◆ H24.02.06 大阪地裁判決 平成21年(行ウ)第188号 門真市立第三中学校不起立訓告処分事件(訓告処分取消等請求事件) 大阪地方裁判所平成24年2月6日判決言渡 平成21年(行ウ)第188号 訓告処分取消等請求事件 (口頭弁論終結の日 平成23年11月9日)     主   文 1 本件訴えのうち,平成21年2月20日付け訓告の取消しを求める部分を却下する。 2 原告の被告門真市及び被告大阪府に対する金員請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,原告の負担とする。     事実及び理由 第1 請求 1 門真市教育委員会が原告に対してした平成21年2月20日付け訓告処分を取り消す。 2 被告らは,原告に対し,各自200万円及びこれに対する平成21年2月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事実の概要等 1 事案の概要  本件は,大阪府門真市立中学校の教員であった原告が,平成19年度の卒業式(以下「本件卒業式」という。)において,国歌斉唱時に着席したこと及びこれについて門真市教育委員会(以下「市教委」という。)による事情聴取に出席するよう命じる旨の校長からの職務命令に違反したとして,平成21年2月20日に市教委から文書訓告(以下「本件訓告」という。)を受けたが,同訓告が違法であると主張して,その取消しを求めるとともに(以下,この請求を「本件取消請求」という。),被告門真市及び被告大阪府に対し,本件訓告及びこれに関する事情聴取が違法であるとして,国家賠償法1条1項に基づき,原告が被った精神的苦痛に相当する慰謝料として,各自200万円及び本件訓告の日である平成21年2月20日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である(以下,この請求を「本件国家賠償請求」という。)。 2 前提事実(ただし,文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実) (1)当事者等 ア 原告は,昭和52年6月6日,門真市立五月田小学校の教諭に任命された公務員であり,本件訓告時には,大阪府門真市立第三中学校(以下「門真三中」という。)の第3学年を担当する保健体育の教員で学年主任であった。原告は,平成23年3月に退職した。(甲12,原告本人) イ 被告大阪府は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)2条により,大阪府教育委員会(以下「府教委」という。)を設置しており,府教委は,同法35条及び地方公務員法(以下「地公法」という。)6条に基づき,原告に対して任命,休職,免職及び懲戒等を行う権限を有している。  また,被告門真市は,地教行法2条により,市教委を設置しており,市教委は,地教行法43条1項により,門真市立中学校の教職員の服務を監督する立場にある。ウ □A校長(以下「A校長」という。)は,本件卒業式及び本件訓告当時,門真三中の校長であった。 (2)本件卒業式とその際の原告の行動等  平成20年3月13日,門真三中において,本件卒業式が行われた。その式次第に則った国歌斉唱の際,卒業学年の各クラス担任及び副担任(以下「卒業生担当教員」という。)のうち,原告を含めて担任団席に列席していた教員8名が全員着席し,出席した卒業生160名のうち1名が起立したままであったほかは全員着席した(以下「本件事件」という。)。  これにより,本件卒業式の進行が阻害されることはなかった(弁論の全趣旨)。  同月27日以降,本件事件が新聞等で報道された(甲4の@ないしB,5)。 (3)本件訓告に関する経緯 ア A校長は,平成20年3月24日から同月28目までの間,原告を含む卒業生担当教員であった11名から事情聴取を行った。 イ 市教委は,同年4月4目,原告を含む本件卒業式において国歌斉唱の際に着席した卒業生担当教員8名に対し,事情聴取を行った。  また,市教委は,同年5月26日から同年6月6日までの間に,A校長及び教頭並びに本件卒業式において国歌斉唱の際に着席した卒業生担当教員8名のうち,原告を除く7名から再度事情聴取を行った。  同年10月22日,A校長は原告に対し,同日に行われる市教委からの事情聴取に応じることを命じる職務命令を行ったが(以下「本件職務命令」という。),原告はこれを拒否した。 ウ 府教委から市教委に対し,原告の上記職務命令違反について,同年11月21日に事情聴取を行う旨の連絡があり,これを市教委は,A校長を通じて原告に伝えたが,原告が職務として出席することを拒否し,有給休暇を取得して出席することを希望した。結局,府教委から原告に対する事情聴取は行われなかった。 (4)本件訓告 ア 府教委は,市教委に対し,本件卒業式の国歌斉唱の際,着席した卒業生担当教員のうち,原告を除く教員7名については,厳重注意,原告及びA校長には文書訓告の服務上の措置を講じるようにとの,平成21年2月19日付け「大阪府立門真市公立学校長の不祥事に係る事後措置について(通知)」(以下「事後措置を求める通知」という。)を発した(乙4)。 イ 市教委は,原告が本件卒業式の国歌斉唱の際に着席したこと(以下「本件着席」という。)が卒業式において中学校学習指導要領(以下「本件指導要領」という。)に基づき国歌斉唱を生徒に指導すべき立場にある公立学校教員として不適切であるとともに,本件職務命令に違反したことが,学校教育に携わる公立学校教員として,その職の信用を著しく失墜させるものであるとして,原告に対し,平成21年2月20日付けで本件訓告を行った。  本件訓告書(甲2)の記載内容は,以下のとおりである。 「あなたは,あなたが勤務する門真市立第三中学校で行われた平成19年度卒業式において,校長が所属教職員に対し,学習指導要領に則り起立して国歌を斉唱するという指導を受けていたにも関わらず,これに反して国歌斉唱時に着席した。  あなたのこの行為は,卒業式において学習指導要領に基づき国歌斉唱を生徒に指導すべき立場にある公立学校教員として不適切であるといわざるを得ない。  また,あなたは,門真市立第三中学校で行われた平成19年卒業式において,教職員席に列席した教諭全員と卒業式に出席した1名を除く卒業生全員が,国歌斉唱時に一斉に着席した事案に関して,平成20年10月22日に門真市教育委員会において行われる事情聴取に出席するよう,校長から職務命令を受けたにも関わらず,これに違反した。  このことは,上司の職務上の命令に従わなかったものであり,学校教育に携わる公立学校教員として,その職の信用を著しく失墜させるものである。  よって,今後,かかることのないよう厳に訓告する。」 (5)関連法規等 ア 国旗及び国歌に関する法律(以下「国旗国歌法」という。) (ア)国歌は,君が代とする。(2条1項) (イ)君が代の歌詞及び楽曲は,別記第二のとおりとする。(同条2項)  (別記第二は省略) イ 教育基本法16条1項  教育は,不当な支配に服することなく,この法律その他の法律の定めるところにより行われるべきものであり,教育行政は,国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下,公正かつ適正に行わなければならない。 ウ 本件指導要領  本件指導要領は,「第4章 特別活動」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」において,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定している(以下「本件規定」という。)。 (6)卒業式・入学式における国旗・国歌についての通知等 ア 市教委は,門真市立の各小中学校長に対し,卒業式・入学式における国旗・国歌について,以下の内容の平成15年12月4日付けの通知(以下「本件通知」という。)