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TITLE:  学習指導要領に基づく高校「政治・経済」の授業・教育内容の特徴と課題(その2)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第214号(2004年6月)
WORDS:  全40字×373行


学習指導要領に基づく高校「政治・経済」の
授業・教育内容の特徴と課題(その2)



羽 山 健 一




3.政治・経済の授業の課題と問題点


  現行の新学習指導要領は2003年4月より、高校1年生から適用されているが、「政治・経済」は、2年生あるいは3年生で履修させることが多いので、現在の時点(2004年2月)では、新課程による「政治・経済」はほとんど実施されていない。そのため、ここでは旧学習指導要領に基づく「政治・経済」の授業を検討の対象にする。

(1)系統的知識の学習が中心
  従前より授業の在り方について、「系統的・知識重視」か、「問題解決的・生活体験重視」かという論争が行われてきたが、戦後においては、一時期を除いて、系統的知識重視の授業が大勢を占めてきたといえよう。
  旧学習指導要領は1994年から適用されたものであるが、このとき教科として「社会」が廃止され、「地理歴史」と「公民」が新たに設けられた。このときの学習指導要領においても、一般方針として「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成を図るとともに、基礎的・基本的な内容の指導を徹底し、個性を生かす教育の充実」に努めるべきことが掲げられており、そのため「体験的な学習や問題解決的な学習を重視し、自ら学ぶ目標を定め何をどのように学ぶかという主体的な学習の仕方を身に付けさせるよう配慮した。」と説明されていた[10]。
  しかし、このような説明とは裏腹に「政治・経済」の教育課程の基準はやはり依然として系統的知識学習中心となっている。それは、学習指導要領には政治経済に関する広範な分野の学習内容が盛り込まれているからである。教科書、資料集、大学入試問題も学習指導要領に準拠して作成されるから、「政治・経済」の授業も系統的知識を教え込むものとならざるをえない。そして生徒は、他人ごとのように政治経済の問題を学び、ただ、テストの点を取るために暗記する。生徒にとって「政治・経済」は暗記科目なのである[11]。「政治・経済」が暗記科目となってしまうことは、学習指導要領が広範で膨大な教育内容を盛り込んでいること以外に、さまざまな事情が関係している。その事情と考えられるものを以下に述べる。

(2)内容の取り扱い
  「政治・経済」の内容の取扱いについて、学習指導要領は、「全体としてのまとまりを工夫し、特定の事項だけに偏らないようにすること」、「細かな事象や高度な事項・事柄には深入りしないこと」と指示をしている。この指示は現行の指導要領においても継承されている。つまり、学習指導要領は学習分野の大枠を示すだけではなく、その広範な分野の学習内容を、「広く浅く」教えることを基本としているのである。それは、特定の事項に深入りしていると、学習指導要領に定める学習内容の全体を教えることができなくなるからである。そして、学習指導要領の指示するように、争点に深入りせず、「広く浅く」教えようとすると、抽象的な知識中心の詰め込み授業にならざるをえない。これでは生徒に興味を持たせ自ら学ぶ意欲を湧かせるのは至難の技である。
  文部科学省は最近の学力低下の批判を受けて、2003年12月、実施されたばかりの学習指導要領の一部改訂を行った。高等学校学習指導要領・総則では、「各教科・科目等の内容等の取扱い」の項目で、「学校においては、第2章以下に示していない事項を加えて指導することができる」の次に、「また、第2章以下に示す内容の取扱いのうち内容の範囲や程度等を示す事項は、当該科目を履修するすべての生徒に対して指導するものとする内容の範囲や程度等を示したものであり、学校において必要がある場合には、この事項にかかわらず指導することができる。」という記述が新たに加えられ、また各教科の項目においても同旨の記述が加えられた。これは、「細かな事象や高度な事項・事柄には深入りしないこと」という「歯止め」規定に対する特例とみられる。しかし実際には、学習指導要領に定められた広範な分野の学習を忠実に実施しようとする限り、「細かな事象や高度な事項・事柄に深入り」するような時間的余裕はないはずである。
  文部科学省も、週五日制の実施によって指導時間が不足することは認識しており、学習指導要領の改正通知の中で、「教育課程を適切に実施するために必要な指導時間を確保するよう努める必要がある」とし、また、指導内容の確実な定着を図るため必要がある場合には、「学校教育法施行規則に定める各教科等の年間授業時数の標準を上回る適切な指導時間を確保するよう配慮すること。」として、教科学習の時間を増やすことを促している[12]。しかし、教科学習の指導時間を増やすためには、2学期制を導入したり夏休みを短縮するなどして授業日数を増やす方法か、あるいは、1日の授業時間を増やす方法しかない。

