◆199612KHK169A1L0202H
TITLE:  府立学校の管理職選考をめぐる諸問題
AUTHOR: 尾崎 俊雄
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第169号(1996年12月)
WORDS:  全40字×202行

 

府立学校の管理職選考をめぐる諸問題

 

尾 崎 俊 雄 

 

 はじめに

  色々な教育課題を抱える学校現場において、管理職の評判が芳しいという話はあまり聞こえてこない。またいじめなどの事件の際マスコミに登場した管理職はあまりにも不様であった。管理職の立場上仕方のない側面もあると思われるが、行政の管理職に対する位置づけが現場の意識とズレていることや管理職選考の在り方に何らかの問題点はないのだろうか。

  教員個人の生活やプライバシーに深い係わりを持つ人事問題であるだけに、これまで教員の間でも本格的に論じることを避ける傾向があったようだ。しかし、教員の人事は教育条件の重要な要素であり、その観点から管理職選考をとらえ直すことも必要なことであろう。ここでは現状の管理職選考が持つ問題点を、勘違いや誤解が生じることの可能性を承知の上で、あえてそれを恐れずに記述して報告としたい。なお管理職選考については文献も少なく、不明な点も多い。内容についての反論や批判、間違いや不備の指摘を是非お願いしたい。

 

1.学校における管理職

  この報告でいう管理職とは、学校教育法第28条に規定された校長と教頭を差し、指導主事については教育公務員特例法第2条で専門的教育職員とされ教育公務員ではあるが、一応学校における管理職からは除く(充指導主事についてはその選考過程に特に問題があり、後に触れる)。

  学校教育法第28条は「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」と規定している。この校務とは学校の運営に必要な校舎等の物的施設、教員等の人的要素及び教育の実施の三つの事項につきその任務を完遂すために要求される諸般の事務を指す(東京地裁昭和32年8月20日)。とはいうものの校長が独断的にこれらの事務を行なうことを認めるものではなく、学校の自治、教師の教育権、子どもの教育への権利の観点から一定の制約の下にあることは当然であり、むしろ校長の校務は、学校の自治等の目的のためにこそあると見るべきであり、それを抑圧するような校務、所属職員に対する監督はおよそ教育法学的には考えられない。

  この観点から、学校の自治の原則にもとづいて子どもの教育への権利を実現することに対応する教師の教育権を保障することが最も重要な職責であり、管理職はまさに教育職であるといえる。しかし、管理職選考の在り方によるものか、個人の意識によるものかは別にして末端教育行政としての管理職の性格がより強まっているように感じられる。この辺りも管理職の評判が芳しくない一因であろうか。末端行政として機能していることは学校に権限による命令・服務という行政の論理を持ち込んでいることであり、具体的には学校行事で職務命令によって日の丸を掲揚させることなどがある。しかし教育は本来、非権力作用であるとされ、もとより子どもの教育への権利や学校の自治を実現するためではない職務命令など不当なものである。たしかに管理職に求められる教育職としての性格は一般教員のそれとは異なる部分もあろうが、行政の末端として管理職を考えることはより無理のあることである。

  しかし、行政当局はこのような認識を持っていないようだ。管理職に対して行政の手足として行動することを求めている。このような管理職は教育の専門家としての教員にとって魅力的な、やり甲斐のある仕事だろうか。たしかに得る賃金には管理職と一般の教員の間に大きな格差が設定されている。またその地位を欲する人がいるのも事実であるが、教育への情熱に溢れ、高い識見を持つ教員が、行政当局の求める管理職に対して魅力を感じていないこともまたよく耳にするところである。

 

2.問われる管理職の資質、責任能力

  行政当局も最近は、管理職の資質や指導性について「学校の総括的な責任者として、教職員の指導に当たるべき校長と、これを補佐すべき教頭等については、高い識見と管理能力が要請されるため、その人を得ることが重要である」と府立学校人事基本方針で述べているように、ことある毎に強調するようになっている。行政のいう管理職の指導性の中身については厳しく検討する必要がある。行政の強調する指導性とは、正しく間違いのない行政の政策を、またある時には先取りして、学校現場や地域の切実な要求に反しても、実行することであり、学校や地域の実情にもとづいて教育委員会や校長会で発揮される指導性ではないことに特に留意する必要がある。それは高い識見に裏付けられた真の指導性ではなく、指導性を発揮する動機は自己利益に忠実であることにすぎないことを証すものであろう。管理職選考の目的は高い識見に裏付けられた真の指導性を選考基準に照らして判定することであり、行政に無批判に追随し、自己利益へ忠実な者を選ぶことではないはずである。すなわちそのような者は教育の基本的な原理から考えて、教員としてあるいは管理職としての責務を完遂する責任能力に欠けるというべきである。次に管理職選考の現状を概観する。

