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TITLE:  情報公開・大阪高槻内申書訴訟を考える
AUTHOR: 鶴保 英記
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第155号(1995年6月)
WORDS:  全40字×242行

 

情報公開・大阪高槻内申書訴訟を考える

 

鶴 保 英 記 

 

  教育情報の開示が現実化したここ数年来、教育情報の開示についての全国的・統一的なガイドラインが示されていないこともあったりして、開示請求にどう対応するかが当事者にとっては頭の痛い問題となった。ここでは、教育行政機関が保持し教師が自らの判断で生徒にチラリと見せたりする以外に、法的には決して開示することのなかった内申書について、個人条例保護条例(注1)によっておこされた高槻の場合を、自己に関する情報の開示請求権の観点から考えてみたい。なお、本稿では紙面の都合上、大阪地裁で「非開示」となった総合所見欄についての記載を中心にしたことをお断りしたい。

 

 

I 内申書の開示問題

 従来の教育行政解釈

 本人・保護者に非開示(慣行)

<非開示の理由>(注2)

a 入試判定資料である。

b 本人開示を前提とすると、客観的かつ公平な評価が困難となる。

c 評価についての学校側との認識のギャップから、開示により子ども・父母と教師との間の信頼関係を損なうおそれがある。

d マイナス評価情報によって、本人に教育上好ましくない影響を及ぼす可能性がある。

 

II 開示への経緯

91. 1. 7 高槻市立第六中学校3年生Mさん高槻市個人情報保護条例(以下条例)により、自己の内申書の開示請求

91. 1.16 高槻市教育委員会(以下市教委)、教育町名で「内申書は不存在」を通知

91. 2. 2 Mさん市教委に異議申立て【「不存在通知」は実質的に非開示処分】

91. 2. 8 高槻市個人情報保護審査会(以下審査会)が市教委から意見聴取

91. 2.13 市教委、審査会に弁明書提出

91. 2.14 審査会が異議申立人から意見聴取

91. 2.18 異議申立人、市教委の弁明書に対する反論書を審査会に提出

91. 2.18 異議申立人、意見書を審査会に提出

91. 2.20 審査会が異議申立人から意見聴取

91. 2.28 審査会「内申書の全面開示」を市教委に答申

91. 3.14 異議申立人、市教委等に早く態度を決めるように申入れ

91. 3.22 それに対し、市教委はまだ時間を要する旨、弁明

91. 3.26 高槻市議会「異議申立人開示」を決議

91. 4. 4 異議申立人は、審査会の全部開示答申に対して、市教委が最終決定を行わないのは違法、さらに、入学願書提出期限までに開示の有無の結論を出さなかったために、志望校選択の資料として、内申書をみることができなかった・・・・ことに対しての損害賠償を大阪地裁に請求(慰謝料5万円を請求)<情報開示不作為の違法確認請求・損害賠償請求事件>

91. 6. 7 市教委、異議申立人に異議申立ての棄却を決定

     加賀山茂高槻市教育委員(委員長職務代理者)「審査会と市議会の決議に従わない決定をしたことに責任を感じる」として辞表を提出

【原告(Mさん)は、市教委が最終決定しないことの違法性を確認する裁判は、訴える利益が喪失したとして、情報開示不作為の違法確認請求部分を取り下げた】

91. 6.20 <調査書非開示処分取消請求事件>の訴状提出

94. 8. 2 市教委、最終準備書面を提出

94.10.17 異議申立人、最終準備書面を提出

94.11. 1 第18回、原告代理人、最終弁論

94.12.20 <調査書非開示処分取消請求事件>大阪地判、処分取消請求は訴えの利益がないとして却下したが、市教委が高校入試以前に原告に内申書の「所見」欄を除く部分を開示しなかったことは違法であるとして、慰謝料5万円を認めた。

94.12.28 「所見」欄の非開示を不服として、原告は大阪地裁に控訴

94.12.29 被告(市教委)は不控訴を決定

95. 6.22 大阪高裁第1回法廷

 

 

