◆ H17.04.26 福岡地裁判決 平成8年(行ウ)22号、平成12年(行ウ)4号 北九州市国歌斉唱時不起立教員処分事件[福岡ココロ裁判](戒告処分取消等請求事件) 要旨 公立学校の卒・入学式における君が代斉唱の際に,起立しなかったことが職務命令に違反するとの理由で行われた教職員に対する処分について,戒告処分は適法であるが,減給処分は社会観念上著しく妥当性を欠くとして減給処分のみを取り消した事例 平成17年4月26日判決言渡し 同日原本交付 裁判所書記官 平成8年(行ウ)第22号 戒告処分取消等請求事件(第1事件) 平成12年(行ウ)第4号 戒告処分取消等請求事件(第2事件) 口頭弁論終結日 平成17年1月25日     主   文 1(1)被告北九州市教育委員会が平成11年7月19日付けで原告Aに対してした減給1か月の処分を取り消す。  (2)被告北九州市教育委員会が平成9年7月18日付けで原告Cに対してした減給1か月の処分を取り消す。  (3)被告北九州市教育委員会が平成10年7月17日付けで原告Cに対してした減給3か月の処分を取り消す。  (4)被告北九州市教育委員会が平成11年7月16日付けで原告Eに対してした減給1か月の処分を取り消す。 2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,第1事件,第2事件を通じ,原告A,同C,同Eと被告北九州市教育委員会との間においては,同各原告らに生じた各費用の2分の1を被告北九州市教育委員会の負担とし,その余は各自の負担とし,同各原告らとその余の被告らとの間及びその余の原告らと被告らとの間においては,全部原告らの負担とする。     事実及び理由 第1 請求の趣旨 1 第1事件 (1)被告北九州市教育委員会が,別紙1「請求の趣旨一覧表1の1」の「処分年月日」欄記載の各日に,同「原告」欄記載の各原告に対してした同「処分内容」欄記載の各処分を取り消す。 (2)別紙1「請求の趣旨一覧表1の2」の「被告」欄記載の各被告は,同「原告」欄記載の各原告に対し,同「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する同「訴状送達の日」欄記載の日の翌日から支払済みまで,年5分の割合による金員を支払え(但し,「請求金額」欄に対応する「被告」欄記載の被告が複数の場合,それらの被告が「請求金額」欄記載の金額を連帯して支払うものとする。)。 (3)被告北九州市は,原告Cに対し,1円を支払え。 (4)訴訟費用は,被告らの負担とする。 (5)上記(2)及び(3)につき仮執行宣言 2 第2事件 (1)被告北九州市教育委員会が,別紙1「請求の趣旨一覧表2の1」の「処分年月日」欄記載の各日に,同「原告」欄記載の各原告に対してした同「処分内容」欄記載の各処分を取り消す。 (2)別紙1「請求の趣旨一覧表2の2」の「被告」欄記載の各被告は,同「原告」欄記載の各原告に対し,同「請求金額」欄記載の金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(但し,「被告」欄記載の被告が複数の場合,それらの被告が「請求金額」欄記載の金額を連帯して支払うものとする。)。 (3)訴訟費用は,被告らの負担とする。 (4)上記(2)につき仮執行宣言 第2 事案の概要  本件は,原告Q(以下「原告Q」という。)を除く,北九州市立の学校の教職員である原告らが,当時の勤務校の校長から卒業式又は入学式における国歌(君が代)斉唱の際に起立して歌うよう命じられたにもかかわらず,起立しなかったことを理由として,戒告,減給の処分又は厳重注意,文書訓告の指導を受けたことついて,被告北九州市教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)のした処分の取消しを求めるとともに,上記の職務命令,処分及び指導が不法行為にあたると主張して,原告らに対してこれを命じた校長らに対し,不法行為に基づく損害賠償を,被告北九州市に対し,国家賠償を請求し,また,原告Qが,被告北九州市に対し,上記処分の取消し等を求める請願及び団体交渉の要求を被告北九州市の機関である被告教育委員会が不当に応じなかったことが不法行為にあたると主張して,国家賠償を請求している事案である。 1 前提事実(争いのない事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1)当事者 ア 原告H(原告Qを除く原告については,その姓のみで表記することとする。)及び原告Qを除く原告ら(以下,原告Qを除く原告らを「個人原告ら」という。)は,北九州市の市立小学校,中学校及び養護学校(以下において,学校名を記載する際には,「北九州市立」は省略する。)に勤務する教員であり,原告Hは,北九州市の市立学校に勤務する学校用務員である。 イ 原告Qは,教員,学校用務員等学校に勤務する労働者によって結成された労働組合であり,平成6年12月26日,北九州市人事委員会に職員団体として登録された。 ウ 被告北九州市は,地方自治法252条の19第1項に基づき政令で指定された都市(政令指定都市)である。  被告教育委員会は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律に基づき設置され,被告北九州市の教育に関する事務を行うものである。 エ 被告教育委員会及び被告北九州市以外の被告らは,昭和59年ころから平成11年ころにかけて,北九州市立の小学校,中学校及び養護学校に,校長として勤務する者であった(以下,これらの被告を「被告校長ら」という。)。 (2)君が代について ア 君が代の歌詞は,古今和歌集に由来するものであるが,その楽曲は明治13年ころにつけられたものである。  君が代の「君」については,その由来となった賀詞の解釈自体も,相手を指すものであったという見解と当初から天皇を指すものであったという見解とがあるが,大日本帝国憲法(明治憲法)による治世の下においては,「君」は天皇を指すものであり,天皇の治世が永く限りなく栄えるようにという意味の歌であるとの解釈のもと,学校や軍隊等において,君が代が唱歌として歌うよう指導されるようになり,明治26年には祝日大祭日唱歌として告示され,国民の間で歌詞及び楽曲が広く周知されるとともに,紀元節,天長節の儀式等行事の際に歌われる歌として認識されていった。その後,昭和12年ころになると,修身の教科書に,君が代が国歌として掲載され,天皇陛下の御代万歳を祝し奉る歌であると指導されるようになり,軍国主義思想や皇国思想を涵養する手段として利用された側面もあった。 イ 第二次世界大戦後,日本国憲法によって主権が国民にあることが宣言されると,君が代について,上記のような側面を踏まえ,国歌としてふさわしくないという議論もされ,新たに国歌を作るとの動きもあったが,君が代以外の歌が国歌として選定され,定着することはなく,日本国内においても,オリンピックなどの国際的儀式においても,依然として広く君が代が国歌として扱われていた。 ウ 君が代については,その歌詞の解釈や上記の歴史的経緯から,これを国歌とすることの是非について,現在でも,国民の間に意見の対立があるが,平成11年8月13日,国旗及び国歌に関する法律(以下「国旗国歌法」という。)が公布,施行され,同法2条1項において,「国歌は,君が代とする。」と定められた。 (3)文部省による学校における国歌の取扱に関する規定,通達等  平成元年ころから平成12年ころについてみると,文部省(当時。現在は文部科学省。以下,時期を問わず便宜上「文部省」という。)が定める学習指導要領及び小学校指導書には,別紙2のとおりの定めがあり,君が代が国歌であることを前提として,以下のとおりの通知,通達(以下,「文部省通知等」という。)が出された。 ア 昭和60年8月28日付け各都道府県・指定都市教育委員会教育長宛文部省初等中等教育局長通知(乙1,抜粋)  入学式及び卒業式において,国旗の掲揚や国歌の斉唱を行わない学校があるので,その適切な取り扱いについて徹底すること。 イ 平成元年3月27日付け附属小学校又は附属中学校を置く各国立大学長,各都道府県教育委員会,各都道府県知事宛文部事務次官通達(調査嘱託の結果,抜粋)  第1 小学校の移行期間の教育課程について  5 下記の各教科については,移行期間中,特に次の諸点に留意すること。  (10)特別活動  平成元年度における特別活動の指導に当たっては,新小学校学習指導要領の趣旨に沿い,次の事項に配慮すること。  ウ 入学式や卒業式などにおける国旗及び国歌の取扱いについては,新小学校学習指導要領においてその取扱いを明確に示した趣旨を踏まえ,一層適切に行われるようにすること。  第2 中学校の移行期間中の教育課程について  4 下記の各教科等については,移行期間中,特に次の諸点に留意すること。  (11)特別活動  平成元年度における各学年の指導に当たっては,新中学校学習指導要領の趣旨に沿い,次の事項に配慮すること。  エ 入学式や卒業式などにおける国旗及び国歌の取扱いについては,新中学校学習指導要領においてその取扱いを明確に示した趣旨を踏まえ,一層適切に行われるようにすること。 ウ 平成5年8月2日付け各都道府県・指定都市教育委員会教育長宛文部省初等中等教育局長通知(調査嘱託の結果,抜粋)  本調査(平成4年度卒業式及び平成5年度入学式に関して実施した日の丸掲揚,君が代斉唱の実施の有無についての調査を指す。)によれば,平成4年度卒業式及び平成5年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況については,小・中・高等学校とも昨年度に比べて改善がみられ,全国的に定着しつつあります。しかし,すべての小・中・高等学校で実施されている県市が22県市に達している一方で,地域間の格差が広がっており,また,小・中学校に比べて高等学校における実施率が低い状況にあります。  改めて述べるまでもなく,新学習指導要領においては,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」とし,その取扱いを明確にしたところであります。  各都道府県・指定都市教育委員会におかれては,管下の小・中・高等学校でいまだ入学式及び卒業式で国旗掲揚,国歌斉唱が実施されていない学校について,学習指導要領に基づき,国旗,国歌に関する指導が適切に行われるよう,引き続き格段の御指導をお願いします。 エ 平成6年9月12日付け各都道府県・指定都市教育委員会教育長宛文部省初等中等教育局小学校課長通知(調査嘱託の結果,抜粋)  各都道府県・指定都市教育委員会におかれては,平成5年8月2日付文初小第145号文部省初等中等教育局長通知(上記ウの通知)の趣旨に則り,国旗及び国歌に関する指導が適切に行われるよう引き続き格段の御指導をお願いします。 オ 平成9年7月25日付け附属小・中・高等学校を置く各国立大学長,各都道府県教育委員会,各都道府県知事宛文部省初等中等教育局長通知(調査嘱託の結果,抜粋)  また,入学式や卒業式で国旗掲揚,国歌斉唱が実施されていない学校が見受けられますので,貴管下の小・中・高等学校において学習指導要領に基づき,国旗,国歌に関する指導が適切に行われるよう,引き続き格段の御指導をお願いします。 カ 平成10年10月15日付け各都道府県・指定都市教育委員会教育長宛文部省初等中等教育局長通知(調査嘱託の結果,抜粋)  本調査(平成9年度卒業式及び平成10年度入学式に関して実施した日の丸掲揚,君が代斉唱の実施の有無についての調査を指す。)によれば,平成9年度卒業式及び平成10年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況については,前回の平成7年春の調査に比べて全体としては実施率が上昇しているものの,いまだ実施されていない学校があり,また一部の都道府県において依然として実施率が低い状況があります。  これからの国際社会に生きていく国民として,我が国の国旗・国歌はもとより諸外国の国旗・国歌に対する正しい認識と,それらを尊重する態度を育てることは重要であります。このような考え方に基づき,現行学習指導要領においては,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」とされております。  各都道府県・指定都市教育委員会におかれては,貴管下の小・中・高等学校において,学習指導要領に基づき,国旗及び国歌に関する指導が適切に行われるよう,改めて指導の徹底をお願いします。 キ 平成11年9月17日付け附属学校を置く各国立大学長,国立久里浜養護学校長,各都道府県知事,各都道府県教育委員会教育長,各指定都市教育委員会教育長宛文部省初等中等教育局長,文部省高等教育局長通知(調査嘱託の結果,抜粋)  学校(小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,盲学校,聾学校及び養護学校をいう。以下,この項において同じ。)における国旗及び国歌の指導については,児童生徒に我が国の国旗と国歌の意義を理解させ,これを尊重する態度を育てるとともに,諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てるために,学習指導要領に基づいて行われているところであり,この法律(国旗国歌法を指す。)の施行に伴って,このような学校におけるこれまでの国旗及び国歌に関する指導の取扱いを変えるものではありません。学校における国旗及び国歌の指導については,これまでも適切な指導が行われるようお願いしてきたところですが,この法律の制定を機に,国旗及び国歌に対する正しい理解が一層促進されるようお願いします。  (中略)本調査(平成10年度卒業式及び平成11年度入学式に関して実施した日の丸掲揚,君が代斉唱の実施の有無についての調査を指す。)によれば,前回の平成10年春の調査に比べて全体としては実施率が上昇していますが,一部の都道府県及び指定都市において依然として実施率が低い状況にあります。各都道府県教育委員会及び各指定都市教育委員会にあっては,貴管下の学校における実施状況等を的確に把握し,各学校の卒業式及び入学式における国旗及び国歌に関する指導が一層適切に行われるよう引き続きご指導をお願いします。 ク 平成12年6月2日付け各都道府県教育委員会教育長,各指定都市教育委員会教育長宛文部省初等中等教育局長通知(調査嘱託の結果,抜粋)  卒業式及び入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の全校実施が達成されていない都道府県及び指定都市教育委員会にあっては,域内の全ての学校において卒業式及び入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱が実施されるよう指導の徹底をお願いします。  なお,各都道府県教育委員会及び各指定都市教育委員会にあっては,引き続き,各学校において,学習指導要領に基づく国旗及び国歌に関する指導が一層適切に行われるよう指導をお願いします。 (4)被告教育委員会による通知,指導等  被告教育委員会は,学習指導要領及び前記(3)の文部省通知等を受け,以下のような基底教育課程を定め,また,北九州市立小,中,養護学校等の校長に対する通知を発した。 ア 被告教育委員会策定の基底教育課程(乙10,11) (ア)小学校 第6学年用(平成8年3月改訂)  特別活動  3 基底教育課程の活用に当たって  (1)基底教育課程に基づく各学校の指導計画作成について  D 学校行事の指導計画の作成  各学校については,学校行事の目標を達成するにふさわしい個々の行事を学習指導要領に示されている五種類の行事について精選し,適切な授業時数を配当し,学校の創意を生かして実施する必要がある。  指導計画の作成に当たっては,児童の発達段階に即すること,児童の自主性を尊重すること,学校の教育目標との関連を図ること,学校の実態に即すること,地域社会の実態や特性を考慮すること,他の教育活動との有機的な関連を図ることなどの指導計画作成の条件について十分配慮するとともに,次のような留意事項に従って,各学校において創意工夫することが必要である。  ○国旗及び国歌の指導  入学式や卒業式などの計画と実施に当たっては,厳粛かつ清新な雰囲気のなかで新しい生活への動機付けとなるよう,その意義を踏まえ,国旗を掲揚し国歌を斉唱するようにすること。 (イ)中学校(平成4年度改訂)  特別活動  1 特別活動の目標と内容  A 内容  D 学校行事  学校行事においては,全校又は学年を単位として,学校生活に秩序と変化を与え,集団への所属感を深め,学校生活の充実と発展に資する体験的な活動を行うこと。  (1)儀式的行事  学校生活における有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活への動機付けとなるような活動を行うこと。  3 基底教育課程の活用に当たって  @ 基底教育課程に基づく各学校の指導計画の作成について  この基底教育課程は,各学校において特別活動の年間指導計画の作成や改善を図るための基本的なものを示したものであり,各学校において指導計画を作成するに当たっては,次の点に十分配慮することが必要である。  ○ 入学式や卒業式などの計画と実施に当たっては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚し,国歌を斉唱するよう指導すること。 イ 被告教育委員会からの通知 (ア)昭和60年10月7日付け被告教育委員会教育長通知(乙2,抜粋)  卒業式・入学式における国旗の掲揚と国歌の斉唱については,未実施の学校があるので,その適切な取り扱いについてさらに徹底すること。  なお,日常の音楽科等における指導との関連を考慮すること。 (イ)昭和61年1月6日付け被告教育委員会指導第1課長通知(乙3,抜粋)  このこと(儀式的行事における国旗・国歌等の取扱いを指す。)については,かねてから学習指導要領の趣旨に基づく適切な取扱いをお願いしているところです。  文部省としても,国旗を掲揚し,国歌を斉唱するにふさわしい儀式として特に卒業式,入学式を上げています。さらに日本人としての自覚をもって,国を愛する心情を育成する機会にするとともに,他国の国旗や国歌をも尊重する態度を養うよう指導することを要望しています。  本市(被告北九州市を指す。)においても,近年,卒業式,入学式等における国旗の掲揚及び国歌斉唱の実施状況は,望ましい方向へ定着してきていますが,まだ一部の学校において国歌斉唱が行われていない状況にあります。  つきましては,国旗・国歌等の取扱いについて下記の点に留意し,貴職から十分指導されるようお願いします。              記  1 (省略)  2 国歌斉唱に当たっては,規律正しく品位ある態度が保たれるよう指導に努めること  なお,国歌や校歌については,常日ごろから学校行事や音楽科学習の中で十分歌い親しむよう指導されていることとおもいますが,儀式等で歌う際には日ごろの学習成果が発揮できるよう正しく心をこめて歌えるよう御指導ください。 (ウ)昭和61年4月1日付け被告教育委員会指導第1課長通知(乙4)  本市教育委員会(被告教育委員会を指す。)としては卒業式,入学式など儀式的行事を行う場合には,その意義を十分理解させるとともに,国旗を掲揚し国歌を斉唱することの徹底を求めてきているところです。  