◆199808KHK179A1L0253J
TITLE:  教育情報の非開示事由を考える
AUTHOR: 山口 明子
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第179号(1998年8月)
WORDS:  全40字×253行

 

教育情報の非開示事由を考える

 

山 口 明 子 

 

この報告は、98年3月の全国高法研理論フォーラムにおける報告に、その後の状況などについて若干加筆したものである。

 

はじめに: 個人情報開示請求の概況

  個人情報保護条例(情報公開条例の自己情報開示請求規定によるものを含む。以下両方とも条例と称する)に基づく教育個人情報の本人開示は全国的にかなり進み、教育個人情報の代表的なものである内申書については、川崎市・大阪府・大阪市が制度として事後的に全面開示しており、今年度から兵庫県が加わった。指導要録は在校生への開示を含め、制度的に全面開示しているのは川崎市・高槻市・札幌市であるが、個別事例としては現在(98.8.)までに36の自治体が全面開示している(うち、在校生に対しても開示しているのは10)。しかし、内申書に関しては事前の全面開示が全くないこと、指導要録については在校生への開示がまだ少数であることから、これらの開示の進展が今後期待されるが、開示そのものに関しては大勢は定まっており、今後の問題は、記載内容の削除・訂正請求の扱い方になると予想される。

 

二つの非開示事由

 開示請求に対して教育委員会は直ちに開示を決定することは少なく、最初は開示拒否、あるいは一部開示を決定し、その後異議申立→審査会への諮問→開示答申を経て、答申に従う形で全面開示に至るケースが多いが、教育委員会が非開示事由として挙げるのはほとんどの場合、条例に「開示しないことができる」として挙げられている条項のうち、例えば高槻市条例では13条2項の

 2号 個人の評価、診断、判定等に関する情報であって、開示しないことが正当である と認められるもの

 3号 開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの

という2条項のどちらか、あるいは両方である。仔細に見れば各条例は全く同じではなく、前者は「開示しないことが適切・適当・妥当」など、後者は「適正・円滑な執行を妨げ・阻害するおそれのある・明らかである」などの差異があるが、ここでは前者を「非開示正当」条項、後者を「行政執行支障」条項と称することにする。

 

非開示事由と具体的根拠

  このうち、わかりにくいのは前者である。「開示しないことが正当」とはどういう意味なのか。誰にとって、何を根拠として「正当」というのかという疑問が生じる。そこで、非開示の根拠として挙げられている具体的な事項を調べてみると、「開示によって生じる不利益ないし弊害」とはおおよそ次の5点である。

 @ 本人の自尊心・向上心を損う/受験に悪影響がある

 A 学校・教師への不信感を生じる/信頼関係を損う

 B @Aが生じれば本人の指導が困難になる

 C @Aが生じることをおそれて教師が当たり障りのない記載をするようになり、記載 が形骸化して、選抜資料あるいは指導資料としての機能を果たさなくなる

 D 継続的に記載が形骸化することで制度が崩壊する

  このうち@は開示を請求した本人の、CDは学校・教師の側の不利益と考えられるが、ABはどちらの不利益なのかは俄には定めがたい。しかも、このうちのどれが先の2条項のどちらに該当するのかも、必ずしも一定していない。

  例えば、町田市・高槻市・箕面市・豊中市・新潟市・長野県・西宮市・茨木市・川西市・目黒区・などでは実施機関が@ABなどを「本人不利益」と見なして「非開示正当」該当性を主張し、そのうち、町田市・長野県・茨木市などでは、審査会も、@ABを「本人不利益」と認め、これが「非開示正当」の根拠となることを認めている(但し、長野県・茨木市は特殊事情によって結論は「開示」)。

 「所見を本人に開示した場合には、本人の心情的ショックや教師への感情的反発をもたらし、学校(教師)と生徒あるいは保護者との信頼関係を損なう事態に発展することも考えられる」(町田市審査会答申 92.10. )

 「評価内容を生徒にストレートに開示した場合には、生徒によっては悪影響を及ぼし、信頼関係が損なわれることは十分に考えられるところである」「一律的な判断を前提とする限り、同号の『開示しないことが適当と認められるもの』に該当すると認めることができる」(長野県審議会答申 94.3.)

「・・・場合によっては、児童が自尊心を傷つけられ、意欲や向上心を失い、また、教師や学校に対する不信感を抱くおそれがある。そのためにその後の指導に支障をきたすことが考えられ、それゆえ、条例第12条第2項第2号に該当する」(茨木市個人情報保護審査会答申 95.11.)

