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TITLE:  学校の変化をとらえる理論の構築に向けて
AUTHOR: 原田 琢也
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第195号(2001年4月)
WORDS:  全40字×251行

 

学校の変化をとらえる理論の構築に向けて

 

原 田 琢 也

 

 はじめに

  この20年ほどの間、学校は常に社会の批判にさらされてきた。校内暴力、いじめ、不登校、そして学級崩壊。新聞に学校に関する記事が載らない日などないといっても、過言ではない。そういう状況の中、文部省主導の上からの教育改革が進められている。矢継ぎ早に新しい教育政策が生み出され、それらが学校現場に次々に降ろされてくるのだ。しかし果たして、これらの改革はうまくいっているのだろうか。私は中学校の教師でもあり、これらの政策の移り変わりを身をもって体験してきたのだが、残念ながらこの問いに対しては、否定的な答えを出さざるをえないと考えている。なぜなら、学校を改革するための政策のほとんどが、学校に導入されたとたんに、教師によってねじ曲げられ、無化されていくのを目の当たりにしてきたからである。それは決して、教師の資質や能力の問題だけに帰せられるものではあるまい。もし教育政策の多くが学校の現実から遊離した現状認識をもとにつくり出されているとしたら、それらは学校を変えるどころか、逆に教師の実践の制約となり、教師の実践を通して所与の学校文化を再生産させるように機能していくことになるはずである。学校の改革を促進させるために今求められるのは、学校の改革を阻む学校文化の特質を描き出し、改革への意図が学校文化のプリズムを通して変容を余儀なくされながらも、どのように学校の変化に結びついていくのかその過程を明らかにし、そこから変革志向的なストラテジーを生み出す条件を析出することである。

 

 1.研究の目的と方法

  我が国においては、学校文化と学校改革の関係について論じた研究は少ない。そういう状況の中で、本研究の問題関心から特に注目に値するのが、佐藤学(1994、1999)と酒井朗(1998、1999)の研究である。佐藤は、学校改革を促進させるために、「学びの共同体」を創造し、「教師たちが授業を公開し合い専門家として学び育ち合う連帯(同僚性=collegiality)の構築」が必要だが、現在の学校では「バルカナイゼーション」(バルカン諸国化)が進行しており、教師が同僚性をうまく発揮できないでいることを指摘している。一方、酒井は、日本の教師文化の中には「指導の文化」が醸成されており、それが教師の多忙化を煽り、たとえば「総合的な学習の時間」の導入などの教育改革を推進させていく上での障壁として立ちはだかることを指摘している。「指導の文化」においては、授業やクラブ活動など学校の主たる教育活動の合間に、たとえば「昼食指導」や「登校指導」など「**指導」と名のつく教育活動がぎっしり埋め込まれ、学習指導より生徒指導が重視される傾向がある。

  では、「バルカナイゼーション」や「指導の文化」はどのようなメカニズムで生成され、そしてどのようなプロセスを経て変化していくのだろうか。そのことを明らかにする上で参照すべきは、教師の教育行為研究の蓄積である。この領域においては、当初は「役割」論が中心であったが、「役割」論はしだいに「状況の定義」論にとって代わられていった。「状況の定義」論は、たとえばシコレルとキッセの研究(Cicourel & Kitsuse 1963)やリストの研究(Rist, C.R. 1977)をはじめとする「類型」論と、ハーグリーブスの研究(Hargreaves, A. 1979)やウッズ(Woods, P. 1979)の研究をはじめとする「ストラテジー」論に大別される。

  これら二つの領域はともに、教師の実践と教師文化のダイナミズムを説明するための媒介項となるものである。教師は、様々な制約の中で生じる葛藤を調停しながら、より効率よく職務を遂行するために、一定の類型を通して生徒・児童を認知し、その認知に基づいてストラテジーを放つことになる。ストラテジーは長い期間にわたって多数の教師によって積み重ねられ、時には個々の教師にその類型の修正を迫り、時には強化を迫る。そういう営みを通して、教師集団内部にはしだいに共通の類型が構造化・文化化されることになる。一旦形成された教師文化は、今度は規範として機能しだすことになり、教師文化は個々の教師に相同の類型を持つように迫ることになる。以上の説明をまとめると、「@教師文化→A教師の類型→B教師のストラテジー→C教師文化→D教師の類型→E教師のストラテジー…」という循環がつくりあげられていることがわかる。しかし、この循環は、全く同じ軌道を動いているわけではない。Cの教師文化は、もはや@の教師文化と同じではないのである。ストラテジーは教師文化に束縛される一方で、教師文化を生成しているのである。換言すれば、教師文化はストラテジーによって再生産される一方で、必ず変革されもするのである。このようにストラテジーの持つ意味は両義的である。教師が抱いている「変革への意図」が強ければ強いほど、既成の教師文化との葛藤は大きくなるが、それだけ学校の変革の可能性も大きくなるのである。A中学校の変化の過程をエスノグラフィーとして描出することを通して、変革志向的なストラテジーを生み出すための条件を析出しようと思うのである。

