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TITLE:  少年法と教育・福祉−イギリス1969年児童少年法における要保護性および教育法との連関−
AUTHOR: 吉田 卓司
SOURCE: 関西非行問題研究10号(1985年)
WORDS:  全40字×212行


少年法と教育・福祉
 ― イギリス1969年児童少年法における
要保護性および教育法との連関 ―
 


吉 田 卓 司



 1.はじめに

  今日の少年保護法制度・教育制度を考えるときに、どの少年を対象とするか、その基準が大きな問題といえる。また、非行克服のためには、家裁、学校、児童福祉機関等の司法・行政の諸機関相互の連携が不可欠である。これを円滑に行なうためには、どのような法制度が望ましいのだろうか。
  この小稿では、イギリス少年法における要保護性有無の認定手続に関して、これらの課題を考えてみたい。



 2.少年審判係属の要件と要保護性

  要保護性は、非行事実とともに重要な意味をもつ法概念とされている。ことに、昭和25年から昭和29年にかけての非行事実および要保護性をめぐる論争は、当時の少年法理論の水準を高め、その基礎を固めることともなったとされている(1)。ここでは、イギリスにおいて1971年1月1日に施行された1969年児童少年法(Children and Young Persons Act, 1969)(2)における要保護性(Care or ControI Test)等についてみていきたい。
  イギリス少年法の展開には、次の二つの潮流があるとされる。一つは、一般刑事司法から児童・少年ををとうざけようとする動き、いまひとつは、少年保護のための諸法規の発展であり、この1969年少年法は、従来の法律にもまして、この二つの面を強調しているものと理解されている(3)。換言すれば、同法は、非行を犯したり将来犯罪をする可能性の高い少年に対して、できるかぎり少年審判に付することをさけ、福祉的処遇の中で保護、矯正しようと意図された立法といえよう(4)。
  1969年児童少年法1条2項(a)〜(f)には、少年裁判所による保護手続の対象とされる少年の六要件が明記されている。これらの要件は基本要件(Primary Condition)と呼ばれるもので(5)、これは事件係属の第一条件とされるものである(6)。もっとも、基本要件が満たされれば直ちに裁判所による保護処分けら言行われるのではなく、基本要件に加えて、要保護性が確認されることとあわせて、処分をおこないうる(8)。

  基本要件とはつぎの六つである(9)。
(a)児童および少年の本来の発達が妨害をうけたり遺棄され、その者の健康が損われたり、放任されたり、またはその者が虐待されていること。
(b)前記(a)の条件を満たす者と同一の家族である少年に対しても、同様の危険がある場合。
(c)道徳的危険にさらされていること。
(d)親または保護者の監督の手に負えないこと。
(e)1944年教育法(Education Act1944)に規定された学齢にありながら、その年齢、能力、適性に応じた教育を受けていないこと。
(f)殺人を除く罪を犯したこと。

  イギリスにおいては、従来から国親思想(Parens Patriae)を基本理念として少年保護法制が運用されてきたため、児童法あるいは児童少年法は、放任、遺棄された少年を広く、審判の対象としてきたのであるが、その基本理念を実現するために有効であるとされた非形式的な保護手続が、少年の人権を侵害し、少年に不公平な取扱いを受けているという認識を生み、少年裁判所における審判や処分によって非行少年であるというラベリングと自由が剥奪される点が反省されるようになった(10)。そのため不当に少年の自由を制限する恐れのある項目を旧法から削除するなどの改善がなされている。
  イギリスでは、基本要件が「少年の過去とか現在の状態であるのに対して要保護性の確認は、将来の予測に関連した情報と」(11)されている。1963年児童少年法は、1963年児童少年法2条1項(a)の「善良なる親ならば当然与えると予想される看護、保護および指導を受けていない」(Good Parent Test)という要保護性の定義を、「裁判所が命令しなければ受けそうにもない看護、および監督を必要としている」(Care and ControI Test)という定義に代えたのである(12)。
  改正された定義が、これまでの非難をくつがえせるか否かには疑問もあるが(13)、新規定は、非行少年をできるかぎり裁判所の手続から遠ざけ、非行少年のラベリングを回避しつつ、地方自治体の福祉的処置を優先しようとしている。



