◆ H18.09.21 東京地裁判決 平成16年(行ウ)第50号・第223号・第496号、平成17年(行ウ)第235号 日の丸・君が代強制反対・予防訴訟(国歌斉唱義務不存在確認等請求事件) 判示事項の要旨: 都立高校の入学式,卒業式等の式典会場において,通達に基づく校長の職務命令により,教職員に対して国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること等を強制することは,思想・良心の自由を侵害するとして,国歌斉唱等の義務のないこと及び義務違反を理由とする処分の事前差止めを認めると共に,被告都に対し原告らの精神的損害に対する慰謝料の支払を命じた事案。 平成16年(行ウ)第50号国歌斉唱義務不存在確認等請求事件(以下「甲事件」という。) 平成16年(行ウ)第223号国歌斉唱義務不存在確認等請求事件(以下「乙事件」という。) 平成16年(行ウ)第496号国歌斉唱義務不存在確認等請求事件(以下「丙事件」という。) 平成17年(行ウ)第235号国歌斉唱義務不存在確認等請求事件(以下「丁事件」という。) 口頭弁論終結日 平成18年3月20日     主   文 1 原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5,同A6,同A7,同A8,同A9,同A10,同A11,同A12,同A13,同A14,同A15,同A16,同A17,同A18,同A19,同A20,同A21,同A22,同A23,同A24,同A25,同A26,同A27,同A28,同A29,同A30,同A31,同A32を除く原告らが,被告都教委に対し,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(15教指企第569号,以下「本件通達」という。)に基づく校長の職務命令に基づき,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典会場において,会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務のないことを確認する。 2 被告都教委は,原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5,同A6,同A7,同A8,同A9,同A10,同A11,同A12,同A13,同A14,同A15,同A16,同A17,同A18,同A19,同A20,同A21,同A22,同A23,同A24,同A25,同A26,同A27,同A28,同A29,同A30,同A31,同A32を除く原告らに対し,本件通達に基づく校長の職務命令に基づき,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典会場において,会場の指定された席で国旗に向かって起立しないこと及び国歌を斉唱しないことを理由として,いかなる処分もしてはならない。 3 原告A33,同A34,同A35,同A36,同A37,同A38,同A39,同A40,同A41,同A42が,被告都教委に対し,本件通達に基づく校長の職務命令に基づき,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典の国歌斉唱の際に,ピアノ伴奏義務のないことを確認する。 4 被告都教委は,原告A33,同A34,同A35,同A36,同A37,同A38,同A39,同A40,同A41,同A42に対し,本件通達に基づく校長の職務命令に基づき,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典の国歌斉唱の際に,ピアノ伴奏をしないことを理由として,いかなる処分もしてはならない。 5 被告都は,原告らに対し,各3万円及びこれに対する平成15年10月23日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。 6 原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5,同A6,同A7,同A8,同A9,同A10,同A11,同A12,同A13,同A14,同A15,同A16,同A17,同A18,同A19,同A20,同A21,同A22,同A23,同A24,同A25,同A26,同A27,同A28,同A29,同A30,同A31,同A32を除く原告らのその余の請求を棄却する。 7 訴訟費用は,甲,乙,丙事件につき生じた費用を被告らの負担とし,丁事件につき生じた費用を被告都の負担とする。     事実及び理由 第1 請求 1 原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5,同A6,同A7,同A8,同A9,同A10,同A11,同A12,同A13,同A14,同A15,同A16,同A17,同A18,同A19,同A20,同A21,同A22,同A23,同A24,同A25,同A26,同A27,同A28,同A29,同A30,同A31,同A32を除く原告らが,被告都教委に対し,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典会場において,会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務のないことを確認する。 2 被告都教委は,原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5,同A6,同A7,同A8,同A9,同A10,同A11,同A12,同A13,同A14,同A15,同A16,同A17,同A18,同A19,同A20,同A21,同A22,同A23,同A24,同A25,同A26,同A27,同A28,同A29,同A30,同A31,同A32を除く原告らに対し,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典会場において,会場の指定された席で国旗に向かって起立しないこと及び国歌を斉唱しないことを理由として,いかなる処分もしてはならない。 3 原告A33,同A34,同A35,同A36,同A37,同A38,同A39,同A40,同A41,同A42が,被告都教委に対し,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典の国歌斉唱の際に,ピアノ伴奏義務のないことを確認する。 4 被告都教委は,原告A33,同A34,同A35,同A36,同A37,同A38,同A39,同A40,同A41,同A42に対し,上記原告らが勤務する学校の入学式,卒業式等の式典の国歌斉唱の際に,ピアノ伴奏をしないことを理由として,いかなる処分もしてはならない。 5 主文第5項と同旨 第2 事案の概要  本件事案の概要は,次のとおりである。  原告らは,東京都立高等学校及び東京都立盲・ろう・養護学校(以下これらを併せて「都立学校」という。)に勤務する教職員又は勤務していた教職員である。被告都教委教育長B(以下「B教育長」という。)は,平成15年10月23日,都立学校の各校長に対し,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(本件通達)を発して,都立学校の入学式,卒業式等において,教職員らが国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,国歌斉唱はピアノ伴奏等により行うこと,国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり,教職員が本件通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は,服務上の責任を問われることを教職員に周知することなどにより,各学校が入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するよう通達した。本件は,原告らが,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを強制されることは,原告らの思想・良心の自由,信教の自由,表現の自由,教育の自由等を侵害するものであると主張して,在職中の原告らが被告都教委に対し,都立学校の入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をする義務のないことの確認,これらの義務違反を理由とする処分の事前差止めを求めるとともに,原告らが被告都に対し,本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令等によって精神的損害を被ったと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料各3万円の支払を求めた事案である。 1 争いのない事実等(弁論の全趣旨により認定した事実は文末にこれを掲記した) (1) 当事者等 ア 原告ら  原告A1,同A2,同A3,同A4,同A5,同A6,同A7,同A8,同A9,同A10,同A11,同A12,同A13,同A14,同A15,同A16,同A17,同A18,同A19,同A20,同A21,同A22,同A23,同A24,同A25,同A26,同A27,同A28,同A29,同A30,同A31,同A32は,本件通達に基づく校長の職務命令が出された当時は都立学校に勤務しており,その後本件口頭弁論終結時には都立学校を退職していた教職員であり,上記原告らを除く原告ら(以下「在職中の原告ら」という。)は,本件通達に基づく校長の職務命令が出された当時及び本件口頭弁論終結時に,都立学校に勤務している教職員である(弁論の全趣旨)。  また,原告A33,同A34,同A35,同A36,同A37,同A38,同A39,同A40,同A41,同A42は,本件通達に基づく校長の職務命令が出された当時及び本件口頭弁論終結時に,都立学校において音楽科を担当している教員(以下「音楽科担当教員である原告ら」という。)である。 イ 被告ら  被告都は,地方自治法180条の5第1号,地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)2条に基づき,被告都教委を設置している。被告都教委は,地教行法23条3号に基づき,都立学校の教職員について,任免その他の人事に関する権限を有する行政庁であり,在職中の原告らに対する処分権者である。また,被告都教委は,地教行法23条1号,5号に基づき,都立学校の設置・管理・廃止,学校の組織編制,教育課程,学習指導,生徒指導及び職業指導に関する事項を管理・執行する権限を有している。なお,被告都教委は,その権限に属するすべての事務を教育長が統括し,事務局として東京都教育庁を設置している。(地教行法16条1項,17条1項,18条1項,20条1項) (2) 関連法規等 ア 国旗及び国歌に関する法律  平成11年8月13日に制定・施行された国旗及び国歌に関する法律(平成11年法律第127号,以下「国旗・国歌法」という。)は,「国旗は,日章旗と」し,「国歌は,君が代とする。」と規定している(同法1条1項,2条1項,以下日章旗のことを「日の丸」という。)。 イ 学習指導要領の国旗・国歌条項  学校教育法41条は,高等学校は中学校における教育の基礎の上に,心身の発達に応じて,高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とすると規定し,同法42条は,上記目的を実現するため,高等学校の教育は,中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて,国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと,社会において果たさなければならない使命の自覚に基づき,個性に応じて将来の進路を決定させ,一般的な教養を高め,専門的技能に習熟させること,社会について広く深い理解と健全な批判力を養い個性の確立に努めることなどの目標の達成に努めなければならないと規定している。そして,学校教育法43条は,高等学校の学科及び教科に関する事項は,同法41条,42条に従い,文部科学大臣が定めると規定し,これを受けて同法施行規則57条の2は,高等学校の教育課程については,同規則第4章「高等学校」に定めるもののほか,教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する高等学校学習指導要領によるものとすると規定している。また,学校教育法施行規則73条の10は,盲学校,ろう学校及び養護学校高等部の教育課程については,同規則第6章「特殊教育」に定めるもののほか,教育課程の基準として文部科学大臣が別に公示する盲学校,ろう学校及び養護学校高等部学習指導要領によるものとすると規定している(以下これらを併せて単に「学習指導要領」という。)。そして,高等学校学習指導要領「第4章 特別活動」「第3 指導計画の作成と内容の取扱い」は,「3 入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定している(以下「学習指導要領の国旗・国歌条項」という。)。なお,盲学校,ろう学校及び養護学校高等部学習指導要領「第4章 特別活動」は,特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,原則として,高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずると規定している。 ウ 児童の権利に関する条約(甲13)  我が国が批准している「児童の権利に関する条約」(平成6年条約第2号)によれば,次の内容が規定されている。 第6条1項 締約国は,すべての児童が生命に対する固有の権利を有することを認める。  同条2項 締約国は,児童の生存及び発達を可能な最大限の範囲において確保する。 第12条1項 締約国は,自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において,児童の意見は,その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。 第13条1項 児童は,表現の自由についての権利を有する。この権利には,口頭,手書き若しくは印刷,芸術の形態又は自ら選択する他の方法により,国境とのかかわりなく,あらゆる種類の情報及び考えを求め,受け及び伝える自由を含む。 第14条1項 締約国は,思想,良心及び宗教の自由についての児童の権利を尊重する。 第28条2項 締約国は,学校の規律が児童の人間の尊厳に適合する方法で及びこの条約に従って運用されることを確保するためのすべての適当な措置をとる。 エ 市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)  我が国が批准している「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(昭和54年条約第7号)によれば,次の内容が規定されている。 第18条1項 すべての者は,思想,良心及び宗教の自由についての権利を有する。この権利には,自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由並びに,単独で又は他の者と共同して及び公に又は私的に,礼拝,儀式,行事及び教導によってその宗教又は信念を表明する自由を含む。   同条2項 何人も,自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない。 オ 教育長の校長に対する職務命令  地教行法23条5号は,学校の組織編制,教育課程,学習指導,生徒指導及び職業指導に関することを教育委員会の職務権限の1つとしており,教育委員会は,上記事項について管理し,執行することができると規定している。また,同法17条1項は,教育長は,教育委員会の指導監督の下に,教育委員会の権限に属するすべての事務をつかさどると規定しており,教育長は,教育課程に関する事項に関して,通達等により校長に対して職務命令を発することができる。 カ 校長の教職員に対する職務命令  校長は,学校教育法28条3項に基づき,教育課程の編成を含む学校の管理運営上必要な事項をつかさどるとされており,所属教職員に対し校務を分担させるとともに,校務の処理について職務命令を発することができる。 (3) 本件通達  B教育長は,平成15年10月23日,都立学校の各校長に対し,地教行法23条5号,17条1項に基づき,次の内容の本件通達を発し,都立学校における入学式,卒業式等は,学習指導要領に基づき,「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」(以下「本件実施指針」という。)のとおり適正に実施することなどを通知した。 「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達) 1 学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施すること。 2 入学式,卒業式等の実施に当たっては,別紙「入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」のとおり行うものとすること。 