● Society5.0に向けた人材育成〜社会が変わる、学びが変わる〜(報告書) 平成30年6月5日




Society 5.0 に向けた人材育成
〜 社会が変わる、学びが変わる 〜

平成30 年6 月5 日
Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会
新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース


https://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/06/06/1405844_002.pdf


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目次
はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2

第1章 Society 5.0 の社会像と求められる人材像、学びの在り方・・・・ 3
(「Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会」における議論を踏まえて)

1.Society 5.0 の社会像
(1)AI 技術の発達
(2)Society 5.0 における経済社会
(3)Society 5.0 に向けた日本社会の課題
(4)人間の強み

2.Society 5.0 において求められる人材像、学びの在り方
(1)新たな社会を牽引する人材
(2)共通して求められる力
(3)Society 5.0 における学校

第2章 新たな時代に向けて取り組むべき政策の方向性・・・・・・・・・ 9
(「新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース」における議論の整理)
(1)幼児期
(2)小・中学校時代
(3)高等学校時代
(4)高等学校卒業から社会人時代
(5)今後の方向性の総括
(6)スポーツ・文化

第3章 新たな時代に向けた学びの変革、取り組むべき施策・・・・・・ 18
(Society 5.0 に向けたリーディング・プロジェクト)
(1)「公正に個別最適化された学び」を実現する多様な学習の機会と場の
提供
(2)基礎的読解力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力をす
べての児童生徒が習得
(3)文理分断からの脱却



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はじめに

 今、我々はかつてなく大きな社会の変革期にいる。
 人類はこれまで、狩猟社会から農耕社会、工業社会を経て現代の情報社会に至
るまで、生産手段と社会構造の飛躍的な変化を経て社会を発展させてきた。そし
て今、次の大きな変革としてSociety 5.0 が訪れようとしている。
 Society 5.0 は、人工知能(AI)、ビッグデータ、Internet of Things(IoT)、
ロボティクス等の先端技術が高度化してあらゆる産業や社会生活に取り入れら
れ、社会の在り方そのものが「非連続的」と言えるほど劇的に変わることを示唆
するものであり、第5期科学技術基本計画(平成28 年1 月22 日閣議決定)で
提唱された社会の姿である。「超スマート社会」とも言われるSociety 5.0 の到
来に伴い創出されるであろう新たなサービスやビジネスによって、我々の生活
は劇的に便利で快適なものになっていくだろう。
 しかし一方で、このような人類がこれまで経験したことのない急激な変化を
前に、漠然とした不安の声も多い。

 「生まれたときからAI に囲まれて育つと、人間の本質的な部分も変質してしま
うのではないか」
「プラットフォーマーは米国や中国に独占され、我が国の経済は凋落してゆくの
ではないか」
「国内においても、AI を創り使いこなす人と使われる人で大きな格差が生まれ
るのではないか」
「進化したAI が人間の仕事の大部分を奪ってしまうのではないか」
「学校で教わったことがすべて通用しなくなってしまうのではないか」――。

 人間としての強みはどこにあるか。学びや仕事にどのように向き合っていけ
ばよいか。――このような本質的な問いが、改めて問われている。今必要なのは、
徒に不安を煽ることではなく、どのような時代が訪れようとしているのかを具
体的に考察し、今打てる手は何かを考えることだ。

 このような問題意識から、Society 5.0 の実現に向け、広く国民にはどのよう
な能力が必要か、また、社会を創造し先導するためにどのような人材が必要かに
ついて、幅広い分野の有識者と、社会像を描きながら自由闊達な議論を行った。
議論は多岐にわたり、必ずしも一つに収斂できるものではないが、9回にわたる
有識者との議論について、教育現場や産業界をはじめ、社会全体で今後の教育政
策を共に考えていくための材料とすべく、Society 5.0 の社会像と求められる人
材像及び学びの在り方を第1章として整理した。
 ここでの議論も踏まえ、文部科学省の課長級の職員に加えて課長補佐・係長級
も含めた相当数の若手職員が参加し、我が国の教育政策としてとるべき施策に
ついて議論を進め、Society 5.0 に向けて特に取り組むべき施策の方向性に関す
る事項を第2章として、これらを踏まえた短中期的な取組を第3章として、それ
ぞれ整理した。


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第1章 Society 5.0 の社会像と求められる人材像、学びの在り方
(「Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会」における議論を踏ま
えて)

1.Society 5.0 の社会像

(1)AI 技術の発達
 Society 5.0 においては、我々の身の回りに存在する様々なセンサーや活動履
歴(ログ)等から得られる膨大なデータ(ビッグデータ)が、AI により解析さ
れ、その結果がインターネットに接続される。そして、多くのモノやロボットを
作動させ、様々な分野において作業の自動化等といった革新的な変化が起こさ
れていく。この変革の中核となる技術がAI である。
 AI は機械学習の技術の発展により急激な高度化が進んでいる。現在、音声認
識、画像理解、言語翻訳等の分野で人と同等以上の能力を持つに至ってきている。
これらを応用した自動運転車やドローン、会話ロボット・スピーカ、翻訳機、介
護ロボット・医療診断補助などの製品・サービスは既に実用化の段階にあるか、
実用化を射程に入れた研究開発が進められ、将棋や碁をはじめとした完全情報
ゲームにおいては、熟達の名人をも凌ぐAI が開発され始めた。
 AI の性能がどこまで向上するかについては意見が分かれるものの、少なくと
も近い将来において、定型的業務や数値的に表現可能なある程度の知的業務は
代替可能になると考えられる1。例えば、健康・医療分野においては、今後、「病
気を診る」ことはAI が行い、医師は「病人を診る」ことにこれまで以上に向き
合うことができるようになるだろう。このような変化が、社会のあらゆる分野に
おいて起こっていくと考えられる。

(2)Society 5.0 における経済社会

 これまで人間でなければ担えないと考えられてきた分野に及ぶイノベーショ
ンの連鎖は、我々の社会や生き方そのものを大きく変えていくだろう。
 将来、AI やロボットによって多くの仕事が代替され、人間の負担が軽減され
ていくことが予想される一方で、大量の失業者が生まれるのではないかという
議論がある。これまで人類が経験したことのない速度で技術が発展し、新たな雇
用が生み出されるとしても、それに対応できるだけの準備が労働者の側になけ
れば、雇用のミスマッチにより多くの失業者が生まれると悲観的に予測する声
もある。また、技術革新に伴うスキルの陳腐化は、労働市場の変化のスピードを
加速させ、企業の適応力を超えて日本型の雇用システム(企業が必要とする労働
者のスキルを企業内で養成するシステム)を大きく変容させるとの指摘もある。

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1 例えば、Frey and Osborne 2013 では、現在の米国にある職の約47%が、2030 年まで
に自動化の影響を受ける可能性が高いと試算した。(Carl Benedikt Frey and Michael A.
Osborne「The future of employment: How susceptible are jobs to computerisation?」
(2013 年9 月)


