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TITLE:  高知県教員採用選考審査問題開示請求事件
AUTHOR: 尾崎 俊雄
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第180号(1998年10月)
WORDS:  全40字×150行

 

高知県教員採用選考審査問題開示請求事件

 

尾 崎 俊 雄 

 

はじめに

  今から4年前に提起されたこの訴訟は、教育情報の開示という問題にとどまらず、教育行政の責任をどう考えるかという問題、最近の行政訴訟に共通する傾向をどのように見るかなど、多くの点で考慮に値する裁判であったと思われる。ここでは、これらの問題について考えるひとつの材料としてこの訴訟の経過をを紹介したい。

 

1.事件の概要

  「1994年7月25日に実施された平成7年度高知県公立学校教員採用候補者選考審査の問題に解答が得られないものがある」、との受審者からの申し立てを受けて、県教組は県教育委員会に公開質問状を提出した。これに対して県教育委員会は「ミスではない」が「一部に誤解を招く点はあった」「受審者の不利にならないように配慮する」とコメントしたのみであった。このため「子どもと教育を守る県連絡会」は指摘のあった問題と解答の開示を県情報公開条例にもとづいて県教育委員会に請求したが、県教育委員会は「非開示」を決定。これに対して同会は異議申立てをしたものの、県教育委員会はこの申立てを棄却した。同会は「教員採用制度については県民の不信感も強い。選考審査問題を明らかにすることが教育改革の第一歩である」として提訴した。

 

2.原告の主張要旨

  原告の当該文書開示請求に対して、被告が非開示とする決定をしたことについて、次のように主張した。(本件処分)この本件処分は、高知県情報公開条例の非開示事由に該当しない違法な処分である。この条例は、その解釈・運用について「県民の公文書を請求する権利が十分尊重されるようにこの条例を解釈し、運用するものとする「(第3条)とされ、非開示事由を列挙する第6条の各号を解釈・運用するにあたっては、厳格かつ限定的に解釈運用されなければならず、不当に拡大して解釈することは許されない。

  被告が述べている非開示の理由は、「開示すると、それのみに対応した対策を助長することになり、教師としてふさわしい適性や能力を選考しようとする本県の選考審査制度を阻害し、今後実施する選考事務の適正な執行に著しい支障を生ずることとなる」としているが、このような解釈・運用はなんら実証的根拠もなく、あまりに短絡的な解釈である。

  また開示請求された文書は教員採用審査の全部ではなく、試験実施後「出題ミスではないか」という疑問が受審者より出された一部の問題である。これについては被告も「一部に誤解を招く点があった」とその責任を婉曲にではあるが認めている。このような疑惑が持たれている以上、問題自体を県民に開示し、その検討にゆだねることは「事務事業の公正もしくは円滑な執行に寄与することはあっても、決して「著しい支障」を来すことなど考えられない。

 

3.被告の主張要旨

  人の学識・技能に関する試験・検定については、一定の水準に到達しているか否かを認定することを目的として行われる性質のもので公正中立を旨として行われなければならない。したがって試験・検定の事務に携わる試験委員(問題作成委員を含む)に対して、その問題・解答の作成、採点を含む合否の判定について全権が委任され、その裁量に委ねられている。このことは、行政不服審査法第4条第1項第11号が「もっぱら人の学識技能に関する試験または検定の結果についての処分」に対しては監督権の発動がなされるべき性格のものではないとして、行政不服審査法の対象から除外されている。

  出題される問題は、その目的の性質上公開を予定して作成される性質のものではなく、目的達成のための内部文書の性格しか保有していない。したがって条例の第1条に規定する一般行政文書とは性格を異にする。

  問題の作成は5名の限られた作成委員が行っている。択一式の問題はその性質上問題の範囲・数が限定されざるをえない。これを開示することは出題可能な問題全部を公表したのと同じ結果をもたらす。

  問題が開示されると多方面からの批判が予想され、問題作成者の物理的・精神的負担が著しく増大し、問題作成者の確保が困難になる。

  教員の採用は選考によって行う(教育公務員特例法第13条)されている。問題を公開すると、その出題傾向のみに対応した姑息ともいうべき受験勉強を助長し、選考の趣旨を実現困難にしてしまう。

  条例第5条は、公文書の開示請求できる資格を、県内に居住する個人ならびに県内に事務所または事業所を有する個人および法人その他の団体に限定していて、請求権を有する者と有しない者との不公平が生じることは否定できない。

  高知県公文書開示審査会は諮問に対して「高知県教育委員会の行った非開示決定は妥当である」旨答申している。

 

4.判決における争点に対する判断

(1) 択一式問題の一般的性格

  審査が開始されるまでに開示されれば、当然その目的を達成することはできない。しかし審査後はその目的を達した後であり、問題と解答が開示になじまないものではない。条例は公文書につていて開示を原則とし、例外的に非開示事由を列挙しており、内部文書であるとか、裁量にもとづいて作成されたもので、県民の監督の対象にならないということは、条例が挙げている非開示の事由に該当しない。

