◆200604KHK225A1L0389BH
TITLE:  職員厚遇問題と市民活動
AUTHOR: 松浦 米子
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第225号(2006年4月)
WORDS:  全40字×389行


職員厚遇問題と市民活動



松浦 米子 (市民グループ「見張り番」)



 はじめに

  行政監視グループ「見張り番」は、1989年の市食糧費乱脈支出の発覚をきっかけに、怒れる大阪市民約200人が集り結成した団体である。不偏不党の立場で行政の透明性と公正性実現のために、主として情報公開請求、住民監査請求、住民訴訟の制度を是正・追及の方法として活用して運動している。市幹部と一部議員による食糧費の乱脈支出がまかり通り、予算約2.8億円にたいし約7億円の支出を毎年市会で可決してきたのである。数年遅れて、大阪府においても幹部職員の高級料理店とラウンジのセットでの飲食代はもとより、職員の残業の夜食代や昼食代までも周辺の食堂で伝票にサインして、裏金プールした公金から支出するという乱脈ぶりであった。
  見張り番は、大阪市・大阪府の乱脈支出を住民監査請求・住民訴訟で追及し、自治体の損害を回復させてきたが、全国的にも市民オンブズマン活動が広がりを見せ、食糧費問題が「官官接待」という流行語大賞をとるまでにクローズアップされたこともあって、2〜3年のうちに食糧費支出は激減した。現在は、公費による飲食・接待がほとんど「食糧費」から消え、来客用の茶葉やインスタントコーヒーなどの範囲に限られている。
  その後も市民オンブズマン活動は、超過勤務手当や出張旅費などの不正支出(カラ残業やカラ出張)を市に返還させてきたが、さらに、公共工事・談合問題の追及や入札・契約のあり方にもメスを入れ、自治体の浪費を監視・是正させてきた。
  「見張り番」も全国連絡会の一員として、地元大阪市・大阪府の問題とともに、全国市民オンブズマンに連携した活動を続けている。しかし、特別に深い闇の中に長年身を沈めてきた大阪市政の中身はなかなか全体が見えないところで、このたび第三セクターの破綻に続いて職員の過剰な厚遇問題が発覚したのである。



【I】 公金の違法不当な使途

1.職員厚遇問題
  =給与条例主義違反(地方自治法204条2項・3項、地方公務員法25条1項)

 1) 破綻三セク問題

  厚遇問題が発覚する前年度は、市の外郭団体の経営破綻が大きな問題となり、中でも経済局所管のアジア太平洋トレーディングセンター(株)、港湾局所管の大阪ワールドトレードセンタービルなど三セクの破綻を特定調停によって再建させることが続いた。過少資本で過大な事業費を費やし、無謀な計画のうえにずさんな経営でエンドレス赤字を生み、いざとなるとその処理を公金で埋めてくることがくり返されてきた。そのうえ、審議プロセスが非公開とされる特定調停という方法による「再建策」を議会もあっさり承認して、今後30年〜40年にわたって市民が負担を負い続ける結果となった。高い、遠い、不便という悪条件のビルの入居率があがるはずも無く、実際は市役所の第2庁舎といわれるほどに大阪市の各部局や関連団体を入居させて、高額の賃料(民間テナントの約2倍)や補助金で事実上公金で経営支援をしている。これについても、見張り番は現在住民訴訟でその違法性を追及しているが、外郭団体側は市と一体となって肝心の情報を公開せず隠蔽体質を保っている。市自らは第三セクターの経営についての反省も責任追及も行っていない。

 2) 給与・手当(カラ超勤、一律特殊勤務手当、調整額、ヤミ昇給)

  一連の「厚遇問題」は、2004年10月の「水道局一律業務手当」11月の「区役所のカラ超勤手当」を発端に連続して表面化した。「一律業務手当」「カラ超勤」は、「見張り番」結成のきっかけとなった問題であり、裁判で全面勝訴し高裁で和解した経験から、違法であることは明らかであるから、当然、2件ともに住民監査請求で返還勧告を求めた。ところが、監査委員は一律業務手当については市の損害を認めるのは困難であると返還勧告を出さず、付帯意見で早急に廃止すべきとした。区役所のカラ超勤については、9月3日と6日の2日間について、課員全員が帰宅した状況が報道されたにもかかわらず、2ないし3時間の超勤時間が超勤命令簿に記載され、手当が支払われていた。これについては金額を特定せずに返還勧告がだされ、加えて業務実態に応じた計画的な予算執行を図ることを指示し全所属について調査と対処を求めた。その結果、約4470万円が返還された。
  ところが、区役所の超勤手当予算については、労働組合の支部役員が事実上配分を采配していたことから事実確認が不可能であり、実態にそぐわない調査結果に基づいて返還命令や処分が行われたため、超勤手当の返還命令を受けた職員がこれを不服として訴訟を提起している。

