◆200710KHK231A1L0368AE
TITLE: 「国連障害者の権利条約」の検討
AUTHOR: 伊藤 靖幸
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第231号(2007年10月)
WORDS: 全40字×368行
「国連障害者の権利条約」の検討
伊藤 靖幸
1.はじめに
2006年12月13日といえばちょうど日本では、47年教育基本法が「改正」された前前日であるが、ニューヨークの国連本部では「国連障害者の権利条約」"convention on the Rights of Persons with Disabilities"が満場一致で採択された。2007年3月30日には署名式が行なわれ、81ヵ国とEU(本条約44条でEUなど地域的な統合のための機関の加盟も定めている)が署名を行なった。しかし日本政府は署名を行なっておらず、早急に本条約を批准し、国内に適用しようとはしていない。また国内の本条約についての一般的な関心も子どもの権利条約の時よりは薄いように思われる。一方、国内では学校教育法の改正により、この4月から従来の「特殊教育」は「特別支援教育」ということになった。本条約が強調している「インクルーシブ」な教育と、この特別支援教育とはどんな関係になっているのか。この機会に本条約の内容を検討し、あわせて「特別支援教育」と本条約の関連を考察してみたい。
1) 用語について
まず障害者関連の用語について簡単にコメントをしてみたい。近年「障害者」という語が避けられ、障碍者・障礙者と書かれたり障がい者と仮名交じりで表記される場合もある。「障害者」ではあたかも障害者が「害」であるというようにうけとられるためであるという。障害者の側に少しでも不快感がある表現は避けようという気持ちは理解できるが、この場合は若干気にしすぎなように思う。障がいという仮名交じり表記は読みにくいし、日本語の書き方としてあまり感心しない。(それなら子どもの権利条約という表記はどうなのだという話になるが、少なくとも私の感覚では「子ども」という表記にはそう日本語として違和感がない。)とりあえず本稿では障害者と表記する。本条約がdisable personsでなくpersons with disabilitiesを使用しているのは、いわゆるpolitically rightな表現であるが、この場合はdisable personsとするとあたかもperson自体がdisableと評価されているようであるというのは理解できる。peopleとせずpersonsを使用しているのは個人個人のパーソナリティを重視しているからであるという。handicappedという表現は避けられているという。
2) 国際人権法小史
次に若干迂遠ながら、本条約の採択に至るまでの第二次大戦後の国際人権法の発展の経過を簡単におさらいしておこう。1948年にすでに世界人権宣言が採択されているが、これはあくまで宣言であって法的拘束力はない。法的拘束力を持った国際条約である国際人権規約(A規約[社会権規約]B規約[自由権規約])が採択されたのは1966年であり、1976年に発効し、日本政府は3点を留保の上1979年に批准している。1979年には女性差別撤廃条約が国連で採択され、1981年に発効している。日本政府はこの条約の為に、国籍法を男女両系主義に改正し、男女雇用機会均等法を制定した上で、1985年に批准している。また、1989年に子どもの権利条約が国連で採択された。この条約で、初めて障害者の権利が明文化されている。この条約は1990年に発効し、日本政府は1994年に批准している。日本で発効する直前に文部省は通知を出し、この条約の批准にあたって「特に法令の改正の必要はない」とし、実際に特段の法令の整備は行なわれていない。1965年に採択され、1969年に発効した人種差別撤廃条約については、長い間日本政府は批准しなかったが1995年にようやく第4条を留保した上で批准した。4条は人種差別禁止の言論をとりしまる立法を締約国に求めており、日本国憲法21条の言論の自由と抵触するというのが日本政府の立場である。もっとも最近では、1984年に採択され1987年に発効し日本が1999年加入した拷問等禁止条約について、2007年5月に日本政府報告書の審査が行なわれ5月18日に委員会の結論と勧告が出されている。「精神的拷問」や「拷問の時効」「代用監獄」などの問題で厳しい指摘を受けている。こうした流れの中で2006年の12月に障害者の権利条約が採択されたわけである。
