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TITLE:  福山市立小学校教員羽交い締め暴行事件 ―― 体罰に至らない有形力の行使
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年6月2日
WORDS:  4544文字
[注目の教育裁判例]

福山市立小学校教員羽交い締め暴行事件
―― 体罰に至らない有形力の行使

羽 山 健 一


1.事案の概要

福山市立小学校の教員であった被告人が、同校の6年生児童(当時11歳)に対し、後方から両脇の下を通して両手を伸ばし、後頭部で組んで締め付ける暴行を加えた事案。裁判所は、被告人の行為が、暴行罪の構成要件に該当するものの、正当行為として違法性が阻却され暴行罪は成立しないと判断した。

【対象事件】広島地裁福山支部令和7年7月11日判決 【事件番号】令和7年(わ)第2号 【事件名】暴行被告事件 【結果】無罪(確定) 【出典】裁判所ウェブサイト


2.認定した事実

本件児童は、本件の1週間前に、体育館内の倉庫からボールや備品を出すなどの行為をしたため、被告人は、これを注意したところ、その翌日に、本件児童が、被告人のもとを訪れて謝罪をするという出来事があった。

被告人は、本件当日の午後1時頃、自分のクラスの児童への掃除指導をしていたが、校舎1階の靴箱付近にいたときに、本件児童がグラウンドで上履きのまま、体育館の倉庫にあったサッカーボールを、グラウンドのサッカーゴールに向けて蹴っているのを見た。そこで、被告人は、本件児童に対し、「やめましょう。何を反省したの。」と言って声を掛けたが、本件児童は、笑いながらその場を去ろうとした。被告人は、本件児童を追いかけ、プールの近くの倉庫付近で追いついて右手で本件児童の左腕をつかみ、「やめましょう。」「何を反省したの。」と言ったところ、本件児童は、上記の被告人への謝罪は、担任教諭から言われたからである旨言ったので、被告人は、「それじゃ反省したことにはならないから、しっかり話をしよう。」と言った。本件児童は、「放せ。」と言って、つかまれた腕を引き剥がそうと腕を左右に振って逃げようとし、また、被告人を足で蹴った。

被告人は、本件児童と向き合った状態で、しゃがんでその腕の下から手を背中側に通して腹付近を抱えたが、本件児童は、被告人に対して、膝で蹴ってきたり、手で殴ってきたりした。被告人は、本件児童の背中側に回り込み、そのへそ付近に両手があるような状態で抱きかかえると、本件児童は、振りほどこうとして腕を上げてきたため、その両腕を抱えるように持った。本件児童は、被告人のすね辺りをかかとで蹴ったり、後頭部で頭突きをしようとしたりするなどしたため、被告人は、両腕を本件児童の両脇の下から通して、後頭部のところで両手を組む、いわゆる羽交い絞めの体勢にした。

本件児童は、被告人に対し、「放せ。」「血が止まる。」と言った。被告人は、本件児童に対し、「暴れるのをやめたら放すよ。」「話をしよう。」と言った。そして、・・・本件児童が動くのを止め、落ち着いてきた様子で「放して。」と言ったので、手を放した。被告人が本件児童を羽交い締めの体勢にしていた時間は、二、三分程度であった。本件当時、被告人は、身長172cm、体重63kgの36歳男性であり、本件児童は、身長132cm、体重31kgの11歳男性であった。


3.判決のポイント

(1)暴行罪の構成要件該当性等
被告人は、本件児童に対し、その後方から同人の両脇下を通した両手を、その後頭部で組むなどの、いわゆる羽交い締めをしたものと認められ(以下「本件行為」)、本件行為は、刑法208条の「暴行」に当たる。そうすると、被告人は、暴行罪の構成要件に該当する行為をしたものである。

(2)正当防衛該当性
ここで、弁護人は、本件行為が本件児童の攻撃から自己の身体を守るための行為であって正当防衛に当たると主張している。しかしながら、被告人は、グラウンドで体育館用のサッカーボールを蹴っていた本件児童に声を掛け、逃げようとした本件児童を追いかけてその腕をつかむなどし、本件児童がなおも逃げようとしたために、最終的に本件行為を行ったというのであって、本件児童が被告人から逃げようとする際にした抵抗行為は、被告人の行為を起因とするものであるから、典型的に正当防衛が問題となる事案とはいえない。

(3)正当行為の成否
教師の児童等に対する有形力の行使が懲戒権の行使として許される範囲内のものであるかどうかを判断するに当たっては、・・・有形力の行使の目的、態様、結果等を総合し、当該行為がされた当時の状況下において、健全な社会通念に照らして相当と認められる範囲内の行為であるか否かを具体的・個別的に判断するほかはない(以上によれば、学校教育法11条で禁止されている「体罰」とは、教師の懲戒権の行使として相当と認められる範囲を越えて有形力を行使して児童等の身体を侵害し、あるいは児童等に対して肉体的苦痛を与えることをいうものと解すべきである。)。