4 ------------------------------------------------------------

 産業そのものが変わる。プラットフォーム・ビジネス2の展開やクラウドによ
る情報の分散化、所有と利用の分離などが原動力となり、産業構造は大きく変化
するだろうと言われている。プラットフォーム・ビジネスは様々な関連するビジ
ネスを巻き込み、拡大していく性質があることから、経済社会における「勝者」
と「敗者」の二極化が更に拡大していくことも予想される。AI とロボティクス
による能力のコモディティ化3は、プラットフォームに巻き込まれる関連するビ
ジネスを、すべて“取り換えの利く駒”に変えていくのではないかとも予測する
者もある。
 産業が変われば働き方も変わる。人間の業務と機械の業務が再編成されるこ
とで業務のモジュール化が進み、業務のアウトソーシングも促進されるだろう。
情報通信技術の発達によりモバイルワークの導入も進み、企業に雇われない働
き方(自営的就労4)を行う者が急速に増えていくことが予想される。このこと
は、時間と場所を問わない柔軟で自由な働き方を可能とする一方で、業務のモジ
ュール化とアウトソーシングを更に加速していくと考えられる。
 「働くこと」自体の意味も変わっていく。我々人間が現在担っている仕事が、
AI やロボットによって代替されるようになれば、人間の労働力を投入しなくと
も生産量を高められるようになり、多くの人が「生きるための」労働から解放さ
れ、より「自己実現」や「生きがい」のために働けるようになるとみる向きもあ
る。

(3)Society 5.0 に向けた日本社会の課題

 このような経済社会の変化を目前にして、我が国はかつてない変化に直面し
ており、次のような課題が指摘されている。
 まず、Society 5.0 実現の鍵となるAI とその基礎となる数学や情報科学等に
関する研究開発と教育が、米国や中国等に比して立ち遅れている。近年、AI に
関するマーケットの飛躍的な成長を背景として、AI に関する研究者と技術者は
世界的に不足している。我が国は、ボトムアップ型の研究開発に強みがあるもの
の、AI 研究を発達させてきたトップダウン型の研究開発が弱く、質と量で圧倒
的な“一強”として君臨するアメリカやそれを猛烈な勢いで追い上げる中国等と
比べて存在感を発揮できていない。
 ボトルネックのひとつは人材であろう。アメリカの大学では情報科学を学ぶ
学生が増え続けている5が、我が国では情報科学やAI に関する高度な知識・技術
を持つ人材の数が極めて限定的6で、多くの学生は十分な情報科学のトレーニン

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2 プラットフォーム・ビジネスについては様々な定義が存在するが、ここではサービスの
提供者と顧客等をつなぐ場を提供する業態として広くとらえる。
3 属人的な知識やスキルがAIで解析されることなどにより安定した再現性を持って共有
される状態。(北野宏明「能力のコモディティ化が切り拓く新市場」(平成29 年8 月))
4 大内伸哉「AI時代の働き方と法―2035 年の労働法を考える」(平成29 年1 月)
5 文部科学省「米国の卓越した大学院における博士課程の教育研究環境のベンチマークに
関する基礎調査研究(平成26 年度先導的大学改革推進委託事業報告書)」(平成27 年3
月)
6 人工知能技術戦略会議「人工知能技術戦略」(平成29 年3 月)


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グを受けていない7。学生や社会人が情報科学の素養を身に付けるための受皿と
なる情報科学系教育体制の充実は喫緊の課題であると考えられる。
 また、既にGoogle やAmazon、Facebook 等が覇権を握る国際的なプラットフ
ォーム・ビジネスに関しては、極めて不利な立場にある。圧倒的なマーケットシ
ェアを獲得し、顧客情報を蓄積しつつあるこれらの“データの巨人”たちと対峙

するには、我が国のトップ企業であっても、データ、技術、人材のすべてにおい
て文字通り桁違いの力の差があるのが現状である。
 我が国は、このような新技術の創出と導入の段階において厳しい状況にあっ
ても、その後の高度な応用の段階、エコシステム構築の段階において存在感を発
揮してきた歴史がある。緻密で洗練されたものづくりの技術や、独自の文化的創
造力、日常的な営みや自然にまで美や崇高さを感じ取る美意識など、様々な我が
国独自の特徴を強みとして、新たな価値を創り上げていく必要がある。
 人口構造の変化は、世界でまだどの国も経験したことのないものになる。平均
寿命が延伸し続け、人生100 年時代が到来するとともに、少子化がこのままの
ペースで進行すれば、2025 年には高齢者1人を支える現役世代の人数が1.8 人
となると予測されている8。これまでのような我が国の経済規模と成長を維持す
ることが難しい状況である。また、高齢化の進展に伴い国民医療費が増大してお
り9、高齢者の健康維持や医療費等の抑制も課題である。さらに、少子高齢化は
人口の減少等と相まって、地域コミュニティにおける人と人とのつながり、社会
関係資本10の在り方にも深刻な影響を与え始めている。

 子供たちを取り巻く環境も変わっていく。これまでも、多様な体験活動の機会
の少なさが指摘されてきたが、情報通信技術の更なる発展によりヴァーチャル
な体験がリアルさを増していくとともに、都市部への人口集中が進み、自然豊か
な農山村の暮らしや遊びの経験のない親世代が増加していけば、自然体験など
の体験活動やスポーツをする機会の減少とそれによる影響が懸念される。

(4)人間の強み

 このような技術の発展と社会の変化は、複雑に影響し合いその速度を指数関
数的に増加させ、今後訪れる社会がどのようなものかを正確に予測することを
極めて難しくさせている。ただ一つ確実に言えるのは、これまでの延長線を大き
く超えた劇的な変化が訪れるであろうということである。
 予測困難な社会の変化の中で豊かに生きるためには、楽観論でも悲観論でも
なく、変化に対して受け身で対処せずに、むしろ目指すべき社会像を議論し、共
有し、実現していくことが重要となる。
 我々が目指すべき社会は、経済性や効率性、最適性だけを追求した無機質なも

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7 McKinsey Global Institute「Big data: The next frontier for innovation, competition,
and productivity」(2011 年5 月)
8 内閣府「平成29 年版 高齢社会白書」(平成29 年1 月)
9 厚生労働省「平成27 年度 国民医療費の概況」(平成29 年9 月)
10 ソーシャル・キャピタル。社会・地域における人々の信頼関係や結び付きを表す概念。
(「第2期教育振興基本計画」(平成25 年6 月14 日 閣議決定))


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のではなく、あくまでも人間を中心として、一人一人が他者との関わりの中で
「幸せ」や「豊かさ」を追求できる社会であるべきであろう。