III 開示の請求に対する審査会と市教委の意見の比較

市教委

審査会

 内申書は、3月上旬には高校へ送付されるため、かりに本件不存在通知が実質的には非開示決定処分であるとしても、内申書は適用除外事項を定めた本件条例13条2項(2)・(3)に該当する。
 したがって、非開示決定は適法。
(作成されてから開示請求をしても送付前の開示は困難)予め開示請求をすることを認めてもよい。
 教師が確信と責任をもって評価したことだけが内申書に記載されるのであれば、開示によって親と生徒と教師との信頼関係が崩れることはないから、本件内申書を開示すべきである。
 本件条例13条2項の適用除外事項に該当しない。

 

 高槻市個人情報保護条例(抜粋)

第13条 何人も、実施機関に対して、公文書に記載されている自己に係わる個人情報(以下「自己情報」という。)の開示を請求することができる。

2 実施機関は、次の各号のいずれかに該当する自己情報については、開示しないことができる。

(1) 法令又は条例の規定により開示することができないもの

(2) 個人の評価、診断、判定等に関する情報であって、本人に知らせないことが正当であると認められるもの

(3) 開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの

(4) 公益上必要があると実施機関が審議会の意見を聴いて認めたもの

3 実施機関は、前項の規定する自己情報であっても、期間の経過により同項各号のいずれにも該当しなくなったものは、これを開示しなければならない。

4 実施機関は、公文書に第2項各号のいずれかに該当する自己情報とそれ以外の自己情報とが併せて記録されている場合において、当該該当する自己情報とそれ以外の自己情報とを容易に、かつ、開示の請求の趣旨を損なわない程度に分離できるときは、当該該当する自己情報が記録されている部分を除いて、自己情報を開示しなければならない。

 

 

IV 94.12.20 大阪地判の論理

1.本件条例13条2項2号の非開示事由該当性

  「調査書が、『個人の評価、判定等に関する情報』であることは疑いないから、ここでは、調査書が『本人に知らせないことが正当であると認められるもの』に該当するかが問題」となる。

(1) 「総合所見」について

 「この『総合所見』欄には、『各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項を具体的かつ簡明に記入する』こととされているのであるが、その記載内容に関する基準はなく、いかなる記載をするかは、記入者に任されている状態にある。」

 「大阪府下の各中学校においても、調査書には、生徒にとり不利益な点を指摘・強調することはせず、長所を積極的に評価するのが一般であるとされている。」

 しかし、「調査書は、<学教法施行規則59条1項の規定により>学力検査の成績等と共に入学者の選抜の資料とされ、その選抜に基づいて高等学校の入学が許可されるものであるから、生徒の学力はもちろんのこと、その性格、行動等、右選抜の参考となり得る事情は本人に有利なものであれ、不利なものであれ、客観的、公正に記載されるべきは当然のことであり」、「『客観性、公平性を確保』しつつ、生徒の優れている点、長所をも積極的に取り上げることを勧めているのであって、生徒本人に有利な点のみを調査書に記載すべしとまで言っているわけではない。」

  「特に、本項目は人の評価にかかわることであるから、長所を積極的に評価するものとして記載されたものが、受け取る者によっては、不利益な記載と解釈されることもないわけではないし、また、この欄に記載すべき内容・範囲も、見方によっては、かなり抽象的、概括的で広範囲に及ぶものであるから、これを本人に開示することによって、教師への不信感や遺恨等を招き、教師と生徒との信頼関係を損なうような事態も起きないとはいえず、生徒本人・保護者への開示を前提とすれば、これらの弊害をおそれて」、「この欄の記載が形骸化し、入学者選抜資料としての客観性、公正さが滅殺されるおそれが生じ得るといわざるを得ない」。

(2) 本件調査書各事項の本件条例13条2項2号に定める「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」への該当性の有無。

 本件調査書のうち、

「身分事項」「各教科の学習の記録」「学習の総評」及び「身体の記録」・・・該当しない

「総合所見」・・・該当する

 

