◆200212KHK205A1L0206HO
TITLE:  大阪府の男女共同参画社会推進施策について
AUTHOR: 伊藤 靖幸
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第205号(2002年12月)
WORDS:  全40字×206行

 

大阪府の男女共同参画社会推進施策について

 

伊 藤 靖 幸

 

 1.はじめに

 

  本稿では、大阪府の男女共同参画推進条例を中心に、府や国の男女共同参画社会推進施策について概括する。私がこのテーマに興味を持ったきっかけは以下のような諸事情がある。まずは大阪府男女共同参画推進条例が2002年4月1日施行されたことである。また、昨年学校で人権研修でジェンダーフリーをとりあげた際、男女共同参画社会基本法(1999.6)や「おおさか男女共同参画プラン」(2001.7)の事を若干調べた。そういえば、私達 大阪教法研がこのところずっと例会に利用しているクレオ西・クレオ東も2001年4月に男女いきいきセンターから、男女共同参画センターに改名されている。といったわけで男女共同参画社会推進政策におぼろげながら興味を持っていたところで、本年9月職場の常勤講師のFさんが妊娠したことを理由に契約を更新されない=解雇されるという問題が起きた。組合にも動いてもらったが結果的には府教委の回答は解雇であった。常勤講師は確かにすべて6か月単位の契約になっているのだが、通例は6か月で契約が更新されないことは無い。教育の場の性格からして、少なくとも1年間は契約が継続することが望ましい事は言うまでもない。彼女が学期途中で解雇されなければならないような「不適格教員」でなかった事は管理職も認めているから、契約非継続(解雇)の理由は妊娠にあるとしか考えられない。これは改正男女雇用機会均等法8条が明確に禁じている妊娠による解雇そのものではないのか?男女共同参画社会推進条例を施行した大阪府でこんなことがまかりとおるのか?怒った私はあまりよく条例について勉強しないまま、電話帳で調べて大阪府生活文化部男女共同参画課あてに抗議の電話をした。するとむこうの担当者の方から条例に基づく苦情処理制度がちょうど8月20日にスタートしたことを紹介された。それではということで、正式に条例12条に基づく苦情申し立てを行なうことになった。

  というわけで、この機会にこのような男女共同参画社会推進政策について簡単に検討してみよう。

 

 2.男女共同参画政策の歴史

 

 政府のパンフレットによれば、男女共同参画社会実現に向けたわが国の取組は3つの契機がある。最初は戦後改革であり、婦人参政権が実現し日本国憲法の制定され、基本的な法制上の男女平等が実現した。第2の契機は1975年の国際婦人年であり、この年に婦人問題企画推進本部が政府部内に設置され、1977年には初の総合的な計画である「国内行動計画が策定された。第3は1980年代の女子差別撤廃条約の批准に向けての動きである。周知のように子どもの権利条約の批准に際しては、政府は国内法の整備は必要ないとして実際国内法には手をつけなかったが、女子差別撤廃条約に関しては、国籍法を父系主義から男女両系主義へ改正しさらに男女雇用機会均等法を制定した上で1985年に同条約を批准したのである。                                 

  1990年以降はそれまで「男女平等」や「婦人問題」等とされてきたこの分野の動向が、男女共同参画社会への動きへと収斂していく。1994年には男女共同参画推進本部、男女共同参画審議会、男女共同参画室が設置された。1996年には「男女共同参画2000年プラン」が策定され、1999年に「男女共同参画社会基本法」が公布、施行された。さらに2000年には基本法に基づく最初の基本計画として「男女共同参画基本計画」が閣議決定され、2001に内閣府の中に男女共同参画会議、男女共同参画局が設置されている。

  また、政府のパンフレットは男女共同参画社会の実現の必要性として、次のような資料を紹介している。国連開発計画の「人間開発報告書」(2001年)のあげるHDI(人間開発指数)とGEM(ジェンダー・エンパワーメント指数)である。HDIの方は平均寿命や就学率やGDPをもとに算出されたもので、これは日本は162ヵ国中9位と高水準であ る。ところが一方、GEMは国会議員や専門職に占める女性の割合等から算出されたものであるがこちらの方は日本は64ヵ国中の31位の低水準に留まっているのである。

 

 3.男女共同参画社会基本法の概要

 

