◆ H19.04.26 大阪地裁判決 平成17年(行ウ)第21号 枚方市不起立教員調査情報削除請求事件(非削除決定取消等請求事件) 平成17年(行ウ)第21号 非削除決定取消等請求事件(甲事件) 平成17年(行ウ)第25号 非削除決定取消等請求事件(乙事件) 口頭弁論終結日 平成19年2月6日 判示事項の要旨 1 被告市教育委員会が,市立各小中学校長に対し,国歌斉唱時に起立することなどの指示を出したこと及び市立各小中学校の平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員の氏名及びその理由等の調査を行ったことが教育基本法10条,憲法19条等に違反しないとされた事例。 2 被告市教育委員会が,平成14年度入学式の国歌斉唱時に教員である原告らが起立しなかった理由等の個人情報を収集するに当たり,原告らから直接収集しなかったことが,個人情報の収集方法の制限を規定した市の個人情報保護条例に違反するとして,原告らの個人情報を削除しないとの決定が取り消された事例。 3 原告らが,自己情報コントロール権に基づき,被告市が保有する原告らの思想,信仰及び信条に関する個人情報の削除を求めた事案において,市の個人情報保護条例に基づく削除請求が認められるからその必要性がないなどとして,自己情報コントロール権に基づく削除請求を認めなかった事例。 4 市教育委員会が原告らの個人情報の収集を行うに当たり,市の個人情報保護条例に違反したことを理由として,原告らの精神的損害に対する慰謝料の支払を命じた事例。     主   文 1 被告枚方市教育委員会が原告Aに対して平成15年4月22日付けでした個人情報の非削除決定(教学指第91号)を取り消す。 2 被告枚方市教育委員会が原告Bに対して平成15年3月28日付けでした個人情報の非削除決定(教学指第1290号)を取り消す。 3 被告枚方市は,原告Aに対し,金1万円を支払え。 4 被告枚方市は,原告Bに対し,金1万円を支払え。 5 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。 6 訴訟費用は,原告らに生じた費用の3分の2と被告枚方市に生じた費用との合計の20分の19を原告らの,20分の1を被告枚方市の各負担とし,原告らに生じた費用の3分の1と被告枚方市教育委員会に生じた費用は,被告枚方市教育委員会の負担とする。     事実及び理由 第1 請求 1 甲事件 (1) 主文1項と同旨 (2) 被告枚方市は,「平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員調査(小学校)」中の原告Aに関する部分を削除せよ。 (3) 被告枚方市は,原告Aに対して,金100万円を支払え。 2 乙事件 (1) 主文2項と同旨 (2) 被告枚方市は,「平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員調査(中学校)」中の原告Bに関する部分を削除せよ。 (3) 被告枚方市は,原告Bに対して,金100万円を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の骨子 (1) 被告枚方市教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)が枚方市立各小中学校に対し,平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員の氏名及びその理由等の調査を行い,枚方市立小中学校の各校ごとに起立しなかった教職員の氏名及びその理由等を一覧にして記載した「平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員調査(小学校)」(以下「本件文書1」という。)及び「平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員調査(中学校)」(以下「本件文書2」といい,本件文書1と併せて「本件文書」という。)を作成し,保管している。 (2) 本件の被告教育委員会に対する請求は,被告枚方市の教職員である原告らが,本件文書に記録された原告らの個人情報に関する部分は,原告らの思想,信条及び信仰に関する事項が記載されているとして,被告教育委員会に対し,枚方市個人情報保護条例(平成9年条例第24号。以下「本件条例」という。)18条に基づき,上記部分の削除を求めたところ,被告教育委員会が削除しないとの決定をしたため,その取消しを求めるものである。 (3) 本件の被告枚方市に対する請求は,本件文書に記録された原告らの個人情報は,原告らの思想,信条及び信仰に関する事項であるから,特別の規定がなくても,自己情報コントロール権に基づき,上記情報の削除請求ができると主張して,上記情報の削除を求めるとともに,上記情報の収集及び保管が憲法19条に違反するなどと主張して,慰謝料100万円の支払を求めるものである。 2 法令等の定め (1) 本件条例 ア 目的(1条)  この条例は,自己に関する個人情報の開示,訂正等を求める市民の権利を保障するとともに,個人情報の適正な取扱いに関し必要な事項を定めることにより,個人の権利利益の保護を図り,もって市民の基本的人権の擁護と信頼される市政を推進することを目的とする。 イ 定義(2条)  この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。 1号 個人情報個人に関する情報(中略)であって,特定の個人が識別され得るものをいう。 2号 実施機関市長,教育委員会,選挙管理委員会,公平委員会,監査委員,農業委員会,固定資産評価審査委員会,水道事業管理者,病院事業管理者及び議会をいう。 3号 個人情報の収集等個人情報の収集,保管又は利用をいう。 ウ 収集等の一般的制限(7条) 1項 実施機関は,個人情報の収集等をするときは,その所掌する事務の目的を達成するために必要最小限の範囲内で適正かつ公正な手段によって行わなければならない。 2項 実施機関は,次に掲げる事項に関する個人情報の収集等をしてはならない。ただし,法令又は条例(以下「法令等」という。)の定めに基づくとき,又は実施機関が枚方市情報公開・個人情報保護審議会(以下「審議会」という。)の意見を聴いて必要があると認めたときは,この限りでない。  1号 思想,信条及び信仰に関する事項  2号 社会的差別の原因となるおそれのある事項 エ 収集方法の制限(8条) 1項 実施機関は,個人情報を収集する場合は,その個人情報の収集目的及び記録項目を明らかにして,当該個人(以下「本人」という。)から直接収集しなければならない。 2項 前項の規定にかかわらず,実施機関は,次の各号のいずれかに該当する場合は,本人以外のものから個人情報を収集することができる。  1号 法令等に定めがあるとき。  2号 本人の同意があるとき。  3号 出版,報道等により,当該個人情報が公にされているとき。  4号 個人の生命,身体又は財産の保護のため,緊急かつやむを得ないと認められるとき。  5号 前各号に定めるもののほか,実施機関が審議会の意見を聴いて,公益上必要があると認めたとき。  (後略) オ 適正な維持管理(12条)  実施機関は,個人情報の適正な維持管理を図るため,個人情報管理責任者を定めるとともに,次に掲げる事項について必要な措置を講じなければならない。 1号 保管する個人情報について,利用目的に必要な範囲内で正確かつ最新なものとすること。 2号 個人情報の漏えい,改ざん,滅失,き損その他の事故を防止すること。 3号 必要でなくなった個人情報について,速やかに廃棄し,又は消去すること。 カ 開示の請求(16条) 1項 何人も,実施機関に関し,公文書(中略)に記録されている自己に関する個人情報(以下「自己情報」という。)の開示を請求することができる。  (後略) キ 削除の請求(18条)  何人も,実施機関に対し,第7条又は第8条第1項若しくは第2項の規定による制限を超えて,自己情報の収集がされたと認めるときは,その削除を請求することができる。 (2) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。) ア 教育委員会の職務権限(23条)  教育委員会は,当該地方公共団体が処理する教育に関する事務で,次に掲げるものを管理し,及び執行する。  (中略) 5号 学校の組織編制,教育課程,学習指導,生徒指導及び職業指導に関すること。  (後略) イ 服務の監督(43条) 1項 市町村委員会は,県費負担教職員の服務を監督する。 2項 県費負担教職員は,その職務を遂行するに当つて,法令,当該市町村の条例及び規則並びに当該市町村委員会の定める教育委員会規則及び規程(前条又は次項の規定によつて都道府県が制定する条例を含む。)に従い,かつ,市町村委員会その他職務上の上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。 3項 県費負担教職員の任免,分限又は懲戒に関して,地方公務員法の規定により条例で定めるものとされている事項は,都道府県の条例で定める。 4項 都道府県委員会は,県費負担教職員の任免その他の進退を適切に行うため,市町村委員会の行う県費負担教職員の服務の監督又は前条,前項若しくは第47条の3第1項の規定により都道府県が制定する条例若しくは同条第2項の都道府県の定めの実施について,技術的な基準を設けることができる。 (3) 学習指導要領 ア 小学校学習指導要領(平成10年文部省告示第175号,乙1) (ア) 第4章「特別活動」の第2「内容」のD「学校行事」の(1)「儀式的行事」  学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。 (イ) 第4章「特別活動」の第3「指導計画の作成と内容の取扱い」の3項  入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。 イ 中学校学習指導要領(平成10年文部省告示第176号,乙2。以下,小学校学習指導要領と併せて「学習指導要領」という。) (ア) 第4章「特別活動」の第2「内容」のE「学校行事」の(1)「儀式的行事」  学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。 (イ) 第4章「特別活動」の第3「指導計画の作成と内容の取扱い」の3項  入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする(以下,小学校学習指導要領の上記ア(イ)の規定と併せて「国旗国歌条項」という。)。 3 前提事実(争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実。なお,書証番号は,特記しない限り枝番を含む。) (1) 当事者 ア 原告Aは,昭和50年4月,大阪府に小学校教員として採用され,平成14年4月から枚方市立甲小学校に勤務している(甲140)。 イ 原告Bは,昭和59年4月,大阪府に中学校教員として採用され,平成14年4月から枚方市立乙中学校に勤務している(甲139)。 ウ 被告枚方市は,枚方市立小学校及び中学校並びに被告教育委員会の設置者である(枚方市立小学校及び中学校設置条例(昭和41年条例第20号,地方自治法180条の5第1項,地教行法2条)。 エ 被告教育委員会は,本件条例に規定する実施機関であり,被告枚方市が設置する学校に勤務する教職員の服務を監督している(本件条例2条2号,地方自治法180条の8,地教行法43条1項)。 (2) 7点指示と起立状況について調査 ア 被告教育委員会は,平成14年度入学式・入園式について,以下記載の7点の指示(以下「7点指示」という。)を平成14年度臨時校長会・園長会の伝達事項とした(甲3)。  1点目 校長式辞,教育委員会告辞,来賓祝辞は,体育館舞台上で行うこと。  2点目 国旗については,式場内と式場外に掲揚すること。式場内での掲揚は,体育館舞台に掲揚すること。式場外での掲揚は,校門・玄関・ポールのいずれかに掲揚すること。  3点目 教職員が国歌斉唱時に起立し,斉唱すること。また,教職員に児童生徒が起立をすることの意味や斉唱の指導を行うことを明確に指示すること。なお,教職員の起立については,起立しない場合,再度,起立の指示をすること。  4点目 国歌斉唱を式次第の中に入れ,式場及びしおり・プログラム等に明記するとともに,しおり・プログラム等には,国歌の歌詞をプリントすること。  5点目 演奏方法については,ピアノ伴奏も含め,適切な演奏方法をとること。ピアノ伴奏による国歌斉唱ができるよう努力を。  6点目 入学式における司会進行は教員が行うこと。  7点目 来賓・保護者に対して協力を依頼すること。 イ 被告教育委員会教育長は,同年4月9日,枚方市立小中学校長に対し,平成14年度入学式の国歌斉唱時の起立状況について,国歌斉唱時に起立しなかった教職員数及び氏名,教職員に対する国歌斉唱時の起立の指示をした日時,指示の場面及び内容,指示の仕方,当該教職員からの聴取による起立しなかった理由,当該職員の平成13年度卒業式の国歌斉唱時の起立状況などについての報告を求めた(以下「本件調査」という。乙4)。 ウ 甲小学校のC校長は,原告Aに対し,乙中学校のD校長は,原告Bに対し,平成14年度入学式の国歌斉唱時に原告らが起立しなかった事実を確認した上で,その理由を質問し,原告らは,各校長に対し,これに答えた(弁論の全趣旨)。 エ 被告教育委員会は,本件調査に対する各校長からの回答に基づき,枚方市立小中学校の各校ごとに起立しなかった教職員の氏名,起立しなかった理由,起立しなかった教職員が同じ学校に在勤していた場合の平成13年度卒業式の国歌斉唱時の起立状況などを記載した本件文書を作成した(争いがない)。 (3) 原告Aに対する非削除決定等の経緯 ア 原告Aは,平成15年3月17日,被告教育委員会に対し,「平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員調査(小学校)」中,原告Aに関する部分(氏名及び起立しなかった理由の記載部分。以下「本件情報1」という。)について,本件条例16条に基づき,自己情報の開示請求を行った(甲6)。  被告教育委員会は,同月31日,原告Aに対し,本件情報1の全面開示を決定し,これを原告Aに開示した(甲7)。 イ 原告Aは,同年4月1日,被告教育委員会に対し,本件情報1について,本件条例18条に基づき,自己情報の削除請求を行った(甲8)。  被告教育委員会は,同月22日,上記削除請求に対し,本件情報1の削除を行わないとする決定をした(以下「本件非削除決定1」という。甲9)。 ウ 原告Aは,同年6月18日,被告教育委員会に対し,本件非削除決定1について,異議申立てを行った(甲10)。  被告教育委員会は,上記異議申立てについて,枚方市情報公開・個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)に諮問したところ,審査会は,平成16年9月24日,被告教育委員会に対して,本件情報1を削除すべきであるとの答申をした(甲12)。  被告教育委員会は,同年11月19日,原告Aの上記異議申立てを棄却するとの決定をした(甲13)。 エ 原告Aは,平成17年2月15日,本件訴え(甲事件)を提起した(顕著な事実)。 (4) 原告Bに対する非削除決定等の経緯 ア 原告Bは,平成15年2月12日,被告教育委員会に対し,「平成14年度入学式の国歌斉唱時,起立しなかった教職員調査(中学校)」中,原告Bに関する部分(氏名及び起立しなかった理由の記載部分。以下「本件情報2」といい,本件情報1と併せて「本件情報」という。)につき,本件条例16条に基づき,自己情報の開示請求を行った(甲14)。  被告教育委員会は,同月26日,原告Bに対して,本件情報2の全面開示を決定し,これを原告Bに開示した(甲15)。 イ 原告Bは,同月27日,被告教育委員会に対し,本件情報2について,本件条例18条に基づき,自己情報の削除請求を行った(甲16)。  被告教育委員会は,同年3月28日,上記削除請求に対し,本件情報2の削除を行わないとする決定をした(甲17。以下「本件非削除決定2」といい,本件非削除決定1と併せて「本件非削除決定」という。)。 ウ 原告Bは,同年5月28日,本件非削除決定2につき,異議申立てを行った(甲18)。  被告教育委員会は,上記異議申立てについて,審査会に諮問したところ,審査会は,平成16年9月24日,被告教育委員会に対して,本件情報2を削除すべきであるとの答申をした(甲20)。  被告教育委員会は,同年11月19日,原告Bの上記異議申立てを棄却するとの決定をした(甲21)。 エ 原告Bは,平成17年2月15日,本件訴え(乙事件)を提起した(顕著な事実)。 第3 争点 1 本件非削除決定の取消請求 (1) 被告教育委員会の本件情報の収集等の本件条例7条2項違反の有無(争点1) ア 本件情報が原告らの思想,信条及び信仰に関する情報(本件条例7条2項1号)といえるか否か。 イ 被告教育委員会が,本件条例7条2項の規定による制限(法令等の定めに基づくとき)を超えて,本件情報を収集した,あるいは保管したといえるか否か。 (2) 被告教育委員会の本件情報収集の本件条例8条1項違反の有無(争点2) ア 本件情報が個人情報(本件条例2条1号)に該当するか否か。 イ 被告教育委員会が,本件条例8条1項の規定による制限を超えて,本件情報を収集したといえるか否か。 2 自己情報コントロール権に基づく削除請求の可否(争点3) ア 自己情報コントロール権に基づき,法律や条例の規定がなくても,直接,個人の思想,信条及び信仰に関する情報の削除請求をすることができるか否か。 イ 原告らの本件情報の削除請求が認められるか否か。 3 原告らの被告枚方市に対する国家賠償請求の可否(争点4) 第4 争点についての当事者の主張 1 被告教育委員会の本件情報の収集等の本件条例7条2項違反の有無(争点1) (1) 本件情報が原告らの思想,信条及び信仰に関する情報(本件条例7条2項1号)といえるか否か。 (原告らの主張)  被告枚方市が保管している本件情報は,原告らの思想,信条及び信仰に関する情報である。すなわち,本件情報は,入学式の「君が代」斉唱の際の不起立の理由が記載されている情報であるところ,「君が代」は,その歴史的経緯から天皇及び国家神道と密接に結びついており,「君が代」についてどのように思うかという内面における精神的活動は,思想,信条及び信仰に関わる問題であるためである。 (被告教育委員会の主張)  本件情報が,原告らの思想,信条及び信仰に関する情報であることは争う。 (2) 被告教育委員会が,本件条例7条2項の規定による制限(法令等の定めに基づくとき)を超えて,本件情報を収集した,あるいは保管したといえるか否か。 (被告教育委員会の主張) ア 学校教育法施行規則25条及び54条の2に基づき作成された学習指導要領によれば,小中学校の入学式は,特別活動(学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛かつ清新な雰囲気を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動)として位置付けられる儀式的行事であり,「その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」とされている。  そして,地教行法23条5号は,学校の組織編制,教育課程,学習指導,生徒指導及び職業指導に関する事務を管理し,執行する権限(以下「教育課程等事務管理執行権限」という。)を教育委員会の権限として定めており,入学式は,特別活動として教育課程に含まれるものであるから(学校教育法施行規則24条1項,53条1項),教育委員会には教育課程等事務管理執行権限に基づいて入学式を学習指導要領に則って適正に実施させる責務がある。儀式あるいは儀式的行事に参加した者が,国歌斉唱時に起立することは通例の行動であり,殊に,入学式は教育課程の一環として実施される特別活動であるから,教職員がこれを行うのは当然のことであり,かつ,学習指導要領に則ったものである。そこで,被告教育委員会は,校務をつかさどり,所属職員を監督する権限を有する各校長(学校教育法28条3項,40条)に対し,国歌斉唱時に教職員が起立し,斉唱することを指示していた(7点指示3点目参照)。そして,被告教育委員会は,入学式が学習指導要領に則って適正に実施されているかを調査するため,教育課程等事務管理執行権限に基づき,各校長宛に入学式の実施状況の報告を求めたところ,入学式が適正に実施されていない状況のあることが明らかとなり,校長の指示に従わず国歌斉唱時に起立しない教職員の存在が報告された。  被告教育委員会としては,教育課程が適正に執行されているか否かを把握し,その是正を図るのは当然の責務であるところ,入学式の国歌斉唱時に起立しなかった教職員がいる報告を受けただけではその実態を把握することができず,是正を図ることが困難である。そこで被告教育委員会は,その是正を図るため実態を調査することとし,教育課程等事務管理執行権限に基づき本件調査を実施した。このように本件調査は,被告教育委員会の有する教育課程等事務管理執行権限に基づいて適正に実施されたものである。  また,被告教育委員会は,起立しなかった教職員を特定し,事後の継続的な指導を行うとともに,市立全小中学校における入学式及び卒業式を適正に実施するための資料として使用する必要があるから,本件情報を教育課程等事務管理執行権限に基づいて保管してきた。 イ 各校長は,学校教育法28条3項,40条により,校務をつかさどり,所属職員を監督する権限を有しているから,教育課程の一環として実施される特別活動である入学式の適正な運営のため,教職員に対し,指示・命令を行うことができる。各校長が,入学式において国歌斉唱時に起立することを教職員に求めたのは,この規定に基づいてされた指示・命令と位置付けられる。したがって,校長の上記指示・命令に従わなかった教職員が存在したのであれば,県費負担教職員の服務を監督する権限(以下「服務監督権限」という。地教行法43条1項)を有する被告教育委員会が,当該教職員に対してどのような指導をすべきか,また,任命権者である大阪府教育委員会に対して懲戒処分等の内申を行う(同法38条1項)か否かなど,服務監督権限行使の要否及びその内容を判断するため,その実態を調査することが必要である。このような調査及びその情報の収集・保管が被告教育委員会の有する服務監督権限に包含されていることは当然である。  このように,被告教育委員会は,国歌斉唱時に起立しなかった教職員に関しては,その服務を監督し,被告教育委員会が,大阪府教育委員会に対し,県費負担教職員の任免その他の進退のために内申する際の資料として使用するため,本件情報を服務監督権限に基づき保管してきた。 ウ 以上のとおり,被告教育委員会は,教育課程等事務管理執行権限に基づき,入学式が学習指導要領に則って適正に実施されるため,7点指示を行い,教育課程等事務管理執行権限(地教行法23条5号)及び教職員に対する服務監督権限(同法43条1項)に基づき,教育課程の適正な執行を確保するための資料と教職員に対する服務監督権限の適正な行使のための資料を得るため,本件調査を行った。  