(3)授業時間数
  「政治・経済」の学習時間量は2単位である。つまり、1単位時間を50分とし、35単位時間行われた授業を1単位と計算するから、「政治・経済」の総授業数は70単位時間である。ただし、実際には学校行事、定期考査などで授業がぬけるから70単位時間を確保できることはない。そして「政治・経済」教科書の分量は180頁ほどあるから、これを70回の授業で学習しようとすると、1回の50分の授業で教科書の約2.5ページ分を学習する割合になる。これに従うと、たとえば、「社会権的基本権」に費やす時間は0.5時間、「経済成長と景気変動」に費やす時間は1時間などとなる。
  前述のように、学習指導要領が内容の取扱いとして、「細かな事象や高度な事項・事柄には深入りしないこと」と指示するのは、特定の事項を詳しく学習していたのでは、全部の範囲を終えることができなくなるからである。このように、授業時間の面からも、問題の本質まで掘り下げて「自ら学ぶ意欲」を持たせることは困難である。結局、「上っ面だけ」「建て前だけ」の授業になり、重要事項を暗記させるだけの学習になってしまうのである。また、生徒の興味関心を高め、思考力、判断力を育成する授業を取り入れようとすれば、1年間で政治分野だけ、あるいは経済分野だけで終わることにもなってしまう。
  数年前から大学入試科目が増加する傾向にあり、公民科では「現代社会」を選択する受験生が増えている。また、高校の開講する科目について、これまで「倫理」(2単位)と「政治・経済」(2単位)の2科目を必修科目に指定していたのを、「現代社会」(2単位)のみを必修科目とするように変更した学校が増えている。その結果、多くの生徒が高校において「政治・経済」を学ぶことなく卒業することになる。「現代社会」の教育課程にも政治経済の内容が含まれているが、それに費やす授業時間は「政治・経済」に比べても、きわめてわずかなものである。

(4)教科書使用義務
  教科書は学習指導要領に基づいて編成され検定を受けるから、学習指導要領に準拠した系統的・網羅的なものになる。また、教師も教科書を用いて授業を行う限り、その影響を多分に受ける。その前提には教師の教科書使用義務がある。教師は、学校教育法第21条第1項にもとづいて教科書を使用する義務を負い、教科書を使用せずに授業を行ってはならないとされている。その教科書の使用形態については、福岡高裁は伝習館高校事件判決において次のように述べた[13]。すなわち、教科書のあるべき使用形態とは「授業に教科書を持参させ、原則としてその内容の全部について教科書に対応して授業すること」であり、教科書の内容の全部について授業した上で、「教科書を直接使用することなく、学問的見地に立った反対説や他の教材を用いての授業をすることも許される」としている。つまり、原則として教科書の内容はその全部を授業で学習させなければならない、ということが建て前となっている。
  学習指導要領の内容の全部を授業で網羅し、教科書使用義務を果たそうとすれば、その授業は「広く浅く」になるのは避けられない。