を行った(乙3)。 「1 国旗について  (1)式場内に掲揚すること。  2 国歌について  (1)国歌が斉唱できるように指導すること。  (2)式次第に「国歌斉唱」を明記し,式場内に掲示すること。  (3)保護者等への配布物には,国歌の歌詞・楽譜を印刷すること。  (4)国歌斉唱は,起立して行うこと。そのため,司会(教諭又は教頭)の号令で起立の徹底を図った上で実施すること。」  イ 府教委は,平成20年1月9日付けで,市町村教育委員会教育長に対し,本件指導要領に基づき,卒業式及び入学式における国旗及び国歌に関する指導が一層適切に行われるよう,引き続き指導をするよう依頼を行った(丙1)。 3 争点 (1)本件訓告の処分性(争点1) (2)本件取消請求について出訴期間を徒過しているといえるか否か(争点2) (3)原告が本件訓告を受けるべき理由の有無及び本件訓告の違法性(争点3) (4)本件国家賠償請求の成否及び損害の内容(争点4) 4 争点に対する当事者の主張 (1)争点1(本件訓告の処分性)について  (原告)  行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条2項の「処分」とは,行政庁による公権力の行使として行われる国民の権利義務の範囲を形成し又はその範囲を具体的に確定する行為をいうと解される。  文書訓告は,実際上,何らかの非違行為があったと判断された場合に限り科されているのであり,単なる職務命令とは明らかに性質を異にしている。また,文書訓告を受けると,@一時金の勤勉手当がカットされる,A校長による当該年度の業績・能力評価において加味される,B昇進の可能性が低くなる,C再任用を拒絶される,D学年担任,学年主任を外されるという具体的な不利益が生じうる。  このように,文書訓告は,特定の者に対して不利益な効果を伴うものであり,その権利義務に直接影響を与えるものである。  したがって,本件訓告は,行訴法3条2項の「処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当する。  (被告門真市)  行訴法3条2項により取消しを求めることができる「処分」とは,公権力の主体たる国又は公共団体の行う行為のうち,その行為によって,直接に国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確認することが法律上認められているものに限られると解するのが相当である。  この点,府費負担教員である原告に対して懲戒を行う権限を有するのは任命権者である府教委であって(地教行法37条1項,地公法6条1項),市教委は,その服務を監督する立場に止まり(地教行法43条1項),したがって,市教委が原告に対してした本件訓告は,原告に対する制裁的性質を有する懲戒処分とは異なり,市教委の原告に由する服務監督権に基づいて原告の職務上の義務違反について注意を喚起し,将来を戒めるための事実上の行為であって,その改善 向上のために行った監督上の措置にすぎず,それによって新たに原告が何らかの義務を課され,あるいは権利の行使を直接妨げられるなどの法的効果をもたらすものではない。  また。原告が主張する不利益のうち,@については,「勤勉手当の成績率の取扱いに関する要領」(乙12)によっても,平成19年度及び平成20年度の自己申告票を提出していない原告の平成21年6月度の勤勉手当の成績率は,100分の58.5になるのであって,原告が本件訓告を受けたことによる影響はない。また,AないしDについては,いずれも本件訓告の法律上の効果として認められているものではないことが明らかであって。本件訓告に処分性を認める根拠とはならない。すなわち,これらについて権限を有する者(A及びDについては校長,B及びCについては府教委)の裁量の範囲内で訓告の対象となった行為が一つの評価要素あるいは判断材料になるとしても,訓告を受けたという事実自体から,直接的に結論が導かれるものではない。なお,Dに関しては,原告は平成21年度に門真三中の第2学年の担任となっており,学年主任も務めている。 (2)争点2(本件取消請求について出訴期間を徒過しているといえるか否か)について  (原告)  原告は,本件訓告が「懲戒その他とその意に反する不利益な処分」(地公法49条の2第1項)に該当すると判断し,門真市公平委員会への不服申立てを行ったが,同手続において出訴期間の制限等について別段の指摘もなかった上に,同決定において行訴法46条の「教示」も行われなかった。本件のように処分性自体が不明確な場合に何の教示も受けられないままに形式的に文書訓告がなされたときから6か月で出訴期間の制限にかかるとすると,実際上被処分者に酷な結果となるし,行訴法46条,同法14条3項の趣旨にも反する。  したがって,本件においては,門真市公平委員会が,原告の不服申立てに対して,却下決定を行ったのは平成21年5月18日であり,本訴が提起されたのが同年11月2日であるから,本件取消請求が出訴期間を徒過したことには,行訴法14条1項ただし書所定の「正当な理由」が認められる。  (被告門真市)  本件取消請求は,本件訓告がなされた平成21年2月20日から6か月以上経過した後になされたものであり,出訴期間を徒過したものである(行訴法14条1項)。 (3)争点3(原告が本件訓告を受けるべき理由の有無及び本件訓告の違法性)  (被告門真市) ア 前記(1)で述べた本件訓告の性質等からすれば,その適法性については,同種の事象につき懲戒処分が行われた事案に関する諸裁判例において示されているよりも緩やかな判断枠組みによって認められるべきである。 イ 本件通知及びこれに基づく指示の必要性及び合理性  本件指導要領の本件規定は,中学校教育における機会均等の確保と全国的な一定水準維持の目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的基準を定めた法規としての性質を有するものであるし,本件通知についても,門真市立小中学校教育課程に関する管理,執行権限(地教行法23条5号)に基づき,上記大綱的基準を具体化する権限を有する市教委が,本件指導要領に沿って国旗・国歌の意義を理解し,それらを相互に尊重するという態度を育てるという目的を実現,充実するために,国歌を斉唱できるよう指導すること,国歌斉唱は起立して行うことなどを所属教職員に対して周知徹底するよう具体的に定めた必要かつ合理的な指示である。 ウ 原告がA校長から本件卒業式の国歌斉唱時に起立するよう指導を受けていたこと  A校長は,本件通知及びこれに基づく市教委からの平成20年2月の校長会での指導を受けて,本件卒業式に先立ち,学校教育法に基づく所属職員に対する監督権限(同法49条,37条4項)の行使として,原告を含む担任団の教員らに対し,本件指導要領において教員は入学式や卒業式においては国歌を斉唱するよう指導するものとされていることや卒業式においては本件指導要領に則り起立して国歌斉唱をしなければならないことを指導していた(以下,A校長の上記指導を「本件指導」という。)。  なお,本件指導について,職務命令までは発令されていない。 エ 市教委による事情聴取の必要性があったこと  市教委が行った事情聴取は,府費負担教職員である原告らに対する服務監督権限(地教行法43条1項)に基づくものであり,本件事件に照らし,上記教員ら自身が国歌斉唱の際に着席したというにとどまらず,卒業学年の生徒に対して国歌斉唱の際に着席するように指導するなどした事実の有無を対象として事情聴取を行ったことには十分な必要性及び合理性が認められる。  