したがって,調査のための資料収集及び保管は,これらの権限を定めた法律の規定に包含された権限に基づくものであり,本件条例7条にいう個人情報の収集等には当たらない。また,仮に,被告教育委員会が本件条例7条2項1号の個人情報を収集したとしても,本件条例7条2項ただし書(法令等の定めに基づくとき)に該当し,本件条例7条2項に違反しない。  この点に関し,原告らは,地教行法23条及び43条1項は,あくまでも包括的な管理執行権限を規定したものと主張するが,本件条例7条2項ただし書の「法令等」が個人情報を明示かつ具体的に認める規定である必要はなく,当該法令で認められる権限の中に個人情報の収集等が含まれていると解することができれば足りるから,失当である。 エ 原告らは,本件調査の前提となった学習指導要領等が違憲であるなどと主張して,本件条例7条2項ただし書にいう「法令」に該当しないと主張するが,以下のとおり理由がない。 (ア) 原告らは,教育基本法10条(平成18年法律第120号による改正前のもの。以下同じ。)の意義について,教育内容及び教育方法等への(教育行政機関の)関与の程度は,教育機関の種類等に応じた大綱的基準の定立のほかは,法的拘束力を伴わない指導,助言,援助を与えることにとどまると解すべきであると主張する。しかし,憲法上,国は,適切な教育政策を樹立,実施する権能を有し,国会は,国の立法機関として,教育の内容及び方法についても,法律により,直接に又は行政機関に授権して必要かつ合理的な規制を施す権限を有するのみならず,子どもの利益のため又は子どもの成長に対する社会公共の利益のためにそのような規制を施すことが要請される場合もあり得る。教育基本法10条は,国の教育統制権能を前提としつつ,教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き,その整備確立のための措置を講ずるに当たっては,教育の自主性尊重の見地から,これに対する「不当な支配」となることのないようにすべき旨の限定を付したところにその意味があり,したがって,教育の内容及び方法に関するものであっても,必ずしも同条の禁止するところではない(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁(以下「最高裁昭和51年判決」という。)参照)。  原告らは,教科以外の領域である道徳・特別活動の領域を学習指導要領に取り込むのは違法であると主張する。しかし,学校教育法20条に規定する「教科」は,学校の目的や目標の達成を前提として定められるものであり,その達成を図るには,単に数学や国語などの狭い意味で用いられる教育学上の概念としての教科のみならず,教科以外の有効な教育活動も教育内容として取り入れる必要があること,学校教育法施行規則においても,教科という節において,教育課程や授業時間,事業日数等について規定していることからすれば,同条の「教科」は,児童及び生徒が,どの学年でどのような教科の学習や教科以外の活動に従事するのが適当であるかを定め,その教科や教科以外の活動の内容や種類を学年別に配当する意味の教育課程と同義であるとすべきであるから,原告らの上記主張は失当である。  また,原告らは,教育委員会は学校に対して,指導助言する立場に限定され,指示命令はできないし,校長は教育専門家としての指導助言を行うことができるにすぎないと主張する。  しかしながら,国家は,教育内容についても,目的のために必要かつ合理的と認められる限度において,これを決定する権能を有する。したがって,学校の教育課程についても,教育委員会が校長に対し,あるいは,校長が教職員に対し,指示命令することができる。 (イ) 原告らは,最高裁昭和51年判決を前提としても,学習指導要領の国旗国歌条項が教育基本法10条に違反し,法的拘束力を有しないと主張する。  しかし,学習指導要領には,「第2章以下に示す各教科,道徳及び特別活動の内容に関する事項は,特に示す場合を除き,いずれの学校においても取り扱わなければならない」と明確に規定し,第4章に規定されている国旗国歌条項が教職員に遵守義務があることを明確にしている。  このことは,普通教育においては,子どもの側に学校や教師を選択する余地が乏しく,教育の機会均等を図る上からも全国的に一定の水準を確保すべき強い要請があることからも正当化できる。  したがって,学習指導要領の国旗国歌条項は,国歌斉唱を実施するための一般的指針ではなく,教職員に対する義務を規定したものである。 (ウ) 原告らは,7点指示が,憲法19条,20条,21条に違反し無効であると主張する。しかし,被告教育委員会の7点指示は,上記のとおり,学習指導要領に則って,特別活動として位置付けられる入学式を適正に実施するために行ったものであるから,適法な指示であり,憲法違反はない。  仮に,本件調査によって原告らの「プライバシーの権利,思想・良心の自由」が制約されることがあったとしても,公務員は,その職務の公共性に由来する内在的制約を受ける。そして,学習指導要領による教育をつかさどる教諭である以上,その個人的な思想や好悪の感情いかんにかかわらず,職業人としてこの学習指導要領による教育を行う立場にあるから,本件調査は憲法19条等に違反するものではない(乙5参照)。 (エ) 原告らは,7点指示は,被告教育委員会教育長(当時。現在は被告教育委員会委員長である。)であるEが被告教育委員会に諮らずに指示したものであり,枚方市教育委員会事務委任規則2条2項に違反してされたものであると主張する。  しかし,被告教育委員会教育長が被告教育委員会に諮らなければならないのは,「重要かつ異例の事態が生じた」場合であるから,7点指示をする際に,被告教育委員会に諮る必要はない。  原告らは,Eの発言を問題にするが,不正確な点があるにしても,それが原告らの請求を正当化することになるものではない。 (原告らの主張) ア 被告教育委員会は,本件調査が,地教行法23条5号,43条1項に包含された権限に基づくものであり,本件条例7条2項ただし書(「法令又は条例(以下「法令等」という。)の定めに基づくとき」)に該当するから,本件条例7条2項違反はないと主張する。  しかし,本件条例7条2項に定める「法令等」とは,およそ法令すべてをいうのではなく,法令自体に明文で情報の収集を規定しているもののほか,法令等の趣旨,目的から具体的に情報の収集を予定しているものに限られる。被告枚方市が作成した「情報公開事務及び個人情報保護事務の手引」(以下「手引き」という。甲45)は,本件条例7条2項に定める「法令等」に法令等の趣旨・目的からみて,収集ができるものと解される場合も含まれるとして,その例示として,立候補の届出(公職選挙法86条)や職員採用に係る欠格条項の照会(地方公務員法16条)などを挙げており,このことからすると,本件条例の制定者(被告枚方市)においても,上記のような解釈を前提としていたことが明らかである。また,このように解しないと,行政庁の作用には一般的,抽象的な意味で何らかの法的根拠がある以上,およそすべての情報収集が「法令等」に基づくものとなり,本件条例7条2項があえて「法令等」に基づく場合に限定した趣旨を没却する。  これを本件においてみるに,被告教育委員会が「法令等」に該当するものとして主張する地教行法23条5号,43条1項は,あくまでも包括的な管理執行権限ないし一般的な服務監督権限を規定したものでしかなく,思想,信条及び信仰に関する事項に関する個人情報を調査・保管することができるまでの権限を定めたものと解することはできない。  したがって,被告教育委員会の主張には,前提に誤りがある。 イ 被告教育委員会は,学習指導要領及び7点指示を前提として,その遵守の有無等を教育課程等事務管理執行権限ないし服務監督権限に基づいて調査したと主張しているが,学習指導要領及び7点指示は,以下のとおり,教育基本法10条等に反した違法なものであるから,被告の主張には前提に誤りがある。なお,原告らは,最高裁昭和51年判決と見解を異にするが(原告らの見解及び主張は後記(ア)のとおり),仮にこれを前提としたとしても後記(イ)のとおり,学習指導要領及び7点指示が違法であるとの結論にかわりはない。 (ア)a 教育基本法10条は,中央集権による官僚主義及び教育に関する重要事項が議会の議決を経ることなく勅令以下の法規で学科目,授業時間,授業内容,教科用図書に至るまで事細かに決められてことにより,学問の自由と教育の自主性が阻害されていたという反省を踏まえ,国家と官僚による学問の自由と教育の自主性への介入・干渉を排除し,教育権の独立を確保するために制定されたものであることは,立法の経緯からしても明らかである。  しかるに,学習指導要領は,学校教育法の委任により,文部科学大臣が定めるものであるが,学校教育法20条の「教科に関する事項」を,学校教育法施行規則により「教育課程」と拡大解釈をしており,違法である。 b 教育委員会は,公立学校の管理をする権限を有しており(地教行法23条),教育関係職員の人事などに関する管理的事務と教育課程などに関わる教育的事務の管理及び執行を行う。これらの事務の管理及び執行に当たっては,教育的事務については,管理的事務と異なり,指導助言によらなければならない。教育機関である学校の教育の在り方に対して,行政機関たる教育委員会は指揮・命令及び監督により統制してはならないことが教育基本法の基本理念だからである。これは,学校に対する「教育に関する専門的事項の指導」が指導主事の職務として規定されているところからも明らかである(地教行法19条)。したがって,教育委員会が,学校に対して有する管理(執行)権のうち,教育的事務については,命令的かつ拘束的であってはならず,指導助言に限られる。  そして,学校の教育課程に関わることは,教育的事務であるから,教育委員会は学校に対して,指導助言する立場に限定され,指示命令はできない。したがって,指示を行うことのできない事項についての指示命令に及んだ7点指示は,教育基本法10条に反する不当な支配であって,違法である。 c また,教育基本法10条の上記趣旨に照らして,学校教育法を解釈するとき,各教師の教育活動については,あくまでも校長は教育専門家としての指導助言を行うことができるにすぎない。校長が教師に指示・命令できない以上,校長の指示・命令に従わなかった教職員が存在するとしても,何ら服務規律上の問題が生じるものではなく,被告教育委員会の服務監督権限を根拠に,その実態を調査することはできない。 d なお,7点指示は,それ自体,強制すべきものではないが,被告教育委員会は,枚方市立の全ての小中学校で,上記指示を実行させるための主要な手段として,詳細な報告を求めるなどの調査を繰り返し行い,「集計表」「校長召喚」「成績発表」といった形の結果を各学校の校長に突きつけることによって,各学校の校長が,それ以外のやり方をとることを困難(ないしは不可能)にさせ,指導・助言の枠を越えた,各学校に対する不当な支配を行ってきたものである。 (イ)a 学習指導要領の国旗国歌条項の教育基本法10条違反  前記のとおり,原告らは,最高裁昭和51年判決が学習指導要領を大綱的基準として認めたこと自体を批判するものであるが,上記判決の立場に立ったとしても,学習指導要領の国旗国歌条項は違法・無効である。