  また、CDを「制度不利益」と認めながら、これを根拠として「非開示正当」とする場合もある。

 「開示されることを前提として作成されることになると、指導要録に児童についての真実が記載されなくなるおそれがある。・・・指導要録制度そのものを否定し、こわすことになりかねない。よって・・・条例10条2号に該当する」(大田区個人情報保護審査会答申 92.7.)

  前記@〜D以外を根拠として「非開示正当」と認める場合もある。

 「教師は・・・自己の記載した児童に対する判断が、制度上予想される閲覧者(校長、次の申受者たる教師など)以外の者に知られないことについて、その保護を期待する正当な理由を有するものと言わなければならない。そうすると、本件指導要録中、開示することのできる項目を除いた項目は『本人に開示しないことが正当と認められるもの』にも該当する」(横浜市公文書公開審査会答申 94.5.)

  逆に、@〜Dのほとんどすべてを挙げる場合もある。

 「・・・生徒が教師に対する不信感を募らせ、あるいは学習意欲を喪失して、その後の指導教育に支障をきたすおそれがある。また・・・生徒又は保護者と教師、あるいは学校との間の信頼関係を損なうおそれも十分に考えられる。・・・さらに、必要な記載を控えたり、ありのままを記載しないようになり、そのため、指導要録の内容が形骸化し、指導要録に基づく教育指導が困難になるおそれがある。以上により、指導要録の『評定』欄及び『所見』欄は、類型的には、・・・『・・・開示することにより、事業の適正な執行に支障が生ずるおそれがある』ものに該当する」(東京都個人情報保護審査会答申 94.12.) 「所見等については・・・次に述べるような理由から、実施機関の公正又は適正な行政執行を妨げるおそれがあると認められ、条例第19条第2項第2号の規定により、開示の請求に応じないこととすることが妥当である。

@ 教師が生徒や保護者との感情等を考慮し、ありのまの記載をしなくなる。そのために、指導要録の内容が形骸化し、指導等のための資料としての信頼性が失われ、指導要録による継続的な指導が妨げられるおそれがある。A ・・・生徒の意欲や向上心を失わせたり、本人又は保護者の誤解や感情的反発を生み、本人、保護者と教師、学校との信頼関係が損なわれるおそれがある」(世田谷区情報公開・個人情報保護審査会答申 95.5.)

  これらの例では@〜Dのほとんど全部を挙げ、「行政執行」条項に該当するとしている。つまり、@〜Bを根拠として「本人不利益」であるから「非開示正当」条項に該当するとするもの、CDを根拠として「制度不利益」だから「非開示正当」該当性があるとするもの、@〜Dを根拠として「行政執行支障」該当とするものなど、事態は同じであっても、それを何人の不利益と見なし、非開示事由のどちらに該当するとするかは、それぞれの自治体の条例による部分は勿論あるが、教育委員会あるいは審査会の考え方によるところも大きい。

具体的事態 不利益の主体 該当する条項
 @
 A
 B
 C
 D

 本人(A)

 制度(B)

「非開示正当」a 

「行政執行」 b

3要素の組合わせは様々である

例えば:
  @ABAa 町田市・長野県・茨木市など
  @AB→CDBa (大田区など)
  @〜DBb (東京都・世田谷区など)

 

「非開示正当」の根拠の推移

  しかしながら、このなかでも一つの傾向は見いだせる。それは、初期の請求に対しては教育委員会が@〜Bの事態を「本人不利益」と見なし、これを根拠として「非開示正当」該当性を主張していた場合(@〜BAaの組合せ)が多かったのに対して、異議申立てと答申の推移のなかでこのケースが次第に少なくなっていることである。

  特に、このことを明確に指摘したのは次の答申である。

 「教育情報について知らせないことが本人のためであるといった後見的(パターナリスティック)な発想は、自己情報コントロール権を制度化した条例の趣旨とも、またそもそも学習権という国民固有の権利からしても、疑問の余地が大きいものと言わざるをえない。・・・(中略)

 条例の『本人に知らせないことが適当であると認められるもの』とは・・・実施機関が後見的な観点から本人自身の利益を本人や保護者に成り代わって判断することであってはならないであろう」(川西市個人情報保護審査会答申 97.3.)