 

3.管理職選考の現状

A.府立学校における校長選考フロー

時 期    
9月〜   教育委員会での校長選考対象者の選定作業
    校長からの意見聴取などを随時実施
11月7日   第一次選考の実施 論文テスト
12月7日   第二次選考 面接
    11日    
2月〜   教育委員会での校長候補者の選定作業
3月31日   校長任用者の発令

       受験者数…125人
       昇任(合格者)数…34人

                     大阪府教育委員会教職員課提供

@選考の範囲

 学校長から意見聴取しながら管理職選考対象者の選定作業を行ない、選考対象者についてのみ一次・二次選考を行なう。そして教育委員会で候補者の選定作業を経て任用者を令するようである。しかし、本来は選考対象者の選定作業から教育委員会での候補者の選定作業までの一連の流れを選考過程と捉えるべきである。にもかかわらずあえて選考を一次の論文テストと 二次の面接に限定しているのは、教育委員会が選定作業と呼んでいる過程は本来の選考の趣旨からはずれていることを自覚しているからかもしれない。    

A選考対象者の選定作業

  学校長が有資格者のなかからヒアリングを行い、その結果を教育委員会が意見聴取して選定する。ここで重要なのは学校長が誰についてどのような意見を述べるかということである。実際には、校長の推薦を受けた者だけが選考の対象となるのである。その際の基準は明確なものはなく、閉鎖的であるため恣意的な運用の存在を否定しきれず、学校現場に歪みをもたらし、情実人事を生む背景となっている。

B教育委員会での選定作業

  二月以降の候補者の選定作業の位置付けも曖昧である。もしこれを選考の一環ではないとすると、一次・二次の選考結果を受けての任命権の行使の一段階と見るほかない。しかし、実際には選考の最終段階と見るべきだろう。ここにも選考権と任命権の混同している現状がある。

 

B.管理職選考と教員採用選考との比較

  教員採用も教育公務員特例法第13条にもとづき任命権者である教育委員会の教育長が選考を行い、教育委員会が任命することになっている。そして選考は人事院規則第44条に則って行なわれなければならない。管理職選考はそのフローを見てもわかるように、受験するためには校長のヒアリングを受け、実質的な不明朗な「予備選考」に合格することが必要である。これに対して採用選考では選考対象は受験書類の記載事項と試験の結果だけであり、教諭免許状を所持する者に完全に開かれている。管理職選考と採用選考がその方法において異なるのは当然のことであるとしても、その不明朗性や透明性の低さについては、それを必要とする具体的根拠を説明する責任が選考主体である教育長には負わされていると考えられる。このように採用選考と管理職選考を比較検討することは、両者の持つ問題点を明らかにしていく上で有効であり、詳細な研究が待たれる。

 

C.選考対象者の選定

  上記のように選考対象者の選定は極めて不明朗ななかで行なわれている。具体的には校長や選考担当の管理主事との個人的な人間関係や出身学校別のいわゆる学閥、官製研修を通じて培われた人脈などの教育的力量とは無縁などろどろとした話を聞くことがあるが、それを否定するだけの事実は明らかになっていない。選考対象者の選定にこのような要素が係わっているとすれば、学校現場にも色々な良くない影響をもたらしていることが考えられよう。

 

D.選考過程全体の密室性

  人事は、個人のプライバシーにも深く係わることであり、公開すればそれだけで良いというものではない。しかし、現状はあまりにも透明性が低く、個人のプライバシーに関係のない情報もその存在も含めて非公開であることが多い。第一に選考がどのような手続きで行なわれるかについて定めた実施要綱にあたる文書が公開されていない。行政の一行為である以上、法令にもとづいてその運用手続きを定めているはずであり、公開しない理由は、適正な手続きであるかぎり考えられない。

  また、管理職の選考が人事院規則第44条に則って実施される以上、選考基準が何らか形で存在しているはずである。行政当局は選考基準の公開要請に対して人事基本方針の校長および教頭の人事の一部を示してきたが、それは「学校の管理運営は、全教職員の一致協力によって成果をあげうるものであるが、特に学校の総括的な責任者として、教職員の働に当たるべき校長と、これを補佐すーべき教頭等については、高い識見と管理能力が要請されるためその人を得ることが重要である」という文書であり、あまりにも浅薄なものと言うべきである。これとは別に選考基準が存在していると考えられるが、公開をすることをためらわせる理由はどこにあるのだろうか。