上記判決は,学習指導要領は,あくまでも「教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的なそれにとどめられるべきものであり,その限度でのみ合理性が認められるのであって,教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や,地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されていなかったり,教師に対し一方的な一定の理論ないしは観念を生徒に教え込むことを強制するような点が含まれれば,そのような基準は必要かつ合理的な基準の設定として是認することができない」としている。  しかるに,学習指導要領の国旗国歌条項は,学校において行われる様々な行事の中で,特に,入学式や卒業式という特定の行事において指導を行うべきことを定めたもので,国歌に関する指導や卒業式,入学式の方法という細目についての詳細を定めるものといえ,教育内容及び方法について必要かつ合理的な大綱的基準を定めたものではないから,法的拘束力は有しない。 b 7点指示の教育基本法10条,学習指導要領違反  学習指導要領は,大綱的な基準を決めているものの,各学校において,地域や児童・生徒の実態に合わせ,校長を中心に全教職員が協力し,主体的で自ら判断でき,調和のとれた人間の育成を目指した教育課程を編成する必要が強調されている。  しかし,7点指示は,学習指導要領の国旗国歌条項すら逸脱して,入学式及び卒業式の詳細かつ画一的な進行を定めており,教育課程の細部に渡る事項について,教育委員会が具体的な細目を定めることは学習指導要領に違反し,教育に対する不当な支配に他ならず,違法である。  また,入学式の運営をどのようにするかは,校長の権限であるが,7点指示は,校長の職務の執行につき,校長の判断の余地がないような個々具体的な指揮監督を行っており,違法である。  なお,7点指示は,卒業式等の式次第のうち,特に国旗掲揚・国歌斉唱の実施方法を詳細に定めたものであるが,式次第の実施の仕方を強制することも,教師に対し一方的な一定の理論ないしは観念を生徒に教え込むことを強制することに等しく,違法であることにかわりはない。 c 7点指示の憲法19条,20条,21条違反 (a) 被告教育委員会は,児童生徒への起立斉唱の強制を教職員に指示し,教職員にも起立斉唱を強制するよう校長に指示している。  「君が代」についてどのように思うかという内面における精神的活動は,は思想・良心に関わる問題であるから,これに対する一定の観念を告白させるに等しい行為の強制は,憲法違反である。そして,「君が代」を起立斉唱し,あるいはしない行為は,それ自体は外形的行為であるとしても,個人の思想(信条)・良心の内容を直截に体現している,一体不可分の告白・表現行為そのものである。したがって,「君が代」の起立斉唱の強制は,憲法が禁止する特定の思想の強制に当たるほか,「君が代」斉唱の際の不起立は,「君が代」に対して敬意を払わないという意味づけがなされるものであり,憲法が保障する沈黙の自由をも侵害している。  したがって,7点指示は,憲法19条に違反する。 (b) 「君が代」は,歴史上国家神道と密接な結びつきを有しており,宗教的価値観あるいは偶像崇拝的教義と結びついている。  したがって,「君が代」斉唱の際の起立の強制は,信仰を持たない自由,あるいは国家神道以外の宗教を信仰する自由の侵害である。同様に,上記のとおり,「君が代」を起立して斉唱するという行為は,「君が代」に対して敬意を払うという意味づけがなされるから,個人が国家神道をどう評価し,どう受け止めるかという,個人の宗教的価値観とのつながりが明らかに推知される性格のものである。「君が代」を起立して斉唱するという行為は,宗教的行為であるから,7点指示は,宗教的行為への参加の強制である。 (c) 「君が代」起立斉唱の強制は,「君が代」に対する一定の観念を告白・表現させる行為の強制であって,当該強制された者の思想・良心の自由,信仰の自由,表現の自由を侵害している。 (d) 公務員の内在的制約についての反論  被告は,公務員は,その職務の公共性に由来する内在的制約を受けることを根拠に,本件調査は憲法19条等に違反するものではないと主張する。  しかし,学習指導要領の国旗国歌条項は,「入学式には,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と定めており,国旗と国歌への無条件の敬意,あるいは国家を個人よりも優位に置くという態度(思想)を正当であるとして,国民に対してそれに従うべきことを奨励し,あるいは強制することに外ならず,また,国家と個人の関係をどのようにとらえるかについての,個人の思想の表明を求めるものであって,憲法19条,20条に違反している。憲法で保障された思想や良心の自由が,違憲の学習指導要領の細目によって制約を受けるいわれはない。 d 7点指示の枚方市教育委員会事務委任規則違反  7点指示は,被告教育委員会教育長であるEが被告教育委員会に諮らずに指示したものであり,重要かつ異例の事態が生じたときは,教育委員会に諮らなければならないとする枚方市教育委員会事務委任規則2条2項に違反してされたものである。  枚方市立学校長に対する事務委任規程2条(甲113)によれば,所属学校の教育課程の編成及び取扱いに関することについては,校長に委任するとされているが,重要かつ異例の事態が生じたときは,教育長の決定にかからしめなければならないとされており,E自身,重要かつ異例の事態が生じたため7点指示を出したと発言していた(甲114)。枚方市立学校長に対する事務委任規程の上記規定に定める「重要かつ異例の事態」は,特段の事情がない限り,枚方市教育委員会事務委任規則の上記規定に定める「重要かつ異例の事態」に該当するというべきであるが,Eは,被告教育委員会に諮らずに7点指示を出したものであり,同指示は無効である。 e まとめ  以上のとおり,原告らは,学習指導要領の国旗国歌条項,7点指示は,違憲ないし違法なものであり,無効であるから,各校長の指示に基づいて,教職員は,起立して国歌を斉唱する義務を負っておらず,服務監督権限を考慮する余地はない。 2 被告教育委員会の本件情報収集の本件条例8条1項違反の有無(争点2) (1) 本件情報が個人情報(本件条例2条1号)に該当するか否か。 (被告教育委員会の主張)  本件調査は,地教行法23条5号,43条1項に定められた教育課程等事務管理執行権限及び教職員に対する服務監督権限の行使として,教職員の職務の遂行に関する事実の調査をしたものである。したがって,本件調査によって得られた本件情報は,個人情報(個人に関する情報であって,特定の個人が識別され得るもの。本件条例2条1号参照)には該当しない(したがって,その収集について本件条例8条1項は適用されない。)。 (原告らの主張) 本件情報が本件条例2条1号に該当することは,上記1(1)主張のとおりである。 (2) 被告教育委員会が,本件条例8条1項の規定による制限を超えて,本件情報を収集したといえるか否か。 (被告教育委員会の主張)  仮に,本件条例8条1項が適用されるとしても,本件調査は,校長が教職員本人に対して直接行っている。また,収集目的は校長の指示に従わず,国歌斉唱時に起立しなかった教職員の事実の確認であり,記録項目は不起立の理由ということになるが,この収集目的及び記録項目は校長の教職員に対する事情聴取において明らかにされている。したがって,少なくとも,実質的には本件条例8条1項の要件を十分に満たしているから,同条に違反したことにはならない(このことは,被告枚方市が本件条例等の解釈の指針を職員に示すため作成した手引きの本件条例8条1項部分(乙12)に記載された同項の目的・趣旨に関する事項をすべて充足していることからも認められる。)。 (原告らの主張)  本件条例8条1項は,実施機関は,個人情報を収集する場合は,その個人情報の収集目的及び記録項目を明らかにして,当該個人から直接収集しなければならないとしているところ,被告教育委員会は,いずれも原告らに明示していない。  また,被告は,収集目的及び記録項目が明らかにされているなどと主張するが,収集目的(「教育課程の適正な執行の確保」(教職員が入学式の国歌斉唱時に起立しないという状態の「是正」)と「教職員に対する服務監督権限の適正な行使」という目的」)も記録項目も,校長も明らかにしていないし,仮に校長が明らかにしていたとしても,実施機関である被告教育委員会が明らかにしたものでない以上,本件条例8条に違反する。 3 自己情報コントロール権に基づく削除請求の可否(争点3) (原告らの主張) (1) 原告らは,憲法13条に基づき,自己についての情報をコントロールする権利を有している。また,思想,信条及び信仰に関する情報は,プライバシーに係る重大な情報である。  したがって,行政機関が,個人の思想,信条及び信仰に関する情報を有している場合は,当該個人は,何ら法律上の規定がなくとも,自己情報コントロール権の一環として,当該情報の削除を請求することができるというべきである。 (2) 被告枚方市が,原告らの思想,信条及び信仰等に関する個人情報を保管しているのであるから,特段の事情がない限り,本件情報は削除されるべきである。そして,被告枚方市が保管を主張する事情は,前記1,2記載のとおり,本件情報の保管を正当化する根拠にはならない。 (被告枚方市の主張) (1) 本件条例は,18条において,削除請求権を認めているが,あくまで本件条例において認められた権利にすぎず,このような規定に基づかずに,一般的に削除請求権が認められるものではない。仮に,人格権に基づく削除請求を認容し得るとしても,個人に関する情報が誤りであった場合であって,しかも,他の厳しい要件も必要である。しかるに,原告らは,これらの主張をしていないのであるから,原告らの主張は,それ自体失当である。 (2) 被告枚方市は,前記1(2)(被告教育委員会の主張)記載のとおり,被告教育委員会は,学校の組織編制,教育課程,学習指導,生徒指導及び職業指導に関する事務を管理し,執行する権限(教育課程等事務管理執行権限)及び県費負担教職員の服務を監督する権限(服務監督権限)の行使に必要な資料として,本件情報を収集し,その情報を保管してきた。  また,平成18年3月31日の経過をもって,本件情報の保存年限は経過したが,本件訴訟が係属しているため,枚方市教育委員会文書取扱規程12条によって準用される枚方市文書取扱規程26条2項に基づいて,本件情報を保管している。 4 原告らの被告枚方市に対する国家賠償請求の可否(争点4) (原告らの主張)  原告らは,前記各主張のとおり,違憲違法な7点指示及びこれに基づく各校長の指示に基づき,国歌を斉唱することを強制され,多大な精神的損害を被った。  また,被告教育委員会は,本件条例7条2項及び8条1項に違反して,思想,信条及び信仰に関する個人情報を収集し,原告らは,自己が他者に開示を欲しない情報についてみだりに開示させられた。被告教育委員会は,審査会の答申によれば削除すべきであるのに(本件条例26条),それを尊重せず,原告らの思想,信条及び信仰に関する本件情報を保管し続けている。  原告らの被った精神的損害は金銭に計り難いものであるが,仮に金銭をもって評価するなら100万円を下回ることはない。  また,本件情報が削除されたとしても,被告教育委員会の行為により,原告らが被った精神的損害は,回復されない。 (被告枚方市の主張)  上記のとおり,7点指示,本件情報の収集及び保管に違法な点はない。  仮に,本件非削除決定が取り消されるべきものであるとしても,同決定が取り消されて是正されれば,原告らに,それ以上に賠償すべき損害はない。 第5 争点に対する判断 1 認定事実 (1) 「君が代」について ア 「君が代」の元歌は,古今和歌集に編集された長寿を祝う歌・恋歌であったが,明治時代以降,第二次世界大戦終了までの間,皇民化教育の一環として「君が代」が天皇の世が永久にいつもでも続くように願う歌として用いられ,皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として活用されてきた(甲46から63まで,弁論の全趣旨)。 