◆ H18.03.22 東京地裁判決 平成16年(行ウ)第426号 東京都立大泉養護学校入学式絵付きブラウス事件(戒告処分取消請求事件)     主   文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。     事実及び理由 第1 請求  被告が平成14年11月6日付けで原告に対してした戒告処分を取り消す。 第2 事案の概要  被告は,東京都公立学校教員である原告に対し,平成14年11月6日付けで,地方公務員法(以下「地公法」という。)29条1項1号,2号及び3号により戒告するとの懲戒処分(以下「本件処分」という。)をした。本件は,原告が,本件処分は処分事由を欠き懲戒権を濫用した違法なものであると主張して,その取消しを求める事案である。 1 前提となる事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により認められる。) (1) 当事者等 ア 原告は,昭和54年4月1日に東京都公立学校教員に採用され,以後,東京都立α養護学校,同β養護学校,同γ養護学校を経て,平成12年4月より,東京都立養護学校δ(以下「本件学校」という。)に勤務する者である。 イ 本件学校は,練馬区全区域・中野区・板橋区・杉並区・西東京市の一部を通学対象区域とし,小学部,中学部及び高等部を有する肢体不自由養護学校である。平成14年4月当時,原告は本件学校高等部に所属していた。 (乙1,4) ウ 被告は,東京都の教育に関する事務の管理・執行を行い,原告に対する処分権限を有する機関である。 (2) 本件処分の対象となった行為 ア 本件学校では,平成14年4月9日午前9時50分から,同校体育館(以下,単に「体育館」という。)において,平成14年度入学式(以下「本件入学式」という。)が挙行されることになっていた。  原告は,同日午前9時25分ころ,@右胸に縦約10センチメートル,横約15センチメートルの黒の枠を,また,その枠内の中央に直径約3センチメートルの塗りつぶした赤い丸を描き,この絵柄に向かって左上から右下方向に黒色の斜線を入れた模様や,A背中に直径約20センチメートルのハートの絵柄に鎖を描いた模様等(以下「本件図柄」といい,上記@を「本件図柄@」,上記Aを「本件図柄A」という。)が描かれた白無地のブラウス(以下「本件ブラウス」という。)を着用していた。  本件学校の校長a(以下「a校長」という。)は,原告に対し,本件ブラウスの上に上着を着用するよう口頭で命じた(以下「本件職務命令1」という。)が,原告はこれに従わず,上着を着用しないまま本件入学式に臨席した(以下「本件甲行為」という。)。 (甲3,7,20,乙2,4) イ 平成14年8月7日午前9時30分ころ,a校長は原告に対し,本件甲行為に関する事実確認のため,同日午前10時から事情聴取を行うので,校長室に来るよう命じた(以下「本件職務命令2」という。)が,原告はこれに従わなかった(以下「本件乙行為」という。)。(乙4,7) (3) 本件処分  被告は,原告の本件甲,乙行為が地公法32条,33条に違反するとして,平成14年11月6日付けで,同法29条1項1号,2号及び3号に基づき,原告に対し本件処分をした。(甲16,17) (4) 審査請求及び本件訴えの提起  原告は,平成15年1月10日,東京都人事委員会に対し,本件処分の審査請求をし,同委員会は,平成16年6月25日付けで原告の審査請求を棄却するとの裁決をした。(甲18,19)  原告は,平成16年9月21日,本件訴えを提起した。 2 争点 (1) 本件甲行為を理由とする本件処分は違法か否か (2) 本件乙行為を理由とする本件処分は違法か否か 3 争点に関する当事者の主張の要旨 (1) 争点(1)(本件甲行為を理由とする本件処分は違法か否か)について (被告の主張) ア 地公法32条違反 (ア) 「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」は,「第4章 特別活動」において,「特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」とするところ,高等学校学習指導要領は,「第4章 特別活動」の「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」において,「3 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする」(以下「国旗・国歌要領」という。)と定めている。原告は,本件学校の高等部に所属していたのであるから,上記高等学校学習指導要領の準用により,生徒に対し国歌掲揚・国歌斉唱の指導をなすべき職責を負う。 (イ) a校長は,学習指導要領を踏まえて,前任のb校長(以下「b前校長」という。)がした,本件入学式において国旗掲揚・国歌斉唱を実施するとの決定を踏襲することを決めた。ところで,原告は,全体の奉仕者として公共の利益のために勤務する者であり(憲法15条2項,地公法30条),法令や上司の職務命令に従って職務を遂行する義務(地公法32条)及び職務に専念する義務(同法35条)を負っている。したがって,a校長が,本件入学式において,国旗を掲揚することを決めている以上,これに従うべき立場にある。 (ウ) ところが,原告が着用した本件ブラウスに描かれていた本件図柄は,本件入学式における国旗の掲揚に反対する意思を外部に表示するものと認められたから,原告が本件入学式において本件ブラウスを着用することには問題がある。そこで,a校長は本件職務命令1を原告に発した。