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◆199111KHK112A1L0129BC TITLE: 学校管理規則における教科書問題 − 教科書採択問題を中心として − AUTHOR: 吉田 卓司 SOURCE: 大阪高法研ニュース 第112号(1991年11月) WORDS: 全40字×129行
吉 田 卓 司
伝習館判決を契機に、教科書の使用義務などの問題がクローズアップされ、これまでにも本研究会で多角的に検討が加えられてきた。そもそも、生徒や地域の実情に応じた柔軟で自由な教材の精選と活用は、教育活動上きわめて重要であることは、いうまでもないことのはずであ。それにもかかわらず、今日の教科書検定や採択など、行政が教育内容に過度に介入し、教科書の選択や教材利用の自由は大きな制約をうけている。その問題性は、従前の研究報告に詳しいが、それとともに、多くの学校管理規則にみられる教科書規定には、憲法及び教基法の基本理念や教育条理と矛盾するだけでなく、教育法規に抵触しているものさえある。ここでは、このような学校管理規則における教科書規定の現状と、その問題点を明らかにしたい。
学校管理規則においては、「教科書」または「教科用図書」の用語が用いられてるが、両者の教育法規上の区分を、まず明確にしておきたい。
「教科書」は、教科書発行法(第二条第一項)によって、検定教科書(文部大臣の検定を経た教科書)及び国定教科書(文部省が著作の名義を有する教科書)を指すものとされている。
これに対し、「教科用図書」は、学校法第一○七条において、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校並びに特殊学級において、検定教科書と国定教科書以外の教科用図書を使用することができると規定し、また、同法施行規則第五八条は、「高等学校においては、文部大臣の検定を経たもの又は文部省が著作の名義を有する教科用図書のない場合には、当該高等学校の設置者の定めるところにより、他の適切な教科用図書を使用することができる」と規定している。したがって、「教科用図書」は、「教科書」よりも広い概念を示すものとされている。学校管理規則においては、このような検定教科書及び国定教科書以外の「教科用図書」を、「準教科書」と定義するものが多い。
昭和三一年に提起された資料篇の「教育長協議会案高校篇」第一三条は、「教科用図書は、文部大臣の検定を経たもの又は文部大臣において著作権を有するもので、委員会が採択したものを使用しなければならない」との規則案を提示した。現実に、これと同一ないし同旨の学校管理規則を定めた県は、少なくない。
現行教育法規との整合性から問題があるのは、北海道、宮城、愛知、兵庫、愛媛、福岡の各道県、北九州市等の学校管理規則である。これらの規則には、前述の「教育長協議会案高校篇」の規則案第一三条と同様に、「文部大臣において著作権を有する教科用図書」との文言があるが、これは旧条文に基づくものである(学校法は、立法当初、検定教科書を「監督庁の検定もしくは認可を経た教科用図書」、国定教科書を「監督庁において著作権を有する教科用図書」と規定し、第一○六条により「監督庁」を「文部大臣」と読み替えることとしていた)。したがって、現行法上このような教科用図書は存在しない。これらの道県は、学校管理規則制定後、法令改正にともなう規則改正を怠ったため、このような学校管理規則が存置されているものと推察される。このような事態は、学校管理規則上の教科用図書及び教科書に関する規定が空文化し、その存在意義が失われていることをも示している。このような現行法に抵触する規定は早急に訂正されねばならないであろう。
学校管理規則の多くは、教科書採択権に関する規定を明記している。文部省は、地教行法第二三条六号の「教科書その他の教材の取扱に関すること」という教育委員会の職務権限規定を根拠として、市町村及び都道府県立の公立学校の教科書採択権が所管の教育委員会にある(ただし、東京特別区立の学校については東京都教育委員会が「教科書その他の教材の取扱に関する事務」を「処理する」[地教行法第五九条])、という行政解釈をとっているが、教科書採択権の所在については、法令上明確な規定があるわけではない。教育法学の学説上も、採択についての事務が教育委員会にあるという定めは、採択権の所在を示すと解するには不十分であるとの見解が通説的である。
採択の現状は、公立学校小・中と国・私立学校及び高等学校とでは、大きな違いがあるため、区分して検討を加えたい。
@小・中学校の教科書採択
義務教育の小・中学校(盲学校、聾学校及び養護学校の小・中学部を含む)の教科書については、教科書無償措置法に採択方法が規定され、「広域統一採択」ないし「共同採択」とよばれ、国立・私立学校の教科書採択権は校長にあるとされているのに対して、公立小・中学校の教科書採択権については、実質的に所管の教育委員会がその権能を行使している。現在、この広域統一採択制度では、全国に約五百の採択地区が設定されている。一県につき平均すれば、約十の採択地区があることになるが、結果的に、同県内が同一教科書となっている県も少なくない。一九八三年の調査では、小学校教科書につき、鳥取県は九科目、福井県と香川県は七科目が同一教科書を使用し、逆に、全科目について採択地区ごとに違う教科書を採択したのは東京都と大阪府のみであった。このような教科書採択の広域化とそれにともなう教科書の画一化は、その後も強まる傾向にあり、教科書出版社による教科書の寡占、独占も顕著である(中学では、地図の帝国書院九九%を筆頭に、保体・学研七六%、美術・日文七一%、音楽・教芸七一%、国語・光村六五%、技家・開隆堂五九%等が独占状態にある(日本教育年鑑刊行委員会編『日本教育年鑑1988年版』(一九八八年ぎょうせい)二○八頁)。このように教科書無償の制度が、小・中学校の教師の採択権を実質的に剥奪に利用されていることは、強く批判されるべきである。