3 国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり,教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は,服務上の責任を問われることを,教職員に周知すること。」 「別紙  入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針 1 国旗の掲揚について  入学式,卒業式における国旗の取扱いは,次のとおりとする。 (1) 国旗は式典会場の舞台檀上正面に掲揚する。 (2) 国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合,国旗にあっては舞台檀上正面に向かって左,都旗にあっては右に掲揚する。 (3) 屋外における国旗の掲揚については,掲揚塔,校門,玄関等,国旗の掲揚状況が児童・生徒,保護者,その他来校者が十分認知できる場所に掲揚する。 (4) 国旗を掲揚する時間は,式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻とする。 2 国歌の斉唱  入学式,卒業式等における国歌の取扱いは,次のとおりとする。 (1) 式次第には,「国歌斉唱」と記載する。 (2) 国歌斉唱に当たっては,式典の司会者が,「国歌斉唱」と発声し,起立を促す。 (3) 式典会場において,教職員は,会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する。 (4) 国歌斉唱は,ピアノ伴奏等により行う。 3 会場設営等について  入学式,卒業式等における会場設営等は,次のとおりとする。 (1) 卒業式を体育館で実施する場合には,舞台檀上に演台を置き,卒業証書を授与する。 (2) 卒業式をその他の会場で行う場合には,会場の正面に演台を置き,卒業証書を授与する。 (3) 入学式,卒業式等における式典会場は,児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する。 (4) 入学式,卒業式等における教職員の服装は,厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする。」 (4) 都立学校の各校長は,本件通達に基づき,同通達発令後に行われた入学式,卒業式等の実施に際し,原告らに対し,国旗に向かって起立して国歌を斉唱することを命じ,音楽科担当教員である原告らに対し,国歌斉唱時にピアノ伴奏をすることを命じた(以下「本件職務命令」という。)。 2 争点 (1) 原告らの求めている前記「第1 請求」の第1項及び第3項は公的義務の不存在確認請求,同第2項及び第4項はいわゆる予防的不作為請求であるところ,これらの各請求には,事前に救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がなく,不適法か(本案前の答弁)。 (2) 在職中の原告らは,都立学校の入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立して国歌を斉唱する義務を,また,音楽科担当教員である原告らは,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務をそれぞれ負うか。本件通達及びこれに基づき各校長が原告らに対し発した本件職務命令は違法か。 (3) 原告らは,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令により精神的損害を被ったか。 3 争点に対する当事者の主張の要旨 (1) 争点(1)(本案前の答弁)について 【被告ら】 ア 具体的・現実的な争訟の解決を目的とする現行訴訟制度のもとにおいては,義務違反の結果として将来何らかの不利益処分を受けるおそれがあるというだけで,その処分の発動を差し止めるため,事前に当該義務の存否の確定を求めることや当該処分の差止めを求めることが当然許されているわけではない。これらの請求が認められるためには,当該義務の履行によって侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度,違反に対する制裁としての不利益処分の確実性及びその内容又は性質等に照らし,当該処分を受けてから,当該処分の取消しを求めたり,これに関する訴訟の中で事後的に義務の存否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなど,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合でなければならない。そうでない限り,あらかじめ上記のような義務の存否の確定を求めたり,処分の差止めを求める法律上の利益を認めることはできない。原告らの求めている前記「第1 請求」の第1ないし第4項の各請求は,原告らが将来国歌斉唱やピアノ伴奏に関する職務命令に違反したことにより何らかの処分があることを予想して,事前に国歌斉唱やピアノ伴奏の義務がないことの確認及び処分の差止めを求めるものであるが,本件通達は,被告都教委の教育長から都立学校の各校長に対して発せられた通達であるから,これが発せられたからといって在職中の原告らが直ちに国歌斉唱やピアノ伴奏の義務を負うわけではない。本件通達に基づき各校長が職務命令を発した場合に,初めて在職中の原告らは国歌斉唱やピアノ伴奏の義務を負うにすぎない。また,在職中の原告らは,本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令により,思想・良心の自由,信教の自由,表現の自由,教育の自由等が侵害されることもない。さらに,現時点において,原告らが国歌斉唱及びピアノ伴奏拒否を繰り返すのか否か,これに対し,いかなる処分が下されるのかなどについて不明というほかない。したがって,原告らの求めている前記「第1 請求」の第1ないし第4項の各請求には,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情が存在せず,あらかじめ当該義務の存否の確定を求めたり,当該処分の差止めを求める法律上の利益が認められず,不適法である。  なお,平成17年4月1日から施行されている改正された行政事件訴訟法の適用を受ける丁事件原告らの求めている前記「第1 請求」の第2項(差止請求)についても,同様に,「一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合」(行政事件訴訟法37条の4第1項)には当たらず,不適法である。 イ 原告らの中には,既に被告都教委から職務命令違反,信用失墜行為により処分を受け,東京都人事委員会に対して同処分の取消しを求めて審査請求をしている者がいるところ,これらの者は同審査請求ないし同処分の取消訴訟において,国歌斉唱義務,ピアノ伴奏義務の存否を争えば足りるのであって,これらの者の求めている前記「第1 請求」の第1ないし第4項の各請求には,この点からも訴えの利益がなく不適法である。 【原告ら】 ア 本件通達は,都立学校の各校長に対し,教職員が国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,国歌斉唱に際してピアノ伴奏をすることを命ずるよう強制するものであって,実質的にみて在職中の原告ら教職員を拘束するものである。在職中の原告らが,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令により,入学式,卒業式等の国歌斉唱時に,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,国歌斉唱に際してピアノ伴奏をすることによって侵害される権利は,事後的回復が不可能ないし著しく困難な思想・良心の自由,信教の自由,表現の自由等憲法上優越的地位が認められる精神的自由権である。在職中の原告らは,教育者としての使命感,職業倫理に反して,生徒の面前で上記国歌斉唱,ピアノ伴奏等をさせられることにより,深刻な精神的障害を負うことになる。また,在職中の原告らの思想・良心の自由等が侵害されることにより,子どもの教育を受ける権利も著しく侵害され,これを回復することは不可能ないし著しく困難である。さらに,本件通達発令後の入学式,卒業式等の国歌斉唱時において,不起立等をした都立学校の教職員に対する被告都教委の処分状況に照らすと,在職中の原告らが本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令に反して,入学式,卒業式等の国歌斉唱時に不起立やピアノ伴奏拒否をした場合には,1回目は戒告,2回目は減給を受けるなど直ちに義務違反の責めを問われて重大な不利益処分を課されることが確実なものとなっており,今後更に不起立やピアノ伴奏拒否をした場合には免職となるおそれが大きいといえる。したがって,在職中の原告らが求めている前記「第1 請求」の第1ないし第4項の各請求には,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情が存在し,あらかじめ当該義務の存否確定を求め,当該処分の差止めを求める法律上の利益があり,適法である。  なお,平成17年4月1日から施行されている改正された行政事件訴訟法の適用を受ける丁事件原告らの求めている前記「第1 請求」の第2項(差止請求)についても,同様に,「一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合」(行政事件訴訟法37条の4第1項)に当たり,適法である。 イ 原告らの中に東京都人事委員会において被告都教委から受けた処分について取消しを求めて審査請求をしている者がいるとしても,在職している限り,入学式,卒業式等の周年行事は毎年繰り返されるのであるから,これらの者の求めている前記「第1 請求」の第1ないし第4項の各請求には,訴えの利益があり,適法である。 (2) 争点(2)(入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立して国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務の存否)について 【被告ら】 ア 学習指導要領の国旗・国歌条項,本件通達に基づく義務について  本件通達は,都立学校の各校長に対して発せられたものであり,原告ら教職員に対して発せられたものではなく,本件通達により原告らが直ちに国歌斉唱義務,ピアノ伴奏義務を負うことはない。しかし,法規としての性質を有する学習指導要領は,国旗・国歌条項を定めるとともに,「儀式的行事 学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うこと」と定め,入学式,卒業式等において,教職員に対し,生徒が国旗,国歌に対する正しい認識を持ち,国旗,国歌を尊重するよう指導することを求めている。また,公務員は,職務命令に重大かつ明白な瑕疵がない限り,これに従う義務を負うところ,本件通達に基づく各校長の本件職務命令には重大かつ明白な瑕疵は存在しない。すなわち,本件通達に基づく各校長の本件職務命令は,学習指導要領に基づき,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活の展開への動機付けとなるような活動を行うことに配慮するよう求められる儀式的行事において,国旗,国歌について正しい認識を持たせ,これらを尊重する態度を育てるために,模範を示すべき教職員に対し,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,国歌斉唱に際して音楽科担当教員に対しピアノ伴奏をすることを命ずるものであり,重大かつ明白な瑕疵は存在しない。したがって,原告ら教職員は,生徒に対して国歌斉唱の指導を行うため,入学式,卒業式等において,式の参加者として式次第に従って,国旗に向かって起立し,自ら国歌を斉唱すること,音楽科担当教員である原告らは国歌斉唱時にピアノ伴奏をすることが職務内容の一部となっており,校長から本件通達に基づいた職務命令を受けた場合には,式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負っているのである。  なお,都立学校においては,本件通達が発せられる前から,国旗掲揚,国歌斉唱の指導に関し,校長から教職員に対して職務命令が発せられる場合があるとされていたのであり,国旗掲揚,国歌斉唱の指導を行わないという地域の特殊性があったとはいえない。各都立学校は,本件通達に基づいて入学式,卒業式等を実施しても,同式典において創意工夫する余地があり,本件通達が同式典における教職員による創造的かつ弾力的な教育の余地を奪うものとはいえない。都立学校の教職員が国旗に向かって起立せず,国歌を斉唱しないこと,音楽科担当教員が国歌斉唱時にピアノ伴奏をしないことは,学習指導要領に基づく国旗,国歌の指導が適正に行われずに,当該教職員の職務命令違反という事態が発生したことになり,教職員という職に対する信用や信頼を損なうことになる。 イ 思想・良心の自由の侵害について  原告ら教職員は,前記アのとおり,校長から本件通達に基づいた職務命令を受けた場合には,式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,音楽科担当教員である原告らは国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負うところ,上記職務命令は,原告ら教職員に対し,一定の外部的行為を命ずるものにすぎず,内面的領域における精神的活動の自由を否定するものではなく,思想・良心の自由を侵害したことにはならない。また,人の内心の自由は外部的行為の規制を通じて制約される場合があるとしても,思想・良心の自由の保障対象は,宗教上の信仰に準ずべき世界観,人生観等個人の人格形成の核心をなすものに限られ,一般道徳上,常識上の事物の是非,善悪の判断,一定の目的のための手段,対策としての当不当の判断までは含まない。君が代が歌えないことや君が代のピアノ伴奏ができないという原告らの考え方は,君が代は天皇を賛美する歌であるという君が代についての1つの解釈を前提とするものであり,君が代に対する考え方そのものは,君が代の歌詞の解釈,見解の相違にとどまるものであって,原告らの世界観,人生観等個人の人格形成の核心をなすものとはいえない。したがって,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令によって,原告らに嫌悪感,不快感が生じたとしても,原告らの思想・良心の自由が侵害されたとまではいえない。さらに,原告ら地方公務員は,全体の奉仕者であり,公共の利益のため全力を挙げて職務に専念すべき義務があり(憲法15条2項,地方公務員法30条),その思想・良心の自由も公共の福祉の見地から職務の公共性に由来する内在的制約を受ける(憲法12条,13条)。したがって,原告らが,各校長から本件通達に基づいた職務命令を受け,式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負うことにより,思想・良心の自由の制約を受けるとしても,憲法19条に違反しない。 ウ 信教の自由の侵害について  日の丸,君が代は,国旗・国歌法により,国旗,国歌と規定されており,明治憲法下ではともかく,日本国憲法下においては,国家神道ほか何らかの宗教的価値観と結びつくものではない。国旗,国歌を尊重するということは,日本の国旗,国歌である日の丸,君が代を国の象徴として尊重するということにほかならない。したがって,原告らが,各校長から職務命令により国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,国歌斉唱時にピアノ伴奏をすることを命ぜられたとしても,これにより原告らの信教の自由が侵害されたことにはならない。さらに,原告ら地方公務員の信教の自由も,思想・良心の自由と同様に,公共の福祉の見地から職務の公共性に由来する内在的制約を受ける。したがって,原告らが,各校長から本件通達に基づいた職務命令を受け,式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負うことにより,信教の自由の制約を受けるとしても,憲法20条1項に違反しない。 エ 表現の自由の侵害について  原告ら教職員は,前記アのとおり,各校長から本件通達に基づいた職務命令を受けた場合には,式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負うところ,仮にこれが原告らの消極的表現の自由を侵害するとしても,原告らの表現の自由も公共の福祉の見地から職務の公共性に由来する内在的制約を受ける。したがって,原告らが,各校長から本件通達に基づいた職務命令を受け,式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負うことにより,表現の自由の制約を受けるとしても,憲法21条1項に違反しない。 オ 教育の自由の侵害,教育に対する不当な支配について (ア) 本件通達は,従前,都立学校の入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施態様について様々な課題があったことから,その実施について,より一層の改善,充実を図るため,学習指導要領に基づいて入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するという目的のために発せられたものである。