3) 国際人権法の基礎知識
国際人権法(条約)が国内で実現される方法はそれぞれの国の憲法体制により異なる。イギリス等の一部の国は変形(transformation)の体制といい、条約はそのままでは国内効力を持たず、国内法に作り替えられることで国内効力を持つ。一方多くの国々では、受容(acceptance)と呼ばれる体制をとっており、条約はそのままで国内効力を持つ。日本は憲法98条2項から受容の体制であるといわれる。また受容の体制の国では、条約と憲法を初めとする国内法との効力関係が問題になる。これもその国の憲法体制によるとされる。日本の場合やはり憲法98条2項により、条約が法律より上位であることは異論が無いが、問題は憲法と条約の効力関係である。この点について、当初は条約優位説が有力説であったが、安保条約論争をきっかけに憲法優位説が有力となった。条約優位説をとると、憲法改正に比して極めて簡便な条約の承認手続きによって実質的に憲法が改変できてしまうことになるからである。国際人権法は尊重されるべきであるが、あくまで憲法優位説の範囲でできるかぎり尊重するというあたりが無難であろう。
こうした国際人権法の実施制度は、たいていは報告制度である。報告制度とは各条約の委員会が各締約国が条約の実施状況に関する報告書を提出させるシステムである。委員会は各国の報告書を検討し、必要な提案・勧告を行なう。1サイクルに5年程度はかかる気の長いシステムではある。
2.本条約の成立の経過
1975年に障害者の権利宣言が採択され、1981年は国際障害者年で引き続き国連障害者の10年が始まった。こうした流れで、80年代後半にイタリア・スウェーデンが障害者に関する国際条約の提案を行なっているが、当時はまだ条約化に否定的な見解が強く挫折している。しかし、1990年代には条約実現への国際世論が新たな盛り上がりを見せる。1990年にブッシュ政権のアメリカでADA(障害を持つアメリカ人法)が成立している。これは世界初の全面的な障害者差別禁止法であり、合理的な配慮(reasonable accommodation)の欠如を差別とした点でも本条約内容を先取りしたものである。差別問題では先鋭的なところもあるアメリカでも1964年の公民権法には障害者差別は含まれておらず、1973年のリハビリテーション法504条で公的機関での障害者差別禁止が法制化され、ADAで全面的に障害者差別が禁止されたのである。1992年には「障害者に関する国際行動計画」が出され、1993年には「障害者の機会均等化に関する基準規則」が制定された。1994年にはA規約に関する一般的意見第5号「障害者の権利」が発表された。国際人権規約自体には障害者の権利は明文化されていないのだが、一般的意見の形で障害者の権利が取り入れられたのである。このような流れの中で、2001年にメキシコのフォックス大統領が再度障害者の権利の条約化を提案し、そのための特別委員会の設置が承認されたのである。その後障害者自身も含むNGOが大きな役割を果たし、"nothing about us, without us"「私たち抜きに何も決めないで」をスローガンとして、5年間で1回の作業部会・8回の特別委員会が開催された。この間2006年の9月には子どもの権利条約に関する一般的意見9号「障害のある子どもの権利」が採択された。ここではインクルーシブ教育についてかなり言及されている。そして2006年12月13日に国連で障害者の権利条約が採択され、2007年3月30日の合同署名式で82の国と地域が署名する運びとなったのである。
3.日本政府の対応
