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TITLE:  青少年条例による出版物規制と環境浄化活動
AUTHOR: 吉田 卓司
SOURCE: 「法と政策」(第一法規出版)1982年8月号
WORDS:  全40字×202行


青少年条例による出版物規制と環境浄化活動



吉 田 卓 司



 一 はじめに


  今日、長野県を除く全国都道府県には、青少年の健全育成・保護を目的とする条例が施行されている(長野県においても、県庁所在地の長野市には青少年保護育成条例がある)。これらの、いわゆる青少年条例は、青少年の健全な成長にとって有害な環境を浄化・改善すること等を規定しており、都道府県(長野市を含む)青少年条例はすべて、何らかの行為に対して法律効果として刑罰を科している。確かに性的タブーの解放が、徐々に進む状況の中で、青少年の健全育成のために、ある程度の規制が生じることも一概に否定はできない。しかし、憲法上ないし刑法上認められている表現の自由・営業の自由などの自由権は、民主主義を守る上で不可欠の要素であって、これを刑事制裁で安易に制限することは許されず、したがって、この両者の要求の調和を保つことは、緊急かつ至難の国民的課題といわねばならない(1)。
  本稿では、条例の内容のうち、有害図書(いわゆるポルノ雑誌)の販売規制を中心に、条例の運用や住民運動の実態を検討することを通して先の法制度上の問題にアプローチしようとするものである(2)。特に、この小稿においては、近年注目されてきている自主規制型の京都府条例について、他府県における条例の運用や環境浄化活動を参照しつつ、その運用の現状と課題を明らかにしたい。京都府をはじめ、鳥取、青森、広島、栃木などのいわゆる「ゆるやかな条例」の動態を探ることは、青少年条例という公的規制の行く末を占い、問題点の所在をも明らかにするものとなろう。


 二 住民主体の環境浄化とゆるやかな条例


  全国都道府県に、青少年条例が逐次制定されていった中で、その最後の時期に、京都府や鳥取県等のいわゆる「ゆるやかな条例」が誕生した。その要因として、既に制定されていた他県の条例の多くが、有害指定図書の青少年への販売、およびその自動販売機への収納などに刑罰を適用し、取締りを強化していることへの反省を挙げることができよう。
  すなわち、青少年の健全な育成の担い手は、親や家庭、学校、各種の機関・団体を含む地域の大人であるという大原則が、見失なわれつつあることに問題がある。その意味で、「ゆるやかな条例」と呼ばれるものが、環境浄化の主要な役割を、業者の自主規制や住民の地域活動に委ね、これらの規制や活動を援助していこうとしている点は、積極的な評価を与えるべきであろう。
  京都府では、昭和五六年四月に条例が施行された後、青少年環境浄化協議会が設けられた。この協議会は、行政機関の参与とともに関係業界団体および青少年育成団体の代表者によって構成されていたが、他府県と比べて、自動車関係業界(部品販売・整備など)や矯正保護団体(BBS・更生保護婦人会)の参加がある点で、より広い意見の交換を図っているといえよう(3)。
  また、環境浄化活動の具体的施策として、小学校区を単位とした地域活動が、京都府青少年問題協議会や青少年育成京都府民会議を中心として取り組まれている。
  これらの協議会や府民会議は京都特有の組織ではない。戦後、昭和二七年制定の「青少年問題審議会および地方青少年問題協議会設置法」にもとづき都道府県青少年問題協議会が誕生し、またその後、青少年問題は国民的課題であるとの主張が高まり、主に民間関係者によって「青少年育成国民会議」が発足した。その下部組織として、各都道府県に青少年育成都道府県民会議が設けられたのである。それらの活動の一環として、今日、ポルノ雑誌自動販売機追放運動が行われている。
  たとえば、神戸市では、前記設置法に先だって神戸市青少年問題協議会が発足し、青少年育成国民会議の発足後は青少年育成兵庫県民会議の下部組織としても活動しているが、この青少年問題協議会の特徴は、やはり自治会などの地域社会を基盤とした支部活動にある。そこでは地域の実情に即した青少年育成活動が行われている。具体的な活動内容としては、(1)ポスター・チラシによる「ポルノ雑誌自動販売機追放運動」等への市民意識啓発、(2)設置業者・自動販売機設置場所提供者への撤去要請、(3)新たに自動販売機が設置・増設されたり、ビニール本の専門店が開店したような場合の立札運動(たとえば「私たちの街に有害図書はいりません」と書いた立札を立てる)、(4)それらの設備・店舗の撤去を求める署名運動、(5)書店に対する販売方法の改善要請、などが行われており、成果をあげている。また、出版物に関する右記の環境浄化活動以外にも幅広い取組みが行われていることも、青少年育成のあり方を探る上で、着目する必要があるように思われる。
  このような住民自身の手による運動こそ、環境浄化活動の核をなすといえる。逆に言えば、警察を含めた行政機関の果すべき役割は、その地域住民の自主的活動を支えるという消極的な形のものでなくてはならない。その意味では、条例による取締りの強化によって環境浄化をはかろうとする動きや、住民運動を取締りの補助手段とみることは、本末転倒と言わざるを得ない。今まさに必要とされているのは、親、家庭、学校、地域等の教育的力量の育成である。住民による環境浄化活動も、このような力量を養成するものとして位置づけられねばならないであろう(4)。このような視点から、住民運動の存在意義を認めた上で、条例の運用の検討に入りたい。