(5)時事的事象の扱い ― 政治的中立性の確保
  学習指導要領は、現代の諸問題や時事的事象の取扱いについて、「教育基本法第8条の規定に基づき、適切に行うこと。」と指示している。これに関連して『指導要領の解説』では、「政治についての基本的な見方や考え方を身に付けさせる」ためには、「政治的な事象をとらえる一つの理論を絶対的なものとして取り扱うことのないように留意」して指導するよう説明している[14]。
  また、同法第8条第1項は「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。」と規定し、同条第2項は「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」と規定している。第2項は、党派的な政治教育を禁止することによって、教育が一党一派に偏しないようにして、教育の政治的中立性を確保しようとするものである。これにより、教師が特定政党の支持に結びつける目的をもって、特定の政治的イデオロギーを一方的に価値の高いものとして教え込むような教育を行うことは禁止される。
  このような第2項の禁止する教育を「偏向教育」と呼ぶとすれば、偏向教育は、生徒の政治に対する認識力を鈍らせ、もって第1項に定める政治的教養の育成を阻害することになるから禁止されるのである。したがって第2項は、教師が論争的題材を教材にしたり、それに対する自己の見解を述べることを禁止しているのではない。
  ところが、教師が偏向教育を避けようとするあまり、「一方の立場を説明するときには必ず他方の立場をも説明するべきである」と考えられ、結局「あれも、これも、もっともである」という価値相対主義的な評価を下し、両論併記、総花的な扱い方をして、傍観者的中立の立場に陥ってしまう傾向がある。事実、これを支持する論者もいる。すなわち、「ある事柄について考え方、その見方、意見などに対立があれば、それらを可能な限り等しく提示して見せるという態度」が要請され、また、「教育はその本質上、政治の世界の各グループと等距離をとり、特定のグループの主義、主張、政策にのみ関わらないということが要請される。」[15]とするものである。確かにこれは重要な指摘であるが、現実的とはいえない。なぜなら、どんな考え方にも反対論があり、逐一これに触れていたのでは授業はすすまないし、また、政治教育の内容は特定のグループの主張とある程度関係するものばかりで、いずれかのグループに近づくことは避けがたいからである。教育基本法8条1項で尊重されるべきものとされる「政治的教養」の教育は「蒸留水のように毒にも薬にもならない教育や、一方の立場を説明するときには必ず他方の立場をも説明するべきであるとするような、八方美人的教育」に限定されるべきではないと考えるべきであろう[16]。
  政治教育の実施を困難にするほど厳格な政治的中立を求められているわけではないのに、教師は論争的題材を扱ったり、自分の見解や価値判断を述べることに消極的になりつつある。こうした政治的中立に配慮しすぎた授業では、憲法擁護、人権保護、平和主義などが特に重要なものとして強調されることはない。元来、「憲法の・・・根本をなす民主主義と平和主義とは時代と場所を超越する人類普遍の原理であるという信念を被教育者に植えつけるのが最も肝要」であり、教育機関がこれを行うことは義務であって、教育基本法8条2項の禁止する政治教育をしたことにはならないはずである[17]。憲法の重要な原理を単なる決まり文句としてのみ教える授業によって、生徒が将来、自律的に政治的判断を行えるようになることは望みようもない。また、興味深いはずの時事的問題の学習が、無味乾燥、無色透明なものとなり、生徒にとってまったくおもしろ味のないものとなってしまう。
  このような授業になる一因は、教師が自らの授業を偏向教育として批判されることを必要以上に恐れるからである。その背景や経緯については、「4.偏向教育批判と教師の萎縮」のところで述べる。

(6)政党名について
  授業で政治的な意見の対立がある題材を扱うとき、その当事者の立場や主張を明らかにする必要があり、どうしても、個々の政党の見解に触れることが必要になってくる。しかし、それが「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育」にならないようにしなければならない。授業において特定の政党の名称を出して説明をすると、その政党を支持しあるいは反対する意図がなくても、偏向教育を疑われるおそれがあるから、その特定の立場からの見解を一般化して、政党名を出さずに解説するという無難な方法がとられがちである。教科書には、政党一般の意義や機能、その変遷や議席数などの資料が載ることがあっても、特定の政治問題についての各政党の見解が記述されることはない。大学入試問題にも政党の具体的な政策を問うものはほとんどみられない。ここにも、政党名の出てこない授業が広がる理由がある。
  ノルウェーの社会科の教育課程には「各政党の政策に通暁すること」が学習内容として明記されている。これに対し、日本の「政治・経済」の学習指導要領には「政党政治や選挙などに着目して、望ましい政治の在り方及び主権者としての参政の在り方について考察させる。」とあるだけで、必ずしも各政党の政策を学習することを求めていない。
  政党の政策を具体的に学習する機会を持たなかった生徒は、成人して選挙権を行使しようとしたときに初めて、誰に投票して良いか判断材料を持っていないことに気づくことになる。


