◆201312KHK242A1L0971M
TITLE:  注目の教育裁判例(2013年12月)
AUTHOR: 羽山 健一
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注目の教育裁判例(2013年12月)



羽 山 健 一



  ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。



  1. 群馬県立高校バレーボール部顧問暴行暴言事件
    前橋地裁 平成24年2月17日判決
  2. 高知市私立中学1年生いじめ自殺事件
    高知地裁 平成24年6月5日判決
  3. 北海道家庭学校児童暴行事件
    札幌地裁 平成24年9月26日判決
  4. 児童相談所アナフィラキシーショック児童死亡事件
    横浜地裁 平成24年10月30日判決
  5. 東大阪市立小学校林間学舎転落事故事件
    大阪地裁 平成24年11月7日判決
  6. 名古屋市立小学校いじめ不登校事件
    名古屋地裁 平成25年1月31日判決
  7. 私立音楽高校校長叱責事件
    広島地裁 平成25年2月15日判決
  8. 北海道立高校2年生事情聴取後自殺事件
    札幌地裁 平成25年2月15日判決
  9. 埼玉県行田市立小学校保護者クレーム名誉毀損事件
    さいたま地裁熊谷支部 平成25年2月28日判決
  10. 大分県立高校剣道部練習中熱中症死亡事件
    大分地裁 平成25年3月21日判決
  11. 滋賀県愛荘町立中学校柔道部練習中死亡事件
    大津地裁 平成25年5月14日判決
  12. 北海道遠軽町立小学校児童自殺事件
    札幌地裁 平成25年6月3日判決
  13. 横浜商科大学高校柔道部後遺障害事件
    東京高裁 平成25年7月3日判決
  14. 秦野市立中学校野球部右眼負傷事件
    横浜地裁 平成25年9月6日判決
  15. 東日本大震災石巻市私立幼稚園送迎バス被災事件
    仙台地裁 平成25年9月17日判決







◆ 群馬県立高校バレーボール部顧問暴行暴言事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 前橋地裁判決
【事件番号】平成21年(ワ)第878号
【年月日】 平成24年2月17日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【出 典】 判時2192号86頁


事案の概要:
  Xは、平成20年4月、Y(群馬県)が設置する高校に入学し、女子バレー部に所属していたが、同部の顧問Aから、竹刀で叩くなどの暴行や侮辱的な発言を受けたため、神経性食思不振症に罹患し、入院治療を受けたほか、平成21年2月ころから高校に登校しなくなり、同年9月24日、転学を余儀なくされた。そこで、Xは、Aの右暴行等は違法であるとして、Yに対して国賠法1条1項に基づき損害賠償を請求した。

認定事実:
  顧問Aは、部員が練習の際に無気力であったり、集中力のない態度をとったりしている場合、部員の頭を竹刀で叩いたり、頬を平手で叩くこともあった。Xに対しても、気合いを入れるためなどの目的で、平手又は竹刀を用いて、Xの頭、尻、太もも、みぞおちなどを、複数回にわたり叩いた。Aは、平成21年1月の合宿練習の際、Xが膝をかばって精一杯動いていないよう感じられたことから、「Iのようになぜできないのか」と発言した。Xは数回にわたる左膝の手術を受けており、再度靭帯を断裂した場合には、バレーボールを続けられなくなる状況にあったにもかかわらず、AはXに対し、平成20年12月ころからレシーブ練習をさせていた。

判決の要旨:
  @ 暴行について、被告Yは、体罰とは懲罰のために行う有形力の行使であるが、顧問AのXに対する暴行は、懲罰のために行われたものではないから、学校教育法11条但書で禁止されている体罰には当たらないと主張するが、当該暴行は、部活動の指導の一環として行われたものであっても、違法な有形力の行使である暴行に該当する。被告Yらは、長年にわたって部員や保護者から苦情がなかったことから、黙示の承諾があり違法性は阻却されると主張するが、黙示の承諾をしていたと認めることはできない。A 侮辱的発言について、顧問AはXの膝の状況を侮辱する趣旨で本件発言をしたとは認められず、本件発言がXの名誉感情等の人格権を侵害する違法行為であるとはいえない。B 加重練習の強制について、Xの母がXの膝の状況が悪く限界である旨話したのは、平成21年1月13日であり、顧問Aが、Xが医師から未だレシーブ練習をしてはいけないと助言されていたことを認識しながら、上記練習をさせたと認めるに足る証拠はない。
  顧問AがX宅に赴き本件暴行などについて謝罪するなどして、相応の対応をしていることも考慮すると、Xが被った精神的苦痛に対する慰謝料は、130万円が相当である。





◆ 高知市私立中学1年生いじめ自殺事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 高知地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第593号
【年月日】 平成24年6月5日
【結 果】 一部認容(控訴)
【経 過】 二審高松高裁平成24年12月20日判決(変更)、上告審平成25年12月19日決定(不受理)
【出 典】 判タ1384号246号


事案の概要:
 原告らの子であるEは、被告学園の経営する私立中学校の1年生であり、ゴルフ部に所属していたが、自宅で自殺した。本件は、原告らが、@被告学園が、本件自殺の原因について調査し、原告らに報告する義務を怠ったことが、在学契約上の債務不履行にあたる、A被告学園が、本件自殺との関連が疑われる生徒がゴルフ部の参加した大会で活躍したという記事をブログに掲載したことが、原告らの心情を不当に害した不法行為にあたる、BEのクラス担任である被告Cやゴルフ部の顧問である被告Dが、原告らに対し不適切な言動をしたことなどについても、原告らの心情を不当に害した不法行為にあたる、などと主張して、慰謝料の支払いを求めた事案である。(本稿では@についてのみ検討する)

認定事実:
  原告らは当初、本件自殺の事実を伏せておきたいと考え、被告学園も、その意向に沿った対応をしていたが、本件自殺後、高校2年生のゴルフ部員であったFがEについて「死んだらいい」という趣旨の発言をしたこと、中学1年生のゴルフ部員であったGがEの自転車の鍵を隠したことがあると話したこと、同級生であったHがEのノートに「Eがしぬ」と書いたものが発見されたことなど、Eが学校内でいじめや嫌がらせを受けていたことを疑うべき事情が次々と発覚したことから、原告らは、考えを変えて、関係者に対し本件自殺の事実を知らせたうえで、その原因について調査をすることを求めた。被告学園は、原告らの要求を一部受け入れて聴き取り調査をしたが、その対象は狭い範囲にとどまり、内容も対象者の説明を聞いただけにとどまった。原告らは、重ねて、全校生徒に対しで詳細な聴き取り調査をすることを求めたが、被告学園は、そのようなことをすると、不特定多数の生徒の精神的な健康に悪影響を及ぼすおそれがあり、特に自殺した生徒と仲の良かった者には強い悪影響が懸念されるから、これ以上の聴き取り調査は差し控えたいと述べて、結局原告らの要求を明確に拒否するに至った。