イ 国旗及び国歌に関する法律(以下「国旗国歌法」という。)が制定され,「君が代」は,国歌とされたが,上記ア記載の歴史的事実が完全に払拭された状況にはなく,国民の間には,公立学校の入学式及び卒業式等の式典において,国歌斉唱をすること及び国歌斉唱時に起立することに反対する者がいる(甲114参照,弁論の全趣旨)。 (2) 被告教育委員会の国旗・国歌等に関する指示について ア 平成10年度  被告教育委員会教育長であるEは,平成11年1月18日,平成10年度の第7回定例校園長会において,卒業式での校長の取組として,以下のことを指示した(甲114(7頁))。  @ 卒業式で,国旗を掲揚し,国歌を斉唱するように。これは一体のものとして取り組むこと。  A 校長の証として,国歌斉唱を行うこと。  B この指示は,枚方市立学校長に対する事務委任規定第2条2項によるものである。  Eは,平成11年2月5日,平成10年度第8回定例校長会においても,上記@ないしBの指示は,市民にも伝えていくことなどを説明した(甲114(8頁))。  Eは,平成11年3月4日,平成10年度第9回定例校長会において,今までの指示が変更することはなく,学習指導要領に基づいて国旗・国歌について指示していることを確認した(甲114(9頁))。 イ 平成11年度  Eは,平成11年4月1日,平成11年度臨時校長会・園長会において,入学式の国旗掲揚・国歌斉唱を行うようお願いした(甲114(11頁))。  Eは,平成11年12月6日,平成11年度第8回定例校長会において,国旗国歌法が可決されたこと,校長は,先生に起立するよう指示しておくことが大切であるとの挨拶をした(甲114(16頁))。  Eは,平成11年度第9回定例校長会において,卒業式の子どもの司会について,「子どもの司会を見直してほしい。卒業式は厳粛な儀式であることを踏まえ節度ある取組をしてもらいたい。卒業式は児童活動のように子どもたちの自主的な活動ではない。児童に司会させ,児童を道具とするようなやり方は,人権尊重という観点を踏まえたものとなっていない。」との挨拶をした。また,国旗及び国歌について,以下の4点の指示をした(甲114(17,18頁))。  @ 式次第の中に明確にすること  A 国旗を式場に入れる努力をすること  B メロディーを放送施設を使って式場全体にはっきり聞こえるように流すこと  C 事前指導として,子どもへの指導の在り方について,教職員に対し明確に指示をしておくこと(議事録に指導を残すこと)  Eは,平成12年2月4日,平成11年度第10回定例校長会において,次の卒業式に最善を尽くすこと及び以下の2点について挨拶をした(甲114(19頁))。  @ 子どもの司会を見直していただきたい。儀式にふさわしい司会は誰かを考えてほしい。  A 当日の役割分担で,職員の式場外での配置はあるが,国歌斉唱時に教師が起立することが重要である。できるだけ多くの教職員を式場に着席させて,国歌斉唱時は起立を命じてほしい。命じたら,起立しないのは職員の責任になる。 ウ 平成12年度  Eは,平成12年4月1日,平成12年度臨時校長会・園長会において,本年度のお願いの一つとして,入学式においては,国旗・国歌を一体のものとしてとらえるよう述べた(甲114(21頁))。  Eは,平成12年4月19日,平成12年度第1回定例校長会において,入学式における国旗掲揚・国歌斉唱の取り組みについて,起立の指示や式次第,しおりに国歌の歌詞を記載することは,保護者,来賓への基本的な礼儀であり,このことを行った校長に感謝するとともに,未実施の学校については,いろいろな原因はあるだろうが,校長としての能力や資質が欠けるなどと述べた(甲114(22頁))。  Eは,平成13年3月6日,平成12年度第11回定例校長会において,卒業式の取組については,教育委員会の指示をやりとげるのが校長の仕事であること,国旗・国歌については,なめられていると思われない態度で立ち向かってほしいことなどを挨拶した(甲114(28頁))。 エ 平成13年度  平成13年11月1日に開催された平成13年度第7回定例校長会において,平成13年度の卒業式の指示内容として,以下のとおり,指示された(甲22)。  1点目 卒業証書授与,校長式辞,教育委員会告辞,来賓祝辞は,体育館舞台上で行うこと。  2点目 国旗については,式場内と式場外に掲揚すること。  式場内での掲揚は体育館舞台に掲揚すること。  式場外での掲揚は,校門・玄関,ポールのいずれかに掲揚すること。  3点目 教職員が国歌斉唱時に起立し,斉唱すること,また,教職員に児童・生徒が起立をすることの意味や斉唱の指導を行うことを明確に指示すること。  式当日,児童生徒の国歌斉唱が適切に行われるように指導すること。  なお,教職員の起立については,起立しない場合,再度,起立の指示をすること。  4点目 国歌斉唱を式次第の中に入れ,式場及びしおり・プログラム等に明記するとともに,しおり,プログラム等には,国歌の歌詞をプリントすること。  5点目 演奏方法については,ピアノ伴奏も含め,適切な演奏方法をとること。  6点目 卒業式における司会進行は教員が行うこと。  7点目 来賓・保護者に対して協力を依頼すること。 オ 平成14年度  Eは,平成14年度臨時校長会・園長会において,平成14年度入学式・入園式について,前提事実(2)ア記載のとおり,各校長に対し,7点指示をした(甲3,弁論の全趣旨)。 (3) 被告教育委員会の調査について ア 平成11年度 (ア) 被告教育委員会は,平成11年度の小学校入学式及び中学校入学式における国旗掲揚・国歌斉唱の状況について,掲揚場所や起立状況を調査した(甲65,66)。  小学校での国旗掲揚の式場内掲揚率は,昨年度の2パーセントから85パーセントに上昇し,教職員の国歌斉唱時の起立のほとんどない小学校もなくなった(甲67)。  中学校での国旗掲揚の式場内掲揚率は,昨年度の5パーセントから65パーセントに上昇したが,生徒が退席した中学校(2校)及び教職員や生徒の起立がほとんどない中学校(5校)があった(甲68)。 (イ) 被告教育委員会は,平成11年度の小学校卒業式及び中学校卒業式について,卒業式の司会者,証書授与の場所,国旗の掲揚場所,国歌の伴奏方法や国歌斉唱時の起立状況等を調査した(甲85)。 イ 平成12年度 (ア) 被告教育委員会は,平成12年度の小学校入学式及び中学校入学式について,入学式の司会者,証書授与の場所,国旗の掲揚場所,国歌の伴奏方法や国歌斉唱時の起立状況等を調査した(甲69,70)。  小学校での国旗掲揚の式場内掲揚率は,100パーセントに上昇し,教職員・児童ともに少数が起立する学校は6校(昨年度19校)になった(甲71)。  中学校での国旗掲揚の式場内掲揚率は,100パーセントに上昇し,教職員・児童ともに少数が起立する学校は6校(昨年度13校)になった(甲72)。 (イ) 被告教育委員会は,平成12年度の小学校卒業式及び中学校卒業式における国旗掲揚・国歌斉唱の状況について,卒業式の司会者,証書授与の場所,国旗の掲揚場所,国歌の伴奏方法や国歌斉唱時の起立状況等を調査した(甲73,74)。  小学校において,国歌斉唱時,教職員・児童ともに少数が起立する学校は0校(昨年度14校)になったが,生徒の起立が少数である学校が4校あった(甲75)。  中学校において,国歌斉唱時,教職員・児童ともに少数が起立する学校は4校(昨年度8校)になった(甲76)。 被告教育委員会は,式次第の掲示予定,司会者,国歌斉唱時の起立等について,聴取・指導を行った(甲86,87)。 ウ 平成13年度 (ア) 被告教育委員会は,平成13年度の小学校入学式及び中学校入学式について,入学式の司会者,国旗の掲揚場所,国歌の伴奏方法や国歌斉唱時の起立状況等を調査した(甲77,78)。  小学校において,国歌斉唱時,教職員・児童ともに少数が起立する学校は0校(昨年度6校)になったが,児童の起立が少数の学校が2校あった(甲79)。  中学校において,国歌斉唱時,教職員・児童ともに少数が起立する学校は0校(昨年度6校)になったが,生徒の起立が少数の学校が2校,約2分の1の学校で数名の教職員の着席がみられた(甲80)。 (イ) 被告教育委員会教育長は,平成13年12月13日付けで,同月20日までに,平成13年度卒業式の実施について,@校長会での指示事項を教職員に指示したか否か,何月に指示する予定か,A卒業証書授与,校長式辞,教育委員会告辞,来賓祝辞,記念品授与,送辞,答辞,卒業記念制作目録贈呈を舞台上で実施するか否か(指示事項1点目),B国旗掲揚場所(指示事項2点目),C国旗・国歌の指導について(指示事項3点目),D国歌斉唱の式次第への位置付けについて(指示事項4点目),E国歌斉唱の際の伴奏方法について(指示事項5点目),F卒業式の司会について(指示事項6点目),G来賓・保護者に対する協力依頼について(指示事項7点目)などの事項についての報告を求めた(甲23) 被告教育委員会は,各中学校からの報告を受け,平成14年2月28日現在のもの,平成14年3月8日現在のもの,平成14年3月13日現在のもの,平成14年3月15日現在のもの,平成14年3月19日現在のものをまとめた(甲24〜28)。  被告教育委員会は,平成13年度の小学校卒業式及び中学校卒業式について,国旗の掲揚場所,国歌の伴奏方法や国歌斉唱時の起立状況等を調査した(弁論の全趣旨)。  小学校において,国歌斉唱時,教職員・児童ともに少数が起立する学校は0校であり,児童の起立が約半数の学校が1校,教職員・児童の起立が約半数の学校が1校であった(甲81)。  中学校において,国歌斉唱時,教職員・生徒ともに少数が起立する学校は0校(昨年度4校)になり,生徒の起立が少数であった学校が4校になった(甲82)。 エ 平成14年度  被告教育委員会教育長は,平成14年3月18日付けで,平成14年度入学式の実施について,入学式の実施前において,@校長式辞,教育委員会告辞,来賓祝辞,お祝い(歓迎)の言葉,新入生の言葉を舞台上で実施するか否か(指示事項1点目),A国旗掲揚場所(指示事項2点目),B国旗・国歌の指導について(指示事項3点目),C国歌斉唱の式次第への位置付けについて(指示事項4点目),D国歌斉唱の際の伴奏方法について(指示事項5点目),E入学式の司会について(指示事項6点目),F来賓・保護者に対する協力依頼について(指示事項7点目)などの事項についての報告を求め,入学式の実施後,平成14年度の小学校入学式及び中学校入学式における国旗掲揚・国歌斉唱の状況について,入学式の司会者,証書授与の場所,国旗の掲揚場所,国歌の伴奏方法や国歌斉唱時の起立状況等の報告を求めた(乙3)。  小学校において,国歌斉唱時,教職員・児童ともに起立し,児童の起立が約半数以下の学校が1校あった(甲83)。  中学校において,国歌斉唱時,教職員・生徒ともに起立し,教職員の起立が約半数以下の学校が1校あった(甲84)。 (4) 原告Aの不起立行為及び本件調査について ア 原告Aが勤務する甲小学校では,入学式において,式次第に「国歌斉唱」を入れて「君が代」を斉唱することとし,同校の教職員は,平成14年4月3日,職員打ち合わせの際,国歌斉唱時に起立するように指示された(甲4の2,弁論の全趣旨)。  原告Aは,平成14年度の甲小学校の入学式の国歌斉唱時,起立しなかった(甲140,原告A本人(14頁))。 