◆ H21.03.26 東京地裁判決 平成19年(行ウ)第68号 東京都立学校国歌斉唱時不起立事件(懲戒処分取消等請求事件) 事案の概要: 都立学校の教職員である原告らが、卒業式等に際して、事前に各校長から発令された、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱しまたはピアノによる伴奏をすることを命ずる職務命令が違憲、違法であるから、これに従わなかったことを理由として行われた原告らに対する懲戒処分も違法であるとして、その取消等を求めた事案で、本件職務命令に先立って発出された、国旗掲揚および国歌斉唱の実施に関する本件通達が、旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当するとは認められず、また、本件通達およびそれに伴う本件職務命令が、原告らに認められる教授の自由ないし教職員としての専門職上の自由(教育の自由)を侵害するものであるとも認められないとして、請求を棄却した事例。     主   文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。     事実及び理由 第1 請求 1 東京都教育委員会が、別紙処分一覧表「処分日」欄記載の日付けで、原告X173(原告番号173)を除く各原告らに対して行った同別紙「処分」欄記載の各懲戒処分をいずれも取り消す。 2 被告は、原告らに対し、各55万円及びこれに対する平成19年2月24日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。 第2 事案の概要  本件は、都立学校(高等学校又は養護学校)の教職員である原告ら172名(うち65名は既に退職。)が、平成15年11月8日から平成16年4月9日までに都立学校で行われた卒業式、入学式及び創立周年記念式典(以下「卒業式等」という。)に際して、事前に各校長から発令された、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること又は国歌斉唱時にピアノによる伴奏をすることを命ずる職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵害するなど違憲、違法なものであったから、これに従わなかったことを理由として東京都教育委員会(以下「都教委」という。)が原告らに対して行った懲戒処分も違憲、違法であるとして、各懲戒処分の取消しを求めるとともに、都教委の設置者である東京都に対して、国家賠償法に基づき損害賠償(逸失利益及び慰謝料)の支払を求める事案である。 1 前提事実(当裁判所に顕著な事実、当事者間に争いのない事実、弁論の全趣旨及び後掲各証拠により容易に認定できる事実) (1)ア 原告らは、いずれも各懲戒処分の対象となった行為を行った卒業式等の当時、別紙処分一覧表「所属校」欄記載の都立学校(以下「所属校」という。)に所属していた教職員(教諭、主事、実習助手、司書)である。  原告らのうち、別紙処分一覧表「退職」欄に●と記載されている65名(以下「退職原告ら」という。)は、同別紙「退職日」欄記載の日付けでそれぞれ退職した。(乙88の1・2) イ 被告は、地方自治法180条の5第1項1号、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)2条に基づき、都教委を設置する地方公共団体である。  都教委は、地教行法23条に基づき、学校その他の教育機関の設置管理や、職員の任免等の事務を管理、執行する権限を有する行政庁である。  都教委は、その権限に属する事務を処理させるため、事務局として東京都教育庁を置いている(地教行法18条1項)。また、都教委が任命した教育長(同法16条1項)は、都教委の指揮監督の下に、都教委の権限に属するすべての事務をつかさどるほか(同法17条1項)、東京都教育庁の事務を統括し、所属の職員を指揮監督する(同法20条1項)。 (2)ア 平成11年8月13日に公布、施行された国旗及び国歌に関する法律(以下「国旗・国歌法」という。)には、次の規定がある。  1条1項 国旗は、日章旗とする。  (以下、日章旗を「日の丸」という。)  2条1項 国歌は、君が代とする。 イ 平成18年法律第120号による改正前の教育基本法(以下「旧教育基本法」という。)には、教育行政に関し、次の規定があった。  10条1項 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。  2項 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。 ウ 学校教育法(平成19年法律第96号による改正前のもの。以下同じ。)には、次の規定があった。  28条3項 校長は、校務をつかさどり,所属職員を監督する。  6項 教諭は、児童の教育をつかさどる。  (同条は、同法51条で、高等学校について、同法76条で、養護学校について準用されている。)  41条 高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施すことを目的とする。  42条 高等学校における教育については、前条の目的を実現するために、次の各号に掲げる目標の達成に努めなければならない。  1号 中学校における教育の成果をさらに発展拡充させて、国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を養うこと。  2号 社会において果さなければならない使命の自覚に基き、個性に応じて将来の進路を決定させ、一般的な教養を高め、専門的な技能に習熟させること。  3号 社会について、広く深い理解と健全な批判力を養い、個性の確立に努めること。  43条 高等学校の学科及び教科に関する事項は、前2条の規定に従い、文部科学大臣が、これを定める。  73条 盲学校、聾学校及び養護学校の小学部及び中学部の教科、高等部の学科及び教科又は幼稚部の保育内容は、小学校、中学校、高等学校又は幼稚園に準じて、文部科学大臣がこれを定める。 エ 平成11年3月告示の高等学校学習指導要領は、「特別活動」の章において「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」(以下「国旗・国歌条項」という。)と規定している。なお、小学校及び中学校の各学習指導要領にも、同じ国旗・国歌条項が規定されている。  平成11年3月告示の盲学校・聾学校・養護学校の小学部・中学部学習指導要領及び高等部学習指導要領(以下「盲・ろう・養護学校学習指導要領」といい、前記高等学校学習指導要領と合わせて「学習指導要領」という。)は、特別活動については、小学校、中学校及び高等学校の各学習指導要領に示すものに準ずるものと規定している。(甲438、439、弁論の全趣旨) オ 地方公務員法(以下「地公法」という。)には、次の規定がある。  29条1項 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。  1号 この法律若しくは第57条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合  2号 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合  3号 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合  32条 職員は、その職務を遂行するに当つて、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない。  33条 職員は、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない。 (3)都教委の横山洋吉教育長教育長(以下「横山教育長」という。)は、平成15年10月23日、都立学校の校長に対し、以下の内容の「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」(以下「本件通達」という。)を発した。 「1 学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること。 2 入学式、卒業式等の実施に当たっては、別紙「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」のとおり行うものとすること。 3 国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること。  別紙  入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針 1 国旗の掲揚について  入学式、卒業式等における国旗の取扱いは、次のとおりとする。 (1)国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚する。 (2)国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合、国旗にあっては舞台壇上正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚する。 (3)屋外における国旗の掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚状況が児童・生徒、保護者その他来校者が十分認知できる場所に掲揚する。 (4)国旗を掲揚する時間は、式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻とする。 2 国歌の斉唱について  入学式、卒業式等における国歌の取扱いは、次のとおりとする。 (1)式次第には、「国歌斉唱」と記載する。 (2)国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、「国歌斉唱」と発声し、起立を促す。 (3)式典会場において、教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する。 (4)国歌斉唱は、ピアノ伴奏等により行う。 3 会場設営等について  入学式、卒業式等における会場設営等は、次のとおりとする。 (1)卒業式を体育館で実施する場合には、舞台壇上に演台を置き、卒業証書を授与する。 (2)卒業式をその他の会場で行う場合には、会場の正面に演台を置き、卒業証書を授与する。 (3)入学式、卒業式等における式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する。 (4)入学式、卒業式等における教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする。」(甲1(乙14の3)) (4)ア 本件通達が発出された後、原告らの所属校の各校長は、それぞれの所属校において別紙処分一覧表「行事」欄記載の平成15年度に行われた周年行事(深沢高等学校創立40周年記念式典、杉並高等学校創立50周年・定時制40周年記念式典、東大和南高等学校創立20周年記念式典及び高島養護学校創立30周年記念式典)や平成15年度卒業式及び平成16年度入学式に先立ち、原告番号26及び132の原告2名に対しては「国歌斉唱に際し、定められた楽譜に従ってピアノで国歌の伴奏をすること」を内容とする職務命令を、その余の原告に対しては「会場内の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること」を内容とする職務命令をそれぞれ発令した。(以下、これらの職務命令を合わせて、「本件職務命令」という。)。 イ 原告らは、卒業式等において、本件職務命令に従わず、原告番号26及び132の原告2名は国歌斉唱時にピアノ伴奏を行わず(以下「伴奏拒否」という。)、原告番号19、46及び123の原告3名は式場に入場せず、原告番号41の原告は卒業式に出席せず、原告番号75の原告は国歌斉唱の途中で着席し、原告番号146及び155の原告2名は、国歌斉唱時に式場から退席し、原告番号158の原告は一度起立したがすぐに着席してその後起立せず、その余の原告は、国歌斉唱時に起立しなかった(以下、伴奏拒否以外の行為を「不起立行為」といい、伴奏拒否も含めて「不起立行為等」という。)。 ウ 都教委は、平成16年2月17日、原告番号144ないし150及び170の原告に対し、平成15年度に行われた同原告ら各所属校の周年行事における不起立行為は、それぞれ、地公法32条違反(職務命令違反)、同法33条違反(信用失墜行為)に当たるとして、戒告処分をした。  