判決の要旨:
1.調査報告義務違反について
  学校法人(私立学校)の経営主体は、・・・信義則上、在学契約に付随して、生徒が自殺し、それが学校生活上の問題に起因する疑いがある場合には、その原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かを解明するために、他の生徒の健全な成長やプライバシーに配慮したうえ、必要かつ相当な範囲で、適時に事実関係の調査をして、保護者に対しその結果を報告する義務を負うというべきである。
  自殺した生徒が、生前、クラス(学級)とゴルフ部のいずれにおいても、いじめや嫌がらせを受けていたと疑われる事情が指摘されていることを踏まえて、被告学園において、本件自殺が学校生活上の問題に起因する疑いがあることを真撃に受け止め、その原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かについて事実関係の調査をして、保護者である原告らに対しその結果を報告する必要性は、相当程度高かったというべきである。
2.被告学園が行った調査が十分なものであったか否かについて
  本件自殺の原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かを解明するためには、調査の対象を、Eと仲の良かった同級生やゴルフ部員に限らす、全校生徒ないしそれに準ずる範囲の生徒まで広げるのが相当というべきである。したがって、被告学園は、全校生徒ないしそれに準ずる範囲の生徒に対し本件自殺の事実を知らせたうえで、・・・必要かつ相当な範囲で、適時に、本件自殺の原因について、学校内のいじめや嫌がらせの有無・程度等の聴き取り調査をすべき義務を負うと認められる。被告学園はこれを怠り、調査報告義務に違反したものというべきである。
3.原告らの損害
  被告学園の本件自殺の問題に対する消極的な姿勢は、原告らの悲しみや絶望をより深める結果を招いたとみとめられる。・・・現在においては、被告学園が本件自殺の原因が学校内のいじめや嫌がらせであるか否かを解明することは、事実上不可能になってしまったといわざるを得ない。このような状況のまま、ただ日々を過ごすしかない原告らの精神的苦痛を慮ると、被告学園の調査報告義務違反は、取り返しのつかないものであった。これにより原告らが被った精神的苦痛を慰謝するに足りる額は、原告らそれぞれについて80万円ずつを相当と認める。

備考:
  学校内のいじめによる自殺をめぐる裁判例は相当数ある。その多数は、学校側の安全配慮義務違反を問うもので、学校側の対応と自殺との間に相当因果関係が認められるか否かが主な争点となったものである。しかし、本件のように、自殺の原因がいじめにあったか否かを調査してその結果を両親に報告する、いわゆる調査報告義務の有無が問題になった事例は多くない。本判決は、学校側の調査報告義務違反を認めた数少ないものであったが、控訴審判決では、その判断が変更され、学校側の調査について、「十分だったとは言えないが、必要な義務は尽くしている」として同義務違反を否定し、上告審においてもそれが維持された。
  本判決以外に、調査報告義務違反を肯定したものとして、埼玉県私立中学校事件(さいたま地裁平成20年7月18日判決)がある。反対に、調査報告義務違反を否定した事例としては、神奈川県津久井町立中学校事件(横浜地裁平成13年1月15日判決、東京高裁平成14年1月31日判決)、富山市立奥田中学校事件(富山地裁平成13年9月5日判決)、福岡県城島町立中学校事件(福岡地裁平成13年12月18日判決、福岡高裁平成14年8月30日判決)、神奈川県立高校吹奏楽部事件(横浜地裁平成18年3月28日判決)などがある。
  いじめ自殺の例とはいえないものの、教員の行き過ぎた指導が自殺を招いたとされる事例で、調査報告義務違反を肯定したものとして、北海道遠軽町立小学校事件(札幌地裁平成25年6月3日判決、後掲)、また、校内の傷害事件につき学校側が被害生徒の親に虚偽の報告をしたことによる報告義務違反を肯定したものとして、札幌市立中学校事件(札幌高裁平成19年11月9日判決)がある。
  この調査報告義務に関係して、いじめ防止対策推進法(平成25年法律第71号)が成立し、平成25年9月に施行された。同法28条には、「重大事態に係る事実関係を明確にするための調査」を行い、いじめを受けた児童等及びその保護者に対し、「必要な情報を適切に提供」することが規定された。そのため、同法施行後においては、いじめに関わる調査報告義務違反の存否については、同法の規定する要件に当てはめながら判断されることとなり、また、その調査の在り方については「いじめの防止等のための基本的な方針」(平成25年10月11日)等の定めによることとなろう。





◆ 北海道家庭学校児童暴行事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 札幌地裁判決
【事件番号】平成21年(ワ)第3964号、平成22年(ワ)第2010号
【年月日】 平成24年9月26日
【結 果】 棄却(控訴)
【出 典】 判時2170号88頁


事案の概要:
  Y1社会福祉法人の運営する児童自立支援施設(家庭学校)に、Y2(北海道)が児童X1を入所させたが、X1が同室に入所していた年上の児童Bから性的暴行を受けたとして、X1及びその両親X2らが、Y1に対してX1とBとの分離処遇を怠った等の債務不履行による損害賠償を求め、また、Y2に対しては国賠法1条1項に基づく損害賠償を求めた事案。
  児童自立支援施設は、生活指導等を要する児童を入所させ、個々の児童の状況に応じて必要な指導を行い、その自立を支援することなどを目的とする施設で(児童福祉法44条)、本件家庭学校は、全国に2か所しかない私立の児童自立支援施設である。

認定事実:
  X1は事件当時10歳の男子で、加害児童Bは当時15歳の男子であった。両親X2らは、児童相談所によりY1の運営する本件家庭学校を紹介され、Y2が児童福祉法27条1項3号の措置として、X1を平成20年4月1日に右家庭学校に入所させた。事件当時、X1は児童Bと同室に入居し、他の児童Aを加えて起居していたが、9月26日〜30日、10月1日及び2日、主として消灯後にBから継続的に性的行為の強制及び性的暴行を、同室内、風呂場等で受けたが、10月3日にAの通告により家庭学校の職員に本件加害行為が発覚した。

判決の要旨:
  児童相談所から本件家庭学校が受領した児童Bについての照会書及び児童票には性的逸脱行為があったとの記録はなく、また、児童相談所から家庭学校職員らに対し、Bの性的言動に関する引き継ぎもなかった。特に家庭学校職員らが児童の支援方法を検討するための基本的な資料としていた児童相談所作成に係る処遇指針には、Bによる性的言動に関する記載が全くなく、しかも、Bには入所以来性的に異常な言動がみられなかったことからすると、同校職員らがBの加害行為を具体的に予見することは困難であった。以上からすると、同校職員らがBとX1とを分離して処遇しなかったことにつき過失は認められない。
  本件家庭学校では職員らが消灯後、一晩に最低2回は見回り、部屋に立ち入ったり、ドアの窓から居室内を確認して、入居児童を監視していたことから、同校職員らがBの監視を怠ったとは認められない。

備考:
  本判決は同室の児童から性的暴行を受けたことにつき、施設の職員らに過失がないとした事例であるが、本件家庭学校が、「家庭的な環境の中で共同生活を行うことによって児童を立て直す」という目的をもっているということが、本判決の判断の基礎となっていると考えられる。つまり、加害児童を個室に分離して処遇することが、家庭学校の目的に逆行するものであり、加害児童を本件居室に入居させることにより、児童らに社会性を獲得させ「治療的な益」をもたらそうとした被告家庭学校の判断が合理的なものであると認められている。
  本件加害行為である性的逸脱行為はけっして軽微なものではない。このことは事件後の加害児童にとられた対応からもうかがえる。すなわち、加害児童は本件により医療保護入院となり、同病院を退院後は逮捕された。函館家庭裁判所は加害児童を初等少年院に送致する旨の保護処分を決定している。
  本判決は、本件加害行為の具体的予見性を否定したが、これには未だ検討の余地がある。たとえば、家庭学校が受け取った照会書には、一時保護中に「性的行為を強要するような発言があり」との記載があり(実行はなかった)、ここから、何らかの性的逸脱行為の実行を予想することは困難であったとはいえない。
  類似の事案として、明石市児童相談所事件(神戸地裁姫路支部平成25年11月25日判決)がある。これは保護されていた16歳の児童が別の児童たちから鉛筆で手の甲に、「卍(まんじ)」の「入れ墨」をされたのは職員が安全配慮義務を怠ったためであるとして、県に損害賠償を求めた事案である。裁判所は「職員が傷害行為を予見できたとはいえず、安全配慮義務違反は認められない」として請求を棄却した。