 人間の強みとは何か。それは、現実世界を理解し、その状況に応じた意味付け
ができることであろう。AI が人間の能力をはるかに超えていくのではないかと
いう意見もあるが、AI の本質はアルゴリズムであり、少なくとも現在のAI は情
報の「意味」(背景にある現実世界)を理解しているわけではない。AI に目的や
倫理観を与えるのは人間である。アルゴリズムで表現し難い仕事や、高度な判断
や発想を要する仕事などは、AI による代替可能性が低いと考えられている。
 また、様々な人やモノ、情報が複雑に関係し合っていく中において、板挟みと
向き合って調整することや、想定外の事態に対処すること、自らの行動を考え責
任を持って対応することは、人間の仕事の中でますますその重要性を増すだろ
う。接客や介護のような他者との対話の中で行われる仕事は、AI やロボットに
よってある程度代替されながらも、人間が担うことで、それとは異なる付加価値
が生まれると考えられる。

 AI と人間との関係を対立的にとらえたり、必要以上に不安に思ったりするの
ではなく、むしろAI を、人間の能力を補助、拡張し、可能性を広げてくれる有
用な道具ととらえるべきであろう。人間は、AI の価値を十分に認識して生活に
生かしていくと同時に、AI がもたらす潜在的な危険性や限界を未然に見いだし、
適切に対処していくことが可能であるし、そうしていくことが不可欠である。
 AI やデータの力を活用することで、自らの強みを更に伸ばし、あるいは弱点
を補いながら新たな地平を切り拓いていくことがあらゆる分野で可能になる。

2.Society 5.0 において求められる人材像、学びの在り方

(1)新たな社会を牽引する人材

 Society 5.0 を牽引するための鍵は、技術革新や価値創造の源となる飛躍知
を発見・創造する人材と、それらの成果と社会課題をつなげ、プラットフォーム
をはじめとした新たなビジネスを創造する人材であると考えられる。
 異分野をつなげることでエコシステムを創造するプラットフォーム・ビジネ
スの形態は、巨大な規模を持たなくとも、発想次第で新たな価値を創造すること
ができる。このようなプラットフォームを創造できる人材には、異分野をつなげ
る力と新たな物事にチャレンジするアントレプレナーシップが欠かせない。ま
た、課題解決を指向するエンジニアリング、デザイン的発想に加えて、真理や美
の追究を指向するサイエンス、アート的発想の両方を併せ持つ必要がある。これ
らの資質・能力に加えて、多くの人を巻き込み引っ張っていくための社会的スキ
ルとリーダーシップが不可欠となろう。新たな価値を創造するリーダーであれ
ばこそ、他者を思いやり、多様性を尊重し、持続可能な社会を志向する倫理観、
価値観が一層重要となる。


7 ------------------------------------------------------------

 Society 5.0 において、我が国の強みを十分に活かすには、一握りのスーパー
スターがいるだけでは不十分である。各分野においてものづくりやサービスを
担ってきた人材が、AI やデータの力を最大限活用しながら様々な分野に展開し
ていくことが不可欠となる。他方で、こうした人材は、Society 5.0 における社
会の変化に最も影響を受けると考えられる。産業構造の目まぐるしい変化によ
り、必要な能力・スキルが刻々と変わり続ける中で、企業に雇われない自営的就
労を行う労働者には、常にスキルをアップデートし、また新たな分野のスキルを
身に付けられるよう自ら学び続ける力が決定的に重要となる。

 文化、芸術、スポーツ等の人間の創造力により生み出し、人々の共感を生み
発展し続けてきた分野は、ますます社会に求められるものとなるだろう。人間が
根源的にもつ力を発揮して新たな価値を創造し、ドラマや感動を生むこれら職
業は、AI やロボティクスによっては決して代替できないものである。むしろ、
先端技術を取り入れ使いこなすことで、新たな地平が切り拓かれていく。

(2)共通して求められる力

 Society 5.0 において我々が経験する変化は、これまでの延長線上にない劇的
な変化であろうが、その中で人間らしく豊かに生きていくために必要な力は、こ
れまで誰も見たことのない特殊な能力では決してない。むしろ、どのような時代
の変化を迎えるとしても、知識・技能、思考力・判断力・表現力をベースとして、
言葉や文化、時間や場所を超えながらも自己の主体性を軸にした学びに向かう
一人一人の能力や人間性が問われることになる。
 特に、共通して求められる力として、@文章や情報を正確に読み解き、対話す
る力、A科学的に思考・吟味し活用する力、B価値を見つけ生み出す感性と力、
好奇心・探求力が必要であると整理した。
 まず、知識・技能としての語彙や数的感覚などの学力の基礎に加え、人間の強
みを発揮するための基盤として、文章や情報を正確に理解し、論理的思考を行う
ための読解力や、他者と協働して思考・判断・表現を深める対話力等の社会的ス
キルなど、読み解き対話する力が決定的に重要である。
 また、人と機械が複雑かつ高度に関係し合う社会となっていく中、科学的に思
考・吟味し活用する力が不可欠となる。機械を理解し使いこなすためのリテラシ
ーや、その基盤となるサイエンスや数学、分析的・クリティカルに思考する力、
全体をシステムとしてデザインする力がこれまで以上に必要な力となる。
 加えて、現実世界を意味あるものとして理解し、それを基に新たなものを生み
出していくことは、AI によって代替できない人間ならではの営みであり、AI の
活用分野が爆発的に広がっていく新たな時代においてますます重要となる。自
然体験やホンモノに触れる実体験を通じて醸成される豊かな感性や、多くのア
イデアを生み出す思考の流暢性、感性や知性に基づく独創性と対話を通じて更
に世界を広げる創造力、苦心してモノを作り上げる力、新しいものや変わってい
くものに対する好奇心や探求力、実践から学び自信につなげていく力などが重


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要である。

(3)Society 5.0 における学校

 Society 5.0 における変化は、我々が受動的に対応するものだけではない。AI
等が本格的に普及していく中で、教育や学びの在り方に変革をもたらすだろう。
 例えば、教育用AI が発達し普及していくことにより、AI が個人のスタディ・
ログ(学習履歴、学習評価・学習到達度など)や健康状況等の情報を把握・分析
し、一人一人に対応した学習計画や学習コンテンツを提示することや、スタデ
ィ・ログを蓄積していくことで、個人の特性や発達段階に応じた支援や、学習者
と学習の場のマッチングをより高い精度で行うことなどが可能となるだろう。
 ただし、子供たちはデータから必ずしも読み取れない多様な可能性を秘めて
いる。データに過度に依存することで、一人一人の成長や変化が正当に評価され
ない等の危険性も指摘されている。一人一人の個性やプライバシー等を大切に
して、ビッグデータの限界や倫理的課題と常に向き合いながら、その活用を図っ
ていくことが重要であろう。