また、都教委は、同年3月30日、原告番号6、13、15、19、60、78、87、116、及び169の原告に対し、同月31日、原告番号1ないし5、7ないし12、14、16ないし18、20ないし40、42ないし59、61ないし71、73ないし77、79ないし86、88ないし108、113ないし115、117ないし122、151ないし160、171ないし173の原告に対し、同年4月6日、原告番号72、110ないし112の原告に対し、いずれも同年3月に実施された各所属校の平成15年度卒業式での不起立行為等(原告番号26については伴奏拒否)は、地公法32条違反(職務命令違反)、同法33条違反(信用失墜行為)に当たるとして、原告番号72の原告については1か月間給料10分の1を減じる懲戒処分を、その余の原告については戒告処分をした。  さらに、同年5月25日、原告番号41、109、123ないし140、142、143、161ないし168の原告に対し、所属校の平成15年度卒業式又は平成16年度入学式における不起立行為等(原告番号132については伴奏拒否)は、それぞれ、地公法32条違反(職務命令違反)、同法33条違反(信用失墜行為)に当たるとして、戒告処分をした。 (5)原告番号173を除く原告171名は、いずれも上記各懲戒処分(以下「本件処分」という。)を不服として、平成16年3月29日から同年7月22日にかけて、それぞれ別紙処分一覧表「審査請求日」欄記載の日付けで東京都人事委員会に対し審査請求の申立てを行ったが、いずれの原告についても、審査請求の日から3か月が経過しても裁決がされず、原告らは、平成19年2月9日、本件訴訟を提起した。 2 争点 (1)本案前の争点  戒告処分を受けた後、訴訟係属中に退職した者に処分の取消しを求める訴えの利益があるか。 (2)本案の争点  原告らの主張に即して本案の争点を整理すると以下のとおりとなる。 ア 本件通達、本件職務命令及び本件処分は、原告らの思想及び良心の自由を侵害し、憲法19条、20条に違反するか。 イ 本件通達及びその後に都教委が各校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当するか。 ウ 原告らに教職員としての専門職上の自由(教育の自由)が認められるか。また、本件職務命令は、これを侵害するか。 エ 本件通達及び本件職務命令は、国際条約(自由権規約、児童の権利に関する条約)に違反して無効であるか。 オ 原告らの不起立行為等が地公法32条、33条に反するか。 カ 本件処分に手続的違法があるか。 キ 本件処分に裁量の逸脱があるか。 ク 原告らの損害の有無及びその額 3 争点に関する当事者の主張 (1)本案前の争点(戒告処分を受けた後、訴訟係属中に退職した者に処分の取消しを求める訴えの利益があるか。)について (被告の主張)  戒告処分は、その責任を確認し、その将来を戒めるものである以上、当該公務員が公務員として在職していることが前提となっているので、退職した者に対しては、戒告処分は法的効力を有しない。したがって、戒告処分を受けた後、退職した退職原告らについては、その戒告処分の当否を判断するまでもなく、不利益を受けない地位を回復する利益(法律上の利益)はないから、退職原告らの戒告処分の取消しを求める訴えは却下されるべきである。 (原告らの主張)  期間の経過その他の理由により処分の効果がなくなった後においてもなお当該処分により被処分者が不利益を被る可能性が法令上の仕組みとして予定されている場合等には、処分の取消しについて訴えの利益が認められる。  戒告処分を受けた教職員は、昇給延伸、勤勉手当の10パーセント削減や、解雇処分が取り消されない限り退職後の再任用又は再雇用に当たって不利益な評価・選考を受ける可能性がある等の種々の不利益を被ることが法令上の仕組みとして予定されているから、戒告処分を受けた教職員らが、退職した後においても、本件各処分の取消しを求める法律上の利益が存在する。 (2)本案の争点ア(本件通達、本件職務命令及び本件処分は、原告らの思想及び良心の自由を侵害し、憲法19条、20条に違反するか)について (原告らの主張) ア 国民の基本的人権としての精神の自由の保障のもと、かつての天皇制国家の象徴である日の丸・君が代を日本国の象徴とすることに違和感をもつ思想や良心は当然に保護されなければならない。  原告らは、いずれも、@日本の近代の侵略の歴史において日の丸、君が代が果たした役割等といった歴史認識から賛成できない、A天皇を賛美する歌である君が代は立憲主義ないし民主主義の観点から賛成できない、B宗教上の理由で、神道と一体的である日の丸・君が代を承認することはできないといった考え方や思いなどから、国旗に向かって起立し、国歌斉唱できないとの信念を有するもの、又は、教師として、@学校教育における国旗掲揚、国歌斉唱の強制は、軍国主義教育のもと、教え子たちを戦場に送り出してしまった過去の歴史を繰り返す危険を有するという思い、Aこれまでの教育実践の中で正義を貫くこと、自主的思考、自主的判断の大切さを強調していたのに、これに反する行動はできないという思い、B信条又は民族的出自等から、1人でも国歌斉唱時に国旗に向かって起立できない生徒がいる以上、自己は少数者の側に立ちたいといった考えや思い、C個人としては、国旗・国歌そのものに異論はないが、本件通達と職務命令により教育現場においてこれを強制することはできないとの考えや思いなどから、国旗に向かって起立し、国歌斉唱できないという信念を有するものである。  この原告らの信念は、いずれも原告ら人格形成の核心をなす信仰それ自体として、又は信仰に準ずる思想・信条として憲法19条、20条の絶対的保障を受けるものである。 イ 本件通達及びこれに基づく本件職務命令は、原告らに対し、卒業式等における国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる本件職務命令は、原告らの前記信念を否定し、沈黙の自由を侵害し、自らの思想と抵触する行為を強制するものである。  憲法19条の絶対的保障は、内心それ自体だけでなく、自己の思想及び良心の自由に不可欠な一定の外部的表出をも一体的にその保障対象として含むと解すべきであるから、思想及び良心の自由又は信教の自由を制約する行為が強制される場合に、防衛的、受動的に取られる拒否の外部的表出は、内心に対する保障と同等又はこれに準じる絶対的保障が与えられるべきであり、思想及び良心の自由を制約する本件通達及び本件職務命令は、憲法19条の絶対的保障に反し、違憲である。  仮に、卒業式等における国歌斉唱時に国旗に向かって起立せず、国歌を斉唱しないという原告らの信念が、絶対的保障を受けるものではなく、一定の制約が許される場合があるとしても、人権における思想及び良心の自由の優越的地位からすると、その制約には、極めて厳格な違憲審査基準が妥当する。公共の福祉や内在的制約といった抽象的な概念でこれを正当化することは許されず、その制約は、他者の人権との矛盾、衝突がある場合に限られ、具体的根拠が必要であるところ、原告らの不起立行為等は、他者の人権に対して何ら現実的、具体的な害悪をもたらすものではないから、これを制約する理由はない。  さらに、公務員である原告らの職務の公共性や全体の奉仕者性を理由に、一般国民に比して一般的かつ広範に人権を制約することは許されないが、仮に、こうした考え方に基づいて、公務員に対する人権制約が認められるとしても、一般の公務員とは異なり、教育公務員である原告らにとっての職務の公共性や全体の奉仕者性の意義は、子どもたちの学習権に応える責務を負っているということに鑑みれば何ら具体的な制約の根拠がないから、原告らの思想及び良心の自由の制約を正当化することはできない。したがって、職務の公共性や全体の奉仕者性を理由として、原告らの思想及び良心の自由や信教の自由を制約することは許されない。 ウ また、原告らに対する懲戒処分は、職務命令違反を口実に行われているが、その実は、原告らの有する「起立できない」「ピアノ伴奏できない」という思い、すなわち、自らの世界観・歴史観・教育観等からどうしても起立(ピアノ伴奏)できないという思想・信条を理由として行われた思想・信条に基づく不利益取扱いにほかならず、憲法19条、20条に違反するものである。 (被告の主張) ア 憲法19条による思想及び良心の自由の保障は、国民がいかなる世界観、人生観を持っていても、それが内心の領域にとどまる限りは絶対的に自由であり、公権力が、特定の思想を内心に抱くことを強制したり、思想の露見を強制することは許されないことなどを内容とする。  国旗・国歌は、日本国憲法が掲げる平和主義及び国民主義の象徴としての役割が期待されているものであって、国家神道と結びついた神的、宗教的存在としての天皇崇拝のシンボルではない。本件通達及び本件職務命令は、卒業式等の国歌斉唱時に、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱し、又はピアノ伴奏をするという外部的行為を命ずるものであって、原告らの内心における精神活動の自由や信仰を否定したり、その思想及び良心に反する精神活動を強制したり、原告らの「考え方」や「思い」の告白を強制したり、特定の思想の表明や宗教的行為を迫るものではないから、憲法19条、20条に違反するものではない。 イ 仮に、外部的行為についても、思想及び良心の自由の保障が及ぶ場合があると解するとしても、外部的行為である以上、それは絶対的保障ではなく、一定の制約を受けることは明らかであり、信教の自由についても、同様である。 (ア)まず、原告らは、全体の奉仕者である地方公務員であり(憲法15条2項)、公教育という公共の利益のため、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念すべき義務を負っているから(地公法30条)、その思想及び良心の自由は、職務の公共性に由来する内在的制約を受けるものである。  原告らが、本件職務命令を受け、卒業式等の国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すべき義務又はピアノ伴奏をすべき義務を負うことで、その思想及び良心の自由が制約されるとしても、これが、教職員である原告らの職務の内容となっている以上、当然受忍すべきものである。 (イ)また、原告らが、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること、ピアノ伴奏をすることを拒否することは、国旗・国歌に対する正しい知識を持たせ、これを尊重する態度を育てるという学習指導要領の教育目標を阻害しているほか、児童・生徒が学校教育法や学習指導要領に基づく教育、指導を受けられないという意味で、児童・生徒の教育を受ける権利を侵害している。  さらに、原告らの不起立行為等は、卒業式等に参列する来賓や保護者等に不信感を抱かせるなど、他者の権利、利益を著しく害しているのであるから、公共の福祉(憲法12条、13条)の観点からの内在的制約として、本件職務命令による思想及び良心の自由を受忍すべきである。 (ウ)さらに、原告ら教育公務員は、法令に基づき職務を遂行する義務を負い、かつ、上司の職務上の命令を遵守する義務を負っている。法規たる学習指導要領が教育の全国一定水準の確保と教育の機会均等という強い要請から制定されている以上、教育公務員には、学習指導要領やその具体化として発せられた本件職務命令を遵守すべきことが強く要請されるのである。教育公務員がこれらの義務を履行することは、教育公務員の法律関係の存立目的に照らし、必要不可欠のことであり、上記義務の履行により原告らの思想及び良心の自由が制約されても、それは自らの自由意思でかかる法律関係に入った原告らにとってやむを得ない制限であり、受忍すべきである。 ウ 原告らに対する懲戒処分は、職務命令違反及び職務失墜行為を理由として行われたものであり、その思想・信条に基づく不利益取扱いではない。 エ 以上のとおりであるから、本件通達及びこれに基づく本件職務命令は、憲法19条、20条に違反するものではない。 (3)本案の争点イ(本件通達及びその後に都教委が各校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当するか。)について (原告らの主張) ア 旧教育基本法10条は、戦前の中央集権的教育行政制度が行政権力による極端な国家主義的、軍国主義的イデオロギーに基づいた教育・思想・学問統制を容易に許したことに対する真摯な反省のもと、学問の自由と教育の自主性を徹底的に確保すべく、政治勢力・官僚勢力からの教育権の独立(1項前段)と教育の直接的責任の法理(1項後段)を定め、教育行政は、教育の目的が達せられるための条件を整備することにその任務を限定すべきことを定めた(2項)規定である。  このような旧教育基本法10条の趣旨に照らせば、教育行政機関による教育への関与を、可能な限り限定する解釈がされるべきであり、教育行政機関による教育の内的事項(内容及び方法)に関する介入が「不当な支配」に該当しないためには、当該介入が、許容される目的のために必要かつ合理的な大綱的基準の設定にとどまるものであることが必要である。教育委員会は、教育の自主性との関係では、国家権力の一部と扱われることは明らかであるから、地方教育委員会による教育への介入についても、大綱的基準にとどまるものであることが必要である。 