そして,平成20年3月28日に市教委同席のもと門真三中で行われた事情聴取及び同年4月4日に市教委で行われた事情聴取はいずれも短時間であり,事実関係等の詳細についてより時間をかけて聴取する必要があったことや,各自から聴取した事実関係の整合性を確認する必要があったことなどから,あらためて同年5月26日から6月6日までの間に「一人ずつ相応の時間をかけて事情聴取を行う機会を設けられたものであって,その必要性及び合理性も優に認められる。  原告は,それ以上に事情聴取を行う必要性はないかのごとく主張するが,卒業学年の担任教諭が生徒に対して国歌斉唱の際に着席するよう指導する行為の態様としては,生徒に対し,端的に「着席するように」という場合に限らず,そのような指導の有無について,国歌について生徒に対しどのような内容のことを伝えてきたのかを含めて詳細な事実確認が必要であったところ,原告に対しては,同年4月4日までの事情聴取においてこれらの点について十分な事情聴取ができていなかったのであるから,改めて相応の時間をかけて事情聴取をする必要性及び合理性があった。  なお,原告は,市教委からの2回目の事情聴取は,原告が代理人弁護士の同席を求めたのに対し,市教委がこれを拒否したために応じなかったと主張しているが,そもそも本件訓告は,市教委が服務監督権に基づいて原告の職務上の義務違反について注意を喚起し,将来を戒めるための事実上の行為に過ぎず,不利益処分ではなく,行政手続法上,不利益処分の手続に関する規定の適用が除外されており(同法3条1項9号),聴聞の通知を受けた者が聴聞に関する一切の行為をすることができる代理人を選任できる旨を定めた同法16条の適用もないから,本件の事情聴取において代理人弁護士の立会いを認めるべき根拠はない。 オ 本件訓告は,原告の内心の自由及び表現の自由を侵害しないこと (ア)本件指導要領の第4章第2項Cにおいては「学校行事においては,全校又は学年を単位として,学校生活に秩序と変化を与え,集団への所属感を深め,学校生活の充実と発展に資する体験的な活動を行うこと。」とした上で,「(1)儀式的行事 学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機づけとなるような活動を行うこと。」とされており,文部省が作成した「中学校学習指導要領(平成10年12月)解説−特別活動編−」においては,本件指導要領の第4章第3項3について「学校において行われる行事には,様々なものがあるが,この中で,入学式や卒業式は,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛かつ清新な雰囲気の中で,新しい生活の展開への動機付けを行い,学校,社会,国歌など集団への所属感を深める上でよい機会となるものである。このような意義を踏まえ,入学式や卒業式においては,『国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする』こととしている。」とされていること(乙7)からしても,国歌斉唱の際に起立する行為は,卒業式という儀式的行為の場で式典の進行上行われるものであって,「敬意」という特定の思想を有することを外部に表明する行為と評価することはできない。  また,地方公務員である教員は,「全体の奉仕者」(憲法15条2項,地公法30条)として公共の利益のために勤務し,かつ職務の遂行に専念し,上司の職務上の命令に忠実に従わなければならず(地公法32条),その職の信用を傷つけてはならない(同法33条)のであって,「国歌斉唱を起立して行う」旨の指導に反したことにつき注意を喚起し,将来を戒める趣旨の本件訓告の該当部分は,教員である原告の内心の自由(憲法19条)を侵害するものではない。 (イ)卒業式において,教職員が起立して国歌を斉唱する行為が特定の思想を有するということを外部に表明する行為であると評価することはできないし,卒業式のような学校行事の場において,上記の通り公務員としての義務を負う教職員が有する個人的な思想や信条を国歌斉唱時に起立しないという方法によって積極的に表現する行為が表現の自由(憲法21条)として保障される理由はなく,本件訓告は,教職員である原告の表現の自由を侵害するものではない。 カ 本件訓告は教育基本法16条に反しないこと  市教委の原告に対する事情聴取の要請に必要性及び合理性が認められることは上記エ記載のとおりであるから,これが教育基本法の禁止する不当な支配に該当しないことは明らかである。 キ 本件訓告は,教育行政上の均衡を失したものでないこと  本件訓告は,市教委の原告に対する服務監督上の措置であり,不利益処分でない上,いかなる内容の措置を実施するかの判断やその判断においていかなる事情をどの程度考慮するか等については,服務監督権者に相当程度の裁量が認められ,前述した事情を考慮すると,本件訓告が教育行政上の均衡を失したものであるとの原告の主張は理由がない。  (原告) ア 原告に起立義務がないこと  本件指導要領は,ミニマムスタンダードであると考えられるところ,「君が代」に対しては,生徒をも含めて各自の経験や我が国の過去に対する歴史観や平和に対する意識等を踏まえた個々人の信念,信条が形成されているのであるから,それを無視して,その信念,信条に反する行為を強制することになる「君が代」斉唱及び起立を,思想・良心の自由の告知抜きに一律に求めることは,一定の観念を教え込むことにほかならず,この点においても本件規定が教育内容及び方法について必要かつ合理的な大綱的基準を定めたものであると解することはできない。  仮に本件規定が大綱的条項であると解するとしても,本件卒業式においては,その「大綱的」な規定どおりに国旗・国歌が式次第にのっとって実施されたのであり、法的問題は何もなかったのである。ただ,その「法的拘束力」を根拠にして実際に行われている「日の丸・君が代」実施の実情は,「大綱的基準」の範囲を大きく逸脱して細部まで教育委員会の「指導」が本件通知という形で各学校を拘束しようとしているのである。本件指導要領に「大綱的基準」としての法的拘束力があるとしても,そのことを根拠に,このような「指導」にまで法的拘束力を認めることはできない。  したがって,本件規定を根拠とした本件通知は,何ら法的根拠を持たず,本件訓告はその前提を欠き違法である。  本件指導要領には,国歌斉唱時の起立について明言されておらず,同要領が指摘するのは,(国旗及び)国歌を尊重する態度を育てるということにすぎないから,本件指導要領からは国歌斉唱時の起立義務は導かれない。  したがって,原告に起立義務はなく,よって,起立しなかったということを理由とする本件処分は,それだけで違法・無効である。  また,被告門真市は,本件通知に法的拘束力があると主張するが,その文言をみても,「指導願っているところであります。」「指導いたします。」という記載であり,およそ法的拘束力を発生させるような文言ではない。仮に法的拘束力があるとしても,それは名宛人である学校長に対してであって,教職員にまで法的拘束力を有するものではない。 イ 原告がA校長の指導に反していないこと  本件訓告は,直接的には本件指導に対する違反が問題とされているところ,本件指導は,「学習指導要領に則り,適切に対応してください。」という抽象的なものにすぎない。  国旗・国歌の間廣が,思想良心の自由に関する問題であることに鑑みれば,国旗・国歌に関する指導とは,有無を言わせず立つようにし向けることではあり得ない。我が国の国旗・国歌の歴史的背景や様々な立場や考え方があることを客観的事実として教えた上で,生徒がそれぞれに自分なりの考えを持ちうるように考えさせることこそが指導である。しかるに,このような指導の総仕上げとして位置づけられるべき卒業式の現場で,教員全員が盲目的に起立して国歌を斉唱させられるというのでは,それまでの指導は水泡に帰することとなる。そのような行為は,現場の教員にとっては生徒に対する裏切り行為以外の何ものでもない。