◆202212KHK251A1L0291M
TITLE:  注目の教育裁判例(2022年暫定版)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2022年8月15日
WORDS:  12595文字


注目の教育裁判例(2022年暫定版)



羽 山 健 一



  ここでは,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。


判例タイムズ 1490号−1497号
判例時報   2496号−2519号
労働判例   1253号−1265号
裁判所web   2021.12.24−2022,08.15




  1. 私立高校教員パワハラ心身症事件 ―― 校長によるパワーハラスメント
    東京地裁令和3年9月16日判決

  2. 奈良市立小学校教員不適切指導事件 ――「うそをついたら先生とキスをする」
    奈良地裁令和3年10月6日判決

  3. 四條畷市立中学校教員暴力被害事件 ―― 生徒に殴られても転勤できない
    大阪地裁令和3年11月24日判決

  4. 山梨市立中学校ヘアーカット事件 ―― 保護者に確認する義務
    甲府地裁令和3年11月30日判決








◆私立高校教員パワハラ心身症事件 ―― 校長によるパワーハラスメント

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】東京地裁判決
【事件番号】令和元年(ワ)第29408号
【年月日】令和3年9月16日
【結 果】棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA09168021


事案の概要:
本件は,原告が,職場における上司や同僚からパワーハラスメントを受けて心身症と診断されるに至ったとして,学校法人である被告に対し,@パワーハラスメントが生じないような安全配慮義務に反したとの労働契約上の債務不履行責任,A心身症となった原告の業務負担を軽減するなど措置を講じるべきところ,それらの措置を講じなかったという労働契約上の債務不履行責任,B被用者のパワーハラスメントに関する使用者責任に基づき,慰謝料等の損害賠償を請求する事案である。判決は、パワーハラスメントの事実を認定することができないとして請求を棄却した。


認定事実:

原告は,平成27年度に3年A組の日本史Bを受け持った。同組の生徒は,年度当初から,原告の授業中に寝たり,他科目を勝手に自習したり,原告以外の教員が作成した資料を読んだりするなど,原告の授業進行に従わない者が多かった。また,同年6月には,原告の授業を参観した保護者から,原告の授業に対するクレームが本件高校に寄せられた。そのため,B校長は,同月18日,3年A組における原告の授業を見学した。

そのときに起こった出来事及びB校長の発言内容については当事者間に争いがあるが,原告は,このときのB校長の発言等がパワーハラスメントであるとして,ハラスメント防止対策委員会に対し申立てを行った。同申立ては,同委員会での調停手続を経て,同年12月22日付で,原告とB校長との間で「調停合意書」を交わして終了した。なお,この際,B校長は原告に対して上記の発言等に関して謝罪した。

その後原告は,被告の人事課に業務上の軽減措置の実施等を求めた。また,平成30年2月以降は,E校長に対し,パワーハラスメントによって原告は心身症となったと主張して,原告の業務の軽減,パワーハラスメントの加害者との接触機会をなくすような配慮等の措置を求めた。これに対し,被告は,平成30年度から,原告の担任業務を免除し,校務分掌の変更や職員室内での机の配置変更等を行ったが,週17コマの授業担当は維持した。


判決の要旨:

(1)原告は,平成27年6月18日に,B校長が原告の3年A組の授業を見学した際,生徒に「X先生が嫌いな人は手を挙げて」と言って挙手させることで,原告に対する生徒の反感を故意にあおったと主張する。確かに,校長という立場にある者が生徒に対して授業を担当する教員の好悪を尋ねたとすれば,そのような行為は軽率で不適切なものと言わざるを得ない。しかしながら,・・・B校長がその問題を解決するために,3年A組に赴き,生徒の意見を聞きながら解決策を考えようとしたこと自体は,校長という立場にある者として妥当な対応といえる。前記のような質問は,軽率で不適切ではあるものの,社会的相当性を欠く違法な行為と評価することはできない。