本件通達の内容は,国旗,国歌に関する指導の意義や入学式,卒業式等の儀式的行事の意義に沿う合理的なものである。原告ら教職員は,前記アのとおり,生徒に対して国旗,国歌に関する指導を行うため,入学式,卒業式の参加者として,式次第に従って国旗に向かって起立し,自ら国歌を斉唱することが職務内容の一部となっているのであり,各校長から本件通達に基づき国歌斉唱の職務命令が発せられた場合にはこれに従う義務がある。本件通達は,各校長に対し,教職員に職務命令を発することを義務づけるものではなく,各校長は,入学式,卒業式等における国旗掲揚,国歌斉唱を適正に実施するため,当該学校の状況に応じて,その裁量に基づいて職務命令を発することができるのである。東京都教育庁指導部は,都立学校の入学式,卒業式等における国旗掲揚,国歌斉唱の実施において様々な課題がある現状では,各校長から教職員に対して職務命令が出されないと国旗掲揚,国歌斉唱が適正に実施できないと考えたため,各校長に対して教職員に本件職務命令を出すよう指導したにすぎない。 (イ) 国は,公教育を行う主体として,適切な教育政策を樹立,実施すべく教育の内容及び方法等の教育課程に関する事項について法律等により定めることができる。また,教職員の教育の自由は,無制約に認められるものではなく,国が法律等により定める教育内容及び方法に従うという前提の下,一定の範囲で認められているにすぎない。入学式,卒業式等の学校行事は,教育課程に属する事項であるが,これは学習指導要領に基づき,教育委員会が決定する事項である(地教行法23条5号)。教職員は,入学式,卒業式等の学校行事に関する事項について,学習指導要領,教育委員会が決定した事項,これらを受けて各校長が決定した事項に従う限りにおいて,教育の自由が認められているにすぎない。本件通達は,学習指導要領に基づき,入学式,卒業式等を適正に実施するため,その実施指針を定めたものであり,原告ら教職員がこれに従って国旗に向かって起立し,国歌を斉唱したとしても,原告ら教職員と生徒との間の信頼関係が破壊されるおそれはなく,原告ら教職員の職責を侵害することもない。本件通達は,入学式,卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施方法について,指針を示したものにすぎない。すなわち,本件実施指針に記載されていない事項については,学習指導要領及び本件通達の趣旨に反しない限り,各学校の裁量ないし独自の判断に委ねられるなど一義的なものではなく,教職員による創造的かつ弾力的な教育の余地が残されており,教職員に対し一方的な一定の理論ないし観念を生徒に教え込むことを強制するものでもない。 (ウ) 各学校における教育課程の編成は,各校長が学習指導要領や教育委員会の決定事項に従って行うものであり,教職員ないし教職員集団が主体的,自律的に決定する事項ではない。校長は,教育課程の編成を含む学校の管理運営上必要な一切の事項を行う権限,責任を有しており(学校教育法28条3項),教職員に対し,校務の処理について職務命令を発することができる。職員会議は,校長の職務の円滑な執行を補助するために設置されるものにすぎないから,入学式,卒業式等の学校行事の決定権限を有するものではない。なお,教職員が入学式,卒業式等の開式直前に生徒に対して内心の自由について説明することは,生徒に国歌を歌わない自由があるかのような指導をしているかの如く受け取られる可能性があり,学習指導要領に基づく指導としては不適切である。 (エ) したがって,本件通達及びこれに基づいて各校長が原告ら教職員に対して発する職務命令は,教育の自由の侵害,教育に対する不当な介入には当たらず,憲法26条,教育基本法6条2項,10条1項,学校教育法28条6項に違反しない。 カ 条約違反について (ア) 本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令は,前記イないしエのとおり,原告らの思想・良心の自由,信教の自由,表現の自由を侵害するものではない。したがって,原告らが,入学式,卒業式等において,国旗に向かって起立して国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負うことは,市民的及び政治的権利に関する国際規約18条1項,2項に違反しない。 (イ) 本件通達は,前記アのとおり,都立学校の各校長に対して発せられたものであり,子どもに対して発せられたものではない。また,子どもに対する国旗,国歌の指導は,子どもの内心に立ち入って特定の思想,国や社会に対する特定の価値観を強制しようとするものではなく,飽くまでも教育指導上の課題として行うものである。さらに,子どもが入学式・卒業式等において国旗に向かって起立し,国歌を斉唱するということは,国旗,国歌について学習する機会の1つということができるから,国旗に向かって起立させ,国歌斉唱をさせることはある特定の価値観を受容することを求める行為とはいえない。したがって,本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令は,子どもの思想・良心の自由,信教の自由,表現の自由,教育を受ける権利を侵害することはなく,児童の権利に関する条約12条ないし14条,28条2項に違反しない。 【原告ら】 ア 学習指導要領の国旗・国歌条項及び本件通達の法的効力について  学習指導要領は,普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合において,教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止められるべきものであって,学習指導要領に無限定な法的拘束力を認めることはできない。国旗掲揚,国歌斉唱の強制は教育法理に照らして著しく適切さを欠くこと,国旗・国歌法制定時には世論を二分する賛否の議論があり,立法者も教育現場で強制するものではない旨述べていたこと,都立学校においては,従来,国旗掲揚,国歌斉唱の強制が行われていなかったという地域の特殊性があることに照らすと,学習指導要領の国旗・国歌条項は,創造的,弾力的で,地方毎の特殊性を反映した教育の個別化の余地を阻むことになり,教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を超えるものであり,法的拘束力は認められない。さらに,本件通達は,学習指導要領の国旗・国歌条項すら逸脱して,詳細かつ画一的な入学式,卒業式等の進行を定めており,法的拘束力がないことは明らかである。したがって,原告ら教職員は,学習指導要領の国旗・国歌条項,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令に基づいて,国旗に向かって起立すること,国歌を斉唱すること,国歌斉唱の際ピアノ伴奏をすることについて,このような義務を負っていない。 イ 思想・良心の自由の侵害について  入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱するという行為及び国歌斉唱時にピアノ伴奏をするという行為は,日の丸,君が代に対して敬意を払うという意義を有する行為であり,特に君が代には天皇の支配する時代が永続することを願う意味が込められているのであって,このような行為を行うか否かは,人の世界観,人生観,主義,主張等個人の人格的な内面作用に密接にかかわるものである。したがって,原告ら教職員は,憲法19条に基づき,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立すること,国歌を斉唱すること,国歌斉唱時にピアノ伴奏をすることを拒否する自由を有している。また,原告ら教職員は,子どもの学習権の実質的保障のためにも,自らの思想・良心に従って,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立して国歌を斉唱するか否か,ピアノ伴奏をするか否かを決定する自由が保障されるべきである。  これに対し,被告らは,原告らの思想・良心の自由は公共の福祉の見地から職務の公共性に由来する内在的制約に服する旨主張する。しかし,原告ら教職員は,真理・真実を確認して創造的な授業や教育活動を行い,生徒の自由で豊かな成長の要求に応えていくという職責を果たすため,天皇や国家の奉仕者であったり,一部の階級,政党等の要求に応えるということは許されないという意味で全体の奉仕者(憲法15条2項),「国民全体に対して直接に責任を負う」(教育基本法10条1項)とされているのであるから,公共の福祉や職務の公共性を根拠に思想・良心の自由を制約することは許されない。また,原告ら教職員が,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立して国歌を斉唱すること,国歌斉唱時にピアノ伴奏をすることを拒否したとしても,学校運営に重大な支障が出たり,他の教職員,生徒,保護者の人権を侵害することはないから,これを公共の福祉や職務の公共性を根拠に制約することは許されない。  したがって,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令は,原告らの思想・良心の自由を侵害するものであり,職務の公共性に由来する内在的制約としてこれが正当化されることもないから,憲法19条に違反する。 ウ 信教の自由の侵害について  日の丸,君が代は,歴史上国家神道と密接な結びつきを有しており,宗教的価値観と不可分の関係にある。君が代を尊重するということは,天皇を尊敬するということであり,天皇を尊敬するということは神道を信仰するということにほかならない。原告ら教職員は,憲法20条1項に基づき,外部的強制から自己の信仰を保護,防衛するため不可欠な場合,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立しない自由,国歌を斉唱しない自由,国歌斉唱に際してピアノ伴奏をしない自由を有しており,原告らに対してこれらの行為を強制することは,原告らの信仰を持たない自由,あるいは神道以外の宗教を信仰する自由を侵害することになる。また,原告らがこのような信教の自由を享受することによっても,入学式,卒業式等の式典における学校運営に重大な支障が出たり,他の教職員,生徒,保護者の基本的人権を侵害することはない。したがって,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令は,原告らの信教の自由を侵害するものであり,職務の公共性に由来する内在的制約としてこれが正当化されることもないから,憲法20条1項に違反する。 エ 表現の自由の侵害について  本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令は,原告らに対し,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること,国歌斉唱時にピアノ伴奏をすることを強制するものであり,これは原告らの消極的表現の自由を侵害するものであり,職務の公共性に由来する内在的制約としてこれが正当化されることもないから,憲法21条1項に違反する。 オ 教育の自由の侵害,教育に対する不当な支配について  子どもは,人間的に成長,発達する権利,学ぶ権利,それにふさわしい教育を求める権利を有している(憲法13条,26条,児童の権利に関する条約6条,12条1項等)。このような子どもの学習権に応え,これを保障するために学校があり,専門家である教職員がいる(学校教育法28条6項)。教職員は,子どもの学習権に応えるために不可欠な権利として,学問の自由,教育実践の自由を含む教育の自由が保障されており(憲法23条,26条),教育内的事項,とりわけ各学校の教育課程編成と深くかかわる事項は,本来,教職員ないし教職員集団がその専門的知見に基づき主体的,自律的に決定すべき事項であり,教職員は全校的教育活動に関する意思形成等について固有の権限を有している。これに対し,教育行政は,教育目的を遂行するために必要な教育施設の管理等について責務を負うが,教育課程その他の教育内的事項について権力的に介入することは,教育に対する「不当な支配」(教育基本法10条1項)に当たり許されない。また,校長は,教職員に対し,必要な指導助言を行い,教育活動を刺激するなどして,総じて学校の教育文化を高めていくことをその任務とすべきであり,校長が所属職員を監督する旨の規定があるからといって,教育活動事項について指揮命令関係があるとはいえない。  ところで,入学式,卒業式等の学校行事に関する事項は,教育課程に属する事項であり,子どもと直接人間的接触をする教職員及び教職員集団からなる職員会議が決定すべき事項である。これに対し,校長は,入学式,卒業式等の学校行事に関する事項について,指導助言を行い,対外的な代表をするにすぎない。ところが,本件通達は,行政機関である被告都教委が,教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立して国歌を斉唱すること,国歌斉唱時にピアノ伴奏をすることを強制するものにほかならない。したがって,本件通達は,教職員による創造的かつ弾力的な教育の余地を奪い,教職員に対して一方的に一定の理論ないし観念を生徒に教え込むことを強制するものであって,教職員に保障されている教育の自由を侵害するとともに,教育に対する不当な支配に当たり,憲法23条,26条,教育基本法10条1項,学校教育法28条6項に違反する。また,上記のとおり,違憲違法な本件通達に基づき,裁量の余地がなく個々の教職員に対して発せられた各校長の本件職務命令も,本件通達と一体となるものとして無効である。 カ 条約違反 (ア) 原告ら教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立し国歌を斉唱することを拒否する自由,国歌斉唱の際にピアノ伴奏をすることを拒否する自由を認めないことは,原告ら教職員の思想・良心の自由,信教の自由,表現の自由等の市民的自由を侵害するものであり,市民的及び政治的権利に関する国際規約18条1項,2項に違反する。 (イ) 子どもたちは,児童の権利に関する条約12条1項に基づき,入学式,卒業式等をどのように執り行うかについて,意見を表明する権利があり,被告都教委は,その意見を尊重する義務がある。また,被告都教委は,児童の権利に関する条約13条1項に基づき,子どもたちに対し,日の丸,君が代について,肯定的な意見のみならず,否定的な意見も伝える義務がある。さらに,被告都教委は,児童の権利に関する条約14条1項に基づき,子どもたちの思想・良心の自由,信教の自由を尊重する義務がある。そして,児童の権利に関する条約28条2項は,学校の規律が同条約に従って子どもの尊厳に適合する方法で運用されるための適当な措置を要求している。ところが,本件通達及びこれに付随する被告都教委の措置は,入学式,卒業式等の式典において,生徒に対しても,国旗に向かって起立すること,国歌を斉唱することを学校の規律として強要しているのであって,児童の権利条約12条1項,13条1項,14条1項及びこれに内在する教師の教育の自由を侵害し,教師の適正な責務の遂行を阻害するものであって,前記各条項及び同条約28条2項に違反する。 (3) 争点(3)(国家賠償請求権の存否) 【原告ら】  原告らは,前記(2)【原告ら】の主張アないしオのとおり,違憲違法な本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令に基づき,処分の恫喝をもって,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立すること,国歌を斉唱すること,君が代のピアノ伴奏をすることを強制され,多大な精神的損害を被った。原告らの被った精神的損害は1人当たり3万円を下らない。 【被告都】  前記(2)【被告ら】の主張アのとおり,本件通達は,都立学校の各校長に対して発せられたものであり,原告ら教職員は本件通達により直ちに職務上の義務を負うものではないから,本件通達により原告らが権利侵害を受けることはない。また,前記(2)【被告ら】の主張アないしオのとおり,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令は,違憲違法なものではないから,被告都は原告らに対し,国家賠償責任を負わない。 第3 争点に対する判断 1 前提事実  前記争いのない事実等,証拠(文章中又は文末に掲記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(なお,当事者間に争いのない事実は,文章中又は文末に証拠等を掲記しない。)。 (1) 国旗・国歌法の立法過程における議論  国旗・国歌法は,平成11年8月13日に公布,施行されたが,その立法過程においては,政府関係者は,次のような見解を述べている。すなわち,平成11年6月29日開催の衆議院本会議において,国旗・国歌法案について,文部大臣は,「今回の法案は,国旗,国歌の根拠について,慣習であるものを成文法としてより明確に位置づけるものである。」と述べ,内閣総理大臣は,「政府としては,今回の法制化に当たり,国旗の掲揚等に関し義務づけを行うことは考えておらず,したがって,国民の生活に何らの影響や変化が生ずることとはならないと考えている。」