よって,本件職務命令1は合理的であり,適法である。 (エ) したがって,原告が本件職務命令1に従わず,上着を着用せずに本件入学式に臨席したこと(本件甲行為)は,地公法32条に違反する行為であり,同法29条1項1号ないし3号の懲戒事由に該当する。 イ 地公法33条違反 (ア) 地公法33条は,地方公務員には一般国民以上に厳しい,かつ,高度な行為規範に従うことが要求されていることから,信用失墜行為を禁止している。被告も,東京都立学校職員服務規程(昭和63年訓令第8号)第2条で,「職員は,全体の奉仕者として職責を自覚し,法令,条例,規則その他の規程及び上司の職務上の命令に従い,誠実,公正かつ能率的に職務を遂行しなければならない」(1項),「職員は,自らの行動が公務の信用に影響を与えることを認識するとともに,日常の行動について常に公私の別を明らかにし,職務や地位を私的な利益のために用いてはならない」(2項)と定めている。 (イ) 原告は上司であるa校長から,入学式という学校教育にとって非常に重要な行事に関して本件職務命令1を発せられ,これを充分に認識しながら,あえて職務命令に従わなかったのであるが,職務命令は地方公共団体が有機的組織体として活動する上で必要不可欠であり,職務命令違反は重大な非違行為を構成する。さらに,原告は教育公務員であり,児童・生徒の教育をつかさどる者として,住民から法令の遵守など高度な行為規範が求められる立場にある。このような点を勘案すると,原告の上記義務違反は,地公法33条が禁じている信用失墜行為に当たる。 ウ 本件処分の相当性  以上のとおり,本件甲行為は重大な非違行為に当たるから,本件甲行為を理由とする本件処分は適法である。 エ 原告の主張に対する反論 (ア) 原告は,本件甲行為は憲法19条の思想及び良心の自由,同21条の表現の自由により許容されるべき行為であり,にもかかわらず,当該行為の特質を考慮せずになされた本件職務命令1は権限を逸脱・濫用したものであって,違法・無効なものと主張する。しかし,本件職務命令1は,上着の着用を命じるものでしかなく,原告の内心にまで踏み込むものではないから憲法19条が問題となる余地はない。また,憲法21条についても,原告は地方公務員である以上,公務を優先すべきであって,入学式という重要な行事に自己の個人的見解を外部に表明することは許されない。加えて,そもそも,学習指導要領は法規としての性格を有するが,同要領において国旗・国歌要領が定められている以上,原告の表現の自由も制約を受けざるを得ないのである。したがって,本件甲行為が憲法21条により許容される余地はない。 (イ) 原告は,地公法33条が禁じる信用失墜行為に当たるというためには,いかなる信用がどのように失墜したかが具体的に主張,立証されなければならないと主張する。しかし,地公法33条が地方公務員に対して信用失墜行為を職場の内外を問わずに禁止したのは,公務の遂行に当たり,住民の地方公共団体に対する信用・信頼が重要であるからである。したがって,客観的に,住民の地方公共団体に対する信用・信頼が傷つけられるおそれがあると認められる行為であれば,同条が禁止する信用失墜行為に当たるのであって,具体的に,当該行為により職の信用・信頼が傷つけられたことは要件とならない。 (原告の主張) ア 被告の主張ア(地公法32条違反)について (ア) 地方公務員は,上司による職務行為に対して反対の意思表示をすることが一切が禁じられるものではなく,相当な方法・態様によるものである限り,憲法19条の思想及び良心の自由や,同21条の表現の自由により許容される。 (イ) そもそも「日の丸」が歴史的に軍国主義・全体主義・天皇絶対主権国家の象徴,侵略戦争の軍旗として使われてきたという歴史的背景に鑑みるならば,現憲法下での国旗には適しないし,「君が代」は歌詞が主権者としての天皇を賛美するものであって,文言自体が現憲法と両立しない。したがって,学校現場で「日の丸」の掲揚,「君が代」の奏楽を強行,強制することは憲法に違反し許されない。ところが,都立学校においては,近時,「日の丸」,「君が代」の掲揚・斉唱が強行されるようになり,原告が本件学校に赴任した平成12年4月当時に挙行された平成12年度入学式でも「日の丸」が掲揚され,「君が代」の奏楽がなされていた。そして,その後の平成12年度の卒業式,同13年度の入学式・卒業式でも,本件学校の教職員の反対にもかかわらず,「日の丸」の掲揚と「君が代」の奏楽は強行された。 (ウ) 原告は,かかる事態に対する抗議の意思を表明するために,本件図柄が描かれた本件ブラウスを着用したが,本件図柄は,入学式の式典性・祝祭性を考慮し,「日の丸」をデフォルメするなどの配慮を払って描いたもので,一見して「日の丸」であるとは見て取れない模様であるし,実際,原告が本件ブラウスを着用して本件入学式に臨席しても,本件入学式には何らの影響も生じなかった。 (エ) 上記(イ),(ウ)の事情に照らせば,本件甲行為は,上司の職務行為に対する意見表明として相当な方法・態様によるものといえるから,憲法19条の思想及び良心の自由や,同21条の表現の自由により許容される。ところが,本件職務命令1は,このような本件甲行為の特質を全く考慮せずになされたものであるから,同命令は権限を逸脱・濫用したものとして,違法・無効である。 (オ) 被告は,国旗・国歌要領を含めた学習指導要領が法規であると主張するが,国旗・国歌要領に教育現場を強制する法規としての拘束力を認めることはできない。また,国旗・国歌要領は国旗掲揚に関して教員の作為を求めていないし,学習指導要領の定めには,批判的な意見を禁じる定めはないのであるから,本件甲行為それ自体は,学習指導要領に直接に違反するものではない。