 このような技術の発達を背景として、Society 5.0 における学校は、一斉一律
の授業スタイルの限界から抜け出し、読解力等の基盤的学力を確実に習得させ
つつ、個人の進度や能力、関心に応じた学びの場となることが可能となる。また、
同一学年での学習に加えて、学習履歴や学習到達度、学習課題に応じた異年齢・
異学年集団での協働学習も広げていくことができるだろう。
 さらに、学校の教室での学習のみならず、大学(アドバンスト・プレイスメン
ト11など)、研究機関、企業、NPO、教育文化スポーツ施設、農山村の豊かな自然
環境などの地域の様々な教育資源や社会関係資本を活用して、いつでも、どこで
も学ぶことができるようになると予想される。

 こうした多様な学びが関連し合うことで更なる学びの発展にもつながるだろ
う。AI やビッグデータ等の先端技術が、学びの質を加速度的に充実するものに
なる世界:Society 5.0 における学校(「学び」の時代)が間もなく到来する。

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11 ここでは、我が国において高校生が高校在学中に大学の正規科目を受講し、大学進学後
に大学の単位として認定する取組等を指す(以下同じ。)。


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第2章 新たな時代に向けて取り組むべき政策の方向性
(「新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース」にお
ける議論の整理)

 第1章で述べてきたSociety 5.0 の社会像、学びの在り方、求められる人材
像を見据えた上で、我々が今から取り組んでいくべき教育政策の方向性はどの
ようなものなのだろうか。

 これまで我が国の学校教育は世界的にも高い評価を受け、多くの人材を輩出
してきた。一方、他者と協働しつつ、自ら考え抜く自立した学びが十分なされて
いないのではないかとの指摘もある。
 次世代の子供たちが未来を生き抜く力を身に付けることができるように必要
な環境を整えることは、我々大人世代の責務である。新学習指導要領においても、
社会の変化が加速化、複雑化するこれからの世代に必要となる資質・能力を確実
に育成していくことを目指している。Society 5.0 の姿をしっかりと見据えつ
つ、決して浮き足立つことなく着実に新学習指導要領の理念を実現することが
求められている。
 Society 5.0 における教育を見据えた条件整備も欠かせない。AI やビッグデ
ータ等の先端技術が、教育の質の向上に劇的なインパクトを与えることを見据
え、ICT 環境や新たな教育ニーズに対応できる学校施設など次世代の教育インフ
ラを充実していく必要がある。

 以上の点を踏まえ、今後取り組むべき教育政策の方向性について、子供の成長
段階に応じて整理すると、次のようなことが指摘できる。

(1)幼児期

 幼児期の教育は生涯にわたる人格形成の基礎を培うものであり、近年の国際
的な研究成果等により、その重要性の認識はますます高まっている。少子高齢化
の進展や保護者の働き方の変革など社会環境が変わり、「子ども・子育て支援新
制度」の開始に伴い幼稚園、保育所、認定こども園を通じた幼児教育・保育の環
境整備が進められる中、すべての子供に質の高い幼児期の教育が提供されなけ
ればならない。

 幼児期の教育においては、幼児の自発的な活動としての遊びを中心とした生
活を通して、一人一人に応じた総合的な指導が行われている。教師は戸外での子
供同士の関わり合いや自然との触れ合いを経験できる環境を構成するなど、そ
れぞれの発達段階に応じ、幼児の自発的な遊びを生み出すことが求められる。こ
のような幼児期の教育の特性はどのように社会が変革しようとも普遍的なもの
であり、教師が「人」であることの価値が変わるものではない。


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 一方、その特性ゆえに、幼児行動や教師の指導の効果等が把握しづらい側面が
ある。このため、これらを可視化し、指導の支援に役立てるという観点、あるい
は教師の負担軽減の観点から、Society 5.0 時代の先端技術を活用することが考
えられる。
 例えば、ICT の活用などを通じて、園内の環境及び幼児行動、それに応じた教
員の働きかけ等を総合的・多角的に捕捉し、経験則として継承・蓄積されてきた
指導の技術の可視化を図ること等によって、幼児の豊かな行動を引き出す環境
の構築や幼児教育の担い手による適切な指導を支援し、またその業務の負担軽
減を図ることが考えられる。その際、幼児の教育は遊びや具体的な経験を通じて
行われるという幼児教育の基本は今後も大切にされなければならないことは論
を俟たないが、併せて幼児期の教育における科学技術の活用可能性に関する関
係者の意識改革も重要となる。

(2)小・中学校時代

 Society 5.0 を迎え、社会の構造が劇的に変化し、必要とされる知識も急激に
変化し続けることが予想される中、義務教育に求められるのは、常に流行の最先
端の知識を追いかけることではなく、むしろ、学びの基盤を固めることであると
考えられる。

 Society 5.0 においては、学校や教師と児童生徒の存在、また、教科書や教材、
教室、教育課程といった教育の基本的な構成要素は、今後とも基盤となるもので
あろう。

 我が国の義務教育は、OECD 諸国でも高い水準にある12。今後とも、Society 5.0
を見据え、基礎的読解力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力を、
すべての児童生徒が習得できるよう、新学習指導要領の着実な実施が必要であ
る。

 とりわけ、家庭環境の変化や情報化の進展の中で、特に義務教育段階の子供た
ちの読解力に課題があるとの指摘もある。社会が変わり、働き方も変わっていく
中、日本人の基礎的読解力が仮に低下した場合、我が国の産業の品質やサービス
の低下につながりかねない。子供たちがそれぞれの学校段階における教科書を
理解できるようにし、生涯学び続けることができるための基礎的読解力を身に
付けさせることは、公教育の責務である。


 また、グローバル化・情報化の進展や子供の貧困、地域間格差の拡大が、子供
たちの学びに格差を生むことがないようにしなければならない。とりわけ、貧困
を背景とする学力の格差は小学校中学年頃を境に開き、固定化していく(貧困の
連鎖)とも言われる中、早期からの対応が不可欠である。また、いじめ・不登校
等の生徒指導面の課題により、優れた能力や高い学習意欲を持ちながらも、必要

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12 PISA(OECD 生徒の学習到達度調査)2015、TIMSS(国際数学・理科教育動向調査)
2015 による。


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な学びを得られない子供、言語等のハンディキャップを抱えている外国籍の子
供や障害のある子供の存在も忘れてはならない。経済格差や情報格差等が拡大
し弱者を生むことがないよう、子供一人一人の個別のニーズに丁寧に対応し、す
べての子供がSociety 5.0 時代に求められる基礎的な力を確実に習得できるよ
うにすることが引き続き重要となる。

 一方、学校や学びの在り方に関しては、一元モデル、つまり「○○だけ」構造
からの脱却が求められる。

「教職員だけ」による学校経営から、スクールカウンセラーやスクールソーシ
ャルワーカー、部活動指導員等の専門スタッフと協働した「チーム学校」へ。
「教師だけ」が指導に携わる学校から、教師とは異なる知見を持つ各種団体や民
間事業者をはじめとした様々な地域住民等とも連携・協働し、「開かれた教育課
程」を実現する学校へ。「同一内容だけ」児童生徒に教える教育から、「個々人の
特性」に応じた教育へ。「紙だけ」で指導や運営が行われる学校から、ICT など
先端技術も活用した学校へ。「学校だけ」しか教育の場として認められなかった
時代から、フリースクールや地域未来塾等「学校以外の場」での教育機会が確保
される時代へ、それぞれ転換が求められる。
 これに応じて「教師」の役割も当然変化することになるが、「教育は人なり」
と言われるように、学校教育の直接の担い手である教師の果たすべき役割は、今
後も引き続き極めて重要である。Society 5.0 の学校教育においては、「教師」
にはこれまでの児童生徒を教え導く役割に加え、今後、学びの支援者という役割
が付加されることになる。

