控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 雛形要松 裁判官 小林正 萩原秀紀) 別紙《略》