A高等学校の教科書採択
高等学校の採択方式に関しては、法律による具体的な規定はないが、都道府県教育委員会が定める採択事務取扱要領等によって、一定の規制が行なわれている。例えば、兵庫県の『採択事務取扱要領』では、学校単位の選定委員会や聾学校等同一種の共同選定委員会設置、校長又は共同選定委員会の代表者が校長、教頭、教諭、PTA代表、学識経験者の中から「選定委員候補者」を県教委に推薦し、同委員を県教委が委嘱・任命することなどが規定されている(兵庫県教育委員会『平成三年度使用教科用図書兵庫県採択事務取扱要領』(一九九○年)四ー五頁)。けれども、その実体としては、教員の裁量によって使用教科書が決定され、採択は各校に委ねられている。その意味では、実質的に教員が教科書採択権を行使しているといえよう。
本研究会で比較検討の対象とした二十都道府県市区の規則のうち、教科書採択権について規定しているものが、十道府県市あった。そのうち九府県市の規則は、教育委員会に教科書採択権があるとする(例ー茨城県「教科書は、教育委員会の採択したものを使用しなければならない」)。しかし、教科書採択権の所在を規則中に定めないことが教育委員会の教科書採択権の否定を意味しないことにも留意が必要である(例えば、兵庫県は学校管理規則としての教科書採択規定はないが、「教科用図書採択事務取扱要領」で「教科書の採択(中略)の権限は、公立学校で使用される教科書については、その学校を設置する市町村や都道府県の教育委員会にある」とし、高等学校については「高等学校の教科書の採択方法については法令上、具体的な定めはないが、各学校の実態に即して採択の権限を有する所管の教育委員会が採択を行なっている」と記している)。
とりわけ、義務教育諸学校とは異なって、教科書採択に関する具体的な法律の定めのない高等学校の採択に対して、ことさらに教育委員会の採択権を規定し、あるいは採択に介入する必要はないであろう。
教科書採択における校長の権能をどのように規定するかは、都道府県により異なるが、北海道のみが、教科書採択権が校長にあると規定し、千葉県等は、「校長の選定に基づき教育委員会が採択する」とし、島根、福岡県等は、「校長の意見」をきいて教育委員会が教科書採択を行なう旨を規定する。これらの規定は、各学校の採択の自主性を、義務教育諸学校に比して一定程度認めるものともいえよう。とりわけ、北海道は、道立学校の教科書採択権が校長にあると規定し、教育委員会の採択権を規定する他の規則と比して、際立ったものとなっている。
学校管理規則における教科書採択規定の最も重要な問題は、教科書の採択が教員の教育権に属することを、全く認めていないという点である。その意味において、職員会議の「補助機関」化が行政主導で推進されている現状に鑑みれば、校長を教科書採択権者とする規定も、教育委員会を採択権者とする規定と同様の問題をはらんでいるといえよう。しかし、日本教育学会が一九五五年に発表した「教科書制度要項」において「学校において教科書を使用する場合には、教員会議の議をへて学校長がこれを採択する」と規定したような教育的理念を基礎として、校長への採択権付与規定がその教職員の総意を代表するものと解されるならば、同規定は貴重な先駆的意味をもつものと評価できよう。
このように今日の学校管理規則における教科書採択権規定の多くは、教育法学の通説的見解に照らしても、教育の基本的理念や原理に反することは明らかであろう。しかも、学校管理規則における「教科書」概念の規定自体が教育法規に抵触し、空文化している規則があることは、その存在意義のきわめて乏しいことを証明するものといわざるをえない。 また、先に例示した茨城県の学校管理規則のように、教科書の使用義務を規定すると解釈できるような規則も少なくない。この点については、詳細に検討する余地が残されていないけれども、伝習館事件の最高裁判決後も教科書の使用義務の内実をめぐってはなお論争があり、同最高裁判決がかかえる法的、教育的問題点が少なくはないという点は、指摘しておかなくてはならない(この点については、大阪高法研年報1990年所収の田中紘一、羽山健一、木村陽吉の各論文及び同判例評釈等参照)。その意味では、学校管理規則が教科書使用義務を定めたものと解し、運用することは、教育現場に混乱と問題を生じせしめることとなろう。
したがって、これらの学校管理規則を健全な教育活動の推進に役立ち、また学校自治を高めるものと位置づけるようとするならば、その抜本的な改善が不可欠であるといわねばならない。そして、そのような見直しのなかで、学校管理規則において教科書に関する規定を存置する必要性そのものを検討の余地があるように思われる。
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