 こうした多元モデルにおいて鍵となるのは、認知科学やビッグデータ等を活
かした「教育や学習を科学する視点」である。
 一元モデルで一定の成功を収めてきた我が国の教育においては、経験や勘が
重視され、教員養成や研修においてもこれが伝承されてきた。
 一方、多元モデルの教育においては、Edtech13等の導入により、活用できるツ
ールの選択肢が広がっていく。こうした時代においては、教育方法や手段を決定
する際の拠り所となるのは、認知科学やビッグデータの活用等、「教育や学習を
科学する視点」であり、そういった視点によって、単なる費用対効果論を乗り越
える、真のEBPM(Evidence-Based Policy Making)が実現される。そのためには、
現在は、国、地方公共団体、民間事業者等の様々な主体が別個に保有しているデ
ータを集約し活用できるようデータ規格の標準化やデータのオープンソース化
を図っていくことが必要である。

(3)高等学校時代

 現行の高等学校は約99%の生徒が進学する教育機関となっており、義務教育
を終えた子供たち一人一人がSociety 5.0 を生き抜くために必要な力をそれぞ

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13 教育におけるAI、ビッグデータ等の様々な新しいテクノロジーを活用したあらゆる取
組。


12 ------------------------------------------------------------

れ身に付けることができるような場でなくてはならない。
 高等学校の現状をみると、普通科約7割(80 万人)・専門学科等約3割(30 万
人)となっている14。普通科においては、文系が約7割15(50 万人)といった実
態があり、多くの生徒は2年生以降、文系・理系に分かれ、特定の教科について
は十分に学習しない傾向にある16。
 今こそ、高等学校は、生徒一人一人が、Society 5.0 における自らの将来の姿
を考え、そしてその姿を実現するために必要な学びが能動的にできる場へと転
換することが求められている。

 その際、まず、学校だけで教師だけが一方的に教えるような教育活動が転換さ
れ、多様な選択肢の中で、自分自身の答えを生徒が自ら見いだすことができるよ
うな学習が中心となる場へとなっていかなければならない。生徒一人一人の興
味や関心に沿って、学校だけにとどまらず、地域社会、企業、NPO、高等教育機
関といった多様な学びの場を活用し、異なる年齢や背景を持つ相手とコミュニ
ケーションしながら「社会に開かれた教育課程」による学びを進めていく。
 こうした学びを通じて、教科の力はもちろん、異なる考えを持つ人に対して素
直な眼差しをもち、先に述べたSociety 5.0 において必要とされる資質・能力
を、すべての生徒が身に付けることができるようにすることが求められている。

 また、こうした中で、生徒がしっかりとそれぞれの地元の地域を学ぶこともま
すます重要となる。地域には、それぞれ生きた課題が数多く存在するため、生徒
の地域への興味や関心を深め、地域の課題を探求する重要な機会を提供できる。
しかし、現状においては、生徒が地域との関わりの中で世界観を広げていき、そ
の後の学びや進路に影響を受けるような活動が十分に行われているとは言い難
い。また、進学や就職の際に生じる地域からの人材流出が、地域活力の衰退につ
ながるのではないかと悩む自治体も増えている。
 Society 5.0 を迎える今後は、生徒にとって最も身近である地域と学校とが手
を携えながら、体験と実践を伴った探求的な学びを進めていく必要がある。こう
した学びが学校生活を一層充実したものとし、自らの特性を踏まえた将来の進
路と真剣に向き合う契機となるであろう。
 これは同時に、各地域への課題意識や貢献意識を持った人材の育成にもつな
がる。こうした人材がそれぞれの地域で地域ならではの新しい価値を創造する
ようになれば、Society 5.0 を地域から分厚く支えていくことにつながってい
く。
 生徒たちが多様な学びを行っていくためには、様々な専門学科等において、多
様な主体と連携し、彩り豊かな特色のある教育課程が提供されなくてはならな

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14 文部科学省「平成29 年度 学校基本調査」(平成29 年12 月)をもとに、一学年あた
りの大まかな数値を示している。
15 国立教育政策研究所「中学校・高等学校における理系進路選択に関する調査研究最終報
告書」(平成25 年3 月)
16 例えば普通科全体のうち「物理」履修者は2割 (14 万人)といった実態もある(文部
科学省「平成27 年度 公立高等学校における教育課程の編成・実施状況調査」(平成28
年3 月))。なお、「物理基礎」の履修者は6割である。


13 ------------------------------------------------------------

い。

 あわせて、思考の基盤となるSTEAM 教育17を、すべての生徒に学ばせる必要が
ある。こうした中で、より多くの優れたSTEAM 人材の卵を産みだし、将来、世界
を牽引する研究者の輩出とともに、幅広い分野で新しい価値を提供できる数多
くの人材の輩出につなげていくことが求められている。

(4)高等学校卒業から社会人時代

 学生が社会に出る直前を過ごす、あるいは人生100 年時代において社会人と
して学ぶ高等教育段階においては、中等教育段階までに取り組まれている学び
や様々な社会経験も踏まえ、それぞれの学校においては、各校の特性に応じて、
Society 5.0 を生きる自校の学生にどのような力を身に着けさせる教育をいか
に提供しているか、その成果はどのように上がっているかを、問い直さなければ
ならない。
 学びの内容が変化していく中で、学生一人一人の能力を最大限に伸ばす教育
を真摯に実施する学校のみが、今後、学生及び社会から支持されるだろう。

 また、新たな技術の出現は、学びの方法や場所のみならず、内容に関しても、
伝統的な学びの在り方を根本的に問い直す契機となる。MOOCs18を活用すれば、低
廉なコストで、外国の大学の授業を受講したり、単位を取得したりすることも可
能になる。オンラインのプラットフォームを活用すれば、異なる場所にいる学生
同士が画面上で顔を合わせながら議論を戦わせたり、外国の教授から論文指導
を受けたりすることもできる。何よりも、こうしたオンラインでの活動はデジタ
ル化できるので、AI を用いて授業内容を分析し、カリキュラムの改善などに活
用していくことができる。実際、オンラインで授業を行って、ディスカッション
などにおける学生の発言を録音・分析し、アクティブ・ラーニングの授業改善に
生かしているMinerva19の取組は、昨今世界中で注目されている。