卒業式においてこそ,教員はそれぞれの思想・良心に基づいて判断し,起立する教員もいれば,着席する教員もいるという事実を生徒に目の当たりにさせることこそ,本件指導要領に則ったあるべき「指導」である。  原告は,本件卒業式において,上記意味での「指導」を行っており,本件指導要領に従った指導を怠っていない。  また,A校長は,そもそも起立して斉唱することを原告に指導しておらず,また,職務命令も出されていないのであるから,本件訓告の根拠がないことは明らかである。 ウ 市教委による事情聴取の呼出しが違法であること  原告と口頭厳重注意を受けた門真三中の担任団の各教員は,本件卒業式の当日のうちにA校長から最初の事情聴取を受け,その後,門真三中校内で1回,市教委内で2回の事情聴取を市教委から受けている。市教委から受けた事情聴取は全て授業時間内であり,この三度の聴取だけでも日常業務や授業に支障が生じるものであった。しかも,原告に対しては,さらに4回の事情聴取の呼出しが行われ,7回目には呼出しに応ずるように校長から職務命令まで出され,8回目の呼出しは府教委からのものであった。  原告と担任団の各教員らは,3回目までの事情聴取に応じて本件卒業式に関わる事情について,A校長や市教委に対して答えている。その事情聴取の中で市教委は,各教員の思想・信条や日常的な教育活動の子細内容についてまで質問を行い,原告らはその都度これに抗議してきた。それでも市教委と府教委は,もはやそれ以上の聴取すべき事情などないにもかかわらず執拗にこれを繰り返し,処分の理由付けを求めた。  その上,そもそも本件職務命令は,教員の職務とはいえない事情聴取に応じろというものであり,無効である上 不利益処分の調査のための聴取であるならば代理人弁護士の同席を求めたのに対し,市教委はこれを拒否した。  以上によれば,4回目以降の事情聴取の呼出しは,必要がないばかりか,原告の思想・信条の自由を侵害するものであり,違法である。  また,原告は,府教委から事情聴取の呼出しを受けた際に年次有給休暇を取得して参加する意思を表示したのに,府教委が自ら事情聴取を取消したのであるから,原告が事情聴取に応じなかったことを処分理由にするのは背理である。 エ 本件訓告は原告の思想・信条の自由,表現の自由を侵害し,違法な処分であること  本件訓告は,国歌を斉唱したかどうかではなく,起立していたかどうかで出されているが,思想・信条と表現の自由にかかわる問題であることにはかわりはなく,これらの自由を規定した憲法19条,21条に反する違法な処分である。 オ 本件訓告は生徒の思想・信条の自由を侵害すること  A校長に対する訓告の理由に,「これらの結果,卒業式当日に,教職員席に臨席していた教諭8名全員及び1名を除く卒業生全員が,教頭の『国歌斉唱』の号令とともに一斉に着席する事態を招いた。これらのことは,門真市教育委員会の指導に反するとともに,学習指導要領に従った生徒指導を行うよう,所属教職員に対し指導すべき職責を怠ったものであり,学校教育に携わる公立学校長として,その職の信用を著しく失墜させるものである。」との記載がある上,原告に対する市教委の呼出しの理由も,本件事件について事情聴取を行うためであったことからすれば,本件訓告の主たる理由は,「1名を除く卒業生全員が着席したこと」にあることは明白である。  生徒が起立するか否か及び国歌を斉唱するか否かは生徒個人の判断に委ねられており,教員といえども強制することは思想・良心の自由(憲法19条)に違反し,許されない。したがって,本件訓告は,教員は自分の処分を免れるためには,生徒を生徒の意に反してでも立たせざるを得ないこととなり,結局は生徒に対して起立を強制することになる。したがって,本件訓告は実質的には生徒の思想・良心の自由に対する侵害であり,違法である。 カ 本件訓告は,門真三中の学校方針とそれに基づく教育活動への不当な支配であり,教育基本法16条に反し違法であること  門真三中では,学校全体として人権教育と平和教育を大切にして,教科指導やホームルーム指導などをとおして,各教職員が上記教育の実践に努めてきた。本件卒業式は,門真三中の学校方針に基づいて挙行されたものであり,本件事件は門真三中の教育方針に反するものではなく,むしろ,従前の例に倣って生じた結果にすぎない。ところが,これを偏向教育の結果だとする一部勢力が新聞報道の直後から,全国的組織でもって門真三中への抗議電話をかけたりFAXを送りつける運動を展開した。その結果,本件卒業式を異常な事態だとする府教委やその指導圧力を受けた市教委が,その指導権限を逸脱して,非常識なまでに教職員に対する事情聴取を繰り返すなどして,門真三中に対して圧力をかけ,その学校長をも訓告処分とすることで門真三中の学校方針の変更を強制しようとし,不当な支配を行おうとしたものであり,教育基本法16条に反する。 キ 本件訓告は,教育行政上の均衡を失したものであり許されない。  卒業式,入学式において,多くの教職員が着席し,卒業生や保護者の中でも着席者が多数出ることは門真三中に限ったことではなく,門真市全体でこれまでにもあったことであり,大阪府下では広範囲に続いていることである。そして,本件においては,職務命令も発令されていないにもかかわらず,原告に対してだけ訓告処分,その他の教職員に対して厳重注意処分が出されたことは,教育行政上の均衡を欠く不当違法なものといわざるを得ない。 (4)争点4(本件国家賠償請求の成否及び損害の内容)  (原告) ア 被告門真市の責任について  市教委が原告に対し,争点3で主張したとおり,違法不当な本件訓告を行ったこと,原告に対して不当な呼出しと事情聴取を行ったことについて,被告門真市は損害賠償責任を免れない。 イ 被告大阪府の責任について  原告が生徒に対し適切な指導をしてきたのであるから,何ら事情聴取の呼出しに応じる必要はなかったし,少なくとも市教委からの呼出しに応じて事情を説明しているから,府教委からの8回目の呼出しは明らかに不必要かつ不当なものというほかない。  また,府教委は,生徒に対し適切な指導をした原告に処分するように市教委に指導している。  これらの府教委の行為は,原告の人格権を侵害するものであるから,被告大阪府は損害賠償責任を免れない。 ウ 本件訓告によって,原告の自由な教育活動が陰に陽に影響を受けるに至っていることは間違いない。  本件訓告は服務監督上の指導行為であって懲戒戒処分ではないとされているが,懲戒の意味合いを持った原告に対する不利益処分であることに変わりはなく,本件処分を受けたことによる原告の精神的損害は決して小さくない。この精神的損害を金員で計ることはできないが,200万円を下らない。  (被告門真市)  争点3において主張したとおり,本件訓告は服務上の措置であり,不利益処分に該当しないし,その内容も原告が行った職務違反の内容に照らして相当であり,慰謝料の支払義務が生じる余地はない。  (被告大阪府) ア 府教委から市教委に対する通知について  府教委は,原告を含む府費負担職員に対する服務の監督権限を有していないため,原告に対し,服務上の措置を行うか,またいかなる措置を行うかを決定する権限,さらには,市教委に対し府費負担教職員に対する服務上の措置を行うことを命ずる権限やこれを強制的に行わせる権限も有していない。  事後措置を求める通知は,市教委の報告を受けて,府教委が任命権者として原告の行為について懲戒処分に相当するかどうかを検討した結果,原告の行為が地公法29条1項に基づく懲戒処分には相当しないと判定する一方,公教育に携わる地方公務員として不適切な行為であり,服務の監督権に基づいて服務上の措置を行うことが相当であると判断し,この旨を市教委に助言したものであり,正当な行為であることは明らかであって,不法行為に当たらない。 