◆ H18.09.12 東京地裁判決 平成15年(行ウ)第536号 国立第二小学校・卒業式国旗掲揚抗議事件(懲戒処分取消請求事件) 口頭弁論終結日 平成18年6月20日     主   文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。     事実及び理由 第1 請求  被告が平成12年8月11日付けで原告らに対してした懲戒処分をいずれも取り消す。 第2 事案の概要  本件は,被告から戒告処分を受けた原告らが,原告らには懲戒事由は存在しないし,被告が懲戒権を濫用したと主張して,被告に対し,原告らに対する戒告処分の取消しを求めた事案である。 1 前提事実(証拠を掲記した事実以外は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。) (1) 原告らは,いずれも,東京都公立学校教員として採用され,平成12年3月24日当時,東京都国立市立第二小学校(以下「第二小学校」という。)に教諭として勤務していた。 (2) 被告は,地方教育行政の組織及び運営に関する法律に基づいて,東京都の教育に関する事務の管理を行い,原告らに対する処分権限を有する機関である。 (3) 第二小学校における平成11年度卒業式(以下「本件卒業式」という。)は,平成12年3月24日に行われた。  同校のS校長(以下「S校長」という。)は,本件卒業式に先立って,同校の屋上に国旗を掲揚した。  また,原告らは,リボン(以下「本件リボン」という。)を着用して本件卒業式に出席した(乙16,18,49,乙31の1,2,原告B(以下「原告B」という。)本人)。本件リボンは,幅1センチメートル程,ライトブルー,布製のものをループ状(α字型)に丸めたもので,ループ状になったリボン全体の大きさは,縦約5センチメートル,横約3センチメートルであり,文字などは記載されていなかった。 (4) 被告は,平成12年8月11日,原告らに対し,別紙一覧表記載の理由により戒告処分(以下「本件処分」という。)を行った。  なお,F教諭(以下「F」という。)も,同様の理由により,戒告処分を受けた。 2 当事者の主張 (1) 被告の主張  @ 別紙一覧表記載の事実のうち,校長室におけるやり取りは,原告らが,国旗を掲揚したS校長に対する抗議行動として行ったものであり,地方公務員法(以下「地公法」という。)33条が規定する信用失墜行為に該当する。  A 別紙一覧表記載の事実のうち,リボンの着用の点は,原告らが,国旗を掲揚したS校長に対する抗議の意思を外部に表明すべく,本件卒業式において本件リボンを着用したものであり,地公法35条の職務専念義務に違反し,同法33条が規定する信用失墜行為に該当する。  B 被告は,上記のとおりの二つの非違行為を理由として本件処分をしたものであり,裁量権の逸脱も手続違反もない。 (2) 原告らの主張  @ 教育活動事項に関して意見を述べることは教員の責務であるところ,原告らは,職員会議等において十分な議論を尽くすことなく国旗を掲揚したS校長に対して,卒業式を心から祝うということを考えて欲しい,あるいは,子供たちに説明して欲しいといった心情から,質問し,話合いを求め,反対意見を述べただけであり,校長室でのやり取りも平静に進められ短時間のうちに終了していることからすれば,原告らのこのような行為が信用失墜行為に該当するとはいえない。  なお,S校長は,前日に行われた職員会義において,教職員に対し,国旗を掲げた後なら話し合うと述べていた。  A 原告らは,国旗を掲揚したS校長に対する抗議の意思を外部に表明すべく本件リボンを着用していたわけではない。  そして,本件リボンの大きさ,形状,色彩,文字なども記載されていないことなどからすれば,本件リボンの着用は,いささかも原告らの職務に支障を及ぼす余地のないものであり,職務専念義務に違反するものではない。  また,本件のような態様での本件リボンの着用は,このうえない消極的で穏当な思想 良心の発露の手段であるから,これを理由として処分することは憲法19条の思想及び良心の自由を侵害する。  