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芝中事件 |
岐陽高事件 |
小松市立中事件 |
川崎市立小事件 |
量刑 |
懲役三年 |
懲役三年 |
懲役二年六月、執行猶予三年 |
懲役三年 |
動機 |
担任クラスを訓戒中、教室外で騒ぎ戸を開け放って逃げた生徒に対し、憤激して。 |
修学旅行中、禁止されていたドライヤーを持参した生徒に対して、憤激して。 |
担任生徒が、頻繁に遅刻、忘れ物をし、嘘の弁解をしたため生徒に真剣に反省させるため。 |
担当の特殊学級生徒が書初めを書かないため、立腹して。 |
態様 |
額面を、手拳で五回位殴打。 |
頭部を平手・手拳で殴打、足蹴りし頭を踏みつけ、さらに頭を壁にぶつけさせ、腹部を蹴りあげる等。 |
平手で四回往復ビンタ、さらに柔道の体落としのような形で投げつけ、畳上に転倒させ、その後頭部を打ちつけた。 |
手拳で、頭部を数回殴打。本件以外にも体罰を度々加わえており、本件態様も極めて悪質かつ卑劣。 |
結果 |
脳機能障害により死亡 |
急性循環不全により死亡 |
脳挫傷等の傷害により死亡 |
硬膜外血腫により死亡 |
影響 |
判示なし。 |
社会的影響大。 |
教育界・社会一般に与えた衝撃大。 |
判示なし。 |
経歴 |
教職に就き、一年三月 |
教職に就き、一三年一月、但し同校着任後一月余 |
教職に就き、三月 |
臨時任用を含め、五年一〇月、但し正規任用後、二年目 |
犯人の性格 |
性来短気のため、生徒に対し、穏やかに説諭することなく直ちに殴打する等の挙動あり。 |
平生は、体罰を加えることも全くといってよいほどなかった。 |
大きな熱意を傾けて指導に取組み、その教育的熱意が結果として本件暴行となった。 |
本人の能力を伸ばすためには体罰もやむを得ないと考えていた。 |
環境 |
判示なし。 |
犯行は、同輩教師から暗になじられた事などに誘発されたものである。 |
判示なし。 |
以前教頭や同僚教師から、体罰について注意されていたが、改めようとしなかった。 |
犯行後の態度等 |
判示なし。 |
深く反省、遺族への誠意も見られるが、遺族は厳罰を望んでいる。 |
深く反省、遺族と小松市の間に示談が成立し、被告人からも別途見舞金一五〇万円支払。被害児童の父も寛大な処分を望む嘆願書を提出。 |
深く反省、しかし被害児童の遺族に何ら慰謝の措置を講じておらず、被害児童の両親は、厳重な処罰を望んでいる。 |
その他の量刑事情 |
特に、判示なし。 |
前科前歴なし。懲戒免職処分とされた上、長期間身柄拘束を受けた。被害者の死亡は、その特異体質が何らかの影響を与えたことも否定できない。 |
懲戒免職され社会的制裁を受けている。 |
前科前歴なし。懲戒免職処分となり、社会的制裁を受けている。 |
(1) | 日本における量刑研究の概観については、岩井弘融ほか編『日本の犯罪学3』東京大学出版会(一九七〇年)一一三頁以下(所一彦・三井誠執筆部分)、平野龍一編集代表『日本の犯罪学6』東京大学出版会(一九八○年)九七頁以下(澤登俊雄執筆部分)および、そこに掲記されている論文を参照。 |
(2) | この点を指摘するものとして、佐伯千仭「刑の量定の基準」刑法講座一巻(一九六三年)一一八頁、松岡正章『量刑手続法序説』成文堂(一九七五年)一−二頁など。 |
(3) | 松本時夫「刑の量定・求刑・情状立証」石原一彦ほか編『現代刑罰法大系6』日本評論社(一九八二年)所収一四五頁以下、一六五頁。 |
(4) | 久岡康成「量刑」ジュリスト五〇〇号(一九七二年)四五〇頁。 |
(5) | 三上孝孜ほか「刑事裁判における量刑のあり方 −−検事長の「寛刑」批判について」法律時報六〇巻二号(一九八八年)六三頁以下参照。 |
(6) | 正田満三郎ほか「傷害致死に対する量刑の実証的研究(1)〜(4)」法律時報三〇巻五号・八号・一一号、三一巻一号(一九五八−五九年)、(1)七一−七二頁参照。 |
(7) | 中利太郎・香城敏麿「量刑の実証的研究」司法研究報告書一五輯一号(一九六六年)なお岩井ほか・前注(1)掲書一六二頁以下に抄録掲載。抄録一七六頁参照。 |
(8) | 傷害致死罪に関し、昭和三〇年一年間の第一審有罪事案の類型化による量刑基準の具体化を企図する労作として、入江正信「傷害致死の罪に関する量刑資料」司法研修所調査叢書六号(一九五九年)。また生命犯に関し、正田ほか前注(6)掲論文、武安将光ほか「生命犯に対する刑の量定に関する実証的研究」法務総合研究所研究部紀要(一九六二−六三年)、高橋正巳「殺人罪に対する量刑の実証的研究」司法研究報告書一七輯五号(一九六七年)などがある(なお引用は、岩井ほか・前注(1)掲書の高橋・同論文抄録一四二頁による)。 |
(9) | 草案四八条に対する批判的検討として、澤登俊雄「刑の適用」平場安治・平野龍一編『刑法改正の研究1』東京大学出版会(一九七二年)二五〇頁以下、吉岡一男「刑の適用」法律時報臨時増刊『改正刑法草案の総合的検討』四七巻五号(一九七五年)七一頁以下参照。 |