イ 甲小学校の校長は,後日,原告Aに対し,不起立の理由を尋ね,原告Aは,多文化共生教育の立場から,一つの価値観を現場に持ち込むということは間違っている,学校というのは,いろんな価値が保障されて初めて学校というのが成り立っていくのだということなどを説明した(甲140,原告A本人(15頁))。 (5) 原告Bの不起立行為及び本件調査について ア 原告Bが勤務する乙中学校は,平成14年度の入学式において,式次第に「国歌斉唱」を入れて「君が代」を斉唱することとし,同校の教職員は,国歌斉唱時に起立するように指示された(弁論の全趣旨)。  原告Bは,平成14年度の乙中学校の入学式において,国歌斉唱時,起立しなかった(甲139)。 イ 乙中学校の校長は,入学式の翌日,原告Bに対し,不起立の理由を尋ね,原告Bは,その理由を説明した(甲139,原告B本人(20頁))。 2 争点1(本件削除決定の取消請求の可否−被告教育委員会の本件情報の収集等の本件条例7条2項違反の有無)について (1) 本件情報が原告らの思想,信条及び信仰に関する情報といえるか否かについて ア 本件情報は,原告らが平成14年度入学式の国歌斉唱の際に起立しなかった理由として原告らが述べた内容が記載されている情報である。そして,国歌斉唱の際に起立しなかった理由,しかも,原告らが各校長に対しその理由として述べた内容(したがって,真実の理由とは限らない。)は様々であり得るから,上記情報は,必ずしも,原告らの思想,信条及び信仰に関する情報であるとはいえない。しかし,原告Aは,校長に対して述べた不起立の理由について,多文化共生教育の立場から,一つの価値観を学校の現場に持ち込むことは間違っているなどと供述していること(前記認定事実(4)),原告Bは,校長に述べた不起立の理由を供述しないものの,「日の丸」及び「君が代」の下で傷つけられてきた家族と出会い,その方々の思いを実際に聞き,その傷を知ってしまった以上,学齢期に「日の丸」「君が代」を好意的に受け止めていた自分を反面教師として,「日の丸」も「君が代」も絶対に認められない,ましてや敬意なんて表せないという気持ちを持ったと供述していること(甲139,原告B本人)に照らせば,原告らは,不起立の理由として,「君が代」に対する一つの価値観などを挙げたものと認められる。そして,このような原告らの考え方は,「君が代」に関する原告らの歴史観,世界観,教育観及びこれに由来する社会生活上の信念等ということができる。 イ したがって,原告らの不起立の理由を記録した本件情報は,原告らの思想,信条及び信仰に関する事項であると認められる。 (2) 被告教育委員会が,本件条例7条2項の規定による制限(法令等の定めに基づくとき)を超えて,本件情報を収集した,あるいは保管したといえるか否かについて ア 被告教育委員会は,本件情報の収集は,被告教育委員会の教育課程等事務管理執行権限(地教行法23条5号)及び教職員に対する服務監督権限(同法43条1項)に基づくものであり,本件条例7条に規定する個人情報の収集等をしたのではないと主張する。しかし,本件条例7条は,実施機関が個人情報の収集等を行う場合の一般的な制限を定めるとともに,原則として収集等をしてはならない個人情報について定めた規定であるから(甲45参照),被告教育委員会が上記各権限に基づき情報の収集を行う場合にも,それが個人情報の収集等に当たる場合には,本件条例7条の適用を受けると解されるのであって,上記各権限に基づく調査であれば,同条の適用を受けないとする被告教育委員会の上記主張は採用できない。 イ 原告らは,本件情報の収集が本件条例7条2項の制限を超えていると主張する。  本件条例7条2項は,実施機関は,思想,信条及び信仰に関する事項に関する個人情報の収集等をしてはならないとした上で,法令等の定めに基づくとき,又は審議会の意見を聴いて必要があると認めたときは,この限りでないと規定する。そして,本件情報が,原告らの思想,信条及び信仰に関する事項についての個人情報であることは前記のとおりである。  しかし,上記条項が,審議会意見の事前聴取を手続要件の一つとして規定していることなどに照らせば,同条項に規定する「収集」は,実施機関が,思想,信条及び信仰に関する事項に関する個人情報を収集する目的でこれを収集する場合を指すものと解され,収集した結果,それが思想等に関する事項に関する個人情報であったことが判明する場合は想定していないというべきである。そして,前記のとおり,不起立の理由として原告らが述べる内容は,事前には,原告らの思想,信条及び信仰に関するものか否か判明しないことに照らせば,本件情報の収集が,本件条例7条2項の規定による制限を超えて収集されたものということはできない。 ウ また,原告らは,本件情報の保管が本件条例7条2項の制限を超えていると主張する。しかし,本件条例18条は,「実施機関に対し,第7条又は第8条第1項若しくは第2項の規定による制限を超えて,自己情報の『収集』がされたと認めるときは,その削除を請求することができる」と規定し,削除請求ができる場合を違法に「収集」されたときに限定している。ここで,本件条例2条3号は,個人情報の収集等の定義として,個人情報の収集,保管又は利用をいうと規定し,収集と保管を書き分けていることからすれば,本件条例18条の「収集」に保管は含まないと解される。そして,本件条例12条が,実施機関に対し,必要でなくなった個人情報について,速やかに廃棄し,又は消去するなどの個人情報の適正な維持管理を図る措置を講じるように求めていることに照らせば,本件条例は,個人情報の「収集」が同条例7条2項の制限を超えず,「保管」が同条例7条2項の制限を超えるような場合には,本条ではなく,同条例12条の運用によってその情報を削除する構造になっているものと解される。  したがって,原告らの上記主張は,本件非削除決定の違法事由の主張としては失当である。なお,仮に,本件条例18条の「収集」に保管が入ると解釈し得るとしても,本件情報の保管は,本件条例7条2項の規定による制限を超えたものではないことは,後記国家賠償請求の可否についての判断において述べるとおりである。 3 争点2(本件削除決定の取消請求の可否−被告教育委員会の本件情報収集の本件条例8条1項違反の有無)について (1) 被告教育委員会は,本件情報が本件条例2条1号に規定する個人情報に該当しないと主張するが,本件情報が,個人に関する情報であって,特定の個人が識別され得るもの(本件条例上の個人情報の定義(本件条例2条1号参照))に該当することは明らかであるから,上記個人情報に当たるというべきである。このことは,被告教育委員会自身,原告らに対し,本件情報を自己に関する個人情報として開示している(前提事実(3)(4))ことからも明らかである。  被告教育委員会は,本件調査が地教行法23条5号,43条1項に定められた権限の行使としてされたものであるから,それによって収集された本件情報は個人情報に該当しないと主張するが,個人情報の上記定義に当たるにもかかわらず,それに該当しないと解すべき十分な論拠とはいえない。本件情報の収集が被告教育委員会主張の調査権限に基づいてされたとしても,その収集対象が本件条例2条所定の個人情報の定義に当たるものである以上,その収集方法についての本件条例8条の適用を受けると解するのが相当である。  したがって,被告教育委員会の上記主張は採用できない。 (2) 原告らは,本件条例8条1項によれば,実施機関は,個人情報を収集する場合は,その個人情報の収集目的及び記録項目を明らかにして,当該個人から直接収集しなければならないにもかかわらず,被告教育委員会はこの手続に従っていないと主張する。  そこで検討するに,本件条例8条1項は,実施機関は,個人情報を収集する場合は,その個人情報の収集目的及び記録項目を明らかにして当該個人から直接収集しなければならないと規定している。しかるに,前提事実(2)のとおり,被告教育委員会は,本件情報を原告らから直接収集していないから,この点において,本件条例8条1項違反が認められる。被告教育委員会は,校長が原告らから直接聴取していること,校長による聴取において,原告らに収集目的及び記録目的が明らかにされているから,上記条項の目的・趣旨に沿っており,同条項違反はないと主張する。確かに,同条項の趣旨は,実施機関に本人からの直接の収集を義務付け,正当な理由なしに個人情報が収集されたり,不正確な個人情報が収集されたり,本人の知らないうちに個人情報が収集されたりすることを防止しようとする点にあると解されるから(乙12参照),校長が原告らから直接に聴取することによっても,その趣旨はある程度全うできる。しかし,本件情報を収集される原告らからすれば,本件情報収集の主体が勤務先の校長であるか,被告教育委員会であるかは,大きな違いであり,その聴取において,各校長が被告教育委員会からの調査依頼に基づく聴取であることを告げたことを窺わせる証拠はない以上,本人の知らないうちに被告教育委員会によって本件情報が収集されたことになるのであって,本件条例8条1項の上記趣旨が全うされたとはいえない。しかも,本件において,同条項によって収集の際に明らかにされるべき収集目的(服務監督権限に基づく調査等の目的で収集すること)や記録項目(不起立の理由を記録すること)が各校長から原告らに明らかにされたことを認めるに足りる証拠はない(原告A15頁以下,原告B21頁参照)。  したがって,本件情報の収集において,本件条例8条1項違反があるというべきである。 4 争点3(自己情報コントロール権に基づく削除請求の可否)について (1) 原告らは,行政機関が,個人の思想,信条及び信仰に関する情報を有している場合,当該個人は,自己情報コントロール権に基づき,当該情報の削除を請求することができると主張する。  そこで検討するに,プライバシー権は,個人の私生活上の自由を保護するものであり,人格権の一種として認められている。そして,個人に関する情報が行政機関や民間企業において収集,管理,利用され,また,インターネットを通じて情報が瞬時に流通する現代の情報化社会において,個人の私生活上の自由や人格的自立を保障するためには,個人に関する情報について,行政機関等から不当に収集されたり,利用されたり,他に提供されたりしないように保護することにとどまらず,行政機関等が不当に個人情報を保有,利用しているような場合には,その情報の削除や訂正等を求める権利(以下「自己情報コントロール権」という。)も保障される必要がある。そして,この必要性は,個人の尊厳に直結し,人格の生存や発展に不可欠な情報について,特に高いというべきである。  もっとも,行政機関が個人情報を保有している場合,その情報の内容や収集・管理の方法,その情報を保有する必要性は多種多様であるから,自己情報コントロール権の具体的な範囲や内容は,基本的には,具体的な法律や条例によって明らかにされるべきものと解される。  ここで,被告枚方市は,本件条例を制定し,その18条で,「何人も,実施機関に対し,第7条又は第8条第1項若しくは第2項の規定による制限を超えて,自己情報の収集がされたと認めるときは,その削除を請求することができる。」と規定し,行政機関に対する個人情報の削除請求の要件を具体的に定めているから,原告らは,少なくとも原則としては,この規定を通じて権利行使をすべきである。  もっとも,前記のとおり,自己情報コントロール権が人格権に基礎を置く権利であり,その対象となる情報には,個人の尊厳に直結し,個人の人格的発展に不可欠な情報も含まれ得ることに照らせば,その行使や要件を具体的に定めた条例等の範囲でしか請求できないとまでの限定を設けるのは相当でない。