イ 教育行政機関による教育介入が、必要かつ合理的な大綱的基準の設定の範囲にとどまると認められるためには、(a)教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という憲法上許容される目的のために必要かつ合理的な内容の基準であること、(b)教師による創造的かつ弾力的な教育の余地が十分に残されていること、(c)地方ごとの特殊性を反映した個別化の余地が十分に残されていること、(d)教師に対し一方的な理論ないし観念を児童・生徒に教え込むことを強制するものではないことである必要がある。  しかし、都教委による本件通達及びその後の各校長に対する一連の指導名下の強制は、教職員に対し「日の丸・君が代はどのような歴史を背負っていようとも敬意を払い尊重すべきもの」との一方的な観念、ひいては「愛国心」「ナショナリズム」等の一方的な理論や観念を児童・生徒に教え込むことを強制するものである。この点を措くとしても、本件通達及びその後の校長に対する一連の指導名下の強制は、卒業式等での国旗掲揚、国歌斉唱の具体的実施方法等について各学校ごとの弾力化・個別化・創意工夫の余地を奪い、目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準を逸脱している。  よって、都教委による本件通達及びその後の各校長に対する一連の指導等は、旧教育基本法10条1項の「不当な支配」に該当するものとして違法である。 ウ そして、本件職務命令は、各校長が都教委による「不当な支配」を受け、完全に裁量の余地を奪われた状況で発令されたものであるから、本件通達及びその後の各校長に対する指導名下の強制と一体となった各校長の職務命令(本件職務命令)は、本件通達等と一体の不当な支配として、旧教育基本法10条1項に違反する違法なものである。 (被告の主張) ア 国の教育行政機関が普通教育の内容及び方法について遵守すべきものとして設定した基準が、教育における機会均等等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的基準を逸脱するものである場合には、旧教育基本法10条1項の禁止する「不当な支配」にあたる。しかし、学校設置者たる地方公共団体の教育委員会にあっては教育の地方自治の原則のもと、国の設定した大綱的な基準の範囲でより具体的かつ詳細な基準を設定し、必要な場合には具体的な命令を発して、これを決定できるのであり、その限界は、子ども自身の利益擁護のため、また子どもの成長に対する地域社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ合理的と認められる範囲であって、大綱的基準であることをその限界とするものではない。 イ 卒業式等における国旗・国歌の指導は、子どもの学習権を充足する上からも、また明日の我が国を担う子どもの成長の上からも重要な教育活動であり、その適正な実施を図ることは正に許容された目的であり、都立学校では、卒業式等における国旗・国歌の指導が適正にされていなかったから、その改善を図るため都教委教育長において本件通達を各都立学校の校長に対して発する必要も十分に存していた。  また、本件通達の内容も、卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することについては、教職員において児童・生徒に国旗・国歌を尊重する態度を指導するに際して,自らこれを行うことはごく常識的かつ自然な指導方法であり、国歌斉唱はピアノ伴奏等により行うことについても、学校における音楽の指導がピアノ伴奏によって行われていることや指導の連続性から小学校、中学校、高等学校を通じて卒業式等の国歌の指導も原則としてピアノ伴奏によることがごく常識的かつ自然な指導方法であり、これが、児童・生徒に一方的な理念や観念を教え込むことにならないことは明らかである。  したがって、本件通達やその後に都教委が本件通達に関して校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当しない。 ウ なお、仮に、本件通達が違法という原告らの主張を前提としても、これに基づく本件職務命令が当然に違法となるというものではない。  すなわち、校長が本件通達に応じてその内容に沿った卒業式等の実施内容を決定し、これを各教職員に分掌させたうえ、その実施に必要な職務命令を発した場合には、法律的に見ればそれは各校長が自らの判断と考えに基づき実施に関する職務命令を発したということに帰着し、手続上も実質上も違法とはならないのである。 (4)本案の争点ウ(原告らに教職員としての専門職上の自由(教育の自由)が認められるか。また、本件職務命令は、これを侵害するか。)について (原告らの主張) ア 原告ら教職員は、憲法23条、26条に基づき、子どもの発達を保障する責任と権限を有しており、児童の発達段階に応じて創造的な教育活動をする自由、一方的、一面的な教育指導を拒否することができる専門職上の自由(教育の自由)を有している。 イ 学校における卒業式等は、学習指導要領上特別活動として位置づけられている全校的教育活動であり、授業と同様、専門職上の自由(教育の自由)が強く保障されなければならない。特に、養護学校においては、その特殊性から、教師の専門的判断が必要である。  しかし、本件通達は、創意工夫や裁量の余地を奪い、卒業式等の内容について学校現場の教師の専門的判断を一切認めず、教師の専門職上の自由(教育の自由)を侵害するものである。 (被告の主張) ア 学校教育の実践の場における問題として、各教師は、教育の専門家として一定の裁量権が認められるにしても、すべてその裁量に委ねられるものではなく、一定範囲の教授の自由が認められるに過ぎない。教育の内容については、教育の機会均等と全国的な一定水準を確保するため、学校現場の教師としては、学習指導要領の内容に従って子どもたちに対して教育を行う責務がある。 イ 本件通達は、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施を適正にするために発出されたものであって、卒業式等の運営実施の全般に関して発出されたものではない。その意味において、卒業式等のその他の運営実施方法等に関して、学校現場における創意工夫や裁量の余地が残されている。また、養護学校における特殊性によっても、すべてが教師の専門的な判断に委ねられるものではない。 (5)本案の争点エ(本件通達及び本件職務命令が国際条約(自由権規約、児童の権利に関する条約)に違反して無効であるか。)について (原告らの主張) ア 人権先進国においては教育現場で国旗・国歌を強制するということどころか、卒業式等において国旗を掲揚し、国歌を演奏又は斉唱することは全くない。行政が通達を発して、卒業式等において国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命令で強制する都立学校は国際標準からはずれたものである。 イ 日本国が締結し批准した条約は、内容が自動執行力のあるものであるかぎり、立法化を待たずに国内法としての効力が認められ、国内法的効力を有するに至った条約は、国内法に優位する。  本件通達は、思想及び良心の自由等を保障する市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)18条に違反し無効であるから、これに基づく本件職務命令も同条に違反し、無効である。  また、本件通達は、卒業式等の在り方について児童・生徒の意見を反映させる余地をなくし、日の丸・君が代について1つの価値観のみを強制して、異なる意見の存在の教育を受ける権利を奪っているから、子どもに対し意見表明権、思想及び良心の自由等の権利を保障している児童の権利に関する条約12条、14条に違反する。 (被告の主張) ア 国際社会においては、その歴史的沿革がいかなるものであろうとも、自国のものであれ、他国のものであれ、国旗・国歌は尊重されるべきものであるとの共通の認識が存在することは周知の事実である。 イ 校長が卒業式等の式典において、その部下たる教職員に対し、国歌斉唱の際に起立すること及びピアノ伴奏することを命ずる権限を有しており、同権限は学校教育法上、校長に認められた固有の権限であり、本件通達によって付与された権限ではないから、仮に原告らが主張のとおり本件通達が条約に違反して無効であっても、各所属校の校長が発した本件職務命令が無効となるいわれはない。  本件通達が、思想及び良心の自由、信教の自由を侵害するものでないことは、前記(2)争点アについて主張したとおりであるから、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)18条違反をいう主張も理由がない。  児童の権利に関する条約に違反するとの主張は、原告らの権利・利益を保護する趣旨で設けられたのでない法規違反をいうものであって、本件各処分の取消し事由として主張することはできない(行政事件訴訟法10条1項)。本件通達に基づく、国旗・国歌の指導は、児童・生徒の思想及び良心の自由、信教の自由を侵害するものではなく、その他児童の権利に関する条約違反もない。 (6)本案の争点オ(原告らの不起立行為等が地公法32条、33条に反するか。)について (原告らの主張) ア 本件処分は、原告らの不起立行為等が地公法32条、33条違反であるとして行われた。 イ 地公法32条が規定する職員が職務命令に従う義務は、その職務命令が、憲法、教育基本法、学校教育法等に抵触しない適法なものであることを当然の前提としている。  旧教育基本法10条及び学校教育法28条6項、51条、76条の解釈によれば、校長に、教師の教育活動の内容にかかわる職務命令を出す権限はないから、校長は、国歌斉唱時の起立という問題に関し、教師に対して職務命令を発しえないから本件職務命令は違法である。また、本件職務命令は、憲法19条、20条、自由権規約及び児童の権利条約等に反する違憲、違法なものである。このように違憲、違法で無効な本件職務命令に服従する義務は原告らにはないから、原告らには、地公法32条が定める職務命令に従う義務の違反はない。 ウ 地公法33条の信用失墜行為は、具体的には、酒の上での大げんか、交通事故、乱闘騒ぎなどがその例であり、原告らの不起立行為等は、これらとは明らかに性質を異にし、信用失墜行為に当たらない。  卒業式等において君が代の起立斉唱を強制することには反対の考えのほうが国民の間でも多く、不起立行為等は、決して世間のひんしゅくを買っているわけではないから、信用失墜行為に当たらない。 (被告の主張) ア 学校教育法51条、76条、28条3項は、高等学校及び養護学校における校務はその校長がつかさどるものとしており、その「校務」とは、教諭のつかさどる教育を含む学校の果たすべき仕事全体すなわち学校教育の事業を遂行するため必要とする一切の事務を指し、学校教育法施行規則等を受けて制定された学習指導要領に基づく教育課程の計画及び実施についての責務と権限も当然に含まれるものである。  しかして、学習指導要領等は、儀式的行事を教育活動として実施することを定め、卒業式等においては、「その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めており、「君が代」のピアノ伴奏を行うことも、これらの規定の趣旨にかなうものである。教職員は、「教育をつかさどる者」(学校教育法28条6項、51条、76条)として、児童・生徒に対し、国旗掲揚、国歌斉唱に関する指導を行う義務を負うから、校長が校務の一環として卒業式等の具体的実施内容を決定し、その実施のための諸活動を各教職員に分掌させて職務命令を発すれば、個々の教職員は当然に当該職務命令に従って職務を遂行しなければならない。 イ 地公法33条が、その職の信用を傷つけ、職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならないと規定する趣旨は、公務員が全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務すべき地位にあり、そこから公務員に高度の行為規範を求め、それを法規範として定めたことにある。信用失墜行為に当たるか否かはその行為自体を社会観念に照らして判断すれば足り、具体的に失墜された結果が生じることは要件ではない。  原告らの不起立行為等の非違行為は、校長の教育課程にかかわる職務命令に違反して、卒業式等の重要な学校行事において児童・生徒、保護者、来賓の面前で行われたものであり、教育公務員の職に対する信用を傷つける行為であるから、地公法33条の信用失墜行為に該当することは明らかである。 (7)本案の争点カ(本件処分に手続的違法があるか。)について (原告らの主張)  憲法31条の適正手続の保障は、刑事手続に限定されるものではなくその趣旨に照らして、公務員に対する懲戒処分についても、その手続的な適正・公正が確保されなければならない。原告らの多くは、都教委の事情聴取に当たって、弁護士の立会やメモをとらせること等を求めたが、拒否された。告知・聴聞の機会が不十分でなく、手続的な公正・適正が確保されていたとはいいがたい。  