  この答申においては、本人にとっての利益不利益を開示の是非の判断材料とすることが明確に否定されている。つまり「開示しないことが正当である」というときの正当性とは、開示請求者の代わりに実施機関が判断するものであってはならないということである。

 開示請求者にとっては開示が常に正当であり、開示内容が請求者に打撃を与えることへの顧慮は非開示事由とはなりえないことは、すでに1992年の新潟市審査会の答申が

「本人の利益不利益を理由として対抗する法的根拠は消滅する」と述べ、1994年12月の高槻内申書裁判大阪地裁判決も触れていることではあるが、川西市審査会の答申はこれを再確認するとともに、実施機関の「おせっかい」を明確に戒めたものといえるであろう。

  このことは同時に、非開示事由として、実施機関の主観的な判断による本人不利益を根拠としがちな「非開示正当」ではなく、「行政執行」該当性とすべきだという考え方が強まることを示唆しているが、事実、教育委員会の挙げる非開示事由は次第に「行政執行」条項に移っていく。

  大雑把に教育委員会が挙げる非開示事由該当性を年代順にみると次のようになる。

「非開示正当」 「行政執行支障」 その他 答申数
91  
92
93
94
95
96
97

・両方の事由を挙げている場合が多いため、事由の合計は答申数より多い 。

  これによっても、非開示の理由としては主観性の強い「非開示正当」ではなく、より客観性が強いと見なされる「行政執行支障」を挙げる傾向が強まっていることがわかる。

 

「支障」の減少 → 開示へ

  このようにして非開示理由に客観性が求められ、実施機関にとっての不都合と、開示による利益とを比較考量すべきだということになれば、そのとき持ち出される最大の理由は「記載の形骸化による選抜・指導資料としての機能喪失」である。つまり、事実が書きにくくなるということである。しかし、本人にとって好ましい事実は本人に見せるからといって書きにくくなるとは考えられないから、この場合書きにくくなるのはいわゆるマイナス記載、消極評価といわれるものであろう。

  ところが文部省は指導要録について1991年3月、初中教育局長通知を、高校入試選抜については1993年2月に文部次官通知通知を出し、前者においては「所見の記載は児童生徒の長所を取り上げることが中心となるよう留意すること」、また後者の中で「調査書の記載事項については、高等学校入試選抜に真に必要な事項に精選すること」とした。これによって少なくともそれ以前の「ありのまま」記載を文部省が求めていないことははっきりした。「ありのまま」記載が必要であるという主張は依然として存在するが、非開示の理由として「本人の自尊心を損なうことをおそれて記載が形骸化し、選抜・指導資料としての機能が低下する」とは言いにくくなった。

 たとえば指導要録については、

 「(学籍の記録の備考欄について)なお新指導要録では、この欄は『指導上参考となる事項』に一括され、児童生徒の特徴・特技、奉仕活動など長所を記入することになっており、他の欄に記入できない事項を記入する際にも、個性を生かす観点やプライバシー保護の観点に配慮することが求められている」(那覇市審査会答申 94.2.)

 「・・・ただし、平成3年3月に『学校教育法施行規則の一部を改正する省令』が出され、平成4年6月に東京都教育委員会及び足立区教育委員会を通じて学校に周知され、平成5年度以降については、指導要録には主に児童生徒の積極面を生かし、奨励する方向で記載がなされるようになった。そのため、『知能検査』の結果を除く項目については、これを開示することによって、『実施機関の公正または適正な行政執行を著しく妨げるおそれがある』とは認められない。よって、平成5年度以降については、『知能検査』の結果を除いて全部開示するのが適当である」(足立区審査会答申 95.12.)

 「・・・しかしながら、『長所を書くことを基本』とする様式2の改訂の基本的な考え方に基づいて記載される限り、そのような問題(記載内容の形骸化)は生じがたいし、・・・」(大阪市審議会答申 97.7.) 