ところで、本研究は「実践家のエスノグラフィー」である。「実践家のエスノグラフィー」には、「専門家のエスノグラフィー」にはないメリットがあることは確かなことであるが、ハマスレイ(Hammersley, M 1993)は、これらの点はそのまま短所にもなりうると言う。確かにハマスレーの指摘は的を射たものである。しかし、大切なことは、それぞれのエスノグラファーが自分のおかれている立場を十分に自覚し、絶えず心の内を内省し、短所を自覚しながら長所を最大限に生かしていくことではないだろうか。筆者は、むしろ、「実践家のエスノグラフィー」と「専門家のエスノグラフィー」という二分法のなかにこそ問題があるのではないかと感じている。「実践家」と「研究者」という二分法は、実践家を研究から遠ざけ、研究者を現場から遠ざけ、結局のところ両者を分け隔ててきたにすぎない。今求められるのは両者の協働であり、現場に根づいた研究である。

 

 2.「指導の文化」の日常世界

  服装・頭髪指導に焦点を当て、「指導の文化」がどのようなメカニズムで構成されているのかを分析するのが本章の目的である。A中学校のエスノグラフィーを通して、服装・頭髪指導には、次のような5つのストラテジーが用いられていることが見えてきた。5つのストラテジーとは、@〈規則の細分化〉、A〈監視〉、B〈見せしめ〉、C〈選別機能との結合〉、D〈理論的裏づけ〉である。これら5つのストラテジーは、それぞれが個々バラバラに機能しているわけではなく、次のように相互補完的に連動しあい、一つの権力装置を形づくっていることが見えてきた。まず、@個々の生徒に、細分化された校則という緻密な「尺度」をあてがい、個々の生徒の逸脱度を測る。そして、A常に監視を行い、Bその尺度の末端に位置したものを「見せしめ」にまつりあげる。C卒業後、彼ら/彼女らには不利な状況が待ち受けていることをほのめかすことにより、少しでも尺度の上位に位置するように促す。しかし、その通りにならない少数の生徒は実際に排除されていく。他の多くの生徒は、その排除されたものを尻目に「あのようにはなりたくない」と思うことにより、ますます「尺度の上位に位置しよう」、「規則を守ろう」と、自ら努力し出すことになるのである。尺度が「身についた」教師、保護者、そして生徒までもが、自発的に他の生徒を監視するようになる。そして@の過程にフィード・バックし、この循環にさらに拍車をかける。D尺度の恣意性が露見しないように、〈理論的裏づけ〉が行われる。うまくいけば、@からCの循環は、永久機関のようにオートマチックに作動しながら徐々に力を蓄え拡大していくはずである。

  では、教師は何故に、このようなメカニズムを持つ「指導の文化」を肥大化させてきたのであろうか。教師は、常に地域や世間の批判的なまなざしにさらされ、学校外から寄せられる期待や要求をできる限り全うすることを余儀なくされている。そしてますます巧みで強くなりつつある生徒の対教師戦略をかわしながら、学校外の期待や要求に応えていくために教師のストラテジーを産出し続けてきたのである。教師は前面に生徒の抵抗、そして背後に同僚、管理職、地域からの批判と、常に板挟みの状態にある。教師は、同僚や地域から批判されたり揶揄されたりしないようにと気を配りながら、生徒の対教師ストラテジーをかわしているのである。

  しかし、教師のストラテジーは、本当に教師自身の生き残りのためだけに産出されているのだろうか。在学中執拗に規則違反を繰り返し教師の指導に抵抗したある卒業生は、意外なことに、校則違反は今をして思えば教師とのコミュニケーションの手段であったと振り返るのである。実は、規則を守らせようとする教師側のストラテジーと、規則を逸脱しようとする生徒側のストラテジーのせめぎあいは、両者の間に横たわる「文化の溝」を橋渡し、両者の間のコミュニケーションを成立させるための機能を負っていたのである。「指導の文化」には、ただ一部の生徒を排除しながら秩序維持を図るだけではなく、むしろ逆に、授業ではコミュニケーションのとれない生徒と、授業外でコミュニケーションを図ろうとすることにより形成されてきた側面があるのである。この点は、ウイリス(1977)などの再生産論者やシコレル(1963)などのレイベリング論者の知見とは、大きく異なるところである。