昭和60年度の卒業式における国旗の掲揚と国歌の斉唱については,各学校の努力によって,極めて高い実施率をあげ,意義深い卒業式を行うことができました。しかし,入学式については,昨年度の実績からみて,その実施は十分ではない状況にあります。  各学校においては,教育課程の適正な運営について,日頃から努力されているところですが,入学式においても国旗の掲揚と国歌の斉唱が適切に取り扱われ,新しい学校生活を迎える新入生に対しての動機づけとなるよう十分な配慮をお願いします。  なお,幼稚園,小学校等の場合は,教職員,在校生,保護者の唱和によって,新入生が厳かな雰囲気を感得し,唱和できやすくするよう格段の配慮をお願いします。 (エ)昭和61年12月27日付け被告教育委員会指導第1課長通知(乙5)  本市教育委員会(被告教育委員会を指す。)は学校等の卒業式,幼稚園における修了式での国旗掲揚と国歌斉唱が徹底するよう求めてきました。その結果,それぞれの学校・幼稚園等の格段の努力により,その実施状況は望ましい方向に定着しつつあります。  卒業式・修了式は児童・生徒等に新しい生活への動機付けと励ましを与えるものです。また,国旗を掲揚し,国歌を斉唱することによって,日本人としての自覚を促すとともに,他国の国旗や国歌をも尊重する態度を養うこともできます。  本年度の卒業式・修了式においても国旗を掲揚し,厳粛な雰囲気の中で国歌が斉唱され,集団の場における規律的で気品のある態度を育て,儀式的行事のねらいが達成されるよう,貴職から十分の指導をお願いします。 (オ)平成2年1月5日付け被告教育委員会指導第1課長通知(甲1)  a 本市教育委員会(被告教育委員会を指す。)は,学校等の卒業式,幼稚園における修了式での国旗掲揚と国歌斉唱を徹底するよう求めてきました。その結果,それぞれの学校・幼稚園等の格段のご努力によって,その実施状況は望ましい方向に定着しつつあります。  卒業式・修了式は,児童生徒等に,新しい生活への動機づけと励ましを与えるものです。  また,国旗を掲揚し,国歌を斉唱することによって,日本人としての自覚を促すとともに,他国の国旗や国歌をも尊重する態度を養うことができます。  本年度の卒業式・修了式において,新しい学習指導要領に取扱いが明確に示された趣旨を踏まえ,国旗を掲揚し,厳粛な雰囲気の中で国歌が斉唱され,集団の場における規律的で気品のある態度を育て,儀式的行事のねらいが達成されるよう,貴職からの十分な指導をお願いします。  b なお,上記通知に際しては,あわせて口頭説明として,次の各点に留意して国旗掲揚及び国歌斉唱が実施されるよう指導(以下「4点指導」という。)がされた。  (a)国旗掲揚の位置は,式場のステージ中央とし,児童・生徒等が国旗に正対(国旗に向かって座る)するようにする。  (b)式次第の中に「国歌斉唱」をいれ(位置付け),その式次第に基づいて進行を行う。  (c)「国歌斉唱」は,ピアノ伴奏で行い,児童・生徒等及び教師の全 員が起立して,正しく心をこめて歌う。教師のピアノ伴奏で行う。  (d)教師は卒業式に原則として全員参列する。 (カ)平成10年1月6日付け被告教育委員会指導第1課長通知(甲235の1)及び平成11年1月7日付け被告教育委員会指導第1課長通知(甲14)  本市教育委員会(被告教育委員会を指す。)は学校等の卒業式,幼稚園における修了式での国旗掲揚と国歌斉唱を徹底するように求めてきました。その結果,それぞれの学校・幼稚園等の格段のご努力によって,その実施状況は望ましい方向へ定着しつつあります。  卒業式・修了式は,児童生徒等に新しい生活への動機づけと励ましを与えるものです。  また,国旗を掲揚し,国歌を斉唱することによって,日本人としての自覚を促すとともに,他国の国旗や国歌をも尊重する態度を養うことができます。  本年度(それぞれ平成9年度,同10年度を指す。)の卒業式・修了式においては,学習指導要領に沿って国旗を掲揚するとともに,厳粛な雰囲気の中で国歌が斉唱され,集団の場における規律的でかつ気品のある態度を育て,儀式的行事のねらいが達成されるよう貴職からの十分な指導をお願いします。 (キ)平成11年4月1日付け被告教育委員会指導第1課長通知(甲235の2)  先の平成10年度の卒業式・修了式においては,各学校等のご努力によってすべての学校等で国旗の掲揚と国歌の斉唱が実施され,意義深い卒業式・修了式を行うことができました。  つきましては,平成11年度の入学式・入園式におきましても,学習指導要領に沿って国旗の掲揚と国歌の斉唱が適切に行われますよう十分なご配慮,ご指導をお願いします。 (5)不起立行為  別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の「原告」欄記載の各個人原告は,同「職務命令の対象となった式」欄記載の各式において,君が代斉唱が行われた際,起立せず又は式場から退出していた(以下,これらの各個人原告らの所為を「本件不起立行為」といい,同表記載の処分の対象となった所為以外のものも含めて,学校行事において君が代斉唱の際に起立せず又は式場から退出する行為を便宜上「不起立行為」と総称する。)。 (6)個人原告らに対する処分及び指導  被告教育委員会は,別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の「処分等年月日」欄記載の各日に,同「原告」欄記載の各個人原告に対し,それぞれ上記(5)の所為を理由として,同「処分等」欄記載の各処分又は指導をした(以下,各処分を「本件処分」といい,各処分及び指導をあわせて「本件処分等」という。)。 (7)原告Qの請願活動等 ア 「日の丸」「君が代」をR会(以下「R会」という。)は,昭和63年に,学校や地域において日の丸掲揚や君が代斉唱が強制されることに反対する活動を行うことを目的として結成された市民運動団体である。R会には,原告K,同A,同C,同B,同I,同L,同Hが加入し,その他の会員の多くも教員又は学校職員であったが,教員,学校職員でない会員もいた。  原告Qは,平成6年,R会の会員であった教員及び学校職員によって結成された労働組合であり,原告Qの結成に伴ってR会は解散した(証人S)。 イ R会の会員約30名は,平成元年7月20日及び同年9月1日,被告教育委員会に対し,同会の名のもと,同被告が原告Aに対し同年7月20日にした戒告処分の理由の説明と処分の撤回を求めた。 ウ R会の会員約15名は,平成2年7月31日,被告教育委員会に対し,同会の名のもと,同被告が,個人原告らに対して処分をしたという前提のもとで,質問状を提出した。 エ R会の会員約20名から30名は,被告教育委員会に対し,同会の名のもと,平成3年7月24日に,同月20日付けの原告Nに対する文書訓告の指導を,平成4年7月29日に,同月20日付けの同L,同Mに対する戒告処分及び同Gに対する文書訓告の指導を,平成5年7月20日に,同日付けの同C,同D及び同Iに対する戒告処分並びに同Jに対する厳重注意の指導を,それぞれ撤回するよう求める請願をした。 オ 原告Qは,被告教育委員会に対し,平成7年7月20日に,同日付けの同C及び同Kに対する戒告処分並びに同Eに対する厳重注意の指導について,平成8年7月19日に,同日付けの同C,同I,同J及び同Kに対する戒告処分並びに同Eに対する文書訓告の指導について,その理由の説明を求めた。 カ 原告Qは,平成8年4月30日,被告教育委員会に対し,加重労働,超過勤務の軽減,職場環境の改善等に関する事項の他,卒業式,入学式を初めとする学校教育における日の丸,君が代の取扱いについて同原告との間で団体交渉に応じるよう申し入れた。同原告が同被告に対して提出した要求書(乙9)に記載された,日の丸,君が代の取扱いに関連する要求事項は,以下のとおりである。 (ア)「君が代」を起立して歌うようという違法な職務命令を発することのないよう校長を指導し,もし発した場合は市教委(被告教育委員会を指す。)が責任をとること。 (イ)違法な「君が代」処分を撤回すること。 (ウ)みどりの教室等宿泊訓練での「日の丸」掲揚をやめること。 (エ)「日の丸」の掲揚を警備員にさせないこと。 (オ)皇族の葬儀・内閣葬等の際の半旗の掲揚・黙祷・講話など弔意の強要をやめること。 (カ)国際交流校や研究発表校での「日の丸」掲揚をやめること。 2 争点及びこれに対する当事者の主張 (1)別紙3「対象式典一覧表1」の「原告」欄記載の各個人原告が,同「職務命令の対象となった式」欄記載の各卒業式又は入学式において,君が代斉唱時に起立しなかったこと又は退出していたことが,職務命令違反(地方公務員法32条違反)として,地方公務員法29条1項1号又は3号に該当するか。  (被告教育委員会の主張)  別紙3「対象式典一覧表1」の「原告」欄記載の各個人原告は,同「職務命令の対象となった式」欄記載の卒業式又は入学式に関し,各式の開始前に,それぞれ勤務していた学校の校長である同「校長」欄記載の各校長(以下,それぞれの箇所において指摘される各個人原告に対して職務命令を発した校長を指して「各校長」というものとし,これらの校長を総称して「校長ら」というものとする。)から,君が代の斉唱時には,参列する職員は全員起立し,斉唱することという職務命令(以下「本件職務命令」という。)を受けたにもかかわらず,上記式における君が代斉唱時に起立しなかった。  したがって,上記各個人原告は,本件職務命令に違反したものであって,地方公務員法32条に違反し,同法29条1項1号及び3号に該当する。  (個人原告らの主張) ア 職務命令が存在しないこと (ア)各校長は,卒業式,入学式に際して,教職員に対し,「式が滞りなく行われるようお願いします。」,「式次第に沿ってご協力お願いします。」という発言をした上で,君が代斉唱に反対する意見が出されたり,過去に起立しなかった教職員がいた場合に,その教職員に対して,「起立するようお願いします。」,「起立して斉唱するように。」と告げたにすぎず,上記の発言,告知は職務命令としての体裁をとっていないから,単なる要請というべきであるし,個人原告らがこれを職務命令であると認識することは困難であるから,これをもって従わなかった場合には処分をも伴う職務命令ということはできない。 (イ)卒業式,入学式において,思想,良心,信仰の自由に反してまで,君が代を起立して斉唱することが,学校運営上の職務にあたらないことは明らかであり,このような行為を要求する発言は,個人原告らにとって,単なる不当な発言であるとしか認識できないから,これをもって従わなかった場合には処分をも伴う職務命令であると評価することはできない。 イ 適法な権限に基づかないこと (ア)校長に職務命令を発する権限がないこと  a 教育基本法10条1項は,教育の内容と方法について,教師が,保護者,子どもを始めとする国民の教育に関する要求に直接にその自主的な教育実践をもって答えるべきことを定め,教師に教育の具体的な内容を決定する権利を保障したものと解されるから,教育行政が法的拘束力をもって教育内容,方法等を統制することは,教師の上記権利を侵害し,同項の「不当な支配」にあたり,許されない。  したがって,校長が,教師に対して,教育の内容に関して,職務命令を発することはできない。  b 学校教育法28条6項によれば,教育活動は,教師の固有の権限であり,教育活動における教師の自立性が保障されているから,校長の権限について定める同法28条3項にいう「校務」とは,学校の運営に必要な校舎等の物的施設,教員等の人的要素及び教育の実施の3つの事項につきその任務を完遂するために要求される諸般の事務を指すにすぎず,教育内容は含まれない。卒業式,入学式の式次第の内容は,教育内容に関わるものであり,校務とはいえず,少なくとも,君が代斉唱時に起立して歌うようにという指導が,校務に含まれないことは明らかである。 (イ)職務との関連性がないこと  a 入学式,卒業式において君が代斉唱を実施する根拠がないこと  (a)文部省が,教育内容について,法的拘束力をもって規制することは,「不当な支配」(教育基本法10条1項)にあたり,禁じられているから,同省が定めた学習指導要領は,法的拘束力をもたない。したがって,小学校学習指導要領第4章の第3の3,中学校学習指導要領第4章の第3の6(盲学校,聾学校及び養護学校の学習指導要領において,養護学校に準用される。)の定めの存在をもって,卒業式,入学式において君が代を斉唱することが,個人原告らの職務に関連するということはできない。  (b)仮に,学習指導要領に法的拘束力を認める見解に立ったとしても,法的拘束力が認められるのは,許容される目的のために必要かつ合理的な範囲に限られるところ,国家権力が,特定の思想や価値観,事物の是非,善悪の判断を正統的なものとし,国民に対してそれに従うべきことを強制することは禁止されており,君が代を通じて,一定の価値観を強制することは,正当な教育活動となり得ないから,君が代を指導するとの定めには,法的拘束力はない。  (c)被告教育委員会の指導は,学習指導要領を逸脱し,斉唱の方法を詳細に定め,心を込めることまでをも指導すべきとするものであり,被告教育委員会の指導する君が代斉唱は,学習指導要領に基づくものとはいえない。  b 正当な教育活動とはいえないこと  (a)正当な教育目的に対する教育効果が存在しないこと  入学式,卒業式の本来の意義は,児童,生徒が相互に祝い合い,励まし合って,喜びをともにし,新しい生活の動機付けを得ることにあるが,国歌(君が代)を斉唱することは,このような目的にそぐわない。集団への所属感を深めるという特別活動の目的のためには,国歌(君が代)ではなく,校歌を斉唱すれば足りるのであり,外国籍の児童,生徒の存在を無視して,日本という国家への帰属感を強制することは,国際社会において尊敬される日本人として成長するという教育目的からすれば逆効果である。  (b)君が代は国歌ではないこと  国歌を尊重する態度を育てるために,卒業式,入学式において国歌を斉唱することが適切であるとしても,国旗国歌法制定以前には,君が代を国歌とする法的根拠はなく,そのような慣習もなかった。君が代を国歌とする慣習があったとしても,それは,大日本帝国憲法下におけるものにすぎず,日本国憲法下では否定されるべきものであるから,君が代は国歌とはいえない。  また,君が代の歌詞の内容は,天皇を讃えるものであって,主権が国民にあるとする憲法前文,同法1条に違反するから,君が代を国歌とすることは,憲法前文,同法1条に違反する。  (c)憲法前文,同法1条及び教育基本法1条に違反すること  憲法前文,同法1条は,主権が国民にあることを定めており,天皇が象徴であることに何らの法的意味はなく,天皇を讃えたり,敬愛すべきだとの義務を引き出すことは許されない。君が代の歌詞が天皇を賛美するものであることや大日本帝国憲法下における侵略戦争において君が代が皇民化教育の手段としての役割を果たしたことを考慮すれば,学校行事に,君が代を持ち込むこと自体が,国民主権及び平和主義を原理とする憲法前文,同法1条に違反する。  また,教育基本法1条は,教育の目的が,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値を尊び,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民を形成することにあることを明確に定めているところ,君が代が天皇を賛美する歌である等の上記の点を考慮すれば,君が代を歌うことを国家が強制することは,国家の信条的中立性を害し,その目的に反する。  したがって,卒業式,入学式において君が代を斉唱させることは,憲法前文,同法1条及び教育基本法に違反する。 (d)憲法19条に違反すること  憲法19条にいう「思想及び良心」は,世界観,人生観,主義,主張,思想,信条など論理的価値判断を含め,個人のあらゆる内心におけるものの見方,考え方を含み,君が代に反対するという信条も同条によって保障される思想及び良心にあたる。したがって,学校の卒業式,入学式において君が代斉唱の際に起立し,これを歌うことを強制することは,参列者の思想,良心の自由(沈黙の自由をも含む。)を侵害する。したがって,卒業式,入学式において君が代を斉唱させようとすること自体が憲法19条に違反する。  また,児童,生徒は,自由かつ独立の人格として成長する存在であるから,公教育の中で特定の信条,価値観を絶対的なものとして,選択の余地なく強制することは,児童,生徒の思想,良心の自由の制約にあたるというべきである。 (e)憲法20条1項及び2項並びに教育基本法9条2項に違反すること  明治憲法下の学校教育における君が代斉唱は,天皇を絶対君主かつ宗教的権威として尊崇する対象として位置づける国家神道に対する国民的信仰を作り出す手段として行われたものであるから,学校における儀式の中で,一定の形式と様式をもって君が代を斉唱させることは,天皇が我が国の象徴にすぎないという立場をとったとしてもなお,天皇を宗教的権威として尊崇する対象とする国家神道の弘布である。したがって,公立学校の学校行事である卒業式,入学式において君が代を斉唱させることは,国が国家神道に対し,特権を与え,宗教活動を行い,これを参列者に対して強制するものであるから,憲法20条1項及び2項並びに教育基本法9条2項に違反する。  c 小括  以上より,入学式,卒業式において君が代斉唱を行うことは,法的根拠を有するものではなく,実質的にも,これを正当な教育活動ということはできないから,君が代斉唱に関して発せられた本件職務命令は,原告Hを除く個人原告らの職務に関するものとはいえない。 ウ 本件職務命令の実質的違法性 (ア)憲法19条並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約)18条1項及び2項,同19条1項違反  君が代斉唱に際し,起立しない自由,歌わない自由が保障されず,これを強制することは,個人の思想,良心に反する行為を強制するものであるから,本件職務命令は,個人原告らの思想,良心の自由を侵害するものであり,憲法19条,市民的及び政治的権利に関する国際規約(国際人権規約B規約)18条1項及び2項,同19条1項に違反する(同規約は自力執行条約であり,国内法の制定や行政機関による実施措置を待たずに,直ちに同規約上の権利を享受するものである。)。 (イ)憲法20条1項前段及び2項違反  君が代は天皇を宗教的権威とする国家神道の歌であるから,これを起立して歌うよう強制する本件職務命令は,他の信仰を有する個人原告の信教の自由を侵害し,憲法20条1項前段及び2項に違反する。 (ウ)児童,生徒の思想,良心の自由に対する侵害  個人原告ら教職員に対し,君が代を歌うことを強制することによって,君が代を歌うことが当然であるという状態を作り上げることは,思想,良心に基づいて君が代を歌うことができないという児童,生徒の起立しない自由又は歌わない自由を侵害するものであるから,児童,生徒の起立しない自由又は歌わない自由を保障する具体的措置がとられない限り,個人原告ら教職員に対しても,起立して斉唱することを強制することはできず,本件職務命令は違法である。 (エ)「不当な支配」(教育基本法10条1項)によって発せられたものであること  文部省通知等並びに被告教育委員会の通知及び4点指導は,指導という形式を取っていても,校長に対する人事権,職務命令権等を背景とするものであって,校長に対し,事実上の拘束力をもつものであるから,教育行政の権限である指導,助言の域を逸脱する。また,このように事実上の拘束力をもって卒業式,入学式において4点指導のとおり君が代斉唱を実施すること,本件職務命令を発することを命じることは,「不当な支配」(教育基本法10条1項)にあたるものといえる。