イ 府教委による事情聴取のための呼出しについて  府教委は,市教委から本件事件の報告を受け,原告について地公法29条1項に定める懲戒に相当する事実がないかどうかを判断し,かつ,原告に対し事情説明と弁明の機会を与えるために,任命権者としての権限に基づき,市教委を通じて及び市教委は門真三中のA校長を通じて,原告に対し府教委の事情聴取を平成20年11月21日に行う旨の呼出しを行った。  これに対し,原告は,A校長に対し,それには年次休暇を取得して出席しますと答え,それに関して,A校長から事情聴取というのは職務だから出張で行かれたらどうかと言われたのに対しても,年次休暇を取得して出席しないと自由な発言ができないと主張した。このため,府教委は,原告が事情聴取を拒否していると判断し,市教委の担当者に対し予定していた同月21日の事情聴取を行わない旨を原告に伝えるよう指示し,同月20日にA校長がその旨を原告に伝えた。  その後,府教委は,市教委の報告に基づいて懲戒処分について検討した結果,本件卒業式において原告が行った行為は不適切であると認められるが,地公法29条1項に定める懲戒に相当する事由があるとまでは認められないと判定するとともに,原告の不適切な行為に対しては市教委において服務上の措置を行うのが相当であると判断したことから,この旨を市教委に助言したところ,市教委が服務上の措置として本件訓告を行った。  以上のとおり,府教委は,任命権者として,服務上の監督者(地教行法43条1項)である市教委の行った事情聴取とは別に,原告に対する事情聴取を行うために呼出しを行ったことは正当な行為であり,不法行為に当たらないことは明らかである。 第3 当裁判所の判断 1 争点1(本件訓告の処分性)について  行訴法3条2項所定の「処分の取消しの訴え」により取消しを求めることのできる行為は,「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(処分)に限られるところ,この「処分」とは,公権力の主体たる国又は公共団体の行う行為のうち,その行為によって,直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確認することが法律上認められているものをいうと解するのが相当である。  ところで,訓告は,法令,規則に明文をもって定められている処分ではなく,職員が職務上の義務に違反した場合に,任命権者又は上司が当該職員に対する指揮監督権に基づいて同義務違反について注意を喚起し,将来を戒めるための事実上の行為にすぎず,制裁的実質を有せず,また,法的地位に変動を生じさせるものではなく,何らの法的効果をも伴わない措置である。  原告は,文書訓告は,実際上 何らかの非違行為があったと判断された場合に限り科されているのであり,単なる職務命令とは明らかに性質を異にしているし,文書訓告を受けると,@一時金の勤勉手当がカットされる,A校長による当該年度の業績・能力評価において加味される,B昇進の可能性が低くなる,C再任用を拒絶される,D学年担任,学年主任を外されるという具体的な不利益が生じうると主張する。  しかしながら,@の勤勉手当については,確かに「勤勉手当の成績率の取扱いに関する要領」(乙12)によれば,文書訓告を受けた職員に対して適用される成績率が低く評価され,結果的に勤勉手当が減額される効果が生じることが認められるが,これは,文書訓告の直接の効果ではなく,もっぱら給与上の措置として,当該職員の勤勉手当を決定するに当たって,その成績評価の一環として文書訓告を受けた事実が考慮されるにすぎないし,AないしDについても,業績・能力評価や昇進の可否,再任用の決定,学年担任,学年主任の決定は,文書訓告を受けた当該職員の勤務成績,その他能力の実証に基づいてなされるのであって,文書訓告を受けたこと自体は勤務成績等を評価するための一要素として考慮されるにすぎない。  したがって,本件訓告は行訴法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(処分)には当たらないから,争点2(出訴期間の徒過)や原告が平成23年3月にすでに退職している点(前提事実(1)ア)を論ずるまでもなく,本件訴えのうち本件取消請求に関する部分は不適法である。 2 争点3(原告が本件訓告を受けるべき理由の有無及び本件訓告の違法性)  上記1において認定したとおり,本件訴えのうち本件取消請求に関する部分は不適法であるから,以下においては,原告主張に係る被告らの行為が国家賠償法上の違法に当たるか否か等,本件国家賠償請求の成否を判断する前提として争点3を検討することとする。 (1)前提事実,証拠(甲12,乙1,4ないし6,9ないし11,証人某,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 ア 従前の門真市立小・中学校における国歌斉唱時の状況(乙11,証人某)  市教委は,従前,以下のとおり,入学式や卒業式の国歌斉唱の際の教職員や児童・生徒が着席する事態が発生していたため,平成14年12月5日付けで各校長に本件通知と同様の通知を行った上,平成15年にも各校長に本件通知を行うなどして,本件指導要領に沿った式の実現を指示してきたものの,小学校では国歌斉唱時の起立が概ね適切に実施されたが,中学校ではその実施状況が改善されるには至らなかった。 (ア)平成13年度卒業式  小学校では,教員が1名から3名着席した学校が5校,児童が全員着席した学校が1校  中学校では,教員がほぼ全員着席した学校が3校,生徒が全員着席した学校が3校 (イ)平成14年度入学式  小学校では,教員が1名から5名着席した学校が5校  中学校では,教員が着席した学校が6校,新入生が全員着席した学校が1校,在校生が全員着席した学校が2校 (ウ)平成14年度卒業式  小学校では,改善されてきた。  中学校では,7校のうち6校で教員3名から7名の着席があり,卒業生が半数程度着席した学校が1校,在校生が半数以上着席した学校が1校,卒業生及び在校生の各4分の1程度が着席した学校が1校 イ そこで,市教委は,各校長に対し,本件通知に基づく指導を継続的に行った結果,中学校でも平成17年度卒業式以降,平成19年度入学式までは,教員の一部の着席はあったものの,生徒については,ほぼ全員が起立する状況になった(乙11,証人某)。 ウ 本件事件に至る経緯(乙9) (ア)平成20年2月20目,門真三中の職員会議において,本件卒業式の式次第に国歌斉唱を入れることについて,教員から反対の意見が出たため,A校長は,同人らに対し,本件指導要領に則り,国旗を式場と正門に掲揚し,式次第に国歌斉唱を入れること,国歌斉唱の際には適切に対応するように指導した。  また,原告が式次第に国歌斉唱を入れることは生徒や教員に対する国歌の強制であるとの意見を述べたことに対し,A校長は,式次第に国歌斉唱を入れることは本件指導要領に基づくものであり,生徒に対してはその内心にまで立ち入って歌わせようとするものでなく,強制に当たらないこと,教員は本件指導要領に入学式や卒業式において国歌を斉唱するよう指導するものとすると示されており,強制に当たらない旨指導した。 (イ)同年3月11日,原告を含む門真三中の教員15名により,国旗・国歌についての勉強会が開催され,A校長及び教頭が出席した。その際,教員から,本件卒業式に国歌斉唱を入れることは内心の自由を侵害するものであり,止めて欲しい旨の意見が出された。これに対し,A校長は,本件指導要領に則り適切に対処するようにと発言した。 (ウ)同年3月12目に行われた本件卒業式の予行練習において,A校長が生徒に対し,卒業式においては,始めに一同起立し,教頭の開式の言葉の後,国歌斉唱と校歌斉唱を続けて行い,校歌を歌い終わった後で一同着席となること,国歌斉唱は,本件指導要領に基づいて行われること,国旗国歌法で定められている国歌の歌詞については,その受け止め方は個人の内心に関わることであるから,生徒らの内心にまで立ち入るものではないこと,国歌を歌える人は歌い,歌えない人は静かに聴いておいて欲しいなどと発言した。 