◆ 児童相談所アナフィラキシーショック児童死亡事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 横浜地裁判決
【事件番号】平成21年(ワ)第2425号
【年月日】 平成24年10月30日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【出 典】 判時2172号62頁、判タ1388号139頁、裁判所ウェブサイト


事案の概要:
  Xらは当時3歳だった児童Aの父母である。Y(横浜市)の設置する児童相談所の長は、病院Bからの通告を受けて、児童福祉法33条に基づき、児童Aを一時保護する決定をした。児童Aは、卵に対してアレルギーを有していたところ、一時保護先の児童相談所の職員は、平成18年7月27日午前7時30分ころ、児童Aに対し、誤って、卵を含むちくわを食べさせてしまい、児童Aは、同日午後2時ころ死亡した。本件は、@両親Xらが、本件通告及び一時保護決定が違法であるとして、Bの設置者及びYに対して損害賠償を請求し、A両親Xらが、児童相談所の職員がAを死亡させたとして、Yに対して損害賠償を請求した事案である。
  なお、Aの死因については、アレルギー物質の摂取からアナフィラキシーショックの発症までは30分〜2時間以内であることが多いところ、Aが前記ちくわを食べてから約5時間の間にはアナフィラキシーショックの明らかな症状は認められなかったため、Aの死亡がアナフィラキシーショックによるものかどうかが争われた。
  児童福祉法25条は、要保護児童を発見した者は児童相談所等に通告しなければならないとし、同法33条1項は、児童相談所長は必要があると認めるときは児童に一時保護を加えることができるとしている。この一時保護は、児童相談所長が同法26条1項の措置をとるまでの一時的な期間に限って、児童を保護者から強制的に引き離す行為であり、保護者の監護権等を強く制約するものである。

判決の要旨:
1.本件通告及び一時保護決定には合理的な根拠があり、違法とはいえない。
2.児童Aの死亡について、@児童Aは卵に対して強いアレルギーを有しており、前記ちくわにはアナフィラキシーショックを引き起こす十分な量の卵白が含まれ、ちくわを食べた後これと近接した時間帯に死亡していること、A総たんぱくの数値が基準値を大きく下回っていたことなどアナフィラキシーショックを示すいくつかの所見があること、Bアレルギー物質を食べてからアナフィラキシーショックを発症するまでの時間は、同物質が吸収される時点によっても異なり、本件では吸収が相当程度遅くなった可能性がある、以上のことから、Aの死因はアナフィラキシーショックにあると認められる。





◆ 東大阪市立小学校林間学舎転落事故事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大阪地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第251号
【年月日】 平成24年11月7日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【出 典】 判時2174号86頁、判タ1388号130頁


事案の概要:
  Y(東大阪市)が設置する小学校の第5学年に在学していた女子児童X1とその両親であるX2らが、Yに対し、林間学舎に参加していたX1が、民宿の2階の部屋内で、他の児童ら数人と鬼ごっこをして遊んでいたときに、同室の出窓のカウンター部分に上がり、そこから外へ転落して頭蓋骨骨折と脳挫傷等の傷害を負ったことにつき、X1ら児童を引率していた教員らに注意義務を怠った過失があるとして、国家賠償法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案。
  教員らに注意義務違反があったかという点について、原告X1らは、教員らには、@宿舎の施設等が安全なものであるかを事前に調査し、児童に対して、施設の安全性や危険防止方法についての注意喚起をした上で、それでも危険が生じ得る場合は、児童らの近くにいて、危険を防止する措置を講じるべき注意義務がある、A本件出窓のカウンター部分に児童らが上る可能性が十分にあり、このことは容易に予見できたのであるから、本件出窓を開放してはならない旨及び本件出窓のカウンター部分に上ってはならない旨を指導すべき注意義務があったにもかかわらず、教員らがこれらを怠ったと主張した。これに対し、被告Yは、教員らにおいて、本件転落事故は、本件出窓の通常の利用方法を超えたX1の危険な行動が原因となって起こった事故であり、教員らには、上記X1の行動を予見することはできなかったから、過失はなかったと主張して争った。

判決の要旨:
1.前記@の過失について、出窓それ自体に生命身体に対する危険性があるとは認められないこと、また、子どもらは、10歳前後と未熟な年齢ではあるが、相応に理解力を有する年齢でもあるから、教員らが常に客室に入って近くで監視しなければ、子どもらの生命身体に危険が及ぶとは認められない。
2.前記Aの過失については、林間学舎のように、通常の学校生活と比較して相対的に少ない教員らにより、日常生活と異なる生活空間で児童らを引率する場合には、児童らの看護が日常と比べて手薄になる反面、児童らが通常であればしないような行動に出る蓋然性が高いから、教員らは、児童らに対し、その生命身体に対して危険があると具体的に予見可能な場合には、その危険性があることを告げるなどした上で、危険な行為をしないように適切な指導をし、児童らが遵守すべき内容を注意喚起すべき注意義務を負っている。これを本件についてみると、X1ら児童の年齢や出窓の構造、夏の暑い時期であったことなどの具体的事情の下では、X1ら児童が、出窓を開放した状態のまま、遊びの中で出窓のカウンター部分に上がり、そこから誤って転落することも予見することができたから、教員らは、X1ら児童に対し、カウンター部分に上った場合、誤って転落する危険性があることについて十分に指導をした上で、出窓を開放しないように指示したり、カウンター部分に上がらないように注意喚起したりすべき注意義務を負っていた。しかるに、本件教員らは、前記指示及び注意喚起を怠った過失がある。
  損害を認定するに当たり、X1の行為は同女の年齢に照らしても過失があり、4割の過失相殺をすることが相当である。

備考:
  教員の引率する修学旅行中の事故について、学校側の賠償責任を認めたものとして、県立高校の高校生の宿舎内でのボクシング遊戯による死亡事故(津地裁昭和54年10月25日判決)、公立中学校の宿泊先で発生した生徒間の受傷事故(広島地裁呉支部昭和61年10月24日判決、広島高裁昭和63年12月7日判決)、市立高校の生徒の水難事故による死亡事件(横浜地裁平成23年5月13日判決)。
  賠償責任を否定したものとして、県立高校の高校生が雪渓に転落した事故(神戸地裁昭和49年5月23日判決)、県立高校の高校生の消灯後のふざけ合いによる頸椎骨折事故(大分地裁昭和57年5月19日判決)、私立高校の中国修学旅行中の列車衝突による死亡事故(高知地裁平成6年10月17日)がある。





◆ 名古屋市立小学校いじめ不登校事件

【事件名】 慰謝料等請求事件、慰謝料請求事件
【裁判所】 名古屋地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第6642号・第8371号
【年月日】 平成25年1月31日
【結 果】 棄却(控訴)
【出 典】 判時2188号87頁


事案の概要:
  小学校6年生の児童Xが、同級生Aからいじめを受けて不登校となり精神的苦痛を被ったが、これは担任教諭Bの適切な対応がなかったためであるとして、同小学校を設置するY1(名古屋市)に対し国賠法上の損害賠償を求め、また、加害児童Aの親権者Y2に対し監督義務違反による損害賠償を求めた事案。

