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◆199802KHK176A1L0215HM TITLE: 大分講師裁判判決をめぐって AUTHOR: 尾崎 俊雄 SOURCE: 大阪高法研ニュース 第176号(1998年2月) WORDS: 全40字×215行
尾 崎 俊 雄
「大分講師裁判判決」について 1997年6月4日に大分地方裁判所で言い渡された臨時的任用の講師をめぐる裁判の判決「平成7年(ワ)第5号損害賠償請求事件」について、主に任用行為の違法性に関して報告する。
Y講師は、大分県教育委員会よりH小学校に学級担任として臨時的任用された。原告は、Y講師に体罰等の違法な指導(25項目の具体例を示す)を受けたとして、その不法行為に対する損害賠償と、大分県教育委員会のY講師の違法な任用で適法な任用によって公務員となった公務を受けるという利益が侵害されたとしてY講師の任命権者である大分県教育委員会に対して損害賠償を求めた。
Y講師は、大分県教育長により、H小学校の学級担任にあてるものとして、地方公務員法第22条2項、職員の任用に関する規則第39条2号により臨時講師として臨時的任用されたものである。
そこで検討すると、小学校の学級担任は、地方公務員法第22条2項所定の「臨時の職」とも職員の任用に関する規則第39条2号所定の「臨時的任用を行う日から1年以内に廃止されることが予想される臨時の職」ともいえないから、これらの法令を根拠としてした臨時的任用は違法であるといわざるをえない。(名古屋高等裁判所平成3年2月26日判決参照)
そして、地方公務員法は職員の任用について厳格な規制を設けており、その趣旨には厳格な任用規制により住民の福祉を実現しようという目的が含まれていると理解できるから、住民が適法な任用によって公務員となった者から公務をうけるという利益は、単に地方公務員法が定める任用規制の反射的利益ということはできず、法律上保護される利益と判断されるから、結局、大分県教育長が原告の学級担任となるべき者についてした任用手続きについて、原告に対し不法行為が成立すると考える。
なお、被告は、Y講師の臨時的任用は欠員補充教員としての臨時的任用であり、適法であると主張するが、欠員補充教員として一定期間で任期が終了する教員を採用することが必要であるなら、期限付き任用を行うか、新たに立法措置(もちろん被告独自でできることではないが、被告は立法措置を求めうる公共団体である。)を講じるかいずれかを行うべきであり、地方公務員法第22条2項所定の臨時的任用の制度をそのまま流用することは許されないと言うべきである。
この不法行為にもとづく損害賠償額を検討すると、教員の任用には前記地方公務員法の規制以外に教育職員免許法の規制、すなわち教員養成・教員免許状の制度が設けられており、Y講師は小学校教諭第一種免許状を有して教育職員免許法上の規制には合致していること、Y講師の具体的行為については前項までに検討し、不法行為の成立が認められるものについては既に損害賠償額を定めていることを考えると、この任用についての不法行為にもとづく損害賠償については名目的損害賠償に止めるのが相当であり、金1万円の損害賠償額を定める。
地方公務員法第22条
臨時的任用又は非常勤職員の任用の場合を除き、職員の採用は、すべて条件付きのものとし、その職員がその職において6月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。この場合において、人事委員会は、条件付き採用の期間を一年に至るまで延長することができる。
同条2項
人事委員会を置く地方公共団体においては、任命権者は、人事委員会規則で定めるところにより、緊急の場合、臨時の職に関する場合又は任用候補者名簿がない場合においては、人事委員会の承認を得て、6月をこえない期間で臨時的任用を行うことができる。この場合において、その任用は、人事委員会の承認を得て、6月をこえない期間で更新することができるが、再度更新することはできない。
教育公務員特例法第13条
校長の採用ならびに教員の採用および昇任は、選考によるものとし、その選考は、大学附置の学校以外の公立学校にあってはその校長および教員の任命権者である教育委員会の教育長が行う。
地方教育行政の組織及び運営に関する法律第34条
教育委員会の所管に属する学校その他の教育機関の校長、園長、教員、事務職員、技術職員その他の職員は、この法律に特別の定めがある場合を除き、教育長の推薦により教育委員会が任命する。
臨時の職
地方自治体が臨時的な業務の忙しさにより職員を任用する必要が生じた時がこれに当たる。例えば、特別な調査の集計作業にどうしても人手が必要であり、アルバイトの職員を臨時に任用する場合などである。
反射的利益
行政法上、法の規律または行政の執行の結果、その反射的効果として私人に生じた一定の利益。例えば、営業許可制度によって許可営業者が顧客争奪から保護される利益等がこれにあたる。私人の公権とは異なり、行政処分が反射的利益を侵害したとしてもその取り消しを請求できない。
欠員補充教員
一般に定期人事異動による転出などによって本来の定数に比較して教員数に欠員が生じた場合、臨時的に任用される教員。産育休の代替教員については、それぞれ女子教職員の出産に際しての補助教員の確保に関する法律、義務教育諸学校等の女子教育職員及び医療施設・社会福祉施設等の育児休業に関する法律が適用されるので、地方公務員法第22条2項は適用されない。