 三 条例による有害基準と規制


  京都府の「青少年の健全な育成に関する条例」一三・一五条は、図書類の販売業者等に対して「有害な図書類を販売し、頒布し、貸し付け、閲覧させ、視聴させ、若しくは聴取させないよう」自主的に努めなければならないとして、業界の自主的努力義務を定めている。そして、この「自主的努力に関する基準」が前述の青少年環境浄化協議会によって決定され、告示された。
 たとえば、右基準の第一「図書類、興行及び広告物に係る自主的努力に関する基準」では、図書類の販売又は貸付けを業とする者に対して、――
(1)一般の書店においては、有害図書類をできる限り仕入れないようにし、仮りに仕入れた場合にも青少年に対しては販売又は貸付けをしない。また、その旨を店頭に表示する。
(2)一般書店等において有害図書類を販売する場合は、成人コーナーを設ける等他の図書類と区別して陳列し、青少年に閲覧させないように管理する。
(3)スタンド販売店を含め、青少年に閲覧させないよう管理することが困難な店舗では、有害図書を陳列しない。
(4)専ら有害図書類を販売する店にあっては、店頭に青少年の立ち入りを断る旨の表示をし、青少年を立ち入らせない。また、店外における刺激的な広告は行わない。
――と定められている。また、第三「自動販売機に係る自主的努力に関する基準」では、自動販売機による図書類の販売を業とする者に対して――
(1)基本的には、自動販売機に有害図書類を収納しないようにする。
(2)当面、次のような措置を講ずる。
有害図書類を収納する自動販売機は、学校の周辺(小・中・高校その他青少年の利用する公共施設の周囲二〇〇メートルの区域内)、通学路(各学校で指定した通学路の沿道)及び住宅地区(住居専用地域その他住宅が密集している区域)等日常的に青少年の目に触れる場所並びに風致地区等修学旅行生が多数訪れる場所には設置しない。
自動販売機には、一般図書類と有害図書類とを混入しない。
有害図書類を収納する自動販売機には、青少年の購入を断る旨の表示をし、マジックスクリーンを付ける等、青少年が有害図書類を日常的に目にし、容易に購入することを防止するための適切な措置を講ずる。
――と定めている。そして、これらの基準が守られているか否かを調べるとともに、指導を徹底するため、条例二九条に基づく立入調査が行われる。この立入調査は、京都府条例施行後一年間で、各自主的努力業種に二度行われた。
  京都における条例運用で注目されるのは、個々の出版物についての有害指定を行っていないことである。現在の都道府県青少年条例の大半が、審議会ないし知事(実質的には地方行政職員)によって、個別的に特定の出版物を有害図書として指定し、その書名・出版社等を公示して、規制の対象としており(たとえば近畿では和歌山、滋賀、奈良、兵庫)、その意味では有害基準を有しつつ、有害の個別指定を行っていない京都府の運用は珍らしい。
  個別指定をしない理由として、(1)他県の個別指定の有効性への疑問、(2)個別指定による行政負担の増大等があげられる。すなわち、今日の莫大な出版物の中から、ごく一部を取り上げて、有害指定をし、これを徹底して取締るとしても、それが青少年の健全育成という目的にどれほどの効果があるかは、疑問なしとしない。その上、一部の出版物のみを取締り、その他の同種のものを有害指定せず取締らないとすれば、当然憲法上の平等原則に背反することとなろう。しかも、行政における、有害指定→指定通告・警告→改善確認・調査→処分、という一連の手続の実施は、人的・経済的にかなりの負担を行政に負わせる結果となってきている。したがって、今日の出版事情からすれば、有害図書の個別指定は「労多くして益少なし」の典型であり、京都府が個別指定を行わないことは、この点で積極的評価を受けうる側面をもっている。
  しかし、前記の自主的努力に関する基準についても問題がないわけではない。たとえは、有害図書類に関して「有害な図書類・・・・とは、おおむね次のようなものをいう」とした上で、「(オ)殺人、傷害、暴行、拷問、処刑、動物に対する虐待行為等の残虐な行為を刺激的に表現したもの」といったかなり幅のある有害基準を定めており、さらに、その注記においては「一般の書店等において販売される週刊誌、月刊誌、単行本等のうち特に青少年にとって有害なものをいう」と記しているため、条例の規制対象が全出版物にまで及んでいる点などがそれである(下線筆者)。いかに処罰を予定するものではないとはいえ、立入調査などの公的規制が、右のごとき抽象的かつ非特定的に、しかもすべての出版物に対して行われうることは、看過しえない問題点である。たとえば、先に例示した、(オ)の有害基準が適用されることによって、戦争や核兵器の非人間性・残虐性を青少年に理解させていくことすら規制される可能性が生じたことは、否定できない。