4.偏向教育批判と政治教育の萎縮


(1)山口日記事件
  これまで、政治教育は多くの偏向教育批判に晒されてきた。
  1953年、山口県教職員組合の編集した自主教材『小学生日記』及び『中学生日記』が政治的に偏向しているという理由で、岩国市教育委員会によって回収された。「偏向している」と指摘された欄外記事は「平和憲法」「ソ連とはどんな国か」「再軍備と戸じまり」などの項目であった。これに対し山口県教育委員会も管下の教委に対し、同教材は「平和主義の美名に隠れて、一方に偏した社会思想を吹き込む」ものであるなどとして、適切な措置を取るように指示した。
  この問題で文部省も次官通達「教育の中立性の維持について」(1953年7月8日)を出し、「最近山口県における『中学生日記』『中学生日記』の例に見るごとく、ややもすれば特定政党の政治的主張を移して児童生徒の脳裏に印しようとするごとき事例」があるから、「一部の利害関係や、特定の政治的立場等によって、教育が利用され、歪曲されることのないように」監督すべきことを指示した。
  文部省はこの事件を組織的行動のあらわれと断定し日教組弾圧に乗り出した。文部大臣の求めに応じて中央教育審議会は「教員の政治的中立性維持に関する答申」(1954年1月18日)を出し、その中で、日教組の活動が「あまりに一方に偏向している」と非難し、「教員の組織する職員団体およびその連合体が、年少者の純白な政治意識に対し、一方に偏向した政治的指導を与える機会を絶無ならしむるよう適当な措置を講ずべきである。」と提言した。こうして「山口日記事件」は日教組に対する偏向教育是正の施策へと拡大され、政治教育を規制する「教育二法」の登場をもたらすこととなった。

(2)教育二法
  「教育二法」は、教特法改正法[18]、中立確保法[19]の二つを指し、1954年6月に可決成立した。
  前者は、教師の市民としての政治活動を規制するものであり、教師の教育活動を対象とするものではない。また、後者は教師が偏向教育を行うことを教唆・せん動した者を処罰するもので、偏向教育を行った教師自身は処罰の対象としていない。それにも関わらず、この二法の存在自体が教師に対する無言の圧力となり、「時事的、または論争的問題に、教師が口をつぐんだり、生徒の質問に回答を避ける傾向が強くなり、おびえや政治的無関心が増加し、または自主規制となって、生き生きした授業が行なわれにくくなり、政治教育の萎縮がしだいに職場に広がっていった」[20]と指摘されている。

(3)うれうべき教科書
  1955年8月、日本民主党は「うれうべき教科書の問題」と題するパンフレットを発行し、そのなかで偏向教科書を具体的に指摘した。これを受けて文部省は教科書検定を厳しくし、「基本的人権を強調しすぎる」「過去の日本の軍国主義の反省が強調されすぎる」などの理由で多くの不合格を出した。
  この流れを受けて、1960年の学習指導要領の全面改訂(小中は1958年)では、愛国心を強調し特別活動の項目で「国旗を掲揚し、『君が代』を斉唱させることが望ましい」という記述を盛り込むとともに、学習指導要領を「法的拘束力」をもつものとして官報に告示した。

(4)文部省見解
  高校紛争が激しくなると、文部省はその規制の必要性を説く統一見解「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(1969年10月31日)を発表した。紛争の背後に教師による偏向教育を疑う文部省は、この見解の中で政治教育の中立性についての具体的指針を次のように述べている。
 第三 政治的教養の教育に関する指導上の留意事項
(一) 現実の具体的な政治的事象は、内容が複雑であり、評価の定まっていないものも多く、現実の利害の関連等もあって国民の中に種々の見解があるので、指導にあたっては、客観的かつ公正な指導資料に基づくとともに、教師の個人的な主義主張を避けて公正な態度で指導するよう留意すること。
  なお、現実の具体的な政治的事象には教師自身も教材としてじゅうぶん理解し、消化して客観的に取り扱うことに困難なものがあり、ともすれば教師の個人的な見解や主義主張がはいりこむおそれがあるので、慎重に取り扱うこと。
(二) 上述したように現実の具体的な政治的事象については、種々の見解があり、一つの見解が絶対的に正しく、他のものは誤りであると断定することは困難であるばかりでなく、また議会制民主主義のもとにおいては、国民のひとりひとりが、種々の政策の中から自ら適当と思うものを選択するところに政治の原理があるので、学校における政治的事象の指導においては、一つの結論をだすよりも結論に至るまでの過程の理解がたいせつであることを生徒に納得させること。
  なお、教師の見解そのものも種々の見解の中の一つであることをじゅうぶん認識して教師の見解が生徒に特定の影響を与えてしまうことのないよう注意すること。