条例等で定める手続によっては,個人情報の削除等が認められないような場合には,個人情報の性質・内容,その情報の収集方法・態様,その情報を削除しないことによって受けるべき当該個人の不利益並びにその情報を削除することによって受けるべき当該行政機関の不利益の有無・程度,公共の利益との関連などを勘案した上で,自己情報コントロール権に基づく削除請求を認める余地もあるというべきである。 (2) しかし,前記のとおり,本件では,本件情報の収集において,本件条例8条1項違反が認められ,同条例18条に基づく削除請求が可能というべきであるから,自己情報コントロール権に基づく直接の削除請求を認める必要性はなく,上記各要件を詳細に検討するまでもなく,同権利に基づく請求には理由がない。 5 争点4(原告らの被告枚方市に対する国家賠償請求の可否)について (1)ア原告らは,違法な学習指導要領,7点指示に基づき,国歌を斉唱する際に起立することを強制され,多大な精神的損害を被ったと主張する。そこで,まず,学習指導要領及び7点指示の適法性について,原告らの主張に即して検討する。 イ(ア) 原告らは,教育基本法10条は,国家と官僚による学問の自由と教育の自主性への介入・干渉を排除し,教育権の独立を確保するために制定されたものであり,教育行政の役割に教育内容への関与は含まれないと主張する。  そこで検討するに,教育基本法は,憲法の精神に則り,個人の尊厳を重んじる教育の普及徹底,ひいては,民主的で文化的な国家の建設を目的として制定されたものである(前文)。そして,憲法が教育について直接規定する26条は,福祉国家の理念に基づき,国が積極的に教育に関する諸施設を設けて国民の利用に供する責務を負うことを明らかにする趣旨で,国民の教育を受ける権利を定めていること,この規定の背後には,国民各自が,一個の人間として,また,一市民として,成長,発達し,自己の人格を完成,実現するために必要な学習をする固有の権利を有するという考え方があると解されること,教育や学習の本質は,その外的な施設ではなく,教育内容であることなどに照らせば,憲法は,国が,子ども自身の利益の擁護のため,あるいは子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため,必要かつ相当と認められる範囲において,教育内容についても決定する権能を有すると解しているものというべきである。そして,教育基本法10条は,教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き(同条2項),その整備確立のための措置を講ずるに当たっては,教育の自主性尊重の見地から,これに対する不当な支配とならないようにすべき旨の限定を付しているが(同条1項),これも,憲法の教育に関する上記規定やその趣旨を前提とし,行政による教育内容に対する相当な範囲における関与を認めた上で,その関与の在り方について限定を付したものと解するのが相当である。  したがって,同条2項にいう,「教育の目的を遂行するに必要な諸条件」には,教育内容や教育方法も含まれると解されるのであり,国の教育に対する不当な介入は,排除されるべきであるとしても,国は,教育の目的に沿う教育を実現するために,必要かつ合理的な範囲内であるならば,教育内容や教育方法等に関するものであっても決定することができるというべきである(最高裁昭和51年判決参照)。  原告らは,学習指導要領は,学校教育法20条,38条の「教科に関する事項」を,学校教育法施行規則により「教育課程」と拡大解釈された上で作成されており違法であると主張する。しかし,学校教育法20条や38条は,児童・生徒の発達段階及び特性を考慮して適切な教育を行うことなどの教育目的及び教育目標に従って,「教科に関する事項」を定めるという内容の規定であり(同法17条,18条,35条,36条参照),児童・生徒の発達状況や授業日数等を考慮した教育計画の作成が予定されていると考えることが自然である。したがって,上記条文に規定する「教科」は,学校の教育活動ないしは教育課程と同義であると解されるのであり(乙7参照),学習指導要領の根拠となる学校教育法施行規則が委任の範囲を超えたものということはできない。 (イ) 原告らは,学習指導要領の国旗国歌条項は,学校において行われる様々な行事の中で,特に卒業式,入学式という特定の行事において指導を行うべきことを定めたもので,国歌に関する指導や卒業式,入学式の方法という細目についての詳細を定めるものといえ,教育内容及び方法について必要かつ合理的な大綱的基準を定めたものではないから,法的拘束力は有しないと主張する。  しかし,上記国旗国歌条項は,国旗及び国歌を国の象徴として相互に尊重することが国際的な儀礼であること,日本人としての自覚を持たせ,国を愛する心を育てるためには,国旗・国歌を尊重する態度を育てることが重要なことであること,そのためには,入学式及び卒業式という重要な式典の際,国旗を掲揚し,国歌を斉唱することが望ましいこと,このような国旗・国歌に対する教育は,全国的にされるべきであることなどから,教育における機会均等の確保と全国的な一定の教育水準の維持という目的のために制定されたものと考えられる(乙1,2,弁論の全趣旨)。そして,上記国旗国歌条項は,儀式的行事について「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるよう活動を行うこと」と定め,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と定めているにとどまり,それ以上に国旗・国歌についてどのような教育をするかについてまでは定めてはいないこと,入学式及び卒業式を除いて国旗掲揚・国歌斉唱を行う式典の選択を残していること,国旗掲揚の態様や国歌斉唱の指導の方法を指定しておらず,地方の実情等に合わせた国旗掲揚の実施や国歌斉唱の指導をする余地を残していることからすれば,上記条項は,その内容が一義的であるとか,教職員に対し,国旗・国歌について一方的な一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものとはいえず,必要かつ合理的な大綱的な基準として法的効力を持つものというべきである。 ウ(ア) 原告らは,教育委員会は,学校での教育の在り方について,指揮・命令及び監督により統制してはならないことが教育基本法の基本理念であると主張する。  しかし,前記のとおり,教育基本法は,教育内容や教育方法等について行政機関が一定の関与することを許容していること,教育委員会は,教育の地方自治の立場から地方公共団体の教育に関する事務を自治的に決定・執行する行政機関であり,教育委員会制度が,各地方の住民に直結した形で,各地方の実状に適応した教育を行うことが,教育の目的及び本質に適合するという考え方に基づいて設けられたものであることなどに照らせば,教育委員会は,教育課程に関する管理権限を定めた地教行法23条5号に基づき,学校の教育課程に関し,指示,指導及び助言を行うとともに,特に必要な場合には具体的な命令を発することもできると解するのが相当である(最高裁昭和51年判決参照)。 (イ) 原告らは,7点指示は,学習指導要領の国旗国歌条項すら逸脱して,入学式及び卒業式の詳細かつ画一的な進行を定めており,教育課程の細部に渡る事項について,教育委員会が具体的な細目を定めることは学習指導要領に違反し,教育に対する不当な支配に当たり,違法であると主張する。  そこで検討するに,教育委員会制度は,前記のとおり,各地方の住民に直結した形で,各地方の実状に適応した教育を行うことが,教育の目的及び本質に適合するという考え方に基づいて設けられたものであり,教育委員会は,教育課程についても,各地方の状況を踏まえ,教育課程について,指示,指導及び助言をすることができ,特に必要があれば,具体的な命令をすることもできると解される。  もっとも,学校の教育課程についての事務は,本来,学校自体が行うべき事項であり,教育基本法10条が教育行政における「不当な支配」の排除を求めた趣旨に照らせば,教育委員会の指示,命令権限は,教育機関の自主性を奪うものであってはならないというべきであり,教育委員会の上記権限は,正当な教育目的のために,必要かつ合理的と認められる範囲内で認められるというべきである。  ここで,本件の7点指示をみると,被告教育委員会は,学習指導要領の国旗国歌条項の意義や入学式が学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような儀式であるとの位置付けを踏まえ,入学式の運営が適正かつ効果的なものとなるように式次第についての指示をしたものと解されるのであり,その目的は正当なものというべきである。そして,7点指示の内容は,本件で特に問題とされる国歌斉唱との関係では,教職員が国歌斉唱時に起立し,斉唱すること,教職員に児童・生徒が起立をすることの意味や斉唱の指導を行うことを明確に指示すること,教職員の起立については,起立しない場合,再度,起立の指示をすること(3点目),国歌斉唱を式次第や式場,しおり等に明記し,しおり等には歌詞をプリントすること(4点目),国歌斉唱の伴奏方法は適切な方法をとること(5点目)などであり,これらは,学習指導要領中に,「儀式的行事」として,「学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと」が規定され,また,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定されていること,儀式的行事における国歌斉唱は,我が国に限らず,起立して行うことが通例であり,教職員に対し,それに沿った行動を指示することは不合理なものではなく,生徒・児童に対し,国歌斉唱時に起立する理由を説明することも,それが一方的な見解を押しつけるものでない限り,国際的な儀礼を含む社会常識を教える観点からも合理的なことであるし,また,国歌斉唱の際の伴奏方法が適切な方法であることも当然のことを念のため指示したものと解される(不適切な伴奏を避けることは当然のことである。)ことなどに照らせば,上記各指示は,いずれも学習指導要領の内容・趣旨に沿ったものであり,地方の実情に即した教育の実現への関わりを期待された被告教育委員会の判断に基づき,入学式を厳粛かつ清新なものとするための方策として必要かつ合理的な範囲を超えたものとはいえない。また,その形式も,前記前提事実(2)アのとおり,校長に対し法的拘束力を有する命令ではなく,臨時校長会・園長会における指示としてされたものであり,これは,校長の裁量権の存在を前提として,被告教育委員会の考え方に沿った権限の行使を指示するもので,最終的な決定権は校長に留保されていたというべきである。もっとも,被告教育委員会が校長の服務を監督する権限を有する(地教行法43条1項)ことや被告教育委員会は,枚方市立小学校及び中学校に対し,国歌斉唱の際に起立しなかった生徒,教職員の状況等について報告することが求めてきたこと(前記認定事実(3))などに照らせば,被告教育委員会による上記指示が校長の裁量権に対し,事実上,相当程度の制約を課すものであったことは推認できるところであり,また,7点指示を全体として見た場合,その内容は詳細に過ぎるきらいがないではない。しかし,前記のとおり,その指示内容は,学習指導要領の趣旨に沿ったものであり,それ自体,不当・不合理なものとはいえない上,入学式の挙行に当たり,各学校の自主的な判断に委ねられている場面も相当程度残されていることなどをも併せて考慮すれば,本件7点指示が,被告教育委員会による「不当な支配」に当たると解することはできない。 エ 原告らは,7点指示による「君が代」の起立斉唱の強制は,憲法が禁止する特定の思想や信仰の強制に当たるほか,「君が代」斉唱に際する不起立は,「君が代」に対して敬意を払わないという意味づけがなされるものであり,憲法が保障する沈黙の自由をも侵害していると主張する。  