したがって,これらの通知及び4点指導は,違法,無効であるから,これらの通知及び4点指導に基づいて出された各校長の職務命令は,違法,無効である。 エ 本件職務命令を拒否する義務の存在  前記のとおり,君が代の歌詞は違憲であるから,個人原告らは,憲法尊重擁護義務(憲法99条)として,本件職務命令を拒否する義務がある。  また,君が代は,天皇を賛美する歌であり,これを児童,生徒に斉唱させることは,児童,生徒に対する特定のイデオロギー教化であるから,君が代斉唱の実施にあたっては,児童,生徒の参加の自発性が確保されることが必要であるが,それが確保されていない現状においては,教師である個人原告らは,君が代斉唱に対して,起立しない自由があることを示し,児童,生徒の思想,良心の自由を保護するために,本件職務命令を拒否する義務がある。 オ まとめ  以上から,本件職務命令は,違法,無効であって,本件不起立行為は地方公務員法32条に違反するものとはいえないから,地方公務員法29条1項1号及び3号に該当する事由は存在しない。  (個人原告らの主張に対する被告教育委員会の反論) ア 職務命令の存在  職務命令の手続及び形式については,法律上特段の規定はないから,口頭による命令も職務命令にあたる。  また,本件職務命令は,個人原告らの上司である各校長が,職務に関し,実行可能なことを命じたものであるから,職務命令であることは明らかである。 イ 適法な権限に基づくものであること (ア)校長の権限について  校長は,学校教育法28条3項に基づき,学校管理者として校務の決定権を有し,所属教職員に対して校務を分掌させ,その適切な運営を図るべく指揮監督する権限を有する。そして,「校務」とは,教職員等に関する人的管理及び学校の教育活動に対する運営上の管理につきこれを完遂するために必要とされる事務を広く含むものであるから,校長は,入学式及び卒業式が教育活動であっても,所属する教職員に対して,その実施に関して,職務命令を発しうる地位にある。  また,学習指導要領の「特別活動」のうちの「儀式的行事」である卒業式,入学式を執り行うことは校長にとっての校務であって,これを円滑に執り行うにあたっては,校長は,一般的な校務運営権限に基づき,必要な命令を部下である教職員に発することができるから,式に参加する教職員に対し,式次第に従うべきことを命じることができる。 (イ)職務との関連性について  a 卒業式,入学式における国歌斉唱の法的根拠について  子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく,教育の機会均等を図る上からも全国的に一定の水準を確保すべき要請があることにかんがみれば,教師の教授の自由は,一定の範囲に限られ,それ以外の部分については,国が,必要かつ相当の範囲において,教育内容についても決定する権能を有するのであって,教育基本法10条1項は,その権限の行使が,不当なものであってはならないことをいうにすぎず,教育内容の決定について国が権限を有することを否定するものではない。小学校,中学校及び養護学校の学習指導要領は,学校教育法20条,38条及び73条並びに同法施行規則25条,同54条の2,73条の10の委任を受けて,文部大臣(本件職務命令発令当時。現在は,文部科学大臣。以下,時期を問わず便宜上「文部大臣」という。)が告示により,これらの学校における教育の内容及び方法につき,教育の機会均等の確保等の教育の目的を達成するために必要かつ合理的な基準を設定したものであるから,学習指導要領の定めは,法規としての性質を有する命令ということができ,学校が教育課程を編成するに当たっては,学習指導要領に従わなければならない。別紙2記載のとおり,学習指導要領において,入学式,卒業式が教育課程の一部である特別活動に位置づけられていること,小学校の音楽科,社会科,中学校社会科の公民的分野において,児童,生徒の発達段階に応じ,国旗及び国歌について適切な指導をするように求められていること,入学式,卒業式などにおいては国歌を斉唱するように指導する旨定められていることからすれば,入学式及び卒業式における国歌斉唱は,学習指導要領に基づく教育課程の一部であるといえる。  そして,被告教育委員会は,別紙2記載の学習指導要領及びその趣旨に従い,地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条5号,43条1項に基づいて,式次第の中に「国歌斉唱」を入れ,その式次第に基づいて進行を行うこと,「国歌斉唱」は,ピアノ伴奏で行い,児童,生徒等及び教師の全員が起立して正しく心を込めて歌うこと,教師は卒業式に原則として全員参列することを,各学校の校長に指導しているものであるから,卒業式及び入学式において国歌斉唱を行うことに関して発せられた本件職務命令は,教員である個人原告らの職務に関するものといえる。  b 卒業式,入学式における国歌斉唱の実質的適法性  (a)教育目的の正当性  国旗と国歌は,いずれの国でも国家の象徴として大切に扱われ,国家にとっては不可欠のものであり,また,国民のアイデンティティーの証としても重要な役割を果たしており,日本のみならず,他国の国旗と国歌についても尊重する教育が適切に行われることを通じて,次代を担う子どもが,国際社会で必要とされるマナーを身につけ,尊敬される日本人として成長することが期待されている。卒業式,入学式という儀式的行事において,国歌斉唱を取り入れることも,日本の国歌を尊重する態度を育てることにより,諸外国の国歌も同様に尊重する態度を育てることを目的としており,その教育目的は正当である。  (b)君が代が国歌であること  平成11年に国旗国歌法が制定された後は当然として,それ以前においても,君が代を国歌とするという法令上の規定は存在しなかったものの,明治時代以降,国内外を問わず,君が代が日本の国歌として歌われ続けてきたという事実に照らせば,君が代が日本の国歌であることは広く国民の間に定着しており,慣習法によって君が代が国歌であると認められていたものといえる。  したがって,卒業式,入学式という儀式的行事において,国歌すなわち君が代の斉唱を取り入れ,これを指導することは,上記■の正当な教育目的に照らし,相当である。  (c)児童,生徒の思想,良心の自由を制約するものではないこと  児童,生徒に対しては,上記教育目的に即して,君が代を起立して斉唱することを期待し,指導するものであるが,児童,生徒の内心に立ち入るものではなく,強制も伴わないから,卒業式,入学式において君が代を斉唱させることは,児童,生徒の内心の自由を制約するものではない。 ウ 本件職務命令の必要性,合理性 (ア)本件職務命令の必要性  原告Hを除く個人原告らは,上記教育目的の達成のため,児童,生徒らに対して国歌である君が代に関する知識を教授し,国歌を尊重する態度について範を示す義務を負っているから,本件職務命令を発する必要性が認められる。 (イ)個人原告ら及び児童,生徒の内心の自由を侵害するものでないこと  a 思想及び良心の自由は,それが内心にとどまる限りにおいては,絶対的に保障されなければならないが,それが外部的行為となって現れる場合には,一定の合理的範囲内の制約を受けるところ,児童,生徒に国旗及び国歌を尊重する態度を指導する一環として,児童,生徒に自ら範を示すことによる教育上の効果を期待して,教員に対しても国歌を斉唱することを命じることは,社会通念上合理的な範囲のものであり,個人原告らの思想,良心の自由を侵害するものではない。  b 本件職務命令は,児童,生徒に対して国歌に関する知識を教授し,国歌を尊重する態度について範を示す義務の履行を求めるものにすぎず,児童,生徒の内心に立ち入って指導することを要求するものではないから,本件職務命令が,児童,生徒の内心の自由を侵害することはない。  c 本件職務命令の中には,心を込めて斉唱するという内容のものがあるが,心を込めてというのは,単なる歌唱指導の基本であり,職務命令の主たる要素ではなく,原告らの内心に立ち入るものでもない。 エ 文部省及び被告教育委員会の指導の適法性について (ア)文部省及び被告教育委員会は,それぞれ独立した機関であり,文部省の通知が被告教育委員会にとって法的な拘束力を有するものではない。また,被告教育委員会の通知,指導も,校長に対して何らの拘束力を有するものではなく,これらの通知,指導は,指導,助言にすぎない。 (イ)地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条5号によれば,教育委員会は,学校を所管する教育行政機関としてその管理権に基づき,学校において行われる教育課程の編成について,一般的な指示を与えるとともに,必要な場合には,具体的命令を発する等の権能を有するものであり,また,同法43条1項によれば,教育委員会は,実際の教育活動に当たる教職員の服務を監督するほか,上司としての立場から個々の職務命令を発する権限をも有する。  上記権限の存在に照らせば,卒業式,入学式における国歌斉唱に関する被告教育委員会の指導,助言は,適法なものといえる。 (ウ)4点指導は,学習指導要領及び文部省通知等の趣旨を斟酌し,児童,生徒に対し,国旗及び国歌を尊重する態度を育てるため常識的かつ自然な指導内容であり,なんら違法性はない。 (2)本件不起立行為が,信用失墜行為(地方公務員法33条)にあたり,地方公務員法29条1項1号又は3号に該当するものとして,本件処分の理由となったか否か。  (被告教育委員会の主張) ア 本件不起立行為は,個人原告らが政治的立場に基づき日の丸及び君が代に反対する立場を表明する行為であるところ,小学校,中学校及び養護学校の教育課程の中で心身の未成熟な児童,生徒の面前で,特定の政治的立場に偏した考え方を表明することは,児童,生徒の政治的教養の育成を阻害するものである。とりわけ,教師の行為が,児童,生徒に鮮明な印象を与えることは明らかであり,本件不起立行為は,入学式,卒業式に参列する保護者,来賓などの市民に対し,学校教育に対する重大な疑念を生じさせ,信頼を失わせる行為である。 イ 処分説明書には,処分の理由として地方公務員法29条1項1号及び3号と記載されており,本件処分の理由に信用失墜行為が含まれることは明らかである。  (個人原告らの主張) ア 信用失墜行為の不存在  本件不起立行為により,式の雰囲気が乱れたり,進行に支障を来したという事実はなく,卒業式,入学式の参列者の中には,本件不起立行為に気付かないものもいた。また,式の後に,来賓や保護者から苦情等が寄せられたこともなく,本件不起立行為により,学校教育に対する信頼が失墜したという事実はない。  また,本件不起立行為は,児童,生徒の思想,良心に対する侵害を防止するための教師としての義務に基づき行われたものであり,正当な権利の行使であるから,信用失墜行為にはあたらない。 イ 本件処分の処分説明書には具体的な信用失墜行為の内容についての記載がなく,「地方公務員法29条1項」又は「地方公務員法29条1項1号及び3号」との記載があるのみであり,これらの記載をもって,信用失墜行為が処分の理由に含まれていると読むことは困難であって,信用失墜行為は,本件処分の理由に含まれていない。 (3)本件処分は相当か。  (被告教育委員会の主張) ア 卒業式,入学式は,学習指導要領に定められた教育課程の一つである特別活動に位置づけられるものである。小学校,中学校及び養護学校における教育課程の中で,心身の未成熟な児童,生徒の面前で特定の政治的立場に偏した考え方を表明することは,将来的に,児童,生徒が成人した際に,そのような立場からのみで政治上の諸課題を考えることとなるおそれがあり,良識ある公民として必要な政治的教養の育成を阻害し,ひいては民主政治の基盤を危うくするものであるところ,個人原告らは,日の丸,君が代に反対するとの政治的立場のもとに本件不起立行為をしたのであって,日頃から児童,生徒と接している教員の行為は,ただ座っているのみといえども,児童,生徒に鮮明な印象を与えるものであるから,児童,生徒に与える影響は大きい。  また,学校教育の重要な教育課程の中で行われた個人原告らの本件不起立行為は,卒業式,入学式に参列する保護者,来賓などの市民に対し,学校教育に対する重大な疑念を生じさせ,ひいては学校教育に対する信頼をも失わせるものである。  さらに,個人原告らは,本件不起立行為以前にも,同種の不起立行為を行い,被告教育委員会から文書による厳重注意,訓告又は戒告処分を受けていたにもかかわらず,同様の行為を繰り返したものであって,本件処分は,懲戒権者である被告教育委員会の裁量を逸脱するものとはいえない。 イ 本件処分は,個人原告らが各校長の職務命令に従わず,君が代の斉唱時に起立しなかったという行為について,処分したものである。また,原告Kは,君が代斉唱の間,席を外していたものであるが,正当な理由なく式場を退席したのであるから,本件職務命令に違反したものといえる。本件処分は,本件職務命令に違反するこれらの行為を理由とするものであり,個人原告らの思想や個人原告らが組合活動を行っていることを理由とするものではない。  (個人原告らの主張) ア 個人原告らは,君が代斉唱時にただ黙って座っていただけであり,式の進行を阻害したものでもないから,本件不起立行為に対して,懲戒処分をするのは,処分の相当性を欠く。 イ 本件処分は,日の丸,君が代に反対する運動を行ってきた個人原告らの組合活動,教育活動に対する弾圧,見せしめのための処分であり,不当労働行為にあたる。 ウ 被告教育委員会が,個人原告らが君が代斉唱時に現に着席していたことを確認しないまま,君が代斉唱時に式場にいなかった者をも含めて,本件処分をしていることからすれば,本件処分は,個人原告らの君が代に反対し,また,卒業式,入学式において君が代斉唱を行うことに反対する思想,信条を処分の対象としていると解されるから,本件処分は,憲法19条に違反する。 (4)本件処分手続は適法であったか。  (個人原告らの主張) ア 被告教育委員会の職員が別紙3「対象式典一覧表1」の「原告」欄記載の各個人原告に対して行った事情聴取は,事情聴取の日時等についての事前の通知や第三者の立会もなく,本件処分の前提となった各校長の作成した個人原告らの不起立行為に関する状況報告書(以下,職務命令違反の状況を報告する文書を単に「状況報告書」といい。本件処分の前提となった状況報告書を「本件商況報告書」という。)を被処分者である個人原告らに開示しないまま,一方的に口頭で各個人原告に対して着席したかどうかを尋ねたにすぎないものであり,被告教育委員会が公式に行った事情聴取ということはできず,公平性をも欠いている。本件処分は,処分対象者に対する告知,聴聞の機会を十分に経ないまま,不公平に行われたものであるから,違法である。 イ 被告教育委員会は,上記事情聴取の結果作成された記録を開示せず,その誤りを訂正する機会を与えないまま本件処分をしており,違法である。 ウ 被告教育委員会は,裁判所の文書提出命令にもかかわらず,被告教育委員会議事録を提出しないのであるから,本件処分にあたって適正な手続はなされていないと判断されるべきである。  (被告教育委員会の主張)  被告教育委員会は,各校長から状況報告書の提出を受け,これを基に,被処分者である個人原告らに対し,直接事実確認を行い,弁明の機会を与えた上で,本件処分を行ったものであり,その手続に違法はない。 (5)個人原告らに対する不法行為が成立するか。また,成立する場合,損害はいくらか。  (個人原告らの主張) ア 別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の「原告」欄記載の各個人原告は,同「職務命令の対象となった式」欄記載の各式に関し,同「校長」欄記載の各校長から,国歌(君が代)斉唱時には起立して斉唱するよう命じられた。また,その他に,原告Aは,平成11年度○学校入学式,同Cは,平成5年度○学校卒業式及び平成6年度○学校入学式,同Jは,平成5年度○学校入学式,同Eは,平成9年度○学校卒業式及び平成10年度○学校卒業式に関し,それぞれ,各校長から,君が代斉唱時には起立して斉唱するよう命じられた。前記(1)の「個人原告らの主張」のとおり,これらは違法な命令である。また,原告Hに対する本件職務命令は,同原告が教員ではなく,児童,生徒に対して教育活動を行う義務を負うものではないことから,同原告の職務に関するものとはいえず,違法である。  個人原告らは,このような違法な職務命令を受けた上に,その職務命令に違反したとして,別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の「処分等」欄記載の本件処分等を受けた他(但し,原告Jが,番号46の式に関し,被告教育委員会から受けた指導は,文書訓告である。),原告A,同L,同M,同C,同B及び同Jは,平成6年9月6日にそれぞれ戒告処分を,同Hは,同日,厳重注意を,同Bは,同月5日に戒告処分を受け,同Gは,平成6年9月5日及び同月6日に文書訓告を受け,著しい精神的苦痛を被ったので,個人原告らに対して,これらの職務命令を発した被告校長らは不法行為に基づく損害賠償責任を,被告校長らを任用し,処分及び指導を行った被告教育委員会を設置する被告北九州市は国家賠償責任を負う。 イ 第1事件について,個人原告らが本件職務命令及び本件処分等(但し,平成8年7月19日以前の処分等に関する分)によって受けた精神的損害を慰謝するには,それぞれ本件職務命令及び厳重注意1件につき100万円,文書訓告1件につき200万円,戒告処分1件につき300万円を下らない(本件においては,その一部である請求の趣旨記載の各金額の支払を請求する。) ウ 第2事件について,個人原告らが,本件職務命令及び本件処分等(但し,平成9年7月18日分以降の処分等に関する分)によって受けた精神的損害を慰謝するには,原告C及び同Eにつき1700万円,同Fにつき900万円,同Aにつき700万円,同B,同D及び同Gにつき500万円,同Hにつき300万円を下らない(本件においては,その一部である請求の趣旨記載の各金額の支払を請求する。)。  (被告教育委員会を除く被告らの主張)  前記(1)の「被告教育委員会の主張」のとおり,被告校長らが個人原告らに対してした職務命令は,適法かつ相当なものであって,不法行為は成立しない。  また,教員以外の職員であっても,卒業式,入学式を円滑に実施する上で必要な限り,職務として,事前の準備を含め式の分掌に従い,式に参加する場合は式次第に従うべき義務を負うものであるから,原告Hに対しても,同原告が式に参加する以上は,本件職務命令を発する必要性が認められる。  (被告校長らの主張)  被告校長らの職務命令は,学校組織の長として,所属職員に対して発したものであり,校長としての職務行為にあたるから,被告校長らは,個人として責任を負わない。 (6)原告Qに対する不法行為が成立するか。成立する場合,損害額はいくらか。  (原告Qの主張) ア 請願法違反  R会及び原告Qが前記1(7)イないしオの請願に際し持参した書面は,請願者の名称及び住所が記載された請願法2条の方式を満たす書面であり,適法な請願であるにもかかわらず,被告教育委員会の職員は,R会及び原告Qの請願の受理を拒否したから,請願法5条に違反し,R会及び原告Qの請願権(憲法16条)を侵害した。 イ 不当労働行為  原告Qは,被告北九州市の人事委員会の登録を受けた職員団体であるから,被告教育委員会は,地方公務員法55条1項に基づき,原告Qから適法な交渉の申入れがあった場合においては,その申入れに応ずべき地位にあるにもかかわらず,交渉を拒否している。  