仮に,本件リボンの着用が思想及び良心の自由の保護の対象にならないとしても,憲法21条で保護される表現行為に該当する。  B 国立市教育委員会(以下「市教委」という。)は,平成12年7月11日付けで,被告に対し,本件処分の前提となる内申(以下「本件内申」,という。)をしたが,市教委がした本件内申も,これに基づいて被告がした本件処分も,「国立の教育改革」,「国立の教育正常化」を加速させるため,その妨げとなると考えた教員を封じ込める意図を持って行われたものである。  したがって,本件内申及び本件処分は,懲戒制度の目的と関係のない目的(他事考慮)に基づいてされたものであり,裁量権を逸脱した違法なものというべきである。  同様の理由で,教育が国民の信託に応えて自主的に行われることを歪める不当な支配にあたるというべきであり,本件内申及び本件処分は,教育基本法10条1項にも違反している。  C 原告らは,本件処分を受けたことにより,履歴書に処分歴が記載される上,必然的に3か月の昇級延伸処分を受けることに伴う経済的な不利益(例えば,原告D(以下「原告D」という。)については総額49万6527円,原告C(以下「原告C」という。)については総額20万3330円,原告E(以下「原告E」という。)については総額51万6582円)を被った。  このように,本件処分によって原告らが被った不利益は,本件処分の対象となった行為に比べて大きすぎるから,本件処分は,比例原則に違反しており,裁量権を逸脱した違法なものというべきである。  D 本件処分は,組合(職員団体)や組合員の活動力をそぎ,従前国立市で行われていた教育を一方的に改変していくことを目的として,組合に所属する原告らのみを対象として行われたのであって,公平原則に違反しており,裁量権を逸脱した違法なものというべきである。  E 被告は,市教委から事故報告も提出されていない時点で,原告らに対する事情聴取を行ったが,地方教育行政の組織及び運営に関する法律の趣旨からすれば許されないというべきである。  また,仮に市教委が作成した中間報告書を事故報告書として捉えるとすれば,市教委がした事情聴取は処分を前提とした事情聴取となる。市教委は,聴取内容をもとに被告への報告書を作成する旨の告知をすることもなく原告らの事情聴取を実施し,必要もないのに思想,信条等に関する事項についてまで聴取したが,これは,被告が定めた事故発生報告等事務処理要綱に違反している。  本件処分は,このような手続違反の事情聴取に基づいてされており,手続上も違法というべきである。 第3 当裁判所の判断 1 本件処分に至る経緯等について (1) まず,前記前提事実及び後掲各証拠によれば,次のとおりの事実を認めることができる。  @ 小学校学習指導要領(以下「学習指導要領」という。)は,「第4章 特別活動」において,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている。  文部省(現文部科学省)初等中等教育局長等は,平成11年9月17日付けで,各都道府県教育委員会教育長等に対し,卒業式及び入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施率が一部都道府県等において低いことを指摘した上で,「貴管下の学校における実施状況等を的確に把握し,各学校の卒業式及び入学式における国旗及び国歌に関する指導が一層適切に行われるよう引き続きご指導をお願いします。」との通知を出し,これを受けて,被告は,同年10月1日付けで,各区市町村教育委員会教育長等に対し,「各学校における国旗及び国歌の指導が,一層適切に行われますよう,指導の徹底をお願いします。」との内容の通知を出した。  また,東京都教育庁指導部主任指導主事らは,平成12牢1月6日,市教委を訪れて,教育長らから現況報告や基本方針等の説明を受けた上,国旗掲揚及び国歌斉唱の実施を強く指導助言した。  市教委は,同月28日付けで,国立市立小・中学校長に対し,「平成11年度卒業式及び平成12年度入学式においては,学習指導要領に基づき適正に実施されるよう通知する。」旨の通知を出した。