と述べている。また,文部大臣は,平成11年8月2日開催の参議院国旗及び国歌に関する特別委員会において,「本法案は,国旗,国歌の根拠について,慣習であるものを成文法として明確に位置づけるものでございます。これによって国旗・国歌の指導にかかわる教員の職務上の責務について変更を加えるものではございません。」と述べている。さらに,C内閣官房長官は,平成11年7月21日開催の第145回国会の内閣委員会文教委員会連合審査会において,国旗・国歌法制定について,「それぞれ,人によって,式典等においてこれを,起立する自由もあれば,また起立しない自由もあろうかと思うわけでございますし,また,斉唱する自由もあれば斉唱しない自由もあろうかと思うわけでございまして,この法制化はそれを画一的にしようというわけではございません。」と述べている。(甲153,265,乙15) (2) 本件通達発令に至る経緯 ア(ア) 文部省は,平成10年春,全国の公立小・中・高等学校の同9年度卒業式及び同10年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況に関する調査を行ったところ,同7年春の調査に比べて全体として実施率が上昇しているものの,一部の都道府県において依然として実施率が低い状況にあった。文部省初等中等教育局長Dは,前記調査結果を受けて,平成10年10月15日,各都道府県,政令指定都市教育委員会教育長に対し,「公立小・中・高等学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する調査について(通知)」(文初小第145号)を発し,学習指導要領に基づき入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱について指導を徹底するよう通知した。(乙1,2の1,証人G1【1,7頁】) (イ) 都立高校(全日制)の国旗掲揚率は,前記(ア)の文部省の調査によれば,平成9年度卒業式が84.0%,同10年度入学式が85.0%であり,いずれも全国最低であった。また,都立高校(全日制)の国歌斉唱率は,前記(ア)の調査によれば,平成9年度卒業式が3.9%で全国最低,同10年度入学式が3.4%で三重県の1.6%に次ぐ低い実施率であった。 (ウ) 東京都教育庁指導部長E1(以下「E1指導部長」という。)は,前記(ア)の通知を受けて,平成10年11月9日,都立高等学校長らに対し,「公立小・中・高等学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する調査について(通知)」(10教指企第247号)を発し,前記調査結果を通知するとともに学習指導要領に基づき入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導を徹底するよう通知した。さらに,E1指導部長は,平成10年11月20日,各都立高等学校長に対し,「入学式及び卒業式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の徹底について(通知)」(10教指高第161号)を発し,学習指導要領及び次のような内容の実施指針に基づき入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導を徹底するよう通知した。(乙1,2の1及び2,同3,証人G1【1,7頁】) 「都立高等学校における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針 1 国旗の掲揚について  入学式や卒業式などにおける国旗の取扱いは,次のとおりとする。なお,都旗を併せて掲揚することが望ましい。 (1) 国旗の掲揚場所等  ア 式典会場の正面に掲げる。  イ 屋外における掲揚については,掲揚塔,校門,玄関等,国旗の掲揚状況が生徒,保護者,その他来校者に十分に認知できる場所に掲揚する。 (2) 国旗を掲揚する時間  式典当日の生徒の始業時刻から終業時刻までとする。 2 国歌の斉唱について  入学式や卒業式などにおける国歌の取扱いは,次のとおりとする。 (1) 式次第に「国歌斉唱」を記載する。 (2) 式典の司会者が「国歌斉唱」と発声する。」 イ(ア) 文部省は,平成11年春,全国の公立小・中・高等学校の同10年度卒業式及び同11年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況に関する調査を行ったところ,前記ア(ア)の調査に比べて全体として実施率が上昇しているものの,一部の都道府県及び政令指定都市において依然として実施率が低い状況にあった。文部省は,国旗・国歌法が公布,施行されたこと及び前記調査結果を受けて,平成11年9月17日,都道府県,政令指定都市教育委員会教育長らに対し,「学校における国旗及び国歌に関する指導について(通知)」(文初小第145号)を発し,入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱について指導をより徹底するよう通知した。(乙1,4の1,証人G1【1,7頁】) (イ) 都立高校の国旗掲揚率は,前記(ア)の文部省の調査によれば,平成10年度卒業式が92.3%,同11年度入学式が95.0%であり,同入学式についてみれば三重県(91.9%),奈良県(93.3%)に次ぐ低い実施率であった。また,都立高校の国歌斉唱率は,前記(ア)の文部省の調査によれば,平成10年度卒業式が7.2%,同11年度入学式が5.9%であり,同入学式についてみれば三重県の3.2%に次ぐ低い実施率であり,全国平均85.2%を大きく下回るものであった。 (ウ) 東京都教育庁は,前記調査結果を受けて,平成11年6月23日,教育庁次長を本部長とする「都立学校卒業式・入学式対策本部」を設置し,都立学校における入学式及び卒業式の適正実施に関して検討・協議を行うことにした。また,東京都教育庁指導部長E2(以下「E2指導部長」という。)は,前記(ア)の通知を受けて,平成11年10月1日,都立学校の各校長に対し,「学校における国旗及び国歌に関する指導について(通知)」(11教指企第212号)を発し,入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導を一層徹底するよう通知した。(乙1,4の2,証人G1【1,7頁】) (エ) 被告都教委教育長Fは,平成11年10月19日,都立高等学校の各校長に対し,「入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について(通達)」(11教指高第203号)を発し,学習指導要領及び前記ア(ウ)の実施指針に基づき,入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱を実施するよう通達した。前記通達には,@教職員に対しては,入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の意義について,学習指導要領に基づき説明し,理解を求めるよう努めるとともに,併せて,国旗・国歌法制定の趣旨を説明すること,A生徒に対しては,国際社会に生きる日本人としての自覚及び我が国のみならず他国の国旗及び国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度が重要であることを十分説明すること,B保護者に対しては,学校教育において,生徒に国旗及び国歌に対する正しい認識やそれらを尊重する態度の育成が求められていること,学校は入学式及び卒業式において国旗掲揚及び国歌斉唱の指導を学習指導要領に基づき行う必要があることなどを時機をとらえて説明すること,C校長が国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり職務命令を発した場合において,教職員が式典の準備業務を拒否した場合,又は式典に参加せず式典中の生徒指導を行わない場合は,服務上の責任を問われることがあることを教職員に周知することなどが明記されていた。なお,上記通達は,被告都教委の校長に対する職務命令という扱いではなかった。(乙1,5,証人G1【1,7,28ないし31頁】) (オ) 東京都教育庁指導部高等学校教育指導課及び同部心身障害教育指導課は,平成12年1月,前記(ウ)の通達の趣旨を徹底するため,都立学校の全教職員に向けたリーフレットを作成し,これを配付した。このうち東京都教育庁指導部高等学校教育指導課が作成したリーフレットには,学習指導要領解説「特別活動編」の抜粋,前記(ウ)の通達,全国の公立高等学校の卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況を掲載するとともに,資料として,平成11年3月開催の卒業式において混乱が生じた都立高等学校の保護者有志から同高等学校の教職員に宛てた抗議の手紙,国旗,国歌に対する世論調査の結果等が掲載されていた。また,東京都教育庁指導部心身障害教育指導課が作成したリーフレットには,学習指導要領解説「特別活動編」の抜粋,前記(ウ)の通達等が掲載されていた。(甲2,乙1,6,7,証人G1【1,7頁】) ウ(ア) 文部科学省は,全国の公立小・中・高等学校の平成12年度卒業式及び同13年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況に関する調査を行ったところ,全国的に実施率が上昇し,同入学式における高等学校(全日制)の国旗掲揚率は100%,国歌斉唱率は99.6%となったものの,一部の都道府県及び政令指定都市において全校実施が達成されていない状況にあった。文部科学省初等中等教育局長Hは,前記調査結果を受けて,平成13年5月25日,都道府県,政令指定都市教育委員会教育長に対し,「学校における国旗及び国歌に関する指導について(通知)」(13文科初第287号)を発し,全校実施が達成されていない都道府県等においてはすべての学校において国旗掲揚及び国歌斉唱が実施されるよう指導を徹底すること,引き続き学習指導要領に基づく国旗掲揚及び国歌斉唱に関する指導が一層適切に行われるように指導するよう通知した。(乙1,8の1,証人G1【1,7頁】) (イ) 都立高校(全日制)の国旗掲揚率及び国歌斉唱率は,前記(ア)の文部科学省の調査によれば,平成12年度卒業式及び同13年入学式いずれも100%になった。 (ウ) E2指導部長は,前記調査結果を受けて,平成13年6月12日,都立学校の校長に対し,「学校における国旗及び国歌に関する指導について(通知)」(13教指企第158号)を発し,今後とも入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導を一層適切に行うよう通知した(乙1,8の2,証人G1【1,7頁】)。 エ(ア) 文部科学省初等中等教育局教育課程課長Iは,平成15年3月5日,各都道府県教育委員会教育長らに対し,「公立小・中・高等学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する取扱いについて(照会)」(14初教課第29号)を発し,同14年度卒業式及び同15年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況に関する調査を依頼した。東京都教育庁指導部長E3(以下「E3指導部長」という。)は,前記調査依頼を受けて,平成15年3月6日,区市町村教育委員会教育長に対し,「公立小・中学校及び都立学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する調査について(依頼)」(14教指企第663号)を発し,同14年度卒業式及び同15年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況に関する調査を依頼した。前記調査結果を受けて,E3指導部長は,平成15年5月22日,被告都教委の同年第9回定例会において,同14年度卒業式及び同15年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施状況に関する調査結果を報告した。E3指導部長は,前記報告において,@平成14年度卒業式をフロア形式で実施した都立高校が4校,都立盲・ろう・養護学校が7校あったが,同15年度入学式では都立高校で1校,都立盲・ろう・養護学校で4校に減ったこと,A国歌は全校で斉唱したが,式次第に「国歌斉唱」と記載しなかった都立高校が同14年度卒業式では3校,同15年度入学式では1校あることなどを報告し,入学式,卒業式が学習指導要領に基づいて適正に実施されるよう今後も指導を継続する旨述べた。(乙1,9の1及び2,同10,証人G1【1,7頁】) (イ) 東京都教育庁は,平成15年6月25日,前記(ア)の調査結果を受けて,卒業式及び入学式を学習指導要領に基づきより適正に実施するため,新たに「都立学校等卒業式・入学式対策本部」を設置し(以下「本件対策本部」という。),本件対策本部に幹事会(幹事長J)を設置した。なお,本件対策本部の構成員は7名,幹事会の構成員は15名であった。(甲161,208の1【4,5頁】,乙1,11,証人G1【1,2頁】) (ウ) B教育長は,平成15年7月2日開催の東京都議会本会議において,東京都議会議員K(以下「K都議」という。)の質問に対し,次のとおり答弁した(甲222【2,5頁】,268)。 K都議:「国歌斉唱時に,内心の自由があるからと事前に説明する必要はないと思いますが,都教委の見解を伺いたい。また,今後こうした行為に関してどのように対応するのでしょうか。また,国歌斉唱時に起立もしない教職員がいまだに存在することについて,見解を求めます。」 B教育長:「国歌斉唱時に関し内心の自由を説明することについてでございますが,卒業式や入学式等におきましては,学習指導要領に示された意義を踏まえまして,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう児童生徒に対して指導しなければならないものでございます。卒業式や入学式等は,厳粛かつ清新な雰囲気の中で,新しい生活の展開への動機づけを行うための儀式的行事でございまして,国歌斉唱に当たって,司会者が教員(「児童生徒」の言い間違え。)に対し内心の自由について説明することは,極めて不適切であると考えております。今後,都教育委員会は,学習指導要領に基づく卒業式,入学式等の適正実施に向けて,新たな実施指針を策定し,各学校及び区市町村教育委員会を指導してまいります。」,「国歌斉唱時に教職員が起立しないことについてでございますが,卒業式,入学式において,児童生徒に我が国の国旗,国歌の意義を理解させ,これを尊重する態度を育成すべき教員が,国歌斉唱時に起立しないということは,あってはならないことでございます。都教育委員会は,今後,卒業式,入学式における国歌斉唱の指導を適正に実施するよう,各学校や区市町村教育委員会を強く指導してまいります。」 (エ) 本件対策本部及び幹事会は,平成15年7月9日,第1回対策本部及び第1回幹事会を開催した。第1回対策本部及び第1回幹事会では,平成14年度卒業式及び同15年度入学式の問題点として,@同11年10月20日付け実施指針どおり国旗を舞台檀上正面に掲揚していない学校があること,A式をフロア形式で実施している学校があること,B式次第に「国歌斉唱」と記載しない学校があること,C司会が国歌斉唱時に「起立」と発声しない学校があること,D国歌斉唱時に起立しない教職員がいること,E司会が開式前に「内心の自由」について説明する学校があることなどが報告された。本件対策本部及び幹事会では,前記問題点について,国旗,国歌の指導の意義及び儀式的行事の意義からして是正すべきとの認識を有していた。本件対策本部及び幹事会は,平成15年8月26日に第2回幹事会,同年10月1日に第2回対策本部及び第3回幹事会,同月9日に第4回幹事会,同月17日に第3回対策本部をそれぞれ開催し,入学式及び卒業式等における国旗掲揚,国歌斉唱を適正に実施するための方策について検討した。(甲19,161,203の1,同256,266の1及び2,乙1,12の1ないし3,証人G1【1ないし4頁】) (3) 本件通達発令の状況 ア 本件対策本部は,前記(2)エ(エ)の対策本部及び幹事会の検討結果を取りまとめて,平成15年10月23日,被告都教委の同年第17回定例会において,本件通達の内容を報告した。そして,被告都教委は,平成15年10月23日,B教育長名で都立学校の各校長に対し,本件通達を発した。また,被告都教委は,平成15年10月23日,2年間の業績評定が下位評定であること,戒告以上の懲戒処分を2回以上受けたことなどの要件に該当する教育管理職(校長,副校長及び教頭)について,研修実施,降任勧告等の措置を講ずるとの「適格性に課題のある教育管理職の取扱いに関する要綱」を発表した。(甲1,188の1,同208の1【5,6頁】,同211の1【30頁】,乙13,14の3,証人G1【4頁】,同G2【10頁】) イ 被告都教委は,平成15年10月23日午後2時から,東京都庁第一本庁舎5階大会議場において,都立学校の校長らを対象にして,「教育課程の適正実施にかかわる説明会」(以下「本件説明会」という。)を開催した。被告都教委は,本件説明会の全体会において,都立学校の校長らに対し,本件通達を配付したうえ,概略,次のとおり,その趣旨説明を行った。