 四 自主規制と「ゆるやかな条例」


  京都府の条例が、自主規制型のいわゆる「ゆるやかな条例」とされるのは、単に取締り規定の少なさにあるのではなく、関係業界の自主的努力に期待するところが大きいためである。現在では、書店組合を中心に、成人コーナーの設置や「青少年健全育成協力店」のステッカーを業界自ら作製し、普及しつつある。
  もちろん、このような業界の活動も行政的働きかけによるところが少なくはないが、業者、青少年育成団体、行政機関の三者による懇談会も今年中に予定されており、このような機会を通じて、お互いの自覚的活動が芽ばえるのを期待したい。とくに出版物の規制については、いわゆるアウトサイダーへの規制をどうするかという問題の他に、戦前のドイツでは公的規制に代って自主規制が言論統制の手段とされた、という歴史的事実をも考慮しなければならない(5)。また、自主規制を、単なる業者間協定として有力企業の経営手段にしてしまわないためにも、自主規制への住民の参加が必要となってくるであろう。この点で、業者団体と婦人団体の代表者によって実施されている「近畿出版倫理連合会」の自主規制活動は、参照に値するのではなかろうか(6)。


 五 あとがき


  今日の青少年条例は、まさに、青少年条例の運営や青少年の健全育成に携わる人々の熱意と努力に支えられているといってよい。というのも、立法上多くの問題点があるにもかかわらず、青少年の健全育成に携っている人人によって、これらの欠陥が補われてきている面があることは否めず、京都のゆるやかな条例も例外ではない。それだけに、今後この「ゆるやかな条例」がどのように運用され、評価を受けていくのかが注目されよう。しかも、今日の京都府条例のように出版物規制に罰則の適用のなかった条例が、その後刑罰の裏づけを持つようになった例は少なくはない。「京都府青少年の健全な育成に関する条例」などのいわゆる「ゆるやかな条例」の推移を見守っていくことは、その意味でも重要である。
  そして、現在行われている環境浄化活動は、単に有害とされる環境の現象面の改善に終らせてはならないのである。つまり、この活動を通じて住民自身が「少年非行を生み出す要因がどこにあるのか」とか「少年たちは非行という形で何を訴えているのか」ということを考える契機を持つことに重要な意味が見出されねばならないのである。



(1)この問題を多角的に論じ、有益な素材を提供するものとして、奥平康弘編著『青少年保護条例(条例研究叢書7)』(一九八一年)および法律時報増刊『青少年条例』(一九八一年)がある。
(2)条例運用の現状についての全国的調査研究として、マスコミ倫理懇談会全国協議会によって設けられた「表現の自由と公的規制研究会」による「都道府県青少年対策担当者に対するアンケート」・「全国都道府県条例分析」へ前注(1)掲『青少年条例』二五三頁以下)がある。また、出版物規制について、近畿を中心とする、より詳細な実態研究として、吉田卓司「青少年の健全育成と表現の自由」関西非行問題研究六号(一九八一年)一七頁以下、同「『低俗出版物』規制の現状」少年補導二六巻七号(一九八一年)二四頁以下がある。本稿は、このような実態把握に基づくものである。
(3)この協議会には、行政から、京都府青少年婦人課・府警察本部・教育委員会、業界から、書店・興行・雑誌自動販売機・映画・玩具・刃物・質買受業等、青少年育成団体から、PTA・青少年育成京都府民会議・青少年会議所・子供育成連絡協議会・連合婦人会・補導委員等が参加していた。
(4)たとえは、全国更生保護婦人連盟は、総理府から委託を受けて昭和五三年一〜二月に、雑誌等の自動販売機について全国的に実態調査を行ったが、その調査のモデルとなった大阪更生保護婦人連盟の活動の目的として、(1)体験的活動を通じて、非行防止活動の中心的役割を担う力を養い、(2)恒常的な地域運動・社会運動にまで発展していくこと、などが掲げられている。そして、実態調査の端緒における大阪保護観察所の指導・行政的関与も、そのような方向で行われた結果、実態調査後は、新しい活動への自主的取組みがなされ、他機関・団体との積極的な連帯が生まれるに至ったといわれる(関西非行問題研究会編『非行克服の現場と理論』(一九八〇年)一六九頁以下)。
(5)石村善治「言論の自由とマスメディアの『自主規制』」福岡大学創立三〇周年記念論文集・法学編(一九六四年)三九頁以下(なお、右論文は奥平康弘編『文献選集・日本国憲法6・自由権』(一九七七年)所収)。
(6)近畿出版倫理連合会の活動についての詳細は、吉田・前注(2)掲の拙稿を参照されたい。

(よしだたかし・関西学院大学大学院)






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