しかも,本件では,a校長は職員会議の決定に反して,本件入学式における国旗掲揚・国歌斉唱を強行したという事情があるのであるから,これに対する批判的な意見表明でしかない本件甲行為は国旗・国歌要領には反しない。 イ 被告の主張イ(地公法33条違反)について  上司による職務命令に従わなかったことが,地公法33条が禁止する信用失墜行為に当たるものではない。信用失墜行為に当たるというためには,いかなる信用がどのように失墜したかが具体的に主張・立証されなければならない。しかし,本件では,本件入学式の直前に発せられた本件職務命令1の存在は,入学式参列者等には知られていない。また,本件入学式で,原告は本件ブラウスを着用していたが,それによる支障は何ら生じていない。したがって,本件において,原告に地公法33条違反の行為は認められない。 ウ 被告の主張ウ(本件処分の相当性)について  争う。 (2) 争点(2)(本件乙行為を理由とする本件処分は違法か否か)について (被告の主張) ア 地公法32条違反 (ア) a校長は,本件学校の校長として「校務をつかさどり,所属職員を監督する」立場(学校教育法76条,28条3項)にあるため,本件甲行為の事実関係を確認するべく,原告に校長室への来室を求めて事情聴取を行おうとした。しかし,原告は,本件図柄の意味や上着を着用しなかった理由についてのa校長の質問に,「答える必要はない」として応答を拒否した。そこで,a校長は本件甲行為につき慎重に判断するために,本件職務命令2を発した。 (イ) このように,本件職務命令2は,本件甲行為についての事実確認を目的とするもので,原告が主張するような同人の思想・良心を探知する目的でなされたものではないから,本件職務命令2が憲法19条に反することはなく,適法である。 イ 地公法33条違反  原告は上司であるa校長から本件職務命令2を発せられ,これを充分に認識しながら,あえて職務命令に従わなかったのであるが,そのような行為が地公法33条が禁じている信用失墜行為に当たることは,前記(1)の(被告の主張)イで述べたとおりである。 ウ 本件処分の相当性  以上のように,本件乙行為は重大な非違行為に当たるから,本件乙行為を理由とする本件処分は適法である。 (原告の主張) ア 本件職務命令1の違法・無効  そもそも,前記(1)の(原告の主張)アで述べたように,本件職務命令1は違法・無効であるから,原告に職務命令義務違反も存在しない。したがって,本件職務命令2自体の根拠がなく,無効である。 イ 被告の主張ア(地公法32条違反)について(ア) 原告は,本件入学式後,平成14年6月末ころに校長室へ呼び出されたことから,同年7月2日,校長室に赴いてa校長と面談をした。その際,同校長から平成14年4月11日付けのa校長宛の申入書を作成したのが原告であるかどうか尋ねられたので,これを率直に認めた。また,同月18日には,同校長による職務命令により校長室に呼び出され,事情聴取を受けた。この事情聴取の際,本件図柄@が国旗であるか否か尋ねられたが,本件図柄@が「日の丸」を表現しようとしたのかどうかという問いは,権力が個人の内心に踏み込む質問であり,それ自体が思想・良心の自由を侵すおそれのある質問である。そこで,原告は思想・良心の自由を守るためにその質問への応答を拒否した。  また,a校長ら本件学校の管理職は,本件甲行為を現認し,しかも写真撮影してその状況を保全しているのであるから,改めて原告に本件甲行為に関する事実確認をする必要はなかった。 (イ) しかし,a校長は,平成14年8月7日に本件職務命令2を発し,再度執拗に原告の内心の思想を調査しようとした。このように,思想・良心の自由を守ろうとする者に対し,さらに,繰り返し質問しようとし,質問の場に出頭させることを職務命令で強要するとすれば,思想・良心を理由に不利益取扱いするのにほかならないから,憲法19条に違反する。 (ウ) よって,本件職務命令2は憲法19条に反し,違法・無効である。 ウ 被告の主張イ(地公法33条違反)について  本件職務命令2の存在は,被告・管理職及び原告以外には知られていないし,原告がこれに従わなかったことによる支障は何ら生じていない。したがって,前記(1)の(原告の主張)イで述べた観点からすれば,本件乙行為が地公法33条違反となるものではない。 エ 被告の主張ウ(本件処分の相当性)について  争う。 第3 当裁判所の判断 1 認定した事実  前提となる事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件につき次の事実が認められる。 (1) 原告は,従来より,自身の家族が戦時中に体験した出来事や「日の丸」,「君が代」が先の大戦において果たしていた機能・役割等に照らし,入学式等の式典で国旗掲揚・国歌演奏を強行・強制することは許されないとの考えを有していた。(乙15,原告本人,弁論の全趣旨) (2) 原告が本件学校に赴任した直後に挙行された平成12年度の入学式では,国旗がグランドのポールと体育館に掲揚され(ただし,体育館における掲揚は三脚によるものであった。),また,国歌がテープで演奏されていた。(乙15)  原告は,この平成12年度入学式では,本件学校に赴任した直後で他の教職員の意向等を十分把握できなかったこともあり,国旗掲揚・国歌演奏に対する抗議行動はしなかった。しかし,平成13年3月に行われた平成12年度卒業式では,国旗の掲揚及び国歌の演奏(同式典では,体育館の緞帳に国旗が掲げられ,国歌がテープで演奏された。)に抗議の意思を表明するべく,「日の丸・君が代強制に反対」と記されたゼッケンを着用して式に臨んだ。