(甲188の5,同203の2,同208の1【8頁】及び3【25,26頁】,同211の1【25ないし28頁】,3【4,6,28,36頁】,4【1,32頁】,5【1頁】,6【3頁】,7【4,28頁】,8【1,26頁】,9【1,29頁】,10【1頁】,11【1,36頁】,12【1頁】及び15【2,29,30頁】,同262【1,9,10頁】,乙1,14の1ないし3,証人G2【2ないし7,31頁】,同G1【1,4,5頁】,ただし証人G1については下記認定事実に反する部分を除く。)  なお,被告都教委は,都立学校の各校長に対し,教職員に対する職務命令を出すようにと命じたことはない旨主張し,証人G1は,校長は国旗,国歌の指導に何ら課題がなく,全く問題なく実施できるという状況であれば,職員に対して国歌斉唱等についての職務命令を出さないということもあり得ると証言する。しかし,証人G1は,被告都教委は職務命令を出すか出さないかの判断について指導,助言していること,学校の状況等から判断して,職務命令を出さなければ本件通達どおり入学式,卒業式等が実施できない学校については,職務命令を出す方法等について指導していること,平成15年度卒業式に際しては,すべての学校で職務命令を出さないと通達どおり実施できないと判断して学校を指導したことなどを証言しており(証人G1【8,26ないし28頁】),実質的にみて,被告都教委は,各校長に対し,教職員への職務命令を出すように命じていたものと認めるのが相当であり,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。 (ア) B教育長は,本件説明会において,@教育改革は進んでいるが,日本人としてのアイデンティティの課題が残っている,A卒業式,入学式などで着席のままの教員がいるが,これは運営の妨げである,B(卒業式,入学式等の適正実施は)儀式的行事の問題にとどまらず,学校経営の問題であるなどと挨拶した。 (イ) 東京都教育庁人事部長Lは,本件説明会において,都立学校の校長に対し,次のとおり,詳細に本件通達に基づく入学式,卒業式の適正実施について説明をした。 a 教員を職務命令に従わせることが大事である。 b 職務命令を出すに当たっては,いつ,どこで,誰に向かって発したか記録すること。 c 国旗は舞台壇上正面に掲揚すること。 d 式典の妨害があった場合には職務命令で排除すること。 e 屋外の国旗掲揚の時間帯は,始業時から終業時まで,すなわち,全日制であれば8時15分から17時ころまでとすること。 f 教職員は国旗に向かって起立し国歌を斉唱させること。 g 教職員の座席を指定すること。 h 教職員が起立しない場合,現認確認をし,都教委に報告をすること。都教委は報告を受けて,服務上の責任を問う。教育庁を挙げて体制を作る。 i (国歌斉唱時に)座っている人にその場で職務命令を出すのは難しいから,必ず事前に職務命令を出すこと。 j 教職員が国歌を斉唱していない場合,その現認は難しい。起立,不起立はわかりやすい。 k 国歌斉唱のピアノ伴奏については,会場にピアノがあればピアノで伴奏すること。ピアノがない場合は,運び込むか考えること。やむを得ない場合はCD伴奏。ピアノ伴奏は専科の教員に命令すること。いつ,誰に,どこで命令したのか記録すること。弾きたくないとの意思を示した教員には,職務命令違反として現認し,報告すること。 l 会場設営については,児童生徒が正面を向くようにすること。 m 教職員が会場を設営しない場合,職務命令で行わせること。 n 教職員の服装は礼服がよい。礼服でないとしてもスーツにネクタイがふさわしいと都教委は考えている。体育着上下とかポロシャツ,セーター,Gパンはふさわしいとは考えていない。問題のある場合には教職員の服装を現認し,報告すること。 o 職務命令についてはマニュアルを作成するので,それに従うこと。 (ウ) E3指導部長は,本件説明会において,都立学校の校長に対し,本件通達が被告都教委の教育長から各校長に対する職務命令であると説明したうえで,卒業式等の実施に当たっては,本件実施指針に従って式典を行うよう各教員に対して職務命令を出すように指示した。 ウ 被告都教委は,平成15年10月23日,東京都庁において,前記イの全体会に続いて,学区毎の連絡会を開催し,主任指導主事らが,都立学校の校長に対し,本件通達について指導を行った。このうち,M主任指導主事は,以下のような,指導を行った。(甲188の5,同211の1【25,28,29頁】及び15【45,46頁】,同262【10,11頁】,証人G2【8ないし10,31頁】) (ア) 国旗の「舞台壇上正面」とは,壇上正面の壁面を指す。上からつり下げる場合を含む。三脚は不可である。 (イ) 本件通達の法的根拠は,学習指導要領に基づくものである(なお,学校教育法28条3項,地教行法23条5号にも言及があった。)。 (ウ) 国旗,都旗は各学校の予算で早急に購入すること。国旗のサイズは,中型が1メートル四方,大型が1.5メートル四方で3000円から4000円程度,都旗は2万円程度。都旗は,イチョウのものはシンボルマークであって都旗ではない。正式な都旗を使用すること。「N」という業者があるので,電話番号と担当者名をメモすること。注文後,10日程度で届く。貸出はしない。 (エ) 国旗,都旗,校旗の3枚を掲揚する場合は,正面に国旗,向かって左に都旗,向かって右に校旗とすること。 (オ) 国歌斉唱時に起立している状況を作ればよい。入場,一同起立,開式の辞,国歌斉唱の順に起立のまま通して行うことでよい。 (カ) 内心の自由の説明をすることによって,起立,斉唱しにくい状況を作らないこと。したがって,実施指針にも「起立を促す」とある。 (キ) 教員はできる限り会場内に入れること。可能な限り最大限の人数を入れること。会場外の受付,警備の係は必要最低限の人数とすること。会場内の人数は指導部で把握する。 (ク) 起立しない教職員の現認方法は,追って指示する。 (ケ) ピアノがある学校は,当然ピアノ伴奏をすること。ピアノを会場に持ち込むことが可能な学校も同様。ピアノ伴奏が不可能なのは,伴奏者のいないところ。その場合は,ピアノ伴奏ができない理由を都教委に文書で提出すること。音楽専任教員のいない学校は伴奏可能な教員に伴奏を命じること。伴奏可能な教員が誰もいない学校はCD等で伴奏を流す場合もあるので,都教委に相談すること。 (コ) 教職員の服装は,式典にふさわしいものとする。何が式典にふさわしいかは,社会通念上の判断である。 (サ) 本件通達にいう「入学式,卒業式等」の「等」とは,周年行事,開校式,閉校式,落成式等の儀式的行事である。 (シ) (平成16年3月の卒業式には)全都立学校に教育庁職員を必ず派遣する。課長級以上(主任指導主事,統括指導主事)が1名,他に1名ないし数名の指導主事を派遣する。 (ス) 今後,職務命令を出す方法と手順について手順書を示すので,それに則って行うこと。 (4) 本件通達発令後の状況 ア 本件通達発令後,都立Y高等学校の平成15年10月31日開催の創立30周年記念式典を初め,各都立学校の周年行事において,各校長から教職員に対し,職務命令書に基づいて個別に,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することなどの職務命令が出された(甲280)。 イ E3指導部長は,平成15年11月11日,都立高校校長連絡会の講話において,@入学式,卒業式等の実施態様について課題を指摘されている,都議や都民からいつまでこういう状態なんだと批判が来ている,A本件通達は校長への職務命令である,本件通達を校長のツールとして活用していただきたい,B卒業式や入学式について,まず形から入り,形に心を入れればよい,形式的であっても,(教員や生徒が国歌斉唱時に)立てば一歩前進であるなどと述べた(甲212の2,証人G2【11頁】)。 ウ 東京都教育庁高等学校教育指導課長O(以下「O指導課長」という。)は,平成15年12月9日,都立高校校長連絡会全体会において,同月3日に東京地方裁判所において言い渡された判決(乙16,小学校の音楽専科の教員が入学式の国歌斉唱時にピアノ伴奏をしなかったことに関して受けた戒告処分の取消訴訟)に言及しつつ,次のような指導を行った。すなわち,O指導課長は,@職務命令は,口頭でも立会人不在でも有効だが,訴訟対応上,必ず書面で立会人をつけて行うこと,A教務主任研修会で本件実施指針が憲法違反ではないかとの発言をした教務主任がいるが,教務主任の発言として不適切であり,当該教務主任を選任した校長の責任であるから指導してもらうこと,B校長から不協和音を出さないことなどを指導した。(甲212の3,同262【19頁】,証人G2【11ないし13頁】) エ O指導課長は,平成16年1月13日,都立高校校長連絡会全体会において,校長らに対し,同年3月中に,同年4月実施の入学式について職務命令を出しておくように指導した。また,上記全体会に続いて開催された学区毎の会合において,5学区担当指導主事Pは,校長らに対し,@卒業式の実施要項の中には会場の配置図,教員の座席図,司会の進行台本,教員の役割分担表を必ず入れること,A式次第には被告都教委の挨拶を必ず入れること,B実施要項ができたらすぐに指導主事に提出すること,C教職員に対しては口頭及び文書で職務命令を出すことを内容とする指導を行った。このような指導主事からの指導は,すべての学区において行われた。(甲211の8【34頁】,同212の4,証人G2【13,14頁】) オ 本件対策本部は,「平成15年度卒業式及び平成16年度入学式の適正実施に向けた日程(案)」において,平成16年1月に校長を対象として「卒業式の適正実施に向けての連絡会」を開催し,本件通達に沿った実施の問題点・対応策の検討,実施状況の調査依頼を予定していた。O指導課長は,平成16年1月30日,5学区の臨時校長連絡会において,校長らに対し,本件通達に関するQ&A及び「卒業式・入学式の実施に当たって(A高校の周年行事の実施例)」と題する資料を配付して,その内容を説明し,そのとおり入学式,卒業式を実施するように指導をするとともに,「職務命令には,『実施要項に従って業務を行うこと』と書く」,「司会者に対しては,『進行表により司会を行うこと』と付け加える」,「職務命令書は,1人1人に手渡すこと」,「何日かかっても手渡すこと」,「例えば学校で受け取らなかった教員に,それでは家に行って手渡すと言ったら次の日の朝に学校で受け取ったという例もある。そのぐらいねばり強くやりなさい」,「教頭は(国歌斉唱の)5分くらい前に不起立教員の現認の準備の配置に付きなさい。国歌斉唱自体は約40秒ぐらいだが,その間に教頭が現認をすること。教育委員会職員はあくまで補助である」,「『(実施指針にある)国旗に向かって起立し』とは,要するに,国旗にケツ向けるなということである」,「国旗国歌について説明はしていいが,『歌わなくて良い』などとは言ってはいけない」などと述べた。また,上記Q&Aには,@教職員は可能な限り全員式場に入れること,A教員の参列状況及び国歌斉唱時の起立状況を確認するため座席指定が必要であること,B司会等は主幹等の教員が行い,教頭は行わないこと,C国歌斉唱時の不起立の確認は管理職が行い,教育委員会職員は補助であることなどが記載されていたが,上記臨時校長連絡会終了後に回収された。さらに,上記「卒業式・入学式の実施に当たって(A高校の周年行事の実施例)」と題する資料には,@2週間前までに式の実施要項(会場図,座席表,式次第,役割分担表等を含む。)を作成すること,A1週間前までに教職員全体に対して口頭で包括的な職務命令を発令すること,B前日までに教職員個人に対して文書で職務命令を発令すること,C式当日は国歌斉唱状況を確認し,不起立等の職務命令違反があった場合には,校長が当該教職員に事実を確認し,報告書を作成することなどが記載されていた。なお,他の学区においても,臨時校長連絡会が開催され,O指導課長らから本件通達に関して同様の説明がされた。(甲188の4,同211の1【31,32頁】及び15【50頁】,同262【18頁】,証人G2【14ないし18頁】) カ O指導課長は,平成16年2月10日,都立高校校長連絡会全体会において,校長らに対して指導を行うとともに,「10・23通達に反対する都民が(都教委に対し)要請文を持ってきたが,何を言われようと一切(方針を)変えるつもりはない。」などと述べた。また,上記全体会に続いて開催された学区毎の会合において,5学区担当指導主事P及びQ主任は,校長らに対し,「職務命令は文書で(1人1人に)手渡しなさい」などと指導を行うとともに,前記オのQ&Aの内容を変更したQ&Aを配付したが,前記オのQ&Aに従うよう指示した。上記変更後のQ&Aには,@教職員は全員式場に入れるか否かについて,学校の状況に応じて校長が判断することではあるが,できるだけ多くの教職員が,生徒の門出を心から祝福できるようにしてほしい,A座席指定は行わなければならないか否かについて,本件実施指針には,「教職員は,指定された座席で国旗に向かって起立し」とあるので,座席指定を行わなければならないなどと記載されており,司会を誰が行うのか,どのように国歌斉唱時の不起立を現認するのかなどについては項目自体が削除されていた。(甲7,188の12,同211の1【32頁】,同212の5,同262【16頁】,証人G2【18ないし20頁】) キ 被告都教委学区担当指導主事らは,平成16年2月から3月までの間,都立学校の校長らに対して,同15年度卒業式について,直接又は電話,電子メールで指導を行い,事前に卒業式実施要項を提出させるとともに,その内容に問題がある場合には修正をさせるなどした。また,被告都教委は,都立学校の校長らに対し,卒業式で国歌斉唱時の不起立等の服務事故が発生した場合,速やかに被告都教委人事部担当管理主事に対し電話連絡をするとともに,同人事部職員課に事故報告書を提出することなどを指示した。(甲178の25,同188の2,3及び6,証人G2【11,13,20ないし22頁】,原告A43【28頁】) ク 都立学校では,本件通達に基づき,平成16年3月実施の卒業式,同年4月実施の入学式において,校長から教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において,国歌斉唱の際,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱するよう口頭及び職務命令書による職務命令が発せられた(ただし,このうち都立V高等学校,同W高等学校では口頭による職務命令のみ発せられた。)。また,被告都教委は,上記式典に先立って,都立学校の校長から,式典の実施要項(式場図,進行表,教職員の座席一覧等)を提出させた。上記式典では,本件通達に従って会場設営が行われることになり,生徒の座席はすべて正面の日の丸に向かって並べられ,フロア形式などは行われないことになった。(甲188の7,同203の2,同211の1【32,33頁】,同262【2,3,19,20頁】,証人G1【27,28,46頁】,同G2【22頁】) ケ(ア) 被告都教委は,平成16年3月の都立学校の卒業式にそれぞれ複数の職員を派遣した。派遣された被告都教委職員は,1名が設置者として挨拶し,他の職員は教職員の座席の後に座り,「国歌斉唱」の式次第への記載の有無,「国歌斉唱」「起立」との号令の有無,国歌斉唱時の教職員,生徒及び保護者の起立,不起立の状況等を監視し,被告都教委に報告した。そして,国歌斉唱時に起立しなかった教職員,ピアノ伴奏をしなかった教職員がいた都立学校では,校長及び教頭が,被告都教委の指示に従って,式典当日に当該教職員に対し,起立を促すなどしたうえ,不起立ないしピアノ伴奏拒否の事実確認をするとともに,被告都教委人事部学区担当管理主事に対し,電話で服務事故発生の報告をした(なお,被告都教委職員が上記事実確認に立ち会う学校もあった。)。さらに,国歌斉唱時に起立しなかった教職員,ピアノ伴奏をしなかった教職員がいた都立学校では,校長が,予め用意されたひな型を使用して,服務事故報告書を作成し,これを被告都教委人事部職員課に提出した。なお,被告都教委人事部職員課は,校長から提出された服務事故報告書の案文について修正を指示するなどしており,上記服務事故報告書の校長所見欄には,被告都教委の厳正なる処分又は措置を求める旨の記載がされていた。被告都教委は,上記服務事故報告書の提出を受けた後,指導主事らをして,国歌斉唱時に起立しない教職員がいた学校の校長から事情聴取をさせ,事情聴取書を作成した。(甲178の26ないし41,53ないし56,同188の8及び9,同211の1【34ないし37頁】,6【51頁】及び15【51ないし53頁】,同262【2,20ないし23頁】,証人G2【22ないし26頁】,原告A43【37ないし41頁】) (イ) B教育長は,平成16年3月16日開催の東京都議会予算特別委員会において,K都議の質問に対し,次のとおり,答弁した(甲175の17,同208の1【36,37頁】,同218【5,7頁】)。 K都議:「卒業式などでクラスの大半が国歌を歌えない,歌わない状態であった場合,教師の指導力に不足があるか,あるいは教師による誘導的な指導が行われていたかということになると思いますが,いかがでしょうか。」 B教育長:「学習指導要領に基づきまして国歌の指導が適切に行われていれば,歌えない,あるいは歌わない児童生徒が多数いるということは考えられませんし,その場合は,ご指摘のとおり,指導力が不足しているか,学習指導要領に反する恣意的な指導があったと考えざるを得ません。」 