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TITLE:  学校における個人情報保護法令について
AUTHOR: 田中規久雄
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第229号(2007年4月)
WORDS:  全40字×181行


学校における個人情報保護法令について


田 中 規 久 雄


 個人情報保護法制について、田中規久雄氏から、兵庫県条例を例にあげながら基本的な説明があった後で、制度の理解の上で留意するべき事項についての指摘があった。ここでは、その留意点の部分を事務局の責任において要約した。


1 個人情報保護とプライバシー保護について


  個人情報保護法が制定されたから、個人情報の保護が必要となったわけではない。たとえ個人情報保護法が存在しなかったとしても、個人情報の無断開示や漏洩によるいわゆる「プライバシー侵害」は成立する。たとえば、学校が外部のスポーツ大会に入賞した児童や生徒の氏名と住所を本人・保護者に無断でその団体に提供し、その団体がニュースレターにそれを掲載した結果、電話番号も調べられ、いたずら電話やストーキングのような被害にあった際には、プライバシー侵害による不法行為(民法709条)となる。児童・生徒の個人情報が入った携帯電話やパソコンを紛失するといった過失が原因であっても、このことは成立する。

  この法律は、プライバシーといった個人の権利を保護するように、官民の組織・機関を規制するものと捉えてよいであろう。主務大臣は、個人情報取扱事業者がこの法律に違反した場合において、必要な措置をとるべき旨の命令を発することができ(34条)、この命令に反した事業者は、6月以下の懲役又は30万円以下の罰金に処することとしている(56条)。したがって、個人情報保護法は政府に対する事業者の責任を定めたもので、無断で自らの個人情報を取り扱われた本人に対しての事業者の責任を定めたものではない。


2 個人情報保護法の目的


  学校であれ企業であれ、児童・生徒や顧客の個人情報を取得することなしにその設置・設立目的を達成することは不可能である。たとえば「絶対に電話番号を聞いてはならない」ということになれば、それは行き過ぎであろう。それゆえ、個人情報保護法は、プライバシーなどの個人の権利利益の保護と機関や組織の適正な活動との両立を求めている。個人情報保護法第1条(目的)は「個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利利益を保護することを目的とする。」としている。ここにいう「個人情報の有用性」とは経済市場における有用性として捉えることができよう。


3 生徒の情報と教職員の情報は等価


  個人情報保護法は、学校を含む機関や組織が対象とする住民・利用者・顧客だけではなく、原則的にその機関や組織の職員・従業員の個人情報も保護していることも重要であろう。それゆえ、教員を含む職員や従業員は、法令により規定される個人情報の保護を余分な業務ととらえることなく、こうした制度を適切に運用することが、児童・生徒・保護者だけでなく、職務上も身分上も、自分自身を守るものであると認識することが重要だと考えられる。


4 利用目的の特定、明示


  個人情報保護法によると、個人情報を収集する場合には、その利用目的をできる限り特定しなければならない(15条1項)。また、事前に利用目的を本人に明示せず個人情報を収集した場合には、「速やかに、その利用目的を、本人に通知し、又は公表しなければ」ならない(18条1項)。逆にいうと、利用目的を先に通知または公表することが前提とされているものと解される。

 文部科学省「『学校における生徒等に関する個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針』解説」(以下「解説」)によれば、この特定とは、「本人が自己の個人情報の利用結果を合理的に予測できる程度の具体性が求められる」とされている。経済活動に関して経済産業省は、「お客様のサービス向上のため」というのは利用目的を特定したことにはならないとしているので、「生徒指導に役立てる」というのも利用目的として不十分である。「解説」では、卒業生の氏名及び就職先情報を収集する際、利用目的を特定している例として、「卒業生の就職状況を統計としてまとめ、パンフレット等に掲載するため」というのをあげている。しかし、もし、この卒業生の氏名及び就職先の情報を同窓会(第三者)に提供する予定がある場合には、先の利用目体の特定では足りないということも述べている。