などの言及を見れば、指導要録の様式改訂・文部省通知が指導要録の開示を進める効果をもったことは明らかである。

  また、調査書についても、兵庫県教育委員会は今年度から様式を改めて全面開示することとしたが、その理由として「記載項目を選抜に必要最小限のものとした」としているのは、語るに落ちたというべきであろう。

  このように見てくれば、全国的な内申書・指導要録の開示は、「非開示事由そのものの是非」と同時に、「非開示事由の客観性・合理性」を追求する請求者や審査会の努力が、実施機関(教育委員会)の「主観的・非合理的な非開示事由」を次第に追い詰めていった結果であるとも言えよう。

 

司法における変化

  このような変化は、裁判結果にも現れつつある。

  今年3月の神戸地裁における西宮市内申書・指導要録開示請求訴訟判決は、ほとんどの欄を非開示妥当としたが、理由としては「公正かつ適正な行政執行が妨げられることが明らかなもの」とする西宮市条例12条3号に該当するとし、「開示しないことが正当であると認められるもの」とする2号該当性は否定した。かつて高槻内申書裁判における大阪地裁・高裁判決がいずれも2号・3号該当性を認めたし、被告西宮市教委自身も2号該当性を主張していたのであるから、この判決に唯一評価できる点があるとすれば、2号該当性はもはや認められないことを示した点である。

 また、同じ3月、高槻市教育委員会の内申書部分開示決定の取消を求める訴訟が大阪地裁で提起された。この請求に対して高槻市教委は、入試前内申書開示請求に対して、「学習の記録の評定」欄の開示は認め、「総合所見」欄のみを非開示としたが、その理由は

開示が行政執行の妨げとなるおそれがある」という3号該当性であって、最初から2号該当性は主張していない。ここにも一つの変化が見いだせるのである。

 

「非開示正当」条項存在への疑問

  いままではそれぞれの条例における「非開示事由」を「非開示正当」と「行政執行」とに大別して述べてきた。ところが仔細に見ると、「非開示事由」は実はそれほど簡単ではない。

 @ 「非開示が正当であるもの」

は、最初に述べたように「個人の評価、診断、判定等に関する情報であって」という前半部があるが、条例のなかには、この前半部だけで非開示とするものがある。

 「本人の評価、選考に関するものであるとき」(福山市条例16条3項1号)

 「個人の評価、診断、判定、指導、相談、選考等に関する情報」(金沢市条例21条2項2号)

 これらでは、「評価、診断・・・」に関する情報であるというだけで、非開示になってしまう。この規定は、@よりも客観的とは言えるかもしれないが、著しく不合理である。 これを@’とするなら、

 A 「正当な行政執行の妨げとなるおそれのあるもの」

に対してはA’ともいうべき

  A’「当該行政執行の妨げとなるもの」という規定もある。

  AとA’は似ているが、Aは「(将来にわたって)制度にとっての支障」を指すのに対して、A’は「現在問題となっているその件についての障害」という点が、少し異なる。 いま手元にある個人情報保護条例(自己情報開示請求権の規定のある情報公開条例を含む)50の非開示事由を調べてみると、次のようになる。

 @’(を有する自治体。以下同じ) 岡山市・福山市・金沢市

 @  大田区新潟市・                           

    島本町・川崎市・高槻市・茨木市・三重県・横浜市・交野市・西宮市・目黒区・

    尼崎市・町田市・豊中市・中野区・箕面市・姫路市・長野県・那覇市・逗子市・

    広島市・京都市・摂津市・足立区・川西市・大阪市・京都市・河内長野市・

    大東市・神戸市

 A  春日市東京都世田谷区福岡県大阪府兵庫県寝屋川市

    島本町・川崎市・高槻市・茨木市・三重県・横浜市・岡山市・交野市・西宮市・

    目黒区・尼崎市・町田市・豊中市・中野区・箕面市・福山市・姫路市・長野県・

    金沢市・那覇市・逗子市・高知市・広島市・京都市・摂津市・足立区・川西市・

    大阪市・京都市・河内長野市・大東市・神戸市

    小田原市・高知市・千葉市・枚方市

 A’ 神奈川県船橋市厚木市鎌倉市滋賀県札幌市

    小田原市・高知市・千葉市・枚方市

    (下線は他に内申書・指導要録に関する非開示事由を設けていない自治体)

  最も早く成立した春日市の条例には@がないが、その後1985年の島本町から90年の箕面市まで、すべて@を持ち、@を持たない条例は、春日市以後は90年3月の神奈川県まで現れなかった。しかしその後は船橋市・東京都・世田谷区などに@を持たない条例ががあり、特に都府県では、@を持たない自治体が多く、@を持つのは三重県と長野県のみである。

 この点に関してはまだ確実なことは何も言えないが、自治体の条例制定に当たって、

「非開示が正当である」という極めて判断規準の曖昧な条項を設けない傾向が生まれているのではないかと考えている。他方、この条項を持つ自治体は、何を想定してこの条項を設けたのかも考えてみたいと思っている。

 



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