K都議:「これは肝心なことなので確認をしたいんですが,例えば5クラスあって,そのうちの4クラスでは生徒が起立をし,国歌を斉唱したが,1クラスのみ生徒が起立せず,国歌も斉唱しなかったとしたら,そのクラスは学習指導要領に基づく指導がなされていないと考えていいんでしょうか。」 B教育長:「そのとおりでございます。」 K都議:「その場合,そのクラスの指導を担当した教員は,処分対象と考えてよろしいでしょうか。」 B教育長:「おっしゃるような措置をとることになります。」 (ウ) 被告都教委は,平成16年3月30日,同月31日及び同年5月25日,同15年度卒業式において,式典会場に入場しなかった教職員,国歌斉唱時に起立しなかった教職員,国歌斉唱時のピアノ伴奏を拒否した教職員合計171名について,職務命令違反及び信用失墜行為を理由に戒告処分を行った。また,被告都教委は,平成16年3月30日,同年4月から定年退職後の再雇用職員として勤務することを希望して既に合格通知を受けていた教職員3名,同月から引き続き再雇用職員として勤務することを希望して既に合格通知を受けていた教職員5名に対し,同15年度卒業式の国歌斉唱時に起立しなかったことが職務命令違反及び信用失墜行為に当たるとして合格を取り消す旨の通知をした。なお,被告都教委は,平成16年4月6日,同15年度卒業式の国歌斉唱時に起立しなかったことが職務命令違反及び信用失墜行為に当たるとして,東京都の公立小・中学校,東京都立ろう・養護学校の教職員19名について戒告処分,2度目の懲戒処分となる養護学校教員1名について1か月間同人の給料10分の1を減じるとの懲戒処分をした。(甲175の21及び22,同188の10,同208の2,3【5,25頁】,証人G3【16,17頁】,原告A43【43,44頁】) (エ) 被告都教委は,平成16年5月25日,同年度入学式において,国歌斉唱時に起立しなかった都立学校の教職員33名,東京都の公立小・中学校の教職員4名に対し,職務命令違反及び信用失墜行為を理由にして戒告処分を行い,2度目の懲戒処分となる都立学校等の教職員3名について1か月間同人らの給料10分の1を減じるとの懲戒処分をした(甲175の21及び22,同209の1及び2)。 (オ) 被告都教委は,本件通達発令後,入学式,卒業式等の式典において,国歌斉唱時に不起立等をした教職員に対し,1回目は戒告,2回目は1か月間当該教職員の給料10分の1を減じる,3回目は6か月間当該教職員の給料10分の1を減じる,4回目は停職1か月という基準で懲戒処分を行っている(原告A43【44頁】,弁論の全趣旨)。 コ 被告都知事Rは,平成16年4月9日に実施された教育施策連絡会において,「今度,私よりも非常に熾烈ではっきりしているB教育長が,教育委員の皆さんと頑張ってくれて,当然のことですけれども,国旗・国歌というものを公立の学校の中での入学式,卒業式に,1つの規範として,ルールとしてうたっていただく。」と述べた。また,被告都教委教育委員Sは,上記教育施策連絡会において,入学式,卒業式等の式典の国歌斉唱時に起立しない教職員らについて,「あいまいさを改革のときには絶対残してはいけない。この国旗・国歌問題,100%やるようにしてくれということを事務局にも教育長にも言っているわけですけれども,1人の人,あるいは2人の人だからいいじゃないのと言うかもしれませんけれども,改革というのは,何しろ半世紀の間につくられたがん細胞みたいなものですから,そういうところにがん細胞を少しでも残すと,またすぐ増殖してくるということは目に見えているわけです。徹底的にやる。あいまいさを残さない。これは非常に重要なことだと思っております。」と述べた。(甲203の6) サ B教育長は,平成16年6月8日開催の東京都議会の同年第2回定例会において,東京都議会議員T(以下「T都議」という。)の代表質問に対し,次のとおり,答弁した(甲208の1【38,39頁】,同272)。 T都議:「仮に,研修センターでの研修を数日あるいは1日受講する際に,当初から教育公務員としての反省の態度が全く見られず,また成果も上がっていない場合,研修の延長,あるいは再研修を命じるべきであります。重要な法令違反を犯し,反省もしていない者を教員として教壇に戻すことはあってはならないと考えますが,いかがでしょうか。」「教職員組合などが盛んに,生徒の内心の自由を使うことが反撃のポイントといっている以上,生徒の政治的利用を許さない点からも,軽微な処分を繰り返すのではなく,職務命令として,学習指導要領規定の遵守を出すべきと考えますが,いかがでしょうか。」 B教育長:「処分を受けた教員の研修についてですが,卒業式,入学式等におきまして,校長の職務命令に違反し,処分を受けた教員に対しまして,再発防止の徹底を図っていくことは重要でございます。これらの教員等に対しまして,服務事故再発防止研修を命令研修として受講させ,適正な教育課程の実施及び教育公務員としての服務の厳守などについて,自覚を促してまいります。なお,受講に際し,指導に従わない場合や成果が不十分の場合には,研修修了とはなりませんので,再度研修を命ずることになりますし,また,研修を受講しても反省の色が見られず,同様の服務違反を繰り返すことがあった場合には,より厳しい処分を行うことは当然のことであると考えております。」「今後,校長の権限に基づいて,学習指導要領や通達に基づいて児童生徒を指導することを盛り込んだ職務命令を出し,厳正に対処すべきものと考えております。」 シ 被告都教委は,平成16年6月ころ,同15年度卒業式及び同16年度入学式において,国歌斉唱時に起立しない生徒が多かった都立学校等の学級担任,管理職等67名に対し,指導不足による生徒の不起立,不起立を促す教員の不適切な言動等を理由にして,厳重注意,注意,指導を行った。不起立を促す教員の不適切な言動とは,本件通達発令前に複数の都立学校において,入学式,卒業式等の式典前に行われていた説明であり,生徒や保護者らに対し,国歌斉唱時の起立及び斉唱を行うか否かは個人の判断に任せられている旨の説明のことであった。(甲3ないし6,159,175の1,同175の23の1ないし43,同175の25ないし27,同267の1及び2,証人G3【1,16ないし18頁】) ス 被告都教委は,平成16年8月2日及び同月9日,東京都総合技術教育センターにおいて,同15年度卒業式及び同16年度入学式において,国歌斉唱時に起立をしなかったことなどにより戒告処分等の懲戒処分を受けた教職員に対し,服務事故再発防止研修を実施した。また,被告都教委は,平成16年8月30日,入学式,卒業式等の式典において,国歌斉唱時の不起立等により,懲戒処分が2度目となり減給処分を受けた教職員に対し,専門研修を実施した。(甲190の1,弁論の全趣旨) セ(ア) 被告都教委教育長U(以下「U教育長」という。)は,平成17年12月8日開催の東京都議会の同年第4回定例会において,T都議の質問に対し,次のとおり,答弁した(甲203の11【5,6頁】)。 T都議:「実施指針,通達の趣旨をさらに周知徹底する必要があると思いますが,見解はいかがでしょうか。教職員組合は,この個別的職務命令をあいまいな包括的職務命令に変更するよう,あらゆる手段を尽くして都教委に働きかけています。私の調査によれば,驚くべきことにそれに迎合する勢力も都教委の一部にあると確認されています。実際,都立V高等学校,V高の前校長W氏は個別職務命令を発出しなかった校長の1人ですが,この後任の柿添校長も,個別職務命令を式典実施要項に判をついただけ,それも欠席者には渡していないといったありさまで,実質的に職務命令を形骸化させています。・・・残念ながらこうした敵前逃亡も一部にあるのです。とすると,職務命令を出す際の基準を都教委として示す必要があります。見解を求めます。」 U教育長:「職務命令を出す際の基準についてでございますが,これまでも都教育委員会では,学習指導要領や通達に基づきまして卒業式及び入学式等を適正に実施するために,全校全教職員に対しまして,包括的職務命令に加え,個別的職務命令を発出するよう校長を指導してまいりました。」「職務命令は,あくまでも校長の権限と責任に基づいて発出されるものではありますが,今後は,職務命令として必要な要件を参考として通知するとともに,校長連絡会等におきまして周知を図るなど,卒業式,入学式等の適正な実施に向けて校長を支援してまいります。なお,職務命令の発出に課題のある学校につきましては,個別に指導の徹底を図ってまいります。」「卒業式等において学級の生徒の多くが起立しないという事態が起こった場合には,その後,他の学校の卒業式等において同様の事態が発生するのを防止するため,生徒を適正に指導する旨の通達を速やかに発出いたします。」 (イ) 被告都教委指導部長E4は,平成18年2月10日,都立学校の校長に対し,前記(ア)のU教育長の答弁内容に沿って,「入学式・卒業式等の適正な実施について(通知)」(17教指企第1037号)を発出した。上記通知には,「入学式・卒業式等の儀式的行事を適正に実施するために,校長の権限と責任に基づき,職務命令書を適切に作成するようお願いします。」「各教職員が自らの職務を明確に認識できるように,児童・生徒への指導,司会,ピアノ伴奏等の具体的な職務内容を,実施要項とは別の文書によって個別に示すこと。」「児童・生徒への指導に当たっては,学習指導要領に基づき適正に指導することを明示すること。」などが記載されていた。(甲260) 2 争点(1)(本案前の答弁)について (1) 原告らの被告都教委に対する前記「第1請求」の第1ないし第4項は,いわゆる無名抗告訴訟であり,そのうち,第1及び第3項は公的義務の不存在確認請求,第2及び第4項は予防的不作為請求と呼ばれる訴訟類型である(なお,丁事件原告らの前記「第1 請求」の第2項は,平成16年法律第84号による改正後の行政事件訴訟法3条7項,37条の4に基づく「差止めの訴え」である。)。ところで,具体的・現実的な紛争の解決を目的とする現行訴訟制度のもとにおいては,義務違反の結果として将来何らかの不利益処分を受けるおそれがあるというだけでは,事前に上記義務の存否の確定,これに基づく処分の発動の差止めを求めることが当然のものとして許されているわけではない。しかしながら,当該義務の履行によって侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度,違反に対する制裁としての不利益処分の確実性及びその内容又は性質等に照らし,上記処分を受けてからこれに関する訴訟の中で事後的に義務の存否,処分の適否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなど,事前の救済を認めなければ著しく不相当となる特段の事情がある場合には,紛争の成熟性が認められるから,あらかじめ上記のような義務の存否の確定,これに基づく処分の発動の差止めを求める法律上の利益を認めることができるものと解するのが相当である(最一小判昭和47年11月30日民集26巻9号1746頁参照)。平成16年法律第84号による改正後の行政事件訴訟法3条7項は,差止めの訴え(行政庁が一定の処分又は裁決をすべきではないにもかかわらずこれをしようとしている場合において,行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟)を定め,同法37条の4第1項,第2項は,「差止めの訴えは,一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り,提起することができる。」,「裁判所は,前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする。」と規定しているのも,上記と同様の趣旨と解される。 (2) これを本件についてみてみるに,前記前提事実によれば,@本件通達は,都立学校において,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立をしない教職員がいることなどを問題として,このような状況を改めるために発せられた通達であること(前記前提事実(2),(3)),A被告都教委は,本件説明会,都立高校校長連絡会等において,都立学校の校長らに対し,再三,本件通達に基づき教職員に対して入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについての職務命令を発するよう指導し,校長らはこれに従って職務命令を出したこと(同(3)イ,ウ,(4)アないしカ,ク),B都立学校の各校長は,被告都教委の指示に基づき,教職員が入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについての職務命令に違反した場合,これを服務事故として被告都教委に報告し,被告都教委は,当該教職員に対し,1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目は停職の基準で懲戒処分を行うとともに,再発防止研修を受講させていること(同(4)ケ(ア),(ウ)ないし(オ),ス),C被告都教委は,定年退職後に再雇用を希望する教職員について,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立して国歌斉唱をしないなどの職務命令違反があった場合,再雇用を拒否していること(同(4)ケ(ウ)),D被告都知事,被告都教委教育長,被告都教委教育委員らは,依然として教職員が入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立しないこと,ピアノ伴奏をしないことは,教職員としてあるまじき行為であり,懲戒処分を受けて当然との認識を有していること(同(2)エ(ウ),(4)ケ(イ),コ,サ,セ(ア))がそれぞれ認められる。  上記@ないしDの各認定事実に照らすと,在職中の原告らは,今後も被告都教委から本件通達に基づく指導を受けた校長から入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについての職務命令を受けること,同職務命令を拒否した場合に上記のとおり懲戒処分を受け,再発防止研修の受講を命じられること,定年退職後に再雇用を希望しても拒否されることはいずれも確実であると推認することができる。そうだとすると,在職中の原告らは,懲戒処分等の強制の下,自己の信念に従って入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについての職務命令を拒否するか,自己の信念に反して上記職務命令に従うかの岐路に立たされることになるのであって,後記3で詳述するとおり,上記職務命令が違法であった場合に侵害を受ける権利は,思想・良心の自由等の精神的自由権にかかわる権利であるから,権利侵害があった後に,処分取消請求,慰謝料請求等ができるとしても,そもそも事後的救済には馴染みにくい権利であるということができるうえ,入学式,卒業式等の式典が毎年繰り返されることに照らすと,その侵害の程度も看過し難いものがあるということができる。また,在職中の原告らが,上記本件通達に基づく校長の職務命令に違反する毎に懲戒処分等の不利益処分を受けることは確実であり,その処分は戒告,減給,停職と回数を重ねる毎に重い処分となっている。そうだとすると,在職中の原告らが,現在の状況で上記職務命令を拒否し続けた場合,懲戒免職処分となる可能性も否定することができず,これらの処分により原告らが受ける不利益は看過し難いものがあるといえる。これら在職中の原告らが侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度,違反に対する制裁としての不利益処分の確実性,不利益処分の内容及び性質に照らすと,在職中の原告らが本件通達に基づく校長の職務命令に反したとして行われるであろう懲戒処分の取消訴訟等の中で,事後的に,入学式,卒業式等の式典において,国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務の存否及び当該処分の適否を争ったのでは,回復し難い重大な損害を被るおそれがあると認めることができ,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるというべきである。 (3) これに対し,被告らは,現時点において,在職中の原告らが入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に不起立及びピアノ伴奏拒否を繰り返すのか否か,これに対し,いかなる処分が下されるのかなどについて不明というほかないことなどから,同原告らには,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情は存在しない旨主張する。  しかし,在職中の原告らの一部は,本件通達発令後現在までの間,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に不起立及びピアノ伴奏の拒否を続けてきており,これに対し,被告都教委は,前記のとおり,戒告,減給,停職といった懲戒処分を行ってきたことが認められる(前記前提事実(4)ケ(ウ)ないし(オ),弁論の全趣旨)。そうだとすると,在職中の原告ら全員が,今後,入学式,卒業式等の式典において,国歌斉唱の際に不起立及びピアノ伴奏拒否を繰り返すのか否かが不明であるからといって,あらかじめ入学式,卒業式等の国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務の存否の確定,処分の差止めを求める法律上の利益がないということは困難である。  