  では、簡単に男女共同参画基本法のアウトラインを見てみよう。同法は前文と28条からなる。1〜12条は総則であり、13〜20条が男女共同参画社会の促進についての基本施策、21〜28条は男女共同参画会議についてとなっている。

  前文では、男女共同参画社会形成への問題意識について、男女平等の実現への取組がなお一層必要であることに加えて、小子高齢化の進展等の社会経済情勢の急速な変化への対応の上で、男女が性別にかかわりなく個性と能力を発揮できる男女共同参画社会の実現が緊要な課題であると直截に述べている。第2条では、まだいくぶん耳新しい言葉である「男女共同参画社会の形成」と「積極的改善措置」について定義が与えられている。男女共同参画社会の形成とは「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、社会的、及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会を形成することをいう」とされている。上述のようにこうした領域はかつて「男女平等」「婦人問題」「女性問題」等と呼ばれていたが、最近ではこの「男女平等参画」に統一されてきているようである。磯村先生は7月の例会で、近時「住民責任」を射程に入れた住民の関与形態として「住民参画」が提唱されていると述べていたが、ここで「平等参加」でなく「平等参画」となっていて、「責任を担うべき社会」とされていることと平仄があう。「積極的改善措置」(ポジティブ・アクション)とは「男女間の格差を改善するために必要な範囲内において、男女のいずれか一方に対して、当該機会を積極的に提供すること」である。差別された少数者に対する積極的改善措置であるアファーマティブ・アクションは日本であまり一般化していないが、ここにポジティブ・アクションが法制化されたことは大いに注目に値する。

  同法の3〜7条は男女共同参画社会の形成についての5つの基本理念が示されている。@男女の人権の尊重 A社会における制度等への配慮(固定的な性別役割分担の慣行に着目)B政策等への立案および決定への共同参画 C家庭生活における活動と他の活動の両立 D国際的協調の5つがそれである。われわれとしては、Aで社会における制度や慣行が男女の社会における活動の選択に対して及ぼす影響をできる限り中立的なものにするように配慮すると指摘されている点をよく踏まえて教育活動にあたるべきであろう。

  8〜10条ではそれぞれ国・自治体・国民の責務が示されている。国は以上の基本理念にのっとり男女共同参画社会の形成の促進に関する施策(積極的改善措置を含む)を策定し実施する責務を有する。地方公共団体は国の施策に準じた施策及び地方の特性に応じた施策の策定・実施の責務を有する。さらに国民も男女共同参画社会の形成に寄与することが責務とされている。13条では政府は男女参画基本計画を定めることが義務づけられている。この条文に基づき2000年12月最初の「基本計画」が閣議決定されたのである。14条は都道府県に「都道府県男女共同参画計画」を定めることを義務付けている。大阪府は2001年7月「おおさか男女共同参画プラン」を策定している。同条は市町村に対しては「市町村男女共同参画計画」を定めるよう努めなければならないと努力規定に留めている。大阪市は、法成立前の1998年にすでに「大阪市男女共同参画プラン」を策定しており、法成立後の2002年2月に「改訂大阪市男女共同参画プラン」を策定している。

 第21〜28条は男女共同参画会議についての規定である。「男女共同参画会議」は首相直属の4つの重要政策に関する会議のひとつである。内閣官房長官が議長で国務大臣と学識経験者(大臣と同数以上)からなるの24名以内の議員で構成される。この会議は男女の一方が10分の4未満でないことというポジティブ・アクション規定を持つので、その結果として(女性大臣は4人しかいないので、全員が会議の議員であるがそれでも男性が多すぎるので)学識経験者の方はは女性7人に男性5人という構成になっている。 

 

 4.大阪府男女共同参画推進条例の概要

 