そのため,本件学校の管理職は原告に注意をし,再びゼッケンを着用した場合には,職務命令を発することになると警告した。(乙15,原告本人)  そこで,原告は,抗議のメッセージを描いた服を着用して,国旗掲揚・国歌演奏に対する抗議を表明しようと考え,平成13年4月に行われた平成13年度入学式では,右胸,左胸及び背中にそれぞれ鳥の模様を描き,その中に「君が代やめて」,「日の丸いやです」,「日の丸 君が代 やめてください」等と記した白色のブラウスを着用した。また,同年度卒業式では,@右胸に赤い四角の枠を描き,その中に塗りつぶした赤い丸と花模様を描き,この絵柄に向かって右上から左下にかけて黒い斜線等を入れた図柄,A左胸に鳥を描き,その中に「19条9条」と記した図柄,さらに,B背中に赤く縁取られたハートの絵柄に鎖等を描いた図柄のあるブラウスを着用した。(甲24,25,原告本人)。  平成13年度の入学式・卒業式において原告が上記のような図柄のブラウスを着用していたことにつき,b前校長を含めた本件学校の管理職から原告に対する注意・指導はなかった。(原告本人) (3) 平成13年11月ころから,本件学校の入学式実行委員会において,本件入学式の実施要領等の検討・具体化作業が行われ,同会は平成13年12月の職員会議で,国旗掲揚・国歌演奏を実施しない内容の実施案を提示した。しかし,本件学校の管理職側はこれに異論を唱え,同月20日,b前校長は,国旗を外ポールと舞台正面の緞帳の前のバーに掲揚し,開式のことばに続いて国歌斉唱を行うとの案を入学式実行委員会に提示した。(甲12,乙3,13,15)  このb前校長の案に対し,教職員からは反対意見が出たが,b前校長はこれを認めず,本件入学式を同案のとおり実施することを決めた。(乙13,15)  入学式実行委員会や原告は,b前校長に対し,国旗掲揚・国歌斉唱の実施を再考するよう申し入れたが,双方の意見は平行線をたどり,b前校長は上記方針を変更しなかった。(甲1,2,乙15) (4) 平成14年4月,b前校長は転出し,a校長が本件学校に着任した。同校長は,同月5日ころに行われた本件入学式の打合せ会で,本件入学式の実施についてはb前校長の方針を踏襲すると述べた。これに対し,原告は,本件入学式での国旗掲揚・国歌斉唱の取止め等を求めたが,a校長からこれに対する特段の応答はなかった。(乙15,証人a,弁論の全趣旨) (5) 平成14年4月9日,原告は,教職員の反対意見があるにもかかわらず,入学式で国旗掲揚・国歌斉唱を実施することに抗議の意思を表明するため,本件図柄を描いた本件ブラウスを着用し,その上に上着を着用して登校した。(乙15,原告本人)  当日午前8時35分ころから,職員朝会が開催され,a校長は同朝会で教職員に対し,本件入学式に臨席するに当たっては,新入児童・生徒を迎えるにふさわしい服装をするよう求めたが,その時,原告は本件ブラウスの上に上着を着用していたため,a校長は本件ブラウスに描かれた本件図柄の存在には気付かなかった。(乙4,12,証人a)  その後,入学式の準備作業が始まったが,午前9時20分ころ,本件学校のc教頭は体育館から校舎へ移動する際に,上着を脱いでいた原告の着用しているブラウスに本件図柄@が描かれていることに気付いた。c教頭は,本件図柄@が国旗を否定しているように見えたため,国旗・国歌を指導する立場にある原告が,そのままの服装で本件入学式に臨席することは問題があると考えた。そこで,同教頭は,本件ブラウスが本件入学式の列席者の目に触れないようにするために,原告に対し上着を着用するよう求めたが,原告はこれに応じなかった。そこで,c教頭はa校長に上記の状況等を伝えた。(乙4,13)  c教頭から上記報告を受けたa校長は,c教頭とともに体育館へ向かい,体育館入口付近にいた原告の服装を観察して,原告が着用していたブラウスに描かれた本件図柄を確認した。a校長は,その模様等からして,本件図柄が本件入学式での国旗掲揚・国歌斉唱に対する抗議を表明するものと理解したことから,原告に対し,職務命令であることを明示した上で,2度にわたって,上着を着用するよう求めた(本件職務命令1)。しかし,原告は「思想・信条の自由がある,内心の自由がある」,「上着はありません」,「上着を着ません」と述べて,これに応じようとせず,上着を着用しないまま体育館に入り,本件ブラウス姿で本件入学式に臨席した(本件甲行為)。  なお,c教頭は,a校長と原告との上記やりとりの際,原告が本件ブラウスを着用している姿を写真撮影した。 (乙2,4ないし6,12,13,証人a) (6) a校長は,本件甲行為につき原告から事実確認及び弁明を求める目的で,本件入学式当日の平成14年4月9日午後及び同月11日の2回,c教頭を通じて原告に校長室への来室を指示した。原告は,会議出席等を理由にこれには応じない一方で,同月11日ころ,「国旗掲揚・国歌斉唱の強制,強行は違法であり,本件職務命令1は不当であり認められない」という趣旨が記載された同月11日付け申入書を作成してこれをa校長の机上に置いた。(甲4,乙4,5,15)  その後,a校長は原告に対し,上記申入書に対する回答を行うとして,数回にわたり校長室に来るよう求めたが,原告は,その都度,授業があることや勤務時間外であることなどを理由にこれに応じなかった。この間の平成14年7月2日,原告とa校長が話し合う機会があったが,そこでは,a校長から本件甲行為についての事実確認はなされず,上記申入書の作成者が原告本人であることが確認されたのみであった。