◆ H05.08.31 福岡地裁判決 平成2年(行ウ)第24号 福岡国体日の丸・君が代事件(損害賠償請求事件) 判示事項: 一 福岡国体実施要項中の参加資格の国籍条項、「日の丸・君が代」の国体開会式等の使用は憲法等に違反しないとされた事例 二 国体参加資格を各条例で定めるべきとの根拠はないとされた事例 三 福岡県実行委員会に対する公金支出は、憲法八九条後段に違反しないとして、地方自治法二四二条の二第一項四号の代位請求の訴えが棄却された事例     主   文  原告らの請求を棄却する。  訴訟費用は原告らの負担とする。     事   実 第一 当事者の求めた裁判 一 請求の趣旨 1 被告は、福岡県に対し金九五万円及びこれに対する平成二年一〇月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 仮執行宣言 二 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨 第二 当事者の主張 (請求原因) 一 当事者 1 原告らはいずれも福岡県に居住する住民である。 2 被告は、昭和五八年四月福岡県知事に就任し、現在に至っている。 二 公金の支出 1 第四五回国民体育大会福岡県実行委員会(以下「福岡県実行委」という。)の設置 福岡県(以下、単に「県」という場合の多くは福岡県をいう。)は、主催者として第四五回国民体育大会を開催するにあたり、県国体事務局を設け、かつその国体事務局を中核として「第四五回国民体育大会(冬季大会を除く。以下「大会」という。)を福岡県において開催するために必要な事業を行うことを目的とする」福岡県実行委を設置し、被告は、知事として自らその会長に就任し、県職員をその業務に従事させている。 2 補助金の交付  被告は、福岡県実行委に対し、平成元年度に金六億○四四六万九〇〇〇円を県の補助金として交付し、福岡県実行委は、被告に対し、補助金対象事業を実施した結果について、実績報告を行っている。  被告は、平成二年五月一八日補助事業の内容が補助金交付決定の理由に適合すると認め、福岡県実行委に対し補助金額の確定通知を行っている。 3 第四五回国体夏・秋大会実施要項(以下「実施要項」という。)の作製  福岡県実行委は、国民体育大会開催基準要項二四に基づいて、右補助対象事業の一環として平成元年一〇月に実施要項を作製し、平成二年一月県民情報センターに展示し、県民の閲覧に供した。 三 違法性 1 参加資格の国籍条項の違法性  実施要項五の参加資格には、「参加者は、日本国籍を有する者とする。」と記載され、平成二年五月一六日付け一部改訂で同附則には「学校教育基本法第一条に定める高等学校及び中学校に在籍する生徒については、日本国籍を有しない者であっても参加できる。」と改訂されたが、実施要項中の参加資格についての国籍条項は、憲法一一条、一三条、一四条に反するものである。 2 スポーツ振興法違反  「日の丸・君が代」、「天皇杯・皇后杯」、国籍条項の押し付けを内容とする実施要項は天皇制強化の押し付けであって「スポーツの目的外利用禁止」を定めたスポーツ振興法一条に違反する。 3 憲法、国際人権条約B規約違反  「日の丸・君が代」は法律上「国旗」「国歌」としての根拠がなく、仮に形式的根拠をもつとしても、それを国民に強制することは、公権力によって一定の思想信条の表現を国民に押し付け、強制することであって、憲法一九条、二〇条、二一条、国際人権条約B規約一八条、一九条に違反する。 4 実施要項作製手続きの違法性 (1) 基準要項二四は「実施要項は日体協において決定し、開催都道府県が作製する」旨規定しているが、右はスポーツ振興法六条の共同開催の趣旨に反し、開催都道府県の主体性を無視するもので、ひいては地方自治権の侵害ともなる違法無効な規定である。ところが、県は、実施要項作製にあたって、基準要項を無批判に受け入れ、その内容の適法性、妥当性を自ら主体的に審議していない点で、実施要項作製手続きは地方自治法二条、スポーツ振興法六条、憲法九四条、九八条、九九条に違反するものである。 (2) 県は、国体参加資格に国籍条項を定めるにあたっては、その必要性、合理性、適法性を議会に諮り、条例で定める義務があるにもかかわらず、これをしていない点で、地方自治法一四条二項、憲法三一条に違反する。 