したがって,被告教育委員会は,同条項に違反し,憲法28条に保障された原告Qの団体交渉権を侵害した。 ウ 損害  R会は,被告教育委員会による請願拒否により,100万円の損害を受け,原告Qは,その損害賠償請求権を承継した。  また,原告Qは,被告教育委員会による請願拒否により100万円,不当労働行為により100万円の損害を受けた(本件においては,上記全損害の一部である請求の趣旨記載の金額の支払を請求する。)。  (被告北九州市の主張) ア R会及び原告Qは,被告教育委員会の事務局に,多人数でやって来て,その全員が大声で,「処分を撤回しろ。」,「教育委員会を糾弾する。」等の発言を繰り返したのであって,前記1(7)イないしオのR会及び原告Qの活動は平穏な請願権の行使とはいえず,政治的主張に基づく,威圧的,強要的な抗議糾弾行動にすぎないから,形式的に請願法2条に定める方式を満たしていたとしても,正当な請願行為とはいえない。 イ 被告教育委員会は,平成8年4月30日付けの原告Qからの要求書に基づき,地方公務員法55条5項に規定する取り決めをするための予備交渉を数回にわたって行ったが,原告Qは,学校教育における日の丸,君が代の取扱いに関する事項を交渉事項に入れることにこだわり,交渉時期,交渉員数,交渉事項についての合意に至らなかった。  予備交渉における合意に至らず,本交渉に入れなかったのは,学校教育における日の丸,君が代の取扱いに関する事項は,校長又は被告教育委員会の権限に属する管理運営事項であり,労使交渉の議題にはなり得ないものであるにもかかわらず,原告Qがこれを議題にすることにこだわったためであるから,被告教育委員会の対応に,何ら違法はない。 (7)不法行為に基づく損害賠償請求権について消滅時効が成立するか。  (被告教育委員会を除く被告らの主張)  個人原告らの主張する被告校長ら及び被告教育委員会職員の不法行為のうち,平成5年以前の職務命令,処分及び指導については,個人原告らが損害の発生と加害者を知ったときから3年を経過して,本件損害賠償の請求がされたものであり,被告教育委員会を除く被告らは,消滅時効を援用する。 第3 認定事実  証拠(甲1,2〔枝番号は省略。以下同じ。〕,4,5,10,12ないし14,19,21,23,45,46,82ないし85,87,95ないし97,114,122,135,153ないし155,157ないし166,178ないし182,184ないし194,202,204,210,213ないし215,224,230,234,235,239,241,246,251ないし255,乙1ないし11,調査嘱託の結果,証人T,同S,原告A本人,同K本人,同C本人,同F本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 1 個人原告らの思想信条,教育活動について (1)個人原告らは,福岡県教職員組合又は原告Qの組合員であり,同和教育,平和教育及び在日韓国,朝鮮人に対する理解を深めるための教育活動を行っており,一部には,障害を持つ児童,生徒が学校教育を受けるにあたっての諸条件の整備等を求める活動を行っている者もいる。 (2)個人原告らは,上記の教育活動を通じ,第二次世界大戦における日本のアジア侵出に天皇制が大きな役割を果たした,また,部落差別等の差別の原因の一つには天皇制があると考えるようになり,君が代の「君」は天皇を指すという見解に立ち,君が代は天皇崇拝の象徴であるから,差別を助長し,アジアの人々に苦痛を与える歌であるとの見解を持つようになった。その結果,個人原告らは,自分自身が君が代を歌うことのみならず,君が代が公の場で歌われることも許容できないとの心情を持つに至った。  また,個人原告らは,学校において,君が代を斉唱することは,憲法,教育基本法に定められた教育目的である自主精神に充ちた国民の育成とは方向性を逆にするものである,卒業式,入学式は,卒業生,新入生を中心に卒業,入学を祝う式であるべきであってその式に君が代はふさわしくないとの考えを持っている。  さらに,原告Cは,キリスト教を信仰しているところ,君が代は天皇を神とする国家神道の歌であるからこれを歌うことは信仰上できないと考えている。 2 君が代をめぐる世論の状況について (1)昭和36年11月,内閣官房広報室が6大都市の男女1万人を対象として行った君が代についての意識等の調査によれば,君が代に尊敬,愛着を持っている旨回答した者が59パーセント,反発がある旨回答した者が1パーセント,特別の感情は持っていない旨回答した者は36パーセントであり,君が代を国歌とすることに対する賛否については,賛成する者が79パーセントであった。 (2)昭和37年12月,朝日新聞社が行った世論調査によれば,君が代の歌詞の意味についての問いに対しては,「国家が長く栄えるように」という意味であると回答した者が22パーセント,天皇を讃える歌であると回答した者が15パーセント,天皇と国家国民を讃える歌であると回答した者が5パーセント,はっきりわからないと回答した者が8パーセント,考えたことがないと回答した者が4パーセント,その他の回答をした者が8パーセントであり,君が代の歌詞を変えた方がいいという意見に賛成かという問いに対しては,反対が79パーセント,賛成が8パーセント,その他の回答が5パーセント,無回答が8パーセントであった。  また,昭和39年に総理府広報室が行った世論調査によれば,君が代に尊敬,愛着を持っている旨回答した者が70パーセント,反感がある旨回答した者が1パーセントであった。 (3)昭和49年に総理府が行った調査によれば,君が代が国歌としてふさわしいという回答をした者が77パーセントであった。 (4)平成11年6月,朝日新聞社が行った20歳代以上を対象とした世論調査では,「日の丸と君が代については,戦前,戦中を思い起こさせるので抵抗感があるという人がいます。あなたはそういう声に共感できますか。共感できませんか。」という問いに対し,共感できると答えたのが全体の35パーセント,共感できないと答えたのが全体の56パーセントであり,「政府は,君が代の『君』の意味として,『日本国及び日本国民統合の象徴である天皇』という解釈を示しました。あなたは,君が代の『君』は象徴天皇を意味する,という政府の解釈をその通りだと思いますか。そうは思いませんか。」との問いに対し,その通りと答えたのが全体の50パーセント,そうは思わないと答えたのは40パーセント(いずれの問いについても,残りはその他,無回答)であった。 (5)平成11年4月,毎日新聞社が行った電話による全国世論調査では,君が代の法制化に賛成と答えたのは,61パーセントであり,君が代を国歌として法律で定めることに関して,同年7月,同社が行った世論調査では,同年の開会中の国会で法制化すべきと回答したのが,36パーセント,もっと時間をかけて議論すべきだと回答したのが44パーセント,法制化に反対であると回答したのが14パーセントであった。 (6)他方で,君が代を国歌とすることに反対する意見が新聞に掲載されることも少なくなく,国旗国歌法の制定に向けての動きが具体化した平成11年ころには,これに反対する個人や市民運動団体,労働組合,宗教団体等の団体を中心として,国旗国歌法の制定に反対する声明を発表したり,反対集会を開くなどの活動が行われた。 (7)また,東京新聞が,平成16年,東京都教育委員会が卒業式などにおける君が代斉唱時の起立を教職員に義務付ける通達を出したことに関連して,東京都内の有権者1379人を対象に行った世論調査によれば,「日の丸,君が代を敬うのは当然で,義務付けても当然」と答えたのは24.9パーセント,「敬うのは当然だが,義務付けは行き過ぎ」と答えたのが36.7パーセント,「内心の自由の問題で,義務付けるべきではない」と答えたのが35.4パーセントであった。 3 本件職務命令を発するに至る経緯について (1)文部省は,昭和60年,平成5年,同6年,同7年,同10年,同11年,同12年に,各都道府県,政令指定都市の教育委員会等に対し,所管する学校の卒業式,入学式における国歌(君が代)斉唱の実施の有無の調査を指示し,その調査の結果を,各都道府県及び政令指定都市における国歌(君が代)斉唱の実施率として,各都道府県教育委員会等に提示していた。また,文部省は,あわせて,各教育委員会教育長らに対し,前記第2の1(3)のとおり,国歌(君が代)の斉唱が適切に行われるよう指導の徹底を求めていた。  文部省からの上記調査の指示があることを前提として,被告教育委員会は,昭和60年から平成12年ころにかけて,継続的に,それぞれ2月から4月ころ,所管する学校の校長に対し,卒業式,入学式における国歌(君が代)斉唱実施の有無,実施方法(ピアノ伴奏かどうか),児童,生徒及び教職員の起立の状況(起立しなかった児童,生徒及び職員の人数)について,報告するように求めた。 (2)昭和60年に行われた文部省の上記調査の結果によれば,同年3月に行われた北九州市立小学校,中学校の卒業式での君が代斉唱の実施率は,小学校で98.6パーセント,中学校で89.4パーセントであり,その当時から昭和63年ころまでにかけては,北九州市内でも,君が代はテープで流すだけであったり,ステージ上に日の丸ではなく,児童の作成した絵を飾ったり,また,卒業式の主役は卒業生であるとの考えのもと,卒業生が式場のステージ側に座り,卒業生と在校生が向かい合う形の会場設営をしている学校もあった。  しかしながら,被告教育委員会が,上記文部省の指導を受け,市立の学校の校長に対し,卒業式,入学式において,君が代を斉唱すること,国旗を掲揚することを指導するようになったことから,各学校の校長の決定により,昭和63年ころには,上記のような会場設営,式次第を行っていた学校においても,国旗をステージに掲揚し,児童,生徒は国旗の掲揚されたステージの方を向いて座る,国歌として君が代の斉唱を行うという方式の卒業式が行われるようになり,遅くとも平成4年度の卒業式においては,北九州市立小学校及び中学校の全校の卒業式,入学式において,国旗が掲揚され,国歌が斉唱されていた。  学校によっては,ステージ上に児童の作成した絵を飾ることや卒業生と在校生が向かい合う配置を取ることを取りやめることについて,教職員のみならず,児童,生徒及び保護者からも,反対の意見が出されたり,市民団体から,卒業式の式次第として君が代の斉唱を行うことに反対する申入れがなされたが,これらの学校の校長は,学習指導要領に卒業式において国歌を斉唱するよう指導するものとする旨の定めがあること,被告教育委員会から,国歌斉唱,国旗掲揚の実施を徹底するよう指導があることを主な理由として,これらの意見を採り上げなかった。 (3)上記(2)のとおり,被告教育委員会の指導により北九州市立の学校の卒業式において君が代斉唱をすることが徹底されて行く中で,従前は,教職員が君が代斉唱の際に起立していなかった場合においても,懲戒処分や勤務校の校長からの指導がされることはなかったにもかかわらず,原告Aは,昭和62年ころ,当時の勤務校の校長から,卒業式の君が代斉唱において起立しなければ懲戒処分があるかも知れないと告げられた上,同年7月,卒業式の君が代の斉唱の際に起立しなかったことについて,厳重注意を受けた。 (4)被告教育委員会は,平成元年から平成11年ころまでの間,毎年1月から3月までの各月に各学校の校長が参加して行われた定例校長会において,参加した校長に対し,4点指導の内容を確認した上で,卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱について,式の前日以前に同教育委員会の所管する全ての学校の教職員全員に対して,国歌斉唱の際は起立して斉唱するよう周知徹底すること,必要と認めるときは,教頭の立会いのもと,それが職務命令と明確にわかるよう指示するとともに,できれば卒業式当日の朝も機会を捉えて再度職務命令を発すること,職務命令を発したときは,その日時,対象となった教職員の氏名を記録しておくこと,式において,国歌斉唱の際に職務命令に反して起立しなかった教職員については,氏名,時間,状況を確認し,状況報告書を作成の上,被告教育委員会指導部及び学務部にすみやかに報告すること,職務命令を発しながら,なお,起立拒否や不測の事態が起こるおそれのある場合は,確実な現認ができるよう,管理職等で事前に十分な打合せをしておくことを指示した。 (5)また,被告教育委員会は,平成6年には,卒業式が行われる前の3月初旬ころ,戒告処分又は厳重注意を受けたことのある教職員(原告A,同K,同G,同L,同Jを含む。)が在籍する学校に被告教育委員会の職員を派遣し,その職員を介し,当該教職員に対して,勤務校の校長から君が代斉唱時に起立するよう職務命令が出された場合にはこれに従うよう指示し,従わなかった場合には懲戒処分が行われることもある旨を伝えた。 4 個人原告らに対する職務命令(本件職務命令)について (1)別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の「原告」欄記載の個人原告らは,同「職務命令の対象となった式」欄記載の式に関し,式の前日までに,あるいは,式の当日の式開始前に,各原告の当時の勤務校の校長である「校長」欄記載の各校長から,以下のとおりの事項を命じられた(以下においては,同表「番号」欄に付した番号によって,職務命令の対象となった式を示し,職務命令を受けた各個人原告をかっこ書きで付記するものとする。なお,個人原告らが主張する,その余の式に関する職務命令は,その存在を認めるに足りる証拠がない。) ア 番号1,2,3(以上,原告A),5,6,7(以上,同L),8,9(以上,同M),29(以上,同B),39,40,49(以上,同E),46,47(以上,同N),50,51(以上,同G),53(同H),59(同O) (ア)式には,教職員全員が出席すること。 (イ)国歌斉唱の際は,起立して斉唱すること。 イ 番号10(原告M),11ないし15,17ないし21(以上,同C),22,23(同D),26,28(以上,同I),30(同B),34,35(同J),43,54ないし56(以上,同F),41(原告E),44(同G),52(同H),60(以上,同O),61,62(以上,同P)  国歌斉唱の際には,起立して斉唱すること ウ 番号4(原告A) (ア)式次第にのっとり,進行に従うこと。 (イ)国歌斉唱の際には,起立すること。 エ 番号16(原告C),25(同I),31(同B),38(以上,同E)  国歌斉唱の際には,起立して心を込めて歌うこと。 オ 番号24(原告D),58(同F) (ア)原則として,教職員全員が式場に入ること。 (イ)国歌斉唱の際には,起立して,国旗に正対し,心を込めて歌うこと カ 番号27(原告I),37(同K),45(同J),48(同E) (ア)式には,教職員全員が出席すること。 (イ)国歌斉唱の際には,起立して心を込めて歌うこと。 キ 番号32(原告B) (ア)全員会場に入ること。仕事により入場できない場合は,教頭の確認を取ること。 (イ)式次第にのっとり,指示に従うこと。 ク 番号33(原告J)  国歌斉唱の際には,起立し,厳粛の中で斉唱すること。 ケ 番号36(原告K) (ア)式には,教職員全員が出席すること。 (イ)国歌斉唱の際には,起立して,正しく,心を込めて歌うこと。 コ 番号42,57(以上,原告F)  国歌斉唱の際には,起立して,国旗に正対し,心を込めて歌うこと。 (2)上記(1)に加え,番号15の式に関し,校長であった被告al(以下「被告al」という。)は,式の当日の職員朝礼において,「国歌斉唱は起立し,正しく歌い,心を込めての式参加をお願いします。」という発言もした。  また,原告Kは,番号36の式において,放送係を担当することになっていたが,当時の教頭から,式場である体育館の2階に設置されていた放送機材を1階に移動し,その場で放送を行うよう指示された。  さらに,原告Iは,番号28の式において受付を担当していたが,式の開始に当たり,教頭から式場に入るよう指示された。 (3)番号3,37,47の式に関して,各校長又は教頭は,上記アの職務命令を発するに際し,式場に出られない仕事を担当する職員については,卒業式に参加するという職務命令から除外するという趣旨の発言をした。  また,番号53の式に関して,同校の事務職員,学校用務員は前年度の卒業式に出席していなかったことから,校長であったamは,転入してきたばかりであった原告Hに対し,前任校で式に出席していたかどうかを尋ねたところ,同原告が式に出席する旨回答したので,式に出席するのであれば,上記(1)ア(イ)の職務命令に従うように指示した。 (4)番号14ないし22,31,33,34,39ないし41,48,53ないし56,60の式に関して,各校長が,上記(1)のとおり命じるにあたっては,各校長は,これが職務命令である旨を明言することはしなかった。また,番号23,33のうち高等部の式,46かつ59の式に関しても,職務として起立して斉唱すべきである,命令に従う義務があるという趣旨の発言はしたが,職務命令である旨は,明言しなかった。  その余の式に関しては,各校長は,上記(1)のとおり命じたことが,職務命令である旨を明言した。 (5)各校長は,別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の「職務命令の対象となった式」欄記載の各式を行う前に,各学校における職員会議や職員朝礼において,個人原告らを中心とする教職員から,卒業式,入学式において国歌斉唱を行う理由について問われたのに対し,学習指導要領に卒業式,入学式において国歌を指導するものとするとの定めがあること,被告教育委員会からの指導があることを理由として答えたが,「日本人としての誇り,文化や伝統を守っていくことが大切である」(番号46かつ59),「国旗の赤は,太陽を表し,真心を示していると考えています。私自身『朝夕のつどい』に国旗を掲揚し,国歌を斉唱してきましたので,特別な思いがあります,先生方もそれぞれに,個人的にはいろいろな思いを持っておられると思いますが,公教育の立場から,個人の思いとは別に,きちんと指導して頂くことが大切だと考えています。」(番号7),「国旗,国歌にはその国の長い歴史がある。事実は事実として認め,現在は平和憲法の下で考えるべきである。」(番号22,58),「国旗,国歌を大事にすることは国際社会に出るためにも必要なこと。戦後40数年にわたって,平和国家日本の象徴としても定着している。教育の場で正しく理解させることこそ大切。」(番号25),「成長の節目において,生徒に意味を考えさせることは必要である。そのため,大人も率先して行わなければならない。」(番号31),「タイは,午後5時になると,国歌が流れるそうです。ところが,その時に,ニヤニヤ笑っている日本の青年に,大変怒ったという話しを聞いたことがある。外国の国歌を大切にする気持ちが育っていなかったのです。外国の国歌を大切にする心の教育が必要と思います。そのためには,日本の国歌を大切にする心を教育していくことが大切と思います。子どもは将来,考えるときがきます。外国へ行けば,前に言ったタイ事件のようなことが起こります。国際化の時代にきちんと教えていくことが必要と思います。私は嫌い,戦争を起こしたくないと言う考えは,世界では通じない。シンボルを大事にする国際化時代で,非常に大切なことであると思います。自分の国の国旗・国歌を大事にすることは,外国の国旗・国歌を大事にすることにつながってきます。」