2.本件条例13条2項3号の非開示事由該当性

(1) 本件条例13条2項3号・・・・「開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」を非開示事由として定めている。

(2) 被告市教委の非開示事由

【被告の主張】

  1.「一地域のみにおいて、調査書の開示がされると、同一学区内で、調査書が開示されて自己の調査書に記載された内容を知って受験する者と開示されずに右記載内容を知らずに受験する者が混在することになり、同等、公正な取扱いがなされるとはいえないことになる」。

  2.「調査書が開示されるとなると、本人に不利益な事実やマイナス評価、生徒や保護者から異議が出ることが予想されるような事実は記載されなくなり、調査書を形骸化して、その意義が失われる」。

  3.「高槻市立中学校の生徒の調査書のみが開示を前提として作成されるならば、高槻市域の調査書は信頼できる公正な資料とは認められないものとして取り扱われるおそれもある」。

  4.「被告高槻市のみにおいて調査書の開示をするとすれば、開示をしない他の市町や大阪府との間で信頼関係が失われ、協調関係の維持が図りがたくなる」。

  5.「そもそも調査書は平成3年3月1日から同月9日の午前中の短期間しか被告高槻市が保管しないものであり、また、入学者選抜願書の受付期間が同月1日から同月7日までであることをも考えると、調査書の開示をするのは、右3月1日以降となり、これに訂正請求等がなされると事務が繁雑となり、これが多種の者からなされると影響は大きく、入試業務に混乱を来す可能性も極めて大きい」。

 

 1.3.4.については、「被告高槻市においては本件条例が制定されているのであり、右条例において、調査書も開示の対象となるものと解されるべきであるとすれば、被告市教委がこれに従うべきことは当然のことであり、高槻市以外ではこれが開示されていないから、高槻市においても開示すべきでないとするのは本末転倒の議論であって」「右被告の主張は採用できない。」

  2.のうち「総合所見」の部分については、「この部分の記載が形骸化して、その意義が失われるおそれがあ」り、「記入が抑制され得ると考えられる」。

  5.については、高槻市は平成4年度からカード方式による進学指導が行われており、「平成6年の3学期の高槻市内の中学校全体のカード提示率は、2812件、83.1%にも上っている」。「また、本件条例に基づく訂正請求等によって、常に、中学校長から高等学校長にする調査書送付事務が制約を受けるとする点についても、」「三者懇談会における進学指導やカード方式による個人記録カードの開示状況とも照すると、具体的にそのおそれのあることを認めるに足りる事情はないというべきであるし、さらに、調査書も本件条例により開示すべきであると決められた以上、開示請求についてはもちろんのこと、その訂正請求にも対応することができるようにするため、被告市教委においては、あらかじめ準備し、その事務手続に支障混乱を生じないよう手段を講じるべき義務があるというほかない」。

 結論

※「本件不存在通知の取消の訴えは、訴えの利益がなく、不適法というべきであるから、これを却下」する。

※「慰謝料請求については、原告の請求は理由があるから、これを容認する。」

被告高槻市は原告に対し、金5万円及びこれに対する平成3年4月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

V 「総合所見」欄非開示の是非

  判決の説く「この部分の記載が形骸化して、その意義が失われるおそれがあ」り、「記入が抑制され得ると考えられる」という思考の方向性は、この文章記述による記入欄を巡っての親と教師との間のトラブル発生面をあまりにも憂慮した考えで、「教育責任主体としての担い手である教師(集団)は、子どもの第一次的責任主体である親(集団)との協力共同の関係の中で、そして教育行政はそれらを励ます関係の中で、それぞれの役割を果たしつつ遂行されるもの」(注3)という姿勢からは程遠いといわざるを得ず、「教育評価活動を含め教育実践が、子どもと教師との間の人格的接触と相互信頼を基礎にした相互の意思疎通によってこそ豊かに展開」(注4)し、その「相互の意思疎通は、直接個人の教育情報である内申書や指導要録などの場合においてこそ、オープンなものでなければならない」(注5)という教育の固有の論理・教育条理から甚だしく乖離している。

 

 