エ 本件卒業式の状況(乙1,9,証人某)  本件卒業式は,平成20年3月13日,教頭の司会で行われた。その式次第には,「開会の言葉」に続いて「国歌斉唱」が記載されていた。  一同起立した上で,教頭は,開会の言葉に続いて「国歌斉唱」と言ったが,卒業生担当教員のうち,原告を含めて担任団席に列席していた教職員8名が全員着席し,出席した卒業生160名のうち1名を除く生徒全員が着席した(本件事件)。  A校長は,本件卒業式終了後,本件事件を市教委に報告した。 オ 本件訓告に至る経緯 (ア)本件事件においては,前記イ記載のとおり,教職員のみならず,1名を除き卒業生が着席するという事態になったため,市教委は大変深刻に受け止めて,A校長に事実経過を明確にするように指示をした。そこで,A校長は,上記指示に従い,修了式が終わった平成20年3月24日から同月28日の間に,卒業生担当教員11名(担任5名,副担任6名)に対し,個別に事情聴取を行った。  同事情聴取において,各教員は,概ね,生徒に対し一斉に着席するように指導していないと回答した。  その間の同月27日以降,本件事件について新聞報道がなされた結果,門真三中に抗議の電話やファックスが寄せられたり,右翼の街宣車が周辺を街宣活動したりした。 (前提事実(2),甲12,乙9,証人某,原告本人,弁論の全趣旨)。 (イ)原告は,同年3月27日及び28日にA校長から事情聴取を受けたところ,同月28日の事情聴取において,以下の内容を述べた。同日の事情聴取には,市教委の指導主事が同席していた。  3月6日の学年会の後の打ち合わせの中で,学年の教員に対し「担任として自分の思いを伝えよう」,「生徒に,内心の自由があることを伝えよう」と話した。本件卒業式の前日の予行練習の際,校長が国旗国歌法に触れて起立して斉唱するように話し,内心の自由について十分説明していないと思えたので,同日の4時間目の学活の時間に,「国旗国歌法には,国歌や国旗について書かれているが,心の中まで縛るものではない」と生徒に説明した。学年として一斉に子供を座らせるような指導はしていない。本件指導には反対であり,内心に従って着席した。(乙5,11,証人某) (ウ)市教委は,同年4月2日付けで,門真市立各小・中学校長に対し,本件事件の発生を周知するとともに,児童・生徒の前で着席することは教育公務員として許されない行為であり,本件事件は本市の全小・中学校の信頼を大きく損なうとして,再発防止のため,国旗・国歌に関する指導と教員に対する自己の責務を自覚し節度ある行動をとることを求める指導を要請する文書を配付するとともに,本件事件については,自ら主体となって事情聴取を行う必要があると判断し,同年4月4日,本件卒業式で国歌斉唱の際に着席した卒業生担当教員8名から事情聴取を行った。1人当たりの事情聴取の時間は20分程度だった。  同事情聴取において,原告は,以下の内容を述べた。  3月6日の学年会の際,「生徒に内心の自由があることを伝えよう」と提案した。強制ではなく,それぞれの判断で決めるということで皆さん了解してくれたと思う。予行練習の際の校長の発言は,内心の自由に触れているが,第三者が聞くとどうしても歌うこと,立つことを強制しているように聞こえると思った。生徒に対し,立つか立たないかは自分らの自由でいいという話をしたと思う。本件指導要領に示された国旗・国歌の指導はしていない。生徒が一斉に座るとは予想していなかった。(乙5,6,11,証人 ) (エ)市教委は,さらに詳細な事実関係を聴取して各教員から聴取した事実関係を整合する必要があると判断し,同年5月26日から同年6月6日の間に2回目の事情聴取を行うこととした。  原告以外の7名の教員はこれに応じ,各100分程度の事情聴取が実施されたが,原告は,A校長及び教頭から数度にわたって事情聴取に応じるように指導を受けたが,その後も一貫してこれに応じなかった。  同年10月22日,A校長は,原告に対し,市教委からの事情聴取に応じるよう職務命令(本件職務命令)を行ったが,原告はこれを拒否した。(乙10,11,証人某) (オ)府教委から市教委に対し,原告の上記職務命令違反について,同年11月21日に事情聴取を行う旨の連絡があり,これを市教委は,A校長を通じて原告に伝えたが,原告が職務として出席することを拒否し,自由な発言を確保するために有給休暇を取得して出席することを希望したため,府教委は,原告に対する事情聴取を行わなかった(原告本人)。  府教委は,市教委に対し,本件卒業式の国歌斉唱の際着席した卒業生担当教員のうち,原告を除く教員7名については,厳重注意,原告及びA校長には文書訓告の服務上の措置を講じるように通知(事後措置を求める通知)した(前提事実(4)ア)。 (カ)市教委は,原告に対し,平成21年2月20日付けで本件訓告を行った。  また,市教委は,本件卒業式の国歌斉唱の際,卒業生担当教員のうち,原告を除く教員7名については,厳重注意,A校長には,国歌斉唱を起立して行うことの教職員への指導を徹底せず,予行演習での発言により本件事件を招いたことについて文書訓告を行った(証人某,弁論の全趣旨)。 (2)原告が本件訓告を受けるべき理由について ア 本件指導の有無について  原告は,まず,A校長はそもそも起立して斉唱することを原告に指導しておらず,また,職務命令も出されていないのであるから,本件訓告は根拠がないと主張する。  しかし,前記(1)ウにおいて認定した本件事件に至る経緯にかんがみれば,A校長は,本件指導要領や本件通知に基づき,原告を含む門真三中の教員に対し,生徒に対して本件指導要領に従って国歌斉唱を指導するように指導するとともに,本件卒業式前日に行われた予行練習においても,生徒に対し,国歌斉唱は本件指導要領に基づき行われるものであって,生徒の内心に及ぶものではないことを説明しており,原告の供述によっても,A校長は,従前から起立の上国歌斉唱を行うことを指導していることが認められることからすれば,本件指導が行われていたことを認定できる。  なお,原告は,本件指導要領や本件通知から起立義務は導かれないと主張するが,本件指導が本件指導要領の本件規定の趣旨に沿うことは明らかであるから,本件指導に反して国歌斉唱時に着席したことを不適切として本件訓告を行ったことに違法はないというべきである。 イ 思想・良心の自由との関係について (ア)また,原告は,「君が代」に対しては,生徒をも含めて各自の経験や我が国の過去に対する歴史観や平和に対する意識等を踏まえた個々人の信念,信条が形成されているのであるから,「君が代」斉唱及び起立を,思想・良心の自由の告知抜きに一律に求めることは.信念,信条に反する行為を強制することになると主張する。  しかしながら,本件卒業式当時,公立中学校における卒業式等の式典において,国旗としての「日の丸」の掲揚及び国歌としての「君が代」の斉唱が広く行われていたことは周知の事実であって,学校の儀式的行事である卒業式等の式典における国歌斉唱の際の起立斉唱行為は,一般的,客観的に見て,これらの式典における慣例上の儀礼的な所作としての性質を有するものであり,かつ,そのような所作として外部からも認識されるものというべきである。したがって,上記の起立斉唱行為は,その性質の点から見て,原告の有する歴史観ないし世界観を否定することと不可分に結び付くものとはいえず,原告に対して上記の起立斉唱行為を求める指導は,上記の歴史観ないし世界観それ自体を否定するものということはできない。