 3) 福利・厚生(団体生命保険、ヤミ退職金、ヤミ年金)

  全国的に知れわたるところとなった「厚遇問題」の中身はいわゆる職員と職員OBへの公金による過剰な福利厚生待遇である。第1は、一人年額12000円の団体生命共催掛金全額を公費で支出し生命保険に加入していたことである。平成15年度に支払った掛金総額は、4億4045万円にのぼり、加入をはじめた1982年からの公金支出は約100億円にのぼる。監査委員は、他の自治体での公費負担の例もあり違法な公金の支出と断定するまでに至らないとして住民監査請求を棄却している。制度は即刻廃止されたのに、である。
  しかし、なんと言っても大阪市の厚遇問題の最も特徴的な事例は、任意団体である互助連合会を通して退職職員への退職金と年金の公費支給である。共済組合は法律に基づき、互助組合は条例に基づく福利厚生団体であるが、大阪市は各互助組合を束ねた任意団体「互助連合会」をつくり、各互助組合から給付金の名目で公金を交付してプールし、生命保険会社と契約して、退職者に退職金と年金を支給していたものである。
  互助連合会の事務室は、本庁総務局の傍に「総務局分室」を確保し、総務局厚生事業課職員約10人が実際に任意団体の事務処理にあたっていた。そこに配置された職員らは、なんら法的根拠のない支給をOBに支払い続けるという違法行為を12年にわたり行ってきたもので、発覚すれば大きな問題になることを知っていた。この原資は、毎年の労使交渉の解決金をプールしたものであり、退職OB一人あたり約400〜500万円が支給されていた。
  設立後の12年間でつぎ込まれた304億円にも達する公金について、住民監査請求の結果、監査委員は5年分約141億円(利息を含む)の返還勧告を出したが、残りの約181億円については請求が及ばないとして棄却したため、住民訴訟で返還を求めている。141億円については、管理職を中心にOBを含む有志で集め、市に返還されている。
  職員のための正規の福利厚生は、総務局福利厚生課が担当であり、職員の健康を保持する人間ドックやレクレーション事業などを行っている。
  テレビ報道で取り上げられポピュラーな話題になったのが「制服」、公費によるスーツの支給であった。すべての職員約5万人にたいし、これも労使交渉の獲得物として、2年あるいは3年ごとに、夏、合、冬それぞれに対応して、一人ずつ採寸のうえで仕立てられ、各家庭に送られてくるという時代がかった方法で支給されていた。すでに数年前に国税局から所得にあたると指摘を受けながら、胸ポケットに「Osaka City」の刺繍をすることでいい逃れをつくってきたものであったが、再び国税庁の追徴課税を受けることになった。
  見張り番は条例に基づかない事実上の給与にあたるとして10年分の返還を求めたが、監査委員は、平成16年度1年分の3億7639万3679円について返還勧告した。7月11日付けで職員返還有志の会から約4億円が大阪市に納入されている。同じく、職員奨学貸与金220人分2300万円、リフレッシュ活動支援事業費2100人分勤続30年該当旅行券等について一人5万円分など、1億500万円が市に返還された。互助連創立時と5周年記念時に、職員全員に一人1万円の図書券を配布した。これについても住民監査請求で返還を求めたが、住民監査請求の期限である1年を過ぎているとして却下された。
  さらに、任意団体に福利厚生のための公金を支出しているケースがもうひとつあった。それが「厚生会」である。総務局厚生課が福利厚生の担当部署であるが、厚生会は、各職場毎に作られた任意のグループである。教職員による二つの厚生会事業費の残高が2億円、リゾート施設の預託金が1億7000万円蓄積され、合計3億7000万円について返還を求めたところ、自主的に2億8349万6000円を返還した。
  以上のように、職員の福利厚生は、発覚したほとんどについて返還あるいは仕組みが消滅して、平成17年度予算ではそれまでの福利厚生費から約166億円が削減された。