しかし,儀礼的行事である入学式において,国歌斉唱の際に起立するという行為自体は,小学校及び中学校の教員にとって通常想定されるものであって,その行為が,客観的にみて,特定の思想や信仰を有するということを外部に表明する行為であると評価することはできず,原告らの内心における精神的活動を否定したり,原告らの思想,信仰に反する特定の精神的活動を強制するものではない。前記2(1)のとおり,原告らの「君が代」に対する考え方は,「君が代」に対する多様な価値観の一つを前提とするものであり,一定の配慮が必要であるとしても,儀式的行事の際,国歌を起立して歌うことは,原告らの世界観,人生観及び宗教観に直ちに結び付くものとはいえない上,本件では,前記のとおり,学校の方針として国歌斉唱時に起立することを求められているのであるから,原告らが特定の思想や信仰を有するということを外部に表明する行為であると評価することはできない(最高裁平成16年(行ツ)第328号同19年2月27日第三小法廷判決・裁判所時報第1430号4頁参照)。  原告らは,「君が代」斉唱に際する不起立が,沈黙の自由を侵害するとも主張するが,「君が代」斉唱時に起立しない理由は様々であり,「君が代」斉唱時に起立しないことによって,必ずしも,起立しない者の思想や信仰が推知されるとはいえない。しかも,行政機関による一定の行為が憲法19条で保障されている沈黙の自由を侵害するというためには,その行為が,その者の思想や信仰の内容を推知するためにされたものであることを要すると解すべきであるが,本件においては,儀式的場面における国歌斉唱の際の通常の行為として,起立の指示がされたものであって,教職員の思想や信仰の内容を推知する目的でされたものとはいえないから,原告らの沈黙の自由を侵害するものとはいえない。  しかも,憲法15条2項は,「すべて公務員は,全体の奉仕者であって,一部の奉仕者ではない。」と定めており,地方公務員も,地方公共団体の住民全体の奉仕者としての地位を有するものである。こうした地位の特殊性及び職務の公共性にかんがみ,地方公務員法30条は,地方公務員は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し,かつ,職務の遂行に当たっては全力を挙げてこれに専念しなければならないと規定し,同法32条は,上記の地方公務員がその職務を遂行するに当たって,法令等に従い,かつ,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならないと規定する。そして,前記のとおり,儀式的行事における国歌斉唱は,我が国に限らず,起立して行うことが通例であり,教員が,国歌斉唱時に起立する行為は,儀式的行事における通常の振る舞いを示すとともに,入学式及び卒業式にふさわしい雰囲気を形成するものとして必要な行為であるといえる。  したがって,国歌斉唱の際に起立することが指示されることにより,原告らが自己の思想等に反する行為を強いられたと感じたり,原告らの思想等の内容が推知され得ることがあるとしても,原告らが地方公務員として上記各規定の適用を受けることからすれば,これをもって,原告らの思想・良心の自由,信仰の自由及び沈黙の自由が侵害されたと解することはできない。 オ 原告らは,7点指示は,被告教育委員会教育長であるEが被告教育委員会に諮らずに指示したものであり,重要かつ異例の事態が生じたときは,教育委員会に諮らなければならないとする枚方市教育委員会事務委任規則2条2項に違反してされたもので無効であると主張する。  確かに,枚方市立学校長に対する事務委任規程2条は,所属学校の教育課程の編成及び取扱いに関することについて,校長に委任するとした上で,重要かつ異例の事態が生じたときは,教育長の決定にかからしめなければならないと規定していること(甲113),E自身,重要かつ異例の事態が生じたため7点指示を出したと発言していたこと(甲114),Eは被告教育委員会に諮らずに7点指示を出したこと(乙10)が認められる。  しかし,枚方市立学校長に対する事務委任規程の上記規定に定める「重要かつ異例の事態」と枚方市教育委員会事務委任規則の上記規定に定める「重要かつ異例の事態」とは,同じ文言であるが,被告教育委員会の事務を委任された教育長と,教育長からさらにその事務の一部を委任された校長では,事務の内容・重要性に自ずと差異が生じるのは当然であるから,それらの文言を同一の意義として理解する必要はない。  そして,前記認定事実(2)のとおり,Eは,平成10年度以後の校長会,園長会において,入学式及び卒業式の在り方,特に国歌斉唱の際の教職員に起立させることについて,繰り返し,お願いや指示をしているのであり,Eが7点指示をしたことが枚方市教育委員会事務委任規則2条2項に定める「重要かつ異例の事態」に該当するとは認められない。 カ 以上のとおり,学習指導要領及び7点指示に違憲違法な点はない。 (2)ア 原告らは,本件情報の収集・保管が本件条例7条2項及び8条の制限を超えたもので違法であると主張する。このうち,本件情報の収集方法において本件条例8条に違反した違法があることは前記3で判断したとおりであるので,ここでは,他の違法性の有無を,国家賠償法上の違法性の程度や慰謝料額の判断に必要な限度で検討する。  本件情報の収集が本件条例7条2項に違反しないことは,前記2のとおりである。しかし,本件情報を収集した結果,被告教育委員会は,本件情報が原告らの思想,信条等に関わる情報であることを知ったことになるから,その保管について,本件条例7条2項の制限を受けると解される。そこで,本件情報の保管が本件条例7条2項の制限を超えてされたものか否かを検討する。 イ まず,本件条例7条2項の「法令等」の意義を検討するに,被告枚方市が作成した本件条例の手引き(甲45)には,同条項の「法令等の定めに基づくとき」とは,法令の趣旨,目的からみて収集ができるものと解される場合も含むと記載されている。そして,上記手引きは,本件条例制定後間もない平成10年10月に,本件条例を制定した枚方市議会の属する枚方市が作成したものであるから,その記載内容は立法者意思に近いものと解される。なお,上記手引きは,上記法令等の具体例として,立候補の届出(公職選挙法86条)や職員採用に係る欠格条項の照会(地方公務員法16条)を挙げているが,このことは,同条項にいう「法令等」を,その規定上,上記情報の収集・保管を具体的に明記しているものに限定する趣旨のものと解することはできない。そして,このように「法令等」を上記のように解しても,個人情報の収集等は,所掌事務の目的を達成するために必要最小限の範囲内で適正かつ公正な手段によって行わなくてはならない(本件条例7条1項)以上,個人の権利を不必要に侵害することにはならないというべきである。  被告枚方市は,地教行法23条5号,43条が本件条例7条2項に規定する「法令等」に該当すると主張する。  そこで検討するに,まず,同法23条5号は,教育委員会は,地方公共団体が処理する教育に関する事務で,次に掲げるものを管理,執行すると規定し,その5号で,学校の教育課程に関することを規定している。そして,教育委員会が,上記の管理執行権限を適正に行使するためには,教育課程の実施状況等を調査し,その調査結果を保管して,上記権限行使に備える必要も生じ得る。そして,本件のように,教育課程の管理執行において教職員の思想,信条及び信仰が関わってくる場面があることは容易に想定でき,その適正な権限行使のためには,必要な限度で思想等に関する情報を保管し,それを踏まえた対応をする必要性も否定できないことからすれば,地教行法23条5号は,本件条例7条2項の「法令等」に含まれるものと解される。  次に,同法43条について検討すると,同条は,市町村立の学校を管理し,市町村の教育事務を処理する権限を有する市町村の教育委員会に,適切に教職員を監督するため,市町村教育委員会の教職員に対する勤務の在り方などの服務について監督する権限を規定したものであり,また,都道府県の教育委員会が適切な任免等を行うことを目的として,都道府県の教育委員会の定めた基準に従って教職員の任免その他進退について都道府県の教育委員会に内申できることを規定したものである。そして,市町村教育委員会は,教職員の中に上司の職務上の命令に違反するなど職務上の義務違反者が出た場合,任命権者である都道府県の教育委員会に内申して,都道府県の教育委員会に対し,任命上の必要な措置を求めるためには,必要な事実を調査し,その情報を保管する必要がある。そして,本件のように,教職員について,職務上の義務違反が同人の思想,信条等に関わることもあり得ることも容易に想定でき,そのような場合には特に慎重な対応も必要となるから,地教行法43条は,市町村教育委員会が必要な限りで,教職員の思想等についても調査し,その情報を保管することも予定しているというべきであり,同条も,本件条例7条2項の「法令等」に含まれると解される。  したがって,被告教育委員会が本件情報を保管したことについて,本件条例7条2項に違反する違法性はないというべきである。 ウ このように,原告らが国家賠償法上の違法事由として主張する事実のうち,本件条例8条に違反する事実だけが認められる。ここで,原告らは,プライバシー権の一部として,適法な方法によって自己の個人情報を収集されるという手続的利益を有していると解され,その利益は,本件情報のように,思想,信条等に関する事項についての個人情報を収集される場合には一層大きいというべきであるから,被告教育委員会が本件条例8条の手続に違反して本件情報を収集したことは,原告らのプライバシー権を侵害するものというべきである。そして,上記違反が本件条例8条の文理に違反するものであることに照らせば,被告教育委員会の担当者に職務上の注意義務違反が認められ,過失も認められるというべきである。 エ そこで,損害賠償額を検討するに,前記認定事実及び証拠(甲139,140,原告A(15頁以下),同B(21頁以下))によれば,原告らは,本件調査に関する情報の開示請求をした者からの情報提供を受けて,被告教育委員会に対し,本件情報について自己情報開示等請求を行い,はじめて,被告教育委員会が本件情報を保管していることを知ったこと,原告らは,校長に話した不起立の理由が,知らないうちに被告教育委員会に伝わっていたことに精神的な苦痛を受けたことが認められる。もっとも,本件情報収集において認められる違法は,実施機関による直接収集を規定した本件条例8条違反に限られ,他の違法事由は認められないこと,被告教育委員会には,本件情報を保管する必要性があったこと,被告教育委員会が本件情報を保管中,本件情報にアクセスし得たのは,教育長,教育次長,学校教育部長,学校教育部次長など,一部の者に限られていたこと(弁論の全趣旨),本判決により,本件情報の非削除決定が取り消され,同情報が削除されることにより,被告教育委員会が本件情報を保管していることによる原告らの精神的苦痛は解消されることなどの事情を併せて考えれば,原告らの精神的損害を慰謝する金額としては,1万円が相当である。 6 結論  以上のとおり,原告らの被告教育委員会に対する請求は理由があり,また,被告枚方市に対する国家賠償請求は,各自1万円の支払を求める限度で理由があるので,これらを認容し(ただし,仮執行宣言は相当でないので付さないことにする。),その余の請求は,いずれも理由がないので棄却することとし,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第7民事部 裁判長裁判官 廣谷章雄 裁判官 森鍵一 裁判官 森永亜湖