,「節目においての指導,体験として教えることは重要であると考えます。重要な行事において,国歌を斉唱し,その際には起立することが社会的儀礼として,国の内外を問わず広く一般的に行われていることです。」(以上,番号42)と述べた校長もいた。 5 個人原告らの不起立行為(本件不起立行為)等について (1)○学校に勤務していた原告Cは,番号14のうち,小中学部の式での君が代斉唱の際,卒業生2名が起立するのを介助するために起立した以外の間は,着席していた。  また,原告Cは,番号16のうち,高等部の式に関し,被告alから式場の外で行う安全連絡係の仕事を割り当てることもできると言われたが,これを断って,式場に入り,君が代斉唱の際に,起立しなかった上に,左手で人差し指と中指とをV字型に開くいわゆるVサインをし,また,番号16の式のうち,小中学部の式における君が代斉唱の際には,足組みをして座っていた。  なお,これらの式において,原告Cが座っていたのは,ステージを向いた生徒の席の後ろにある保護者席の更に後方であった。 (2)原告Kは,番号37の式に際し,君が代斉唱が始まったころ,式場から退出し,同斉唱が終わった後,式場に戻った。 (3)原告Dは,番号22の式に際し,国歌斉唱を呼びかける号令とともに一旦起立したが,すぐに着席した。 (4)そのほかの個人原告らについては,それぞれ別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の各「原告」欄に対応する同「職務命令の対象となった式」欄記載の式において,君が代斉唱の際,それまで座っていた個人原告らについては,起立せず,座ったままでおり,それまで起立していた個人原告らについては,国歌(君が代)斉唱を呼びかける号令がされるや着席し,国歌(君が代)斉唱が終わるまで座っていた。 6 本件処分等に至る経緯について (1)各学校の教頭は,事前の各校長との打ち合わせに基づき,別紙3「対象式典一覧表1」及び「同2」の「職務命令の対象となった式」欄記載の卒業式,入学式(但し,番号22の式を除く。)の君が代斉唱の最中,自分が立っている位置から,又,教頭が立っている位置と個人原告らの座っている席が離れている場合には,個人原告らの側に行き,同「原告」欄記載の各個人原告の不起立行為の状況を確認した。  番号22の式に関し,当時,○小学校の校長であったanは,自分が立っている位置から,原告Dの不起立行為の状況を確認した。 (2)各校長は,被告教育委員会に対し,本件職務命令を発した状況及び本件不起立行為の具体的な状況を記載した報告書(本件状況報告書)を提出した。 (3)被告教育委員会は,その職員をして,本件状況報告書に基づき,各校長が発した本件職務命令に従わなかった個人原告らに対し,同被告の事務局又は各学校において,本件職務命令に従わなかった事実の確認を行った。 (4)被告教育委員会は,上記(2)及び(3)によって確認された事実を前提として,各個人原告に対し,本件処分等を行った(なお,個人原告らが主張するその余の処分,指導については,これらが行われたことを認めるに足りる証拠がなく,また,本件処分にあたって,同表に記載された以外の式における不起立行為が,処分等の理由に含まれると認めるに足りる証拠もない。)。 7 原告Qの活動について (1)原告Qの組合員の一部(平成7年につき約20名,平成8年につき約15名)は,平成7年7月20日,平成8年7月19日,いずれも,その日付けで出された本件処分等の撤回等を求める申入書を持参して,被告教育委員会事務局に赴いた。個人原告らは,いずれの日も,被告教育委員会に対し,部屋を用意して個人原告らと話し合うことを要求したが,被告教育委員会は部屋を用意することを拒否し,事務局の執務室では話し合うことはできなかったので,個人原告らは,被告教育委員会の職員に対し,上記申入書を渡して退出した。 (2)原告Qと被告教育委員会は,平成8年4月30日ころ以降,団体交渉を行うことを前提として,交渉事項について数回にわたり予備交渉を行っていたが,学校における君が代の取り扱いを交渉事項に含めるか否かについて見解が対立し,本交渉を行うには至らなかった。 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)について (1)君が代が国歌であることについて  個人原告らは,本件職務命令が違法,無効であると主張する前提として,君が代は国歌とはいえない,君が代を国歌とすることは憲法の諸規定に違反する旨主張する。  しかしながら,前記第2の1(2),第3の2のとおり,君が代を国歌とすることの適否やその評価について,従前から意見の対立があることは事実であるが,明治期には祝日大祭日唱歌とされ,昭和初期には修身の教科書において君が代が国歌として扱われるようになり,現在においても国民の大多数の間では君が代が国歌として認識され,諸外国においてもそのように認識されていることもまた事実であり(原告は,卒業式,入学式における君が代斉唱を義務づけることについて反対する国民が多かった点を指摘するが,卒業式,入学式における君が代の斉唱を義務づけることについて反対する見解が,君が代が国歌であるとの認識を否定することに必ずしも結びつくものではない。),我が国に他に国歌というべき歌がないことからすれば,国旗国歌法の制定前においても,君が代は国歌としての地位にあったと認めることができる。  そして,仮に君が代の「君」が天皇を指すとの個人原告らの主張による解釈を前提としても,君が代を国歌として扱うことが天皇が日本国の象徴であることとただちに矛盾するものとは言い難いばかりか,国歌として扱うことそのものは,一般の国民に対して天皇を畏敬,崇拝することを求め,又は天皇に憲法で定められた以上の権能を付与するものとはいえないことは明らかであるから,そのことが憲法前文,同法1条に違反するとはいえないことも明らかである。  したがって,君が代を国歌とすることが憲法の諸規定に違反するということはできず,国旗国歌法制定以前においても,君が代を国歌として扱うことができなかったとはいえない。 (2)本件職務命令の存在について  前記第3の3(4)のとおり,各校長は,被告教育委員会から,君が代の斉唱の際には起立すべきことを予め職務命令と明確にわかるように指示し,必要に応じて式の当日に再度職務命令として発すべきことを指導され,これを受けて,各校長は,別紙3「対象式典一覧表1」の「原告」欄記載の個人原告らに対し,同「職務命令の対象となった式」欄記載の卒業式又は入学式の国歌(君が代)斉唱の際には,起立して歌うよう,あるいは,起立して心を込めて歌うよう命じたと認められる。  個人原告らは,前記第3の4(1)アないしコの各校長の発言は,式の進行に関する単なる要請にすぎないと主張するが,番号1ないし14(但し,高等部に関するもの。),18(但し,高等部に関するもの),24ないし30,32,33(但し,小中学部に関するもの。),35ないし38,42ないし44の式については,各校長は,上記被告教育委員会の指示に従い職務命令であることを明示しているのであって,これらの式に関する各校長の発言が職務命令として出されたものであったことは明らかである。  また,職務命令であることの明示がなかったその余の式に関する各校長の発言についても,本件状況報告書(甲246)によれば,各校長は,職務命令であるとの認識のもとで発言したと認められる上,前記第2の1(6)のとおり,平成元年には原告Aが戒告処分を受けており,その処分説明書(甲204の1)によれば,同処分は職務命令に違反したことを理由とするものであったから,個人原告らも平成元年以降に行われた式に関しての各校長の発言に従わなかった場合には処分を受けることもあり得るとの認識を有していたと考えられる。したがって,これらの式に関する各校長の発言も職務命令であったということができ,職務命令の内容の当否にかかわらず,個人原告らが,これらの式に関する各校長の発言について職務命令であるとの認識を欠いていたということもできない。 (3)卒業式,入学式に関する校長の権限について ア 卒業式,入学式は,小学校,中学校及び養護学校における教育過程の一部として実施されるものであり,それらの学校が実施する教育活動ということができる。  ところで,学校教育法28条6項が「教諭は,児童の教育をつかさどる。」と定めているのは,子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ,子どもの個性に応じて弾力的に行われなければならず,そこに教師の自由な創意と工夫の余地が要請されることに基づくものと理解されるものであり,教育活動の主体は,原則として個々の教師であるといえる。  しかしながら,普通教育においては,児童,生徒の側に,教育の内容を批判する能力がなく,教師が児童,生徒に対して強い影響力,支配力を有すること,学校や教師を選択する余地が乏しく,教育の機会均等を図る上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があることからすれば,普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることはできない。  ことに,教育課程の計画及び実施においては,各教員が行う教育活動相互の関連性,整合性についての配慮が必要であり,また,教育課程の中に,学年及び学級の区別なく,全校児童,生徒がともに行う教育活動や保護者,地域住民等の協力を得て行う特別活動など各教員において個別に又は独自にこれを行うことが困難,不適当な活動も含まれるから,個々の教師が自由にこれを行う権限を有すると解することはできない。むしろ,学校教育法28条3項(同法40条により中学校に,76条により養護学校に準用される。)は,「校務」,すなわち,学校教育の事業を遂行するため必要とされる一切の事務をつかさどるのは校長であると規定しており,校長が,各学校における各教員の教育活動,児童,生徒全体の状況等学校の実情を把握し,各教員が行う教育活動相互の関連性,整合性について配慮し得る立場にあることからすれば,教育課程の計画及び実施についての責務と権限は,校長にあると解するのが相当である。  そして,個々の教育課程の実施においては,各教科を担当する教員の教授の自由が認められる部分が存在するとしても,卒業式,入学式が,学級,学年の区別なく行われる学校全体の行事であり,保護者,地域住民等の協力も得て行われるものであって,各教員が独自にその式次第や場所,時間等を決定することは適切でないことからすれば,卒業式,入学式の式次第については,校長が,その裁量の範囲においてこれを決定する権限を有し,校長は,その実施のために,各教員に対して,職務命令を発することもできると解される。 イ この点,個人原告らは,学校教育法28条3項に規定される「校務」には,教育内容に関わるものは含まれず,教育内容に関わる事項について決定することも,教員に対して職務命令を発することもできないと主張する。  しかしながら,前記のとおり,普通教育における教師に完全な教授の自由を認めることはできず,教師の教育活動は一定の制約を受けざるを得ないのであり,学校の責任者であって,各教員の教育活動,児童,生徒全体の状況等当該学校の実情を知り得る校長が,教員の教育活動について一切指導,助言等をすることができないと解するのは相当ではなく,個々の教員に対して職務命令を発する必要がある場合も否定できないから,校長が,必要に応じて,教育内容に関わる事項を決定し,その実施のために職務命令を発することもできると解するのが相当である。  したがって,学校教育法28条3項に規定される「校務」から,教育内容に関わる事項が除外されていると解することはできず,個人原告らの主張は採用できない。 (4)職務との関連性について  卒業式,入学式は,小学校,中学校及び養護学校における教育課程の一部として実施されるものであるから,その式次第に従い,運営に協力することは,学校における具体的職務の内容にかかわらず,式に参加する以上は,学校に勤務する職員としての当然の職務と言うべきである。  したがって,卒業式,入学式において,君が代を起立して斉唱するという式次第を前提として,君が代を起立して斉唱するよう求める本件職務命令は,個人原告らの職務に関連するものといえる。  なお,個人原告らは,君が代斉唱の実施が,正当な教育活動とはいえないので,個人原告らの職務とはいえないと主張するが,かかる主張は,本件職務命令の適法性の問題として検討することとする。 (5)本件職務命令の適法性について ア 君が代斉唱の教育課程における位置づけについて (ア)学習指導要領との関連について  a 憲法26条1項は,国民の教育を受ける権利を保障しており,特に,自ら学習することのできない子どもに関しては,その学習要求の充足を図りうる立場にある者にとって,その施策をとることを責務として課しているものといえる。  一般に,社会公共的な問題について国民全体の意思を組織的に決定,実現すべき立場にある国は,上記の憲法上の要請に従い,子ども自身の利益の擁護のため,また,子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるためにも,必要かつ相当と認められる範囲において,教育内容についてもこれを決定する権能を有するものと解される。国会は,国の立法機関として,教育の内容及び方法についても,法律により,直接に又は行政機関に授権して必要かつ合理的な規制を施す権限を有するのみならず,子どもの利益のため又は子どもの成長に対する社会公共の利益のためにそのような規制を施すことが要請される場合も有り得るのであるから,教育基本法10条1項及び2項は,国の教育統制権能を前提としつつ,教育行政の目標を教育目的の遂行に必要な諸条件の整備,確立におき,その整備,確立のための措置を講ずるに当たっては,教育の自主性尊重の見地から,これに対する「不当な支配」となることのないようにすべき旨の限定を付したところにその意味がある。  したがって,教育に対する行政権力の不当,不要の介入は排除されるべきであるとしても,許容される目的のために必要かつ合理的と認められる介入は,教育内容及び方法に関するものであっても,必ずしも同条の禁止するところではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和43年(あ)第1614号昭和51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁参照)。  b 学校教育法20条,38条及び73条は,国に対する上記の要請と権限に基づき,教育の機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のため,小学校,中学校,養護学校における教科に関する事項について,各学校の教育目的(同法17条,35条及び71条)及び教育目標(同法18条及び36条)に従って,文部大臣が定めることとしたものと解されるから,その権限に基づいて文部大臣が定めた学習指導要領は,許容される目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準として,各教師が行う教育活動に対しても,拘束力を有するといえる。  もっとも,学習指導要領には,必要かつ合理的と認められる大綱的基準から逸脱し,細目にわたり,若しくは詳細にすぎ,又は,必ずしも法的拘束力をもって地方公共団体を制約し,若しくは教師を強制するのに適切でなく,又,はたしてそのように制約し,ないしは強制する趣旨であるかどうか疑わしい定めが含まれており,このような個別の定めまでもが,各教師が行う教育活動に対して拘束力を有するものと解することはできない。  そこで,学習指導要領の各定めについて,それが必要かつ合理的な大綱的基準といえるものかについて検討する必要があるが,その判断においては,子どもの教育が教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ,子どもの個性に応じて弾力的に行わなければならず,そこに教師の自由な創意と工夫が要求されることを踏まえ,教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されているかといった点を考慮すべきである。  c そこで,学習指導要領中,国歌の指導について定めた部分について,その拘束力を検討するに,小学校学習指導要領第2章第2節社会科には,第4学年を対象として,「我が国や諸外国には国旗があることを理解させるとともに,それを尊重する態度を育てるよう配慮する必要がある。」との定めが,第6学年を対象として,「我が国の国旗と国歌の意義を理解させ,これを尊重する態度を育てるとともに,諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てるよう配慮すること。」との定めがおかれ,中学校学習指導要領第2章第2節社会科の公民的分野には,「『国家間の相互の主権尊重と協力』との関連で,国旗及び国歌の意義ならびにそれらを相互に尊重することが国際的な儀礼であることを理解させ,それらを尊重する態度を育てるよう配慮すること。」との定めがおかれているが,普通教育においても,日本人としての自覚を養い,国を愛する心を育てるとともに,児童,生徒が将来国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長していくためには,児童,生徒に国歌に対しての正しい認識を抱かせ,それを尊重する態度を育てることは重要なことであると解され,国歌を尊重する姿勢を育むことは,その性質上,全国的になされることが望ましいといえるのであって,これらの定めは,必要な基準ということができる。  そして,国歌を尊重する態度を育てることは,国歌の歌詞について特定の解釈を基にその内容に対して賛意を表明させることをも求めるものでないことはもとより,学習指導要領の上記の各定めは,その趣旨に照らせば,教師が国歌をめぐる歴史的背景や国歌の歌詞に関して様々な見解があること等を児童,生徒に教えることも,特定の見方に偏るものでない限り,これを禁止するものではないと解されるものであって,教師の裁量を否定するものといえないことは明らかであり,合理的な範囲の大綱的基準といえる。  また,小学校学習指導要領は,音楽科において,「国歌『君が代』は,各学年を通じ,児童の発達段階に即して指導すること。」と規定しているが(この規定は,平成10年に行われた改訂において,「いずれの学年においても指導すること。」と改正されている。),国歌の意義及びこれを尊重する態度を育てるためには,国歌である君が代の歌詞,楽曲について理解することが不可欠であるから,同条項の規定も,社会科における学習を補完するものとして必要な基準ということができ,社会科に関して述べたのと同様にその教授内容,方法に関して教師の裁量を否定するものともいえないから,合理的な範囲の大綱的基準といえる。  したがって,学習指導要領の上記の各定めは,必要かつ合理的な大綱的基準といえ,各教員に対し,教育課程の中で,同条項に定められた基準に従い,児童,生徒に対して国歌に関する指導をしなければならないという一般的,抽象的な義務を負わせるという意味での拘束力を有するものといえる。  d 一方,学習指導要領中の「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定める部分については,学校生活に有意義な変化や折り目を付けるための卒業式,入学式において,君が代斉唱を行うことが厳粛な雰囲気をつくり,集団への所属感を深めることに資することや,上記の社会科における国歌の指導に関する定めの趣旨をも受けて定められているものと理解される。  