また,被告らは,在職中の原告らの中には,被告都教委から職務命令違反,信用失墜行為により既に懲戒処分を受け,東京都人事委員会に対して同処分の取消しを求めて審査請求をしている者がいるところ,これらの者は,同審査請求ないし同処分の取消訴訟において,国旗に向かって起立し,国歌斉唱をする義務の存否を争えば足りる旨主張する。確かに,在職中の原告らの中に,被告ら主張のとおり審査請求をしている者がいることは事実である(弁論の全趣旨)。しかし,都立学校において,入学式,卒業式等の式典が毎年繰り返されることに照らすと,在職中の原告らが,個々の処分の審査請求,同処分の取消請求において,同処分の前提となる入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務の存否,当該処分の適否について争うことは迂遠というほかなく,より抜本的な紛争解決のためには,上記義務の存否の確認,処分の差止めを求める法律上の利益を認めるのが相当といえる。したがって,在職中の原告らの中に被告都教委から職務命令違反,信用失墜行為により既に処分を受け,東京都人事委員会に対して同処分の取消しを求めて審査請求をしている者がいるとしても,同原告らが事前に上記義務の不存在確認,処分の差止めを求める法律上の利益を欠いているということは困難というべきである。 (4)  丁事件原告らの前記「第1請求」の第2項の請求は,平成16年法律第84号による改正後の行政事件訴訟法に基づく「差止めの訴え」であるが,前記(2)のとおり,@丁事件原告らは今後も本件通達に基づく被告都教委の指導を受けた校長の職務命令に基づき,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることを命じられ,これを拒否した場合に懲戒処分等を受けることは確実であること,Aそうだとすると,丁事件原告らは,懲戒処分等の強制の下,自己の信念に従って入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることとの職務命令を拒否するか,自己の信念に反して上記職務命令に従うかの岐路に立たされることになること,B上記職務命令が違法であった場合に侵害を受ける権利は,思想・良心の自由等の精神的自由権にかかわる権利であって,そもそも事後的救済には馴染みにくい権利であるということができるうえ,入学式,卒業式等の式典が毎年繰り返されることに照らすと,その侵害の程度も看過し難いものがあるということができること,C丁事件原告らが受ける懲戒処分は戒告,減給,停職と回数を重ねる毎に重い処分となっており,更に回数を重ねた場合に懲戒免職処分となる可能性も否定できないことなど処分により受ける不利益も決して小さくないことがそれぞれ認められる。  以上の各事実に照らすと,丁事件原告らの前記「第1 請求」の第2項の請求には,損害の回復の困難の程度,損害の性質・程度,処分の内容・性質に照らし,重大な損害を生ずるおそれがあると認めるのが相当である(平成16年法律第84号による改正後の行政事件訴訟法37条の4第1項,第2項)。 (5) 以上検討したとおり,在職中の原告らの訴えのうち前記「第1 請求」の第1ないし第4項にかかる部分には,事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情及び「重大な損害を生ずるおそれ」(平成16年法律第84号による改正後の行政事件訴訟法37の4第1項)が認められ,適法というべきであり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。 3 争点(2)(入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務の存否)について (1) 国民は,憲法19条により,思想・良心の自由を有するところ,宗教上の信仰に準ずる世界観,主義,主張等を全人格的にもつことは,それが内心の領域にとどまる限りはこれを制約することは許されず,外部に対して積極的又は消極的な形で表されることにより,他者の権利を侵害するなど公共の福祉に反する場合に限り,必要かつ最小限度の制約に服すると解するのが相当である。  ところで,我が国において,日の丸,君が代は,明治時代以降,第二次世界大戦終了までの間,皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことがあることは否定し難い歴史的事実であり,国旗・国歌法により,日の丸,君が代が国旗,国歌と規定された現在においても,なお国民の間で宗教的,政治的にみて日の丸,君が代が価値中立的なものと認められるまでには至っていない状況にあることが認められる(弁論の全趣旨)。このため,国民の間には,公立学校の入学式,卒業式等の式典において,国旗掲揚,国歌斉唱をすることに反対する者も少なからずおり(甲124,248,249,乙6,証人G1【22頁】参照),このような世界観,主義,主張を持つ者の思想・良心の自由も,他者の権利を侵害するなど公共の福祉に反しない限り,憲法上,保護に値する権利というべきである。この点,確かに,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に起立しないこと,国歌斉唱しないこと,ピアノ伴奏をしないことを選択する理由は様々なものが考えられ,教職員に対して,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に,国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることを命じたとしても,特定の思想,良心を抱くことを直接禁止するものとまではいえない。しかし,前記日の丸,君が代に関する現在の状況に照らすと,宗教上の信仰に準ずる世界観,主義,主張に基づいて,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することを拒否する者,ピアノ伴奏をすることを拒否する者が少なからずいるのであって,このような世界観,主義,主張を持つ者を含む教職員らに対して,処分をもって上記行為を強制することは,結局,内心の思想に基づいてこのような思想を持っている者に対し不利益を課すに等しいということができる。したがって,教職員に対し,一律に,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについて義務を課すことは,思想・良心の自由に対する制約になるものと解するのが相当である。  上記の考え方に対し,被告らは,本件通達に基づき校長が教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において,国歌斉唱を命じ,ピアノ伴奏を命じることは,教職員に対し一定の外部的行為を命じるものであり,当該教職員の内心領域における精神活動までを制約するものではなく,思想,良心の自由を侵害していないと主張する。確かに,そのような考え方も成り立ち得ないわけではない。しかし,人の内心領域の精神的活動は外部的行為と密接な関係を有するものであり,これを切り離して考えることは困難かつ不自然であり,入学式,卒業式等の式典において,国旗に向かって起立したくない,国歌を斉唱したくない,或いは国歌をピアノ伴奏したくないという思想,良心を持つ教職員にこれらの行為を命じることは,これらの思想,良心を有する者の自由権を侵害しているというべきであり,上記被告らの主張は採用することができない。 (2) 上記(1)のとおり,教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについて義務を課すことが,思想・良心の自由に対する制約になるとしても,思想,良心の自由といえどもそれが外部に対して積極的又は消極的な形で表されることにより,他者の基本的人権を侵害するなど公共の福祉に反する場合には,必要かつ最小限度の制約に服するものと解するのが相当である。そうだとすると,原告らが教職員又は教職員であった者であることから,原告ら教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に,国旗に向かって起立し国歌を斉唱する義務,国歌のピアノ伴奏をする義務を課すことが,公共の福祉による必要かつ最小限度の制約又は教職員の地位に基づく制約として許されるかどうかということが問題となる。  この点に関し,被告らは,原告ら教職員は学習指導要領の国旗・国歌条項に基づき,生徒に対して国歌斉唱の指導を行うため,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることが職務内容の一部となっており,校長から本件通達に基づいた職務命令を受けた場合には,入学式,卒業式等の式典会場の指定された席で国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負っている旨主張する。そこで,以下,原告ら教職員は,学習指導要領の国旗・国歌条項,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令により,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,国歌斉唱時にピアノ伴奏をする義務を負っているか否か,換言すると,学習指導要領の国旗・国歌条項,本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令により,原告ら教職員の思想,良心の自由を制約することは公共の福祉による必要かつ最小限の制約として許されるのか否かについて検討することにする。 (3) 学習指導要領の国旗・国歌条項に基づく義務について ア まず最初に,原告ら教職員が,学習指導要領の国旗・国歌条項に基づき,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負っているか否かについて検討する。この点に関し,教育基本法10条1項が「教育は,不当な支配に服することなく,国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。」と規定し,同条2項が「教育行政は,この自覚のもとに,教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行わなければならない。」と規定していることとの関係で,学習指導要領の国旗・国歌条項が法的効力を有しているのか否かが問題となる。 イ 学習指導要領の法的効力について  国は,憲法上,適切な教育政策を樹立,実施する権能を有し,国会は,国の立法機関として,教育の内容及び方法について,法律により,直接又は行政機関に授権して必要かつ合理的な規制を施す権限を有している。のみならず,国は,子どもの利益のため又は子どもの成長に対する社会公共の利益のため,必要かつ合理的な規制を施すことが要請される場合もあり得るのであって,国会が教育基本法10条においてこのような権限の行使を自己限定したものと解することは困難である。むしろ,教育基本法10条は,国の教育統制権能を前提としつつ,教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き,その整備確立のための措置を講ずるに当たり,教育の自主性尊重の見地から,これに対する不当な支配とならないようにすべきとの限定を付したものと解するのが相当である。したがって,教育に対する行政権力の不当,不要の介入は排除されるべきであるとしても,許容される目的のために必要かつ合理的と認められる措置は,たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても,教育基本法10条に反しないものと解するのが相当である。そして,文部科学大臣は,前記争いのない事実等(2)イのとおり,学校教育法43条,73条に基づき,高等学校及び盲学校,ろう学校及び養護学校高等部の教科に関する事項を定める権限を有しており,上記高等学校等における教育内容及び方法について,それぞれ教育の機会均等の確保等の目的のために必要かつ合理的な基準として,学校教育法施行規則57条の2,73条の10に基づき,学習指導要領を定めている。したがって,このような目的のもとに定められた学習指導要領は,原則として法規としての性質を有するものと解するのが相当である。もっとも,国の教育行政機関が,法律の授権に基づいて普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には,上記のとおり教育の自主性尊重の見地のほか,教育に関する地方自治の原則をも考慮すると,教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止めるべきものと解するのが相当である。そうだとすると,学習指導要領の個別の条項が,上記大綱的基準を逸脱し,内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものである場合には,教育基本法10条1項所定の不当な支配に該当するものとして,法規としての性質を否定するのが相当である。(最大判昭和51年5月21日刑集30巻5号615頁,最一判平成2年1月18日集民159号1頁参照) ウ これを学習指導要領の国旗・国歌条項についてみてみると,同条項は,日本人としての自覚を養い,国を愛する心を育てるとともに,生徒が将来,国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長していくためには,生徒に国旗,国歌に対する正しい認識を持たせ,それらを尊重する態度を育てることが重要なことであること,入学式,卒業式等は,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わい,新しい生活への動機付けを行い,集団への所属感を深めるうえでよい機会となることから,このような入学式,卒業式等の意義を踏まえたうえで,これらの式典において,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するとの趣旨で設けられた規定と解される(甲276,乙18参照)。このような学習指導要領の国旗・国歌条項の趣旨に照らすと,国旗,国歌に関する定めは,その性質上,全国的になされることが望ましいものといえ,教育における機会均等の確保と全国的な一定の教育水準の維持という目的のために,国旗・国歌条項を学習指導要領の一部として規定する必要性はあるというべきである。そうだとすると,学習指導要領の国旗・国歌条項が,教育の自主性尊重,教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を逸脱するものでなく,内容的にも一方的な一定の理論や理念を生徒に教え込むことを教職員に強制するものでない限り,法的効力を有すると解するのが相当である。 エ そこで,学習指導要領の国旗・国歌条項をみてみるに,同条項は,「入学式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定するのみであって,それ以上に国旗,国歌についてどのような教育をするかについてまでは定めてはいない。また,学習指導要領の国旗・国歌条項は,国旗掲揚・国歌斉唱の具体的方法等について指示するものではなく,入学式,卒業式のほかにどのような行事に国旗掲揚・国歌斉唱を行うかについて,各学校に指示するものでもなく,国旗掲揚・国歌斉唱を実施する行事の選択,国旗掲揚,国歌斉唱の実施方法等については,各学校の判断に委ねており,その内容が一義的なものになっているということはできない。さらに,学習指導要領の国旗・国歌条項は,教職員が生徒に対して日の丸,君が代を巡る歴史的事実等を教えることを禁止するものではなく,教職員に対し,国旗,国歌について一方的な一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものとはいえない。 オ 以上によれば,学習指導要領の国旗・国歌条項は,前記イの学習指導要領全般の法的効力に関する基準に照らしても,法的効力を有すると解するのが相当である。もっとも,学習指導要領の国旗・国歌条項の法的効力は,前記ウのとおり,その内容が教育の自主性尊重,教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を定めるものであり,かつ,教職員に対し一方的な一定の理論や理念を生徒に教え込むことを強制しないとの解釈の下で認められるものである。したがって,学習指導要領の国旗・国歌条項が,このような解釈を超えて,教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負わせているものであると解することは困難である。 カ 小括  以上の検討結果によれば,学習指導要領の国旗・国歌条項は,法的効力を有しているが,同条項から,原告ら教職員が入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務までを導き出すことは困難であるというべきである。 (4) 本件通達に基づく義務について ア 被告都教委は,地教行法23条5号に基づき,都立学校の教育課程,学習指導,生徒指導等に関する事項につき管理,執行権限を有し,被告都教委教育長は,同法17条1項に基づき,上記権限に属する事務をつかさどるところ,B教育長は,上記権限に基づいて,都立学校の各校長に対する職務命令として本件通達を発したものと認められる。