 3.少年刑事政策と教育・福祉

  アメリカが適正手続の見地から少年司法改革を図ろうとしているのに対して、イギリスでは、むしろ保護主義の方向に徹しようとしている(14)、といわれる。その一方で要保護性の認定条件をより一層明確にしようとしていることに注目したい。
  日本では、非行少年の処遇について、教育基本法、学校教育法などの教育法制と、児童福祉法、少年法などの少年保護法制との統合制に欠ける面がある。具体的にいえば、児童福祉法と少年法の系列にわかれた二元主義に立っているとされているが(15)、その二元的機構は、監督系統が違うだけでなく、あらゆる面で不統一を生ぜしめ、反目とまではいわないまでも目に見えない溝ができていて、相互の協力は円滑を欠く状況となっている(16)。その上、この二元的機関と学校教育機関、警察との間にもコミュニケーションの不足と意思の相克があって、緊密な連携を保つことは、難しいのが現状である(17)。
  その点で、イギリスにおける少年保護法制と教育法制の連節部分がどのようになっているのかを観察してみたい。
  前述のように1969年児童少年法では、保護手続開始条件の(e)として、「学齢にありながら、その年齢、能力、適性に応じた教育を受けていない」という要件がある。この教育の要件による保護手続については、「裁判所は、手続がローカル・エデュケーション・オーソリティー(「Local Education Authority)によってなされたのでなければ、その状態が相当であるという主張を受け入れてはならない(18)とされている。少年裁判所は、教育の要件に掲げられた状態(非行事実)に加えて、その当該少年に要保護性が確認された場合に保護を行いうる。そして、ローカル・エデュケーション・オーソリティーは、少年保護手続においてその職務権限と義務が明確に規定されており、他の機関はこれに代わることができないのである(19)。

≪ローカル・エデュケーション・オーソリティーの責務≫
  全てのローカル・エデュケーション・オーソリティーは、少年が自己の多様な適性と能力を伸ばし、市民としての責任能力を備えるように、肉体的・実用的・職業的トレーニングを含むよりよい教育を、全日制学校及びその他の教育機関に存しない少年に提供するため、大臣によって認可された総合施設であるカウンティ・カレッジ(County college)を設立し、運営している(20)。そしてこの目的を達成するために、ローカル・エデュケイション・オーソリティーは、教育施設への出席義務を免除されていない少年すべてに対して、カウンティ・カレッジへ出頭する旨を通達(この通知は、カレッジ・アテンダンス・ノーティス(College Attendance Notice)とよばれる。ここでは、出頭通知と略す)する職務をもち、その通知に示されたカウンティ・カレッジヘの出頭はこれを受取った少年の義務となる(21)。

≪出頭通知の効果≫
  少年の出頭日時は、少年の側の事情で変更されることもあるが、1年間44日(44週間に週1日または半日づつ週2日)出頭するか、または少年にとって連続して出頭することがより適当であると当局が思料した場合には、年8週間または、4週間づつ2回出頭することになっている(22)。
  一方、ローカル・エデュケーション・オーソリティーは両親が自分の子供に対してその年齢、能力、適正に応じて有効な教育を受けさせる義務をはたすように、手続をしなければならず、少年の教育を妨げた者は、罰金刑、自由刑に処せられる(23)。

≪少年裁判所への係属≫
  前記のような少年の福祉を害する犯罪の起訴前でも、少年が正規に学校へ出席できるように手続きし、少年を少年裁判所に連行することを、裁判所は指導しうる(24)。そして、少年に対する福祉犯罪が起訴され、少年の両親が処罰されても、少年の学校への出席という目的が十分達成されなければ、ローカル・エディケーション・オーソリティは、少年裁判所に対して児童少年法にもとづく命令を請求することとなる。裁判所がその請求を不必要と判断した場合を除き、裁判所による命令がなされる(25)。
  さきにも述べたように、教育の要件によって少年裁判所に係属される少年は、まさにこの教育法上の手続きによって、教育行政機関から申請された者のみであり、警察などの他機関は、教育の要件を援用して少年を少年裁判所に係属することができないのである。



 4.非行克服諸機関の連携

  この小稿では、イギリスの少年保護法制について概観してきた。むろん外国の制度がそのままのかたちで、わが国に適用されるとは考えられない。けれども、個々の仕組みや制度はともかく、その理念については、学ぶべきものがあるように思われる。
  私にとっては、イギリスの前記のような法制度は、いくつかの点で示唆的であった。わが国では、学校と警察の連携の場として学校警察連絡会が設けられているが、これについては、(1)学校から警察への連絡・相談が、生徒の検挙や送検の手段となり教師・生徒間の信頼関係が保てなくなったり、(2)この協議によって得た情報によって警察が生徒を召喚・取調べをするので、それ自体が登校や授業の妨害になり、(3)容疑事実が学校側に通告されないとか、生徒の送検・検挙後も、それらの事実が知らされないことなど教育機関側の不満は、根強いといえよう(26)。このような問題が生じた一要因として、各機関の連携における「法の支配」(rule of law)という理念の欠如が挙げられよう。すなわち、児童・生徒の人権を守る法的枠組みが全く保障されないまま、我が国では、少年警察活動が拡大してきたところに問題があるのではないだろうか。すでにみてきたように、イギリスでは少年審判の対象を明確化し、そして教育的配慮からの少年審判係属については、警察的観点が排除されるような手続上の配意もみられる。
  また、カウンティ・カレッジのように学校から逸脱した者に対して、教育機関による、教育的見地からの、教育的保護が制度化されている点も見逃せない。我が国では「停学」、「出席停止」という処置はあっても、そのような処分を受けた少年に対する学習権の保障への顧慮は、きわめて不十分だった。従来から「教育法制度・教育行政は貧困家庭、崩壊家庭に放置された要保護少年の教育権保障の問題を軽視ないし無視してきた」との批判(27)は、きわめて正当なものといえよう。