しかしながら,上記の定めは,国歌を尊重する態度を育てるという教育目的に対しての具体的な指導方法を定めたものであり,また,学校において行われる様々な行事の中で,特に卒業式,入学式という特定の行事において指導を行うべきことを定めたもので,国歌に関する指導や卒業式,入学式の方法という細目についての詳細を定めるものといえ,学習指導要領中に,ほかに教育目的に対して特定の機会をとらえて指導をすべきことを定めた規定が見当たらないことからしても,上記定めは法的拘束力をもって各地方公共団体の教育委員会を制約し,又は教師を強制するのに適切な規定とはいえず,教育内容及び方法について必要かつ合理的な大綱的基準を定めたものであると解することはできない。  したがって,学習指導要領中の卒業式,入学式おける国旗,国歌の指導に関する上記の定めは拘束力を有するものとは解されず,この定めから,各学校では卒業式,入学式において国歌斉唱を実施し,個々の教員がこれを指導しなければならないという一般的な義務を負うと解することはできない。上記の定めは,学校生活に有意義な折り目を付け,また,国歌を尊重する態度を育てるための一つの方法を提示し,特別活動としての学校行事における国歌斉唱の実施を推奨する一般的な指針にすぎないものと解すべきである。  e もっとも,前記cのとおり,各教員が,教育課程の中で,国歌に関する指導をしなければならないという一般的,抽象的義務を負っていること,学習指導要領中,卒業式,入学式において国歌を斉唱するよう指導するものとするとある部分は,国歌を尊重する態度を育てるという教育目的に沿うというほか,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるべき卒業式又は入学式において,学校生活に秩序と変化を与え,集団への所属感を深めるという目的にも沿うことにかんがみ,一般的指針として,その実施を推奨するものであることからすれば,卒業式,入学式において,君が代斉唱を実施することは,正当な教育目的に対して,一定の教育効果が期待できる教育活動ということができる。  したがって,学習指導要領の定めからただちに教員が卒業式,入学式において国歌を指導する義務を負うものではないとしても,校長が,その指針を尊重して,裁量の範囲内で,卒業式,入学式において君が代斉唱を含む式次第を決定することもできると解するのが相当である。 (イ)国家,教育の信条的中立性,宗教的中立性との関係について  君が代斉唱を卒業式,入学式において実施することは,前記のとおり,国歌を尊重する態度を育てることを目的とするものであり,また,小学校の社会科,音楽科及び中学校の社会科公民的分野の授業において,教師が国歌をめぐる歴史的背景や国歌の歌詞に関して様々な見解があること等を児童,生徒に教えることも禁止されていないと解されることからすれば,君が代斉唱を卒業式,入学式において実施することが,君が代についての一定の見解を前提として,特定内容の道徳やイデオロギーを教え込むものとはいえず,国家,教育の信条的中立性に反するということはできない。  また,君が代が国家神道と結びつくとの見解は,平成元年から平成11年ころにおいて,必ずしも多数の見解と言い難く,君が代斉唱は,一般に宗教的行為とは理解されていないから,憲法20条1項及び2項,教育基本法9条2項違反をいう個人原告らの主張は,その前提を欠く。 (ウ)児童,生徒の思想,良心の自由との関係について  君が代斉唱を実施することが,日本人として自覚や国を愛する心を涵養する意味を持ち,しかも,学校教育という場において一定の権威を有する教員がこれを指導する以上は,君が代斉唱を実施し,指導することが,児童,生徒の内心に対する働きかけを伴うものであることは否定できない。  しかしながら,教育基本法1条が,「教育は,人格の完成をめざし,平和的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛し,個人の価値をたっとび,勤労と責任を重んじ,自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」と規定するとおり,教育は,個人がその人格を形成,発展させるという目的のもと,その過程を助けるために行われるものであるから,個人の内心に対する働きかけを教育から一切排除することは,教育の本質と相容れない。ことに人格の形成途上にある子どもに対する教育は,子どもの自由な人格形成を歪めるものであってはならないことは当然であるが,人格の形成,発展を助けるという教育の本質からすれば,正当とされる教育目的に応じ,合理的な範囲の指導を行う限りにおいては,それが内心に対する働きかけを伴うものであっても,子どもの思想,良心を不当に侵害するものということはできない。  そして,卒業式,入学式における君が代斉唱は前記のとおり教育活動の一環といえるものであり,また,集団的に行われるものであって,国家と個人の関係のあり方について特定の考えを指導するものとはいえず,他の教育課程において国家と個人の関係のあり方についての様々な考え方などを児童,生徒に教えることも禁止されていないことからすれば,卒業式,入学式において君が代の斉唱を実施し,これを指導することが,国を愛する心や日本人としての自覚,国歌を尊重する態度を育てるという目的に対する指導としての合理的範囲を逸脱するものとはいえない。  したがって,卒業式,入学式において国歌斉唱を実施し,指導することが,児童,生徒の思想,良心の自由を不当に侵害するものということはできない。  なお,個人原告らは,君が代斉唱の実施が,沈黙の自由を侵害するとも主張するが,君が代の斉唱時に起立しない理由は様々であり,その中には,思想,良心に基づいて君が代を歌えないという以外の理由を有するものも当然に存在し得るのであって,君が代斉唱時に起立しないことによって,起立しないものの思想が推知されるとはいえないから,思想,良心を推知されないという意味での沈黙の自由の観点からしても,児童,生徒の思想,良心の自由を侵害するものとはいえない。 (エ)小括  以上から,卒業式,入学式における君が代斉唱の実施は,適法であり,かつ,正当な教育目的に対して,一定の教育効果が期待できる教育活動ということができる。 イ 本件職務命令と個人原告らの人権との関係について (ア)憲法19条,国際人権規約B規約18条1項及び2項並びに19条1項違反の主張について  a 前記認定事実のとおり,個人原告らは,概略,天皇制が部落差別等の差別の原因となっている,第二次世界大戦時における日本のアジア侵出に天皇制が果たした役割が大きい,学校において国家が特定のイデオロギーを教育することは許されないとの考えを有しており,このような考えやその基となる部落差別等の差別撤廃を求める意思,戦争に対する嫌悪,国家の教育に対する関与のあり方についての意見は,教員としての個人原告らの職業意識と相俟って,個人原告らの人間観,世界観に関わるものと解されるから,憲法19条にいう思想,良心といえる。  そして,憲法19条は,内心における思想,良心の自由を完全に保障しており,公務員であってもこの保障が及ぶことは当然であるから,個人原告らが内心において上記の思想,良心を抱くことは自由であり,その自由は憲法19条により保障される。  しかしながら,本件職務命令は,その内容から一定の外部的行為を命じるものにすぎないことは明らかであり,それ自体が個人原告らの内心における精神的活動を否定したり,個人原告らの思想,良心に反する精神的活動を強制するものではない。また,人の内心における精神的活動は外部的行為と密接な関係を有するものといえるが,君が代の歌詞については様々な解釈があることからすれば,君が代を歌えないという考えは,個人原告らの人間観,世界観と直接に結び付くものではなく,君が代を歌うこと自体は必ずしも個人原告らの思想,良心に反する外部的行為であるということはできない。  したがって,君が代を歌うことに対する個人原告らの嫌悪感,不快感に一定の配慮をすることが必要であるとはいえるとしても,本件職務命令がただちに憲法19条に違反するということはできない。  この点,本件職務命令の中には,「心を込めて」斉唱すること,「厳粛に」斉唱することをも命じているものがあるが,各校長において,歌っていたか否か,発声状況,起立態度について調査,確認したという事実は認められないことからすれば,「心を込めて」や「厳粛に」という言葉は,歌うという外部的行為において,児童,生徒の範として,また,卒業式,入学式にふさわしい雰囲気を形成するものとして相当な歌唱態度を命じるにすぎないものであったといえ,君が代の歌詞に敬意を表すことを命じるものではなく,まして天皇制に賛同することを要求しているものとは到底解されないから,個人原告らの思想,良心に反する精神的活動を強制するものとはいえず,その他の職務命令と異なるところはない。  b 個人原告らは,君が代を歌えないという考え自体が思想,良心にあたり,君が代を起立して斉唱することはかかる思想,良心に反する行為であると主張する。  しかしながら,君が代を歌うということ自体は外部的行為にすぎず,君が代を歌えないという考えは,君が代は,天皇を賛美する歌であるという,君が代についての様々な解釈の一つを前提とするものであり,個人原告らの人間観,世界観と必ずしも直接に結びつくものではない。君が代に対する考え方そのものは,むしろ君が代の歌詞の解釈,見解の相違にとどまるものといえ,上記の根底にある思想が憲法19条により保障されることから,ただちに君が代を歌えないという考え自体が憲法19条にいう思想,良心にあたるということはできない。上記の根底にある思想,良心の面で配慮すべき点はあるといえるとしても,君が代を歌えないとの考えがただちに憲法19条にいう思想,良心として保障されるということはできないから,君が代を起立して斉唱することが,原告らの思想,良心に反する行為であるとまではいえない。  c したがって,本件職務命令が,憲法19条に違反するものとはいえない。  また,国際人権規約B規約18条1項及び2項並びに19条1項が保障する思想,良心の自由についての権利,干渉されることなく意見を持つ権利は,我が国においては,憲法19条が,これらの権利を「思想及び良心の自由」に包含して具体化している規定と解されることからすれば,本件職務命令が,国際人権規約B規約18条1項及び2項並びに19条1項に違反するということもできない。 (イ)憲法20条1項及び2項違反の主張について  前記認定事実のとおり,個人原告らの中には,君が代を歌えないという考えを持つに至る背景に,信仰上の理由を持つ者がいると認められるが,これらの者が君が代を歌えないという考えを持つのは,君が代が天皇という特定の存在を賛美する歌である,天皇を神格化する国家神道と結びつくとの見解を前提とするものであり,このような見解が必ずしも多数の見解と言い難いことにもかんがみれば,君が代を歌えないという考えが,その信仰と結びつくものとまではいえない。  したがって,君が代を歌えないという考え自体には,憲法20条1項の保障が及ぶものではなく,本件職務命令が特定の宗教に結びつく行為を強制するものともいえないから,本件職務命令が憲法20条1項及び2項に違反するという個人原告らの主張は採用できない。 ウ 校長の裁量権逸脱の有無について (ア)本件職務命令の校務,教育活動上の必要性及び合理性について  学校が主催する式において,教職員が定められた式次第に従わないという状況が,式に参列する来賓や保護者に対して不信感を抱かせ,式の円滑な進行に対する妨げとなるおそれは否定できないことからすれば,校長が,卒業式,入学式に出席する教職員に対し,式次第に従って,起立すべきことを命じる必要性があると認められる上,卒業式,入学式における君が代の斉唱が学習指導要領に定められた教育目的に一定の効果があると認められること,式場に出席する教員が共に斉唱しないという状況は,上記教育効果を減殺するものと考えられることからすれば,各校長が,教員である個人原告らに対し,本件職務命令を発することについての必要性は肯定できる。  また,君が代斉唱が,国歌を尊重する態度を育てるという教育目的のために行われるものであることからすれば,児童,生徒に対して範を示すという観点に照らし,教員である個人原告らに対し,君が代を起立して歌うよう命じること,心を込めて,あるいは,厳粛な歌唱態度で歌うよう命じることも合理性があるものといえる。  この点,個人原告らは,児童,生徒から見て目立たない位置にいたことをもって,本件職務命令の必要性を否定するが,一部の者が起立しないことが卒業式,入学式における君が代斉唱の教育効果を減殺する可能性が考えられる上,教員が君が代斉唱という行為を共にすること自体が教育活動の一環といえるから,児童に見えるかという点については,上記必要性を否定する事情とはいえない。 (イ)君が代に対して嫌悪感,不快感を有する者の存在について  a 個人原告ら教職員のみならず,児童,生徒やその保護者の中にも,君が代を歌うことや卒業式,入学式において君が代斉唱を実施すること自体について嫌悪感,不快感を有する者がいること,君が代を国歌とすることについて,現在でもなお反対の意見があることからすれば,校長が,その裁量において,君が代斉唱を実施するか,する場合にどのような方法で実施するか,教職員に対し職務命令をもって起立して斉唱することを求めるか等を決定するにあたっては,これらの児童,生徒やその保護者,教職員の存在に一定の配慮をすべきことは当然である。  b しかしながら,本件職務命令それ自体は単に外部的行為を要求するにすぎないものであり,前記のとおり,国歌を尊重する態度を育てるという目的のために行われるものであって,個人原告らが主張するような君が代に関する特定の解釈を前提として,それに対する敬意を求めるものではない。卒業式,入学式に参列する一般の国民の間でも君が代を斉唱することについて必ずしも否定的な見解が多数であったとはいえず,むしろ,多数の人は,君が代を国歌として敬うことに肯定的であったといえ,また,個人原告らが君が代に対して有する嫌悪感,不快感は,それが究極的には個人原告らの思想,良心や信仰につながるものとして尊重すべきものであるとしても,個人原告らの嫌悪感,不快感は,そもそも様々な意見がある君が代についての一つの見解を採ることによるものである面が大きく,各個人原告それぞれの生い立ちや体験から直接に生じるものとまでは考えられない。さらに,君が代を尊重すべきであるとの立場から,卒業式,入学式において君が代斉唱を実施することを当然と考える者もおり,個人原告らの立場を尊重した場合においては,君が代斉唱において起立をしない教職員がいることに嫌悪感,不快感を覚える者もいると考えられることからすれば,個人原告らが君が代に対して嫌悪感,不快感を有することを考慮しても,本件職務命令が,ただちに,校長の裁量を逸脱するものとはいえない。  c また,個人原告らは,本件職務命令は,教員が全員起立して斉唱することによって,児童,生徒も起立せざるを得ない状況を作り出すものであり,君が代を歌うことができないという児童,生徒の思想,良心の自由を侵害するものであるとも主張する。  しかし,教員が君が代を起立して斉唱することと児童,生徒が君が代を起立して斉唱することとが必ずしも結びつくものでもなく,また,個人原告らが起立して斉唱することによって,児童,生徒が君が代を起立して斉唱すべきものと考えるに至るとしても,前記のとおり,それは正当な教育目的に対し,相当な範囲の指導が行われた結果というべきものであるから,本件職務命令が児童,生徒の思想,良心に対する不当な侵害にあたるということはできない。仮に,個人原告らと同様に君が代を歌えないという考えを有する児童,生徒が,個人原告らが君が代斉唱の際に起立した場合に,嫌悪感,不快感を感じることがあったとしても,単に,自己の考えに反する行為を他者が行うことによって不快感,嫌悪感が生ずることをもって,思想,良心の自由を侵害するということもできない。  したがって,単に君が代を起立して斉唱することができないという児童,生徒がいることをもって,本件職務命令が,校長の裁量権の範囲を逸脱するということもできない。 (ウ)「不当な支配」(教育基本法10条1項)の存在について  a 教育基本法10条1項は,教育が国民から信託されたものであることから,国民全体に対して直接責任を負うように行われるべく,不当な支配によって歪められることがあってはならないとして,専ら教育本来の目的に従って行われるべきことを規定したものであるから,教育が国民の信託に応えて,教育本来の目的に従って行われるという意味での教育の自主性を害するものであれば,教育行政機関の法令に基づく行為であっても,「不当な支配」に該当しうる。  したがって,文部省が,地方教育行政の組織及び運営に関する法律48条1項に基づいて被告教育委員会に対して指導,助言を行う場合であっても,被告教育委員会が,同法23条5号に基づいて校長に対して指導,助言を行う場合であっても,その態様,内容によっては,「不当な支配」に当たりうる。  b この点,学習指導要領が各学校の教育課程の中で,どのように実現されるかは,直接に児童,生徒の教育に関わるものであり,しかも,ある指導目的を達成するための指導方法には,様々なものが考えられ,教師の専門的判断によるところが大きいことからすれば,教育活動に関して文部省及び教育委員会が定める基準が各学校や指導にあたる教師の裁量の余地が全くないものであってはならないことは当然である。  そして,卒業式,入学式における国歌斉唱の実施やその方法について北九州市内に限って見た場合においても,学校毎に,従来から受け継がれてきた卒業式,入学式の方法があり,君が代斉唱を実施することについての教職員,児童,生徒及び保護者らの意見の状況についても相違があること,卒業式,入学式は,国旗及び国歌を尊重する態度を育てるという教育目的のみならず,新しい生活への動機付けを行うという儀式的行事の本来の目的も存在し,複数の教育目的に関して適当な方法を選択するについては,児童,生徒の状況等を踏まえた専門的な判断を要すると考えられることからすれば,国歌斉唱を実施することやどのような方法でこれを実施するかは,各学校の卒業式,入学式の方法,児童,生徒及び保護者や地域住民の状況を把握しうる校長がその裁量において判断すべき事項といえるから,国歌斉唱の実施及びその方法について,校長が文部省又は教育委員会の指導,助言に従わざるを得ず,その裁量を行使できない場合には,そのような教育委員会の指導,助言は,教育基本法10条1項にいう「不当な支配」にあたる。  c そこで,文部省通知等について検討するに,文部省通知等は,各教育委員会に宛てられたものであり,個々の校長に向けられたものではない。また,各教育委員会にとっても拘束力を有するものではなく,被告教育委員会も,それが拘束力を有するものではないことは十分理解していたと考えられ,その内容についても,学習指導要領に,卒業式,入学式において国歌を指導するという一般的指針があることを前提として,その指針を尊重するように求めるものであって,実施の方法や指導の成果について言及するものではないから,学習指導要領を逸脱するものでもない。  したがって,文部省が有する指導,助言の権限の行使として,形式においても内容においても不当なものとはいえず,これが,校長の裁量権の行使に対して,何らかの影響を与えるものということはできない。  