(乙5,7,8,26,弁論の全趣旨)  A S校長は,学習指導要領等を踏まえて,本件卒業式において国旗掲揚及び国歌斉唱を実施すべきであると考え,平成12年1月12日,同月26日,同年2月23日,同年3月1日に行われた職員会議において,教職員に対し,本件卒業式で国旗掲揚及び国歌斉唱を実施したいなどと述べたが,教職員がこれを了承することはなかった。(甲29,乙32の1ないし4)  B ところで,国立市内の各小中学校の校長で組織する校長会においては,卒業式に際しては最低でも屋上に国旗を掲揚し,可能であれば体育館(式場内)にも国旗を入れること,できれば国歌も斉唱することを方針として確認しており,校長会が,同年3月上旬ころ,立川警察署を訪れ,国旗掲揚に対する妨害行為への対応について相談した際には,学校内に教職員を入れずに国旗を掲揚したらどうかとのアドバイスを受けた(乙13,42,43)。  そこで,S校長は,同月21日ころ,本件卒業式に際して屋上に国旗を掲揚することを前提として,立川警察署長に対し,警備のため警察職員を派遣するよう要請した(乙29)。  C そして,S校長は,同年3月22日に行われた職員会議において,教職員に対し,国立市の置かれている状況等を踏まえると「今年に限り,式場の中に国歌,国旗を持ち込まない方がよいと考えている。混乱が予測されるので,国旗を屋上に掲げて実施する。校地内には警察の立入りを禁止したが,外の団体が入るのを避けるため,校地外の警備は依頼している。混乱のないように協力して欲しい。」などと述べ,警察に警備を依頼したことを伝えるとともに,国旗を屋上に掲揚するとの校長としての判断を示した。  しかしながら,S校長は,教職員から「明日も話合いをして欲しい。」などと求められたため,翌日も職員会議を開いて話し合うこととした。(乙32の6)  D S校長は,同月23日午後2時30分から始まった職員会議の最初の段階で,教職員に対し,「昨日,校長判断を述べた。卒業式当日は市職員5名を配置する予定であり,校地外は警察が警備している。市職員と管理職で午前7時30分に国旗を掲げた後,教職員を校地内に入れる。」「昨日の校長判断を守って欲しい。いろいろな角度の,いろいろな考えの人からの要請を考えた上での決断であり,守って欲しい。」などと述べ,本件卒業式当日における国旗掲揚についての具体的な段取りを伝えるとともに,校長としてした判断に従うよう求めた。  これに対し,教職員から多くの反対意見が述べられる(校長の判断を指示(ママ)する意見は,教頭の発言以外なかった。)などして,職員会議は午後11時30分ころまで続いたが,S校長は,最後の段階においても,教職員に対し,屋上に国旗を掲げるという結論を変えることはない旨述べるとともに,この結論に従うよう求めた。  なお,教職員は,S校長に対し,翌朝も話合いを行うよう求めたが,S校長は,翌日午前7時に校門の外で,教職員からの質問事項に回答することを約束した。(乙32の7)  E S校長は,同月24日午前7時ころから,第二小学校東門において,教職員から出された質問事項に回答するなどした後,G教頭と二人で,午前7時40分ころ校舎内に入り,午前7時50分ころ屋上に国旗を掲揚した。(乙12)  F 原告Bは,同日午前8時の少し前ころに出勤したが,屋上に国旗が掲揚された経緯について同僚教員から聞いて強い憤りを覚え,午前8時すぎころ,校長室に押し掛け,式辞に目を通していたS校長に対し,「校長先生,これはどういうことなんですか。」,「鍵をかけてまで掲げることはないのではないか。」,「教員を入れないで国旗を掲げたのはおかしい。」などと述べ,S校長が国旗を掲揚したことに抗議した。(乙20,22,42,48,原告B本人)  G また,原告Bを除く原告ら及びFを含む十数人程度の教職員は,同日午前8時10分ころ,校長室に押し掛け,式辞に目を通していたS校長に対し,口々に国旗を早く降ろすよう求め,S校長が国旗を掲揚したことに抗議した。  このとき,原告A(以下「原告A」という。)は,「早く降ろして欲しい。」などと,原告Cは,「こういう形でやられるのは残念だ。」などと,原告Dは,「子供たちが来る前に降ろしていただきたい。」などと,原告Eは,「降ろせ。何時まで掲げているんだ。」