(乙4,5,15,原告本人,証人a) (7) 平成14年7月17日,a校長は,原告に対し,本件甲行為の事実確認のため,翌18日午後3時に校長室へ来るように命ずる職務命令書を作成し,これを原告に交付しようとしたところ,受領を拒否されたので,文面を口頭で読み上げ,更に翌18日朝,再度同旨の職務命令書を作成して原告に交付した。そして,同日午後3時ころ,原告が校長室を訪れたので,a校長は,本件甲行為について原告に事実確認を行った。その際,a校長が原告に対し,本件図柄@のマークは国旗かどうかを尋ねたのに対し,原告は,「校長が見たので,私は答える必要はない」と答え,また,a校長が本件職務命令1に反した理由を尋ねると,「答える必要はない」と応答した。a校長は,原告に対し「事実確認をしている。答える機会を失うことになるがそれでよいか」と発言したが,原告の態度は変わらなかった。(乙4,5,12,15) (8) a校長は,平成14年7月18日の事情聴取でも,原告から質問に対する回答がほとんどなかったため,慎重に事実関係を確認しておく必要があると考え,平成14年8月7日午前9時20分ころ,c教頭を通じて,原告に対し,再度4月9日の職務命令違反について事実確認をするので,同日午前10時に校長室に来るように指示したが,原告は「私が不利になることはいわない」と述べてこれを拒否した。そこで,a校長は,同日午前9時30分ころ,再度原告に対し,4月9日の職務命令違反に関する事実確認を行うとして,当日午前10時に校長室への来室を求める旨の職務命令を発した(本件職務命令2)。a校長は原告に同命令書を交付しようとしたが,原告が受領を拒否したため,命令書を原告の机上に置き,午前10時まで校長室で原告の来室を待った。しかし,時刻を経過しても原告が来室しなかったので,同校長は再び原告のところへ赴き,原告に職務命令に従わない意向であるということかどうかを尋ねたところ,原告はこれに応答せず,無言のままであった(本件乙行為)。(乙4,5,7) (9) a校長は,平成14年8月29日付けで,本件甲,乙行為に関する報告書を作成し,これを被告に提出した。(乙4) 2 争点(1)(本件甲行為を理由とする本件処分が違法か否か)について (1) a校長が原告に対して本件職務命令1を発したことは前提となる事実(2)アのとおりであるところ,学校教育法76条により養護学校にも準用される同法28条3項によれば,校長は校務をつかさどり,所属職員を監督する地位にあるとされているから,校長は,所属職員である教諭の職務活動に対し必要な範囲で職務命令を発し得る権限を有すると解される。そして,このような校長の権限行使は事柄の性質上,その広範な裁量に委ねられていると解されるが,かかる裁量権の行使も,裁量権の範囲をこえ,またはその濫用があった場合には違法となる余地がある。そこで,本件職務命令1に裁量権の逸脱・濫用があったか否かにつき検討する。 ア 学校教育法73条(平成11年法律第87号による改正前のもの)は,盲学校,聾学校及び養護学校の高等部の学科及び教科は高等学校に準じて監督庁がこれを定めるものとし,学校教育法施行規則73条の10(平成12年文部省令第53号による改正前のもの)は,盲学校,聾学校及び養護学校の教育課程については,教育課程の基準として文部大臣が別に公示する盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領等によるものとしていた。これに基づいて定められた「盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領」は,第4章(特別活動)において,「特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずる」と定めるところ,学校教育法43条,学校教育法施行規則57条の2により定められ,平成11年3月に告示された「高等学校学習指導要領」(文部省告示第58号。以下「学習指導要領」という。)は,「学校行事においては,全校若しくは学年又はそれらに準ずる集団を単位として,学校生活に秩序と変化を与え,集団への所属感を深め,学校生活の充実と発展に資する体験的な活動を行うこと。」(第4章(特別活動)第2(内容)のC(学校活動)),「儀式的行事 学校生活に有意義な変化や折り目をつけ,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと。」(同Cの(1)),「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」(国旗・国歌要領。第4章(特別活動)第3(指導計画の作成と内容の取扱い)の3)と定めている(乙10,11により認められる。)。 イ(ア) ところで,学習指導要領は,文部大臣(現文部科学大臣)が,学校教育法41条及び42条がそれぞれ定める高等学校の目的及び教育目標に従って高等学校の学科及び教科に関する事項を定める権限に基づき,高等学校教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のため定めたものであり,全体としては,上記目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的基準と解することができるから,基本的には法規としての性格を有するものと解される(最高裁昭和51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁,同平成2年1月18日第一小法廷判決・裁判集民事159号1頁参照)。  したがって,a校長が,学習指導要領の国旗・国歌要領に従い,本件入学式において国旗掲揚・国歌斉唱を実施する方針を決定し,これを実施しようとしたことは,仮に本件学校においてこの方針に反対する教職員が多数存在したとしても,入学式実施責任者としての判断としては,正当なものとして是認することができる。 (イ) この点,原告は,国旗・国歌要領は,教育内容への国家関与が必要かつ相当と認められる範囲,すなわち,大綱的基準を超え,教育課程の細目に及んでいるため,法的拘束力は認められないと主張する。しかしながら,同要領の「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」との文言自体は一般的普遍的な基準を示すにすぎず,具体的にどのような教育をするか,また,どのように国旗を掲揚するか等の指導内容の詳細までは明示していない。さらに,国旗・国歌要領は,文部大臣が平成元年3月に告示した学習指導要領(文部省告示第26号)において定められるに至ったところ(弁論の全趣旨),証拠(乙12,15)によれば,国旗・国歌要領制定後,各高等学校において一律に入学式等の式典において国旗掲揚・国歌斉唱が実施されていたわけではなく,また,国旗の掲揚の仕方も,例えば,原告が本件学校の前に勤務していたγ養護学校では,国旗をポールに掲げる程度のものとする取扱いがなされていたことも認められる。このような国旗・国歌要領の文言や同要領制定後の国旗掲揚・国歌斉唱の実施状況等を踏まえるならば,国旗・国歌要領それ自体は,教育における機会均等の確保及び全国的な一定水準の維持を図るための大綱的な基準を定めたものといえ,これを超えるものということはできない。  また,原告は,a校長が職員会議の決定に反して,本件入学式で国旗掲揚・国歌斉唱の実施を強行したのであるから,これに反対の意思を表明した本件甲行為は国旗・国歌要領には違反しないとも主張するが,学校教育法施行規則23条の2によれば,職員会議は,校務をつかさどる(学校教育法28条3項)「校長の職務の円滑な執行に資するため」に置くことができる機関にすぎないのであるから,仮に,a校長が職員会議の決定に沿った対応をしなかったとしても,a校長の行為に違法等の問題が生じることはない。 ウ しかるところ,前記認定の事実によれば,原告は,本件入学式において国旗掲揚・国歌斉唱を実施するというa校長の決定方針に対し抗議の意思を表明する手段として,上着を脱ぎ本件ブラウスを着用した姿で入学式に臨席しようとしたことは明らかである。  確かに,本件ブラウスに描かれた本件図柄@のうち,長方形様の四角い枠と枠内の赤く塗りつぶした丸の部分それ自体は,国旗及び国歌に関する法律1条で定められた日章旗(国旗)とは制式が異なっており,日章旗そのものではない。しかし,外形的にみて,これが日章旗をイメージさせるものであることは否定できないし(原告本人も,この図柄が日章旗にデフォルメを施したものであることは自認している。),本件図柄@の斜線部分も,社会通念上,斜線が否定ないし禁止の意を示す印と捉えられていることを考慮するならば,日章旗を否定ないし禁止する趣旨のものであると客観的に理解される(現実に,本件図柄@を見たc教頭及びa校長は同図柄が国旗を否定する趣旨のものであると認識したことは,前記1(5)のとおりである。)。また,本件図柄Aも,ハートの図柄に鎖がかけられ,しかも,擬人化されたハートが困惑した表情で,涙を流している姿が描かれている(甲20)ことからすると,これを外形的に観察した場合には,内心の拘束・束縛に対する抗議の趣旨を込めた図柄であると読みとらざるを得ない。すなわち,本件図柄は,外形的にも,国旗掲揚・国歌斉唱への抗議を表明する趣旨が読み取れるものであったと認められる(これを否定する原告の主張は採用できない。)。  そうすると,本件入学式における国旗掲揚・国歌演奏の実施について本件学校内で見解の対立があったことは前記1(3)のとおりであるが,教育課程の一環として行われる本件入学式において,a校長の決定した国旗掲揚・国歌斉唱の方針に対する抗議表明を行うことは,入学式の趣旨に反するばかりか,本件学校の教職員間における国旗掲揚・国歌斉唱に関する対立状況をそのまま,児童・生徒,保護者及び来賓の面前に持ち込むものであって,これにより,入学式の参列者に不信感や違和感を生じさせ,式の円滑な進行に対する妨げとなるおそれがあることは否定できない。 エ 以上のとおり,本件ブラウスを着用した姿で入学式に臨席することは,教育課程の場においてa校長の決定した前記方針に抗議する意思を表明しようとするものであって,教育公務員たる原告の職責に抵触し,また,入学式の円滑な進行を妨げ混乱を招くおそれのある行為であったといわざるを得ない。そして,白色ブラウスという着衣に直接,メッセージ性の強い本件図柄を描くことにより,文字を記載したゼッケンの着用と同様の効果を生ずるといえることも勘案するならば,原告の着用するブラウスに描かれた本件図柄が直接,入学式参列者の目に触れないようにするため,a校長が原告に対し,上着の着用を求める本件職務命令1を発したことは,裁量権の行使としても合理的であったというべきである。 (2) 以上に対し,原告は,@公務員という地位にあっても,抗議の意思を表明することは,その態様が相当なものである限り,憲法19条の思想及び良心の自由や,同法21条の表現の自由により許容されるとし,また,A本件甲行為の態様は,入学式という式典性,祝祭性に合致したもので,一見しても国旗掲揚への反対の意思表明とはみられないものであるから,権利行使としては必要かつ相当な方法によるものであるとして,a校長の本件職務命令1は,裁量を逸脱・濫用したものとして違法であると主張する。  しかしながら,上記@の点に関しては,原告に対し,本件入学式に臨席する間上着を着用するよう命じた本件職務命令1は,そのこと自体が原告の思想及び良心の自由を直接侵害するものとはいえない。