◆200108KHK197A1L0246AE
TITLE:  知的障害のある生徒の高校受け入れ
AUTHOR: 朝倉 達夫
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第197号(2001年8月)
WORDS:  全40字×246行

 

知的障害のある生徒の高校受け入れ

 

朝 倉 達 夫

 

1.4校の調査研究校の指定

 

  大阪府は今年4月から知的障害のある生徒の高等学校受け入れに係わる調査研究校を4校指定した。調査研究校の目的は「知的障害のある生徒の後期中等教育の在り方について、学校教育審議会において一定の方向性を見出していくため、府立高校に知的障害のある生徒を受け入れ、具体的・実践的な研究を行う」、その対象校は西成高校(普通科)、阿武野高校(普通科)、柴島高校(総合学科)、松原高校(総合学科)の4校とするというものである。

  主な研究内容は「○校内における受け入れ体制・指導体制に関する研究」「○生徒の実態に対応する教育課程の研究・個別の指導計画に関する研究」「○授業等における指導内容、方法、評価に関する研究」「○卒業後の進路及びアフタケアに関する研究」「○入学生徒の出身中学との連携の在り方に関する研究」「○地域の医療・福祉・労働機関等との連携の在り方に関する研究」「入学者の選抜の在り方に関する研究」としている。

  このため教育委員会は人的支援として、「調査研究の調整のためのコーディネーター」「心身のケアのための養護教諭」「教科指導対応の非常勤講師」「学習活動等の支援としてのサポータ」を保障するとする。また、物的支援として「プレイルーム等の整備」「教材等の充実」も行うとしている。

  さらに、このため連絡協議会を設置し、関連機関相互の情報交換、課題の整理、実践の集約、他の府立高校への情報発信を行い、最終的に調査研究校の成果を学校教育審議会へ報告するというものである。

 

2.調査研究校指定にいたる経過

 

  今回の大阪府の知的障害生徒高校受け入れ研究実施までの経緯をみてみる。直接的には大阪府学校教育審議会の提言を受けたものであるが、そのもとになったものは文部省の21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議の提言(最終報告2000年1月15日)である。7項目の提言の中の「児童生徒の特別な教育的ニーズに対応した就学指導の在り方の改善」「後期中等教育機関への受け入れ」提言に係わったものであることは疑いない。この提言では、従来心身に障害のある子どもは「歩行が困難なら養護学校」「両眼の視力が0.1未満なら盲学校」といた就学基準と就学前に受ける就学時健康診断の結果などにもとづいて市町村教委や都道府県教委が就学先を割り振っている。普通学校で学ばせたいという保護者の希望があっても制度上は、保護者に就学先を選ぶ権利はなく、基準に該当する子どもはすべて養護諸学校に通うことになっている。しかし、補聴器や義肢の発達、スロープなどが整備されていれば普通学校で学ぶことが出来る例も多くなっている。すでに実際に受け入れている自治体も少なくない。こういった実態をふまえ、個々の子どもの要望にあった教育をするという考えに転換、基準そのものを見直すとともに、基準通り一律に割り振るような指導をやめ、条件がそろえば普通学校への入学を例外として認めるべきだとある。

  これを受けたかたちで大阪府教育審議会は「今後、知的障害のある生徒の後期中等教育の在り方について審議を深め、一定の方向性を見出していくためには、受け入れや交流の実績のある高等学校における具体的・実証的な研究を基礎とした検証が不可欠である。早急に調査研究校を指定し、その研究成果を踏まえ、引き続き検討することが重要である。」と提言した。

 

3.調査研究の趣旨・目的

 

  審議会の提言を受けた、大阪府は調査研究校の指定の必要性を次の5点に集約している。○障害のある子どもの教育に対する国際的な動向いわゆる「ノーマライゼーション」 ○身体に障害のある生徒の高校入学は増加しているが、知的障害生徒は困難な状態にある ○高校進学率、養護学校進学率の現状からも知的障害児の教育の充実が望まれる ○既に知的障害のある生徒が在籍し、実績のある学校での成果 ○実証的研究を行い、検証、検討を深め、方向性を見出す必要。

  調査研究の趣旨・目的については「知的障害のある生徒の後期中等教育の在り方について、審議を深め、一定の方向性を見出していくため、調査研究校において、知的障害のある生徒を受け入れ、具体的・実証的な研究を行い、その成果を提供することを目的とする」としている。