認定事実:
  @平成19年3月、Xの両親からの要望で、Xの6年生への進級にあたり校長は、Xが同じ学級に入れて欲しくない3名(Aは含まれていない)と、同じ学級にして欲しい2名については学級編成にあたって考慮したが、担任教諭については両親の要望を入れず、独自に教員経験26年の経験豊富なBを担任教諭に指名した。
  A1学期の4月に、Xが同級生Aらから「メガネザル」「ゲーマー」などと呼ばれ、また、給食当番の時にAに給食を横取りされたことにつき、Xの母からの連絡を受けた担任Bは、学級全体に対して「人が嫌がることはしないように」と注意した。
  B体育の授業の終了間際に、同級生Aがふざけて跳び箱に手をつき後方に蹴り上げた足がXの胸付近にあたったが、体育教諭は右事故に気づかず、次の授業の開始前にXから胸の痛みの申し出を受けた担任Bは、Xに保健室に行くように指示をし、Xは保健室で休んだが特段の処置はされなかった。翌日、Xは胸の痛みを訴えて病院でレントゲン撮影をしたが、骨折等の異常はなく、痛み止めを処方された。同日のXの母からの電話によりXの訴えが右跳び箱事故によるものであることが担任教諭らに伝わったが、学校側は同級生AとXの接触は偶然と判断し、Aに謝るように指導し、Xの母の意向を入れて、謝罪方法としてAに手紙を書かせXに届けさせた。
  Cその後、Xは学校を欠席していたところ、Xの父が校長と面談をし、担任Bの交代を求めるなどしたが、Xの両親は、無理にでも学校に行かせた方が良いとするカウンセラーの指導意見に従って、Xを学校に連れて行き担任Bに会わせたところ、Xは「先生が嫌いだから学校に行かない」と発言し、翌日も校門まで来たが、欠席をする旨を伝えて帰宅した。
  D5月上旬、担任Bは、XからAに嫌なことをしつこく言われるとの訴えを受けて、担任B・X・Aの三者の話し合いを2回設け、席替えやグループでの学習における班分けにつき、Xと親しい児童をXの班に配置させるなどの配慮をした。
  E7月11日、集団下校の際に同級生Cが後方から傘の柄の部分をXの股間に引っかけて引っ張り、XがCを叩き返したことがあり、担任BはXの母からの電話を受け、C宅に電話してCに個別指導をした。
  F2学期に入ってからは、運動会の練習の際にXが体操服を忘れたことをAにからかわれ、早退を希望したことから、担任BはXの母に連絡し早退させ、Aに対して事実確認の上で意地悪なことは言わないなどと指導した。
  G10月10日と11日の京都・奈良への修学旅行における班別行動の「西陣織コース」でAが同コースとなることを、担任BはXに事前に伝え了承を受けていたが、班(5名)ではXを班長に選んだことから、Xの母が強く反対し他の班員が班長に代わった。
  HXは修学旅行中、法隆寺の句碑のところでAから「これを覚えておけよ。試験にでるぞ」と言われ、受検しないと言うと、再度「受検するんだろう」と言われ泣いた。担任BはこのことをXの母から聴き、Aに注意をしたが、Xの母は電話で教頭に担任Bを代えるよう求め、更に校長にも担任Bの交代を訴えた。
  IXは11月16日と17日に欠席して以後、連続して不登校となった。

判決の要旨:
  本判決は次のように判示して、XのY1及びY2に対する損害賠償請求はいずれも理由がないとして棄却した。
  Aの行為は、未成熟な段階の小学生としての配慮の足りない発言及び行動であり、これに対しては、家庭や学校における指導が期待されることを勘案すると、客観的にみればそのいじめとしての悪性や頻度は高くなく、陰湿で悪質ともいえず、故意にXの身体に苦痛を与えたものでなく、しかも、Xは小学2年生と4年生時に不登校を経験しているところからみると、Aの行為を不法行為法上違法と評価することはできない。
  Xの不登校になる前までの担任Bの対応は、Aのいじめが陰湿で悪質でないことを考慮するとAの行為に対する対応は不十分であると認めることはできないから、担任Bに安全配慮義務の違反があったと断ずることはできない。





◆ 私立音楽高校校長叱責事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 広島地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第1256号
【年月日】 平成25年2月15日
【結 果】 棄却(確定)
【出 典】 判時2196号80頁


事案の概要:
  Y1学校法人の運営する高等学校の生徒Xが、同校の校長Y2から受けた2回の指導等により抑うつ状態となり、これから生じる諸症状のため登校できなくなり、自主退学をせざるを得なくなったとして、Y2に対し不法行為に基づく損害賠償の請求を、また、Y1学校法人に対しY2の使用者であり、かつ、生徒の精神、身体の両面にわたり安全に就学できるように配慮すべき義務を懈怠したとして不法行為(使用者責任)及び債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償の請求をした事案である。

認定事実:
  生徒Xは本件高校の1年に在学中であったが、入学した平成22年4月に、高校内で携帯電話を使用したことにより、担任教員より1日間携帯電話没収の指導を受けた。同年6月16日、授業中に行われた小テストの際に「こんなん覚え切れん、まじきもい」と発言し、担任教員より言葉遣いについてクラス全員の前で指導を受けたところ、これに反論し担任教員との間で口論となった。同月23日の朝、駅で指導を行っていた教員から早く登校するように指導されたのを無視して遅刻し、そのことで校長室に呼び出され、校長Y2から担任教員立会いの上で詰問され、その際に、生徒XはY2から「あなたは本当にクラスでも邪魔なのよ」「みんなに嫌われているの気付いてる?」「a(Xが卒業した中学校であり中高一貫校)に帰ってちょうだい」「A先生(Xを推薦した本件高校の元講師)に騙された」などの発言をされた。同月30日、Xが生徒会役員に立候補していたところ、放課後校長室に呼び出され、Y2から服装の点、授業態度及び成績の点、生徒会役員への立候補の点につき質問され、叱責された。Xは同年7月、メンタルクリニックを受診したところ、医師は診断名を「抑うつ状態」とし、「この状態の発現に、6月30日以降の学校の対応によって生じたストレスが関与していると考えます。」と記した診断書を作成している。Xは、平成23年4月、本件高校を自主退学した。

判決の要旨:
  校長Y2のXへの2回にわたる叱責等は、Xの服装や生活態度、教員の指導に対する姿勢を改めるためのものと認められるが、その発言の中にはXに対する抽象的で感情的な非難や侮辱的な表現が含まれており、また、Aに対する非難を繰り返した上、Xに転校を求めたものであり、これらは、校長の一生徒に対して行う指導上の発言としては行き過ぎたものであり、甚だ不適切な態様のものであった。
  しかし、Xが担任教員やY2のこれらの指導に対して、反抗的ともとれる態度をとっており、Y2はXの反抗的な受け答えに苛立ちを募らせ右発言をしたものであるし、Y2は、その後はXに対する指導のやり方を改め、Xのために宝塚音楽学校の受験を支援する体制を準備しようとしており、これらの事情からするとY2の発言を教育的指導の範囲を逸脱した違法なものと評価することはできない。また、Xの生徒会役員への立候補をY2が制限したことは、校長としての学校運営や生徒指導に関する裁量権を逸脱したものではなく、違法とはいえない。