VI 自己情報開示請求権法的権利性

  これには次の二つがある。

  抽象的権利説・・・・法律や条例の制定をまって、はじめて裁判所で主張できる具体的な権利となる。

  具体的権利説・・・・憲法の条文のみを根拠として、直接裁判所で請求し得る権利となる。

  自己情報開示請求権のうち、「思想、世界観、宗教、精神病歴、過去の犯罪歴など個人の人格的自律にかかわる個人情報に対しては、本人は裁判上行使可能な具体的請求権を有している」(注6)と考えられるのではなかろうか。

  個人情報は「本来的に当該情報の本人のもの」(注7)であり、自己に関する情報を本人の知らないところで勝手に収集・利用されないように保障しようとするのが自己情報決定権と考えられるので、現代的プライバシー権は、上記のことを「その流れをコントロールすることを権利(自己情報決定権)として保障」(注8)しようとするものである。そして、「生徒たちが自主的人間をめざして自ら考え、選びながら学習する権利(自主学習権)」(注9)をもつ上でも、自己に関する学校情報を知り得ることは極めて重要であり、「これからの真の人間教育は、こうした自己情報権を保障しながら進めていくべき」(注10)ことは、不可欠である。

  また、自治体が収集・利用している個人情報に対して、本人への開示、訂正、削除等を権利として制度化しようというのが、個人情報保護条例であるから、それについての制限は厳しく真にやむを得ない行政執行上の利益に限られるべきである。

  自己情報の本人開示を拡大する方向のあり方として、「『戦後日本の学校制度における伝統的な制度慣行を、条例の効果だけによって急変させる』のでなく、『本来の制度決定機関の自律による制度変更が望ましい』という提言<川崎市個人情報保護審査会答申1992年10月>の意味を十分に考える必要もある」(注11)の指摘は、極めて重要である。

  私には、一つは(恣意性排除の面から)「内申書」から成績の「証明書」への様式変更と、二つ目には通説として具体的権利説を根付かせるための精密な理論構成の必要性などが考えられる。

  ごく最近、新聞(1995年5月21日付朝日新聞)は、政令指定都市では初めて川崎市教委が卒業した生徒という「特例」付きながら、内申書の「全面開示」を行った旨を伝えている。時の流れとはいえ、一旦動きだした潮流は大方の予想以上の大きく強力な流れになっているようである。

 

< 注 >

1 情報公開には二つの条例がある。一つは住民が自治体のもつ行政情報を開示請求するためのもので、「情報公開条例」といわれる。これは、その自治体が保有する情報で原則的には住民の要求に基づいて公開されるべきものとされる。その場合、非公開の情報は限定されるべきことと公平な審査会による救済が保障される。もう一つは「個人情報保護条例」である。これは個人のプライバシー保護の観点から、行政が保持する情報の漏洩の防止や保管の厳正化を定めたもので、行政機関のもつ自己についての情報開示権・及びその訂正・削除の権利を定めたものである。

2 市川須美子「教育自己情報開示請求」ジュリスト94.5.20増刊有斐閣255頁

3 室井修「教育条理からみた判決の問題点」わが子は中学生1995.4月号あゆみ出版26頁

4 室井修「教育条理からみた判決の問題点」わが子は中学生1995.4月号あゆみ出版27頁

5 室井修「教育条理からみた判決の問題点」わが子は中学生1995.4月号あゆみ出版27頁

6 棟居快行「自己情報開示請求権の法的権利性」受験新報1995.7月号法学書院11頁

7 安達和志「学校情報の開示と生徒の個人情報権」日本教育法学会編『日本教育法学会年報』第24号1995年有斐閣134頁

8 安達和志「学校情報の開示と生徒の個人情報権」日本教育法学会編『日本教育法学会年報』第24号1995年有斐閣134頁

9 兼子仁「情報への権利と学校教育」全国高法研会報第一巻1987年133頁

10 兼子仁「情報への権利と学校教育」全国高法研会報第一巻1987年133頁

11 平原春好「教育行政学」東京大学出版会1993年268頁

 



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