  主な研究内容としては○校内における受け入れ体制・指導体制に関する研究 ○生徒の実態に対応する教育課程の研究・個別の指導計画に関する研究 ○指導内容・方法、評価に関する研究 ○卒業後の進路及びアフタケアーに関する研究 ○入学生徒の出身中学との連携の在り方に関する研究 ○地域の医療・福祉・労働機関等との連携の在り方に関する研究 ○入学者の選抜の在り方に関する研究 ○その他、大阪府教育審議会から付託された事項、となっている。

  研究期間は概ね5年間となっており、調査研究校の用件としては ○知的障害がある生徒の受け入れ交流の実績があること ○地域の中学校との連携や支援が期待できること ○地域の福祉関係、授産施設等との連携が図れること、としている。

  志願者の要件としては ○知的障害があり教育上配慮を要するもの ○学習意欲があり学校生活の中で、コミュニケーションが図れる者 ○中学校を当該学年に卒業する見込みで、校長の推薦を受けた者で、募集人員は1校につき2名程度で当該高等学校の募集人員の外数となっている。

  なお、入学者の選抜は、作文、面接、調査書等により行い、受検者が募集人員を超える場合、調査研究校の校長は、教育委員会と協議することになっている。

 

4.障害をもつ生徒の就学保障の歴史と現状

 

  障害をもつ生徒の就学保障は2段階の経過を経て今日にいたっている。第1段階は1948年の盲・聾学校の義務制であり、第2段階は1979年から実施された「養護学校の義務制化」である。学校教育法74条の規定からいえば1948年段階ですべての障害種別の養護諸学校が義務制化されなければならないはずである。同条但し書きにより、財政事情を理由に30年間、盲・聾以外の障害児・生徒は「義務制」の外に置かれた。「義務制」実施後も知的障害児・生徒の就学率ははかばしくなかった。1948年時点でゼロであった養護学校は1956年の養護学校整備特別措置法、1972年の養護学校設置に関する七年計画の本格実施の中で全国に400あまりの養護学校が設置されたが、地域の小中学校の障害児学級(当時特別学級とよばれた)を含めても不十分で、不本意な就学猶予・免除の名によって、多くの未就学の障害児が放置された。

  今日訪問指導を含め義務制児童生徒の就学はほぼ保障される状態にある。しかしこれは数字としての保障状態であり、実質的な学習保障という面ではますます困難の状態は深化している。養護学校では大規模化や学校所在の偏在化による長時間通学、教職員の人事政策による強制移動などによる専門教員の減少、障害の重度化に見合わない施設設備等々問題は深刻である。障害学級でも大阪の場合、7000名を超える子どもが地域の小中学校の障害学級にしているが、重度加配の教員の削減もあり、障害児学級担当者は減っているという報告もある。しかもインクルージョンの名のもとに条件整備も不十分なまま、一つの学級の中にさまざまな障害をもつ生徒が混在して教育を受けるといった困難が行政の施策、指導のもとで進行しつつある。

  例えば大阪府の教育行政は「大阪府教育プログラム」のもとで肢体不自由児養護学校への小学部からの知的障害児の段階的受け入れ、府立高校への養護諸学校の分教室の設置推進などがある。

 

5.「能力に応じた教育」と障害児教育

 

  最近の行政の特徴は「改革」、「見直し」、「規制緩和」とい名を冠した教育、福祉行政施策の縮小化、安上がり化である。古典的資本主義への回帰(「社会主義」的施策の見直し、競争原理の徹底)ともいえる一連の教育改革構想は、社会的弱者、障害を持つ児童、生徒にとってどのような結果をもたらされるか。今こそ「教育基本法3条の教育の機会均等、能力に応じた教育」に立ち返っての吟味が必要である。

  憲法26条をうけて教育基本法3条は「すべて国民はひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。(以下略)」としている。これは教育の機会均等、無差別平等を確認し、行政の責務を明確にしたものである。

  教基法にいう「能力に応ずる教育」は能力による差別的教育を容認するものではなく、「能力に見合った」「発達段階に合った」教育の保障の意味であることは通説といってよい。言語獲得の遅れが学習に支障があればこれに対応した教育条件、施設を保障し、肢体不自由のために学習上必要な教育条件が要請されるならば教育行政はこれを保障する責任がある。知的に発達が遅れている者に対しても同様である。