(2)また,B校長が,3年A組の担当から外す代わりに,他の教員の授業を見学し,そこから得た感想をレポートにまとめるよう指示したことは原告自身も認めるところであるが,生徒が原告の授業進行に従わない理由を,他の教員の授業を見ながら考えてまとめてみるよう指示することは,校長の指示として妥当なものということができ,これを原告の側に落ち度があったという形にして問題の解決を図ったと評価することはもとより,社会的相当性を欠く違法なパワーハラスメントと評価することは困難である。

(3)C教頭が,原告が3年A組の担当を外れたことにより外部講師への依頼を余儀なくされているので,これ以上の出費は困難であるとの発言をしたことは,被告も認めるところである。しかし,その限りにおいては,社会的相当性を欠く違法なパワーハラスメントと評価することはできないし,C教頭が,上記の発言の趣旨を超えて,原告のせいで被告に損害が生じたかのように原告を非難したとの事実を認定するに足りる証拠はない。

(4)被告が本件調停係属中原告に対して所定労働時間外に行っている部活動のために本件高校の施設を利用することを禁止したことは,当事者間に争いがない。しかしながら,被告は,当時,原告に関して,担任業務を免除し,校務分掌の変更を行うなどして,一定の業務負荷軽減措置をとっていたこと,原告は更なる職務上の配慮(業務負荷軽減)を求めていたこと,・・・は当事者間に争いがない。そうすると,被告が,更なる職務の負担軽減の前に,所定労働時間外に行っている部活動を行わせないこととしたことは妥当であって,これが社会的相当性を欠く違法なパワーハラスメントにあたるとか,本件調停の趣旨に反するなどと評価することはできない。


コメント:

本判決では,パワハラの法律上の定義を示していないが,一般的にパワハラとは,「職場において行われる@優越的な関係を背景とした言動であつて,A業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,Bその雇用する労働者の就業環境が害される」ものであるとされる(いわゆる「パワハラ防止法」第30条の2第1項)。本判決は,パワハラに当たると主張された個々の具体的な事実を吟味し,そのすべてが違法なパワハラに該当しないとして,学校法人の安全配慮義務違反を否定した。

学校の校長は,教職員の良好な就業環境を整備し,そのメンタルヘルスの保持に努めるべき義務を負っている。その責務を果たすべき校長が,加害者となって教職員にパワハラを行い,教職員を精神的肉体的に追い詰めたとされる事例が散見される。次に挙げるのは,学校の教員が校長からのパワハラによって被害を受けたとして損害賠償を請求した事例である。

@三鷹市立中学校うつ病事件(東京地裁令和3年5月19日判決・棄却)
A東京都立高校事件(東京地裁令和2年1月23日判決・一部認容)
B甲府市立小学校うつ病悪化事件(甲府地裁平成30年11月13日判決・一部認容)
C那覇市立中学校うつ病退職事件(那覇地裁平成30年1月30日判決・一部認容)
D曽於市立中学校自殺事件(鹿児島地裁平成26年3月12日判決・一部認容)








◆奈良市立小学校教員不適切指導事件 ――「うそをついたら先生とキスをする」

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】奈良地裁
【事件番号】平成31年(ワ)第28号
【年月日】令和3年10月6日判決
【結 果】一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA10066004


事案の概要:

本件は,原告が通っていた市立小学校において,原告に対するいじめについて担任教諭及び校長が適切な対処をしなかったこと及び,担任教諭について不適切なセクハラ行為があったと主張して,被告奈良市に対し損害賠償を求める事案である。判決は,担任教諭の発言の一部が不法行為にあたるとして被告に11万円の支払を命じた。

認定事実:

(1)平成29年4月下旬の昼休み,児童Fが学級担任であるD教諭に対し,図書室で行われた前日5時間目の国語の授業において,原告がFの方へ消しゴムのかすを寄せてきたこと及びその日の下校時に原告に注意しようとして声をかけたが無視されたことを告げてきた。D教諭は,F及び原告から事情を聞き,消しゴムのかすについては,原告が転校前の小学校の捨て方(右側に寄せて床に捨てる)をしたと話したことから,先生からの指示を聞くようにということと,図書室をきれいに使用するため,ごみ箱に捨てるように話した。また,無視したという点については,原告が気づかなかったと述べたこと,原告と一緒に下校していた児童も声掛けに気付かなかったと述べたこと,Fからそんなに大きな声ではなかったと聞いたことから,無視されたわけではないということを指導した上で,声の掛け方や,声を掛けられたときにどう話すかを確認した。

(2)D教諭は,平成29年4月から5月ころ,2回程度,掃除道具を取るため,教室の女子の更衣場所(体育の授業に備えて更衣するためにカーテンで仕切られた箇所)に入った。・・・ただし,D教諭が入る前に入る旨声をかけていること,D教諭が向かった場所が掃除用具入れであることも認められる。

(3)D教諭は,平成29年5月初めころ,原告から誕生日プレゼントをもらった際,原告を軽く抱いた。

(4)平成29年6月7日,原告の保護者らが朝にa小学校へ来校し,D教諭に別紙メモを渡し,原告がいじめにあっている旨申し立てた。[申し立てを受けて]D教諭は,同日5時間目に,ひまわり教室にFを呼んで面談をした。Fは,反省しており,原告に謝罪したい,今後はクラスの一員として仲良くしたいと述べた。そのため,D教諭は,ひまわり教室に原告を呼んで,原告及びFと話をした。D教諭は,原告及びFに仲良くすることを約束させるため,指切りをすることにした。原告,F及びD教諭が小指を絡ませて,「針千本飲ます」と言おうとしたところ,Fが飲めないと言ったことから,D教諭は,嘘をついたら先生(D教諭)とキスをするという趣旨の発言をした。(その他の,申立てについての対応は省略)


判決の要旨:

(1)安全配慮義務違反の主張について
D教諭が児童Fの嘘に加担して原告を一方的に叱責したと認めることはできない。・・・D教諭は,保護者らから原告がいじめを受けている旨の話を聞いた後,すぐに対処をしようと考え,当日に原告,F及びGに事情を聞き,指導をしている。・・・同日からa小学校に原告の件でいじめ対策委員会が開かれていることからして,D教諭が学校側にこの件を報告し,継続して対処しようとしていたと考えられる。・・・以上によれば,D教諭に安全配慮義務違反があるとまでは認められない。

(2)セクハラ行為の主張について
D教諭が2回ほど女子の更衣場所に入ったことは認められるものの,それは清掃道具を取りに行くためであったと認めるのが相当であるし,その態様も声を掛けてから入っていると認められる。これらのことからすれば,当該行為はセクハラ行為と認めることはできない。また,D教諭が原告を抱きしめたとはいえるものの,その程度は軽く抱いたというものであり,プレゼントを原告から贈られたことに対して感謝の意を表すために行ったものであることを考えれば,違法性が認められる行為とまではいえないと解する。キス発言は,内容的にも状況(片方がいじめであると考えている問題を仲裁する場における発言)としても相当性を欠くものであるといえる。なお,回数はともかく不適切であることは被告も争っていない。

以上検討したところによれば,不法行為が認められるのは,E教諭の不適切なキス発言についてであると認められる。そして,これに本件において顕れた全ての事情を踏まえると,慰謝料の額は10万円とするのが相当である。


コメント:

小学生児童に対する「うそをついたら先生とキスをする」という発言が不適切であるということは言うまでもない。類似の事案として,小学校の5年生であった原告が,教員からセクシュアル・ハラスメントを受けたなどと主張して損害賠償を求めた,東京都区立小学校事件(東京地裁令和3年8月31日判決(棄却))がある。この事例では,担任の男性教員が,授業中に,女子児童の頭部を指で触る,また,「○○さん,かわいいですね。」と語りかけるなどした。おそらく,このようなレベルの不適切発言は,事件化されないだけで,相当数にのぼるのではないかと推測される。