d また,被告教育委員会の通知,4点指導を含む指導についても,卒業式,入学式において君が代斉唱を実施するよう求める限りにおいては,文部省通知等と同様に,不当なものということはできない。  さらに,教育委員会の制度が,それぞれの地方の住民に直結した形で,各地方の実情に適応した教育を行うことが,教育の目的及び本質に適合するとの観念に基づき設けられたものであることからすれば,教育委員会は,教育課程についても,各地方の状況を踏まえながら,学習指導要領の基準の範囲内で,これが円滑に実施されるよう基本方針を定める権限を有するというべきであり,被告教育委員会が,4点指導において,君が代斉唱をピアノ伴奏で行うこと,児童,生徒及び教師の全員が起立して歌うことを求めることついても,北九州市内の学校の卒業式,入学式における国旗,国歌の指導の方法を一例として提示するにとどまる限りにおいては,「不当な支配」ということはできない。  しかしながら,被告教育委員会が,平成元年から平成11年ころにかけて,北九州市立学校の校長に対し,国旗を掲揚した位置,国歌斉唱の方法(ピアノ伴奏かどうか),国歌斉唱の際に起立しなかった児童,生徒及び教職員の人数等について報告するように求め,教職員に対して職務命令を発することや不起立行為があった場合の現認体制についても指導していることからすれば,被告教育委員会は,各校長が,4点指導に従って君が代斉唱を実施しているか否か,教職員,児童,生徒が起立しているかを監督していたというべきであり,被告教育委員会が校長の任免についての権限を有していることをも考慮した場合には,各校長は,卒業式,入学式において,被告教育委員会の4点指導に従って国歌の指導を行った上,教職員,児童,生徒の全員を国歌斉唱の際に起立させなければならないという事実上の拘束を受けていたといえる。  このような事実上の拘束の下においては,各学校の校長が,当該学校の状況やその状況の下で期待できる教育効果についての検討を行うことなく,被告教育委員会の指導に従ってのみ教育活動を行うおそれがあるから,被告教育委員会の指導は,校長がその裁量に基づいて行うべき自主的な判断を歪めるおそれがあるものといえ,各校長は教育基本法10条1項にいう「不当な支配」を受けたといえる。  e もっとも,校長は,その裁量に基づいて,君が代斉唱を実施するか,実施する場合にどのような方法で実施するかを決定し,職務命令を発する権限を持つものであるから,被告教育委員会の「不当な支配」の存在のみをもってただちに各校長の発した本件職務命令が違法,無効となるものではない。すなわち,各校長が発した本件職務命令が,結果として被告教育委員会の指導に合致するものであったとしても,各校長が,教育本来の目的に沿うように,各学校の状況等を考慮した結果として,そのような職務命令を発した場合には,その職務命令は,最終的には,校長がその裁量に基づいて決定したものであり,「不当な支配」に服して発されたものとはいえず,無効であるとはいえない。  本件職務命令についても,各校長の中には,被告教育委員会の指導に従わなくてはならないと誤信していた者がいたことも認められるものの,他方において,被告教育委員会の4点指導は口頭説明によるものであり,各校長もその指導が法的拘束力を持つものであるとまでは認識していなかったと考えられること(甲83,180,181,246),各校長が発した職務命令の内容も被告教育委員会による4点指導の内容とは必ずしも一致せず,各校長によって様々であることからすれば,本件職務命令が単に被告教育委員会の指導に従って裁量の余地なく機械的に出されたものとまでいうことはできず,各校長が本件職務命令を発した動機に被告教育委員会の指導があることを考慮してもなお,本件職務命令は,最終的には各校長の判断として出されたものといえる。  f したがって,被告教育委員会の指導の存在をもって,本件職務命令が当然に,違法,無効であるとまで認めることはできない。 (エ)小括  上記のとおり,個人原告らのみならず,児童,生徒や保護者の中にも君が代を歌うことや卒業式,入学式において君が代斉唱が実施されることに対して嫌悪感,不快感を覚える者がいたこと,各校長が本件職務命令を発した動機の一つに被告教育委員会による「不当な支配」(教育基本法10条1項)の存在があったことが認められるが,他方において,卒業式,入学式において君が代斉唱を実施することは,教育活動の一環ということができ,本件職務命令の必要性,合理性も肯定できること,各学校の状況を把握しているはずの各校長が,その状況を考慮した上で,自己の判断によって発したものといえることからすれば,本件職務命令は,いまだ校長の裁量権を逸脱して発されたものとまでは認めるには足りず,無効であったと解することはできない。 (6)ア 以上より,本件職務命令が効力を有することを前提に判断することになるので,国歌斉唱時に起立しなかった,あるいは着席した個人原告らについては,職務命令に違反したものとして,地方公務員法32条に違反し,同法29条1項1号に該当すると認められる。  また,原告Kは,番号37の式に際しては,君が代斉唱が始まったころに式場から退出しているが,本件記録から窺われるところからすれば,同原告が席を外した理由については君が代の斉唱を回避するという以外には考えられず,同原告の退出行為は職務命令の違反行為をことさらに命令を潜脱する形でしたものと評するほかはなく,職務命令に違反したものとして,地方公務員法32条に違反し,同条29条1項1号に該当するというべきである。  なお,個人原告らは,憲法尊重擁護義務(憲法99条),児童,生徒の思想,良心の自由を擁護するための教師としての義務として本件職務命令を拒否する義務があるとも主張しているが,上記のとおり,本件職務命令は,教育活動のために発せられた有効なものであるから,これらの義務を認めることができないことは明らかであり,個人原告らの主張は,上記認定を左右するものではない。 イ さらに,被告教育委員会は,個人原告らの本件不起立行為が,同条項3号に該当するとも主張するが,本件不起立行為は,国歌斉唱の際に,単に着席していた又は式場から退出したというものであって,それによって式の進行が妨害されたという事実は認められないこと,君が代をめぐっては,国民の間でも意見の対立があり,特に卒業式,入学式における君が代斉唱を教員に対して義務づけることについては,批判的な見解を有する者も少なくないことからすれば,本件職務命令に違反したことが,一般人にとって,「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行」と考えられる行為であるとはいえないから,同条1項3号に該当するとまではいえない。 2 争点(2)について  被告教育委員会は,処分説明書には,処分の理由として地方公務員法29条1項又は同条項1号及び3号と記載されているから,本件処分の理由に信用失墜行為が含まれることは明らかであると主張する。  しかし,本件訴訟において書証として提出されている処分説明書(甲182,185,204の1,204の2)に処分の理由として具体的に記載されているのは,いずれも職務命令違反行為のみであり(甲182,185),処分説明書の記載からは,本件処分の理由に信用失墜行為が含まれることが明らかとはいえない。また,被告教育委員会は,第1事件及び第2事件いずれの答弁書においても,職務命令違反のみを主張し,信用失墜行為の事実及び処分の理由に信用失墜行為が含まれることについて,何ら主張していなかったものである。  そして,被告教育委員会は,当裁判所の文書提出命令に反し,本件処分が決定される経緯を記した被告教育委員会議事録等を提出しないのであって,そのことについて何ら合理的な理由も見当たらないのであるから,当裁判所は,本件処分の理由には,いずれも信用失墜行為は含まれていないものとみなす。  したがって,本件不起立行為が信用失墜行為に該当するか否かについて判断するまでもなく,被告教育委員会の主張は採用できない。 3 争点(3)について  (1)地方公務員につき地方公務員法所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選択するかは,懲戒権者の裁量に任されているというべきである。すなわち,懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,結果,影響等,諸般の事情を総合的に考慮して,懲戒処分をする場合に,いかなる処分を選択すべきかを,その裁量的判断によって決定することができるものと解される。  したがって,裁判所が懲戒処分の適否を審査するにあたっては,懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか,又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し,その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱してこれを濫用したと認められる場合に限り,違法であると判断すべきである。 (2)ア この点,教員である個人原告らの所為や考え方が児童,生徒(特に年少の児童ら)に与える影響は大きく,個人原告らが国歌斉唱の際に起立しないというのみであっても,児童,生徒らに君が代に対する疑念,不信感,警戒感等の否定的な感情や見方を引き起こすおそれがあることは否定できない。また,個人原告らが校長が決定した式次第に従わないことによって,児童,生徒のみならず,参列する保護者,地域住民に対して,学校の運営についての不安を抱かせ,学校教育に対する信頼感を損なうことも考えられる。  確かに,処分の対象となった不起立行為の中には,学校のように,卒業生担任以外の教員は,児童,生徒及び保護者の後方に着席しており,およそ,児童,生徒や保護者,来賓等の参列者から見えない位置において着席していた場合など個人原告らの不起立行為が児童,生徒や参列者から認識されたとは考え難いものも存在するが,児童,生徒に範を示すのみならず,児童,生徒とともに起立して斉唱すること自体が教育活動というべきものであるし,不起立行為が結果的に参列者の目に入らなかったとしても,その場の状況によっては式の円滑な進行に妨げとなり,参列者に対して不信感を抱かせるおそれがあることは否定できないから,これらの事情をもって,個人原告らの不起立行為が処分に相当するものではないということはできない。 イ そして,戒告処分が地方公務員法上の処分として最も軽い処分であること,教育活動についての職務命令に違反したことを理由とする処分であること,個人原告らは戒告処分を受ける以前から,同様の職務命令に違反し,被告教育委員会から厳重注意,文書訓告の指導を受けていることからすれば,個人原告らに対して戒告処分をすることが,裁量権の範囲を逸脱してこれを濫用するものということはできない。  しかしながら,減給処分については,個人原告らの行為によって,実際に式の進行に混乱が生じたといった事情や,個人原告らが日常の教育活動において君が代に対する一定の観念,見解を教授していた事実があったとも認められないこと,個人原告らの不起立行為は直接的ではないとはいえ一定の思想,良心を背景に持つものであること,個人原告らは卒業式,入学式における君が代斉唱時の不起立行為を理由とするものを除いては処分を受けたことはないこと,君が代斉唱時における不起立行為以外には個人原告らに校長の職務命令に違反する等の態度を繰り返すなどの教員としての適格性を疑わせるような事情が存在することはいずれも認められないこと,君が代をめぐって意見の対立があることは周知の事実であり,学校によっては,卒業式,入学式において君が代斉唱を実施することについて,個人原告らのみならず,保護者からも反対の意見が出されたり,児童,生徒やその保護者の中にも君が代を歌うことを嫌悪する者が相当数いたという事情があったにもかかわらず,君が代斉唱の実施についてこのような事情を踏まえての十分な説明があったとは言い難いこと等を考慮した場合には,個人原告らが減給処分を受ける以前に同様の理由で戒告処分を受けていることを考慮しても,式の進行を阻害したり,積極的な扇動行為と評価される場合は格別として,君が代斉唱の際に単に起立しなかったにとどまる行為に対して,給与の減額という直接に生活に影響を及ぼす処分をすることは,社会観念上著しく妥当性を欠くものと言わざるを得ない。  したがって,本件処分のうち,戒告処分については,被告教育委員会の裁量の範囲を超えるものではないと認められるが,減給処分については,いずれもその裁量の範囲を超え,これを濫用したというべきである。 ウ 個人原告らは,本件処分は,思想,良心を理由とした差別的取扱いに基づく処分である,又は不当労働行為であると主張し,式場の外において受付係をしていた原告Iや放送係として体育館の2階にいることが予定されていた同Kに対し,他の教職員と同様に式に参列するようわざわざ指示したこと,被告教育委員会や各校長が,従前にも同様の不起立行為を行った経験があり,君が代斉唱に反対している個人原告らに対して,特に,君が代斉唱時に起立するよう指導を行ったこと,君が代を歌うこと,心を込めて歌うことも職務命令の内容となっているにもかかわらず,起立して歌わない者を処分の対象としていないこと等の事情を指摘する。  しかしながら,本件処分は,個人原告らが君が代斉唱時に起立しなかったという外形的な行為のみを理由とするものであって,個人原告らが内心において有している思想,良心を理由とするものでないことは明らかであるし,各校長が原告Iや同Kに対して上記のとおりの指示をしたとしても,式自体の開始前になされたものであり,受付係や放送係といった職務がある者についても,できるだけ他の教員と同様に式に参列するようにしたいという判断から,式の開始時に式場に入るように指導したり,他の教員に近い場所において放送を行えるようにするという判断であったと考えることもできるのであり,これが,個人原告らに対して,君が代を歌うことを強制するためになされたと認めるに足りる証拠はない。また,各校長や被告教育委員会が行った指導は,個人原告らの内心の思想,良心に介入するものではなく,式次第として国歌斉唱が行われることを前提として,その式次第に従って起立斉唱するよう指導するものにすぎないから,上記の指導をもって,本件処分が,個人原告らの思想,良心を理由とするものであると認めることはできない。さらに,起立して歌わない者を処分の対象としていないことについても,歌っているかどうかは,外部からは認識することが困難であり,相当な歌唱態度かどうかも,通常は判断が困難である。また,児童,生徒に対する影響も,不起立行為に比べ,小さいものといえることからしても,歌わなかったことや具体的な歌い方を処分の対象とせず,不起立行為のみを処分の対象とすることも合理的理由がないとはいえないから,本件処分が公平性を欠くということもできない。  本件処分が不当労働行為にあたるという主張についても,個人原告らが本件職務命令に違反したことは事実であること,個人原告らと同様,同程度に職務命令違反を行っている者がいる中で,特に労働組合に加入している者のみに対して処分が行われているといった事実も認められないことからすれば,本件処分が個人原告らが労働組合に加入していることを理由としてなされたものと認めることはできない。  したがって,本件処分が個人原告らが有する思想や個人原告らが労働組合員であることを理由とする不利益取扱いであるとはいえず,個人原告らの主張はいずれも,採用できない。 エ 以上から,本件処分のうち,戒告処分については,いずれも裁量の範囲内のものということができるが,減給処分については,いずれも懲戒権者の裁量の範囲を超えるから,その余について判断するまでもなく,取り消されるべきものといえる。 4 争点(4)について (1)前記認定事実によれば,本件処分は,本件職務命令に違反した状況を現認した校長,教頭等の報告に基づき,個人原告らに弁明の機会を与えた上で決定されたものといえるから,本件処分の手続に,処分を取り消さなければならない瑕疵があったとは認められない。 (2)ア 個人原告らは,被告教育委員会の職員が行った事情聴取は,各校長が提出した状況報告書を開示することもなく,第三者の立会も認められないまま,口頭で,君が代斉唱時に着席したか否かを尋ねるのみであって,事情聴取の聴取書も開示されないから,被告教育委員会による事情聴取であったとはいえず,その方法についても公平な事情聴取とはいえないと主張する。  しかしながら,被告教育委員会の職員が,個人原告らに対して,本件不起立行為について事情聴取を行ったことは個人原告らも認めるところであり,被告教育委員会の職員が,職務としてではなく,個人原告らに対して,このような事情聴取を行うことはおよそ考えられないことからすれば,個人原告らに対する事情聴取が被告教育委員会によるものではなかったということはできない。  また,不利益処分を受ける者に対し告知,聴聞の機会を与える趣旨は,事実を確認し,適正な処分が行われることを担保するためであり,告知,聴聞の機会を事前に与えるか否か,どのような方法で告知,聴聞を行うかについては,処分により受ける不利益の内容,程度,処分の緊急性等を総合考慮して決定されるべきものである。  被告教育委員会は,本件職務命令を発令した状況及び原告らの違反行為の状況について,各校長が提出した本件状況報告書により把握した上で,各個人原告に対し,本件状況報告書により把握した事実について,事情を聴取し,事実を確認したものであるが,個人原告らはいずれも,本件状況報告書に記載されたとおり,各校長から職務命令と評価される発言を受けたこと,卒業式又は入学式における君が代斉唱時に起立しなかったあるいは退出していたことを認めていることからすれば,個人原告らが,本件職務命令を受けたこと及びそれに違反したことを理由とする本件処分等をするにあたって,認定すべき事実は,原告らに対して行われた事情聴取によっても,適正に認定することができたといえる。また,状況報告書,事情聴取書を開示しなかったことについても,本件処分は,君が代斉唱時に起立しなかったことが,職務命令に違反することを理由とするものであるところ,各校長から職務命令と評価される発言がなされたことも,個人原告らがその発言に従わなかったことも,争いがないことからすれば,状況報告書が開示されなかったことにより,個人原告らが弁明やその後の不服申立の準備をするにあたって支障が生じたとは考えられないから,被告教育委員会が原告らに対して行った事情聴取が,本件処分等において必要とされる告知,聴聞の機会として,不公正,不十分であるということはできない。 イ この点,原告らは,平成8年6月28日に制定された北九州市教育委員会告知及び弁明の機会の付与に関する規則に基づく手続が取られていないとも主張しており,確かに,同規則が準用する北九州市聴聞及び弁明の機会の付与に関する規則2条は,聴聞通知書を聴聞の機会の1週間前までに,予定される不利益処分の内容,その根拠となる法令又は条例,その原因となる事実,聴聞の日時,場所等を記載した通知書を送付することとしているにもかかわらず,同規則の施行後被告教育委員会において,かかる手続が取られたことを認めるに足りる証拠はない。  しかしながら,地方公務員法には,懲戒権者が懲戒処分をするにあたって被処分者から事前に事情聴取を行うべきことを定めた規定は存在しない。