実は、日本政府は障害者政策については規約人権委員会や子どもの権利委員会から数度に渡り、厳しい勧告を受け続けてきている。子どもの権利委員会を例にとれば、第1回の最終所見(1998年)では20パラグラフで教育におけるインクルージョンの不十分さが指摘されており、第2回の最終所見(2004)では43・44パラグラフ「障害を持つ子ども」においてかなりの分量をさいて、よりいっそうの統合を促す等の勧告がされている。基本的に日本の障害者教育は、国際的にはかなり顕著な分離主義教育で問題があるとされていると見てよいだろう。
しかしながら本条約の制定作業に日本政府は積極的に参加しており、NGOを政府代表団に加えるなど積極面もあった。第13条「司法へのアクセス」は日本政府のイニシアチブによって条文化されたものである。ただ、子どもの権利条約施行の際もそうであったが、日本政府の発想は常に現行制度が前提になっていて、制度や法を変えていくことについては壁の厚い部分が多いと言える。文部科学省の担当者は「分離教育をインクルーシブな教育に転換していく」と述べており、また特別支援教育への転換を位置付けた、2006年の学校教育法改正の審議において文科相は「流れはインクルージョンである」と発言している。政府が特別支援教育の導入にあたって、本条約のインクルーシブな教育の概念を念頭に入れていたことは疑いない。
日本政府は「国内法との調整がつかない」との理由で、今だに本条約の署名をしていない。甚だ無責任な態度にも思えるが、少なくとも政府は現行の国内法制と本条約に齟齬がある事を認識して、現段階では批准・署名はできないと考えているのである。「子どもの権利条約」では国内法に手をつけずに批准しているのと比べれば、誠実な対応であると考えることもできる。もちろん、すぐ批准できなくても署名はできるのであり、まず署名した上で早急に国内法の調整を行なって批准に至るのが望ましい道すじなので、日本政府の本条約に対する消極性は否定できない。
4.条約本文の検討
1) 概要
本条約は前文と本文が50ヵ条さらに個人通報制度を定める選択議定書(18ヵ条)からなっている。1〜9条は総則的な規定であり、10〜30条が各論的な規定で、31〜50条は実施措置などの規定である。
2) 前文
かなり長文で包括的な内容をもりこんだ前文である。以下特徴的な点を箇条書的に述べてみよう。
@ 障害の定義について
「障害(disability)は形成途上の概念である。」「障害は機能障害(impairment)のある人と環境上の障壁(barriers)との相互作用であって」と指摘されている。実は障害の定義自体が論争的なテーマであり、まだ決定版はなく形成途上だというのである。しかし我々の通常の理解とは異なって、機能障害のあることが直ちに障害ではなくて、例えばスロープが無いという社会的・環境上のバリアーによってアクセスが閉ざされる場合に初めて障害となるという意味で相互作用なのである。従来の障害研究では障害者の体や行動を健常者に近づけるというような障害の病理的理解が中心であったが、障害学(disability studies)は障害者に困難を強いる社会のありかたを検討する障害の社会的理解を強調している。本条約はこのような立場をとりいれているのである。
A 障害問題の主流化
「持続可能な開発の関連戦略の不可分の一部として障害問題の主流化が重要」であるとしている。ここに言う主流化はmainstreamingの訳で障害者を普通学級や一般社会に組み入れることを言う。障害児教育をめぐって、統合重視か発達保障かの議論があるが、国際的には主流化・インクルーシブ教育の方向であることがここでも明らかである。
B 障害に基づく差別
「障害に基づく差別は人間の固有の尊厳を侵害する」と厳しく差別を戒めている。
C 障害のある人の多様性
よく言われている事であるが、一口に障害・障害者といってもその実態は実に様々である。当然、様々な機能障害の種類があるし同じ種類の障害でもその程度や障害の起こった時期は様々である。その上に上述のように障害は社会的関係との相互作用と位置付けられるが、当然社会関係もまた様々である。当然のことながら、多様と多様の相互作用の結果はさらなる多様性である。くれぐれも障害者問題に関して安易な一般化は慎むべきだろう。
D 障害者の参加