(10) | 八代簡判昭四四・一〇・八事故処分判例集三巻八八七頁は、鼻付近を一回殴打して治療一週間を要する顔面打僕を負わせたもの。長野地判昭五八・三・二九事故処分判例集三巻九四一頁は、手・本・定規で顔・頭等を殴り、髪をつかんで床に打ちつける等により一週間の傷害を負わせるなど体罰による計四件の傷害行為が有罪とされたもの。 |
(11) | 大阪高裁昭三〇・五・一六高裁刑集八巻四号五四五頁(最高裁昭三三・四・三裁判集一二四号三一頁で確定)は、手拳ないし平手で一回づつ殴打したもの。川内簡裁昭四一・八・三一事故処分判例集三巻八八五頁は、竹製指示棒で頭部を二ないし二〇回殴打したもの。高田簡裁昭四四・五・一二事故処分判例集三巻八八六頁は、顔面を平手で一ないし五回くらい殴打したもの。 |
(12) | 『体罰・いじめ』季刊教育法一九八六年九月臨時増刊号・六四号一三八頁。なお岐陽高事件については、同書に安藤博「岐阜県立岐陽高校体罰事件裁判・判決解説」一三九頁以下等があり、事件後の関係機関の対応及び見解等が掲載されている。 |
(13) | 澤登・前注(9)掲論文二五四頁。 |
(14) | 団藤重光『刑法綱要総論〔改訂版増補〕』創文社(一九八八年)五〇八−五〇九頁。 |
(15) | このような体罰肯定的な裁判規範、及び社会規範の問題性に関し、その規範形成の史的・法社会学的考察は、吉田卓司「体罰法禁と刑事法」関西非行問題研究一二=一三合併号(一九八八年)三九頁以下を参照されたい。 |
(16) | 今橋盛勝・安藤博「追いつめられた教師の体罰と学校組織の人権感覚−−岐陽高校体罰事件水戸地裁判決について(上)」季刊教育法六三号(一九八六年)、一三一頁の安藤発言参照。 |
(17) | 例えば、傷害罪につき、中ほか・前注(7)掲論文五五、および八九頁。 |
(18) | 高橋・前注(8)同論文抄録一四三頁。 |
(19) | 中ほか・前注(7)掲論文九〇頁。なお、学説も量刑の際の資料の不十分さを指摘し、判決前調査制度の採用等の制度改革を提言するものが少なくはない。たとえば、松尾浩也「刑の量定」宮沢浩一ほか編『刑事政策講座』成文堂(一九七一年)一巻三五四頁、藤木英雄『刑事政策』日本評論社(一九六八年)二三六頁等。 |
(20) | このように、裁判官が極度に示談を重視する傾向は、生命犯のみならず、詐欺等の罪種にも顕著に見られる(前田俊郎「執行猶予・実刑の経験科学的基準に関する研究」岩井ほか・前注(1)掲書抄録一四九頁および一五八頁による)。 |
(21) | 吉川経夫「刑の執行猶予」平場ほか前注(9)掲書二八二頁参照。 |
(22) | 岐陽高事件の生じた昭和六〇年五月以後の「子どもの人権」をめぐる動向については、利谷信義ほか「子どもの人権の現状と理論課題(座談会)」法律時報五九巻一〇号(一九八七年)一二頁以下の「人権の危機状況への自覚」、および前注(12)掲書一三二頁以下参照、なお体罰が学校教育のなかで構造的に行なわれている実態を示すものとして、津田玄児ほか「体罰の実態」ジュリスト九一二号(一九八八年)三九頁参照。 |
(23) | 平野龍一『矯正保護法(法学全集四四)』有斐閣(一九六三年)四六−四七頁。 |
(24) | 傷害致死の重罰化については、殺人罪との関連において未必の故意の認定が厳格化したことなどにより犯状の重い事実が傷害致死として実務上とりあつかわれた結果として、統計的に傷害致死罪が重罰化したように見えるのではないかという指摘も可能であるなど、なお総合的かつ多角的検討が不可欠である。しかし少なくとも、次のような長期的視点から、その重罰化傾向の存在を指摘することはできるように思われる。高橋正己「量刑の変遷」『小野博士還暦記念・刑事法の理論と現実』所収(但し以下の引用は、岩井ほか・前注(1)掲書所収の同論文抄録一八九−一九一頁による)の研究によれば、法定刑域の同一な強姦および非現住建造物放火と傷害致死の比較において、傷害致死の重罰傾向を指摘したうえで、「傷害致死に対する量刑の中心は最初は五年以上十年未満の線にあったが、昭和年代に入ってからはそれが三年以上五年未満の線に移り、さらに昭和十四、五年に至ってようやく他の二罪と同様に懲役二年以上三年未満の量刑が基準的なものとなってきた」とのべられていた。ところが、戦後の傷害致死の量刑に関する高橋博士らの研究によれば、昭和二十年代の戦後の量刑は、「戦争直前の昭和年代の量刑よりもはるかに重いのであって、大体において大正末期の相当厳しかった頃の量刑に戻っている」という(正田ほか・前注(6)掲論文法律時報三〇巻五号七六頁)。 |
(25) | 前注(24)において述べた戦後の傷害致死の重罰化については、表2によって明らかなように、近年さらに量刑・執行猶予率とも重罰化の傾向が進んでいる。この点については本稿において詳述の余地はなく、ここでは、問題点の指摘に止め、後日の課題としたい。なお、このような執行猶予率の動向調査に基づいて裁判官の規範意識を明らかにするという先駆的な研究として宮内裕『執行猶予の実態』日本評論新社(一九五七年)がある。同書は、このような刑事学研究に関する法社会学的考察を行なううえにおいて、貴重な視点と方法論を示唆するものといえよう。 |