  個人情報保護法は例外として、利用目的を本人に通知することにより「本人又は第三者の生命、身体、財産その他の権利利益を害するおそれがある場合」や「収集の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合」などには目的の明示は不要としている(18条4項)。たとえば生活指導の局面で、個人情報収集目的をあかすことが他の生徒への危害を引き起こす恐れがある場合や、個人指導の一環で反省文や生育史を書かせる場合などがこれにあたるであろう。


5 医師が生徒の病状を教えてくれない


  個人情報保護法は「あらかじめ本人の同意を得ないで、個人データを第三者に提供してはならない」と定めている(23条1項)。このことから、個人情報を取り扱う事業者が、情報の第三者提供について必要以上に慎重な姿勢をとるようになってきた。たとえば、修学旅行中の生徒の傷病につき、それを治療した医師がその詳しい症状を引率の教員に話さないことがある。例外的に「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき」には、本人の同意は不要であるが、このような深刻な事態でなくても、教員としては、その生徒の旅行を継続して良いかどうかを判断し、また旅行を継続するとしても、その生徒に対してどのような配慮をするべきかを考える上で、生徒の傷病についての詳しい情報が必要である。このような場合には、まず、@生徒が医師から聞いた説明をその生徒本人から聞く、A生徒が話をできないような状態の時や、医師の説明を十分理解できていないような場合には、その生徒の保護者に、医師に電話で生徒の症状を尋ねるよう依頼し、そして、保護者から必要な情報を得る。などの対応方法が考えられる。あるいは、旅行に際して事前に、このような場合には医師が病状等の情報を引率の教員に提供することに同意する、という内容の同意書を、生徒に作成させておくという方途も考えられる。


6 ホームページと個人情報


  個人情報は、本人の同意があれば、特定された目的の範囲を超えて利用することができる(16条)。この際、「解説」にもあるように、本人が未成年者の場合、法定代理人(保護者等)も本人に含まれ、その同意が必要である。ここで例として、学校だよりや学校ホームページに児童の感想文や顔写真を載せることを想定してみる。

  この場合、感想文そのものはその中に個人情報が含まれていない限り、むしろ著作物であって、本人の著作者人格権(著作権法18〜20条)の問題となる。しかし、氏名等の個人情報と結びつく場合には、目的を超える個人情報の利用として本人の同意が必要である。
  次に「解説」は、「学校行事で撮影された写真等」を「通常」の場合は個人データではないとしているが、特定の個人が識別される限り個人情報であり、場合によっては肖像権侵害も考えられる。


7 漏洩事件と損害賠償


  個人情報管理者側に個人情報保護法等に沿った情報管理がなされていなければ、少なくとも過失が認定され民事責任が生じる。この中には従業員や外部委託先の行為に対する責任も含まれる。

  ニフティ神戸事件では、たとえ、電話帳に記載されている個人情報であっても、本人に無断で転載され、それが具体的被害に結びついた場合には、プライバシー侵害として損害賠償責任が生じることが示された。

  しかし、実際の具体的損害がなければプライバシー侵害にならないのかというとそうではない。ある行政書士が、正当な理由なく、他人の戸籍謄本や住民票の写しを取得した事例について、具体的損害のない場合にも精神的損害(慰謝料)の賠償が認められている(東京地裁平成8年11月18日判決)。また、宇治市住民情報漏洩事件のように、特定の個人を狙うものではない、多量の一般的個人情報の漏洩につき、具体的損害の発生がなくとも慰謝料が認められている事例もある。同様に、「Yahoo!BB」事件のように、具体的損害がなく、二次流出もなかったとされる事例でも慰謝料が認められた。

