◆ H22.03.17 東京高裁判決 平成21年(行コ)第284号 神奈川・こころの自由裁判(国旗国歌に対する忠誠義務不存在確認請求控訴事件) 原審・横浜地方裁判所平成17年(行ウ)第41号,平成18年(行ウ)第5号,同(行ウ)第45号,平成19年(行ウ)第17号,同(行ウ)第84号,平成20年(行ウ)第61号 横浜地裁平成21年7月16日判決 口頭弁論終結日 平成22年2月1日 原判決取消、請求却下     主   文 原判決を取り消す。 控訴人らの請求に係る訴えをいずれも却下する。 訴訟費用は第1,第2審とも控訴人らの負担とする。     事実及び理由 第1 当事者の求める裁判 1 控訴の趣旨 (1)原判決を取り消す。 (2)控訴人らと被控訴人との間において,控訴人らが,それぞれ,その所属する学校の入学式,卒業式に参列するに際し,国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を唱和する義務のないことを確認する。 (3)訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。 2 控訴の趣旨に対する答弁 (1)本件各控訴をいずれも棄却する。 (2)控訴費用は控訴人らの負担とする。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 (1)控訴人らは,神奈川県立高等学校及び神奈川県立特別支援学校に勤務する教諭,実習助手,事務職員,技能職員及び非常勤の嘱託員(以下,併せて「教職員」という。)である。神奈川県教育委員会(以下「県教委」という。)は,同教育長名で,平成16年11月30日,県立学校の各校長に対し,「入学式及び卒業式における国旗の掲揚及び国歌の斉唱の指導の徹底について(通知)」(甲1,乙2。以下「本件教育長通知」という。)を発して,県立学校の入学式及び卒業式において,国旗を式場正面に掲げるとともに国歌の斉唱は式次第に位置付け,斉唱時に教職員は起立して国歌を斉唱すること,国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり,教職員が本件教育長通知に基づく校長の職務命令に従わない場合や式を混乱させる等の妨害行動を行った場合には,服務上の責任を問い,厳正に対処していくことを教職員に周知することなどにより,各学校が入学式,卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するよう通知した。  本件は,控訴人らが,公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条後段)に基づき,国旗に向かって起立して国歌を斉唱することを強制されることは控訴人らの思想・良心の自由を侵害し,教育に対する不当な支配の禁止に反するなどと主張して,控訴人らが被控訴人に対し,県立学校の入学式,卒業式の式典において,国旗に向かって起立し国歌を斉唱する義務のないことの確認を求めた事案である。 (2)原審は,控訴人らがそれぞれその所属する学校の校長から,生徒に対して・国歌斉唱の指導を行うため,又は式の円滑な進行のため,入学式及び卒業式において,式の参加者として式次第に従って国歌斉唱時に起立する旨の起立斉唱命令が発せられた場合には,これに基づき入学式及び卒業式に参列するに際して国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を唱和する義務を負うとして,控訴人らの請求をいずれも棄却した。 2 争いのない事実等,争点及び当事者の主張は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1から3(原判決2ページ18行目から15ページ11行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。ただし,原判決6ページ18行目の冒頭から25行目の末尾までを次のとおり改める。 「(4)県教委は,国歌斉唱時の教職員の不起立に対しては,粘り強く説得し,指導するという方針であり,県立学校の各校長は,本件教育長通知発令後に行われた入学式,卒業式の実施に際し国旗を掲揚し,国歌を斉唱する方針を採り,控訴人ら教職員に対し,本件教育長通知の内容を周知させた上,国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱するよう指導しているが,これまで特定人を名宛人として文書でもって起立斉唱命令が発せられたことはない。また,本件教育長通知発令後,不起立を理由とする処分が行われたことはない。」 第3 当裁判所の判断 1 控訴人らの本訴請求に係る訴えの適法性(裁判法3条1項にいう「法律上の争訟」を対象とするものか)について (1)本件の事実関係の概要は以下のとおりである。  平成11年3月に告示された高等学校学習指導要領(乙6)には,「第4章特別活動」の「第3指導計画の作成と内容の取扱い」において,「入学 式や卒業式などにおいては,その意義を踏まえ,国旗を掲揚するとともに,国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と規定され,同月に告示された盲学校,聾学校及び養護学校高等部学習指導要領(乙7)の「第4章 特別活動」においても,特別活動の目標,内容及び指導計画の作成と内容の取扱いについては,原則として高等学校学習指導要領第4章に示すものに準ずると規定されている。教育長は,平成16年11月30日,県立学校の各校長に対し,地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条5号,17条1項に基づき,「入学式及び卒業式は儀式的行事であることを踏まえた形態とし,実施にあたっては教職員全員の業務分担を明確に定め,国旗は式場正面に掲げるとともに,国歌の斉唱は式次第に位置付け,斉唱時に教職員は起立し,厳粛かつ清新な雰囲気の中で式が行われるよう,改めて取組の徹底をお願いします。