備考:
  本判決は、私立高校の校長の生徒に対する叱責について、それが行き過ぎたものであり不適切であるが、教育的指導の範囲を逸脱し違法と評価すべきものとはいえないとした上で、指導が不法行為を構成するものとは認められないとして、原告の請求を棄却したものである。
  平成23年3月14日、広島弁護士会は、校長Y2に対して、Xの人格権を不当に侵害したとして「反省を求めるとともに、今後生徒に対して同様の人権侵害を行うことのないよう」警告した。これに対しY2は、この警告書が「事実誤認に基づいている」として、その取り消しと名誉回復措置を求める請求書を同弁護士会に提出した。また、Y2は平成23年8月、学校を経営するY1学校法人から、本件損害賠償請求事件や教職員への退職強要などを理由に、懲戒解雇処分を受けた。そして、本判決後、Y2が、Y1学校法人に対して行った解雇無効・地位保全の仮処分申立事件において、懲戒解雇処分を撤回するとの和解が成立した。





◆ 北海道立高校2年生事情聴取後自殺事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 札幌地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第909号
【年月日】 平成25年2月15日
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】 札幌高裁平成25年12月24日判決(棄却)
【出 典】 判時2179号87頁


事案の概要:
  高校2年生Aが、同校教諭Bらから、インターネット上に同級生に関する書き込みをしたことにつき長時間の事情聴取を受け、「お前の罪は重い、死ね」等不適切な発言をされ、さらに裁量を逸脱して停学処分に付されたため、Aが自殺したと主張し、Aの父母Xらが、同校の設置者であるY(北海道)に対して国賠法1条1項に基づき損害賠償を求めた事案。

認定事実:
  生徒Aは本件学校の生徒会役員であり、同校の学校祭の行燈(あんどん)行列運行の責任者であったが、クラスメイト6人が協力的でなかったことに不満を抱き、ディー・エヌ・エーが運用するモバゲータウンの日記の本文欄に「死ね。OとKとKとKとWとIは死ね。」「投してやる(殺してやるの意味)。ペナでも追放でもしろ。粕ども。塵ども。リア充どもめ。商工潰れろ。」の書込みをした。教諭Bが本件書込みを知り、同校の教諭らは同日午後2時頃から同5時頃までAに対して、本件書込みに関する事情聴取を校舎教育相談室で行い、同日午後5時すぎ頃に生徒指導職員会議で指導部案により、校長がAを無期停学(期間の目処を10日間)とする処分を決めて、翌21日Aに申し渡すこととしたが、教諭Bが20日午後6時頃にX宅に電話でAが無期停学となったこと(反省すれば学校に来られること)を伝えた。父母XらはこのことをAに伝えたところ、Aが同日午後9時55分頃に自宅2階で首つり自殺した。

判決の要旨:
1.事情聴取の違法性について。原告らは本件事情聴取の際、教師らから「お前の罪は重い、死ね。」「お前は馬鹿か。」などの不適切な発言があった旨主張する。このうち、「お前は馬鹿か。」との発言があったことは、Aの遺書より、ほぼ間違いないものと思われる。しかるに、遺書にある「お前の罪は重いと。死ねと。」との記載は、Aなりの解釈や誤解によるものである可能性がある。・・・事情聴取の際に「お前の罪は重い、死ね。」との発言が仮にあったとしても、その発言の前後の文脈等は明らかでなくこの発言が直ちに国賠法上違法であるとは認められない。本件書込みの重大性に照らすと、教師らがAを精神的に追い詰めたとしても、やむを得ないというべき面がある。
2.停学処分の違法性について。本件停学処分が社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱又は濫用したものとは認められず、これに違法性があるとはいえない。
3.告知の違法性について。原告らは教諭Bが行った本件告知が、懲戒の申渡しは校長が行うとする学校の懲戒規定に反すると主張するが、本件告知は、正式な申渡しの前に会議の結果を報告したものにすぎないと解されるから、何ら違法な点はない。また、原告らは、本件告知の際に「目処10日」であることは知らされなかったと主張するが、目処となる期間が10日であることを伝えられなかったとしても、それだけでは、本件告知がAに対し過度の精神的負担を与えるものとして国賠法上違法であるとはいえない。
4.調査報告義務違反について。本件学校ないし設置者である被告の調査や報告は、仮にその内容において至らない点があったとしても、そのことをもって国賠法上違法であるとは認められない。

備考:
  本件は、高校の生徒によるインターネット上の「死ね」という書込みが発端となった事例である。近年、児童・生徒が「死ね」という言葉を気楽に用いる傾向があり、それが、インターネット上であっても例外ではなくなっている。会話の中での発言は、その場で消えてしまうが、インターネット上の書込み等はいつまでも残り広く伝わっていく。学校側が本件書込みを重大なものと捉えて、真剣にその指導に取り組むことは当然である。
  本件では「死ね」という言葉が、2度、問題になっている。1度目は、生徒のインターネット上での書き込みで、2度目は、教員の事情聴取の際の発言で用いられたとされている。本判決は、後者の教員の発言があったとする事実認定を明確には行っていない。仮に、教員がこの言葉の重大性を説く中で、生徒に対して「死ね」と発言したとするなら、それはあまりにも滑稽な事例であるといえよう。





◆ 埼玉県行田市立小学校保護者クレーム名誉毀損事件

【事件名】 慰謝料請求事件
【裁判所】 さいたま地裁熊谷支部判決
【事件番号】平成22年(ワ)第556号
【年月日】 平成25年2月28日
【結 果】 棄却
【出 典】 判時2181号113頁、季教178号54頁


事案の概要:
  公立小学校の教諭で、児童Aの担任であったXが、学校におけるXのAに対する接し方に関連した、Aの父Y1と母Y2による学校への連絡帳への書き込みや、市教育委員会での言動、あるいは、警察署への被害届提出は、Xの名誉を毀損するなどし、これにより精神的損害を被ったと主張して、Y1らに対し慰謝料の支払を求めた事案。

認定事実:
  本件学校では、担任と児童・保護者の間で連絡帳がやりとりされていたところ、平成22年6月以降、Y1らが担任Xの対応につき、苦情を連絡帳に書き込むようになり、合計40回を超えた。本件書込み中には「X先生は、嫌らせ(ママ)の為、”4”の答えを消して×をして88点にした、最低の先生だと思っています。」、「悪魔のような先生です」などの部分があった。Y2は、平成22年6月、市教育委員会を訪れ、Xの対応につき相談したほか、Y1らは、同年8月、市教育委員会にXに対する文書を提出し、同年9月、AがXから暴行を受けた旨を警察署に被害申告をするなどした。そのためXは警察署に呼ばれ、3時間以上、事情を聴かれた。担任XはY1らの行為が名誉毀損、侮辱に当たり、不眠症の被害を被った等と主張し、Y1らに対して不法行為に基づき損害賠償を請求した。

判決の要旨:
  訴えの利益について。本件の背景に教育現場の問題があり、その問題は学校や市教委が、児童や父兄を交えて、話し合い等の方法により解決することが望ましいものの、本件はそのような背景を有するとはいえ、教育内容そのものの問題ではなく、Y1らの行為による名誉毀損等を問題とするものであるから、本件訴えは適法である。
  @連絡帳への書込みによる名誉棄損について。本件書込みはXの社会的評価を低下させるものであるが、その内容は守秘義務の対象となるもので、その具体的内容が他に伝播するおそれがなかったのであるから、未だ「公然」と名誉を棄損したとはいえない。A連絡帳への書込みによる侮辱の成立について。公然性は不法行為成立の必須の要件ではないが、悪魔のような先生であるとか、最低の先生だと思っている等の記載による侮辱の成立は認められない。B市教委での言動による名誉棄損について。本件書面はXの社会的評価を低下させる表現を含むものの、未だ「公然」と名誉を毀損したとはいえない。また、侮辱の成立は認められない。C警察に対する被害届出について。Y1らが客観的な裏付けを欠くと知っていたとみることはできず、不注意な面がみられるものの、不法行為を構成するほど不注意なものと断定することはできないとした。
  以上のとおり、Y1らの行為には、配慮に欠ける点や不注意な点が、多々存在し、Xが、Y1らの行為を問題にすることは、理解できる。もっとも、不法行為の成立に関しては、いずれもその要件を満たさないというほかない。したがって、Xの主張は採用できない。