また、本件処分は、拙速に行われ、特に教職員懲戒分限審査委員会の会議は行われず、回覧協議で体裁が整えられた。処分の審査の過程で、個別の事情が一切考慮されず、一律・画一の処分になっている。  これらのことからすれば、本件処分には適正を欠く手続の違法がある。 (被告の主張)  公務員の懲戒処分について、直接には刑事手続に関する憲法31条の保障が及ぶものではない。公務員の懲戒処分については、行政手続法の聴聞ないし弁明の機会の付与に関する規定は適用除外とされており、地公法等に、告知、聴聞の規定はなく、公務員の懲戒処分の手続は任命権者の裁量に委ねられている。都教委は、本件処分を行うに当たって、事情聴取を行うなどしており、手続は公正に行われた。  原告らの中には、事情聴取において弁護士の立会等に固執し、結果として事情聴取ができなかった者もあったが、事情聴取を行った者の聴取書は、事実確認及び量定案検討の資料となり、これを踏まえて個々の処分がされた。処分発令までの期間が短いことや、結果として原告らに基本的に同内容の処分量定となったことから、処分が違法になるということはない。 (8)本案の争点キ(本件処分に裁量の逸脱があるか。)について (原告らの主張)  仮に、本件通達及び本件職務命令は違憲、違法でないとしても、本件処分は、社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を逸脱した違法なものである。  また、国旗・国歌に対する多様な見解のうち特定の考えのみに基づいて懲戒処分を課すことは、行政裁量の恣意的な行使であり違法である。  国旗・国歌条項は、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、斉唱すること、ピアノ伴奏を行うことを義務としていない。わずかの間着席していた、あるいはピアノ伴奏をしなかったというだけの行為に対して、セクハラなどの非違行為と同様の処分をすることは過酷であり、比例原則に反する。 (被告の主張)  わが国の教育公務員がわが国の国旗・国歌を指導することは当然のことであり、学習指導要領にも、国旗・国歌条項がおかれている。国歌を斉唱するときは起立することは社会常識であるし、ピアノがあればそれにより伴奏することもごく常識的かつ自然な指導方法であるから、校長が、卒業式等において国歌斉唱時に教職員が起立して斉唱し、音楽担当の教員がピアノ伴奏をすることを行事実施の方針として採用したからといって、これが「特定の考え」あるいは「一定の理論や観念」として非難されるようなものではない。原告らが行った職務命令違反は、公務の適正な遂行を妨げるものであり、職場内の秩序維持の観点からも看過できない非違行為であり、本件処分の処分量定は適正である。 (9)本案の争点ク(原告らの損害の有無及びその額)について (原告らの主張)  原告らは、違憲、違法な本件通達に基づく各校長の本件職務命令及び同命令に違反したことを理由とする懲戒処分により、人格そのものの統合性をかけた苦悩に追い込まれたほか、服務事故再発防止研修を課されたり、特別昇給制度が適用されないなどの経済的な不利益を受け、さらには「全体の奉仕者たるにふさわしくない行為」「教育公務員としての職の信用を傷つけた」等であるとして、教師としての自尊心や誇りを真っ向から否定されるなど、筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を被った。このような原告らの精神的苦痛損害は、原告1人あたり50万円を下らない。また、訴え提起を余儀なくされ、弁護士に訴訟遂行を委任した。相当因果関係のある弁護士費用は原告1人あたり5万円である。 (被告の主張)  争う。 第3 争点に対する判断 1 認定事実  前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。 (1)ア 平成元年度の前、学習指導要領では、特別活動における国旗や国歌の指導について、「国民の祝日などにおいて儀式などを行う場合には、児童・生徒に対してこれらの祝日などの意義を理解させるとともに、国旗を掲揚し、国歌を斉唱させることが望ましいこと。」と定められていたが、平成元年3月15日、学習指導要領が改訂され、特別活動において、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」との条項に改められた。なお、学習指導要領上、国旗として日の丸が、国歌として君が代が想定されていた。(前提事実(2)エ、甲502ないし504、乙20、23、53、54) イ これを受け、都教委は、平成2年2月3日付け「新学習指導要領の移行措置について―入学式・卒業式における国旗・国歌の扱い―」、同月20日付け「学年末・学年始めの生活指導について(通知)」により、学習指導要領に基づく適正な指導の実施を求め、都立高校等の責任者である校長に、その職責の遂行を求めたが、平成2年から、特別活動において国旗掲揚・国歌斉唱を実施しようとする校長に対する学校現場での反発が強くなった。(乙25ないし28) ウ 文部省は、平成6年「学校における国旗・国歌の指導について」と題し、@学習指導要領は、学校教育法の規定に基づいて、各学校における教育課程の基準として文部省告示で定められたものであり、各学校においては、この基準に基づいて教育課程を編成しなければならないものである、A学習指導要領においては、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」とされており、校長教員は、これに基づいて児童生徒を指導するものである、Bこのことは、児童生徒の内心まで立ち入って強制しようとする趣旨のものではなく、あくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくことが必要であるなどとする文書を作成、配布し、国旗や国歌の指導方針について確認した。都教委は、これをもとに、都立学校に対し、指導したりした。(乙29、30) エ 文部省は、平成9年度卒業式及び平成10年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱について、全国の実施状況を調査した。同調査によると、東京都の公立高等学校(全日制)における国旗掲揚の実施率は、平成9年度卒業式で84.0パーセント(全国最下位)、平成10年度入学式で85.0パーセント(全国最下位)、国歌斉唱の実施率は、平成9年度卒業式で3.9パーセント(全国最下位)、平成10年度入学式で3.4パーセント(全国で下位から2番目)と、その実施率は全国平均(国旗掲揚平成9年度卒業式98.1パーセント、平成10年度入学式98.1パーセント、国歌斉唱平成9年度卒業式80.1パーセント、平成10年度入学式80.6パーセント)と比較して低かった。(乙2の1) オ 都教委指導部は、上記エの結果を受けて、指導部長名で、都立高等学校長等に対し、平成10年11月9日、「公立小・中・高等学校における入学式及び卒業式での国旗掲揚及び国歌斉唱に関する調査について(通知)」を発出し、学習指導要領に基づき、国旗・国歌に関する指導が適切に行われるように指導を徹底するよう通知し、同月20日には、「入学式及び卒業式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の徹底について(通知)」により、以下のとおりの「実施指針」を定めた。 「1 国旗の掲揚について  入学式や卒業式などにおける国旗の取扱いは、次のとおりとする。なお、都旗を併せて掲揚することが望ましい。 (1)国旗の掲揚場所等 ア 式典会場の正面に掲げる。 イ 屋外における掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚状況が生徒、保護者、その他来校者に十分に認知できる場所に掲揚する。 (2)国旗を掲揚する時間  式典当日の生徒の始業時刻から終業時刻までとする。 2 国歌の斉唱について  入学式や卒業式などにおける国歌の取扱いは、次のとおりとする。 (1)式次第に「国歌斉唱」を記載する。 (2)式典の司会者が「国歌斉唱」と発声する。」(乙1、2の2、3) カ 文部省は、平成10年度卒業式及び平成11年度入学式における国旗掲揚及び国歌斉唱について、全国の実施状況を調査した。同調査によると、東京都の公立高等学校(全日制)における国旗掲揚の実施率は平成10年度卒業式で92.3パーセント、平成11年度入学式で95.0パーセント、国歌斉唱の実施率は平成10年度卒業式で7.2パーセント、平成11年度入学式で5.9パーセントと、その実施率は依然として全国平均(国旗掲揚平成10年度卒業式98.8パーセント、平成11年度入学式99.0パーセント、国歌斉唱平成10年度卒業式83.5パーセント、平成11年度入学式85.2パーセント)と比較して低かった(乙1、4の1) (2)ア このような状況のもと、平成11年6月23日、東京都教育庁は、都立学校の卒業式、入学式における国旗掲揚、国歌斉唱に伴う問題への対応や校長に対する支援を図るためとして、教育庁次長を本部長とする「卒業式・入学式対策本部」を設置した。(乙32) イ 国旗・国歌法が、平成11年8月13日に公布、施行された。(前提事実(2)ア) ウ 都教委教育長は、卒業式・入学式対策本部における協議を踏まえ、平成11年10月19日、都立高等学校長及び都立盲・ろう・養護学校長に対し、それぞれ「入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について(通達)」(以下「平成11年通達」という。)を出し、上記(1)オの実施指針の徹底を求めるとともに、以下の4点を具体的に示した。 「1 教職員に対しては、入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の意義について、学習指導要領に基づき説明し、理解を求めるよう努めるとともに、併せて、「国旗及び国歌に関する法律」制定の趣旨を説明すること。 2 生徒に対しては、国際社会に生きる日本人としての自覚及び我が国のみならず他国の国旗及び国歌に対する正しい認識とそれらを尊重する態度が重要であることを、十分説明すること。 3 保護者に対しては、学校教育において、生徒に国旗及び国歌に対する正しい認識や、それらを尊重する態度の育成が求められていること、並びに入学式及び卒業式において、学校は国旗掲揚及び国歌斉唱の指導を学習指導要領に基づき行う必要があることなどを、時機をとらえて説明すること。 4 校長が国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、職務命令を発した場合において、教職員が式典の準備業務を拒否した場合、又は式典に参加せず式典中の生徒指導を行わない場合は、服務上の責任を問われることがあることを、教職員に周知すること。」  また、都教委指導部は、平成12年1月、都立学校の全教職員に対し、「入学式・卒業式の適正な実施について」と題するリーフレットを作成、配布し、国旗掲揚や国歌斉唱について、学習指導要領の趣旨を踏まえた適切な指導の在り方を工夫し、計画的に取り組むことを求めた。(乙5、6、7、55) エ 平成12年度の卒業式以降、都立学校の卒業式等における国旗掲揚・国歌斉唱の実施率は100パーセントとなったが、「実施指針」で定められた方針どおりに国旗掲揚を行った都立学校は全体の半数にも満たず(都立高等学校の実施率は、平成14年度卒業式が39.0パーセント、平成15年度入学式が44.3パーセント。)、国旗を舞台壇上正面に掲揚していない学校、国歌斉唱時に起立をしない教職員がいる学校や、式次第に国歌斉唱と明記しない学校、式の前に教員が内心の自由について説明する学校が相当数あったほか、肢体不自由養護学校の卒業式等において、舞台を使わずに卒業証書の授与を行う(フロア形式)学校や音楽の教員がいるのに国歌のピアノ伴奏をしないなどという状況があった。(甲354、355、乙8の1、10、66、67、70、73) (3)ア 都教委は、平成15年6月25日、教育庁理事を本部長として、「都立学校等卒業式・入学式対策本部」(以下「対策本部」という。)を設置し、都立学校における卒業式等が学習指導要領に基づき実施されるための対応策を検討することとした。対策本部は、上記(2)エの状況を、学習指導要領に基づき本来されるべき国旗・国歌の適正な指導がされていないと認識し、対応について検討を重ねた。  横山教育長は、同年10月23日、それまでの対策本部の検討を経て作成された本件通達を発出した。(前提事実(3)、乙11、12の1ないし3、70) イ 都教委は、同日、都立学校の校長を対象に、本件通達の趣旨等を説明し、学校行事等における国旗掲揚、国歌斉唱の実施を徹底するため、都立高校等の校長を対象に、「教育課程の適正実施にかかわる説明会」を開催した。  この席上、横山教育長は、入学式や卒業式をはじめ、教育課程を適正に実施することが、教育に携わる者に課せられた使命であり、保護者や児童・生徒に対する責務であると挨拶した。続いて、近藤精一指導部長(以下「近藤指導部長」という。)