ところで,被告都教委教育長が地教行法17条1項,23条5号に基づき発する通達ないし職務命令についても,前記(3)の学習指導要領と同様に,教育基本法10条の趣旨である教育に対する行政権力の不当,不要の介入の排除,教育の自主性尊重の見地のほか,教育における機会均等の確保と一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止めるべきものと解するのが相当である。そうだとすると,被告都教委教育長の発する通達ないし職務命令が,上記大綱的基準を逸脱し,内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものである場合には,教育基本法10条1項所定の不当な支配に該当するものとして違法になるものと解するのが相当である。 イ 以上の観点から,本件通達をみることにする。本件通達は,被告都教委教育長から都立学校の各校長に対して発せられたものであり,教職員に対して発せられたものではない。したがって,原告ら教職員は,本件通達に基づいて,直ちに入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることについて義務を負うことはない。しかし,本件通達の内容は,入学式,卒業式等の式典における国旗掲揚,国歌斉唱の具体的方法等について詳細に指示するものであり(前記争いのない事実等(3)),国旗掲揚,国歌斉唱の実施方法等については,各学校の裁量を認める余地はほとんどないほどの一義的な内容になっている。また,前記前提事実(3)アないしウ,(4)アないしク,ケ(ア),(ウ)ないし(オ),スによれば,@被告都教委は本件通達発令と同時に都立学校の各校長らに対し「適格性に課題のある教育管理職の取扱いに関する要綱」を発表したこと,A被告都教委は,本件通達発令後,都立学校の各校長に対し,入学式,卒業式等の式典における国歌斉唱の実施方法,教職員に対する職務命令の発令方法,教職員の不起立等の現認方法及び被告都教委への報告方法等について詳細な指示を行ったこと,B都立学校の各校長は,被告都教委の指示に従って,教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をするよう職務命令を発したこと,C都立学校の各校長は,教職員が上記職務命令に違反した場合,これを服務事故として被告都教委に報告したこと,D被告都教委は,上記職務命令に違反した教職員について,1回目は戒告,2回目及び3回目は減給,4回目は停職との基準で懲戒処分を行うとともに,再発防止研修を受講させたこと,E被告都教委は,定年退職後に再雇用を希望する教職員について,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に起立して国歌を斉唱しないなどの職務命令違反があった場合,再雇用を拒否したことが認められる。前記各認定事実に照らすと,本件通達及びこれに関する被告都教委の一連の指導等は,入学式,卒業式等の式典における国旗掲揚,国歌斉唱の実施方法等,教職員に対する職務命令の発令等について,都立学校の各校長の裁量を許さず,これを強制するものと評価することができるうえ,原告ら教職員に対しても,都立学校の各校長の職務命令を介して,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることを強制していたものと評価することができる。そうだとすると,本件通達及びこれに関する被告都教委の都立学校の各校長に対する一連の指導等は,教育の自主性を侵害するうえ,教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制することに等しく,教育における機会均等の確保と一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を逸脱しているとの謗りを免れない。したがって,本件通達及びこれに関する被告都教委の都立学校の各校長に対する一連の指導等は,教育基本法10条1項所定の不当な支配に該当するものとして違法と解するのが相当であり,ひいては,原告ら都立学校の教職員の入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に,国旗に向かって起立しない自由,国歌を斉唱しない自由,国歌をピアノ伴奏しない自由に対する公共の福祉の観点から許容されている制約とは言い難いというべきである。  なお,国旗・国歌法は,日の丸を国旗,君が代を国歌と規定するのみであって,国旗掲揚,国歌斉唱の実施方法等に関しては何ら規定を置いておらず,前記前提事実(1)によれば,同法の立法過程においても,政府関係者によって,同法が国民生活殊に国旗,国歌の指導にかかわる教職員の職務上の責務に何ら変更を加えるものではないとの説明がされていたことが認められ,同法が教職員に対し,国旗掲揚及び国歌斉唱の義務を課したものと解することはできない。そうだとすると,本件通達及びこれに関する被告都教委の一連の指導等は,国旗・国歌法の立法趣旨にも反した,行き過ぎた指導といわざるを得ない。 ウ 以上のとおり,本件通達及びこれに関する被告都教委の一連の指導等は,教育基本法10条に反し,憲法19条の思想・良心の自由に対し,公共の福祉の観点から許容された制約の範囲を超えているというべきであって,これにより,原告ら教職員が,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負うものと解することはできない。 (5) 校長の職務命令に基づく義務について ア 都立学校の各校長は,学校教育法28条3項,51条,76条に基づき,校務をつかさどり,所属職員を監督する権限を有しており,所属職員に対して職務命令を発することができ,所属教職員は,原則として,各校長の職務命令に従う義務を負う(地方公務員法32条)ものの,当該職務命令に重大かつ明白な瑕疵がある場合には,これに従う義務がないものと解するのが相当である(最三小判昭和53年11月14日判タ375号73頁)。 イ これを本件についてみてみると,前記(3)ウの学習指導要領の国旗・国歌条項の制定趣旨からすれば,都立学校の卒業式,入学式等の式典において,国旗を掲揚すること,国歌を斉唱することは,生徒らに対する教育の一環ということができ,都立学校においてこのような教育が行われること自体は正当なものということができよう。そうだとすると,原告ら教職員は,「教育をつかさどる者」として(学校教育法28条3項,51条,76条),生徒に対して,一般的に言って,国旗掲揚,国歌斉唱に関する指導を行う義務を負うものと解されるから,入学式,卒業式等の式典が円滑に進行するよう努力すべきであり,国旗掲揚,国歌斉唱を積極的に妨害するような行為に及ぶこと,生徒らに対して国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することの拒否を殊更に煽るような行為に及ぶことなどは,上記義務に照らして許されないものといわなければならない。  しかし,原告ら教職員は,前記(3),(4)のとおり,国旗・国歌法,学習指導要領の国旗・国歌条項,本件通達により,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱するまでの義務,ピアノ伴奏をするまでの義務はなく,むしろ思想,良心の自由に基づき,これらの行為を拒否する自由を有しているものと解するのが相当である。また,原告ら教職員が入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立すること,国歌を斉唱することを拒否したとしても,格別,式典の進行や国歌斉唱を妨害することはないうえ,生徒らに対して国歌斉唱の拒否を殊更煽るおそれがあるとまではいえず,学習指導要領の国旗・国歌条項の趣旨である入学式,卒業式等の式典における国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ,これを尊重する態度を育てるとの教育目標を阻害するおそれがあるとまではいい難い。さらに,原告らのうち音楽科担当教員は,音楽科の授業においてピアノ伴奏をする義務を負っているものの,入学式,卒業式等の式典における国歌斉唱の伴奏は音楽科の授業とは異なり,必ずしもこれをピアノ伴奏で行わなければならないものではないし,仮に音楽科担当教員が国歌斉唱の際のピアノ伴奏を拒否したとしても,他の代替手段も可能と考えられ,当該教員に対し伴奏を拒否するか否かについて予め確認しておけば式典の進行等が滞るおそれもないはずである。そして,原告ら教職員が入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立して国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることを拒否した場合に,これとは異なる世界観,主義,主張等を持つ者に対し,ある種の不快感を与えることがあるとしても,憲法は相反する世界観,主義,主張等を持つ者に対しても相互の理解を求めているのであって(憲法13条等参照),このような不快感等により原告ら教職員の基本的人権を制約することは相当とは思われない。  そうだとすると,原告ら教職員が,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に,国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることを拒否したとしても,都立学校における教育目標,規律等を害することもなく,生徒,保護者,他の教職員等他者の権利に対する侵害となることもないから,原告らが都立学校の教職員の地位にあることを考慮しても,同人らの上記行為を制約することは,必要かつ最小限度の制約を超えるものであり,憲法19条に違反するものと解するのが相当である。したがって,都立学校の各校長が,本件通達に基づき,原告ら教職員に対し,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱せよとの職務命令を発することには,重大かつ明白な瑕疵があるというべきである。そうだとすると,原告ら教職員は,本件通達に基づく各校長の職務命令に基づき,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負うものと解することはできない。 (6) 小括  以上検討したとおり,原告ら教職員は,思想・良心の自由に基づき,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱することを拒否する自由,ピアノ伴奏をすることを拒否する自由を有しているところ,違法な本件通達に基づく各校長の職務命令に基づき,上記行為を行う義務を負うことはないものと解するのが相当である。そうすると,被告都教委が,原告ら教職員が本件通達に基づく各校長の職務命令に基づき,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立しないこと,国歌を斉唱しないこと,ピアノ伴奏をしないことを理由として懲戒処分等をすることは,その裁量権の範囲を超え若しくはその濫用になると認められるから,在職中の原告らが上記行為を行う義務のないことの確認のほかに,被告都教委が上記懲戒処分等をしてはならない旨命ずるのが相当である(平成16年法律第84号による改正後の行政事件訴訟法37条の4第5項参照)。  原告らの請求は,前記「第1 請求」の第1ないし第4項の記載を文字通り読めば,原告ら教職員は,学校の入学式,卒業式等の式典会場で,およそいかなる場合においても,国旗に向かって起立する義務がないこと,国歌を斉唱する義務がないこと,ピアノ伴奏をする義務がないこと,前記各義務を怠ったために懲戒処分されないことを求めているもののように解される。しかし,上記で検討したとおり,本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令が違法なのであって,原告らの請求は,本件通達及びこれに基づく各校長の職務命令に従う義務がないことを求め,また,上記職務命令に違反したことを理由に処分されないことを求める限度で理由があるので,その限度で認容し,その余は理由がなく棄却するのが相当である。 4 争点(3)(国家賠償請求権の存否)について  前記2で検討したことに加えて,証拠(甲174の1,同175の1,同178の1及び26,同181,182,183の1,同184,185,186の1,同187,190の1ないし30,32ないし138,140ないし228,同191の1ないし14,16ないし36,38ないし113,115ないし117,同192の1ないし15,同193の1ないし28,30ないし43,同201,202,209の1及び2,同263,280,証人G4,原告A44,同A45,同A46,同A43,同A47,同A48,同A49,同A50,同A51,同A52)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件通達に基づく各校長の職務命令に基づき,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱する義務,ピアノ伴奏をする義務を負わないにもかかわらず,違法な本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令によって,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱するか否か,ピアノ伴奏をするか否かの岐路に立たされたこと,あるいは自らの思想・良心に反して本件通達及びこれに基づく各校長の本件職務命令に従わされたことにより,精神的損害を被ったことが認められる。これらの損害額は,前記違法行為の態様,被害の程度等を総合考慮すれば,1人当たり3万円を下らないものと認定するのが相当であり,当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。なお,本件通達は,原告らに対して,直接,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることを命ずるものではないが,前記3(4)イのとおり,本件通達は,都立学校の各校長による本件職務命令を介して原告らに上記行為を強制するものであること,被告都教委は,本件通達発令後,都立学校の各校長に対し,入学式,卒業式及び周年行事において,本件通達に基づき教職員に対して職務命令を発するよう強く指導していること,都立学校の各校長は,上記被告都教委の指導に基づき,本件通達発令後間もなく,原告らに対し,入学式,卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し,国歌を斉唱すること,ピアノ伴奏をすることとの職務命令を発する旨告げていることが認められ,これらの認定事実に照らすと,前記損害賠償請求の遅延損害金の起算日,すなわち不法行為時は,本件通達発令日である平成15年10月23日であると認めるのが相当である。 第4 結論  国旗・国歌法の制定・施行されている現行法下において,生徒に,日本人としての自覚を養い,国を愛する心を育てるとともに,将来,国際社会において尊敬され,信頼される日本人として成長させるために,国旗,国歌に対する正しい認識を持たせ,それらを尊重する態度を育てることは重要なことである。そして,学校における入学式,卒業式等の式典は,生徒に対し,学校生活に有意義な変化や折り目を付け,厳粛で清新な気分を味わさせ,新しい生活への動機付けを行い,集団への所属感を深めさせる意味で貴重な機会というべきである。このような入学式,卒業式等の式典の意義,役割を考えるとき,これら式典において,国旗を掲げ,国歌を斉唱することは有意義なものということができる。しかし,他方で,このような式典において,国旗,国歌に対し,宗教上の信仰に準ずる世界観,主義,主張に基づいて,国旗に向かって起立したくない教職員,国歌を斉唱したくない教職員,国歌のピアノ伴奏をしたくない教職員がいることもまた現実である。このような場合において,起立したくない教職員,斉唱したくない教職員,ピアノ伴奏したくない教職員に対し,懲戒処分をしてまで起立させ,斉唱等させることは,いわば,少数者の思想良心の自由を侵害し,行き過ぎた措置であると思料する次第である。国旗,国歌は,国民に対し強制するのではなく,自然のうちに国民の間に定着させるというのが国旗・国歌法の制度趣旨であり,学習指導要領の国旗・国歌条項の理念と考えられる。これら国旗・国歌法の制度趣旨等に照らすと,本件通達及びこれに基づく各校長の原告ら教職員に対する職務命令は違法であると判断した次第である。  以上検討した結果によれば,原告らの請求は,主文第1ないし第5項の限度で理由があるのでこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却することとし,仮執行宣言の申立てについては不相当であるのでこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第36部 裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 山口均 裁判官 知野明