 5.おわりに

  わが国の少年法における保護処分が真の利益処分というものになっていない現状からすれば、少年審判での要保護性認定は、やはり厳格に行われるべきであるし、それとともに教育・福祉施策の充実が急務とされているのである。今日「教育改革」が叫ばれているが、そのためには、少年一人一人を本当に大切にする施策が講じられねばならないだろう。わが国の現在の状況についていうならば、教育臨調の答申の内容は、少数のエリート育成を目指した「中高六年制校の設置」など、「個人主義」「能力主義」により一層の切り捨て教育を生むものである。児童・生徒の選別と差別は、いままで以上に「心の荒廃」を深刻化するのではないだろうか。現在の教育制度によって「落ちこぼされた者」たちの声なき声に耳を傾けた教育制度の改革が求められているといえよう。


(注)
1)早川義郎「少年審判における非行事実と要保護性の意義について」家庭裁判月報(以下、家月と略記)19巻4号1頁。
2)同法の訳出には、小川太郎『1969年児童および少年』(少年法改正資料11、法務省刑事局)がある。また、これを総体的に論究したものとして、D.Ford,The Children,Courts and Caring -- A Study of the Children and Young Persons Act 1969.1975等がある。わが国では、柳本正春「英国の新児童少年法、上・下」警察研究44巻12号・45巻1号、菊田幸一「イギリスにおける非行少年取扱の実際と課題、(一)・(二)・(三)」法律論叢50巻1、2、3号がある。
 なお小川・前掲訳は、家月26巻6号113頁以下に転載されている。本稿での引用はこれに拠った。
3)Prins,Children out of Trouble,2,The British Journal of Criminology≪1970≫75 柳本・前注2)掲論文(上)67頁参照。
4)桑原洋子「イギリス少年裁判所制度の発達」関西非行問題研究3号97頁、および菊田・前注2)掲論文(一)3〜4頁。
5)菊田・前注2)掲論文(一)12頁。
6)柳本・前注2)掲論文(上)73頁。
7)処分の内容については、上掲論文(上)68頁以下を参照されたい。
8)Children and Young Persons Act.1969 s.1(1)。なお同法の翻訳については、小川・前注2)掲資料、および柳本・前注2)掲論文を参考とした。
9)Ibids. 1(2)
10)1960年代後半に高まったこの潮流は、米国におけるゴールト事件判決(1967年)《In re Gault (387 U.S. 1, 18L.Ed.2d 527)》および、ほぼ時を同じくして出された「大統領諮問委員会報告書−自由社会における犯罪の挑戦(Presidents Commission on Law Enforsment and Administration of Justice, The Challenge of Crimein a Free Society ≪1967≫)に端的にあらわれた。これらの動向は、イギリスにおいて1968年に発表された「問題児童」(Children in Trouble)にもみられる。
11)柳本・前注2)掲論文(上)74頁参照。
12)同上
13)黒川慧「イギリスの児童少年法案の問題点」青少年問題6巻8号40頁。
14)小川・前注2)掲資料、家月26巻6号125頁。
15)このように理解するものとして、団藤重光・森田宗一『新版少年法』ポケット注釈全書5、54〜55頁。
16)団藤重光「刑事政策と児童福祉」厚生省児童局編『児童と福祉』525頁。
17)シンポジウム第14回日本矯正学会「在学非行少年に対する矯正教育をめぐって」刑政90巻3号46〜49頁の黒田発言参照。
18)Children and Young Persons Act, (1969) s.2(8)
19)Education Act, (1944) s.40(2)
20)Ibid s.43(1)
21)Ibid s.44(2)
22)Ibid ss.44(3), (4)
23)Ibid ss.37, 39, 40(1),(2)
24)Ibid s.40(3)
25)Ibid s.40(4)
26)若林繁太「大人のツケを子どもに回すな−長野県・篠ノ井高生徒送検事件の報告」少年補導26巻1号26〜28頁、および小宮山要=星悦子=土屋辰夫「非行防止のための学校と警察の連携に関する研究」科学警察研究所報告、防犯少年編20巻1号参照。
27)小川利夫「教育福祉の権利」季刊教育法9号38頁。









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