◆四條畷市立中学校教員暴力被害事件 ―― 生徒に殴られても転勤できない

【事件名】損害賠償等請求事件
【裁判所】大阪地裁判決
【事件番号】平成31年(ワ)第1780号
【年月日】令和3年11月24日
【結 果】棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA11246009


事案の概要:

本件は,市立中学校の教員であった原告が,被告市に対し,@本件中学校の生徒の暴力により原告が負傷したことについて,本件中学校の当時の校長であったC及び市教育委員会には安全配慮義務に違反した違法があり,AC校長及びその後任のD校長並びに市教委には,本件傷害事件後直ちに原告を本件中学校から転任させなかったことについて,安全配慮義務に違反した違法がある等と主張して,損害賠償を求める事案である。判決は校長及び市教委に安全配慮義務違反は認められない等として,原告の請求を斥けた。


認定事実:

原告は,平成25年12月12日,自身が担任を務める1年○組で給食指導を行っていたところ,本件加害生徒が,レールから外れていた扉を「直してやる。」などと言いながら教室内に入って来て,教室後方の扉を蹴り始めた。これを受けて,原告は,加害生徒に対し指導していたところ,加害生徒に顔面を殴打され,その後,揉み合う中で,加害生徒に両手首をつかまれ,鼻骨骨折及び両手関節TFCC損傷の傷害を負った(本件傷害事件)。原告は,地方公務員災害補償基金に対し,公務災害の認定を請求したところ,同基金は,同年4月7日付けで,原告の請求を認める旨の決定をした。

原告は,本件傷害事件を理由に,平成26年1月より病気休暇を取得した。加害生徒の母親は,公傷病欠勤中の原告が平成27年1月27日に実家近くのパチンコ店に出入りする様子を撮影した動画を,中学校に持ち込んだ。これを受けてD校長は,市教委担当者と共に,原告に対し,事実関係の確認のための聴取を行った。

原告は,平成27年10月,本件中学校に復職し,1年生の数学を担当することとなった。なお,1年には加害生徒の弟が在籍していたが,原告は加害生徒の弟の在籍するクラスの担当からは外れた。

加害生徒の母親は,平成28年2月16日の授業参観に際し,他の保護者に対し,「b社●●か▲▲ 検索して下さい」と記載されたメモ(以下「本件検索ワードメモ」)を配布した。なお,本件検索ワードメモに記載された文言をインターネットの検索サイトに入力すると,「本件中学校で,原告が本件加害生徒に激昂し,階段の上部から突き飛ばし,顔面を膝蹴りし,暴言を吐いた」旨の記事が表示されるようになっていた。

原告は,本件傷害事件以降,本件中学校からの転任を希望していたものの,平成28年度末まで転任希望は入れられず,平成28年度末をもって,本件中学校からc中学校に転任することとなった。


判決の要旨:

(1)C校長及び市教委の安全配慮義務違反
加害生徒は,平成25年9月頃より,学年主任であるFの指導への反発を強め,同年10月頃には,同学年の生徒と共に理科の講師に対して暴言を吐き,唾を吐きかけるという対理科講師暴言事件を起こし,本件傷害事件直前には,下靴のまま体育館に入ったことを教員のEから注意されたことに反抗的な態度をとるなど,本件中学校の一部の教職員に不遜な態度をとることがあったものの,本件傷害事件まで教職員に対する暴力事件はなかった。・・・このように,加害生徒は,一部の教職員に対する反発を強めていたとはいえ,教職員に対する直接的な暴力事件にまでは発展していなかったことに加え,原告との関係が取り立てて悪かったという事情もなかったことに鑑みれば,本件傷害事件発生前の時点で,加害生徒が,指導に当たった原告に対して暴力行為に及ぶことを具体的に予見することは不可能であったというほかない。・・・ 以上によれば,本件傷害事件の発生について,C校長及び市教委に安全配慮義務に違反した国賠法上の違法があるとは認められない。