同規則2条の趣旨は,被処分者に聴聞に向けての準備の機会を保障すること,聴聞に出席する機会を確保することにあると解されるところ,個人原告らは,事情聴取を受けるにあたり,いずれも,本件職務命令に違反したことを理由とする処分の前提として,本件職務命令の存在及びこれに対する違反行為について聴取されることは十分に認識していたと考えられ,実際に事情聴取を受ける機会を与えられているのであるから,仮に,同条項に基づく通知がなされていなかったとしても,それを理由として処分を取り消さなければならないほどの手続違反にあたるということはできない。 (3)さらに,個人原告らは,被告教育委員会が,当裁判所の文書提出命令にもかかわらず,本件処分が決定される経緯を記した被告教育委員会議事録等を提出しないことをもって,十分な審議がなされたとは認められないというべきである旨主張するが,被告教育委員会における審議は,本件処分等を決定する過程にすぎず,どのような審議を行うかは被告教育委員会の裁量によるものである。したがって,被告教育委員会の審議の内容は,本件処分等において必要とされる手続とはなんら関係しないから,被告教育委員会が本件処分が決定される経緯を記した議事録等を提出しないことをもって,適正な手続を欠くものと認めることはできない。  なお,個人原告らは,北九州市教育委員会会議則5条,19条及び22条を,告知,弁明の機会の手続を定めた規定であるとも主張するが,これらの規定は,充実した審議を行うために定められた規定であり,被処分者に対する手続を保障したものではないから,これらの条項に違反したことを理由とする原告らの主張は,失当であり,採用できない。 (4)以上から,本件処分の手続に,その処分を取り消さなければならない違法があったとは認められない。 5 争点(5)について (1)ア 前記1のとおり,別紙3「対象式典一覧表1」の「原告」欄記載の各個人に対して,同「職務命令の対象となった式」欄記載の各式における君が代斉唱に関して,各校長から出された本件職務命令や本件処分のうち戒告処分についてはいずれも適法である。また,別紙3「対象式典一覧表2」の「原告」欄記載の各個人原告のうち,原告Hを除く教員である各個人原告に対して,同「職務命令の対象となった式」欄記載の各式典(番号52及び53の式典を除く)に関して,各校長から出された本件職務命令も,同様に適法と認めらる。さらに,文書訓告,厳重注意の指導についても,適法な本件職務命令に違反したことを理由とするものであって適法なものである上に,地方公務員法上の懲戒処分ではなく,不利益的な取扱いを伴うものではなく,本件職務命令に違反したことを理由とする戒告処分についても,適法と解されることからすれば,正当な指導権限の行使であるといえる。 イ また,原告Hは,学校用務員であって,その職務は,学校の環境の整備その他の用務に従事することであるから(学校教育法施行規則49条),教育活動の実施としてなされる入学式等の学校行事は,その本来の職務に関連するものとはいえず,原告Hは,そもそも入学式に参加する義務は負わないものと解される。  しかし,学校職員として学校行事である式に参加する以上は,その式次第に従い,運営に協力することは,広く学校職員としての職務に関連するものといえる。そして,教員ではない職員を含め,学校が主催する式において,学校職員が定められた式次第に従わないという状況が,式に参列する来賓や保護者に対して不信感を抱かせ,式の円滑な進行に対する妨げとなるおそれは否定できないことからすれば,教員ではない職員についても,国歌斉唱時に起立することを求める必要性が認められるし,式に参加する義務を負わない学校職員が自発的に式に参加する場合には,式の円滑な進行に対して協力すべく一定の制約を受けることを受忍しているものと解される。原告Hは,番号52の式に関しては,式に参加するようにとの職務命令を受けておらず,前記第3の4(1)イの職務命令は,任意に式に参加する場合を前提とするものであったと解することができ,また,番号53の式に関しても,職員会議において,他の教職員とともに,前記第3の4(1)アのとおり,職務命令を受けたと認められるものの,同(3)のとおり,当時の校長と原告Hとの間で,同原告が入学式に出席する義務を負わないことが確認されているものといえるから,原告Hは,出席する義務を負わないにもかかわらず自発的に式に参加したものといえる。  したがって,同原告に対して,別紙3「対象式典一覧表2」の番号52及び53の式に関して出された本件職務命令が,合理性及び必要性を欠き,各校長の裁量権を逸脱するものとはいえず,これら職務命令も有効であるから,これに違反したことを理由とする文書訓告,厳重注意も被告教育委員会の裁量権を逸脱したものとはいえない。 ウ 以上より,原告Hに対する職務命令及び指導も含め,本件職務命令及びこれに違反したことを理由とする戒告処分,文書訓告,厳重注意はいずれも不法行為とはいえない。 (2)また,本件処分のうちの減給処分についても,違法な処分を受けたことによる信用の低下や精神的苦痛は,特段の事情のない限り,その処分が取り消されることによって,回復されると考えられるところ,減給処分を受けた個人原告らに,当該処分が取り消されてもなお回復されない損害が発生したと認めるに足りる証拠はないから,減給処分を受けた個人原告らについても,損害賠償請求は認められない。 (3)よって,その余の点について判断するまでもなく,個人原告らの被告北九州市及び被告校長らに対する損害賠償請求は,いずれも理由がない。 6 争点(6)について (1)前記認定事実によれば,R会は,日の丸掲揚や君が代斉唱の強制に反対する者によって結成された市民運動団体であると認められるが,原告Qの主張によっても,その団体としての権利主体性までは認められないから,仮に,R会の請願が違法に拒否されたとしても,その構成員ではなく,R会自身に損害が発生することを認めることはできない。また,原告Qは,R会の会員が中心となって設立され,原告Qの設立とともにR会は解散したものと認められるが,R会の会員の中にも原告Qの組合員とはなっていないものが含まれること,R会と原告Qの間で,R会又はその構成員の権利義務の承継についてなんらかの合意がなされたとも認められないことからすれば,R会又はその構成員の損害賠償請求権が,原告Qに帰属するとも認められないから,R会に対する不法行為を理由とする損害賠償請求は,不法行為の成否について検討するまでもなく,失当であり,理由がない。 (2)原告Qは,平成7年7月20日,平成8年7月20日の各日,原告Qが被告教育委員会に対して行った請願が不当に拒否されたと主張するが,前記認定事実によれば,被告教育委員会の職員は,原告Qが提出した請願書を受領しており,原告Qの請願を受け付けたと認められるから,被告教育委員会が,原告Qの請願を拒否したとはいえない。そもそも,請願権は,請願を受ける機関に対して,これに対する応答義務までを課すものではなく,また,請願をしようとする者に対し,請願を受ける機関と話し合いを行う権利を保障したものでもないから,請願書を受け付けるにあたって,被告教育委員会の職員が,原告Qとの間で話し合いを行うことを拒否したとしても,これが,原告Qの請願権を侵害するものということはできない。 (3)また,原告Qは,被告教育委員会が原告Qとの団体交渉を不当に拒否したとも主張するが,前記認定事実によれば,被告教育委員会は,原告Qとの間で,本交渉を行うことを前提として,数回にわたり交渉の時期,交渉の員数,交渉対象について,予備交渉を行っていること,日の丸,君が代の取扱いに関連する事項を交渉事項とするか否かについて合意ができなかったことから本交渉に至らなかったことが認められる。  この点,地方公務員法55条7項は,「交渉にあたっては,職員団体と地方公共団体の当局との間において,議題,時間,場所その他必要な事項をあらかじめ取り決めて行うものとする。」と規定する同条5項に適合しないことになったときは,交渉を打ち切ることができると規定しており,本交渉を行うにあたっては,予備交渉において同条項の定める事項について合意がなされることが前提となっているものといえる。そして,この予備交渉は,本交渉の前提として義務づけられているものであるから,当局がこれを不当に拒否した場合には,不当に本交渉を拒否した場合と同様に当局が不法行為責任を負う余地もあると考えられる。  しかし,原告Qと被告教育委員会との間の予備交渉は,不起立行為を理由とする処分の撤回を含め学校における君が代の取扱いに関する事項を交渉事項とするか否かについて合意に至らなかったために打ち切られたものであるから,被告教育委員会が不当に予備交渉を拒否したとはいえない。すなわち,被告教育委員会の事務の管理及び運営に関する事項(管理運営事項),つまり,被告教育委員会の設立及びその本来の目的遂行に関する事項であって,法令,条例,地方公共団体の規則,地方公共団体の機関の定める規程及び議会の議決に基づき,地方公共団体の機関が自らの判断と責任において,管理又は執行すべき事項については,交渉の対象とすることができないとされており(地方公務員法55条3項),君が代に関して,被告教育委員会がどのような指導を行うかは上記の管理運営事項にあたること,職員に対する処分についても,職員の任免に関しては管理運営事項にあたるという見解も有力であることからすれば,被告教育委員会が原告Qとの間で,これらの事項を交渉事項とはしないという主張をすることも理由がないものではない。  したがって,予備交渉において,君が代の取扱いに関する事項を交渉事項とするか否かの点について合意に至らなかった結果,本交渉を行うまで至らなかったとしても,被告教育委員会が原告Qとの団体交渉を不当に拒否したということはできず,被告教育委員会が原告Qとの間で本交渉を行わなかったことが,不法行為にあたるとはいえない。 (4)よって,原告Qの損害賠償請求はいずれも理由がない。 7 結論  以上から,個人原告らの処分取消請求のうち,減給処分の取消しを求めるものについては,いずれも理由があるからこれを認容することとし,その余についてはいずれも理由がないからこれを棄却することとする。  なお,原告Aは,平成11年7月18日付けでなされた減給1か月の処分,同Eは,同月14日付けでなされた減給1か月の処分の取消しを求めるものであるが,同Aについては,同月19日付け,同Eについては同月16日付けでそれぞれ減給1か月処分がなされたと認められるから,同原告らが取消しを求める処分は,同Aにつき同月19日付けで,同Eにつき同月16日付けでなされた減給1か月処分であると解される。  また,損害賠償請求についても,争点(7)について判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これを棄却することとする。  よって,主文のとおり判決する。 福岡地方裁判所第5民事部 裁判長裁判官  亀川清長 裁判官  森倫洋 裁判官  山口幸恵 別紙1 請求の趣旨一覧表(略) 別紙2 1 平成元年3月改正前の小学校学習指導要領 (1)第6学年社会科  我が国や諸外国の国旗に対する関心やこれを尊重する態度を育てるように配慮する必要がある。 (2)道徳,特別教育活動および学校行事等  第3節 学校行事等  第3 指導計画作成及び指導上の留意事項  5 国民の祝日などにおいて儀式を行う場合には,児童に対して,これらの祝日の意義などを理解させるとともに,国旗を掲揚し,国歌を斉唱させることが望ましい。 2 平成元年3月改正,平成4年4月実施(但し,特別活動の指導については,平成2年度から実施)の小学校学習指導要領 (1)第2章 各教科  ア 第2節 社会  第2 各学年の目標及び内容  〔第4学年〕  2 内容  (5)地図その他の資料を活用して国土の位置,地形,気候などの概要を調べて,それらの特色を理解できるようにするとともに,自然条件からみて国内の特色ある地域を取り上げ,人々が自然環境に適応しながら生活している様子に関心をもつようにする。  3 内容の取扱い  (2)内容(5)の国土の位置の指導については,我が国の領土と近隣の諸国を取り上げるものとする。その際,我が国や諸外国には国旗があることを理解させるとともに,それを尊重する態度を育てるよう配慮する必要がある。  〔第6学年〕  2 内容  (3)今日,我が国は経済や文化の交流などで世界の国々と深いつながりをもっていることを理解できるようにするとともに,平和を願う日本人として世界の国々と協調していくことが大切であることを自覚できるようにする。  ア 我が国と経済や文化などの面でつながりが深い国があることを調べて,それらの国の人々の生活の様子などを理解し,他国と協調を図るためには正しい国際理解が必要であることを考えること。  イ スポーツや文化などの国際交流,平和な国際社会の実現に努力している国際連合の働きについて調べて,世界平和の大切さと我が国が世界において重要な役割を果たしていることを理解すること。  3 内容の取扱い  (3)内容の(3)については,次のとおり取り扱うものとする。  イ ア及びイについては,観念的,抽象的な指導にならないように留意し,正しい国際理解と世界平和への努力が大切であることを理解させるよう配慮すること。また,我が国の国旗と国歌の意義を理解させ,これを尊重する態度を育てるとともに,諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てるよう配慮すること。  イ 第6節 音楽  第3 指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱い  1 指導計画の作成に当たっては,次の事項に配慮するものとする。  (3)国歌「君が代」は,各学年を通じ,児童の発達段階に即して指導すること(なお,この規定は,平成10年改正において,「 国歌『君が代』は,いずれの学年においても指導すること。」と改正されている。)。 (2)第4章 特別活動  第1 目標  望ましい集団活動を通して,心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図るとともに,集団の一員としての自覚を深め,協力してよりよい生活を築こうとする自主的,実践的な態度を育てる。  第2 内容  D 学校行事  学校行事においては,全校又は学年を単位として,学校生活に秩序と変化を与え,集団への所属感を深め,学校生活の充実と発展に資する体験的な活動を行うこと。  (1)儀式的行事  学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。  第3 指導計画の作成と内容の取扱い  3 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。 3 平成元年3月改正前の中学校学習指導要領  特別活動  国民の祝日などにおいて儀式を行う場合には,生徒に対して,これらの祝日の意義などを理解させるとともに,国旗を掲揚し,国歌を斉唱させることが望ましい。 4 平成元年3月改正,平成5年4月実施(但し,特別活動の指導については,平成2年度から実施)の中学校学習指導要領(乙7) (1)第2章 各教科  第2節 社会  第2 各分野の目標及び内容  〔公民的分野〕  2 内容  (3)民主政治と国際社会  ウ 国際社会と平和  国家の主権,領土(領海,領空を含む)及び国際連合などの国際組織や国際交流について理解させるとともに,国家間の相互の主権尊重と協力,各国民の相互理解と協力が平和の維持と人類の福祉の増進にとって大切であることを認識させ,国際社会における我が国の役割について考えさせる。また,日本国憲法の平和主義について理解を深め,我が国の安全と防衛の問題について考えさせるとともに,核兵器の脅威に着目させ,戦争を防止し,世界平和を確立するための熱意と協力の態度を育てる。  3 内容の取扱い  (4)内容の(3)については,次のとおり取り扱うものとする。  ウ ウについては,「国家間の相互の主権尊重と協力」との関連で,国旗及び国歌の意義並びにそれらを相互に尊重することが国際的な儀礼であることを理解させ,それらを尊重する態度を育てるよう配慮すること。 (2)第4章 特別活動  第2 内容  D 学校行事  学校行事においては,全校又は学年を単位として,学校生活に秩序と変化を与え,集団への所属感を深め,学校生活の充実と発展に資する体験的な活動を行うこと。  (1)儀式的行事  学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。  第3 指導計画の作成と内容の取扱い  6 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。 5 盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領(乙8) (1)第2章 各教科  ア 第1節 小学部 第1款  各教科の目標,各学年の目標及び内容並びに指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱いについては,小学校学習指導要領第2章に示すものに準ずるものとするが,指導計画の作成と各学年にわたる内容の取扱いに当たっては,児童の心身の障害の状態及び特性等を十分考慮するとともに,特に次の事項に配慮するものとする。  イ 第2節 中学部 第1款  各教科の目標,各学年,各分野又は各領域の目標及び内容並びに指導計画の作成と内容の取扱いについては,中学校学習指導要領第2章第1節から第9節までに示すものに準ずるものとするが,指導計画の作成と内容の取扱いに当たっては,生徒の心身の障害の状態及び特性等を十分考慮するとともに,この章の第1節第1款において特に示している事項に配慮するものとする。 (2)第4章 特別活動  小学部又は中学部の特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,それぞれ小学校学習指導要領第4章又は中学校学習指導要領第4章に示すものに準ずるほか,次に示すところによるものとする。 6 小学校指導書 特別活動編(平成元年6月策定,甲112)  第5節 入学式や卒業式などにおける国旗及び国歌の取扱い(抜粋)  日本人としての自覚を養い,国を愛する心を育てるとともに,児童が将来,国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長していくためには,国旗及び国歌に対して,正しい認識をもたせ,それらを尊重する態度を育てることは重要なことである。  学校において行われる行事には,様々なものがあるが,この中で,入学式や卒業式は,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛かつ清新な雰囲気の中で,新しい生活の展開への動機付けを行い,学校,社会,国家など集団への所属感を深める上で,よい機会となるものである。このような意義を踏まえ,入学式や卒業式においては,「国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」こととしている。  入学式や卒業式のほかに,全校の児童及び教職員が一堂に会して行う行事としては,始業式,終業式,運動会,開校記念に関する儀式などがあるが,これらの行事のねらいや実施方法は学校により様々である。したがって,どのような行事に国旗の掲揚,国歌の斉唱指導を行うかについては,各学校がその実施する行事の意義を踏まえて判断するのが適当である。  なお,入学式や卒業式などにおける国旗及び国歌の指導に当たっては,社会科や音楽科における指導などとの関連を図り,国旗及び国歌に対する正しい認識をもたせ,それらを尊重する態度を育てることが大切である。