 4) 労働組合(便宜供与、利益供与、ヤミ専従)ながら条例拡大解釈

  福利厚生の過剰な公費支出は、毎年の労使交渉の結果生まれたものであることが「互助連合会給付金等調査委員会」の調査でも確認されたところである。しかし、表面化したものが次々に廃止されたり返還されたりするなかで、これまでの労組からは想像できないほどに、抗議も反論もなかったことに驚く。
  なぜ、労組の執行部は急に市の「改革」に従っているのか、市の財政状況からそう判断せざるを得ないのか、組合員はすべて説明を受けているのか、急激な削減について理解しているのか、労働条件の急変に順応できるのか、などの疑問が湧く。
  ひとつの解釈としては、あまりにも違法性が明確であることや市民感情からみても異常・過剰な待遇を受けていることが到底市民に理解されないからであろう。労使交渉で獲得した厚遇が積み重ねられた結果であることは、当然それを受け入れた側の責任が同率に発生することであるが、この点については説明がない。さらに、いわゆる「ながら条例」を拡大解釈して、休職届や休業届も省略して長時間の休業や長期間にわたる労組の従事、いわゆる「ヤミ専従問題」の実態には改めて驚く。市の職場に席を置きながら在籍の職場の仕事をせずに、ある者は自治労執行部の専従者として自治労本部へ通勤し、ある者は区役所に在籍しながら市労連執行委員として市役所の労組本部へ出勤する。ちなみに、市職労から自治労府本部で従事していたのは3人、連合大阪へ事務局長として1人、市従業員労組から自治労近畿地連へ1人、自治労本部へ1人、自治労府本部へ3人、連合大阪へ一人が従事していた。交通局労組では6人、水道局労組は2人、市立大学教組で1人、学校給食1人、学校職員組合は2人、市役所労組では3人が報告されている。問題発覚後に、正式な手続きを経た人員の他は所属職場へ帰っている。
  加えて、それまで便宜供与を受けていた各区役所内の組合事務所は議員らの直接現場調査の状況が報道され、24区すべてにおいて撤去された。市役所地下駐車場各14.14 m2(2段式)を3労組が無料で使用していたことも、平成17年度から使用料年額134,747円(なぜか8割の減免)を支払うことになった。
  これまで、労組の主張することはすべて実現するという印象をもっていた私たちは、互助連のプール金180億円の返還を除いては、これまでの厚遇制度の廃止や公費の返還請求に従う他、特殊勤務手当やそれを横滑りさせた調整額の廃止までをほとんど無抵抗で承諾していることは大きな驚きである。一方で、見張り番には基本給が20万円以下という現場職員の悲鳴が寄せられている。現場の状況や職員の生活を無視したマニフェスト頼りの一刀両断「改革」の残酷な姿は、マスコミにも載らないし新たな闇を再生している。一連の厚遇問題を表看板にした「行財政改革」の仕掛けの本質を市民が知るのはいつのことだろうか。職員を守るための労働組合ではなかったのか。聞くところによると、労組の組織率も急減しているという。自浄作用が強くなったとも見えない。労組のあり方はそれでいいのだろうか。市民生活にも無関係でないだけに先が思い遣られる。市民との意見交流の場を設けてみたいと考えている。