  では、だから「指導の文化」には問題がないかと言えば、そういうわけではない。一旦肥大化してしまった「指導の文化」は強力な規範力を持ち、個々の教師を捕縛していくことになる。生徒指導重視、教科指導軽視の傾向を持つ「指導の文化」はともすれば、「生徒指導さえしていればいい」という勘違いを教師世界にもたらすことになる。そして生徒指導に多大な時間と労力を傾けざるを得ない状況を作り出し、個々の教師から授業研究や授業準備のための時間を奪い取ってしまっている現実がある。毎日朝から夕方まで準備不十分な授業が提供され、生徒はますます学習に興味を見いだしにくくなっている。皮肉なことではあるが、生徒とのコミュニケーションを維持させるためのストラテジーの蓄積として形成された「指導の文化」のために、今後ますます授業の中でコミュニケーションがとれない生徒が増えていくことが予想されるのである。従来の「指導の文化」に依存している限り、学校・教師はこの悪循環から脱することはできない。

 

 3.学校改革の実践@ ─ 地区生徒のアイデンティティ形成

  ここでは、生徒のアイデンティティ形成を支援することを通して、A中学校がいかに変わっていったかを描写する。アイデンティティに注目する理由は次の二点による。一つは、自己概念は学習意欲と密接に関係しており、自尊感情や自己効力感が高い方が、学習は促進されることになる。よって生徒の、とりわけ学校敵対的なインフォーマル・グループの生徒達のアイデンティティ形成を支援することにより、「指導の文化」が引き起こす悪循環を断ち切ることができるはずである。二つ目は、学習は自己をつくりかえながら環境に働きかけることを通して成立していくものである。よって、生徒のアイデンティティ形成を支援することは、生徒を取り巻く学校内の環境の変化を促進していくことに結びついていくのである。

  本研究では、同和地区生徒(以下「地区生徒」と略記する)のアイデンティティに着目する。A中学校のインフォーマル・グループにおいて、中心的な位置を占めるのは地区生徒なのである。「差別が見えにくくなった」と言われる今日、地区生徒のアイデンティティは非常に曖昧な状態にある。「自分が何ものかが自分でわからない」という状態は、教師や他の生徒との間に葛藤状況を生みだし、不安定な状態をつくり出すことになる。「差別をなくしたい」という教師の主観的な意図にもかかわらず、「指導の文化」は、ディシプリン権力によって、マイノリティの子どもたちを周辺化することにより、再生産を成し遂げている側面がある。従って、マイノリティの子どもたちの異議申し立ては、学校文化の根幹を揺るがすことになりかねないのである。A中学校では、ある夏の地区生徒対象の校外学習の際に、当時2年生の地区生徒A子らが、日頃の自分たちのわだかまりや憤りを教師にぶつけるという出来事があった。この出来事はA中学校の多くの教師にとってはショッキングな事件であったが、今をして思えばこのころを境にして、A子らは自らのアイデンティティを確立していき、またA中学校は大きく方向転換をしていったように思われるのである。A子は、さんざん悩んだあげく、最初は友人との間で、次にクラスでとカミングアウトを行い、「見せかけだけの関係」をつくりかえていくことに成功した。そしてそのような実践を踏まえて、A子は、自らをあえて「部落民」と規定し、それを生きていく上での「武器」だとも形容したのである。一方、A中学校では、従来の生徒指導に見られたディシプリン権力は緩和され、「押さえつける指導」は「考えさせる指導」へと変化し、授業改革の路線が芽生えてきたのである。

 

 4.学校改革の実践A ─ 授業改善の取組

  ここでは、A中学校の英語科で行われたティーム・ティーチング(以下「TT」と略記する)を通しての授業改革の実践について記述する。TTの実践は様々な成果を生みだしたが、授業改革上の課題をも浮き彫りにさせた。

  成果としては、次の6点が指摘できた。@新たな試みにチャレンジできたこと。A指導法の幅が広がったこと。B同僚との信頼関係が培われたこと。C生徒理解が多角的になったこと。DTTだけではなく一人で行う授業も変化してきたこと。EALTとのTTも変化してきたこと。