備考:
  本判決は、小学校の教員に対する保護者のクレームが名誉毀損及び侮辱に該当するかを検討し、その成立をいずれも否定したものであるが、その具体的内容、経緯や態様によっては、名誉毀損ないし侮辱が成立する可能性があることを示した。また、本件では教員側が敗訴したものの、こうした訴えを提起することにより、保護者による新たなクレームを止めさせるねらいがあったように思われる。また、一般的にも、本事案の報道によって、モンスター・ペアレントと呼ばれる保護者の理不尽な要求や苦情をも抑止するような影響があったと考えられる。類似の事例として、高校の校長が生徒の母親を名誉毀損により提訴した事件(長野地裁上田支部平成23年1月14日判決(一部認容))がある。





◆ 大分県立高校剣道部練習中熱中症死亡事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大分地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第222号
【年月日】 平成25年3月21日
【結 果】 一部認容・一部棄却
【出 典】 判時2197号89頁、裁判所ウェブサイト


事案の概要:
 Y1(大分県)の設置する高校で、剣道部の練習中に部員であるAが熱中症等を発症して死亡したことにつき、Aの両親であるXらが、本件高校の教員である顧問Y2及び副顧問Y3には、適切な処置をしなかった過失が、また、Aの搬入先であるY4市立病院の担当医Bには、適切な医療行為を尽くさなかった過失があり、これらの各過失によりAは死亡したとして、同顧問Y2及び同副顧問Y3、Y1県、Y4市に対し、それぞれ損害賠償を求めた事案

判決の要旨:
  被害者Aは本件高校の剣道部の主将であったが、剣道の練習中、剣道場内で打ち込み稽古をしている途中、Aが竹刀を落としたまま、これに気づかず竹刀を構える仕草を続けるなど、同人に意識障害の発現した時点で、Y2としては、自己も剣道を行い指導歴も豊富で、夏場の剣道の稽古が非常に暑い環境の下で行われていることから、Aが熱射病を発症していることを予測でき、直ちにAの練習を中止し、適切な冷却措置をとるべき注意義務があるのに、その後もAに、打ち込み稽古を続けさせ、Aが倒れた際にも、Aの救助措置を取らなかったことに過失がある。Y3は剣道部の副顧問としてY2とともに、Aの前記仕草を見ていたのに、Y2がAに練習をさせるのを制止せず、Aが倒れても直ちに救急措置をとらなかったことに過失がある。
  医師Bは、Aが熱射病を発症している可能性を認識し治療行為を行うべきであったのに、Aが病院に搬入された後約2時間の間、輸液を行い経過観察をするのみで、四点冷却等の冷却措置を取らなかったことに過失がある。
  Y1県は国賠法1条1項による損害賠償責任を負う。Y4市は市立病院の医師Bの過失について使用者として民法715条1項による損害賠償責任を負い、両者の責任は、共同不法行為に当たり連帯責任となる。Y2及びY3個人は、Y1県が国家賠償責任を負うので、公務員個人として民法上の不法行為責任を負わない。





◆ 滋賀県愛荘町立中学校柔道部練習中死亡事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大津地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第251号
【年月日】 平成25年5月14日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【出 典】 判時2199号68頁


事案の概要:
 Y1町の設置する中学校の柔道部に所属していたAが、部活動の練習中に頭部を負傷し、急性硬膜下血腫により死亡したことにつき、当時、同柔道部の顧問であったY2及び同中学校の学校長には安全配慮義務を怠った過失があるとして、Aの遺族であるXが、Y1町及びY2に対し、損害賠償を求めた事案

判決の要旨:
  Aは、平成21年5月15日に本件中学の柔道部に入部したが、未経験者で他の部員と比較して体力的にも劣り、受け身などの柔道の基本技術の修得にも時間がかかり、また、入部後、風邪等で欠席することが多く、母親Xは柔道部副顧問に対しAの喘息の持病について配慮を求めていた。本件事故時(平成21年7月29日)、AはY2と乱取り練習をし、その15本目の練習後、顧問Y2から水分補給を指示されたが、その際に水筒が置かれている道場の中央でなく壁側に行こうとした。これに気付いたY2としては、同日のAの練習内容及び状況に照らすと、柔道部顧問4年余りの経験から、Aに意識障害が生じたことを認識し得たと認められるから、この時点でAに頭部損傷が生じた可能性を予見でき、直ちにAに練習を中止させ医療機関での受診を指示すべきであった。しかるに、Y2は、さらにAとの乱取りを続け、26本目に大外刈りを掛けたAを返し技で倒したときにAが意識を失い、この段階でAを救急車で病院に搬送させた。Aは病院で手術を受けたが、同年8月24日に急性硬膜下血腫による全脳梗塞の状態で死亡した。
  Y1町は、Y2の過失によりAに生じた損害について、Xに対して国賠法上の損害賠償責任を負うが、Y2個人はXに対して損害賠償責任を負わない。





◆ 北海道遠軽町立小学校児童自殺事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 札幌地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第2691号
【年月日】 平成25年6月3日
【結 果】 一部認容・一部棄却
【出 典】 裁判所ウェブサイト


事案の概要:
  原告らの子Dが、小学校6年生の始業式直前に自殺したのは、前年度から引き続き担任をするE教諭の行き過ぎた指導が原因であり、また、本件小学校関係者及び町教委の教育長以下委員らには真実解明調査・報告義務違反があったとして、原告らが、Y1町及びY2県(北海道)に対し、損害賠償を求めた事案。

認定事実:
  @E教諭は、忘れ物をした児童に対して厳しい指導をしていたところ、Dは、5年生の2学期頃から、何回も持ち物を確認し原告らにも確認するよう頼むなど、忘れ物に対して、神経質な対応をするようになった。AE教諭は、Dに対して、本件ドリルのやり直しを複数回命じた。E教諭は、日頃から、図形の問題については、2o以上のずれがあったときには不正解とするという指導をしていた。BE教諭は、Dにアコーディオンの練習を指示しており、卒業式に向けた練習では、放課後や休み時間での練習を指示した。放課後に練習した場合、Dは、1人で下校することになることもあった。
  Dは、5年生の3学期に、「学校に行きたくない」と言い、1月下旬に遅刻及び欠席した。平成20年4月3日午前9時40分、Dは、縊首している状態で原告Aに発見され、心肺停止の状態で病院に救急搬送され、4日午後4時52分、死亡した。

