◆198907KHK086A1L0188MN
TITLE:  ティンカー事件・ゴス事件の紹介
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第086号(1989年7月)
WORDS:  全40字×188行

 

ティンカー事件・ゴス事件の紹介

 

羽 山 健 一 

 

 はじめに

  生徒の人権を検討する際にアメリカの判例が引用されていることによく出合う。その中でも,テインカー事件,ゴス事件はたいへんよく引用される。しかしそれは判例の一部分であるので,その引用部分がどのような脈絡の中で述べられたのか,また両判決の判例としての限界がどこにあるかを明らかにしてみようと思い,両判決を翻訳してみることにした。原典は,ACLU(アメリカ自由人権協会)の,THE RIGHTS OF STUDENTSによった。残念ながらここには,法廷意見のみで反対意見が掲載されていなかったので,それは紹介できない。本稿では両判決の要旨をごく簡単にまとめ,その限界を考えてみたい。

A.ティンカー事件(1969)

  1.本件は公立学校生徒が,ベトナム戦争反対の意思表明をするために黒い腕章を着けて登校したことを理由に,停学処分を受けたものである。まず,意思表明のために腕章を着けることが,憲法問題になり得るかについて,このような非言語的行為による意思の表明は,「純然たる言論」に極めて近いものと判断し,憲法修正第1条の「言論および出版」の自由(表現の自由)の問題となることを認めた。

  2.学校という教育の場で,生徒の人権保障がどのように扱われるかについて,次の箇所がよく引用される。「われわれの制度では,州の運営する学校は全体主義の飛び地であってはならない。学校職員は生徒に対して絶対的な権限を有するものではない。生徒は学校内においても,学校外におけると同様に,わが連邦憲法の下での『人(persons)』である。」として生徒の人権享有性を認め,さらに表現の自由について,「修正第1条の諸権利は,学校という環境の特質に照らして適用されるにしても,教師および生徒に対して認められている。生徒あるいは教師が,言論ないし表現の自由に対する各自の憲法上の諸権利を校門の所で捨て去るのだとは,とうてい主張できない。」と宣言し,このことを自明のこととしている。したがって,生徒の言論を規制するには,憲法上の正当な理由が示されなければならない。

  3.「実質的妨害」テスト。学校が生徒の表現活動を規制することができるのは,一般的に生徒の活動が,「学校の教育活動における規律を具体的かつ実質的に妨害する」場合に限られる。学校が生徒の表現活動の規制を正当化するためには,生徒の行為が学校の教育活動を実質的に妨害し,あるいは,他の生徒の権利を侵害するであろうことを証明しなければならず,その挙証責任は学校側にある。本件において生徒の行ったことといえば,腕章を着用したことであり,これは無言で無抵抗の意思表明である。本件では学校は上記のような証拠を一切提出していなかった。

  4.判例は教育そのものにも言及している。「生徒は国家が伝えると決めたものだけを受け取る受領者ではない」として,スパルタの例を引きながら,国家主導の教育を否定して教育の自由に理解を示している。さらに「憲法上の自由を注意深く守るには,学校が最も重要な場所である」とも述べ,教室は「思想の交換市場」であり,国家の将来はこのような自由な教育の成果に委ねられている,と判示した。

  5.ティンカー判決の限界。@判決自身が本件は服装,髪型,ないし集団示威行動とは無関係であると言っているように,この判決の守備範囲がどこまでであるのか,明らかではない。事実,ティンカー事件後のFraser事件(1986)では,高校の選挙指名演説で,わいせつな言葉を用いた高校生の懲戒について,最高裁は,これは学校の裁量権の範囲内だとして,学校の懲戒を支持した。また,Kuhlmeier 事件(1988)では,ジャーナリズムの授業の一環として出版されている学校新聞について,事前検閲による学校側の記事削除を認めた。A高らかに生徒の人権を宣言しているが,生徒に成人と同様の表現の自由を認めたものかどうか,明らかではない。先のFraser事件でも,「わいせつ」の判断は成人と未成年者の場合とで異なるとしている。また,生徒の判断力や成熟度についても触れられていない。B教育論について述べているが,それは国家にとって教育が重要であることを指摘したにとどまり,表現の自由を子どもに保障することが子どもの成長にとって必要である(手段的機能)という観点が明確であるとは言えない。C「実質的妨害」テストについて。本件は学校側が教育活動の妨害が予測されるという証拠をいっさい提出していなかったために,生徒側が勝訴できたように思われるが,学校側が何らかの証拠を出していたらどうなっていただろうか。また,「実質的妨害」とはどの様な状態を指すのか,具体的に明らかではない。さらに,生徒の表現を制限するためには,一般的に適用される「明白かつ現在の危険」テストではなく,妨害が生じる「合理的な予測」で足りるとして,生徒の表現の自由の保障を一段階低めているかのようである。このことが,学校側に広い裁量権を与え,生徒の表現の自由の保障をあいまいなものにしてしまいかねない。E本件における黒い腕章の着用は,市民運動の一環として生徒たちの親も承認しているものである。親が自分の子どもを教育する自由と,学校の教育権限あるいは懲戒権との関係が明らかにされていない。

B.ゴス事件(1975)