(2)原告を転任させなかったことの違法性
本件傷害事件は,中学校における指導中に発生した事件であること,加害生徒は,本件傷害事件当時,中学校の1年生であったから,平成28年3月まで中学校に在籍すること,加害生徒の母親は.平成27年8月頃,療養中の原告がパチンコ店に出入りする様子が撮影された動画を中学校に持ち込み,平成28年2月16日の授業参観中に他の保護者に対して原告が加害生徒に対して暴行を加えた旨の記事が表示される記事につながる検索キーワードを記載した本件検索ワードメモを配布するなど,原告に対する反感を外部に表明していたこと,原告が中学校に復職した平成27年10月時点で,加害生徒の弟が本件中学校の1年に在籍していたことが認められ,これらの事実に鑑みれば,原告が,本件中学校で加害生徒やその母親に遭遇する危険や,検索ワードメモを契機として他の生徒から揶揄され業務に支障が生じる不安を感じ,他校への転任を希望することには相応の理由があり,一定の配慮を要する状態であったことは否定できない。

もっとも,県費負担教職員である原告の転任については,市教委に広範な裁量権があり,上記事情をもって,平成28年度末まで原告を転任させなかったことが直ちに安全配慮義務に違反するものとして国賠法1条1項の適用上違法と評価されるものではない。


コメント:

(1)職場復帰について
一般的に,休職した労働者の職場復帰については,慎重な支援が必要であると考えられている。その際の復帰先は,元の職場(休職が始まったときの職場)になることが多い。とくに,メンタルヘルスの不調で休職した労働者の職場復帰については,まずは元の職場に復職させることが原則となっている。その理由は,「今後配置転換や異動が必要と思われる事例においても,まずは元の慣れた職場で,ある程度のペースがつかめるまで・・・経過を観察した方がよい場合が多い」からであると説明されている(厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」2020年)。ただし,原則には例外がつきものであり,同手引きにおいても,「ただし,これはあくまでも原則であり,・・・他の適応可能と思われる職場への異動を積極的に考慮した方がよい場合がある。」ことを認めている。

本事案において,原告は公務員であり,また,メンタルの不調で休職したものではないので,同手引が直接に当てはまるものではないが,これと並ぶくらい丁寧な支援が検討されなければならない特殊な事例であると考えられる。原告は,生徒から暴行を受け負傷し,保護者から嫌がらせを受けて,強度の身体的・精神的ストレスを受けている。そのため,うつ病などの精神疾患を引き起こしても不思議ではない状態にあったものと考えられる。さらに,本件中学校には,加害生徒やその弟が在籍しており,職場復帰しても,こうしたストレスが解消される見通しはなかった。そのような職場に復帰させることは,原告の就労環境に悪影響がある上,原告の安全や健康に大きな危険が生じる可能性のある扱いである。

したがって,原告の職場復帰に当たり,元の職場ではなく,他の職場への復帰(転任)を積極的に検討すべきであったと考えられる。市教委側の判断は,教員の転任は年度末にのみ行われるものであり,年度末に休職中の者は転任の対象とならず,したがって,原告の場合,平成26年度末の転任の可能性はないというものであった。また,平成27年度途中の復職についても,それは元の職場に戻る以外の選択枝はない,というきわめて形式的な判断をしていた。原告の特殊性を考慮し,他の職場への転任あるいは復帰を検討したという形跡はまったく見あたらない。

(2)教員の転任について
原告の転任の希望は,平成26年度末,および,平成27年度末には容れられず,平成28年度末にようやく実現された。一般に教員の転任は,教育行政が一方的に命じることができるもので,教育行政に広範な裁量権限が認められており,転任が裁量権の範囲を逸脱しない限り,違法とされることはない。裁判例においては,転任について抽象的な人事行政上の必要性があれば,おおむね裁量権の範囲内とされ,教員の個人的事情(通勤時間の増大,健康状態,家族の介護,夫婦別居など)は,さほど重視されない傾向にある。そのため,教育行政は教員の個人的事情を軽視した転任を続けてきたといえよう。しかし,ワークライフバランスが求められる現在,仕事だけでなく個人の生活のあり方を重視する雰囲気が強くなってきたため,公務員の転任においても個人的事情を軽視し続けることは,もはや時代遅れと言えるのではないだろうか。