2.議員厚遇問題、連合地域振興町会役員厚遇

 1) 議員の歳費、費用弁償、政務調査費、役職手当

  厚遇問題の「改革」が進む間に、大阪府の互助組合でも高額割合の公金負担で支給される退職給付金と生業資金が問題になった。見張り番では、府内の自治体会員を中心としてこれに取り組み、10数自治体で返還を求める住民訴訟を進行している。訴訟が進行する一方で、「かけこみ退職」が急増し職場の欠員が増えたために、退職職員を再雇用するという自治体も出ている。また、自主的に返還されたところもある。
  職員、労組の問題に向けられた矛先は、市民にも及んだ。大阪市がこれまで70歳以上の市民に市交通機関と博物館などの入場料の無料パス配布を廃止することが「改革」のひとつとしてマニフェストに盛り込まれた。折りしも市長選挙の最中にあたり、関市長候補は最終的には廃止を断念することになった。市民からの強い反発は、議員の厚遇に眼を向けることとなった。
  議員の厚遇もまた市民の常識を超えていることがこれまでにも話題になっていた。府庁に比べて、市民の自由な出入りをシャットアウトした市庁舎8階の各会派議員控室や7階委員会室の異常な姿、議員は8階から7階の議場へエスカレーター設置、議長・副議長は秘書付き公用車での送迎、議員用公用車の配置、任期中に1回見聞を広めるためと称する希望地への海外旅行など、市民を見下した議員生活が批判を受けていた。
  費用面では、議会・委員会への出席毎に支給される費用弁償が、平成17年度までは1回につき14,000円であったが、さすがに職員への厚遇が廃止されるなかで、ようやく1回10,000円に減額したものの、継続していた。府内自治体では大阪府議と大阪市議だけである。府議はともかく、市内に居住している市議に対して市交通機関の無料パス(70歳以上の高齢者用無料パスでなく、議員用別のデザインのもの)が配布されている。その他、市の診療所を無料使用できることもわかった。全国一の高額を誇る、年額720万円の政務調査費は、各会派に交付されるとはいえ議員個人が遣っている。ところが、使途の明細も証拠書の添付も求められず市民に公開もされない。月額最低105万円の歳費が支給されているうえにである。その他にも他の行政委員に就けば相応の手当が支給される。その働きぶりから見る「費用対効果」は極めて低い。
  極めつけは、10年以上の永年勤続議員への市長表彰が明らかになったことである。10年議員には、市長から表彰状と宝石入りパッジと記念品が授与される。しかも、最高40年まで5年毎に表彰される。「市の表彰規定」を根拠というが、条項にはどう考えても該当しない。こじつければ市長裁量の話である。
  見張り番では、8月を議員厚遇問題取り組み月間と銘打って、毎週住民監査請求を提起した。第1週は、年度末の議長への「ご苦労さん海外旅行費300万円返還請求」、第2週は「費用弁償の廃止と返還請求」第3週は「永年勤続議員への宝石バッジ・記念品代返還請求と差止」第4週は「政務調査費の返還請求」を行った。政務調査費については議会の交付条例があるものの、使途明細の報告や証拠書の添付も明記せず、監査もない。違法性の主張としては、規則で制定されている使途項目の合計額から、調査研究費や研修費がゼロで事務費や人件費、広報費などにほとんどが支出されているものについては、違法不当な支出と判断して請求したが監査委員(議員の監査委員2名は除斥)は、議員については遠慮が先行したようで、理由がないとして棄却・却下した。年功序列、多数与党会派が1年ずつタライ回しで就任する議長職経験済みの多選議員の監査委員であるから、事務局職員や他の監査委員にたいしてもその発言が影響する。
  しかし、決算委員会では市長自ら「市長が議員を表彰するのはおかしい」として「宝石バッジ」付き表彰はあっさりと廃止になった。政務調査費は平成19年度の支出報告から5万円以上について、証拠書添付して公開するという。18台あった公用車は1昨年に6台に、そして平成18年度には2台に減った。海外出張はことしの議長はすでに実行した。副議長も実行する。費用弁償は廃止になった。残された議員の問題は、口利きへと移っている。