また,憲法21条の表現の自由は,民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないものであり,これをみだりに制限することは許されないものの,そのような自由といえども国民全体の共同の利益を擁護するため必要かつ合理的な制限を受けることは,憲法の許容するところであるというべきである。そして,前述のとおり,原告は,学校教育の一環として行われた本件入学式において,教職員間に見解の対立のある事項に関し,学校長が学習指導要領に従って決定した方針に対して抗議表明を行おうとしたものであるところ,地方公務員は全体の奉仕者であって(憲法15条2項),公共の利益のために勤務し,かつ,職務の遂行に当たっては,全力を挙げて専念すべき義務がある(地公法30条)ことを踏まえると,このような場において,上記のような意思表明を行うことは地方公務員としての職責に抵触するものであって,そのような行為が制約されるのはやむを得ないといわざるを得ない。したがって,本件甲行為が原告の思想・良心に基づいて発せられた抗議であり,かつ,原告としては,本件入学式の式典性や祝祭性に意を払っていたとしても,そもそも,憲法19条や21条により正当化されるような行為ということはできない。なお,原告の前記主張Aの点が採用できないことは,前記(1)ウにおいて述べたとおりである。  したがって,原告の前記主張は採用できない。  なお,原告は学校現場での「日の丸」の掲揚,「君が代」の奏楽の強行・強制は憲法に違反するとも主張するが,その論拠とするところは採用することができない。  そして,本件において,他に本件職務命令1がa校長の裁量を濫用・逸脱して発せられたことを裏付けるに足る事情も見当たらない。  よって,本件職務命令1が違法なものということはできない。 (3) 以上によれば,本件甲行為が地公法32条違反となることは明らかである。 (4)ア 次に,本件甲行為と地公法33条との関係につきみると,教育公務員がつかさどる教育事務も行政事務である以上,統一的・組織的な運営が行われることが,住民の地方公務員に対する公務の信頼・信用の重要な基礎となると解される。ところが,本件甲行為は,前述したように,教育課程の一環として行われる本件入学式において,a校長の決定した国旗掲揚・国歌斉唱の方針に対する抗議表明を行うというもので,入学式の趣旨に反するばかりか,本件学校の教職員間における国旗掲揚・国歌斉唱に関する対立状況をそのまま,児童・生徒,保護者及び来賓の面前に持ち込むものであって,これにより,入学式の参列者に不信感や違和感を生じさせ,式の円滑な進行に対する妨げとなるおそれがあるものであった。しかも,原告は,上司であるa校長から2度にわたって発せられた本件職務命令1を一顧だにしていないのである。してみれば,本件甲行為は,本件学校の統一的・組織的運営に対する信頼・信用を害するものと評せざるを得ない。  したがって,本件甲行為は,その職の信用を傷つけ,又は職員の職全体の不名誉となるような行為に当たるといえる。 イ これに対し,原告は,本件甲行為が地公法33条が禁止する行為に当たるというためには,当該行為により東京都の教育公務員に対する信用が害されたことが具体的に主張・立証されなければならないとした上,本件職務命令1ないし本件甲行為の存在は,本件学校の管理職以外の教職員や入学式の参列者には認識されていなかったし,本件ブラウスの着用によっても本件入学式には何らの支障も生じていないと主張する。しかしながら,地公法33条は「職員は,その職の信用を傷つけ,又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない」と定めるだけで,原告主張のような具体的な信用毀損の結果が生じたことを要件としていない。また,同条は,地方公務員が全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し,且つ,職務の遂行に当たっては,全力を挙げてこれに専念しなければならない地位にあり(地公法30条),それゆえ,地方公務員には一般の国民以上に厳しい,かつ,高度の行為規範に従うことが要求されることに鑑み,かかる行為規範を法律上の規範として定めたものと解される。そうだとすると,問題となる当該行為を公務員の社会的地位や国民感情を踏まえて客観的にみた場合に,これが公務の信用・信頼を害するおそれのある行為と評価される行為であれば,地公法33条で禁止される行為に当たると解するのが相当であり,したがって,当該行為により具体的に何らかの支障等が生じなかったとしても,これが地公法33条該当性の判断を左右することはないというべきである。そして,これを本件につきみると,本件甲行為が,本件学校の統一的・組織的運営に対する信頼・信用を害するものと評されることは上記のとおりである。  また,地公法33条の該当性を上記のように解するならば,実際の行為の時点において,その行為をどの範囲の者がこれを認識していたかは問題とならない。  したがって,原告の上記主張はいずれも採用できない。 (5) 以上によれば,本件甲行為は地公法32条,33条違反を構成するから,同法29条1項1号ないし3号の懲戒事由に該当することは明らかである。そして,前記(1),(4)で述べたような行為の態様等からすると本件甲行為の情状は決して軽視されるべきものとはいえないのに対し,本件処分が懲戒処分としては最も軽度の戒告の処分であることを勘案すると,本件甲行為を理由とする懲戒権限の行使には逸脱・濫用は認められない。  すなわち,本件甲行為を理由とする本件処分は適法である。 