が、本件通達を読み上げた。  その後、臼井勇人事部長は、校長が職務命令を発した場合の注意事項として、@職務命令を出して、教員を従わせることが大事であること、A職務命令に関しては、いつ、どこで、誰に発したかを正確に記録すること、B国旗は舞台壇上正面に掲揚すること、C国旗掲揚の時間帯は、全日制では、8時15分から17時までとすること、D教職員には、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱させること、E教職員の座席を指定すること、F教職員が起立しない場合、現認確認をし、都教委に報告すること、G座っているところで職務命令を出すのは難しいので、必ず事前に職務命令を出すこと、H国歌斉唱のピアノ伴奏については、専科の教員に命ずること、I会場設営については、児童・生徒が正面を向くようにすること、J教職員が会場を設営しない場合、職務命令を出して行わせること、K厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる儀式に相応しい服装をさせることL職務命令についてはマニュアルを作成するので、それに従うことなどを説明した。  説明会の最後には、近藤指導部長から、本件通達は、都教委教育長から各校長に対する職務命令であるとの説明がされた。(甲20、22ないし24、47、303、304、乙14の1・2、38、70、72) ウ その後,学区ごとに行われた分散会では、主任指導主事らが、各校長に対して、本件通達に関する指導を行った。  そのうち、5学区の担当であった金子主任指導主事は、@国旗は、舞台正面壇上に掲揚する、正面というのは壁面である、上からつり下げる場合を含む、三脚は不可である、A国旗、都旗は各学校の予算で購入する、国旗のサイズは、中型が1メートル四方、大型が1.5メートル四方で3000円から4000円程度であり、都旗は2万円程度である、都旗は、イチョウのものはシンボルマークであって都旗ではない、正式な都旗を使うように、松本徽章工業という業者があるので、電話番号と担当者をメモすること、注文すれば10日くらいで届く、B国歌斉唱時に起立している状況を作ればよいので、入場、起立、国歌斉唱というプログラムを作れば、ずっと立っているので、それでよい、C内心の自由を説明することで、立ちにくい、歌いにくい状況を作らない、D教員は、式場内に可能な限り入れるようにする、Eピアノ伴奏は音楽教員が行う、音楽教員がいない場合でも伴奏できる者がいれば、その者に命ずる、それもできない場合は、CD等を流す場合もあるので、都教委に相談する、F本件通達の「入学式、卒業式等」の「等」とは、周年行事(創立記念式典)、開校式、閉校式、落成式である、G今後、職務命令について手順書を作成するので、それに則って行ってほしいなどと指導した。  他の学区の分散会でも、担当指導主事から、同様の説明がされた。(甲22、23、47、303、304、313) エ また、横山教育長は、同日、「適格性に課題のある教育管理職の取扱いに関する要綱」を決定し、教育管理職として必要な資質、能力の改善が見込めない場合には、管理職から一般教員への降任の勧告等の措置を講ずることを決定した。(甲49(乙63)、272) (4)ア 平成15年11月11日、近藤指導部長は、都立高校校長連絡会で講話し、@卒業式等の実施態様について問題を指摘されている、都議や都民からいつまでこういう状態なんだと言われている、A本件通達は職務命令である、本件通達を適正実施のために本件通達を校長のツールとして活用していただきたい、B卒業式や入学式について、まず、形から入り、形に心を入れればよい、形式的であっても、立てば一歩前進であるなどと話した。(甲22、48、乙70) イ 同年12月9日、東京都教育庁指導部の賀澤高等学校教育指導課長(以下「賀澤指導課長」という。)は、都立高校校長連絡会において、@教職員に対する職務命令は、口頭でも立会人不在でも有効だが、訴訟対策上、必ず書面で立会人をつけて行うこと、A教務主任研修会で実施指針が憲法違反ではないかと発言した教務主任がいるが、教務主任の発言として不適切であり、当該教務主任を選任した校長の責任であるから、同校長から指導してもらうこと、B校長から不協和音をださないことなどを話した。(甲22、48、54、68) ウ 平成16年1月13日、賀澤指導課長は、都立高校校長連絡会において、各校長に対し、同年3月中に、同年4月実施される入学式に関し、教職員に対して職務命令を出しておくように指導した。また、続いて学区ごとの分散会が開催され、そのうち5学区の分散会では、担当の宮野指導主事が、各校長に対し、@卒業式の実施要項の中には会場の配置図、教員の座席図、司会の進行台本、教員の役割分担表を必ず入れること、A式次第には都教委の挨拶を必ず入れること、B実施要項ができたらすぐに指導主事に提出すること、C教職員に対しては、口頭及び文書で職務命令を出すことなどを内容とする指導を行った。(甲22、48、55) エ 同月30日、5学区の臨時校長連絡会が開催され、賀澤指導課長は、各校長に対し、本件通達に関するQ&Aや、「卒業式・入学式の実施に当たって(A高校の周年行事の実施例)」と題する資料を配付し、その実施例のとおりに入学式、卒業式を行うよう指導した。  上記資料には、@2週間前までに式の実施要項(会場図、座席表、式次第、役割分担表等を含む。)を作成すること、A1週間前までに教職員全体に対して口頭で包括的な職務命令を発令すること、B前日までに教職員個人に対して文書で職務命令を発令すること、C式当日は国歌斉唱状況を確認し、職務命令違反があった場合には、校長がその事実を確認し、報告書を作成することなどが記載されていた。  また、賀澤指導課長は、同連絡会において、@職務命令には、「実施要項に従って業務を行うこと」と書く、A司会者に対しては、「進行表により司会を行うこと」と付け加える、B職務命令書は、一人一人に手渡す、C何日かかっても手渡す、Dたとえば学校で受け取らなかった教員に、それでは家に行って手渡すと言ったら次の日の朝に学校で受け取ったという例もある、それぐらいねばり強くやる、E教頭は(国歌斉唱の)5分くらい前に不起立教員の現認の準備の配置に付き、国歌斉唱の間に(不起立行為を)現認する、教育委員会職員はあくまで補助である、F(本件実施指針にある)「国旗に向かって起立し」とは、要するに、国旗にケツを向けるなということである、G国旗国歌について説明はしていいが、「歌わなくて良い」などとは言ってはいけないなどと指導した。  上記Q&Aには、@教職員は、可能な限り全員会場に入れること、A教職員の参列状況や国歌斉唱時の起立状況を確認するため、座席指定が必要であること、B司会等は主幹等の教員が行い、教頭は行わないこと、C国歌斉唱時の不起立の確認は管理職が行い、教育委員会の職員は補助であることなどが記載されていたが、同連絡会終了後に回収された。(甲22、52) オ 同年2月10日、都立高校校長連絡会に続いて学区ごとの分散会が開催され、そのうち5学区の分散会では、担当指導主事らが、各校長に対し、教職員に対する職務命令は文書で一人一人に手渡すよう指導するとともに、前記Q&Aの記載内容を変更した冊子を配布したが、卒業式等の実施に当たっては、同冊子ではなく、前記Q&Aの記載内容に基づいて行うように指示した。  なお、新たに配布された冊子では、@教職員を全員式場に入れるか否かについて、前記Q&Aの記載と異なり、学校の状況に応じて校長が判断することではあるが、できるだけ多くの教職員が、生徒の門出を心から祝福できるようにしてほしいと記載され、A座席指定は行わなければならないか否かについても、前記Q&Aの記載と異なり、本件実施指針には「教職員は、指定された座席で国旗に向かって起立し」とあるので、座席指定を行わなければならないと記載され、B司会を誰が行うのか、どのように国歌斉唱時の不起立を現認するのかなどについては項目自体が削除されていた。(甲22、48、51) カ その後、同年2月から3月までの間、東京都教育庁の学区担当指導主事らは都立高等学校の各校長に対し、平成15年度卒業式について、直接又は電話、電子メールなどで指導を行い、事前に卒業式実施要項(式場図、進行表、教職員の座席一覧表等)を提出させるとともに、生徒に対する不適正な指導を行わないよう指導することを求める通知や、卒業式等が終了次第、電話や所定の様式の書面により実施状況等を報告する旨の依頼を発した。  また、都教委は、都立高等学校の各校長に対し、卒業式で国歌斉唱時の不起立等の服務事故が発生した場合、速やかに都教委の人事部担当管理主事に対し、電話連絡をするとともに、人事部職員課に事故報告書を提出することなどを指示した。(甲22ないし24、68、100、219、235、乙40、59、証人渡部) キ 横山教育長は、平成16年2月24日、都立学校長に対し、「再任用職員等の任用について(通知)」を発出し、平成15年度は、定年等により退職する教職員について、都教委で行う再任用又は嘱託員としての任用のための選考を終了し、合格発表をすませたが、仮に、合格者が退職日までに服務事故等を起こした場合には、在職期間中の勤務実績不良として、そのものを任用しないことがあるので、所属の再任用又は嘱託員合格者に対し、改めて服務指導等をお願いしたいと依頼した。(甲236) (5)本件通達発出後、平成15年度に実施された周年行事、平成16年3月に実施された平成15年度卒業式及び平成16年4月に実施された平成16年度入学式に関し、すべての都立学校で、各校長から教職員に対し、卒業式の式典において定められた席に着席し、国歌斉唱時には国旗に向かって起立して、国歌を斉唱すること又はピアノ伴奏をすることを命ずる本件職務命令が発せられた。(甲110、211、231の1、乙70、72、85) (6)都教委は、本件通達発出後、平成15年度中に実施された周年行事、平成16年3月に行われた一部島しょを除く都立学校の平成15年度卒業式にそれぞれ職員を派遣した。派遣された都教委職員は、「国歌斉唱」の式次第への記載の有無、「国歌斉唱」の発声や「起立」の号令の有無、国歌斉唱時の教職員や生徒の起立、不起立の状況等を監視して、都教委に報告した。  また、卒業式等での国歌斉唱時に起立しなかった教職員がいた都立学校では、校長が予め用意したひな型を使用して、服務事故報告書を作成し、これを都教委人事部職員課に提出した。都教委は、上記服務事故報告書の提出を受けた後、指導主事らによって国歌斉唱時に起立しない教職員がいた学校の校長等から事情聴取をした。(甲75、76、211、220、404、405、418、464の2、乙70) (7)ア(ア)本件通達発出後に都立学校で行われた平成15年度周年行事において不起立行為等を行った教職員10名について、事情聴取が行われ、都教委は、平成16年2月4日開催の教職員懲戒分限審査委員会に同教職員らの懲戒処分について諮問し、戒告処分が相当であるとの答申が出された。これを受けて、同月12日、都教委の定例会において審議が行われ、都教委決定議案として教育委員の合議により戒告の処分が決定され、平成16年2月17日、同教職員10名について、戒告処分が発令された。 (イ)また、平成16年3月に都立学校で行われた平成15年度卒業式において不起立行為等を行った教職員について、同年3月26日までにほとんどの事情聴取が行われた。都教委は、第一次分として、都立高等学校所属者及び平成15年度末退職予定者合計171名の懲戒処分について、同月29日に教職員懲戒分限審査委員会に諮問し、戒告処分が相当であるとの答申が出された。これを受けて、同月30日開催の都教委の臨時会において審議が行われ、都教委決定議案として教育委員の合議により戒告の処分が決定し、同日に14名、同月31日に157名について戒告処分が発令された。また、同戒告処分を受けた現職の教職員のうち再雇用職員採用選考(新規)合格者3名について、その合格が取り消された。 (ウ)都教委は、上記(イ)に続く第二次分として、都立盲・ろう・養護学校所属10名の処分について、平成16年4月5日開催の教職員懲戒分限審査委員会に諮問し、職務命令違反により初めての懲戒処分となる9名については戒告処分を相当とし、過去に同様の非違行為により戒告の懲戒処分の受け、再び職務命令違反を行った1名については、減給10分の1・1月の処分が相当であるとの答申が出された。これを受けて、同日開催された都教委の臨時会において、同教職員10名について審議が行われ、都教委決定議案として、教育委員の合議により、9名については戒告、1名については減給10分の1・1月の処分が決定され、同月6日に決定どおりの処分が発令された。 (エ)その後、平成16年4月に都立学校で行われた平成16年度入学式において、不起立行為等を行った教職員について、事情聴取が行われた。都教委は、平成16年度入学式における職務命令違反者36名と、平成15年度卒業式における職務命令違反者の第三次分の2名について、平成16年5月17日開催の教職員懲戒分限審査委員会に諮問し、初めての懲戒処分となる35名については、戒告処分相当とし、過去に同様の職務命令違反により既に戒告の処分を受けており再び職務命令に違反した3名については、減給10分の1・1月の処分が相当であるとの答申が出された。