  時事的事象の取扱いや教師自身の見解の表明は慎重でなければならないことは言うまでもない。しかし、ここには教師が偏向教育を行っているのではないかという強い不信感がうかがえ、「学習の内容と関係のない問題を授業中みだりに取り扱わないようにすること」などと指示し、「中立公正な立場」で生徒を指導するべきことがくどいほど繰り返し述べられている。
  さらに、この見解は、政治的教養の教育について「議会制民主主義の尊重」、「義務の遂行」、「福祉の増進のための国家の役割」を認識させるべきことを重視している。この見解に示された政治的教養のとらえ方や、時事的事象の取扱いの指針は、1970年告示の高等学校学習指導要領「社会科」や「政治・経済」の目標や内容に採り入れられ、現在の学習指導要領にも貫かれている。

(5)新・憂うべき教科書の問題
  1979年、『じゅん刊・世界と日本』に「新・憂うべき教科書の問題」が掲載されて以降、「日教組が教科書を支配している」とする教科書批判が再燃した。その主張は「愛国心に触れていない」、「核家族がすぐれているという記述がある」、「自衛隊が私生児(ママ)であるがごとき記述がある」などというもので、これを受けて文部省の検定はよりいっそう厳しくなった。その影響を真っ先に被ったのは1982年から使用される予定であった「現代社会」の教科書であり、権利、核、原発、企業の記述などについて、ほとんどの教科書が書き換えさせられた。ついで、歴史教科書についても中国「侵略」を「進出」と書き換えさせるなどの「歴史の歪曲」ともいえる検定が行われた。
  こうした、教科書への攻撃が、授業への攻撃へと波及することは当然に予測され、教師たちも教科書攻撃に反発を感じながらも、危機感をつのらせていった。

(6)政府見解の理解は不可欠
  政府は、立法や行政に現れた政府の方針や政策、主張を必ず教育することを強制し、逆にこれと異なるあるいはそれに反対し批判する見解を教えることを阻害し抑圧してきた。
  1990年代の教科書検定においては、「書かせる検定」が一般化してきた。たとえば自衛隊の記述について、自衛権の存在や自衛隊の法的根拠を記述させ、批判するのであれば「政府の見解を正確に記述」することを強制している。また、PKOについてはPKO協力法の成立を踏まえて記述することとし、国会における強行採決については、審議拒否についても記述することなどが強制されている[21]。
  憲法第9条について、政府は解釈改憲によって憲法を空文化させてきたが、そのような政府解釈であっても必ず教科書に記述しなければならない。一方的に自衛隊の存在を否定するような記述は、中立性を欠くとして検定で修正を強いられる。
  政府の主張は教科書を通して確実に学習されるが、それに反対する立場は教科書にも載せられなくなり、やがて学習されなくなっていく。教師は教科書のみを教えるものではないが、教科書に書かれていない事柄を見過ごすことも多く、生徒はそれを学習する機会を失うからである。また、教師は教科書にある政府の見解を教えていれば、偏向教育との批判をかわすことができるから、とりあえずはそれを教える。
  政府の見解を教育で理解させなければならないとする姿勢は、次の首相の発言からも明かである。
  自衛隊の先遣隊がイラクに派兵された後の2004年2月、自衛隊の撤退を求める高校生の署名付きの請願書について意見を求められた小泉純一郎首相は、「自衛隊は平和的に貢献するんですよ。学校の先生もよく生徒さんに話さないとね。」、「なぜ警察官が必要か、なぜ軍隊が必要か。イラクの事情を説明して、国際政治、複雑だなぁという点を、先生がもっと生徒に教えるべきですね。」などと、自衛隊派遣の意義を学校で教えるべきだという趣旨の発言をした[22]。
  この発言の真意について、イラク復興支援を審議する参議院特別委員会で質問されると、小泉首相は「もし先生方が、これは、自衛隊の派遣は戦争に行くんですと、憲法違反ですとか、武力行使に行くんですといったことがあったらこれは問題だと思います。」と述べ、教師への注文をエスカレートさせた。小泉首相は「客観的な判断ができるような材料を提供して、生徒間で議論するのもこれまたいいことではないかなと思っております」とは述べたものの、最初の発言を撤回する意志のないことを表明している[23]。
  このことは、国論が別れる問題であっても、学校は政府の政策を理解させるための教育を行うべきであり、逆に教師がそれを批判するような意見を述べることは許されないとする認識を明確に示している。自衛隊のイラク派遣に関する国会承認が可決されたのは2月9日である。それ以前の段階で、小泉首相が自衛隊派遣の意義を教えるよう注文を出した点にも批判が向けられるべきである。
  教育が「不当な支配に服することなく」行われるべきであるという教育基本法10条の原理は、政府には十分に理解されていない。あるいは、政府が教育に介入することは不当な支配に当たらないという独特の理解をしている。その上で、教師が政府の見解に反する意見を述べることは、偏向教育であるとして糾弾するのである。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という憲法の理念を教えることは教育の重要な役割であるはずだが、政府はそれを教育現場に求めることはしない。