  1.オハイオ州法は,10日以内の停学について,生徒への通告や弁明の機会を与えないで処分することを認めていた。最高裁は,生徒には公教育を受ける正当な資格(entitlement) があり,停学は生徒の教育その他の自由を奪うことになるので,処分を行うに当たっては,憲法修正第14条の適正手続きが保障されなければならず,10日以内の停学についても,事前に何らかの告知と聴聞を与えるべきことを判示した。その手続きとは,@被疑事実についての口頭もしくは文書による告知,A生徒がそれを否認する場合には証拠の説明,B事件について生徒側の事情を弁明する機会,である。

  2.ゴス事件の限界。@当該生徒が登校することによって,他の生徒,施設,あるいは学習環境に脅威が生じる場合には,例外的に即時停学を認めている。ただし,その場合にも,事後にできるだけ早く告知と聴聞が行われなければならない,としている。Aもともと聴聞とは,「告知によって明らかにされた事案について,当事者が有利な証拠を主張し,不利な事実について反証,弁明し,反対尋問することを内容とする手続き」のことであるが,本判決では厳密な手続きの必要を否定し,生徒との非公式な「話し合い」で足りるとしている。B本件は10日以内の停学についての手続きを定めたが,学期あるいは学年が終わるまでの長期停学,および退学処分を行うに当たっての手続きについては判示していない。わずかに,そのような場合には「より形式的な手続きが必要であろう」と述べているにすぎない。C生徒の親が懲戒処分手続きにどのように関わることができるかについては,いっさい説明されていない。D本件は,一時的にせよ学校教育から生徒を排除するという停学処分についてのものであり,その他の事実上の懲戒や,学校教育措置(処分)について,どのような手続きが必要とされるかは,本判例の守備範囲にない。たとえば,ゴス判決後の,Ingraham事件(1977)では,体罰について事前の手続きの必要がないとしているし,また,医科大学生の学業不振による退学措置についてのHorowitz事件(1978)では,学問上の専門的判断は,学校の広い裁量の下にあり,学生に聴聞を要求する権利はないとしている。

  以上,二大判決をごく簡単にまとめてしまったが,関心や疑問のある方には,ゴス判決の訳文(稚拙な訳ですが)をお送りしますので,御連絡ください。ティンカー判決の訳は本ニュースに連載中です。御意見等いただけたら幸いです。

<参考文献>

  上原 崇 『アメリカの生徒の権利と義務』(1984)

  米沢広一 「子ども,親,政府」神戸学院法学15巻2,3,4号(1984-25)

  松井茂記 『アメリカ憲法入門』(1989)

 

<レジメ>

    ティンカー事件,ゴス事件判例研究
                                   羽山健一
○ 最高裁教育判例
    In re Gault (1967)
     Tinker v. Des Moines Sch.Dist.(1969)
     Goss v. Lopes (1975) 
    Ingraham v. Wright (1977) 
    Bd. of Curators v. Horowitz (1978)
    Bd. of Educ. v. Pico (1982) 
    New Jersey v. T.L.O. (1985) 
    Bethel Sch. Dist. v. Fraser (1986)
    Hazelwood Sch. Dist. v. Kuhlmeier (1988) 

A.ティンカー事件
 1.事実の概要,地裁控訴裁判決

 2.意見表明のための腕章の着用
    修正第1条の保護を受ける「象徴的行為」
    「純然たる言論」に酷似する権利

 3.学校における生徒の憲法的権利
    生徒は学校の内外を問わず,憲法上の「人格」
    憲法修正第1条の権利−−表現の自由(言論,出版の自由)
      修正14条(Meyer),修正1条(Barnette)

 4.学校の規制権限と生徒の表現の自由(腕章の着用)
    腕章の着用は無言で無抵抗の意思表明

    「具体的,実質的妨害」テスト
       特定されない混乱の心配や危惧
       予見性
       挙証責任

    本件における問題点
       論争を避けようとする願望,特定の意見の表明の禁止

 5.教育における表現の自由の重要性
    教育内容の統制について
    スパルタ「同O質の人間の育成」(Meyer) 
    教室は「思想の交換市場」(Keyishian)
    場所および時間,生徒間の交際も教育の一部(Burnside)
    権利行使の限界

 6.ティンカー判決の限界
    スカートの長さ,服装,髪型,集団示威行動,言論,出版
    生徒に成人と同等の表現の自由を認めたのか
    表現の自由が教育に及ぼす作用−−手段的機能
    「実質的妨害」テストの不明確性,証明の程度
    親の教育権との関係

 

B.ゴス事件
 1.事実の概要,地裁判決

 2.生徒の懲戒処分に憲法修正第14条が適用されるか.(Tinker,Barnette)
    生命,自由,財産の剥奪
    公教育を受ける正当な資格
    財産権的利益----停学期間中,教育を受けられない
    自由権的利益----生徒の世評を将来的に損なう

 3.10日間の停学に手続き的保護が及ぶか.
    「過酷で悲痛な損害」
    利益侵害の量と質
    10日の停学は取るに足りないものではない(憲法を完全に無視できない)

 4.与えられるべき手続きの内容
    学校運営への司法的介入(Epperson)
    普遍的手続きの不存在
    適正手続きの必須要件----何らかの告知と,何らかの聴聞
    具体的内容は対立する利益の適切な調整によって決まる
      @ 被疑事実についての口頭もしくは文書による告知 
      A 生徒がその被疑事実を否認した場合には,証拠の説明
      B 事件に対する生徒側の事情を説明する機会

 5.ゴス判決の限界
    例外的事例では,即時停学を認める
    非公式の聴聞で足りる
    長期停学,退学について
    親の手続き的権利について

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