(3)教員を大切にしない人事のあり方
今日のように教員不足が顕在化するようになっても,教育行政は,依然として,管理や統制を優先して,教員の身体的・精神的健康や安全を重視しない人事を続けているように見える。教員が「大切にされない」「優しくない扱い」を受ける姿は,魅力的に映るはずもなく,そうした教員は,生徒に対して優しく接する余裕も持てなくなる。教育行政が,とりわけ人事や長時間労働についての有効な打開策を打ち出せなければ,教員不足をさらに悪化させる悪循環が生まれるであろう。優秀な人材を得られない学校現場は諸課題に十分に対応できなくなり機能不全に陥る。そんな深刻な事態が目前に迫っていると考えられる。








◆山梨市立中学校ヘアーカット事件 ―― 保護者に確認する義務

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】甲府地裁判決
【事件番号】令和元年(ワ)第403号
【年月日】令和3年11月30日
【結 果】一部認容・一部棄却
【経 過】
【出 典】ウエストロー・ジャパン2021WLJPCA11306001


事案の概要:

本件は,被告が設置する山梨市立a中学校に在学していた原告が,同級生からいじめられていることを教員が認識していたにもかかわらず適切な対応がとられず,かえって原告の体臭に問題があるとして衛生指導を受け,更に教員によって髪を切られたことにより身体的,精神的苦痛を受けたと主張して,被告に対し,慰謝料等の支払を求める事案である。判決は原告の請求を一部認容し,被告に対し慰謝料等11万円の支払いを命じた。


認定事実:

(1)原告に対するいじめ
原告は,5歳の頃,広汎性発達障害の診断を受けており,人の表情を酌み取るのが得意でない,冗談を真に受けるなどの発達特性を有していた。原告の担任であるE教諭は,原告が平成27年11月アンケートにおいて臭いと言われると回答したことを受けて,原告との個別面談を実施した。

E教諭は,平成28年1月から同年4月までのいずれかの時期に,原告から,生徒Gからにらまれていると感じると相談されたことを受けて,Gに対し,個別指導を行った。E教諭は,原告の体臭が気になるから見てしまう旨を述べるGに対し,原告の体臭が気になったときもできるだけ見ないように意識してほしいと述べた。

養護教諭のF教諭は,平成28年5月24日,原告の同級生3名から,原告の体臭で給食が食べられないと相談を受けたため,思春期は鼻が敏感になるので他人の体臭が気になることも多いことや原告自身も悩んでいるかもしれないことを伝えた。

原告は,平成28年6月アンケートにおいて,平成28年4月以降いじめられたことがあるかとの質問に対し「はい」と回答した上で,臭いと言われたなどと記載した。

(2)原告に対する衛生指導
学年主任のD教諭,E教諭及びF教諭は,平成28年6月6日放課後,保健室において,原告に対し,衛生指導を行った。そこで,E教諭は,原告に対し,「どうして臭いと言われるのか心当たりはあるか」と尋ねた。これに対し,原告は,風呂のボイラーが壊れていて,父が朝に薪で風呂を沸かしているが,朝は髪を乾かす時間がないので入らない旨を述べた。F教諭は,原告に対し,「髪が長いと大変だね」と述べると,原告から,今度髪型をベリーショートにしようと思っていると言われた。これらのやり取りの中で,D教諭が過去に生徒に頼まれて髪を切ったことがある旨を述べた。

(3)本件ヘアカット行為
原告は,本件衛生指導の翌日の平成28年6月7日夜,原告母に髪を切ってもらった。背中の真ん中くらいまであった原告の髪は,原告母が髪を切ったことにより,肩にかからないくらいの長さになったが,原告母は,原告の前髪を切っておらず,原告の前髪は目に掛かっている状態であった。