  次に本年4月1日施行された大阪府男女共同参画推進条例概要を見てみよう。こちらは全12条の比較的コンパクトなものである。1条が目的、2条が定義である点は基本法と同じである。ただし、定義の3番目にセクシュアル・ハラスメントを追加している点が基本法とは異なっている。もちろん基本法の基本理念の男女の人権の尊重の中には、セクシュアル・ハラスメント等を受けない事を含むと解説されているが、少なくとも基本法の本文の中にはセクシャル・ハラスメントの語は出て来ない。前知事のセクハラ事件の後を受けて、現太田房江知事が登場した経過を思い起せば、府の条例でセクハラの防止が取り上げられるのは当然といえば当然であるが。3条にあげられている基本理念も、法と同様の5項目である。ついで4〜6条で責務について示されている点も法と同様である。ただし、条例では府と府民に加え、事業者についても男女共同参画の推進に努めるとともに、男女共同参画施策に協力するよう努めなければならないとしている。してみれば、日本相撲協会も大阪府立体育会館で春場所を行なうについて、男女共同参画政策を推進している太田府知事が女性であるからといって、表彰のために土俵にあがることを拒むのは、条例上問題としうるだろう。

  7条は、性別による差別的取り扱い等の禁止を定める。2項でセクシャル・ハラスメント、3項では配偶者に対する暴力を禁止している。8条は男女共同参画計画の策定について述べてある。参画計画の策定にあたっては府の男女共同参画審議会の意見を聴くとともに、府民の意見を反映させるための適切な措置を講ずるものとするとして、府民の意見に配慮を示している。9条は男女共同参画施策の実施についてであり、ここでも広報や啓発・教育、調査研究と並んで配偶者に対する暴力とセクシュアル・ハラスメントの防止のための取組やそれらの被害者の支援を行なうことがあげられている。11条は男女共同参画の推進に関する事業者の取組を促進するため必要な措置を講ずることを定めている。最後の12条は府民からの男女共同参画施策やその推進に影響を及ぼすと認められる施策についての苦情等について、適切かつ迅速に対応することを定めている。この12条を受けて、はじめにで述べたが本年8月20日に大阪府男女共同参画施策苦情処理制度がスタートした。男女共同参画施策等への苦情を、第三者的な立場の苦情処理委員(3名)が公正・中立な立場で調査を行なう制度である。委員は必要に応じ、苦情申し出者や府の担当課から事情を聴取し、改善を要すると判断した場合は知事に対して意見を述べる。その調査結果を踏まえて、府としての苦情処理方針を決定し、知事から苦情を申し出た府民に対して回答するということになる。2000年の3月24日に施行された埼玉県男女共同参画推進条例は、条文の中に申し出・調査・是正勧告という苦情処理制度が組み込まれており、すでに32件の申し出を受け付けたという。私の場合は本年9月13日に苦情を申し出て(それが大阪府の苦情処理申し立ての第一号だそうである)、10月3日に事情を聴取されたが、現在(12月26日)まだ府の男女共同参画課から連絡がなく、問い合せたところまだ審議中とのことであった。もうすでに3か月以上経過しているわけで、まああまり急かすよりは慎重に検討してもらいたいが、12条に言う「適切かつ迅速」な対応とはいえないのではないか。

 

 5.男女共同参画社会と教育現場

 

  さて以上簡単に、国の基本法と府の条例の概要を見てきた。私自身は、こうした国や自治体の男女共同参画推進政策に基本的に賛成の立場である。しかし、全国的には条例制定が進んでいない県もある。大阪府と同じ女性知事である千葉県では、9月に条例案が出されたが、自民党の反対により9月と12月の県議会で継続審議となってしまったという。とりわけ、教育の場で「性別にかかわりなく、個性や能力を十分発揮できるようになる取組を促進する」という項目が対立点になっているそうである。選択的夫婦別姓制度を含む家族法の改正案が1996年に法制審議会で答申されながら、今にいたっても立法化されていない事にも示されているように、古き良き家族感を標榜する自民党を初めとする保守的な勢力等の男女共同参画政策への反発は今だに強いと考えられる。それだからなお一層、男女共同参画政策の推進のためには、教育の果たす役割が大きいと考えられる。実際、国の2000年12月の「男女共同参画基本計画」では10男女共同参画を推進し多様な選択を可能にする教育・学習の充実として (1)男女平等を推進する教育・学習 (2)多様な選択を可能にする教育・学習機会の充実の2点が掲げられており、これらの教育に携わる者が男女共同参画の理念を理解するよう、意識啓発等に努めるとされている。大阪府の「おおさか男女共同参画プラン」においても、第2節施策の基本的方向の9として男女共同参画を推進する教育・学習の充実があげられている。その (1)男女平等を進める教育・学習の推進の中のア学校における男女平等教育の推進のbでは「学校教育全体を通じて、男女の固定的な考え方に縛られず、子どもたち自身が主体的に学び、考え、行動する姿勢を育みます」とし、さらにdでは「教育活動の様々な部分において、固定的な男女の役割分担意識を無意識のうちに伝えてしまう、いわゆる『かくれたカリキュラム』の存在について、その見直しについての研究や教職員研修の充実に取り組みます」とていねいに問題を指摘している。また毎年府教委が示している「府立学校に対する指示事項」の平成14年版においても、15Pの留意事項のひとつとして「『大阪府男女共同参画推進条例』(平成14年4月1日施行)の趣旨を踏まえ、全ての教育活動において、固定的な性別役割分担意識を助長する場面がないか常に点検すること。名簿の扱いなどについても、男女平等を基礎としたものとなるよう努めること」と指示している。後半部は少しぼかした言い方をしているが、要するに従来型の男子が先で女子が後の男女別の出席簿でなくて、男女混合の出席簿にしなさいと言っているわけである。