 このように学ぶ内容も学びのスタイルも変化していく中で、大学は、学生が身
に付けるべき能力を明らかにした上で、各大学自らが授与する学位に見合った
カリキュラム(学位プログラム)をデザインしていくことになる。
 我が国の四年制大学の現状をみると、人・社系5割(30 万人)、理工系2割(12
万人)、保健系1割、教育・芸術系等2割20となっているが、今後、学生が所属す

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17 STEAM:Science, Technology, Engineering, Art, Mathematics
18 Massive Open Online Courses:大規模公開オンライン講座。
19 最も学習効果が高いとされるアクティブ・ラーニング手法を提供するというミッション
の下に設立された総合大学とされている。
20 文部科学省「平成29 年度 学校基本調査」(平成29 年12 月)をもとに、大学入学者
の大まかな数値を示している。なお、諸外国の理工系進学者の割合は、ドイツ約4割、フ
ィンランド・韓国・イスラエル・インド約3割となっている。また、そのうち女性の占め
る割合についても、これらの国が2〜4割である一方、日本は2割未満である。(OECD
「Education at a Glance 2017」(2017 年9 月))


14 ------------------------------------------------------------

る学部等に関わらず、教育におけるSTEAM やデザイン思考の必要性を踏まえ、
学生が必要とする教育をいかに提供していくか、各大学の工夫が期待される。
 また、大学は、新しい技術を活用したアクティブ・ラーニングも積極的に取り
入れ、教育の質の向上に取り組んでいくことが期待される。そして、学位授与に
至る過程で、その学生が何を身に付けることができたかが、その後学生が活躍す
る社会において理解されるよう、可視化されていることが重要となる。
 学生が社会に通用するような知識及び能力や、主体的に学び考える力を身に
付けるためには、大学教育の質的転換が重要であるが、そのためには、体系的で
組織的な大学教育を、適切な点検・評価を通じた教育活動の不断の改善に取り組
みつつ実施することが必要である。大学が本来持っている組織としての力を十
分発揮できるよう、国は教学マネジメントの確立を一層進めていくべきである。

 各大学は、上記のような学位プログラムの提供の工夫とともに、入学者選抜が、
大学で学ぶ上での学力等を備えていることを真に確認する内容となっているか
どうかについて、改めて見直すことが必要となる。とりわけ、AI やIoT を使い
こなすために、必要な知識・素養を大学が提供するに当たり、学生がその内容を
習得できる資質・能力を有しているかどうかについて、大学は、入学者選抜で適
切に問うているかを改めて振り返り、必要な見直しを行うべきである。
 このことが、大学で学ぶ前提として高等学校段階で履修しておくべき教科が
入試において問われないことや、高等学校教育における安易な文系・理系の振り
分けの慣習を見直すことにつながると考えられる。また、狭義の学力だけでなく、
主体性や協働性、自己調整などのメタ認知能力、他者に対する共感等についても、
各学位プログラムの特質に応じながら、入学者選抜において問われるべきであ
ろう。

 高等教育が無償化されることで、経済的事情に関わらず高等教育に進学でき
る機会が大きく広がる21。国家として、子供たちに高等教育進学機会を保証する
という大きな判断をしたのは、子供たちの将来に対する期待であると同時に、高
等教育に対する信頼の表れでもある。しかしながら、巨額の公的投資に裏付けら
れる社会的な信頼に応えるべく、大学にはより厳しい社会の目が注がれること
になる。

 今後、幅広く社会から支援される大学であるためには、教学、研究、経営と大
学運営全般にわたって、これまで以上に社会に対してわかりやすく発信するこ
とが肝要であり、国は、各大学における積極的な情報公開を推進していくべきで
ある。大学の経営環境は、大変厳しさを増しているが、これを教育の質の飛躍的
な向上に真正面から取り組むチャンスととらえ、国は積極的な大学の取組を後
押ししていくような財政措置を講じることが重要である。

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21 「所得の低い家庭の子供たち、真に必要な子供たちに限って高等教育の無償化を実現す
る。」(「新しい政策パッケージについて」(平成29 年12 月8 日 閣議決定))


15 ------------------------------------------------------------

(5)今後の方向性の総括

(1)〜(4)を踏まえ、今後取り組むべき教育政策の方向性を、大きく以下
の3点に整理した。

@「公正に個別最適化された学び」を実現する多様な学習機会と場の提供

 すべての子供たちがすべての学校段階において、基盤的な学力の確実な定着
と、他者と協働しつつ自ら考え抜く自立した学びを実現できるよう、「公正に個
別最適化された学び」を実現する多様な学習機会と場の提供を図ることが必要
である。

A基礎的読解力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力をすべての
児童生徒が習得

 学校や教師だけでなく、あらゆる教育資源やICT 環境を駆使し、基礎的読解
力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力をすべての児童生徒が確
実に習得できるようにする必要がある。

B文理分断からの脱却

 高等学校や大学において文系・理系に分かれ、特定の教科や分野について十分
に学習しない傾向にある実態を改め、文理両方を学ぶ人材を育成するよう、高等
学校改革と大学改革、高等学校と大学をつなぐ高大接続改革を進める必要があ
る。
 高等学校においては、文理両方を学び個々の資質・能力を伸ばすとともに、地
域の良さを学びコミュニティを支える人材の育成を進めていくことが必要であ
る。
 大学においては、高等学校における文理分断の改善、社会ニーズ等を背景に、
文理両方を学ぶ教育プログラムの充実を図る必要がある。また、AI・データ科学
分野等の高度専門人材育成のための施策を加速させる必要がある。

(6)スポーツ・文化

 Society 5.0 時代のスポーツ・文化の在り方についても、以下のとおり整理し
た。

@スポーツ

 Society 5.0 においては、ビッグデータやAI 等を駆使することにより、デー
タ等のエビデンスに基づき、トップアスリートのようにスポーツ分野において
世界的な活躍を目指す人から、介護予防のためにスポーツを行う高齢者まで、一


16 ------------------------------------------------------------

人一人に適した形態でのスポーツの実践や指導を推奨することが可能になる。

 トップアスリートの発掘・育成・強化を通じて得られた様々なデータをAI に
適切に学習させることにより、スポーツに関する様々なノウハウを可視化し、社
会全体で共有できるようになる。具体的には、データをエビデンスとして活用し、
AI を通じて個人に応じた優れた指導方法や用具等とのマッチングをすることで、
すべての人がスポーツを楽しみ、豊かな人生を送る礎となる。また、スポーツ科
学及びスポーツ医学の研究を進め、怪我や事故が少ない動きを明らかにし、その
ための指導方法を確立することで、あらゆるスポーツ実施の場面において、怪我
予防や安全指導が可能となる。
 また、ICT やデータ活用等により施設の維持管理・更新を効率化していくとと
もに、VR22を積極的に活用するなど、これまでのスポーツ施設の在り方にとらわ
れないスポーツ実施のための環境整備にも取り組む必要がある。
 さらに、トップアスリートの育成・強化を通じて得られたデータ等を活用する
ことで、個人の目的や体力レベル等に適合したより効果的・効率的な運動プログ
ラムを構成することが可能となる。
 こうしたことにより、体罰やハラスメントにも通じる非合理的な指導から、科
学的エビデンスに基づく指導への転換が進み、スポーツのインテグリティの向
上に資することが期待される。