原告は,平成28年6月8日朝,D教諭に対し,原告母に髪を切ってもらったことや,原告母から続きをD教諭に整えてもらうよう言われたことを伝えた。原告は,同日午後3時頃,D教諭から,髪を整えるか尋ねられ,「はい」と答えた。D教諭は,2階の多目的室前の廊下に原告を案内し,原告に椅子を持ってこさせてその椅子に座らせ,底に穴をあけたポリ袋を頭から原告に被せ,鏡のない場所で,霧吹き,くし及び工作用のはさみを用いて原告の前髪及び毛先が飛び出している部分を切った。原告は,本件へアカット行為の間,笑顔を見せており,髪を切ることを拒絶するような言動をすることはなかった。

原告は,本件へアカット行為が終わった後スクールバスで帰宅したが,その際,先輩に「変ですか。」と尋ねると「うーん。」と言われ,同級生から「キモい」などと言われ,自宅近くの建物の鏡に映った自身の姿を見てショックを受けた。原告は,平成28年6月14日,本件中学校を欠席し,以後,ほとんど欠席するようになった。原告は,平成28年11月8日付けで,山梨県立北病院において,「適応障害(現在),急性ストレス反応(当時),特定不能の広汎性発達障害」と診断された


判決の要旨:

(1)いじめ指導について
原告は,E教諭が,平成27年11月アンケート,原告との個別面談,原告からの相談などから,原告がGにいじめられていることを認識していたにもかかわらず,・・・原告の発達特性への配慮や,女性教諭が面談を行う,原告母と二者面談を行うなどの配慮をしていないと主張する。・・・しかし,平成27年11月から本件衛生指導の前までのE教諭の行為が,いじめによる被害を解消するための指導等の措置を講じる注意義務に違反し,原告に対して負う職務上の法的義務に違反するとは認められない。また,原告が問題なく中学校生活を送れていたことなどを踏まえると,上記配慮をしなかったことが,原告に対して負う職務上の法的義務の違反を基礎付けるものであるとまでは認め難い。

(3)本件ヘアカットについて
女子中学生にとって,髪の毛をどのように切るかは容姿や個性にも関わる重大な関心事であり,また,一旦切った髪の毛はすぐには元に戻らないという意味で不可逆性を伴うことなどからしても,理美容師でもない教諭が,中学校で生徒の髪の毛を切ること自体,教育の過程においておよそ想定されていない行為である。

原告は,本件ヘアカット行為当時14歳の中学生であり,一般的に教師に逆らえない立場にある上,発達特性やその場の空気を読んで行動してしまう側面等に起因して正確に意思を伝えられていない可能性があることをも考慮すれば,D教諭には,保護者である原告母に髪を切ることの当否を事前に確認する必要があったものと認められる。そして,本件へアカット行為に当たって連絡を受けることによって,原告母が本件へアカット行為の当否等の検討をする機会が与えられる利益は,本件へアカット行為の当事者である原告にとっても法的利益であるというべきである。

以上によれば,D教諭は,本件ヘアカット行為に先立ち保護者に原告の髪を切ることの当否を確認する義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったというべきであり,髪を切る方法や態様も適切であったとはいえず,原告に対して負う職務上の法的義務に違反したものと認められる。


コメント:

本事案において,原告は,教員が髪を切ることに同意しており,さらに,原告は,母から先生に髪を整えてもらうよう言われたと述べていた。しかし,判決は,このことを踏まえても,なお,教員の行為が違法であると判断した。それは,中学生が一般的に「教師に逆らえない立場にある」こと,さらに,原告の「発達特性やその場の空気を読んで行動してしまう側面等に起因して正確に意思を伝えられていない可能性がある」ことを考慮すれば,保護者に確認する義務があったにもかかわらず,これを怠ったからであると説明している。本件は,児童や生徒が,教員の行為に迎合的な態度をとったとしても,そのことが教員の行為の違法性を覆す理由にはならないと判断された事例として参考になる。





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