これを受け、同月24日に開催された都教委の定例会において審議が行われ、都教委決定議案として、教育委員の合議により、35名について戒告の処分、3名について減給10分の1・1月が決定され、同月25日に決定どおりの処分が発令された。 (甲77ないし79、82、83、乙71、証人藤森) イ さらに、都教委は、平成16年6月ころ、生徒が卒業式に出席しない、教職員が生徒に事前に不適正な指導をしていた、大多数の生徒が国歌斉唱時に起立しないなどの事情が認められた都立学校の校長、副校長、当該教諭に対して、教育庁指導部長から個別に注意した。(甲87) ウ 都教委は、その後も、卒業式等において、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを命ずる職務命令に違反し、不起立行為等をした教職員に対して、懲戒処分を行っている。(乙71) (8)ア 都教委は、平成16年7月15日及び同月16日、平成15年度周年行事及び卒業式並びに平成16年度入学式において服務事故が発生し、懲戒処分等が行われた学校及び生徒不起立等に係って厳重注意等が行われた都立学校の校長、副校長及び主幹を対象に、「適正な教育課程の管理に向けた研修」を実施した。(甲238ないし240) イ 都教委は、平成16年8月2日及び同月9日、東京都総合技術教育センターにおいて、平成15年度卒業式及び平成16年度入学式において、国歌斉唱時に起立しなかったことにより戒告処分等の懲戒処分を受けた教職員に対し、服務事故再発防止研修を実施した。また、都教委は、平成16年8月30日、入学式、卒業式等の式典において、国歌斉唱時の不起立等により、懲戒処分が2度目となり、減給処分を受けた教職員に対し、専門研修を実施した。(甲80、乙71) 2 本案前の争点に対する判断 (1)退職原告ら65名が、それぞれ在職中に戒告処分を受けたこと、その後、別紙「退職日」欄記載の日付けで退職したことは、前提事実(1)アのとおりである。 (2)戒告処分は、職員が地公法29条1項各号に該当する場合において、その責任を確認し、及びその将来を戒めるという処分であるから、当該公務員が退職した場合になお同処分を取り消すことによって回復すべき法律上の利益が存在するかは問題となる。  しかし、都立学校の教職員は、「教員が現に受けている号給を受けるに至った時から12月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、その者の属する職務の級における給料の幅の中において直近上位の号給に昇給させることができる」(平成17年東京都条例143号による改正前の学校職員の給与に関する条例8条2項)とされているところ、減給又は戒告処分を受けた者は、昇給を3月延伸するとされていたため、減給又は戒告処分を受けた場合には、昇給の可能性があった直近の昇給予定時期において、昇給されることがなく、その後退職時までの昇給時期にも影響が生じることになる。  また、定年退職者等の再任用については、「従前の勤務実績等に基づく選考により」1年を超えない範囲内で任期を定めて採用できる(地公法28条の4第1項、28条の5第1項)と規定され、東京都の教職員については、東京都公立学校再雇用職員設置要綱(昭和60年3月22日付59教人職第554号)5条1項が、嘱託員の任用について「正規職員を退職又は再任用職員を任期満了する前の勤務成績が良好であること」を要件とすることなどと規定していることから、原告らは、本件処分の存在により、再雇用に当たって「勤務成績が良好」か否かの判断に当たって不利益な評価・選考を受ける可能性があることが認められるばかりでなく(認定事実(4)キ、甲236、279、280)、実際に、認定事実(7)ア(イ)のとおり平成15年度卒業式における不起立行為等が職務命令違反及び信用失墜行為に当たるとして再雇用職員採用選考(新規)の合格を取消したことが認められる。  以上によれば、退職原告らは、本件処分が取り消されれば、上記の昇給予定時期に昇給することが期待できた地位や再任用されることを期待しうる地位を回復することになるところ、これらの地位は、一定の法的保護に値するものであり、退職によって当然に失われるものとはいえないから、退職原告らについても本件処分の取消しを求める法律上の利益があるというべきであり、被告の本案前の申立ては、いずれの退職原告らについても理由がない。 3 本案の争点ア(本件通達、本件職務命令及び本件処分は、原告らの思想及び良心の自由を侵害し、憲法19条、20条に違反するか。)について (1)原告が、どのような思いから不起立行為等をするに至ったかについてみる。  証拠(甲342、366、367、449の1ないし173(但し枝番11、64、123、124、141は欠番)、459の1・10、463、465の1ないし4、原告X1、同X2、同X3、同X4、同X5、同X6、同X7、同X8、同X9、同X10)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、いずれも、@キリスト教を信仰するという宗教上の理由、A過去日本から侵略されたという歴史を有する韓国や朝鮮の国籍を有するという民族的な理由、B過去の戦争への思いや平和主義思想を有するという理由、C様々な価値観を認めず一律に強制を行うことに反対するという理由といった、思想、信条から、又は、@学校教育における国旗・国歌の画一的統制は、軍国主義教育のもと、教え子たちを戦場に送り出してしまった過去の歴史を繰り返す危険を有するとの理由、Aこれまで人権の尊重、自主的思考、自主的判断の大切さを強調する教育実践を続けてきたことと矛盾する行動はできないという理由、B多様な国籍、民族、信仰、家庭的背景を有し、国旗・国歌に対し様々な価値観を有する生徒にとって、教師全員が起立することは、生徒に対しても自己の思想及び良心に反する行動を強制することとなるという理由、C障害や発達段階に応じた教育や配慮を要する障害児教育に一律の強制はなじまないという理由など、教師としての思い、良心から、国旗に向かって起立し、国歌斉唱できない、又はピアノで国歌の伴奏ができないという信念を有するものであると認められる。  原告らのこのような考えは、「日の丸」や「君が代」が過去に我が国において果たした役割に係る原告らの歴史観ないし世界観又は教職員としての職業経験から生じた信条及びこれに由来する社会生活上の信念であるといえるものであり、このような考えを持つこと自体は、思想及び良心の自由として保障されることは明らかである。 (2)本件職命令は、原告らに対して、卒業式等において、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を斉唱する行為、又は国歌斉唱に際し定められた楽譜に従ってピアノで国歌の伴奏をする行為を命じるものである。そこで、前記(1)のような考えを有する原告らに対して、このような行為を命じることが原告らの思想や良心の自由を侵害するといえるかどうか、思想や良心の自由を制約しあるいは思想や良心の自由と抵触するとしても、それが許されるかどうかが問題となる。 ア 一般に、自己の思想や良心に反するということを理由として、およそ外部行為を拒否する自由が保障されるとした場合には、社会が成り立ちがたいことは明らかであり、これを承認することはできない。  もとより、人の思想や良心は外部行為と密接な関係を有するものであり、思想や良心の核心部分を直接否定するような外部的行為を強制することは、その思想や良心の核心部分を直接否定することにほかならないから、憲法19条が保障する思想及び良心の自由の侵害が問題になるし、そうでない場合でも、思想や良心に対する事実上の影響を最小限にとどめるような配慮を欠き、必要性や合理性がないのに、思想や良心と抵触するような行為を強制するときは、憲法19条違反の問題が生じる余地があるといえるが、これらに該当しない場合には、外部行為が強制されたとしても、憲法19条違反とはならないと解される。 イ これを本件についてみると、原告らが、卒業式等の国歌斉唱時に「日の丸」に向かって起立し、「君が代」は斉唱すべきでない、又はピアノで「君が代」の伴奏をすべきでないものとして、これを拒否することは、原告らにとっては、原告らが有する前記の歴史観ないし世界観又は信条に基づく行為であろうとはいえるが、本件職務命令は、卒業式等において国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること、又は定められた楽譜に従ってピアノで国歌の伴奏をすることを命じるものであって、原告らに対して、例えば、「日の丸」や「君が代」は国民主権、平等主義に反し天皇という特定個人又は国家神道の象徴を賛美するものであるという考えは誤りである旨の発言を強制するなど、直接的に原告らの歴史観ないし世界観又は信条を否定する行為を命じたり、思想や良心の内容を確かめるための行為を命じるものではなく、また、卒業式等の儀式の場で行われる式典の進行上行われるピアノ伴奏又は出席者全員による起立及び斉唱であることから、前記のような歴史観ないし世界観又は信条と切り離して、不起立行為等には及ばないという選択をすることも可能であると考えられ、一般的には、卒業式等の国歌斉唱時に不起立行為等に出ることが、原告らの歴史観ないし世界観又は信条と不可分に結びつくものということはできない。 ウ 加えて、本件職務命令が発出された当時、都立高等学校の卒業式等において、国旗である「日の丸」を舞台壇上に掲揚したり、国歌斉唱として「君が代」を斉唱することは広く実施され始めており(認定事実(2)エ)、また、全国の公立高等学校では、卒業式等における国旗掲揚や国歌斉唱は従来から広く実施されているのであるから(認定事実(1)エ、カ)、客観的にみて、卒業式等の国歌斉唱の際に「日の丸」に向かって起立し、「君が代」を斉唱するという行為やピアノで伴奏する行為は、卒業式等の出席者にとって通常想定され、かつ、期待されるものということができ、一般的には、これを行う教職員が特定の思想を有するということを外部に表明するような行為であると評価することは困難である。校長の職務命令に従ってこのような行為が行われる場合には、これを特定の思想を有することの表明であると評価することは一層困難であるといわざるを得ない。  本件職務命令は、上記のように、高等学校における卒業式等の儀式的行事において全国的に広く行われていた国歌斉唱に際し、出席者である教職員に国旗に向かって起立し、国歌の斉唱を命ずるもの、又はピアノで国歌の伴奏をすることを命ずるものであって、原告らに対し、特定の思想を持つことを強制したり、あるいはこれを禁止したりするものではなく、特定の思想の有無について告白することを強要するものでもない。 エ 以上のとおり、本件職務命令は、原告らの思想及び良心の核心部分を直接否定するものとは認められないが、本件職務命令が命じる国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること及びピアノで国歌を伴奏することは、原告らの前記のような歴史観ないし世界観又は信条と緊張関係にあることは確かであり、一般的には、本件職務命令が原告らの歴史観ないし世界観又は信条自体を否定するものといえないにしても、原告ら自身は、本件職務命令が、原告らの歴史観ないし世界観又は信条自体を否定し、思想及び良心の核心部分を否定するものであると受け止め、国旗に向かって起立し国歌を斉唱することやピアノで国歌を伴奏することは、原告ら自身の思想及び良心に反するとして,不起立行為等の行動をとったとも考えられる。そうだとすると、本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由との抵触が生じる余地がある。  しかしながら、憲法15条2項は、「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。」と定めており、地方公務員も、地方公共団体の住民全体の奉仕者としての地位を有するものである。このような地方公務員の地位の特殊性や職務の公共性にかんがみ、地公法30条は、地方公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては全力を挙げてこれに専念しなければならない旨規定し、同法32条は、地方公務員がその職務を遂行するに当たって、法令等に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない旨規定している。原告らは、いずれも都立学校の教職員であって、法令等や上司の職務上の命令に従わなければならない立場にあり、校長から学校行事である卒業式等に関して、それぞれ本件職務命令を受けたものである。そして、国旗・国歌法は、日の丸を国旗とし、君が代を国歌とする旨明確に定め、また、学校教育法43条及び同法73条等に基づき定められた学習指導要領は「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」又はこれに準ずると定めている(前提事実(2)エ)ところ、卒業式等に参列した教職員が、国歌斉唱時に国旗に向かって起立して、国歌を斉唱するということ、国歌をピアノ伴奏することは、これらの規定の趣旨にかなうものである。