A文化

 文化芸術は、人々の創造性を育み、その表現力を高めるとともに、人々の心の
つながりや相互理解、多様性を受け入れることができる心豊かな社会を形成す
るもの、また、世界の平和に寄与するなどの本質的及び社会的・経済的価値23を
有している。Society 5.0 時代に向け、先端技術を効果的に活用しながら、多く
の人々が文化的で豊かな人生を享受する社会を実現することが期待される。
 AI では代替できない職業として、将来の雇用成長が期待されるアートの世界
においては、文化芸術分野での活躍を希望する若者が将来のキャリアを描ける
ような人材育成を行う必要がある。その際は、文化芸術を専門で学ぶ生徒・学生
も含め、卒後の適切な職業選択が実現されるよう、教育機関と他の分野との間で、
求められる人材像を具体的に描く必要がある。
 将来、観光分野のインバウンド促進の観点から、AI などを活用した翻訳機に
よる文化芸術の解説なども行われることが期待される。一方、日本文化の奥深

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22 Virtual Reality:仮想現実
23 「第1期文化芸術基本計画」(平成29 年6 月 閣議決定)に示された文化芸術の価値
(本質的価値)・豊かな人間性を涵養、創造力・感性を育成 ・文化的な伝統を尊重する心を
育成
(社会的・経済的価値)・他者と共感し合う心、人間相互の理解を促進 ・質の高い経済活動
を実現 ・人間尊重の価値観、人類の真の発展に貢献 ・文化の多様性を維持、世界平和の



17 ------------------------------------------------------------

さを伝えるための専門的知識を持って、対面で相手の文化的背景・状況などを
踏まえた上で行う対話や交流から生まれる共感や感動は、AI やロボティクスで
は代えられるものではない。

 文化芸術に先端的技術を導入することは、人々の文化芸術を享受する大きな
利便性をもたらすとともに、文化芸術活動の創造活動の新たな展開が期待され
る。最新技術を活用した高精細デジタルアーカイブ化・利活用の推進、VR 等を
活用した新たな文化芸術の魅力発信の可能性を追求すべきである。


18 ------------------------------------------------------------

第3章 新たな時代に向けた学びの変革、取り組むべき施策
(Society 5.0 に向けたリーディング・プロジェクト)

 これまで述べてきた方向性も踏まえ、以下、Society 5.0 に向けた必要な取組
のうち、既に実施が決定しているものも含め、今後実施すべき短期的・中期的施
策について、「Society 5.0 に向けたリーディング・プロジェクト」として次の
とおり掲げる。

(1)「公正に個別最適化された学び」を実現する多様な学習の機会と場の提供

@学習の個別最適化や異年齢・異学年など多様な協働学習のためのパイロット
事業の展開 【全国の小中高等学校○校程度で実施(学校数は今後検討)】

 児童生徒一人一人の能力や適性に応じて個別最適化された学びの実現に向け
て、スタディ・ログ等を蓄積した学びのポートフォリオ(後述)を活用しながら、
個々人の学習傾向や活動状況(スポーツ、文化、特別活動、部活動、ボランティ
ア等を含む)、各教科・単元の特質等を踏まえた実践的な研究・開発を行う(例:
基礎的読解力、数学的思考力の確実な習得のための個別最適化された学習)。ま
た、異年齢・異学年集団での協働学習(例:英語力に応じた異年齢・異学年の協
働学習。)についても、実践的な研究・開発を行う。「チーム学校」を進める観点
からも地域の人材等と連携し、体験活動を含めた多様な学習プログラムを提供
する。
 さらに、生徒・学生の学習環境がより個別最適化されるよう、アドバンスト・
プレイスメント、飛び入学及び早期卒業等の活用促進を図る。また、学生の様々
な学びの意欲を実現させ、学習の個別最適化を進める観点から、各大学における
ギャップイヤーや学外での幅広い学びのための休学の活用を促進する。
 こうした取組を通じて、例えば、苦手な教科については下の学年の内容を学ぶ
ことや、一方、アドバンスト・プレイスメントを活用した生徒が大学入学後に優
秀な成績を収めることで、早期卒業するといったケースが出てくるものと考え
られる。
 この事業と併せて、学習の個別最適化に関する好取組事例についての発信等
も行い、全国における自主的な取組を促進する。

Aスタディ・ログ等を蓄積した学びのポートフォリオの活用

 EdTech を活用し、個人の学習状況等のスタディ・ログを学びのポートフォリ
オとして電子化・蓄積し、指導と評価の一体化を加速するとともに、児童生徒が
自ら活用できるようにする。そのため、CBT24の導入を含めた全国学力・学習状況
調査の改善、学びの基礎診断の円滑な導入により、個々の児童生徒について、基

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24 Computer Based Testing:コンピュータを利用して試験を行うシステム。


19 ------------------------------------------------------------

盤的学力や情報活用能力の習得状況の継続的な把握と迅速なフィードバックを
可能とし、評価改善のサイクルを確立する。

BEdTech とビッグデータを活用した教育の質の向上、学習環境の整備充実

 EdTech は学習支援のみならず生徒指導、教師の働き方改革や学級運営等、あ
らゆる面で教育の質を向上させる可能性があることから、ICT 環境の整備、ビッ
グデータ活用に係る個人情報保護の在り方についての整理等の条件整備や、強
みと限界を踏まえた効果的な導入方法など、EdTech の一層の活用に向けた課題
の整理及び対応策について官民を挙げた総合的な検討を行った上で、一定の方
針を示す。また、データの収集、共有、活用のためのプラットフォームの構築に
関する検討を行う。
 さらに、デジタル教科書、デジタル教材、CBT 導入などを進める観点からも、
ICT による教育・学習環境の整備やICT 人材の育成・登用を加速する。

(2)基礎的読解力、数学的思考力などの基盤的な学力や情報活用能力をすべて
の児童生徒が習得

@新学習指導要領の確実な習得

 語彙の理解、文章の構造的な把握、読解力、計算力や数学的な思考力など基盤
的学力の定着を重視した新学習指導要領の確実な習得を図る(全国学力・学習状
況調査、大学入学共通テスト、学びの基礎診断でもこれらの力を重視)。そのた
め、個別最適化された振り返り学習など指導方法の改善や効果的な指導を支え
る教材、ICT 環境、EdTech の整備を加速し、学習支援を充実する。
 また、スタディ・ログ等を蓄積した学びのポートフォリオ((1)A参照)を
活用し、学力の定着を促進する。