結局、本件行為は、行為の目的、態様、結果等に関する以上の事情を総合考慮すると、教師の懲戒権の行使として、健全な社会通念に照らして相当と認められる範囲を逸脱したものとはいえないし、また同時に、体罰に当たる程度に達していたともいえず、法令によりなされた正当な行為として刑法35条により違法性が阻却されるというべきである。したがって、暴行罪は成立しない。


4.コメント

(1)体罰に至らない有形力の行使

本件は、小学校の教員が児童に対して羽交い締めをした行為について、暴行罪(刑法208条)の成否が争われた事案である。一般に、暴行罪における「暴行」とは、人の身体に対する不法な有形力の行使をいうと解されている。他方、刑法35条は「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」と定めている。本判決は、外形的には暴行罪の構成要件に該当する行為であっても、それが法令又は正当な業務に基づくものとして違法性が阻却されれば、暴行罪は成立しないという論理構成をとっている。

学校教育法11条が禁止する体罰を、教員の懲戒権の範囲を逸脱した有形力の行使と理解するならば、本判決のいう「暴行罪に当たらない有形力の行使」は、教員の指導行為との関係においては、「体罰に至らない有形力の行使」と言い換えることができる。

この「体罰に至らない有形力の行使」という理論を明示した初期の裁判例は、水戸五中事件控訴審判決(東京高裁昭和56年4月1日判決)である。同判決は、「教師は必要に応じ生徒に対し一定の限度内で有形力を行使することも許されてよい場合がある」として、教員が生徒の頭部を数回軽くたたいた行為について体罰に当たらないと判断した。

その後、この理論は多くの裁判例で採用されていった。民事事件ではあるが、最高裁も天草市公立小学校事件(最三小平成21年4月28日判決)において、教員が男子児童の胸元をつかんで壁に押しつけ大声で叱責した行為について、有形力の行使には当たるものの体罰には当たらないと判示した。これ以降、この理論は体罰の成否を判断する際の有力な枠組みとして定着した。

もっとも、この水戸五中事件判決に対しては、かねてより次のような批判が向けられている。@ 違法な体罰と適法な教育的指導との境界をあいまいにする。A 「体罰に至らない有形力の行使」の許容範囲が拡大することで、体罰として禁止される行為の射程が狭まるおそれがある。B 体罰に当たらないと評価される有形力の行使であっても、児童生徒の人格的尊厳を傷つけ、精神的苦痛や屈辱感を与える可能性があることを軽視している。

また、この理論の教育現場への影響については、「体罰禁止法制のもとで、体罰事件が絶えない現状で、この解釈が果たす現実的機能は、体罰教育、体罰教師への激励という反教育的なものである」という厳しい批判がある(市川須美子『学校教育裁判と教育法』(2007年)89頁)。この理論は教育現場に受け入れられやすいものである反面、その運用のあり方次第では、体罰禁止の実効性を著しく損なう危険性をはらんでいる。


(2)体罰該当性の判断枠組みについて

それでは、どのような有形力の行使であれば許容されるのか。本判決は、その判断手法として「有形力の行使の目的、態様、結果等を総合し、健全な社会通念に照らして具体的・個別的に判断するほかはない」という枠組みを示した。

この枠組みによれば、体罰該当性はあくまで個別事案ごとに判断されることになり、その結果として、同種の有形力行使であっても、具体的事情によって、ある事案では体罰とされ、別の事案では体罰に当たらないと評価される可能性がある。したがって、本判決の結論だけを捉えて「小学生を羽交い締めにする程度の行為であれば体罰には当たらず、適法な指導である」などと一般化して理解することは誤りであろう。

この点に関して、文部科学省は「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」(平成25年3月13日)において、懲戒と体罰の区別に関する参考事例を列挙している。同通知では、通常は体罰と判断されない例として、「児童が教員の指導に反抗して教員の足を蹴ったため、児童の背後に回り、身体をきつく押さえる」といった行為などが示されている。しかし本判決は、このような行政解釈が「刑事裁判における事実認定に直ちに影響を与えるものではない」と一蹴した。そして結局は、「事案ごとに、正当行為として許容されるか否かを具体的・個別的に判断するほかない」と、上記の枠組みを重ねて述べている。

しかし、この「具体的・個別的に判断する」という枠組みは、次のような深刻な問題を惹起する。第一に、学校や教員は、具体的な指導の場面において、自らの行う有形力の行使が体罰に該当するか否かを事前に予測することが極めて困難になる。行為の適法・違法の確定が、事後的な司法判断に委ねられざるを得ないためである。第二に、体罰が違法行為として絶対的に禁止されるべきものであるならば、その禁止の範囲が行為時において明確であるべきである。教員があらかじめ許容される行為の限界を把握できない現状は、法規範のあり方として問題がある。

実際、水戸五中事件判決に対しても、「教員に許される行為が何かを明確にできないような基準に依拠して結論を導いた点に問題がある」との批判がなされていた(吉田卓司「体罰判例の刑法的検討」牧ほか編『懲戒・体罰の法制と実態』(1992年)100頁)。本判決についても、「体罰に至らない有形力の行使」という理論を採用する以上、同様の批判を免れないであろう。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。


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