「障害者が政策および決定過程に積極的に関与する機会を有すべき」として"nothing about us, without us"の精神を明文化している。
E アクセシビリティ
3条の一般的原則でも取り上げられているし、9条でも独立した条文としてアクセシビリティが取り上げられている。アクセシビリティは本条約のキーワードの一つと考えられる。アクセシビリティとは接近可能性・近付き易さといった意味であるが、建物・道路・輸送機関等の物理的なアクセシビリティにとどまらず、情報・コミュニケーションや保健・教育へのアクセシビリティが重要であると指摘されている。9条では公衆に開かれた建物等の点字表示やガイド、朗読者、手話通訳者もアクセシビリティの範疇に含まれている。上述のアメリカのADAではまだ電子情報技術へのアクセビリティは明文化されていない。しかし1996年に米司法省は「ADAはインターネットにも適用される」との見解を示している。1999年には全米盲人協会が、インターネットのプロバイダーであるAOLに対してAOLのサービスが視覚障害者が利用しているスクリーンリーダーでは利用できないものとなっており、これはADA第3章に違反するという訴訟を起こした。この訴訟はAOLが今後開発するソフトで視覚障害者に対応するという内容で和解している。本条約では当然このようなIT関連のアクセシビリティも対象となるだろう。
3) 目的(1条)
「障害のあるすべての人によるすべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し保護し確保すること、並びに障害のある人の固有の尊厳の尊重を促進すること」と、格調高くまた包括的に本条約の目的が示されている。
4) 定義(2条)
ここでは本条約に関連する重要語句に定義を与えている。
@ 言語について
「言語には、音声言語、手話および他の形態の非音声言語を含む」と明記されており、手話が言語に含まれることを明確化している。実は手話を言語として認めるかどうかはかなり重大な問題なのである。諸外国では憲法や法律で手話が言語として認知されていたり公用語の一つとされているところもあるが、わが国ではそうではない。手話が言語として位置付けられれば、高校・大学での手話学習が語学の選択科目とできるなど、手話教育ももっと推進されるだろう。日本のろう教育における手話の使用をめぐる問題については5.の4)でまた触れる。
A 障害に基づく差別
「合理的な配慮を行なわないことを含むあらゆる形態の差別を含む」とされておりかなり広範囲に差別を定義している。従来は、能動的・作為的な差別だけが問題とされていたが、1990年のアメリカのADAを嚆矢として、例えば車いすの障害者に必要なスロープを設置するといった合理的な配慮をしない不作為も差別に含めるようになってきたのである。
B 合理的な配慮(reasonable accommodation)
上の差別の定義に言う合理的配慮とは、「障害のある人に対し、他のものと同等の権利行使を確保するための必要かつ適切な変更および調整であって、不釣り合い・過重な負担を課さないものを言う」とされている。どこまでが不釣り合い・過重な負担かは条文だけでは明確でないので、本条約の批准・発効のためにはこの点のガイドラインの作成が必要であろう。また、本条約では教育(24条)や労働・雇用(27条)の面で合理的な配慮が行なわれることも明記してある。
C ユニバーサルデザイン
「改造または特別な設計を必要とすることなしに、すべての人が使用することのできる製品、環境、計画およびサービスの設計」がユニバーサルデザインと定義されている。一般的に言えば、すでにあるできてしまったバリア(障壁)をなくすことがバリアフリーであり、設計の段階からだれもが使いやすいように設計することがユニバーサルデザインである。
5) 一般的原則(3条)
本条では8つの原則があげられているが、ここではそのうち3点をとりあげたい。
@ インクルージョン
「社会への完全かつ効果的な参加及びインクルージョン」がここでもあげられている。何度も繰り返すようであるが、本条約の基調はインクルージョンであると見てさしつかえない。
A 人間性の一部としての障害