 2) 連合地域振興町会役員

  大阪市の地域組織は独特の古い形態を保っている。敗戦後、それまでの軍国主義実践のピラミッド組織が否定され、民主主義を進めるあらたな組織づくりが奨励された。地域組織も、社会福祉法に基づく新たな「地域社会福祉協議会」がそれまでの「隣組」と日赤奉仕団が表裏一体となった「地域振興町会」がそのまま定着したために、地域の民主化へのブレーキとなったと考えられる。「地域振興町会」と大阪市は行政協力協定を結び、市民へのお知らせ配布など地域の広報役として、回覧板による住民への情報周知や防災要員の確保などに協力してきた。この組織は、長年組織率90%台を保ち、丁目ごとに班を基礎とした単位町会を形成し、1小学校区に1連合体をつくって、単位連合組織が各区の連合地域振興町会を形成する。各区連合の役員が市連合地域振興会の構成員として、市と密接な関係を保っている。6代にわたり、現役助役が市長に就くという市長選挙を支える票田としてフル活用されてきたのも極く自然な流れである。
  突然の辞任と再選出馬を表明した関市長に、「政党」や「組合」の支援を断ち切ると言わしめたのも、市地域振興町会を構成する各区役員がそのまま市長後援会を形成することから、事実上の有権者の多数を確保している自信があってのことである。しかし、33.9%(前回より0.6ポイントアップ)という投票率は、厚遇問題の怒りの最中であっても、これまでの市長誕生の継続が、市民の市長選への意欲低下を定着させることに十分役割を果たしてきたことを証明している。現在、市内の夜間人口減少やマンション住民の増加によって、古い地域振興町会の組織率は75%までに落ちている。
  そういう役割を担ってきた地域振興町会を支えてきたものにも、今回の厚遇問題は市民の目を向けるきっかけとなった。本来住民から選ばれ、住民の調整役や住民の代表として行政に意見を述べる役割の町会長に、市長表彰や記念品授与は、名誉だけでなく虚構の権限を与えることになり、数十年という長期にわたって町会長席に執着させ、地域ボスの温存に力を貸している状況になっている。
  名誉だけでなく、18項目にわたる市への行政協力には、その項目ごとに各区連合地域振興町会に業務委託費が交付されていることも、市民のほとんどが知らないことで、長期就任を容易にしていると考えられる。
  区連合地域振興町会役員や単位連合町会役員には、交通局発行のレインボーカード(単位町会長と連合女性部長に53,000円、連合町会長と区女性部長に76,000円、区連合町会長に11万1000円)や旅行券の配布、年1回の新歌舞伎座観劇の無料招待が行われ、役員の特権意識をくすぐるのである。区によっては、区長公用車を頻繁に利用している様子も見られる。実際の役割には多大の苦労や責任など、想像以上の負担が課せられていると考えるが、市民から見れば「費用対効果」が低いと判断されているのではないだろうか。ここでも情報公開が求められる。


3.同和対策事業

  職員厚遇問題の改革が行われるなかで、同和予算や事業の見直しもにわかにクローズアップされてきた。特に、関市長が責任を認め再選の柱のひとつに挙げられたのが、昭和49年から行われている無利子無担保での130億円におよぶ、浪速医療生協芦原病院への貸付金である。平成13年度に地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(地対財特法)が失効(平成14年3月末)したあとも、毎年それまでと同じく6億3000万円の補助金支給とは別に、負い貸しを続けながら全く返済されずにきている。芦原病院は、2006年12月1日に経営危機に陥り民事再生法を申請していることから、市の貸付金が返済不能になる可能性が出ている。
  見張り番は、貸付金の返還を求めて住民監査請求したが、貸付金返済の延長が継続して行われていることから、市の損害認定ができるものでないとして棄却された。住民訴訟でその真相と経営状況などを明らかにして、市の責任を追及したいと考えている。芦原病院のほかにも、市会・委員会では駐車場の委託事業に関して一定の利益以外は市に納入を免除するという契約のもとに、同和関連業者に業務委託してきたことや市有地の占有問題が取り上げられるなど、その実態が次第に明らかにされつつある。これまでの歴史的な背景に配慮する必要があるのは当然であるが、常軌を逸した公金支出や不正支出などに関しては積極的に是正をすすめるべきである。



【II】 「マニフェスト」行財政改革

  これまで述べてきたさまざまな厚遇問題にたいして、市政改革本部を中心とした改革が進められることは、「大阪市破産」を食い止めるためにも最重要であり緊急の課題である。昨年4月に発足した「大阪市政改革本部」は、外部からの構成員により積極的に調査・検討を継続してきた。
  市改革本部による「改革マニフェスト案」の提示とそれに続く市長選、市長公約マニフェストへのスライドなど一連の動きとマスコミへの連続サプライズ発表などを振り返ってみると、大阪市全体の「行財政改革」をトップダウンで素早く実行するためのシナリオが出来ていたと感じられる。誰が誰の利益のために進めているのか。
  確かに、作成者である上山教授を招いての「マニフェスト」学習では、市を慢性疾患に罹っている人間の身体に例え、その診療判断、治療方法、投薬の選択などに置き換えた改革の説明で、私たちはこれまで理解できなかった市全体の姿を整理して捉えることができ、細部まで連携して細かく改革をすすめる方法としては効果的であることが理解できた。マニフェストを検証することで、細部まで徹底できることもわかった。