他方、本件職務命令は卒業式等の儀式を行うに際して発出されたものであり、このような儀式においては、出席者に対して一律の行為を求めること自体には合理性があるといえるし、前記のとおり、卒業式等における国旗掲揚や国歌斉唱は、全国的には従前から広く実施されていたものである。このような諸事情も総合すると、本件職務命令には、その目的及び内容において合理性、必要性が認められるというべきである。  以上のとおり、本件職務命令は、その内容において合理性、必要性が認められるのであるから、原告らの前記のような歴史観ないし世界観又は信条と緊張関係にあるとしても、あるいは、原告ら自身としては思想及び良心の核心部分を直接否定するものであると受け止めたのだとしても、そのことによってただちに、本件職務命令が原告らの思想及び良心の自由を制約するものである、あるいはその制約は許されないものであるということはできない。 オ 以上によれば、本件職務命令は、原告らの思想及び良心の自由を侵すものではなく、憲法19条、20条に反するとはいえないと解するのが相当である。 4 本案の争点イ(本件通達及びその後に都教委が各校長に行った指導は、旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当するか。)について (1)本件職務命令は、学校教育法51条、76条により準用される同法28条3項の校長の所属職員に対する監督権限に基づいて発せられたものである。他方、本件通達は、地教行法23条5号の教育委員会の教育課程に関する管理、執行権限に基づいて発せられたものであり、本件職務命令とは異なる法的根拠を有する別個の行為であって、本件通達の違法性は、当然に本件職務命令に承継されるものではない。  しかしながら、認定事実(3)ないし(5)のとおり、本件通達は、各校長に対する職務命令として発せられ、かつ、本件通達発出後、都教委は、各校長に対し、校長連絡会等を通じ、卒業式等の式典における国歌斉唱の実施方法、教職員に対する職務命令の発令方法等について、相当詳細かつ具体的に指示していることや、各校長は、この指示を受け、本件通達後に行われた卒業式等において、一校の例外もなく、教職員に対して、国歌斉唱時に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱すること、又はピアノ伴奏を命ずる職務命令を発していることからすると、形式的には、本件職務命令を発すべき必要性の判断は、各校長が有していたとしても、事実上、本件通達やその後に都教委が行った指導により、校長にその裁量を働かせる余地はなく、本件職務命令を発することを余儀なくされていたものと評価するのが相当である。  このように、都教委は、本件通達を定めたうえ、都立学校における卒業式等を本件通達のとおりに実施させるため、各校長をして、本件通達を発出させたといえるから、本件職務命令の発出についても、実質的にみると、都教委が行ったものと評価することができる。  そうすると、本件職務命令の発出は、本件通達やその後に都教委が各校長に対して行った指導と一体のものということができるから、本件通達の発出が旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当するか否かは、本件職務命令の違法性に影響する余地があるというべきである。 (2)そこで、以下、本件通達の発出が「不当な支配」に該当するかどうかを検討する。 ア 旧教育基本法は、その前文において、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。」と規定している。これは、戦前のわが国の教育が、国家による強い支配の下で形式的、画一的に流れ、時に軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯びる面があったことに対する反省によるものであり、この理念は、これを具体化した旧教育基本法の各規定を解釈するに当たっても念頭に置くべきものであるといえる(最高裁判所昭和51年5月21日大法廷判決刑集30巻5号615頁)。 イ 旧教育基本法10条は、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。」(1項)、「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」(2項)と規定しているところ、前記アのとおり、旧教育基本法が、戦前における教育に対する過度の国家的介入、統制に対する反省から生まれたものであることに照らすと、同条は、教育に対する権力的介入、特に行政権力による介入を警戒し、これに対して抑制的態度を表明したものと解される。  また、同条1項は、教育は、国民から信託されたものであるから、国民全体に対して直接責任を負うように行われるべく、その間において不当な支配によってゆがめられることがあってはならないとして、教育が専ら教育本来の目的に従って行われるべきことを示したものと考えられるから、同条項が排斥しているのは、教育が国民の信託にこたえて自主的に行われることをゆがめるような「不当な支配」であり、そのような支配と認められる限り、その主体のいかんは問うところでないので、ここには、教育行政機関や地方公共団体も含まれると解するのが相当である。  しかし他方で、憲法上、国は、適切な教育政策を樹立、実施する権能を有し、国会は、国の立法機関として、教育の内容及び方法についても、法律により直接又は行政機関に授権して、必要かつ合理的な規制を施す権限を有するだけでなく、子どもの利益のため又は子どもの成長に対する社会公共の利益のために規制を施すことが要請される場合も有り得るのであり、旧教育基本法がこのような権限の行使を限定したものと解すべき根拠はない。むしろ旧教育基本法10条は、国の教育統制権能を前提としつつ、教育行政の目標を教育の目的の遂行に必要な諸条件の整備確立に置き、その整備確立のための措置を講ずるに当たっては、教育の自主性尊重の見地から、これに対する「不当な支配」となることのないようにすべき旨の限定を付したところにその意味があるといえる。  したがって、教育に対する行政権力の不当、不要の介入は排除されるべきであるとしても、許容される目的のために必要かつ合理的と認められる介入は、たとえ教育の内容及び方法に関するものであっても、必ずしも同条の禁止するところではないと解するのが相当である(前掲最高裁昭和51年5月21日大法廷判決)。この点は、国にだけでなく、地方公共団体においても異なるところはない。 ウ そして、国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、子どもの教育は、教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、子どもの個性に応じて弾力的に行わなければならないから、教師の自由な創意と工夫の余地が要請されることを考慮した上で、教育に関する地方自治の原則を考慮し、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な範囲にとどめられるべきものであるが、地方公共団体が設置する教育委員会が、教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、公立学校を所管する行政機関として、その管理権に基づき、学校の教育課程の編成や学習指導等に関して基準を設定し、一般的な指示を与え、指導、助言を行うとともに、必要性、合理性が認められる場合には、適正かつ許容される目的のために必要かつ合理的と認められる範囲内において、具体的な命令を発することもできると解される。  この点に関し、原告らは、教育委員会による教育の内容及び方法に対する介入についても大綱的基準にとどまるべきであると主張する。しかしながら、国の教育行政機関が法律の授権に基づいて義務教育に属する普通教育の内容及び方法について遵守すべき基準を設定する場合には、教育に関する地方自治の原則を考慮し、教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準にとどめられるべきものであるが、地方公共団体が設置する教育委員会が教育の内容や方法に関して行う介入については、教育に関する地方自治の原則に反することはあり得ないし、教育委員会は地教行法23条5号により学校の組織編制、教育課程、学習指導等に関して管理、執行するとされ、文部科学大臣が同法48条2項2号により学校の組織編制や教育課程等について指導、助言又は援助をすることができるとされているのとは異なることに照らすと、教育委員会による教育の内容や方法に関する介入を大綱的基準の設定にとどめるべき理由はないというべきである。 エ そこで次に、本件通達について、これを発出すべき必要性、合理性があったと認められるか否かを検討する。  本件通達を発出するに至った経過は、認定事実(1)ないし(3)アのとおりであって、概要は次のとおりである。  平成元年に学習指導要領が改定され、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定められ、都教委は都立学校長に対して卒業式等がこの学習指導要領に即して行われるように求めていたが、実施率が低く、都教委指導部長は、平成10年11月20日付けで卒業式等の実施指針を示す通知を発した。この実施指針では、式典会場の正面に国旗を掲揚することや、式次第に「国歌斉唱」と記載すること、式典の司会者が「国歌斉唱」と発声することなどが定められた。平成11年に国旗・国歌法が制定、施行され、都教委は、学習指導要領に基づく卒業式等の実施をするように、さらに指導に取り組んだ結果、平成12年度卒業式以降、都立学校での国旗掲揚、国歌斉唱の実施率は100パーセントとなっていたものの、人目に付かない場所に国旗を掲揚したり、「国歌斉唱」を式次第に明記しなかったり、国歌斉唱時に教員が起立せず、司会者が起立を発声しないという学校があったことなどが見られた。本件通達は、このような状況において、これらの課題を解決するためには、各学校で、国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について、より一層の改善、充実を図る必要があるとして発出された。  本件通達が発出された経緯は以上のとおりであって、上記のような国旗掲揚、国歌斉唱の実施状況に照らせば、学習指導要領に基づく卒業式等を実施するよう改善、充実を図るという本件通達の目的には合理性があるといえるし、これを実現するため、卒業式等における国旗掲揚、国歌斉唱の実施方法等を定める通達を特に発すべき必要性もあったといえる。原告は、国旗掲揚、国歌斉唱の指導が実施できないほどに教職員の抵抗が激しかったため本件通達を発出する必要があったとする被告の弁解は欺瞞である旨主張するけれども、本件通達が発出される前の状況は前記のとおりであり、本件通達を発出する必要性があったということができる。 オ そして、本件通達は、前提事実(3)のとおり、卒業式等において教職員が国旗に向かって起立をし、国歌を斉唱し、又はピアノで国歌を伴奏するようにするため、この通達に基づいて各校長に対して職務命令を発出することを求めることを内容とするものであるが、このような職務命令が思想及び良心の自由を侵害するものとはいえないことは、前記3に説示のとおりである。また、本件通達は、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針のみを定めるものであって、教職員が児童・生徒に対して「日の丸」、「君が代」に関する歴史的な事実等を教えることを禁止するものではないし、教職員に対し、国旗・国歌について、一方的に一定の理論を児童・生徒に教え込むことを強制するものとはいえない。本件通達は、後記5のとおり、教職員に認められる教授の自由ないし教職員としての専門職上の自由(教育の自由)を侵害するとはいえないし、教育活動を阻害するとも認められない。したがって、本件通達が合理性を欠くとはいえない。 カ 以上によれば、本件通達は、旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当するとは認められない。 5 本案の争点ウ(原告らに教職員としての専門職上の自由(教育の自由)が認められるか。また、本件通達及び本件職務命令は、これを侵害するか。)