「差異の尊重、人間の多様性及び人間性の一部としての障害のある人の受容」という事があがっている。日本の現状ではまだ、障害は克服されるべき病理・欠陥であるという病理的理解が強いが、本条約ではこのように障害は人間性の一部=「個性」としてとらえる立場に到達していると考えられる。
B アイデンティティの保持
ここでは「障害のある子どもがそのアイデンティティを保持する権利の尊重」がうたわれている。アイデンティティの保持する権利とは耳慣れない権利であるが、子どもの権利条約の8条に初めて現われた新しい権利である。子どもの権利条約の公定訳では「身元関係事項の保持」という訳があてられている。また子どもの権利条約8条では「戸籍・名前・家族関係を含む」という修飾がついているためこの3つの内容が含まれていることは明白である。日本政府は身元関係事項として、主として戸籍が奪われないようにという意味に狭く解釈しているようであるが、本条約の場合、発達しつつある能力の尊重と並べられていることからしてももっと広い意味のアイデンティティ・障害者としてのアイデンティティという意味も含まれると解釈できるのではないか。してみるとやはり子どもの権利条約の「身元関係事項」という公定訳はふさわしくないと考えられる。
6) 一般的義務(4条)
本条では「締約国はこの条約で認められる権利を実施するためにすべて適切な立法措置・行政措置その他をとること」また「障害のある人に対する差別となる既存の法律、規則、慣習・慣行を修正し廃止するためのすべての適切な措置をとること」とかなり厳しく包括的な義務を締約国に課している。前半の内容は子どもの権利条約でもみられるが、後半の内容はかなりハードルが高いと思われる。
7) インクルージョン・インクルーシブな教育
われわれ教職員に関連の深いインクルージョン・インクルーシブな教育についての条文を見ておこう。まず19条で自立した生活及び地域社会へのインクルージョンとして「締約国は地域社会への障害のある人の完全なインクルージョン及び参加を容易にするための効果的かつ適切な措置をとる」と規定されている。インクルージョンの基本は地域社会で普通に生きることなのである。そして24条教育のところで、「教育について障害のある人の権利を認める。締約国はあらゆる段階におけるインクルーシブな教育制度及び生涯学習で次のことに向けられたものを確保」とされている。そしてまず「人間の尊厳、人間の多様性の尊重の強化」という一般的な教育目的をあげてから、障害のある人について「精神的・身体的能力の最大限度の発達」という全面発達的な視点と「自由な社会に効果的に参加」という統合・共生の視点を共存させている。さらに細かく締約国に対して、「障害を理由として一般教育制度から排除されないこと」「障害のある人が自己の住む地域社会で、他の者との平等を基礎として、インクルーシブで質の高い無償の初等・中等教育にアクセスできること」「個人の必要に応じて合理的配慮が行なわれること」「手話の習得およびろう社会の言語的なアイデンティティの促進を容易にすること」「盲・ろうの人の教育がその個人にとって、もっとも適切な言語並びにコミュニケーションの様式及び手段で、かつ学業面・社会性の発達を最大にする環境で行なわれること」を要請している。
5.「インクルーシブな教育」と「特別支援教育」
1) インクルーシブな教育の流れ
1994年の6月にスペインのサラマンカで、25の国際機関・92の政府が「特別なニーズ教育」について討議を行ない、インクルージョンの原則を確認した。スペイン政府・ユネスコは共同で「サラマンカ声明」を発表している。2005年にはユネスコは「インクルージョンのための指針、Ensuring Access to Education for All」を発行している。2006年の子どもの権利委員会の一般的意見9号「障害のある子どもの権利」でも66・67パラグラフにおいてかなり大きく「インクルーシブ教育」について述べている。そして本条約24条もまたインクルーシブ教育について述べているというわけである。確かに国際的な流れはインクルーシブ教育にあると言って過言でないだろう。
2) ろう・盲教育とインクルーシブ教育