1.改革のための組織

  マニフェスト提示までに、危機に直面した市の行財政改革をすすめるために、下記のような組織が設置されている。
 1) 都市経営諮問会議(外部委員による市財政危機への対応)
     平成14年11月市の財政非常事態宣言に対する行財政見直しの諮問会議。
     平成16年4月に人事の件で市中枢部と意見対立し組み直された。
 2) 会計監理検討委員会(収入役室長等で構成)
    カラ超勤の全庁調査と返還措置
 3) 福利厚生制度等改革委員会(助役ら)
    互助組合、職員への過剰な厚遇の仕組み調査と是正、公費支出の削減
    166億円予算削減
 4) 互助連合会給付金等調査委員会(外部委員)
    カラ超勤、ヤミ退職金・年金調査
 5) 市政改革推進本部・専門部(外部委員)
    上山教授以下専門委員による改革検討
 6) 有識者会議(財界人など)
    改革本部の取り組みを外部から点検し助言する


2.市マニフェスト、局長・区長マニフェストのひずみ

  改革のためのさまざまな委員会を設置し、外部委員の専門委員を委嘱し、検討した結果、改革本部から「市政改革マニフェスト」の「新しい行財政改革計画」が提案された。これを受けて各部局の局長マニフェストや区長マニフェストが作成され、実行する体制が形作られた。
  基本となる「市マニフェスト」は、行政に経営の視点を取り入れることを主眼とし、@マネジメント改革、Aコンプライアンス改革、Bガバナンス改革の3分野から改革を行うというものである。
  しかし、どうも市民が釈然としないのは、「情報公開」を改革の主眼に掲げながら、改革本部も結果発表だけであるし、情報公開制度を検討する専門部会でさえもその検討プロセスは市民の傍聴も受け入れず非公開ですすめていることである。いきなり結果発表と実行だけではきめ細かな改革に至らず、市民の納得や信頼が得られない。現に見張り番には下記のような苦情や疑問が寄せられている。
1)職員数削減=配置換えによる負担増や仕事と人数のアンバランスなど
2)給与・昇給一律カット、超過勤務手当・特殊勤務手当・調整額の廃止=問答無用、一方的な大幅カットが職員の生活に大きな影響を与えている。労組の無力化。
3)事業の民営化=ゴミ収集有料化への市民の反発、独立行政法人化への職員の不安、バス民営化で派遣運転手雇用による派遣職員の責任問題、労働強化、福祉施設や障害者施設への指定管理者制度導入による混乱、保育所の民営化による保育師等の派遣職員の増加、保育環境の質の低下など
4)市民サービスの縮減=福祉手当の廃止、介護給付の打ち切り、高齢者サービスの格差拡大、障害者福祉の社会福祉協議会への事業委託による混乱、地域組織への委託と補助金支給の問題、児童館廃止あるいは民営化による地域児童ケアの問題
5)同和事業優遇の精算=駐車場・駐輪場委託契約の問題、病院貸付金・補助金、市有地利用・便宜供与の解消など
6)教育現場では、学校納付金の延滞や修学旅行積立金の未払いなどが拡大していることが問題になっている一方でマニフェスト改革により各部局で足並みをそろえた未納者への督促の厳格化が進められ、市民への一層の痛みを強いている。



【III】 市民運動の役割

1.市民個々人の権利行使の集合体=見張り番

  私たちがこれまで行ってきた「住民監査請求」「住民訴訟」「情報公開請求」を中心とした取り組みは、市民個々人誰もが行使できる平等な権利である。1990年の食糧費乱脈支出をきっかけに、市民オンブズマン運動の活動ツールとして大きな力を発揮してきた。今回の厚遇問題に関しても住民監査請求の返還勧告や庁内調査による自主返還など約300億円が市に返還されている。地方自治法242条に基づく住民監査請求・住民訴訟は、その事実を証明する資料の確保に情報公開請求制度を利用することで、監査内容をより確かにし、この制度を充実させてきた。
  本来は議員の役割である筈の公金支出のチェックを市民が肩代わりし、市民がその成果もあげてきたといえる。反面、議員の役割がクローズアップされ、厚遇問題の当事者であった議員が職員厚遇問題を真に追及できるかは疑問であり、市民の批判は議員に向けられることにもなった。
  市民の指摘をかわすためにも、体裁だけは自ら改善したとして、無料パスや議会出席の費用弁償などを最終的には廃止した。
  つまり、一人ひとりの権利である住民監査請求や情報公開請求は、異なる制度を組み合わせたり、同じ目標をもつ個々人が集団で行動することで、相乗効果を生み監査委員の仕事ぶりも監視することになって、少しずつ良い結果を生み出してきたと言える。