などと,Fは,「何時ころ降ろすのか。」などと発音した。  S校長は,午後8時20分ころ,上記原告らに対し,国旗を降ろす時間を市教委に確認するので出て行って欲しい旨述べたところ,上記原告らは退室した。(乙12,15ないし20,25,42,原告A本人)  H 本件卒業式は,同日午前10時から行われたが,原告ら及びFを含む多くの教職員は,本件リボンを着用して出席した。  ところで,「心の強制を許さない市民ネット」という団体が,卒業式や入学式での国旗や国歌を拒否するという意思を表明する印として「ピースリボン」を作成し,販売しているが,本件リボンは,リボンの幅,ループ状という形状,全体の大きさという点で,ピースリボンに似通っていた。(乙3,4,12ないし20)  I 本件卒業式は,特に大きな混乱もなく終了し,同日正午すぎには,予定行事のすべてを終了した。(甲30,乙41,原告B及び同A本人)  J 被告は,同年8月11日,原告らに対し,本件処分を行った。 (2) 原告Bは,本人尋問において,上記Fについて,S校長が国旗を掲揚したことに抗議したわけではなく,同校長に質問をしたかっただけである旨供述する。  しかしながら,原告Bは,被告からの事情聴取の際には,国旗を掲揚したS校長に対して抗議をしに行った旨供述している(乙20)上,上記認定のとおりの原告Bの発言内容や,国旗掲揚の直後に行われた行為であることをも考慮すれば,抗議行為ではなかったという原告Bの供述を採用することはできない。 (3) また,原告Bを除くその余の原告らは,上記Gについて,抗議行為ではなく,S校長に対して質問し,話合いを求め,反対意見を述べただけであると主張している。  しかしながら,原告Aは,抗議の意思があったことを認めている。(本人尋問)上,上記Gのとおり,原告Aらは,S校長が国旗を掲揚した直後に,多人数で校長室に押し掛け,自らの主張を一方的に述べていることや,原告Aらの発言内容に,上記A,C,Dの経緯からも明らかなとおり,原告Aらを含む第二小学校の教職員らが国旗掲揚について強い反対の意思を有していたことをも総合考慮すれば,上記のような原告Bを除くその余の原告らの主張も採用することはできない。 (4) なお,原告らは,S校長が,平成12年3月23日に行われた職員会議において,教職員に対し,国旗を掲げた後なら話し合うと述べていた旨主張し,乙32の7中には,S校長の発言としてこのような内容のものが記載されている。  しかしながら,乙32の7によれば,S校長は,上記職員会議において,一貫して,屋上に国旗を掲揚するとの校長判断を変更するつもりはないとした上で,卒業式に支障を生じさせてはいけないとの配慮から,教職員,との話合いを翌日に継続するつもりはないと述べているのであって,このようなS校長の態度からすれば,国旗掲揚後であれば何時でも教職員と話し合うという趣旨の発言を同校長がしたとするには疑問があるが,仮に,このような趣旨の発言をS校長がしていたとしても,原告Bや原告Aらのした行為が抗議行為であったとする上記認定を左右するものではない。 (5) ところで,原告らは,本件卒業式において本件リボンを着用しているところ,被告は,国旗を掲揚したS校長に対する抗議の意思を外部に表明すべく原告らが本件リボンを着用したと主張する。  これに対し,原告らは,このような被告の主張を否定し,「リボンは,平和を祝う意味かと思う。」(原告B,乙20),「平和の象徴というようなことでリボンを付けた。」(原告A,乙49〉,「リボンは,平和を願うためのものである。」(原告D,乙17),「リボンを付けたのは,平和を願う気持ちからである。」(原告C,乙16),「平和を表すためリボンを付けた。」(原告E,乙18)などと供述する。  しかしながら,平和を願うとか,平和を祝うといった漠然とした目的のために,わざわざ本件リボンのような形状のリボンを着用して卒業式に出席するというようなことは通常考えられない上,原告らが本件リボンのような形状のリボンを着用して卒業式や入学式に出席したのも初めてのことであったと認められる(乙49,原告B本人,弁論の全趣旨)にもかかわらず,原告らがあえて本件卒業式において本件リボンを着用した理由について上記のような説明しかしていないことからすれば,上記のような原告らの供述には疑問がある。  