上述のように障害者の教育においてインクルーシブが世界的傾向であるが、ろう・盲教育については若干異なった流れも見られ、本条約24条の教育のところでもでも若干微妙な表現となっていた。本条約の審議途中の2005年8月2日に、世界ろう連盟と世界盲人連合は「ろう・盲・盲ろう者のためのインクルーシブ教育に関する声明」(教育の選択の論理的根拠)という文書を発表している。この声明は「万人のためのインクルーシブでバリアフリーな質の高い教育を支持」しまた「教育計画等に障害者および障害者団体がインクルーシブに関与することを支持」するとしながら、一方で「ろう者等にとっては普通学校にメインストリームすることが、必ずしも社会的なインクルージョンにはつながらない」と述べ「全ての障害を持つ学生が自宅近くの普通学校で学ぶという全面的な統合教育の考えかたに、われわれは大きく異なった意見を有している」と主張し、結論的にろう・盲・盲ろうの子どもが教育を受ける場を選択する権利を強調している。
本条約の成立過程の教育についての議論で、@強制か選択かA分離か統合かの2つのが大きな問題が議論になっている。@について、親・本人の選択の自由を認める点でおおかたの合意が形成された。しかし日本政府は「日本では教育をうける権利が教育を選択する自由より優先される」と述べて反対の態度をとっている。Aについては、国際的にも全般的インクルージョン派と盲・ろうの分離教育を選択肢として認める両方の立場が存在した。一見日本の立場は後者に見えるが、選択肢として分離教育を認めるのと強制的に分離しか認めないのではまったく異なっているのである。
3) 特別支援教育はインクルーシブ教育か?
まず我々にはまだ耳慣れない特別支援教育について、その導入の経過を振り返ってみる。2001〜2003年に「特別支援教育の在り方に関する調査研究」が行なわれており、その最終報告が2003年3月に出ている。そこで、障害の程度に応じ特別の場で指導を行う従来の「特殊教育」から一人一人の教育的ニーズに応じて支援を行う「特別支援教育」への転換が位置付けられたのである。さらに2005年12月に中教審答申「特別支援教育を推進するための制度の在り方について」が出てより具体化された。そして2006年6月に学校教育法が改正され、2007年4月より特別支援教育が実施される事となったのである。これにより盲・聾・養護学校は特別支援学校となり、小中学校の特殊学級は特別支援学級ということになった。さらに従来の特殊教育の対象の障害ばかりでなく、LD・ADHD・高機能自閉症を特別支援教育の対象に含められた。大阪府教委は「LD・ADHD・高機能自閉症等のある生徒の理解と支援のために」という小冊子を2006年の3月に発行しているが、これもこのような、特別支援教育の方針に基づいているのである。
さてこのような特別支援教育と本条約等に言う「インクルーシブな教育」はどういう関係になるのだろうか。端的に言って特別支援教育はインクルーシブ教育なのだろうか。
2004年の段階では「文科省としてインクルーシブ教育と言った事はない」という態度であったが、上述のように2006年学校教育法改正時の審議では小坂文科相は「流れはインクルージョン」であると述べている。しかしその後伊吹文科相はインクルージョンの方向に変化はないとした上で「インクルーシブは理想の形であるけれども、すぐにはできない」と発言している。このあたりが政府のホンネではないだろうか。インクルージョンの方向をめざすにあたって大きな問題は、別学・分離を前提とした従来の就学の枠組みをどうするかであった。しかし今回の改正で就学の枠組みに大きな変更はないと文科省は答弁しており、結局のところ特別支援学校・学級という名称の変更だけで、別学分離の就学手続きは変更されなかった。当初は普通学級への在籍一元化の方針だったのが、中教審答申段階で路線変更して「特殊学級」の実質的な存続が決定されたという。
