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TITLE:  教育の国際化を問う
AUTHOR: 木村 陽吉
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第115号(1992年2月)
WORDS:  全40字×129行

 

教育の国際化を問う

 

木 村 陽 吉 

 

はじめに

  去る1月15日NHK主催「青春メッセージ'92−全国4、000人の中から選ばれた10人の熱いメッセージ」に於いて、最優秀賞に輝いたのは、神戸朝鮮高級学校1年生16才の金有美さんであった。

  「お会いしませんか」の標題のスピーチは全国的に大きな感動と反響を呼び、1月19日NHK「サンデー・ワイドきんき」は、金有美さんとの対談を茶の間に流した。

  生徒たちの出入りの多い店にある雑記帳に書かれた日本人生徒の差別的落書きに端を発し、朝鮮人生徒グループと日本人生徒グループの交互の紙上論争が何日も展開された。そのピリオドを打ったのは、「失礼なことを書いた人を同じ日本人として恥ずかしく思うが、朝鮮人強制連行の責任は今の私たちには無い」旨の一文。それから受けたショックが動機となり、日本の人々と真の友好関係を築き未来に生きるためには、まず打ち解けた話し合いを訴えたかったとのことである。チマ・チョゴリ姿の少女の民族的アイデンティティは、どうして培われたのかと考えさせられた。

 

(1) 「国際化」の視点

  在日外国人登録総数1、075、317人、内韓国・朝鮮人687、940人(64%)1990末法務省調査、この数字から在日韓国・朝鮮人の市民的権利と教育への権利(学習権)の保障程度の如何は「足元の教育の国際化」のバロメーターといえよう。身近ない民族と異文化の問題をなおざりにした「国際化への対応のための改革(臨教審最終答申)」に終わってはならない。

 

(2) 首相の施政方針演説の落とし物

  今年1月23日の国会で宮沢首相は、「アジア・太平洋地域の人々は、過去の一時期、わが国の行為によりたえ難い苦しみと悲しみを体験されました。私は、ここに改めて深い反省と遺憾の意を表します」と述べた。国会で謝罪を表明したのは歴代首相で初めてだそうだが、侵略、戦争、植民地、虐殺、強制連行などの歴史的事実の的確な表現を避け、しかも、その罪の償いには何ら言及しなかった。

  ヴァイツセッカー大統領の連邦議会における「ドイツ敗戦40周年演説」とは雲泥の違いを世界の人々に印象づけたのではなかろうか。

 

(3) 植民地支配の清算と在日韓国・朝鮮人の市民的権利状況

  1952・4・28平和条約の効力発生、外国人登録法公布施行、在日朝鮮人は日本国籍喪失とされ、指紋押捺・外国人登録義務づけ。その2日後、戦傷病者戦没者遺族援護法施行、更に次々と13種類の立法により、日本人のみに戦後補償実施、最近の国家支出年額約2兆円。

  他方、植民地支配と戦争等により日本人以上の犠牲・被害をうけた朝鮮人は国籍を理由に排除されたままである。

  1965、「日韓基本条約」「日韓法的地位協定」「日韓財産及び請求権協定」締結、日本政府は3億ドルの無償供与、以後韓国との賠償請求権問題は決着済みと主張。最近元軍人、軍属、強制連行や従軍慰安婦などの被害者が日本に国家補償請求訴訟提起。政府は裁判の成り行きを見てからという態度である。

  たとえ国家間の協定により賠償請求権が放棄されたとしても、被害者個人の国家補償請求権まで消滅することにはならない。被害者の国籍のある国家が加害国家に対して、被害者に専属する補償請求権の外交的保護ができないだけであろう。

  政府は、ドイツの戦後補償、日系人強制収容に対するアメリカやカナダ政府の補償を謙虚に見習うべきである。

  もう一つ腑に落ちないことは、最近の日朝国交正常化交渉でも、1910年の日韓併合条約の合法説を主張していること。また、日韓基本条約上韓国は朝鮮半島唯一の合法政府とは解釈できないのに、中立的立場をとらず日本のパスポートの「except North Corea」が象徴する差別政策をとり続け、米ソ冷戦時代終結後も速やかな対応をしないことである。

  憲法が保障する人権規定は在日外国人にも適用されるのが原則である。特に在日韓国・朝鮮人は植民地支配の歴史的経緯により、在留を余儀なくされた人々とその子孫であるのに、韓国籍と朝鮮籍の違いだけで同胞分断の差別政策を支配に利用してきた。

  しかし、国際的圧力と市民運動の盛り上がりにより、’79年国際人権規約、’82年難民条約批准後、国籍条項撤廃、公社・公団住宅入居、公庫融資、児童手当年金受給等の、社会保障面での一定の改善が実現した。

  永住資格を有し、納税の義務も果たしている住民であるのに、内外人平等の原則も生活保護法の運用には及ばず、また地方公務員法に国籍条項はないのに、「当然の法理」という陳腐な行政解釈により制約をうけている。