そして,上記のとおり,原告らを含む第二小学校の教職員らは,国旗掲揚について強い反対の意思を有しており,職員会議においても,屋上に国旗を掲揚するというS校長の判断に強く反対していた上,原告らは,本件卒業式のわずか2時間足らず前の時間帯に,国旗を掲揚したS校長に対する抗議行為を行ったのであって,このような事情に,卒業式や入学式での国旗や国歌を拒否するという意思を表明する印として「ピースリボン」という物が販売されており,本件リボンがこれに似通った物であることをも考え合わせれば,被告が主張するとおり,国旗を掲揚したS校長に対する抗議の意思を外部に表明すべく原告らが本件卒業式において本件リボンを着用したと認めるのが相当である。 2 前記1,(1),F及びGの行為が信用失墜行為にあたるかどうかについて (1) まず,学校教育法28条3項によれば,校長は,公務をつかさどる地位にあり,学校の事務全体を掌握し,処理する権限を有するが,校長が有するこのような権限は,事柄の性質上,その広範な裁量に委ねられていると解される。  S校長は,このような権限に基づいて,本件卒業式に際し,屋上に国旗を掲揚するとの判断をし,これを実施したと解されるところ,その法的拘束力の有無についてはともかくとしても,学習指導要領に前記1,(1),@のとおりの規定が置かれていることや,東京都の教育に関する事務を管理する権限を持つ被告が,国旗及び国歌の指導を一層適切に行うよう指導の徹底を依頼する通知を出したなどの前記1,(1),@で認定したとおりの事情を参酌すれば,S校長が国旗を掲揚するとの判断をし,これを実施したことが校長の上記権限を逸脱するものであったと解することはできない。 (2) そうすると,S校長もその正当な職務権限に基づいて,国旗を屋上に掲揚するとの判断をし,原告らを含む教職員に対し,その判断に従って協力するよう求めた上で,屋上に国旗を掲揚したのであるから,原告らとしてもこれらに従うべきであったと解されるにもかかわらず,原告らは,S校長が国旗を掲揚したことに不満を持ち,本件卒業式のわずか2時間足らず前の時間帯に,一人又は多人数で校長室に押し掛け,本件卒業式の準備をしていたS校長に対して,自らの主張を一方的に述べるなどして抗議の意思を表明したのであって,もともと全体の奉仕者として一般の国民以上に厳しく,高度の行為規範に従うことが要求される公務員たる原告らがしたこのような行為は,教育公務員としての原告らの職責に抵触しているといわざるを得ず,教育公務員としての公務の信用,信頼を害するおそれがあり,また,教員という職全体の不名誉となる行為として,信用失墜行為に該当すると認めるのが相当である。  なお,原告らが主張するとおり,原告らの抗議行為は,それほど長時間に及ぶものではなかったし,また,激しいものであったと認めるに足る適切な証拠はないが,この程度の事情で上記判断を左右するとは解されない。 3 前記1,(1),Hの行為が職務専念義務に違反する行為といえるか,また,信用失墜行為にあたるかどうかについて (1) 公務員は,その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い,職務にのみ従事すべき義務を負っている(地公法35条)ところ,この職務専念義務は,職員がその精神的・肉体的活動力のすべてを職務の遂行にのみ集中しなければならず,職務以外の行為をしてはならない義務をいうものと解される。  原告らが,国旗を掲揚したS校長に対する抗議の意思を外部に表明すべく,本件卒業式において本件リボンを着用したことは前記1,(5)のとおりであるところ,S校長がその正当な職務権限に基づいて国旗を掲揚したことも前記2,(1)のとおりであって,教育課程の一環として行われる本件卒業式において国旗掲揚に対する抗議の意思を表明することが原告らのなすべき職務にあたると見ることはできないから,精神的活動の面から見れば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかったものといわざるを得ないのであって,本件卒業式において本件リボンを着用した原告らの行為は,職務専念義務に違反するものであったと認めるのが相当である。 (2) この点に関し,原告らは,本件リボンの着用はいささかも原告らの職務に支障を及ぼす余地のないものである旨主張するところ,本件卒業式が特に大きな混乱もなく終了したことは前記1,(1),Iのとおりである。  しかしながら,上記のような職務専念義務の趣旨からすれば,同義務違反が成立するためには,現実に職務の遂行が阻害されるなどの実害の発生を要件とするものではないと解されるから,このような原告らの主張を採用することはできない。 (3) そして,上記(1)と同様の理由に加え,実際には本件卒業式が特に大きな混乱もなく終了したとはいえ,原告らが本件卒業式において本件リボンを着用したことによって,校長と教職員との間に国旗掲揚を巡る意見の対立があることが本件卒業式に出席した児童,保護者及び来賓らに了知され,これによって,本件卒業式の参列者に違和感や不信感を生じさせ,式の円滑な進行に対する妨げとなるおそれがあったことを否定し得ないことをも考慮すれば,原告らが本件卒業式において本件リボンを着用したことも,教育公務員としての原告らの職責に抵触しているといわざるを得ず,教育公務員としての公務の信用,信頼を害するおそれがあり,また,教員という職全体の不名誉となる行為として,信用失墜行為に該当すると認めるのが相当である。 (4) 原告らは,憲法19条又は21条を根拠として,本件リボンを着用したことを理由として原告を処分することは許されない旨主張する。  しかしながら,思想及び良心の自由や表現の自由といえども,国民全体の共同の利益を擁護するため必要かつ合理的な制限を受けることは,憲法の許容するところであると解される。  そして,原告らが,教育課程の一環として行われた本件卒業式において,S校長がその正当な職務権限に基づいて行った国旗掲揚に対する抗議の意思を表明するために本件リボンを着用したことは上記のとおりであって,このような行為が,原告らの職責に抵触するものとして,制約されるのはやむを得ないといわざるを得ない。  したがって,上記のような原告らの主張も採用できない。 4 本件処分は裁量権を逸脱したものかどうかについて (1) 前記のとおり,原告らは,その正当な職務権限に基づいて国旗掲揚をしたS校長に対し,校長室に押し掛けて抗議をしたばかりか,本件リボンを着用して抗議の意思を表明したのであって,前記2,(2)並びに前記3,(1)及び(3)で検討したとおりの事情に,前記1,(1),Dのとおり,前日の職員会議において長時間に及ぶ議論がされていることをも併せ考慮すれば,原告らの非違行為の情状は決して軽視し得るものではない。  そうすると,原告らが主張するとおりの経済的不利益等を伴うものであったとしても,本件処分が懲戒処分としてはもっとも軽度の戒告処分であることを勘案すると,本件処分が裁量権を逸脱したものと見ることはできない。  したがって,本件処分が比例原則に違反しているとする原告らの主張を採用することはできない。 (2) ところで,原告らは,「国立の教育改革」,「国立の教育正常化」を加速させるため,その妨げとなると考えた教員を封じ込める意図を持って本件内申及び本件処分がされたとし,本件内申及び本件処分が他事考慮により違法であるとか,教育基本法10条1項に違反すると主張する。  しかしながら,原告らに上記認定のとおりの非違行為が存し,これを理由として本件処分をすることが裁量権を逸脱するものでないことは上記のとおりである。  そして,甲23,97,乙40によれば,本件内申及び本件処分のいずれもが,このような理解の下にされていると認められるのであって,少なくとも,原告らが主張するような意図があったが故に,本来処分するに値しない非違行為を理由として本件内申や本件処分がされたと認めることはできない。  なお,甲97によれば,市教委において,本件内申に関する検討がされた際,本件処分が他の教職員らに対する見せしめとなることを懸念する意見が一部の教育委員らによって述べられたことが認められるが,このときの検討内容を全体的に見れば,上記のとおり認めるのが相当である。  