また,上記の起立斉唱行為は,その外部からの認識という点から見ても,特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり,職務上の指導に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるといえるのであって,本件卒業式において起立斉唱行為を指導することは,特定の思想を持つことを強制したり,これに反する思想を持つことを禁止したりするものではなく,特定の思想の有無について告白することを強要するものということもできない。そうすると,本件卒業式において起立斉唱行為を指導することは,これらの観点において,個人の思想及び良心の自由を直ちに制約するものと認めることはできないというべきである。  もっとも,上記の起立斉唱行為は,教員が日常担当する教科等や日常従事する事務の内容それ自体には含まれないものであって,一般的,客観的に見ても,国旗及び国歌に対する敬意の表明の要素を含む行為であるということができる。そうすると,自らの歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となる「日の丸」や「君が代」に対して敬意を表明することには応じ難いと考える者が,これらに対する敬意の表明の要素を含む行為を求められることは,その行為が個人の歴史観ないし世界観に反する特定の思想の表明に係る行為そのものではないとはいえ,個人の歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為(故意の表明の要素を含む行為)を求められることとなり,その限りにおいて,その者の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い。個人の歴史観ないし世界観には多種多様なものがあり得るのであり,それが内心にとどまらず,それに由来する行動の実行又は拒否という外部的行動として現れ,当該外部的行動が社会一般の規範等と抵触する場面において制限を受けることがあるところ,その制限が必要かつ合理的なものである場合には,その制限を介して生ずる上記の間接的な制約も許容され得るものというべきである。そして,このような間接的な制約が許容されるか否かは,上記指導の目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量して,当該指導に上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるか否かという観点から判断するのが相当である(参照:最高裁判所平成23年5月30日第2小法廷判決・民集65巻4号1780頁,同平成23年6月6日第1小法廷判決,同平成23年6月21日第3小法廷判決)。 (イ)これを本件についてみるに,本件指導に係る起立斉唱行為は,前記のとおり,原告の歴史観ないし世界観との関係で否定的な評価の対象となるものに対する敬意の表明の要素を含むものであることから,そのような敬意の表明には応じ難いと考える原告にとって,その歴史観ないし世界観に由来する行動(敬意の表明の拒否)と異なる外部的行為となり,心理的葛藤を生じさせるものである。この点に照らすと,本件指導は,一般的,客観的な見地からは式典における慣例上の儀礼的な所作とされる行為を求めるものであり,それが結果として上記の要素との関係においてその歴史観ないし世界観に由来する行動との相違を生じさせることとなるという点で,その限りで原告の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があるものということができる。  他方,学校の卒業式や入学式等という教育上の特に重要な節目となる儀式的行事においては,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが必要であるといえる。法令等においても,学校教育法は,中学校教育の目標として国家の現状と伝統についての正しい理解と国際協調の精神の涵養を掲げ(同法46条,21条3号),同法施行規則74条の規定に基づき中学校教育の内容及び方法に関する全国的な大綱的基準として定められた本件指導要領も,学校の儀式的行事の意義を踏まえて国旗国歌条項を定めているところであり,また,国旗国歌法は,従来の慣習を法文化して,国旗は日章旗(「日の丸」)とし,国歌は「君が代」とする旨を定めている。そして,住民全体の奉仕者として法令等及び上司の職務上の命令に従って職務を遂行すべきこととされる地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性(憲法15条2項,地公法30条,32条)に鑑み,公立中学校の教諭である原告は,法令等及び職務上の命令に従わなければならない立場にあるところ,地公法に基づき,本件指導要領に沿った式典の実施の指針を示した本件通知を踏まえて,その勤務する当該学校の校長から学校行事である卒業式に関して本件指導を受けたものである。これらの点に照らすと,本件指導は,公立中学校の教諭である原告に対して当該学校の卒業式という式典における慣例上の儀礼的な所作として国歌斉唱の際の起立斉唱行為を求めることを内容とするものであって,中学校教育の目標や卒業式等の儀式的行事の意義,在り方等を定めた関係法令等の諸規定の趣旨に沿い,かつ,地方公務員の地位の性質及びその職務の公共性を踏まえた上で,生徒等への配慮を含め,教育上の行事にふさわしい秩序の確保とともに当該式典の円滑な進行を図るものであるということができる。  以上の諸事情を踏まえると,本件指導は,前記のように外部的行動の制限を介して原告の思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面はあるものの,その目的及び内容並びに上記の制限を介して生ずる制約の態様等を総合的に較量すれば,上記の制約を許容し得る程度の必要性及び合理性が認められるものというべきである。 (ウ)以上の諸点に鑑みると。本件指導は,原告の思想及び良心の自由を侵害し憲法19条に違反するとはいえないと解するのが相当である。 ウ 本件訓告理由の有無 (ア)以上のとおり,原告は,校長からの本件指導に従わず,本件着席を行ったのであるから,服務監督権限を有する市教委が本件訓告を行うことにより将来を戒める事実上の措置を取る必要性はあったというべきである。 (イ)また,原告は,従前の事情聴取において主要な点については回答しているから市教委からの2回目の事情聴取は不要である,事情聴取の内容は教職員の思想・信条や日常的な教育活動の子細内容についてまで質問を行うなど,思想・良心の自由を侵害するものであったなどとして,市教委の2回目以降の呼出しが違法である旨主張する。  しかしながら,上記認定のとおり,原告が本件指導に従わなかった以上,その点について,原告に対する服務監督権限を有する市教委が自ら事情聴取を行うのは当然で,その方法は市教委の裁量に委ねられているのであって,出席した卒業生160名のうち1名を除き着席したという本件事件の内容に加え,1回目の事情聴取が20分程度であったこと,事情聴取の対象が原告以外に複数名存在することなどの事情にかんがみれば,更に生徒に対する指導内容等の詳細な事実を聴取した上,各教員の事情聴取の内容との整合性を確認するために2回目の事情聴取を行う必要性がなかったとはいえないというべきである。  また,A校長や市教委が行った原告を含む教員に対する事情聴取の内容は,概ね前記(1)オで認定したとおりであるところ,その内容が原告らの思想・良心の自由を侵害する態様のものであったと認めるに足りる証拠はない。  なお,原告は,市教委からの2回目の事情聴取は,原告が代理人弁護士の同席を求めたのに対し,市教委がこれを拒否したために応じなかったと主張するが,仮に同事実が存在することを前提としても,そもそも,不利益処分の名あて人となるべき者に対する代理人の選任権を認めた行政手続法16条は,公務員に対してその職務又は身分に関してされる処分には適用されない上(同法3条1項9号),市教委の事情聴取は服務監督上の権限に基づくもので,不利益処分(行政庁が,法令に基づき,特定の者を名あて人として,直接に,これに義務を課し,又はその権利を制限する処分。