A情報活用能力の習得

大学入学共通テスト(2024 年〜)で「情報」を出題科目に追加することにつ
いて検討を開始する。また、小中高を通じてデータ・サイエンスや統計教育を充
実する。

B基盤的な学力を確実に定着させるための学校の指導体制の確立、教員免許制
度の改善

 小学校高学年における専科教員の配置など学校の指導体制を確立する。
 中学校・高等学校教員採用試験に比べ小学校教員採用試験の倍率が低迷して
いることや、中学校・高等学校でも技術科、情報科のような特定教科の免許状を
保有する教員が少ないことを踏まえ、指導体制の質・量両面にわたる充実・強化


20 ------------------------------------------------------------

を図る観点から、免許制度の在り方を見直す。(例:複数の校種、教科の免許状
取得を弾力化すること、経験年数や専門分野などに応じ特定教科の免許状を弾
力的に取得できるようにすること。)

(3)文理分断からの脱却

@文理両方を学ぶ高大接続改革

(高等学校改革)
 今後中期的にこの10 年程度を見通し、第2章で述べたように、高等学校普通
科において文系・理系に分断されている実態を改め、基本的に文理両方を学習し
た大学進学者の育成を目指す。具体的には、様々な学問分野において必要となる、
データ・サイエンスの基礎となる確率・統計やプログラミング、理科と社会科の
基礎的分野を必履修とする新しい高等学校学習指導要領を確実に習得させると
ともに、微分方程式や線形代数・ベイズ統計、データマイニングなど、より高度
の内容を学びたい高校生のための条件整備等を行い、文理両方を学ぶ人材を育
成する。
 そのため、AP(アドバンスト・プレイスメント)も含めた高度かつ多様な科目
内容を、生徒個人の興味・関心・特性に応じて、履修可能とする高校生の学習プ
ログラム/コースを「WWL(ワールド・ワイド・ラーニング)コンソーシアム」と
して創設する。高校生6万人あたり1か所を目安に、各都道府県で国公私立高校
等を拠点校として整備し、すべての高校生が選抜を経てオンライン・オフライン
で参加可能とする。これにより、欧米・中国・インド含む国内外のトップ大学等
にも入学できるようなグローバル・イノベーティブ人材を育成する。また、海外
提携校等への短期・長期留学を必修化するとともに、海外からのハイレベル人材
を受け入れ、日本人高校生と留学生が一緒に英語での授業・探究活動等を履修す
ることとする。
 また、世界で活躍できるグローバル・リーダーを育てることを目的として、幅
広い教養や問題発見・解決能力等の国際的素養を育成するなどの先進的な取組
を行うとともに、地域におけるグローバル人材育成の拠点となるような高等学
校を支援する。

(大学改革)

 大学の学部名に関わらず、社会のニーズ及び国際トレンド等を背景に、今後多
くの学生が必要とするSTEAM やデザイン思考などの教育が十分に提供できるよ
う、大学による教育プログラムの見直しを促進する。具体的には、学生が共通的
に学ぶリベラルアーツと学生が選択する人社系、STEAM 系、保健系等の専門分野
について、学部を超えて提供される構造へと変える。この取組により、STEAM 系
を専攻するAI のトップ人材や専門人材を育成するとともに、文理両方を学ぶこ
とにより必要なAI に関する素養を身に付けた人社系等を専攻する人材を育成す
る。また、大学のみならず高専や専門学校においてAI の専門人材を育成する。


21 ------------------------------------------------------------

これらの取組を通じ、Society 5.0 を支えるAI 人材を確保する。
 上記を具体化し、AI 等の高度専門人材を育成するため、全学的な数理・デー
タサイエンス教育の拡大・強化(拠点整備、標準カリキュラム等)を行う。大学
生・高専生〇万人あたりにつき1を目安に拠点を整備(箇所数は今後検討)し、
複数大学(放送大学・高専・民間企業を含む)による共同設置を可能とする。サ
ーティフィケート(CBT・IRT25で実施)取得者数に応じ官民で支援し、就職活動
でも活用される多様で多段階のサーティフィケートとする(データ・サイエン
ス協会、学会、産業界が協働。)。また、これらのような数理・データサイエンス
に関する教育プログラムの充実に取り組む大学に対する重点的な財政支援を行
う。
 また、「学位プログラム」導入による学部横断的な教育を行う(専門分野+AI・
データなど学部を超えた学位プログラム編成)。
 さらに、産学連携による実践的教育プログラムを開発・実施する(データサイ
エンティストなどの専門人材の育成)。MOOCs の活用などプロフェッショナル・
オンライン講座の開発を促進する。産業界からの投資を呼び込むインセンティ
ブについても検討する。

A地域の良さを学びコミュニティを支える人材の育成

高等学校が地元の自治体、高等教育機関、産業界と連携したコースで、例えば
福祉や農林水産、観光などの分野が学習できるよう環境整備等を行い、地域人材
の育成を推進する26。
 これを具体化し、地域の、地域による、地域のための高等学校改革を推進する
ため、「地域3 高校(地域キュービック高校)」を創設する。
 地域3 高校においては、地元市町村・高等教育機関・企業・医療介護施設・農
林水産業等のコンソーシアムを構築し、地域課題の解決等の探究的な学びの実
現等を通じて、地域に関する産業や文化等に関する特色ある科目(例:観光学)
を必ず履修させるなど、高等学校を地方創生の核として、生徒が「やりたいこと」
を見つけられる教育機関へと転換し、地域の良さを学びコミュニティを支える
人材を育成する。
 この際、コミュニティ・スクールである都道府県立高等学校において、市町村
長又は市町村教育長等を学校運営協議会の委員とすることを努力義務化し、都
道府県と市町村の連携を促進する。
 また、高等学校と地元市町村・企業等の連携により、地域課題の解決等の探求
的な学びを実現する仕組みの構築や、進路決定後に地元を離れる生徒も対象と
したインターンシップを促進する。

--------
25 IRT:Item Response Theory(項目反応理論)
26 長野県飯田市において、長野県飯田OIDE 長姫高等学校、松本大学、飯田市の3者によ
るパートナーシップ協定を締結し、地域人教育を通して地域人材を育成する取組が行われ
ている。


22 ------------------------------------------------------------

上記(1)〜(3)のSociety 5.0 に向けて必要な取組を着実に推進するため
には、前提となる基盤整備が必要不可欠である。教職員定数の改善など学校の指
導・事務体制の効果的な強化・充実、学校における働き方改革、教師の資質能力
の向上、地域と学校の連携・協働の推進などを進めるとともに、ICT 環境や施設
整備を進めることが重要である。

 Society 5.0 において、我が国が成長・発展を持続し、一人一人が豊かに生き
ていく社会を実現するためにも、本章で述べた施策を着実に推進していくこと
が、今後の教育行政に課せられた使命である。





(参考資料)略
「Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会」構成員
「新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース」構成員
Society 5.0 に向けた人材育成に係る大臣懇談会 議論の経過
新たな時代を豊かに生きる力の育成に関する省内タスクフォース 議論の経過




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