期限付き任用
地方公務員法第17条1項による期限付き任用。恒久的な職については、特別の事情がなければ、雇用期間を限定した職員の任用は適当ではないと理解され、一般職に属する職員の期限付き任用は一般に禁止さているとされる。
(1) この判決では、大分県教育長がY講師を臨時的任用を行ったとしているが、任命権者はあくまでも県教育委員会である。教育公務員特例法第13条では明らかでない部分も残るが、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第34条、任命権者に対する校長の意見具申権(同法第36条)、県費負担教職員については市町村教育委員会に内申権が認められていること(同法第38条)等を考えあわせると、このケースの任用の主体は教育長ではなく大分県教育委員会であり、選考権は教育長に属すると考えられ、選考権と任用権との混同が見られる。なお、教員の任用は事務決裁規定により教育長に決裁権意思決定がすべて内部委任される専決に属しており、実質的には教育委員会事務局が行っている。
また、判決はY講師が大分県教育長によってH小学校の学級担任にあてるものとして臨時講師として臨時的任用されたと認定している、しかし講師の任用それ自体は実質的にそういうことが妥当なこととしても、学級担任にあてるかどうかは学校内の問題であり、その権限は学校を代表する校長に属すると考えられる。
(2) 地方公務員法第22条2項によれば、人事委員会の承認があれば次の場合地方公共団体は、職員を臨時的に任用することができる。@緊急の場合、災害その他重大事故等の際、正規に職員を任用することができず、しかもその職員の職を欠員にしておくことができないような緊急の場合がこれにあたる。A臨時の職に関する場合、任用を行ってから一年以内に廃止されるような臨時の職に関する場合である。B任用候補者名簿がない場合、人事委員会が競争試験を行わず、任用候補者名簿がない場合や名簿に記載された受験者がすべて任用された場合等がこれにあたる。小学校の学級担任という職は以上のどの場合にも該当せず、そもそも地方公務員法が想定している臨時的任用の範疇に含まれるとは到底考えられない。名古屋地裁の判決においても、「欠員補充教員の職務内容は本務の教員と何ら変わるところがなく、主として将来における過員の防止等人事構成の適正化という政策目的のために欠員補充教員をしてこれにあたらせるものであり、この欠員補充教員を地方公務員法第22条2項の臨時の職と見るのは相当ではない。したがって、この欠員補充教員の採用を地方公務員法委22条2項による臨時的任用の形式において行ったこと自体に無理があったと評さざるをえず、そのため本来例外であるべき臨時的任用の更新を原則的なものとせざるをえなかったということができる」と判示している。
本件についても学級担任に臨時的任用の教員をもってあてようとした県教育委員会の意図は将来の過員対策という政策目的にあることは明らかである。結果として政策的利益よりも現に教育を受けている子どもが適法な任用によって教員となった者から教育を受けるという利益を優先させるということになる。
(3) 判決は、「臨時講師」という用語を使用している。臨時的任用の教員を一般的に臨時講師と呼んでいるのなら、この表現は必ずしも適当ではない。たしかに多くの都道府県では常勤の教員を講師として臨時的任用している。しかし臨時的任用=講師というわけではなく、各都道府県教育委員会の判断で臨時教諭として任用することも可能であるその場合、給与表の2級が適用され給与の頭打ちがなくなる。実際、広島等いくつかの県で「臨時教諭」が任用されている。
(4) 被告県教育委員会は、「Y講師の任用は欠員補充教員としての臨時的任用であり適法である」と主張しているが、欠員補充教員がなぜ地方公務員法22条2項に該当するのか、あるいは現実にどのような不都合が生じるか等重要な点でまったく立証しようとしていない。名古屋高裁の判決の一部「臨時教員の法的な位置付けとして違法とまではいえない」を過大に評価していたのかもしれないが、名古屋市では一審判決以来、地方公務員法第22条2項による任用を止め、第17条の期限付き任用に切り替えている。
(5) 第17条の期限付き任用にすれば、たしかに本来例外であるべき臨時的任用の更新を原則的なものとしているような事態を解消することはできるかもしれない。しかし、地方公務員法には期限付き任用を禁止する明文規定はなく、学説も分かれるところであるが条理解釈上禁止していると見ることができる。なお最高裁判例は、地方公務員法第22条2項による臨時的任用とは別に合理的な理由があれば同法第17条による期限付き任用は可能であるとの立場から、期限を付すことに厳格な条件を求めている。すなわち、行政上の特段の事情があり、さらに職員の身分保障、自己の職務に専念させるという地方公務員法の趣旨にに反しない場合に限定しているのである。
このように地方公務員法第17条による期限付き任用は表面的には違法状態を解消するかもしれないが、問題の本質をよりわかりにくくすることになろう。そして教育基本法が教員の身分保障を一般公務員以上に要請していることを考えあわせると、安易な脱法的行為を推奨しているとの批判を免れないであろう。