特別支援教育を定めた改正学校教育法75条では「障害による学習上または生活上の困難を克服するための教育」を行なうとされている。これは障害の病理的理解による定義によっており、障害は機能障害と環境の相互作用であるとして社会的定義に配慮している条約の立場とは異なっている。実はこれでも06年の改正によって文言は改良されているのであって、改正前の「特殊教育」の目的は「その欠陥を補うために必要な知識技能を授ける」であって、機能障害を直截に「欠陥」と位置付けていたのである。改正法でも本条約の共生の理念や「合理的配慮」の概念も見られない。結局、現状では特別支援教育はインクルーシブな教育の方向を目指すとは言いながら、条約に言うインクルーシブな教育段階には到底達していないものである。政府もその事がわかっているので、「国内法との調整」が必要として本条約に署名していないのである。
4) 手話教育の問題
@ 問題の所在
本条約2条で手話は明確に「言語」に含まれることになっている。さらに24条教育の3の(b)では「手話の習得およびろう社会の言語的なアイデンティティの促進を容易にすること」とありさらに(c)で「盲・ろうの人の教育がその個人にとってもっとも適切な言語並びにコミュニケーションの様式および手段で、かつ学業面発達および社会性の発達を最大にする環境で行なわれることを確保すること」とある。手話がろう者のコミュニケーション手段として、教育の面でもきちんと位置付けられているのである。わが国のろう学校(本年から特別支援学校であるが)でも当然、手話を用いて教育が行なわれていると思われているのであるが、実は日本のろう学校では手話による教育はほとんど行なわれていないのが実情なのである。日本のろう教育は1930年代から聴覚口話法が主流で、手話はろう児の聴覚活用を妨げるものとして禁止されたりしている。学習指導要領でも「保有する聴覚その他の感覚を有効に用いる能力や態度を養うこと」とあり、聴覚口話法が中心であることを位置付けている。
このような情況で、2003年5月に日弁連人権擁護委員会にろう学校の生徒とその親など107名が、ろう学校における日本手話での教育やバイリンガル教育の実現等を求めて人権救済の申し立てを行なった。バイリンガル教育とはまず第一言語として日本手話を学び、手話によって言語感覚をやしなった上でその後日本語教育を行なう方法のことである。日弁連は独自に調査を行い、その結果2005年2月18日に「手話教育の充実を求める意見書」を公表した。
A 意見書の内容
意見書はわが国のろう教育が聴覚口話法中心であるとした後、世界の状況について述べる。世界的には手話教育中心であるとまでは言えず、試行錯誤状況が続いているとする。しかし口話法教育の行き詰まりの認識と手話教育への注視の傾向が見られることは明らかで、とりわけ北欧諸国ではバイリンガル教育の進んでいるとする。結論的には、ろう者の立場もさまざまで一律にどの方式が正しいとは言えないが、選択の自由は認められるべきであるとして以下のことを要請している。手話を言語として法的に認めること、手話を教育のなかに正当に位置付けて手話の使用に積極的に取り組むこと、手話で教育できる教員の養成に取り組むこと、手話による教育を受けることを選択する自由を認めること等である。この意見書の内容と本条約は選択の自由を認める点など基本的に一致していると言えるだろう。
6.結論にかえて
やはり早期に国内法を整備し、本条約を批准・発効させるべきと考える。そのためには先ずアメリカのADAのような障害者差別禁止立法を行なうことが肝要である。また教育の面では、いちおうはインクルーシブの方を目指していると思われる特別支援教育を正しくインクルーシブな教育(選択の自由を認めた上での統合方針)に転換していくことがなされねばならない。しかしこれを実施するためには、現状の教職員の体制では質・量ともに不十分なのである。現状では、特別支援学校の教職員ですら実は専門の教育・訓練のあるものは少ないのである。現行の教職員定数の大幅な改善・大規模な研修・訓練の実施が当然必要となり、財政の大幅な手当てが肝要であろう。
一方で、我々教職員とりわけこれまで「特殊学級」もなくほぼ障害者と分離された状態にあった高校現場の教職員の側もインクルーシブな教育に向けて意識の転換等が必要であろう。私としても、本条約についてなお検討していきたいと考えている。
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