したがって,上記のような原告らの主張を採用することはできない。 (3) また,原告らは,組合に所属する原告らのみを対象として本件処分がされており,公平原則により本件処分は違法であると主張するするところ(ママ),乙50によれば,原告ら及びFが組合に所属していたことが認められる。  しかしながら,乙40によれば,被告は,校長室において実際に発言する形でした抗議行為と本件卒業式における本件リボンの着用とを非違行為として捉え,両者の非違行為に及んだ者については戒告処分とし,いずれか一方の非違行為にのみ及んだ者については文書訓告とするとの基準を設けていたことが認められ,このような基準が不合理であると認めることはできない。  そうすると,組合に所属する原告ら及びFが戒告処分とされたのは,上記の基準を適用した結果にすぎないことが認められるから,上記のような原告らの主張を採用することはできない。 (4) さらに,原告らは,本件処分が手続違反の事情聴取に基づいてされているとして,前記原告らの主張Eのとおり主張する。  @ 確かに,甲88によれば,被告は,区市町村教育委員会等が,学校に勤務する教職員の事故発生にかかる状況報告書を作成する場合の基準とすることを目的として,「学校に勤務する教職員の事故発生にかかる状況報告書作成要領」を定めており,これによれば,事情聴取に当たっては,聴取した内容をもとに被告への報告書を作成する旨を被聴取者に知らせることや,必要かつ欠くことができない場合以外は思想,信条に関する事項について聴取しないことが事情聴取を行う際の留意事項とされていることが認められるところ,市教委によって行われた原告らに対する事情聴取の際に,原告らの思想,信条に関する事項についての聴取がされたと認めることはできない(乙22)ものの,原告らに対して上記のような告知が行われたと認めるに足る証拠はない。  しかしながら,甲5,乙44,45によれば,もともと,市教委による事情聴取は,市教委教育委員の意向を受けて,S校長が作成した平成11年度卒業式実施報告書(乙21)に関する事実確認のために行われたものであって,被告に事故報告をするという前提で行われたものではない上,乙48,49,原告D本人によれば,原告らも,このような認識の下に,本件卒業式当日の具体的状況を明らかにするため事情聴取に積極的に応じたことが認められる。  そうすると,上記作成要領が,本件の市教委による事情聴取を直接規律するものとは解されないし,仮に,市教委による事情聴取においても上記作成要領に従う必要があったと解する余地があるとしても,上記のような告知を欠いたことが本件処分の効力を左右するほどの重大な瑕疵にあたると見ることはできない。  A また,乙11によれば,市教委教育長から被告教育長宛ての服務事故報告書が提出されたのは平成12年6月28日であるところ,乙17,18,20,40によれば,被告は,この報告書を了知しないまま,服務事故に関する事情聴取を原告らの一部に対して実施したと認めることができる。  しかしながら,地方教育行政の組織及び運営に関する法律には,市町村委員会の内申をまって任免その他の進退を行うものとする旨の規定(38条1項)が存するのみであり,服務事故報告書が提出される以前に事情聴取を行うことを同法律が一切禁止していると解すべき根拠はない。  しかも,甲5,乙40によれば,被告に対しては,同月20日付けで,市教委から中間報告書が提出されているところ,同報告書には,服務事故に関する記載があり,校長から提出される予定の報告書をも精査した上で正式な事故報告書を提出する旨の記載がされていること,被告は,この中間報告書を受けて,原告らに対する事情聴取を開始したことが認められる。  このような事情を考慮すれば,仮に,服務事故報告書の提出を待たずに事情聴取に着手したことが上記法律に抵触すると解したとしても,その瑕疵が本件処分の効力を左右するほど重大なものであったと見ることはできない。  B 以上によれば,前記原告らの主張Eのとおりの主張も採用できない。 5 結論  以上によれば,原告らの請求はいずれも理由がない。 東京地方裁判所民事第11部 裁判官 土田昭彦