判決の要旨:
1.E教諭の指導の違法性について
  担任教諭の指導方法は、小学5年生に対するものとしてはやや厳しかったことは否定できないが、指導による教育的効果を期待し得る合理的な範囲内のものといえるから、正当な指導として許容される。
2.調査報告義務について
  学校設置者は、在学する児童の学校生活上の安全に配慮して、無事に学校生活を送ることができるように教育・指導をすべき立場にあるのであるから、児童の自殺が学校生活上の問題に起因する疑いがある場合、その原因を究明することは、健全な学校運営にとり必要な事柄である。したがって、このような場合、学校設置者は、他の児童の健全な成長やプライバシーに配慮した上、児童の自殺が学校生活に起因するのかどうかを解明可能な程度に適時に事実関係の調査をしてその原因を究明する一般的な義務を負うと理解できる。また、自殺した児童の保護者から、自殺の原因についての報告を求められた場合、学校設置者は、信義則上、在学契約に付随して、当該児童の保護者に対し、上記調査義務に基づいた結果を報告する義務を負うというべきである。
3.本件事件後の対応の違法性について
  K教育長とM相談員は、E教諭とH校長に対する聴取りをしたのみで、原告らが主張する具体的事実について、E教諭に対して、事実の有無を確認することはおろか、本件小学校のDの同級生や保護者に対する聴取り調査もしていない。さらに、K教育長は、E教諭の指導能力不足について、処分の対象とはならず、これに対する対処としては一般的に開催されている研修を受けさせることで足りると判断したにもかかわらず、原告らに対しては、基本的に原告らの主張に沿う形でE教諭に関する厳しい評価を伝えた。
  以上によれば、本件小学校関係者及びC町教育委員会は、本件調査義務を果たしたとはいえず、また、K教育長は、本件報告義務を適正、誠実に履行したとは認められない。

備考:
  K教育長はE教諭の指導に不適切な面があるものの、それは処分の対象となる程度のものではないと認識していた。ところが、原告らが、Dの自殺の原因はE教諭の指導やいじめにあるとする主張を強めていたことから、K教育長は、自身の認識に反して、原告らに対し「E教諭の指導力は極めて不足している」「自分中心で人の言うことを聞かない」という趣旨の説明をした。K教育長は、その理由について、大切な子供を亡くした原告らの心情にできる限り寄り添うためであり、抗議の姿勢を日々強めてゆく原告らの理解と納得を得て事態を収拾させるためであったと述べている。しかしながら、本判決が示すように、報告義務というのは、調査結果に基づき判明したこと、あるいは不明であることを、客観的に報告することを求めるものであって、そこに恣意的、意図的な操作を加えることは許されるものではない。





◆ 横浜商科大学高校柔道部後遺障害事件

【事件名】 損害賠償請求控訴事件
【裁判所】 東京高裁判決
【事件番号】平成25年(ネ)第1862号
【年月日】 平成25年7月3日
【結 果】 原判決取消(確定)
【経 過】 一審横浜地裁平成25年2月15日判決
【出 典】 判時2195号20頁、判タ1393号173頁


事案の概要:
  本件は、高校1年の柔道部員が試合前の練習で急性硬膜下血腫を発症した事故について、学校側に過失があると主張して、本人及びその両親、妹が、学校に対し、総額2億7000万円余の損害賠償を提起した事案である。

認定事実:
  X1は、平成20年4月、横浜市内のY高校に入学し、同月9日、同校柔道部に入部した。X1は、本件柔道部に入部する以前に柔道の経験はなかった。X1は、4月16日の柔道部の練習の際に投げられ、頭痛を自覚したことから、同月18日の練習を見学し、同月19日は練習を欠席してS病院を受診し、脳震盪と診断され、頭痛に対して鎮痛剤の処方を受けた。X1は、同月20日、柔道部の顧問であるK教諭に対し、脳CT検査を受けたが異常はなく、脳震盪と診断された旨報告し、翌日からY高校の主催する宿泊研修や柔道部の練習に参加した。柔道部は、5月3日、県予選会に参加した。X1は、出場選手ではなかったので、制服を着て荷物番をしていたが、出場予定のAに呼ばれ、試合開始前のウォーミングアップとして打ち込み及び投げ込み練習等の練習相手となった。X1は、練習相手であるAから、大外刈り及び払い腰の打ち込みにより投げられ、急性硬膜下血腫で、開頭血腫除去術等の施術を受けたが、意識障害が残り、常に介護の必要な状態になった。

判決の要旨:
  原審は、X1は、本件事故に先立つ脳震盪症状を認めた際に病院で受診し、K教諭に対し、脳CT検査を受けたが異常はない旨報告し、その後も脳神経症状を訴えることなく練習に参加している事実関係の下においては、本件事故当時、脳震盪症状を起こした生徒を競技に復帰させる手順につき一般的な理解・指導方法が確立していなかった以上、K教諭には、本件事故の発生について予見可能性がなかったなどとして、K教諭には注意義務違反はないとして、X1らの請求を棄却した。
  本件は、その控訴審である。控訴審は、原審とは逆に次の理由からK教諭の注意義務違反を認めた。@X1は本件事故の約1か月前に柔道を始めたばかりの初心者であり、本件事故までに6日間の受身のみの練習及び9日間の通常練習をしたにすぎず、柔道の技量は未熟であったこと、A他方、練習相手のAは、大将で出場する予定で身長170cm、体重105kgであるのに対し、X1は身長164cm、体重52kgと体格差、技量差が大きいこと、B試合前の練習では全力で技をかけることが多いこと、CX1とAが組み手をした場合、いわゆる喧嘩四つとなって、通常の組み手に比べて受身をすることが難しくなることなどを考慮すると、K教諭は、本件練習により、X1が何らかの傷害を負う危険性が高いことは、十分予見可能であったというべきである。加えて、本件において、K教諭は、4月20日に、X1から、同人が病院でその前日に脳震盪と診断された旨を聞いていたのであるから、K教諭としては、X1を本件練習に参加させないように指導するか、仮に、参加させるとしても、X1の安全を確保するために、練習方法等について十分な指導をするべきであり、これによりX1の受傷は回避可能であったといえる。
  しかるに、K教諭において、上述したような指導をした形跡はなく、本件大会当日も、本件練習を見ることができない場所におり、X1が準備運動すらしないまま本件練習に参加することを見逃した結果、同練習において、X1がAから全力で投げられて、受傷したのであるから、K教諭は、本件注意義務に違反したといえ、かつ、当該注意義務違反とこれによるX1の受傷との間には相当因果関係が認められると判示した。
  本判決は、損害額の認定にあたり、X1らに過失があるとして、1割の過失相殺を認め、Yに対し、総額1億8700万円の支払を命じた。

備考:
  本件は、柔道部の活動により負傷した事故について、第一審と控訴審とで判断が異なった事案である。第一審と控訴審では、X1の急性硬膜下血腫が、セカンドインパクト症候群類似の機序によって発症したとすることに争いはない。セカンドインパクト症候群とは、軽症の頭部外傷を受けた後に、その症状が完全に消失しないうち、再度の頭部外傷を受け、重篤な状態に陥る症候群のことである。この医学的知見に関連して、第一審は、事件当時、こうした知見が医学専門文献に掲載されるにとどまるから、指導教諭にはこの知見を前提とした指導を行う義務がないとしたが、本判決は、この知見がスポーツ指導者に向けた文献において紹介されていたことから、「セカンドインパクト症候群について、柔道界で広く認識されていなかったとしてもそれらによってK教諭の予見義務が否定され」ないとして、指導教諭の注意義務違反を認めた。





◆ 秦野市立中学校野球部右眼負傷事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 横浜地裁判決
【事件番号】平成24年(ワ)第266号
【年月日】 平成25年9月6日
【結 果】 一部認容
【出 典】 裁判所ウェブサイト