  教職教養の問題は出題範囲が基礎的な領域に限定され、学説の分かれるところは出題できないなど受験者が問題を予測しやすいことは認められる。従来から業者および任意団体が問題を復元し、販売しており、受験者は正確にではないが、出題範囲や傾向を予測して、対策を行っていたことが認められる。したがって問題を開示したところで受験者の準備状況に大きな変化が生じるとは考えられない。また、受験者の学究活動・基礎学習・社会活動の状況を審査するために、集団面接・個別面接・筆記論文及び出身大学から送付される個人記録を総合的に検討することになっており、択一式問題の公開が直ちに教員として適切な受験者を採用できなくなるという主張は根拠がない。

  問題作成委員は繁忙ななかで適性・的確な問題作制の職務を負い精神的・物理的負担は大きく、問題への批判などのこれ以上の負担増は、重大な影響を及ぼす。教員選考基準を明確にし、問題作制委員を各方面から招集するなどして体制を整えて、問題を開示することは、条例の趣旨にも合致し、県民の教育要求に応えることであり望ましい。しかし、その体制が整備されていない現状では選考事務に混乱を持ち込む可能性があり、現時点での開示は不相応である。

(2) 一部開示の妥当性

  一部の開示であっても、続けて一部づつ続けて開示請求することは可能である。問題の疑義があるという疑義の概念は特定困難である。この場合にも開示したことで問題が批判の対象になることには変わりがない。

(3) 結論

  本件処分は適法であり、原告の請求には理由がない。

 

5.判決について

  この判決は両者の主張を比較・検討しているが、ほとんどの論点で原告の主張を認め、被告の主張を退けている。にもかかわらず、結果は原告の請求棄却であった。開示請求自体は正当であるが、現状のままで開示すればより大きな弊害を生じる可能性があり、それらを比較して、結果原告の請求を棄却したものであり、主張内容の正当性よりも行政内部の事情や都合を重視した判決であり、最近の行政訴訟に多く見られるタイプの判決である。

  しかしこの判決の場合、請求を容認したとしてもそれほど大きな公共の福祉に反する事態が招来するとは考えられない。また被告の側にそれを論証する責があると思われるが、どう見てもそれは不十分である。

  審査問題の開示請求を容認するためには新たな人材獲得や法令の整備・予算の裏付けなど体制を整備することを条件としているが、これらの条件を整備するかどうかは被告の判断に任せられており、公開を前提としてその整備を行政に要請しているわけではない。今後被告がそれを行わなければ、原告の正当な請求はいつまでたっても実現しないことになる。

 

6.公開のための条件は未整備状態

  教育長の選考権にもとづき、例えば教育委員会規則や教育長告示等によって選考基準・方法・手続きを決めて、そのうえで選考委員会や問題作成委員会を組織するなどがこの条件を具体的に整備することにあたると考えられるが、現状は密室で選考事務は行われており、選考審査の問題を内部文書というような主張に象徴される体質がある。そうであるとすれば、被告にそのような体制を整備しようという意思はないものと推測される。

 

7.教育行政の責任

  教育基本法第10条は、教育行政は国民全体に対して責任を負うこと、とともに直接に責任を負って行われるべきことを示していることからすると、その責任は国民・地域住民の求めるところに即して教育行政が行われるべきことになる。法律に基づいて教育行政がおこなわれなければならないことはもとより、行政過程における判断の適否、結果に対する責任も問われることになる。そしてこの責任を正確に問うためには、行政の持つ情報を開示することは必要不可欠である。それがたとえ行政にとって不都合なことであり、行政の職員の責任を追及することになったとしてもその責任は明らかにされる必要があろう。このような観点からも高知県教育委員会のとった対応は再検討されなければならない。

  この観点から今回の事件を見ると、教育行政当局の責任に対する感覚や捉え方は極めて甘く、無自覚であったと言わざるをえないだろう。法律上の違法性を裁判で争い、「違法とまではいえない」という判決の一文を、自身の行為すべてを正当化するものと考えるようなものである。上記の教育行政本来の責任に鑑みれば、教員採用選考の仕組み、その問題と解答などの受審者、地域住民や父母への公開は、当然に行われて然るべきことである。

  しかし現実には高知県の教育行政は、決して特殊なものではなく、多くの教育行政当局は同様の対応をとることだろう。現状の教育行政についてはこのような現実を十分に踏まえて、建設的、戦略的に対処することが肝要である。

 

8.おわりに

  以上本訴訟の経緯の報告書を読み、思い付いた事柄を記してきた。先にも書いたように、この訴訟はさまざまな意味を持つと考えられる。ここでは扱わなかったが、訴訟における証言も非常に興味深いものであった。つたない報告ではあるが、本訴訟に興味を持っていただける契機となればと思いここに報告する。

 

  1998.9.12



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