  「障害をもつすべての児童・生徒に普通教育を」という障害をもつ生徒の親、教育関係者の願いと運動は長い期間をかけて実現しつつある。現在多くの知的障害生徒が地域の義務制学校、養護学校に在学している。しかし盲・聾学校と比べて養護学校における高等部就学保障はまだその途上にある。「すべての障害をもつ生徒に後期中等教育保障を」とい願いと運動は「在宅指導教員派遣」、「養護学校高等部に専攻科を」等の要求となって、ますます強くなっている。このことが大阪に見られる「知的障害生徒の高校受け入れ」にも影響している。このことについては北海道教法研、岩見沢高等養護学校 高村法保先生の報告「障害児学校高等部専攻科教育等の法的検討」(「北海道教法研ニュース103号」)に詳しい。

 

6.大阪府における養護諸学校の現状

 

  大阪には現在府立だけで盲・聾・養護学校24校のいわゆる養護諸学校がある。60年代から70年代にかけて急増された校舎の不備や、重度重複生徒の増加からくる施設設備の不備、養護学校の地域偏在や障害生徒の増加による学校建設の必要性が緊急のものとなっている(寝屋川養護学校などは300名を超える重度重複を含めた児童生徒が在学、枚方地域の養護学校建設が要望されている。八尾養護学校は開校34年目をむかえ、校舎の老朽化に加え、生徒の増加(282名)もあり校舎改築とともに東大阪への養護学校建設が急務となっている等々。ちなみに1校200名を超える大規模養護学校が大阪には6校もある)。さらに各校に共通する問題としてスクールバスのコースや通学時間の長時間化がある。

 一方で堺市立百舌養護学校の廃校が打ち出されている。こうした動きは全国のあちこちで起こってきている。(例えば東京都における聾学校の統廃合等)

  私の勤務する生野高等聾学校は40年を超える老朽校舎で建て替えが急務になっている。教育委員会もその必要性を認めざるを得ない状態にもかかわらず、府が策定した「教育改革プログラム」に即した学科再編、縮小と抱き合わせたり、廃校した高校跡地に養護学校との併設をにおわせるなど、到底障害をもつ生徒の学習権保障という立場にたっているとは思われない移転改築を打診してきている。

 

7.「21世紀の特殊教育の在り方」考

 

  21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議が「21世紀の特殊教育の在り方」という最終報告を出した。いくつか今までにない、先見的な方向性も見られるが解釈や行政の姿勢によっては、危惧の念を抱かざるをえない内容となっている。

  第一にノーマライゼーションについてである。障害をもつものが障害があるがゆえに必要とする支援を受けながらも、自ら持つ能力を発揮し社会の発展に貢献していくことである。行政的な支援は財政問題で押さえられ、一方で障害を持たないことを前提にした地域社会において「差別」なく義務が要求され、「同じ扱い」に放置されるならば、まさに「競争原理の中に障害者(弱者)を放置する」状態を甘受させる口実となる。普通高校に入れておけば「普通教育」が保障されるという安易なことが正当化されてはならない。インクルージョンの考え方がこういう発想であれば注意が必要である。報告では「教育、医療、福祉が一体となって特別な支援チーム」を提言している。ノーマライゼーションの思想は国や公共団体の条件整備責任を果たすことが大前提である。

  第二は就学指導の問題である。基本的には就学先選択は本人、父母の希望にそうことが前提であり、従来の一方的基準による振り分けの誤りを認めた点は評価できる。しかし、現在のような父母、生徒への情報公開状況や、養護学校に対する地域社会の心理的差別状況、養護諸学校の施設設備、人的保障状況の中では生徒、父母が闇雲に地域の学校を志向する状況が生じるおそれは多い。就学問題での「子どもにとっての最善の利益」は、まさに「適正」就学であり、「適正就学」は本人、父母、教育専門家が十分な情報資料、経験的助言の中でこそなされるべきである。就学指導の民主化である。また、地域の学校、養護学校の交流、転出入学が自由に行われる状況が必要である。

  第三は「特別支援教育」としての養護学校という観点である。府は障害児学校の呼称を従来の「養護諸学校」を「盲・聾・養護学校」改称したり、障害児教育を「特別教育」とすべきとしたり呼称にこだわりをもっているように見える。これまで在籍を保障しても教育の中身があまり問われなかったことに比べ、具体的な「特別支援」の内容が提示されたことは意味がある。「個別指導計画」の必要や、「自立活動」の重視も現場での対応やこれに対する条件整備の如何によっては「障害を持つ生徒の支援を教員はすべきである」が「学校や教員への特別な支援、条件整備は行わない」では「21世紀の特殊教育」は改革されない。

 

8.大阪における「知的障害生徒の高校受け入れ」をどうみるか

 