  具体的損害のない場合の慰謝料は、個人を狙った上述の行政書士事件では50万円、宇治事件では各人に慰謝料1万円と弁護士費用5000円、「Yahoo!BB」事件では事前に会社がお詫びの金券を配布していたこともあり、慰謝料5000円と弁護士費用1000円であったが、名簿等の大量データ漏洩の場合、その総額は膨大なものになる可能性がある。




<参考文献>

田中規久雄「学校における個人情報保護法令について (1)〜(6)」兵庫教育2006年8月〜2007年1月(No.666〜No.671)


<参考事例>

(1) ニフティ神戸事件(神戸地裁平11年6月23日判決)
事件の概要:パソコン通信の掲示板に、電話帳に掲載した広告から個人情報(氏名・職業・開設する診療所の住所と電話番号)を転載された眼科医に、いたずら電話があったり、誰かが無断で注文した商品が届くなどした事例。
判決の要旨:たとえ公開されている個人情報でも、使われ方によってはプライバシー侵害となる。

(2) 宇治市住民情報漏洩事件(京都地裁平13年2月23日判決)
事件の概要:宇治市に住民基本台帳のデータ処理を委託された業者の再々委託先のアルバイト従業員がそのデータを名簿業者に売り、さらにそれが転売された事件。
判決の要旨:宇治市は再々委託先を含む委託先業者に対して監督責任がある(民法第715条)。なお宇治市の控訴は棄却、上告は不受理とされた。

(3) 高等学校卒業生に係る大学合否情報等の個人情報の取扱いについて
   (平成16年2月12日文科省初中局児童生徒課長通知)
事件の概要:高等学校が生徒の大学合否情報を本人に無断で予備校等に提供していた事例。
通知の要旨:1.個人情報については、法律又は条例等に基づいて適正な取扱いがなされるようにし、外部に提供するか否かについては、十分慎重に判断すること。2.個人情報を外部に提供する場合にあっては、個人情報保護の観点から、その理由や必要性を生徒や保護者に対し事前に十分説明した上で本人の同意を得るとともに、提供先において情報を目的外に使用されないよう条件を付すなど、必要な措置を講ずること。

(4) ホームページ肖像無断掲載事件(東京地裁平成17年9月27日判決)
事件の概要:公道を歩く人の写真を無断で撮影してウェブに掲載した事例。
判例の抜粋:何人も、みだりに自己の容貌や姿態を撮影されたり、撮影された肖像写真を公表されないという人格的利益を有しており、これは肖像権として法的に保護される。

(5) 「Yahoo!BB」事件(大阪地裁平成18年5月19日判決)
事件の概要:インターネット接続等の総合電気通信サービスの顧客情報として保有処理されていた会員の氏名・住所等の個人情報が外部に漏えいした事件
判決の要旨:サービスを提供していた被告に、外部からの不正アクセスを防止するための相当な措置を講ずべき注意義務を怠った過失があるとして、原告らの不法行為に基づく損害賠償請求を一部認容した

(6) 早稲田大学講演会参加者名簿提出事件(最高裁平成15年9月12日判決)
事案の概要:大学主催の講演会に参加を申し込んだ学生の学籍番号、氏名、住所等を、大学が学生に無断で警察に開示した事例。
判決の要旨:大学が講演会参加希望者に対し開示について承諾を求めることは容易であったものと考えられ、大学の行為はプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり、上告人らのプライバシーを侵害し不法行為を構成するとして、原判決を破棄差戻しした。

(7) 学校における個人情報の持出し等による漏えい等の防止について
   (平成18年4月21日文部科学省大臣官房長通知)
通知の抜粋:職員が許可無く職務上取り扱う個人情報を持ち出し、個人所有のパソコンを利用したことにより、ファイル交換ソフト等を介して流出するという事案が多く発生しています。各位におかれては、学校における個人情報漏えい等の防止のため、@個人情報等の持出し、A学校外で利用するパソコンのセキュリティー、Bファイル交換ソフトへの対策を参考にして、個人情報の漏えい等の防止について適切に対応されるようお願いいたします。


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