2.有権者の法廷定数による行動=直接民主主義の実行

  公金の違法不当な支出の是正については、市民一人ひとりの権利行使である住民監査請求が威力を発揮したのであるが、個々の不正は是正できても市の制度や体質改善までにはなかなか手が届かない。
  厚遇問題よりももっと大規模である外郭団体への天下りや乱脈経営による破綻への公金支出に対する責任追及は、ほとんど実行されていない。市民の行動としても、せいぜい公開質問状を提出しそれに対する通り一遍の文書回答を受け取るのが関の山である。そういうことから、私たちは本当の責任者を追及できる力を持つ必要性を痛感した。そのためには、大都市では容易に使えない直接民主主義のツールを使えるようにする必要がある。条例改廃や条例制定、市長のリコール、議会解散の権利を市民が行使できるようにとの思いで大阪市内の市民運動を立ち上げた。他の市民運動でも、いずれはそこへ行き着く例が多い。しかし、これはまた実際には多くの困難をもたらすことでもある。
  思いがけず結成2ヶ月後に関市長が同和厚遇の責任を認め、市長辞任し再選出馬を表明するというハプニングが起こった。これまでの選挙パターン(自・公・民与党対共産)を黙認することに我慢できず、なにもかも不備のなかで第3の選択肢を提供するために無所属立候補者を支援した。大方の予測通り現職関氏が当選したが、私たちが応援した候補者は約19万票獲得して2位であった。この良し悪しを一言で評価できないが、前回をわずかに越えた投票率33.9%と考え合わせ、現職への批判が強かったことは間違いない。
  苦渋の選択であった市長選挙への関わりであったが、個別の権利を束ねて行使するという運動とともに、行政や議会へ直接何らかの影響を与える運動も時によっては必要であることを痛感した。
  近年、住民投票や条例の改廃など直接請求が増えているのは好ましいことではあるが、短期間に法定数の署名を集めるエネルギーは、規模の小さい自治体でも並大抵ではないし、また法定数署名をクリアーしたとしても、最終判断は議会に委ねることになり、一瞬のうちに否決されることが多い。そもそも時の行政判断と異なる意思表示を提出する制度であるから、議会ですんなり可決する運びにはならないからである。首長と議会の判断の違いを市民が選択するような場合は稀である。そうすると、請求した市民の挫折感が重く残り、次の運動のステップにブレーキがかかることになる。
  大阪市の場合には、条例の改廃要求といえども24の行政区それぞれに有権者の50分の1の署名数、市全体で約4万を確保しなければならずさらにハードルが高い。しかし、制度上の直接請求権行使でないにしても、各区で市民の意思が行政に影響を与える力をもつことが必要である。「24区市民連絡会」は、市民運動の育ちにくい大阪市になんとか根付いてほしいと願っている。



 おわりに

 市民運動の定着や発展を支える要素のひとつにマスコミの存在がある。マスコミ全体の質の低下や情報操作的な報道のあり方、特に行政発表に頼る記者クラブの報道など問題の多いなかであるが、市民運動が継続するためには、一般社会に活動が知られることが必要である。市の幹部や議員の些細な発言が、大きく取り上げられることが多い反面、市民のうごきは重要な問題でも小さく扱われてしまうことが多い。それでも全く載らないよりはましである。見張り番の活動は、特にマスコミを意識した行動をしてはいないが、マスコミに支えられながら継続してきたことは否めない。その活動が社会に与える影響を考えたうえで、マスコミ報道と連携することが必要である。ともあれ、市民の自発的な意思が自治体に反映され、真の市民自治が実現する日の遠からんことを願うばかりである。(完)






Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会