  次に選考試験の問題を具体的に検討する。

 

4.論文テストの問題について

(1) 問題の杜撰さ

 別紙に掲載しているだけでも、指導主事と教頭の問題は93年度、94年度ともに三問中二問が同じ問題であり、93年度と94年度の指導主事の問題は三問中一問がほぼ同じ問題である。このような問題の重複がわずか三問の問題で生じるという杜撰さは選考全体の信頼性を失わせている。             

(2) 問題の内容

  府立高校在職者を対象とする93・94年度の一八問中、文部省通知や府立学校に対する指示事項などを前提とした教育課題についての問題が七問、教員管理に関する問題が六問、一般的な教育課題に関する問題が五問である。                  これらの問題は教育理念の深さや教育実践の蓄積よりも行政文書や教育法規の行政解釈に精通していることを問うものであり、教育者としてあるいは学校教育のリーダーとしての管理職の選考試験というより行政の末端管理職の試験問題というべきでろう。この傾向は、教育者としての管理職の質の低下を招き、学校現場で一般教員と教育について深い論議のできない管理職を生み出し、強権的な学校運営が常態化していく危惧を抱かせるに十分である。

  教員管理に関して、主任制や職務専念義務・校長の職務権限など微妙な問題が出題されあなたの考えを述べよという出題形式が多いことから、これに答えることが受験者の思想調査の側面を持つことは否定できない。また、文部省通知や指示事項・学習指導要領など行政の示すものについてはその正当性を前提とした問題であることを考えると「踏絵」として機能していることも指摘せざるをえない。

 思想調査や踏絵がいけないことは誰でも知っている。当局者はそのような意図はないと言うかもしれないが、結果としてその機能を果たしている。これに反発しない受験者、反発していないように装うことができる受験者だけが合格するのだろうか。       

5.その他の管理職選考をめぐる問題

(1) 指導主事からの管理職への任用

  毎年、指導主事が校長・教頭試験を経ることなくその職に任用される例が相当数ある。指導主事は教育公務員であるが、教員ではなく、教育委員会にあって行政職と同様の職務に就いている者も多い。彼らはその際、教育とその周辺への理解を広げるとともに行政当局の学校や教員に対する考え方に馴染んでいくのである。

  さらに問題なのは充指導主事の存在である、彼らは、学校に籍を置きながら指導主事としての職務を学校を離れて行なう。彼らは選考試験を経ずに教員の中から任用され、やがて「充」が外れ指導主事となり、校長や教頭として学校現場に戻っていく。言わば管理職への裏コースであり、その選考から任用に至る手続きはまったく不明である。

(2) 教員構成の歪みによって生じる問題

  97年度大阪府高校教員採用選考の最終G判定者は全教科で43人であり、こり新規採用数の少数傾向はここ数年維持されている。その結果、教員の年齢別構成は大きく歪んできている。学校数が現状のままであるとすると、将来管理職の絶対数が足りなくなったり極端に若年教員の管理職任用あるいは行政職の管理職任用が実施される可能性が生じている。特に行政職の管理職任用は学校教育法上不可能ではないが、恣意的に運用されれば、教育の自治は重大な危機に直面することになろう。教員の年齢構成の歪みは将来の管理職人事に影響を及ぼすだけでなく、現実の教育内容にも困難をもたらしている。にもかかわらず、この状況を放置していることは管理職を含む教員人事を教育行政の本務である教育条件の整備としてとらえていないことを示しているといえよう。

 

6.教育統制の手段としての管理職人事

  現行の管理職選考のフロー、選考試験の問題、選考手続きの不明朗さ、採用選考の現状どを俯瞰すれば、教育行政にとって教員人事は学校教育を統制する手段であり、特に管理職人事はその根幹であるということが見えてくる。管理職人事を教育条件の整備の一環であるという認識に立ち、現状を改めていくためには、管理職選考の運用手続きを公開し、密室性を排除すること、また管理職の責任能力について研究を深め適正な選考基準とそれにもとづく試験問題の作成すること、学校現場の意思が反映するシステムを選考に導入することなどが考えられる。

 

《注》

選考(人事院規則第44条) 競争試験以外の能力の実証にもとづき教員としての職務遂行能力の有無を選考基準に照らして判定するものであり、経歴評定、実地試験、筆記試験その他の方法で行なうことができる。

昇任の方法(教育公務員特例法第13条) 教員の昇任は選考によるものとし、…任命権者である教育委員会の教育長が行なう。

 


Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会