5 予備的主張(憲法八九条違反) (1) 仮に、基準要項二四の規定が適法・有効であり、国体開催にあたっては、基準要項に従うことが当然の前提であり、実施要項の作製等の内容に県が関与できないのであれば、国体は「公の支配に属しない教育若しくは博愛の事業」にあたり、国体に対する一切の公金の支出は、憲法八九条に違反する。 (2) 仮に、福岡県実行委は、県とは別個の団体で、県は補助金を出しているにすぎず、その業務の内容(実施要項の作製)に県が関与できないのであれば、福岡県実行委に対する公金の支出は、公の支配に属しない団体に対する公金の支出に該当し、憲法八九条に違反する。 四 損害  県の損害額は、実施要項作製業務に従事した県職員の給与まで含めると九五万円を下まわることはない。 五 監査請求  原告らは、平成二年六月二二日付けもしくは七月四日付けで福岡県監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づく監査請求を行ったところ、監査委員は、同年八月二五日付けで「請求に理由がない」との監査結果を原告らに通知してきた。 六 よって、原告らは地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、福岡県に代位して、被告に対し損害賠償として金九五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成二年一〇月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。 (請求原因に対する認否) 一 請求原因一の事実は認める。 二 請求原因二の1の事実中、福岡県が県国体事務局を設けたこと、被告が、知事として自ら福岡県実行委の会長に就任し、県職員を実行委の業務に従事させていることは認め、その他の事実は否認する。  請求原因二の2および3の事実は認める。 三 請求原因三の事実中、実施要項の参加資格に国籍条項があること、附則で一部改訂が行われたこと、基準要項では式典に関する事項中に国旗掲揚の記載があること、天皇杯・皇后杯が授与されていることについては認め、その他については争う。 四 請求原因四の事実は否認する。 五 請求原因五の事実は認める。 六 請求原因六は争う。 第三 証拠〈省略〉     理   由 一 請求原因一、五の事実については、当事者間に争いがない。 二 請求原因二の事実中、福岡県が県国体事務局を設けたこと、被告が、知事として自ら福岡県実行委の会長に就任し、県職員をその業務に従事させていること、補助金の交付および実施要項の作製の事実については、当事者間に争いはなく、〈書証番号略〉によれば、国体は、財団法人日本体育協会(以下「日体協」という。)、国および開催地の都道府県が共同して開催すること、〈書証番号略〉によれば、福岡県実行委は、国体を福岡県に開催するために必要な事業を行うことを目的とし、県の関係機関の長、各市町村の長、各民間団体の代表者等を構成員としていることが認められる。 三 請求原因三の1の事実中、実施要項の参加資格に国籍条項が存することについては当事者間に争いはないところ、原告らは、国籍条項が憲法一一、一三、一四条に違反すると主張するので判断するに、確かに、憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、我が国に在留している外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであることはいうまでもなく、これをスポーツに関していえば、国が日本国内において外国人が特定のスポーツをすることを禁止したとすれば、右措置が、憲法に違反することはいうまでもないところである。  しかしながら、国や県が国民や県民の心身の健全な発達と明るく豊かな国民生活の形成に寄与することを目的として国民体育大会や県民体育大会を開催する場合、右参加資格を日本国民や県民に限ったとしても、右憲法の規定に違反するとはいえない。なぜなら、憲法は、国民や県民の心身等の健全な発達等を目的として開催される国民体育大会等の参加資格までも外国人の参加資格を認めるべきであることを規定しているとは解されないからである。右は立法政策、行政政策の問題にすぎないのであって、原告ら主張の実施要項の一部改訂(〈書証番号略〉)もその政策の一環というべきものである。 