  課題としては、TTの授業の中に一人で行う授業と変わらない授業が多く存在したことが指摘された。

  以上のような成果は教師集団内のコラボレーションから生み出されていたし、逆に課題はバルカナイゼーションから生み出されていた。A中学校英語科の場合、コラボレーションは次の3つの条件から成立していた。@教師集団のバランスのよい年齢構成。ATTのペアリング上の工夫。B「フロンティア・スクール推進事業」という研究指定制度の活用。一方、バルカナイゼーションは、次の2つの要因からもたらされていた。@「生徒指導派」と「教科指導派」の確執。A多忙化。

  A中学校英語科における授業改革の取組を通して見えてきたことは次の4点である。@「自己概念」への志向性が、生徒を「学習」へと向かわせ、それが「授業改革」の原動力と変化していった。Aコラボレーションは自動的に生じるものではなく、様々な工夫をして人為的に生み出すべきものである。B学校の日常はますます多忙化が進んでおり、生徒指導と教科指導のどちらを重視するのかをめぐって、バルカナイゼーションが生じたり、教員相互のコミュニケーションが分断されがちとなっている。C「指導の文化」を改革していくためには、教師の意識改革と制度改革が必要であるが、制度改革は教師のおかれている客観的条件を改善するものである必要がある。

 

 5.学校を改革するために 

  以上の記述より明らかなように、学校を再生産するのもストラテジーであるが、学校を変えていくのもまたストラテジーに他ならない。本章においては、教師のストラテジーを現状肯定的なものから変革志向的なものへとシフトさせていくための条件についてまとめ、最後にその条件を生み出すための具体的な提言を行った。

  第一に、「バルカナイゼーション」を乗り越え、「コラボレーション」を成立させ「同僚性」を発揮させるためには、何らかの具体的な手だてを講じる必要があるといういことである。特に教員組織の年齢構成が大きな意味を持つことは、例会でも指摘されたところである。

  第二に、生徒の自己概念に着目し、アイデンティティ形成を支援することは、学校改革という観点からだけではなく、学習支援、生徒指導という観点からも最も重要視されるべき課題であるが、現在のところ、学校、家庭、地域という子どもを取り巻く三つのセクター相互の連携が密にできておらず、学校・教師は異なる要請の狭間で身動きがとりにくい状況に追い込まれている。学校を中心に地域の教育コミュニティを築き上げ、学校、家庭、地域が協働して子どものアイデンティティ形成を支援していける仕組みを樹立していく必要がある。

  第三に、両義的な意味を持つ「指導の文化」、「教師のストラテジー」、「生徒の対教師ストラテジー」の変革志向的な側面を引き出していくためには、教師に自分たちのハビトゥス(=類型)やストラテジーを客観的に相対化して見るパースペクティブが形成されている必要がある。教師に、学校現場を一旦離れ異なる文化の中で生活する機会を与えることは、有意義なことだと思われる。

  第四に、校長のリーダーシップが重要な鍵を握っていることが指摘できる。危機的な状況が続く今日の中学校においては、校長はともすれば守りの姿勢に入りがちである。多くの校長にとっては、常に世間やマスコミのまなざしを意識し、なんとか毎日を無難に切り抜けているというのが実情ではないかと思われる。だが、こういう危機的な状況であるからこそ、しっかりとしたビジョンを持ち、攻めの姿勢で教職員をリードしていくことが求められるのではないだろうか。

  第五に、教師間の「コラボレーション」を成立させようとしても、あるいは地域の教育コミュニティを形成しようとしても、今日の教師のおかれているあまりにも多忙な状況の中では、十分な成果をあげることはできまい。学校改革を促進させるためには、やはり教師の多忙さを解消するための具体的な手だてが講じられる必要がある。学級定員の削減が現実のものとなることを強く期待したい。

  最後に、佐藤(1999)や藤田(1999)が指摘するように、現在の教育改革政策は、マスコミによって流布された学校教育に関する常識的な見方や、政治的な思惑にもとづいて策定されているところがあり、必ずしも学校の現実に立脚して策定されているわけではない。現実を無視した教育政策がこれ以上続けられると、それが教師の新たな制約となり、教師のストラテジーをますます現状肯定的なものへとシフトさせていくことになってしまう。今求められるのは、学校の変化をとらえる理論を構築し、それをもとに動態的な学校現実を描き出し、そこから教育改革政策を立案していくことである。そのためには、研究者と実践者の協働が求められるのである。

 

 参考文献


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