  教員採用試験の受験を認める地方教育委員会は多いが、文部省の干渉により、教諭任用は希で常勤講師止まり。国公立大学外国人教員任用法により90・7・1現在外国人教員数は134人に増加してきたが、日本人と同様任用期間制限のないのは10人。大半の大学管理期間(教授会)による差別とのことである。

  日立就職差別裁判は勝訴したが、いまだに民間企業への就職の門戸開放は遅々としている。

  人権擁護弁護士を志し司法試験に合格しても、最高裁は’77年まで国籍差別をしていた。憲法の人権尊重と民主主義は建前だけである。

 

(4)民族教育

  民族は共通の言語、習俗、歴史や文化をもった人間集団であるから、在日韓国・朝鮮人が誇りをもって生きるためには、権利としての民族教育は当然のことである。

  国際人権規約は、民族自決権を認め、少数民族が他の国家構成員とともに民族教育を受ける権利、学校設立・学校選択の自由を認めている。また子どもの権利条約も差別を禁止し、少数者の権利を認めている。

  京大教育学部比較教育学研究室の、日本の学校に子どもを通わせている親の民族教育意識調査結果では、本名で通学している子どもは少ないが、子どもの将来については、国籍不変(約54%)よりも、民族意識保持(約64%)の願望が強くあらわれている。ちなみに、帰化して日本人になることを望む親は5.7%と少ない。注、日本名使用、10指指紋押捺、経歴調査等帰化手続きの人権侵害性、帰化後の社会的差別問題。また、日本の学校の民族教育は不十分約64%、日本の子どもとともに教えるべき約82%で暗に日本の子どもの差別意識が社会的に再生産されているのを批判している。日本の学校へ通わせる主な理由は、日本永住、将来大学進学資格、就職、経済性等、裏を返せば、1948年の民族学校閉鎖命令、血の弾圧。平和条約発行後も2つの文部省通達(地方自治体あて、@民族学校は学校教育法上の学校と認むべきではない。A大学入学資格を与えるべきではない。)を今日まで撤回せず差別扱いをしているからである。海外の日本人学校援助政策並に手を差しのべられないのか。

  実際は知事認可の各種学校として、総連系154校民団系11校に約2万人が学び、国立大はないが、公立大と私大のうち108校(91・1月現在)が朝鮮高級学校卒に入学資格を認定している。

  現今の文教政策は「単一民族国家」観の元中曾根首相諮問機関の臨教審答申に依拠している。帰国子女への対応、外国語教育の見直し、留学生の受け入れ等の「国際化」を推進しているが、小学校段階から日の丸と君が代を義務づけ「天皇についての理解と敬愛の念を深める」国粋化の線が濃厚である。’82年侵略隠蔽の教科書検定が国際問題となったが、その後の学習指導要領には「侵略」の文字も見えず過去の戦争責任問題回避。従って、アジア諸国の教科書とは大差が見られる。歴史的にも地理的にも最も関係の深い朝鮮との関係史が軽視され、在日韓国・朝鮮人問題を正しく理解する基本姿勢が欠如している。 奈良教育大田渕五十生教授、愛知県立大田中宏教授の調査結果に見られる大学生の惨たんたるアジア、特に韓国・朝鮮問題認識程度の淵源もそこにある。

  このような中で、近年大阪府、奈良県、神戸市などの地教委は「指導指針」を出して改善の方向を示した。学校現場でも、大阪市外国人教育研究協議会の先進的取組みに学ぶほか、高校の選択科目に朝鮮語を取り入れるなど注目すべき実践例はある。しかし全国的に見れば、受験体制下微々たる状況と思われる。

 

おわりに

  冒頭の金有美さんの受けたショックは、日本の子どもすべてに対してではない。「私たちが責任を引き継がなくて誰が責任を負うのか」という子どもも育っているし、そのような教育責任が教師に問われている。

  経済大国の紙幣から伊藤博文は消えたが、現在の「お札の3人組」は「脱亜入欧」の明治の顔、経済繁栄の「メダルの裏」には、アジア諸国や他の発展途上国があり、日本への全留学生、45、066人のうちアジア地域が91.8%、41、346人にのぼる(91・5月文部省調査)。外国人労働者の子女も増加の一途である。

  「過去に目を閉ざす者は現在にも盲目となる。」過ちを繰り返さないために、教育の国際化は足元からはじめなければならないのではなかろうか。

 

<主な参考資料>
・田中宏著「在日外国人」岩波新書1991
・京大教育学部比較教育研究室著「在日韓国・朝鮮人の民族教育意識」明石書店1991
・田渕五十生著「在日韓国・朝鮮人理解の教育」明石書店1991
・徐龍達編著「韓国・朝鮮人の現状と将来」社会評論社1987
・飯沼二郎編著「在日韓国・朝鮮人」海風社1988
・床井茂編著「いま朝鮮人の人権は」日本評論社1990
・民族名をとりもどす会編「民族名をとりもどした日本籍朝鮮人」明石書店1990
・伊藤亜人他監修「朝鮮を知る事典」平凡社1986



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