四 請求原因三の2の事実中、基準要項では式典に関する事項中に日の丸の掲揚の記載があり、天皇杯・皇后杯が授与されることについては当事者間で争いがないところ、原告らは、日の丸・君が代、天皇杯・皇后杯の授与、国籍条項の押し付けを内容とする実施要項が、国民主権に反する天皇制強化の押し付けであってスポーツの目的外利用禁止を定めたスポーツ振興法一条違反であると主張する。  しかし、憲法は国民主権とともに象徴としての天皇を規定し、国民主権下の天皇制の存在を認めている。日の丸・君が代、天皇杯・皇后杯の授与、国籍条項が国民主権に反する天皇制強化の押し付けであるとの法的・論理的必然性は認められない。  次に、原告らは日の丸・君が代が「国旗」「国歌」として法的根拠を欠き、仮に法的根拠があるとしても、それを国民に強制することは、公権力によって一定の思想信条の表現を国民に押し付け、強制することであって、憲法一九条、二〇条、二一条、国際人権条約B規約一八条、一九条に違反する旨主張し、〈書証番号略〉によれば、日の丸・君が代が国旗・国歌であるかについて、未だ法的根拠を有するには至っていないなどの意見が発表され、かかる立場からの評論等も公刊されていることが認められるが、日の丸・君が代は、事実上多数の国民から国旗・国歌として扱われてきており、ほかに国民統合の象徴として用いられているものはない上、スポーツ振興法が国を含めた三者の共同開催を定めていることに照らせば、国民参加の国体の開会式等においてこれを用いることは、その目的に沿うということもできるのであり、これをもって個人の思想、信条の強制、表現の押付けであるとはいえない。 五 原告らは、基準要項二四「実施要項は日体協が決定する」との規定は、スポーツ振興法六条の共同開催の趣旨に反し、開催都道府県の独立性を無視するものである旨を主張するが、共同開催であっても、各業務を分担するのは避けられないところであり、毎年開催都道府県を異にして開催される国体において、その競技種目や参加資格が異なることは、参加者に無用の混乱を招くのであって、この概要が統一され一貫したものであることが望ましいことはいうまでもなく、〈書証番号略〉によれば、第四五回国体において作製された実施要項もその競技種目や参加資格等を定めるものであることが認められるのであるから、これがスポーツ振興法六条の共同開催の趣旨に反するとか開催都道府県の独立性を害するものとはいえない。  次に、原告らは、国体参加資格に国籍条項を定めるにあたっては議会に諮り、条例で定める義務がある旨主張するが、国体はスポーツ振興法により継続的に開催されるのであるから、その参加資格を都道府県の議会で審議するのは相当ではなく、また、条例で定めるべきものとの根拠は見い出し難い。 六 請求原因三の5については、前示のとおり国体は、国、日体協、県の三者が共同して開催するものであり、福岡県実行委は、国体を福岡県に開催するために必要な事業を行うことを目的とし、県の関係機関の長、各市町村の長、各民間団体の代表者等を構成員としているものであり、また、〈書証番号略〉によれば、福岡県実行委の具体的な事業は「大会開催に必要な総合計画」「日体協、文部省等の関係機関との連絡調整」等であることが認められるところ、国体は本来、国、日体協、県が共同開催する以上、開催に必要な事業もこれらの三者が行うべきものであるが、そのままこれらの三者が開催に必要な事業を行うことは不可能であるから、かかる事業を円滑に行わしめるべく開催地都道府県に実行委員会を設けたものと解される。とすると、実行委員会は、実質上は国・日体協・都道府県三者の機関として機能しているというべきものである。  このような実行委員会の性格に照らせば、福岡県実行委に対する福岡県の公金の支出は、「公の支配に属しない団体に対する公金の支出」には当たらないというべきである。  また、原告らは、国体が「公の支配に属しない教育もしくは博愛の事業」に当たる旨主張するが、国体は、国、日体協、県の共同開催にかかる事業であって「公の支配に属さない」といえないことは明らかである。 七 以上、いずれも国体に関する違法の各主張は理由がないので、その余の点につき検討するまでもなく、原告らの請求は失当である。 八 よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。 (裁判長裁判官 牧弘二 裁判官 横山秀憲 裁判官 小島法夫)