について (1)高等学校等の普通教育の場面において、教師が公権力によって特定の意見のみを児童・生徒に教授することを強制されないという意味や、児童・生徒の教育が教師と児童・生徒との間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行われなければならないという本質的要請に照らし、教授の具体的内容及び方法について、ある程度自由な裁量が認められるという意味では、教師について、一定の範囲における教授の自由が保障されるべきであるといえるが、大学の教育の場合には、学生が一応教授内容を批判する能力を備えていると考えられるのに対し、普通教育においては、児童・生徒にこのような能力はなく、教師が児童・生徒に対して強い影響力、支配力を有していることや、普通教育では、児童・生徒の側に学校や教師を選択する余地が乏しく、教育の機会均等を図る上からも全国的に一定の水準を確保すべき要請があることなどからすると、普通教育において、教師に完全な教授の自由を認めることはできないと解するのが相当である(前掲最高裁昭和51年5月21日大法廷判決)。  そして、「日の丸」や「君が代」に係る歴史観ないし世界観については、様々な意見があることは公知の事実であるが、公立学校の卒業式等の儀式的行事において、教職員に対して、国歌斉唱時に「日の丸」に向かって起立し、「君が代」を斉唱することを求めることが、児童・生徒に対して特定の思想のみを教授することを強制する性質を有するものであるとはいえないし、教職員や児童・生徒、保護者や来賓等多数の人が参列する集団的行事である卒業式等において、校長がその権限に基づき、国歌斉唱を含む式次第やその進行を予め一律に定め、これを実施しようとすることは、儀式としての性質上その必要性はあるといえるから、本件通達及び本件職務命令が、原告らに認められる教授の自由ないし教職員としての専門職上の自由(教育の自由)を侵害するものであるとは認められない。 (2)なお、原告らは、従前、都立盲・ろう・養護学校において、卒業式等は、児童・生徒の障害の実態や発達段階に応じた工夫の中でフロア形式等が行われてきたが、本件通達以後は、養護学校等における障害児教育の特殊性を考慮することなく、舞台壇上での卒業証書授与などを画一的に強制して各学校の裁量を否定するものであり、本件通達は、教授の自由等を侵害するものであると主張するようである。  しかし、原告ら(養護学校等に勤務するもの)は、卒業式等において国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を斉唱することとという職務命令に違反したために処分を受けたものであり、卒業式等がフロア形式と舞台壇上での卒業証書授与のいずれで行われたかと本件処分とは関係がない。また、盲・ろう・養護学校に学ぶ児童・生徒も、健常者と等しく教育を受ける権利を有しており、盲・ろう・養護学校学習指導要領が特別活動については、小学校、中学校及び高等学校の各学習指導要領に示すものに準ずるものと規定していること(前提事実(2)エ)に照らせば、上記(1)の普通教育と等しく校長がその権限に基づき、国旗・国歌条項の趣旨にかなった指導として、卒業式等の実施形式を舞台壇上での卒業証書授与を行うものと定めることは、儀式としての性質上その必要性がある上、児童・生徒の教育を受ける権利を保障する趣旨に沿うものである。そして、本件通達も、その中で、校長自らが壇上から降りて卒業証書を授与したり、障害に応じた配慮や工夫を何ら禁止・制限するものではなく、各学校や教師による創造的かつ弾力的な教育の余地があり、教授の自由が否定されているともいえないから、原告らの主張は採用できない。 6 本案の争点エ(本件通達及び本件職務命令が国際条約(自由権規約、児童の権利に関する条約)に違反して無効であるか。)について (1)本件通達及び本件職務命令が、憲法19条、20条に違反するところがないことは、前記3に判断したとおりであるから、本件通達及び本件職務命令が、思想及び良心の自由並びに信教の自由を保障する自由権規約18条に違反するとの原告の主張は採用できない。 (2)また、原告らは、本件通達及び本件職務命令が、児童の権利に関する条約12条、14条に違反すると主張するが、本件通達は、卒業式等における各学校による裁量の余地を残していることは前記5のとおりである上、本件通達に基づく国旗・国歌の指導が、児童・生徒の思想及び良心の自由、信教の自由を侵害するものでないこと、国旗・国歌について一方的な一定の理論を児童・生徒に教え込むことにはならないことは、前記3、4の判断に照らしても明らかであるから、児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する旨を定めた同条約12条及び思想、良心及び宗教の自由について児童の権利を尊重する旨等を定めた同条約14条に違反しない。 7 本案の争点オ(原告らの不起立行為等が地公法32条、33条に反するか。)について (1)地公法32条は、「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と規定しているところ、本件職務命令は、学校教育法51条、76条により準用される同法28条3項の校長の所属職員に対する監督権限に基づいて発せられたものであり、前記3、5(1)及び6に説示したとおり、本件職務命令が、憲法19条、20条に違反するものではなく、教師の専門職上の自由を侵害せず、国際条約に違反するものでもなく、適法なものというべきであるから、原告らが、このような職務命令に従わず、不起立行為等に及んだことは、地公法32条違反の行為というべきである。 (2)原告らは、不起立行為等はひんしゅくを買う行為ではないとして、地公法33条違反に当たらないと主張する。しかし、原告らは、教育公務員として、学習指導要領に沿った指導を行うべきであるにもかかわらず、上司である校長が原告らに対して学習指導要領の国旗・国歌条項の趣旨にかなった指導を命じた本件職務命令に公然と、しかも、児童・生徒及びその保護者の面前で、違反したことは、その職の信用を傷つける行為であることは明らかであり、地公法33条に違反する行為である。 (3)したがって、原告らが本件職務命令に従わず、不起立行為等に及んだことは、地公法32条、33条に反する行為といわざるをえない。 8 本案の争点カ(本件処分に手続的違法があるか。)について (1)原告らは、都教委の事情聴取に当たって、弁護士の立会やメモをとらせること等を求めたが、拒否されるなどして、告知・聴聞の機会が十分でなく、手続的な公正・適正が確保されていたとはいいがたいと主張する。  しかし、行政手続法3条1項9号は、公務員又は公務員であった者に対してその職務又は身分に関してされる処分には、告知、聴聞の機会を与える規定の適用を除外しているところ、告知、聴聞の機会を与えなければならないものではない上、聴聞に関する一切の行為をすることができる代理人を選任できる旨を定めた行政手続法16条の適用はなく、事情聴取に弁護士代理人の立会いを認めなければならないものではない。また、公務員法上の処分に先立つ事実確認のための事情聴取に、憲法31条の要請する適正手続の保障が及ぶ余地があるとしても、事実関係の確認のための事情聴取において,弁護士の立会を求めることやメモをとることが憲法31条によって当然の権利として認められるものではない。  本件処分については、認定事実(7)アのとおり、原告らに対して事前に都教委による事情聴取が行われており、実質的に告知と弁明の機会が与えられていたというべきであって、原告らには弁護士代理人の立会いを求める権利はないから、その立会等を認めなかったことに違法はなく、メモをとることを許さなかったとしても違憲違法の問題は生ぜず、手続は公正・適正に行われたというべきである。 (2)原告らは、本件各処分に先立って行われた教職員懲戒分限審査委員会の審査が回覧協議で行われたこと(甲275の1ないし4)は、手続上の違法事由に当たると主張する。  しかし、同委員会への諮問、答申は、法令、条例、規則等に定められたものではなく、処分する側の内部手続であるから、仮にこのような内部手続に瑕疵があったとしても、手続上の違法事由とはいえない。認定事実(7)アのとおり本件処分発令に至る手続は適正に行われたと認められ、その手続の経緯に照らしても、手続が拙速に行われたといった批判は当たらない。 (3)また、原告らは、原告らの処分量定が同一であるから、個別の事情が一切考慮されていないと批判するが、原告らそれぞれについて事実確認のための事情聴取が実施されていることから個別の事情が一切考慮されていないとは認められず、後記9に説示のとおり、同一内容の職務命令違反行為について、過去に処分歴等がない原告らについて、懲戒処分のうちもっとも軽い処分である戒告処分という同一の処分量定となることは理由があると考えられ、論理的にも処分量定が同一であるから個別の事情が一切考慮されていないといえるものでもないから、原告らの上記批判は採用できない。  その他本件処分の手続の違法を窺わせる事情は見あたらない。 9 本案の争点キ(本件処分に裁量の逸脱があるか。)について (1)公務員に対する懲戒処分は、公務員としてふさわしくない非違行為がある場合に、その責任を確認し、組織内部の秩序を維持するために科される制裁である。このような懲戒処分制度の趣旨に照らすと、懲戒権者には、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因等諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかについて裁量権が認められ、当該処分が社会観念上著しく妥当を欠き裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法と判断すべきものである。 (2)懲戒処分は、軽い順に、戒告、減給、停職及び免職の4種類とされている(前提事実(2)オ)ところ、原告番号72を除く原告らについては、いずれも卒業式等においてした不起立行為等について、戒告処分が科されている。  同原告らは、ただ静かに座席に座っているという消極的な対応に対して、文書訓告、注意等を選択することなく、経済的不利益を伴う戒告処分を科すのは不利益の程度が重すぎると主張するが、前記7(2)説示のとおり、上司である校長が原告らに対して学習指導要領の国旗・国歌条項の趣旨にかなった指導を命じた本件職務命令に公然と、しかも、児童・生徒及びその保護者の面前で、違反したことは、相当に非難される行為であるから、同原告らに過去に処分歴がないことを考慮しても、懲戒処分の中でもっとも軽い処分である戒告処分を科したことが、過酷であるとか過重であるとはいえず、比例原則や平等原則等に反するとうかがわれる事情もなく、裁量権を濫用したものとは認められない。  また、原告番号72の原告についてみると、前提事実(4)ウ、証拠(乙71)及び弁論の全趣旨によれば、同原告は、平成14年4月9日に開催された平成14年度入学式の際に、その服装に関する校長の職務命令及びその後の事実確認に関する校長の職務命令に従わなかったため、これが職務命令違反及び信用失墜行為に当たるとして、同年11月6日に戒告処分を受けていること、同原告は、過去に非違行為を行い懲戒処分を受けたにもかかわらず、再び同様の非違行為を行った場合には量定を加重するという処分量定の考え方により、本件処分として1か月間給料10分の1を減じる懲戒処分(減給10分の1・1月)を受けたことが認められる。  同種の非違行為による懲戒処分が重ねて行われる場合に、過去の懲戒処分歴に応じ、より重い懲戒処分を科すという考え方は相当と認められ、卒業式等における職務命令違反及び信用失墜行為という非違行為について過去に戒告処分を受けているにもかかわらず、再度同種の非違行為を行ったという事案の性質に鑑みれば、同じ戒告処分を科すのではなく、より重い処分を選択したこと自体、妥当を欠くということはできない。そして、選択されたより重い処分も、戒告処分の次に軽い減給処分であり、量定として1日以上6月以下の範囲で給料及び暫定手当ての合計額の5分の1以下を減ずることができる(職員の懲戒に関する条例3条)という幅のある減給処分というの中でも、1か月間の給料の10分の1を減ずるという比較的軽い処分であること、処分による不利益は過酷なものとはいえないことに鑑みれば、原告番号72の原告に対する本件処分が、比例原則に反しているものということはできず、社会観念上著しく妥当を欠き裁量を逸脱したものとまではいえない。  なお、原告らは、他の地方公共団体に比較して、東京都のみが突出して処分が多い(甲282、385の3・4)として、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠く過酷な処分であると主張するが、他の地方公共団体における事実関係について何ら明らかでない以上、原告らの主張は議論の前提を欠くもので採用できない。 10 本案の争点ク(原告らの損害の有無及びその額)について  上記のとおり、本件職務命令及び本件各処分には違憲性、違法性は認められないから、これらを受けたことによる精神的ないし経済的損害の賠償を求める原告らの請求はいずれも理由がない。 第4 結論  以上のとおりであるから、本件処分の取消しを求める原告ら(原告番号173の原告を除く。)の請求及び国家賠償法に基づく損害賠償を求める原告らの請求はいずれも理由がないから、請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第19部 裁判長裁判官 中西茂 裁判官 蓮井俊治 裁判官 遠藤貴子