  このように国や府の姿勢は比較的明確に見える。固定的な役割分担を伝える典型であった「家庭科女子のみ必修」のカリキュラムで高校生活と教員生活の前半部を過ごした私の目から見るとほんとうに隔世の感がある。しかし、率直に言わせてもらうなら現場はまだまだこのような男女共同参画政策を推進していこうとする雰囲気にない気がする。現に今の職場では混合名簿は正式に提案もされていないし、私を除き提案しそうな人もいない。管理職も、同じように「指示事項」に書かれてあることでも、卒業式等の「日の丸・君が代」の実施には熱心であるが、子どもの権利条約の趣旨(一応「指示事項」12Pで記載がある)や男女共同参画についてはまるで無関心のようである。もちろんそれは管理職のせいというよりは、教育委員会自身の姿勢の反映なのではあるが。そこで、問題ははじめにで述べたF講師の解雇問題に戻ってくる。確かに条例やプランの字面を見るかぎり、府や府教委は男女共同参画政策を推進しようとしている。しかし、それはほんとうに本気でやる気をもって、「日の丸・君が代」を卒業式に全府立校に職員を派遣してチェックしているように、あるいは「評価・育成システム」という名の勤務評定システムの試験実施をあらゆる反対にかかわらず強行実施しているようなしつようさでもって、推進する気があるのかどうかは大いに疑問である。ほんとうに府側に男女共同参画を推進する気があるのであれば、どうして妊娠したということだけで何の落ち度もない期限付き講師を、本人の希望にもかかわらず学期途中で解雇(正確には契約の不継続)しなければならないのか。これは生徒の目にはどのように映るのか条例やプランの観点で考えてみてもらいたい。「あの先生は、妊娠したのでやめさせられた」としか見えないではないか。「働きつづけるためには妊娠しないようにしよう」と教えていることにはならないか。確かにこのような慣行はこれまでに行なわれてきたことで、労働基本権を不当にも剥脱されている公務員労働者のしかも期限付き講師の処遇としては法制度上は、一見明白に不法とはいえないのかもしれない。しかしすべての講師を6か月の期限つきにして、妊娠したら契約を継続しないというのは、妊娠による不利益処分を禁じた改正男女雇用機会均等法に対する脱法的行為であることは明白である。府のプランでは、「妊娠・出産により女性労働者が不利益をこうむらないよう、事業主等へ啓発を行ないます」とあるのだが、私が事業主であれば、このような府の啓発に対しては嘲ら笑うであろう。「何言うてはりまんねん。そんな寝言は自分のところをきちんとしてからにしてくれ」という具合に。実際、一般の事業主が府と同じことをすれば、違法の判断が下されるのに違いない。それなのに脱法的行為をしている府が事業者を啓発できるのか。そうした姿勢でどうして男女共同参画政策を推進できるのか。私は10月3日に苦情処理の申出にかかわる事情聴取を受けた際にも、このような事を訴えさせてもらった。まだその時点では男女共同参画政策についてよく勉強しておらず、事情聴取の方法もよくわからなかったので事前に準備できなくて、十分に述べることができなかったのが今となっては残念である。しかし、委員の方等は私の拙い主張をよく聴いてくださったように自分では感じているので、なんとか少しは府教委の姿勢を改めさせるような意見が出てこないものかと淡い期待を持っている。


Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会