  基本的には「知的障害生徒の高校受け入れ」に反対するものではない。従って今回の「知的障害生徒の高校受け入れ試行」の結果と今後の施策に注目するものである。しかし、本当にその立場にたつなら「希望するすべての生徒の高等学校受け入れ」を直ちにするべきである。すなわち「高校全入」の実施である。一方で「適格者主義」としての高校入試を行いながら近い将来本格的な「知的障害生徒の高校受け入れ」を行うならば「逆差別」の問題も起こりうる。「障害生徒の受け入れ」と「高校全入」は同質の課題である。

  府が「知的障害生徒を始めとする障害生徒の高校受け入れ」を、緊急に必要とされる知的障害生徒のための養護学校建設を回避する口実にしたり、生徒減少で空きのある高校の教室利用という財政的発想でなく、本気でノーマライゼーション社会を展望しての施策として実施するのであれば、高等学校のクラス定員を最高でも20人くらいにすべきである。また必要に応じて複数担当制をしくべきである。少なくとも知的障害生徒の入学に際しては入学検査をせず、希望する高校に希望者全入にすべきである。また、進路保障については高校まかせにせず府労働部、職安と連携し、最善をつくす体制をとることである。しかし既存の養護学校に対する府の対応を見るとき、府が本気で「知的障害生徒」をはじめ全ての障害を持つ生徒の学習権保障」の立場で高校受け入れの研究調査に入ったのか疑念を抱かざるを得ない。

  最後に私の障害児教育観についの立場を述べておきたい。20年間の高等学校教育実践と17年間障害児学校教育に携わってきた経験から「障害者が学習、発達する場を一元化するのは誤りである」ということである。嘗ても今もある「養護学校不要・差別論」や「養護学校万能論(これを主張する人は実際にはあまりいない)」には与しない。障害を持つ者は障害の程度も、発達の違いも千差万別である。障害を持たない者以上に選択の幅を保障すべきである。障害を持たない者と同じ場を保障したから、障害を持たない者と同じ権利が保障されるのではない。障害を持つ者はみんな発達の態様も速度もちがう。それは個性であるが、発達の可能性を放棄させて「個性」であるとして本人に「受け入れさせる」ことは誤りだと思う。このことがリハビリテーションを否定することになってはならない。障害者を囲い込み、隔離するこにも反対である。しかし、障害者にとって最も不幸な社会状況は自由競争原理がすべてとされるような、「新自由主義的社会」である。それを覆い隠すような「ほどこし」の社会も決して快適な社会ではない。互いの違いを認め合い、個の発達が常に集団の中で保障され、その集団も個との関わりの中で成長し、社会全体として豊かに発展していく、その中で障害者問題をとらえようとしてきた。

大阪府や他の都道府県教育委員会、文部省が当面する財政難対策の方便としてでなく、今こそ憲法、教育基本法、子どもの権利条約、障害者基本法の本旨に立ち返り、来るべきノーマライゼーション社会、共生社会を展望した障害児教育政策、施策の実施を願ってやまない。

 

 報告に関連する用語解説

ノーマライゼーション
障害をもつ人々が特別のケアを受ける権利を享受しつつ、個人の生活においても、社会の中での活動においても、可能なかぎり通常の仕方でその能力を発揮し、それをとおして社会の発展に貢献する道を開くこと。障害者等の社会的弱者が地域で学び、生活し、働くためには様々なケアが必要である。そのケアを保障するために、(おこぼれ福祉ではなく)国や地方公共団体の予算が優先的に社会的弱者に振り分けられる必要がある。

リハビリテーション
「権利・名誉・資格の回復」が本来の意味。障害をもつことが人間らしく生きることを困難にし、人間の尊厳を傷つけるものであるという認識にたって、「人間らしく生きる権利の回復」こそが必要であるとする考え方。

インテグレーション
本来は「人種的無差別待遇」を意味する。障害者が単に非障害児の集団に入るという形態の面だけで見るのではなく、そのことにより障害児の人権がどれだけ実質的に保障されるのか。さらには障害児を含む教育が全体としてどれだけ完成されているのかの吟味が必要。障害児が通常学級で教育を受けることを「完全統合」、通常学校に隣接した障害児学校や、養護学級などを「場の統合」、通常学級と養護学校や養護学級との交流教育を「社会的交流」といったりしている。

インクルージョン
包摂、包含。非障害児と障害児を同じ場で、かつ、ひとり一人の発達に応じた教育課題、内容を保障すること。通常教育と障害児教育を統一した一つのものとして学校のシステムを構想し、そのシステムの中で障害児などに対応すべきであるという考え方。

Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会