(7) 判決は、教員の任用には地方公務員法の規制の他教育職員免許法の規制を受け、Y講師は小学校教諭一種免許状を有してその規制をクリアしているという。しかしかれの実際の指導はその違法性の有無は別にして、その専門性に言及する以前のものであったと言わざるをえない。教育行政の当局者も指摘するように、現実には教諭免許状が教職の専門性を部分的・一面的にしか公証していないことは否定のしようがない。それと同様に都道府県の教育委員会が実施する教員採用試験に合格することがその専門性を公証していないことも、その試験内容・実態を見れば明らかである。被告県教育委員会の主張が法律の解釈だけで教員人事の実態に踏み込まない淡泊なものであったのは、こうした背景があったからではなかろうか。
(8) この判決後、県教育委員会は判決が誤った法解釈と重大な事実誤認にもとづくものであり、とうてい承服できないとして福岡高裁に控訴した。もし臨時教員が学級担任を勤めていることが違法であるとされれば、大変なことになると県教育委員会当局者がのべているように大阪府を含めてその影響は極めて大きい。大分県では中学200人、小学校90人の臨時任用が違法状態におかれることになる。
(9) このケースでは学級担任の臨時的任用について違法という判断が示されたが、学級担任以外の教員であればどのような判断が示されたであろうか。一般に中学・高校では臨時的任用の担任はいない。臨時教員が学級担任を受け持つのは小学校だけである。これは小学校の担任よりも中学・高校の担任がより高度の教職専門性を求められているということではなく、単に教科担任制かどうかの差によるものである。このように考えると基本的には学級担任に限らずすべての臨時的任用は違法の可能性を否定できないということになる。
(1) 教職専門性の未確立と危機感の欠落
地元紙大分合同新聞によると、教職員組合は「学校には正規教員を配置すべだ」と支持する一方で「判決は臨時講師が劣るといっているようだがそんなことはない。意欲ある先生が多いのは確かだし、現状では臨時講師を抜きにすれば学校運営はできない状態にある」と指摘している。大分市内のある学校の教諭は「学校現場の実体を知らない判決だ」という。ある小学校の校長は「学級担任は、結局は担任する一年間の指導が勝負。臨時だからといって、正規の教諭と遜色はない」。別の校長は「採用試験にしても結果として合格、不合格があるだけで、免許を持つ先生であることに変わりはない」と話しているという。またある保護者は「たしかに臨時という言葉を聞いて、普通の先生よりワンランク下に見る気持ちがないわけではない。大丈夫かなあと。でもこれまで上の子も担任が産休で臨時講師に代わったが、熱心に指導してくれた」。別の保護者は「別にどうこう感じない。正規の教諭だろうと、臨時だろうと、結局は個人の資質でしょう。正規の教諭でも暴力を振るう人はいる」と話しているという。
ここでとくに注目すべきことは、教師には専門的力量が必要であるとか、教職の専門性の内容についてだれも言及していないことである。教職専門性とは何かについて教授技術などに熟達するという観点以外では、明確に意識されてこなかった。教職は学校において複雑な文脈で複合的な問題解決を行う文化的社会的実践の領域であるとすれば、一般的な教職専門性を断面的に切り取って提示することは不可能なことかもしれない。
また教職の専門性を教師個人の資質に還元してしまう傾向も読み取れよう。教育関係者以外の一般の人にこの傾向は強いが、教師の間にも見え隠れしている。教育実戦は、個人的なものでも、一年間だけのものでもなく、教師間、こどもと教師あるいは地域保護者を含む複雑な関係のなかで長期の見通しをもってなされれるものである。教職の専門性はそれらをふまえて構想されなければならない。
しかし自らも教師であり、しかも指導的立場の校長や教職員組合が教職専門性という観点から考えたコメントをしていないのは、まさに自己否定以外のなにものでもないであろう。この現状は教職専門性それ自体の未確立とそれに対する危機感の欠落を意味しているのかもしれない。このような状況では、民間企業との人事・研修交流は学校教育全体にとって大きな危険を孕むものであろう。
(2) 臨時教員へのまなざし
もう一点指摘しておかなければならないのは、臨時教員にそそがれるまなざしについてのことである。学校現場は「臨時教員頼り」といいながら、ほとんど無権利の状態におかれている実態について教育行政はもとより少なくない教育関係者が関心をよせていないように見えるのはなぜだろうか。その原因を当人の資質や人間性に求めることは正しくないし、有益なことでもない。学校内において教職員のあいだで学校内民主主義の根幹である同僚的関係が失われ、官僚主義的な学校運営が常態化していることにこそ真の原因があるとみるべきだろう。そのような学校現場では、一年足らずでいなくなる臨時的任用の講師は無関心という冷淡なまなざしをうけることになる。臨時教員をめぐるこのような実態は、学校教育の危機的状況を象徴しているといえる。
(98/01/10)
《参考文献》
別冊ジュリスト教育判例百選(第三版)176項
別冊ジュリスト公務員判例百選20項
教育法学辞典272項
教師というアポリア 佐藤学 世織書房
大分合同新聞 97年6月8日朝夕刊
行政法学 兼子仁 岩波書店
エデュカス 大月書店 94年4月
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