また,これまで一部の教職員による式に対する反対行動が見受けられたところですが,各学校においては,このようなことのないよう指導の徹底をお願いします。なお,教職員が校長の指示に従わない場合や,式を混乱させる等の妨害行動を行った場合には,県教育委員会としては,服務上の責任を問い,厳正に対処していく考えでありますので,適切な対応を併せてお願いします。」との内容の本件教育長通知を発し,以後毎年,入学式及び卒業式において,国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施することを内容とする本件教育長通知を発しているが,県教委は,国歌斉唱時の教職員の不起立に対しては粘り強く説得し,指導するとの方針を採っている。県立学校の各校長は,本件教育長通知を受けて,入学式及び卒業式に際して国旗を掲揚し,国歌を斉唱する方針を採り,控訴人ら教職員に対し,職員会議あるいは卒業式及び入学式等の打合せにおいて,本件教育長通知の写し等を配布するなどしてその内容を周知させて国家斉唱時に起立するよう指導するとともに,生徒に対する率先垂範指導を指示し,不起立の教職員に対し個別指導を行っているが,特定人を名宛人として国歌斉唱時に起立して国歌を斉唱するよう職務命令として命じたことはなく,本件教育長通知発令後,不起立を理由とする処分の事例もない。 (2)控訴木らは,上記の事実関係の下において,公法上の法律関係に関する確認の訴え(行政事件訴訟法4条後段)として,「君が代」の「起立斉唱義務」がないことの確認を求め,@ 入学式及び卒業式における「君が代」の起立斉唱について,本件教育長通知に基づく職務命令及び被控訴人の指導により思想良心の自由が侵害されること,A 被控訴人が行う不起立教職員の氏名収集によって,思想信条情報をその意に反して被控訴人に保有されること,B 給与及び昇任昇格について,不起立・不斉唱を理由にマイナス評価をされること,C 不起立・不斉唱による訓告懲戒処分のおそれがあることなど控訴人らの権利又は法律的地位に不安が現存するから,これらの不安を除去するため,国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を唱和する義務のないことの確認を求める本件訴えには確認の利益があるとしてその適法性を主張する。 (3)しかしながら,裁判所の権限は法律上の争訟を裁判することにあるところ(裁判所3条1項),ここに法律上の争訟とは当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する現実の紛争であって,かつそれが法令の適用によって終局的に解決できるものをいい,現実の紛争がいまだ存在しないにもかかわらず,抽象的に法令の効力を争うような訴えはこの要件を満たさないものと解される(最高裁昭和27年10月8日大法廷判決・民集6巻9号783頁,昭和28年11月17日第3小法廷判決・裁判集民事10号455頁,最高裁平成3年4月19日第2小法廷判決・民集45巻4号518頁等参照)。  これを本件についてみると,控訴人らが問題とする本件教育長通知は,各学校長あてに入学式及び卒業式において,国旗を式場正面に掲げるとともに国歌の斉唱は式次第に位置づけ,斉唱時に教職員は起立して国歌を斉唱するよう指導を求めているというにとどまり,控訴人ら教職員との間には何ら具体的な権利義務ないし法律関係を生じさせているものではない。それゆえ,県教委は,国歌斉唱時の教職員の不起立に対しては粘り強く説得し,指導するという方針を採用しており,実際にもこれまで各校長から教職員らに対して職務命令が発せられたことはないし,また,上記式次第や説得,指導に従わなかったことを理由に懲戒処分をした事例はなく,起立,斉唱しなかった教職員らに対して,これまで訓告等の行政上の措置も採られていない。そうすると,控訴人らの訴えの趣旨を実質的に考察すれば,将来個別に発せられる可能性のある校長の具体的な職務命令に従わなかった場合に,懲戒その他の不利益処分が行なわれるのを防止するためにその前提である控訴人らの義務の不存在をあらかじめ確定しておこうということにれは本件教育長通知'の無効の確認を求めるものにほかならないものでもある。)になるところ,ここには何ら具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争が存しないのであり,このような訴えは法律上の争訟性を欠く不適法なものというべきである。  以上のとおり,控訴人らの国歌斉唱時に国旗に向かって起立し国歌を唱和する義務のないことの確認を求める本件訴えは具体的事件としての法律上の争訟について提起されたものであると認めることができないから,控訴人らの本件請求に係る訴えはいずれも不適法なものとして却下を免れない。  なお,仮に,本件教育長通知が控訴人ら教職員に対し上記の点で何らかの義務を措定するとした上で,本件訴えの適法性を確認の利益の観点から考察するとしても,上記事情に加え,仮に懲戒訓告等の措置を受けても,訓告は行政訴訟の対象となる不利益処分に当たらず,また,懲戒処分がされたとしても地方公務員法に基づき人事委員会に対する不服申立てが認められていることからすれば,控訴人らにおいて不利益処分を待って義務の存否を争うのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなどの特段の事情の存在を認めることができないのであるから,確認の利益を欠くことも明らかというべきであり(最高裁昭和47年11月30日第1小法廷判決・民集26巻9号1746頁参照),不適法な訴えであることに変わりはない。 2 よって,控訴人らの訴えを適法なものとした上でその請求に理由がないとしてこれをいずれも棄却した原判決は相当でないからこれを取り消した上,控訴人らの請求に係る訴えはこれをいずれも却下することとし,主文のとおり判決する。 東京高等裁判所民事第15民事部 裁判長裁判官 藤村啓 裁判官 坂本宗一 裁判官 大濱寿美