同法2条4号)にも該当せず,上記事情聴取において原告の代理人弁護士の立会いを認めるか否かは市教委の合理的裁量に委ねられているから,市教委がそれを認めなかったことは,上記事情聴取に応じなかった正当な理由とはならない。  以上によれば,市教委による事情聴取及び呼出し行為は原告の思想及び良心の自由を侵害するものとはいえず,本件職務命令は,必要かつ合理的なものであるというべきである。 (3)原告のその他の主張について ア 原告は,本件訓告が原告及び生徒の思想及び良心の自由や原告の表現の自由を侵害する旨主張するが,本件訓告が原告の思想及び良心の自由を侵害しないことは前記(2)記載のとおりである。  また,原告は,本件訓告が,卒業生が1名を除き着席したことを理由とするもので,生徒の思想及び良心の自由の侵害にも当たる旨主張するが,前述したとおり,本件訓告書に記載された事実に基づき市教委が本件訓告を行うのはその裁量の範囲内であって,本件職務命令違反が認められる以上,原告が主張するような本件訓告書に記載されていない理由を考慮しないと市教委が本件訓告が行うはずがないともいえないから,原告が主張するような理由により本件訓告がされたとは認められない。また,上記のとおり,本件指導が,原告の思想及び良心の自由を侵害しないというべきであるから,同様に,本件訓告が生徒の思想及び良心の自由を侵害しないこともまた明らかである。  さらに,原告は,本件訓告が原告の表現の自由を侵害する旨主張するが,前記(2)イ(ア)において認定のとおり,起立斉唱行為は,その外部からの認識という点から見ても,特定の思想又はこれに反する思想の表明として外部から認識されるものと評価することは困難であり,職務上の指導に従ってこのような行為が行われる場合には,上記のように評価することは一層困難であるのだから,消極的にも原告の表現の自由を侵害するとはいえないし,本件訓告を受けたとしても,原告の国歌斉唱に対する反対の意思表示をすることは可能であるから,本件訓告が原告の表現の自由を侵害するともいえない。 イ 原告は,本件卒業式は,門真三中の学校方針に基づいて挙行されたものであり,むしろ,従前の例に倣って生じた結果であるにすぎないにもかかわらず,これを偏向教育の結果だとする一部勢力が運動を展開した結果,本件卒業式を異常な事態だとする府教委やその指導・圧力を受けた市教委が,その指導権限を逸脱して,非常識なまでに教職員に対する事情聴取を繰り返すなどして,門真三中に対して圧力をかけ,その学校長をも訓告処分とすることで門真三中の学校方針の変更を強制しようとし,不当な支配を行おうとしたものであり,これは,教育行政は「公正かつ適切に行われなければならない」とした教育基本法16条に反するものである旨主張する。  しかしながら,本件で問題とされている卒業式などの特別活動としての学校行事は,学校全体で実施するものであり,事柄の性質上,その実施方法についても全国的に統一性をもって整然と実施される必要性がある教育活動である。したがって,学校管理機関としての教育委員会がその管理下である学校について,普通教育の目的からして,教育の内容が一定の水準にあることの要請に応えるため,学校行事に係る教育の内容,方法について具体的な基準を設定し,学校に対して一般的な指示を与え,助言,指導し,必要な場合には職務命令を発することは合理的なものとして許容され,このことが教育基本法16条に反するとは解されない。  本件卒業式に関して行われた市教委及び府教委による門真三中の教員に対する事情聴取やA校長及び原告らに対する文書訓告等の措置は,上記一般的な指示等の範囲を超えて強制にわたるものであるとは認められないから,同措置が教育基本法16条に反するとの原告の主張は失当である。 ウ 原告は,卒業式,入学式において,多くの教職員が着席し,卒業生や保護者の中でも着席者が多数出ることは門真三中に限ったことではなく,門真市全体でこれまでにもあったことであり,大阪府下では広範囲に続いていることであり,本件においては,職務命令も発令されていないにもかかわらず,原告に対してだけ訓告処分,その他の教職員に対して厳重注意処分が出されたことは,教育行政上の均衡を欠く不当違法なものといわざるを得ない旨主張する。  しかしながら,そもそも訓告は,法令,規則に明文をもって定められている処分ではなく,職員が職務上の義務に違反した場合に,任命権者又は上司が当該職員に対する指揮監督権に基づいて同義務違反について注意を喚起し,将来を戒めるための事実行為にすぎないし,前記(1)アないしウで認定した本件事件に至るまでの門真市立小・中学校での国歌斉唱時の状況を踏まえても,原告には本件職務命令違反が認められる以上,上記(2)ウにおいて認定したとおり,本件訓告は必要かつ合理的なものと認められるから,本件訓告等が教育行政上の均衡を欠くということはできず,原告の上記主張は失当である。 エ なお,原告は,府教委は自ら事情聴取を取り消したのであるから,本件職務命令に違反したことを処分理由にするのは背理であるとも主張するが,原告は,前記(1)で認定したとおり,市教委からの事情聴取が不当であるとして平成20年5月以降は一貫してそれに応じて来なかったのであり,府教委からの事情聴取の要請に対しても職務として出席することは拒否しているのであるから,前記(1)オ(オ)のとおり,原告が府教委から事情聴取を求められた際に有給休暇を取得した上での出席を希望したことから直ちに原告が府教委からの事情聴取に応じる意思であったことを認めることはできないというべきである。 (4)以上によれば,原告の本件着席及び本件職務命令違反に対し,市教委が,教職員への指揮監督権に基づいて,その職務上の義務違反について注意を喚起し,将来を戒めるための事実上の行為である文書訓告をすることは,指揮監督権者である市教委の裁量権の範囲内の行為であり,その他本件訓告に違憲・違法な点は認められない。 3 争点4(本件国家賠償請求の成否及び損害の内容)について (1)被告門真市に対する請求について  原告は,市教委が違法不当な本件訓告を行ったこと,原告に対して不当な呼出しと事情聴取を行ったことについて,被告門真市は損害賠償責任を免れないと主張するが,前記2で認定したとおり,本件訓告には理由があり,事情聴取についても違法な点はないから,被告門真市に対する本件国家賠償請求は,理由がない。 (2)被告大阪府に対する請求について  原告は,府教委が原告に対して不必要かつ不当な呼出しをしたこと,生徒に対し適切な指導をした原告を処分するように市教委に指導したことが,原告の人格権を侵害するものであるから,被告大阪府は損害賠償責任を免れないと主張する。  しかしながら,前記2(1)オにおいて認定したとおり,府教委は,原告に対し本件職務命令違反についての事情聴取に応じるよう求めたものであるところ,前記2において認定したとおり,本件職務命令は必要かつ合理的なものであるから,同職務命令違反について府教委が原告に対して事情聴取に応じるよう求めることについても合理的な理由があると解される。また,前記のとおり,市教委が原告に対して本件訓告を行ったことには理由があり,何らの違法はないから,府教委が市教委に対し,原告に対する文書訓告の服務上の措置を講じるように助言したことに何らの違法はない。  以上によれば,被告大阪府に対する本件国家賠償請求も,理由がない。 4 結論  以上の次第で,本件訴えのうち,本件取消請求に関する部分は,不適法であるから却下することし,被告らに対する本件国家賠償請求はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第5民事部 裁判長裁判官 中垣内 健治 裁判官 内藤 裕之 裁判官 峯金 容子