事案の概要:
  本件は、中学校の野球部に所属していた原告が、本件学校を設置管理する被告に対し、原告が本件野球部の練習において右眼にボールの直撃を受け、右網膜萎縮等の傷害を負った事故に関し、本件事故は野球部の顧問教諭らが防球ネットの配置を徹底せず、生徒に防具等を装着させず、複数箇所の同時投球を避ける等の指導監督義務を怠ったことに起因するなどとして、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償の支払を求めた事案である。

認定事実:
  原告は、平成21年4月に本件中学校に入学し、同月に野球部に入部した。原告は、野球部に入部する以前に野球の経験はかった。本件事故は、平成21年9月2日の始業前に行った朝練習で起こった。その練習では、2つのレーンを用いてフリーバッティング練習が行われ、ピッチャーマウンドからホームベースに向かって右側のレーンでは、バッティングピッチャーがバッターに対してボールを投げる方法により、左側のレーンではピッチングマシーンがバッターに対してボールを発射する方法により行われた。原告は、左側のレーンで、本件ピッチングマシーンにボールを供給するボール係を担当した。
  本件野球部のフリーバッティング練習では、ピッチングマシーンの前面及び右前方に、2つの防球ネットが置かれることとなっていた。本件フリーバッティング練習では、前面ネットは設置されたが、側方ネットは設置されなかった。また、原告は、本件フリーバッティング練習において、ヘルメット等の防具を着用していなかった。原告は、本件フリーバッティング練習でボール係を担当するよう2年生の部員から指示され、本件ピッチングマシーンにボールを供給するため、本件ピッチングマシーンの周辺においてボールを拾い集めていた際に、右側のレーンのバッターの打球が、原告の右眼を直撃した。
  原告は、本件事故後、すぐさま病院に搬送されたものの、本件事故により、右眼球打撲、右眼左出血及び右網膜萎縮等の傷害を負い、平成22年8月21日、右眼の視力低下(裸眼視力0.07、矯正視力0.1)及び右眼の視野狭窄(正常視野の約78%の視野となったこと)の後遺症固定診断を受けた。

判決の要旨:
  顧問教諭らの注意義務違反について。野球の練習の中でもフリーバッティング練習は、ボール係や守備についている生徒にバッターが放つ高速の打球が衝突して生命身体に対する危険の生じる可能性が高い練習である。野球部の指導者である顧問教諭らとしては、フリーバッティング練習において適切な位置に本件各ネットを設置しなければ、バッターの打球によってボール係の生命身体が害されるおそれがあることを容易に予見し得たといえる。そうであれば、本件顧問教諭らには、フリーバッティング練習において、本件各ネットが確実に設置されていることを同練習に参加して自ら又は他に野球の練習における安全指導の知識を有する教員に指示して確認するか、さもなければ同練習においては必ず本件各ネットが上記位置に設置され、ボール係が本件各ネットから出ることなく保護されている状態を維持するよう、本件野球部の部員らに対し、徹底した指導を行うべき注意義務があったといえる。しかるに、本件顧問教諭らは、本件フリーバッティング練習に参加しておらず、本件各ネットが部員らを打球から保護する位置に設置されていることを直接確認せず、他の教員に確認させることもなかった。よって、顧問教諭らには、部員らの安全を確保し、事故の発生を未然に防ぐべき義務に違反した過失が認められる。
  損害賠償額の認定にあたり、原告の事情を考慮して、本件損害のうち30%を過失相殺するべきである。





◆ 東日本大震災石巻市私立幼稚園送迎バス被災事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 仙台地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第1274号
【年月日】 平成25年9月17日
【結 果】 認容
【出 典】 裁判所ウェブサイト


事案の概要:
  宮城県石巻市内の被告B1学院が設置する本件C幼稚園に子供を入園させていた原告らが、東日本大震災によって発生した津波に流されて、C幼稚園の送迎バスが横転し、子供らが死亡するに至ったのは、C幼稚園の園長であった被告B2園長らが津波に関する情報収集を懈怠し、送迎バスの出発や避難に係る指示・判断を誤ったことなどによるものである旨主張して、被告B1学院に対しては安全配慮義務違反の債務不履行又は民法715条1項(使用者責任規定)の不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告B2園長に対しては民法709条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害賠償を求めた事案。

認定事実:
  平成23年3月11日午後2時46分頃、宮城県沖を震源地とするマグニチュード9.0の本件地震が発生した。地震の揺れが収まると、C幼稚園の教諭らは園児らの全員無事を確認した。被告B2園長は、教諭らに対し、園児らを「バスで帰せ。」と指示し、午後3時2分過ぎ頃、園児12名を乗せて、高台にある本件C幼稚園から海側の低地帯を通るルートに向けて本件バスを出発させた。本件バスは園児を保護者に引き渡しながらコースをまわるが、園児の家族がすでに避難していたことから、避難所である門脇小学校に向かいそこに停車する。それを知ったB2園長は教諭を派遣して、バスをC幼稚園に戻すように運転手に指示した。ところが、午後3時45分頃に石巻市南浜地区に津波が到達した。そのため、本件バスは門脇小学校から出発するものの、同市門脇町五丁目付近の地点において、渋滞に巻き込まれて停車していたところ、津波に襲われた。バス内には園児ら5名が取り残され、同園児らは3月14日に遺体で発見された。

判決の要旨:
1.保護義務について
  被告B1学院の履行補助者であるC幼稚園の園長及び教諭ら職員としては、できる限り園児の安全に係る自然災害等の情報を収集し、自然災害発生の危険性を具体的に予見し、その予見に基づいて被害の発生を未然に防止し、危険を回避する最善の措置を執り、在園中又は送迎中の園児を保護すべき注意義務を負う。
2.情報収集義務の懈怠について
  被告B2園長としては、・・・本件バスを海沿いの低地帯に向けて発車させて走行させれば、その途中で津波により被災する危険性があることを考慮し、ラジオ放送によりどこが震源地であって、津波警報が発令されているかどうかなどの情報を積極的に収集し、サイレン音の後に繰り返される防災行政無線の放送内容にもよく耳を傾けてその内容を正確に把握すべき注意義務があったというべきである。被告B2園長は、巨大地震の発生を体感した後にも津波の発生を心配せず、ラジオや防災行政無線により津波警報等の情報を積極的に収集しようともせず、同バスを発車させるよう指示したというのであるから、被告B2園長には情報収集義務の懈怠があったというべきである。
3.予見可能性について
  予見義務の対象は本件地震の発生ではなく、巨大な本件地震を現実に体感した後の津波被災のおそれであり、防災行政無線やラジオ放送等により津波警報や大津波警報が伝達され、高台への避難等が呼び掛けられていた状況の下で、本件バスを高台から海岸近くの低地に向けて出発させることにより津波被害に遭うおそれがあるかについての予見可能性があったかどうかであるから、・・・予見困難であったとはいえない。

備考:
  被告側は、B2園長は「合理的平均人」であって、市街地を津波が襲うことは予見できなかったと主張した。たしかに、予想もしなかった巨大地震が発生し、その事態に直面して動揺し、冷静な判断ができなかったということは考えられる。しかし、本判決は「C幼稚園にとどまる契機となる程度の津波の危険性を予見することができた」として、「平均人」云々には言及していないものの、たとえ平均人であっても、津波の危険性を予見し、高台の幼稚園にとどまるという選択をすることができたはずだという判断を示している。幼稚園教諭や園長には、自ら危険を回避できない園児の安全を保持するよう、たとえ未曾有の災害に遭遇しても、専門職として、冷静な判断が期待されているということであろう。










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