3 争点(2)(本件乙行為を理由とする本件処分が違法か否か)について (1) a校長が原告に対し,本件甲行為につき事実確認を求めるとして,本件職務命令2を発したことは前提となる事実(2)イのとおりである。そこで,まず,本件職務命令2に裁量権の逸脱・濫用があったか否かにつき検討する。 ア 前記1(6)ないし(8)によれば,a校長は,本件甲行為の直後から本件職務命令2を発するまでの間,数度にわたって,原告に対し本件甲行為に関する事実確認等のため校長室への来室を指示したものの,この間,原告とa校長が直接に話し合ったのは,平成14年7月2日と同月18日の2回だけであり,そのうち,本件甲行為についての事実確認が行われたのは7月18日のみである。そして,7月18日の事実確認の際には,a校長が原告に,本件図柄@が国旗であるかどうか,また,なぜ,本件職務命令1に違反したのかを尋ねたのに対し,原告は「校長が見たので,私は答える必要はない」,「答える必要はない」として応答を拒否した。 イ ところで,証拠(乙12,14)及び弁論の全趣旨によれば,a校長が上記のように数度にわたって,原告に校長室への来室を求めたのは,同校長が,本件甲行為について服務事故報告を被告に提出しなければならない立場にあり,そのため原告に事実を確認する必要があったためと認められる。かかる事情に加え,上記アで触れた本件甲行為後の原告とa校長との間のやりとりにおける原告の態度や,前記2(1)ウのとおり,本件図柄@が,国旗及び国歌に関する法律1条で定められた日章旗そのものではなかったことを勘案すると,a校長が慎重を期して本件甲行為の事実関係を再度確認する必要があると判断したこともあながち不合理ともいえない。したがって,a校長がなおも,事実確認を行う必要があると判断して本件職務命令2を発したことは,その権限を濫用し,逸脱するものとまではいえない。 (2) そうすると,この職務命令に従わなかった本件乙行為は,形式的には,地公法32条に違反する行為であって,同法29条1項1号ないし3号に該当するということになる。しかしながら,翻って考えるのに,公務員に対する懲戒処分は,当該公務員に職務上の義務違反,その他,単なる労使関係の見地においてではなく,国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務することをその本質的な内容とする勤務関係の見地において,公務員としてふさわしくない非行がある場合に,その責任を確認し,公務員関係の秩序を維持するため,科される制裁であるから,地方公務員につき地公法所定の懲戒事由があるというには,懲戒処分事由と懲戒処分が均衡するだけの比例的な対応関係があることが必要であるというべきである。  上記観点から本件乙行為をみるに,前記認定事実によると,そもそも,本件職務命令2は,本件甲行為という服務事故について事実確認を行うことを目的としたものであったところ,本件甲行為自体は,a校長やc教頭がこれを現認し,またc教頭が本件ブラウスを着用した姿を写真撮影していたから,客観的事実関係は原告による事実確認をさほど必要とするものではなかったといえること,原告は,既に7月18日,上記と同一目的で発せられたa校長の職務命令に従って校長室に出頭していること,その際,a校長が質問した事項は,本件図柄@が日の丸か否か,また原告が本件職務命令に従わなかったのはなぜかという,主として原告が本件甲行為に及んだ動機や意図にかかわるものであったところ,原告は,これに対して答えたくないとの意思を明確にし,a校長から弁明の機会を失うことになる旨の指摘を受けても態度を変えず,本件職務命令2が発せられた当日にも,c教頭を通じての呼出しに対し,自己に不利なことは言いたくないとして従前同様の意思を明確に表明していたことが認められる。そうすると,本件乙行為も,上司であるa校長の職務命令に従わなかったという形式的側面にのみ着目するのは相当ではなく,むしろ,原告が本件甲行為に及んだ意図等については説明する意思のないことを表明する行為として捉えるべきものである。そして,非違行為を起こした者がいかに公務員の地位にあるからといって,当然に自己に不利益な事柄の供述を強制されるべきものではないことを考慮すると,本件乙行為は公務員としてふさわしくない非行と直ちにいい得るものではなく,したがって,本件甲行為とは別に,本件乙行為をことさら取り上げてこれを懲戒の対象とすることは,社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権を逸脱するものというべきである。  以上の理は,地公法33条の関係においても同様であり,仮に本件乙行為が形式的には同法に違反するとしても,これをことさら懲戒の対象とすることは,社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権を逸脱するものというべきである。  したがって,被告が本件乙行為について原告に懲戒を行うことは,懲戒権限を逸脱し濫用するものといわざるを得ない。 4 結論  以上のとおり,本件処分は,本件乙行為を処分理由に加える限りにおいては権限濫用の誹りを免れないけれども,先に述べたとおり,原告が本件甲行為に及んだことは,地公法32条,33条に違反するものであり,これを理由に被告が本件処分をしたことについては適法なものとして容認できるから,結局,本件処分は適法であって,原告の本訴請求は理由なきに帰する。  よって,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第11部 裁判長裁判官 三代川三千代 裁判官 土田昭彦 裁判官 篠原淳一