(7)政治教育の萎縮 ― 教師の姿勢
  日本の戦後の政治はきわめて鋭く対立する様相を示してきたといえる。そしてその対立は教育にも反映し、政府や右派勢力による偏向教育批判、教科書批判という形となって現れてきた。たび重なる教育内容への攻撃をうけて、教師は時事的問題を批判的に扱う授業がやりづらくなり、しだいに消極的になりそれを避けるようになった。つまり、政治的中立の要請を過大視し、本来、教育基本法第8条第2項で禁止されていない教育実践までも自粛してきたのであり、それによって、同条第1項の求める「良識ある公民たるに必要な政治的教養」を育成する政治教育は萎縮してきた。とくに、憲法改正論議が具体的になってきた昨今では、教師が「憲法擁護・自衛隊違憲」などの立場をとる授業でさえ、一方に偏した教育と批判される心配があるから、こうした傾向はなおさらのことである。
  教師がこのように慎重になるのも無理からぬことであった。というのは、教育行政がその意にそわない教育を行う教師を、政治的中立性の名によって抑圧・排除してきたからである。また反対に、これまで、教師が平和や民主主義の教育を推進せずに、生徒の政治的教養を十分に育成しなかったことが糾弾されたり、教育行政によって問題とされたという例は見当たらないからである。
  つまり政府は、良識ある公民として不可欠な平和や民主主義の教育は積極的に推進せず、同条第1項違反には目をつぶり、第2項のみを強調してきた。これを正当化する論理として教育の政治的中立、偏向教育是正などの概念を濫用してきたのである。
  多くの教師は、教科書どおりの授業を行っていれば偏向教育と批判されることはないと考え、また、政治的に対立する争点に深入りすることを避けるうえからも、もっぱら抽象的な知識を中心とする注入的な教育に傾斜しがちになったのである。
  その一方では、被差別部落、在日朝鮮人、障害者、両性の平等などの人権問題や平和学習などに熱心に取り組んでいる教師たちも依然と存在している。しかし、そうした教師たちは、同時に日の丸掲揚や君が代斉唱に反対し、政府の安全保障政策を批判する立場を備えているので、懲戒処分を受けたり指導力不足教員として教壇から排除される危険にさらされている。


おわりに


  以上の経緯の中で、教師は政府批判の教育をひかえ抽象的知識中心の教育を行い、あるいは受験実績をあげるための政治教育に終始してきたといえよう。その帰結が、国民全体を覆う政治的無関心であり、「傍観者的民主主義」の事態ではないだろうか。
  近年の国政選挙における投票率の低さや政治的無関心の実態をみると、日本の民主主義は「危機」というより、もはや実質的「崩壊」とも呼ぶべき状態にあるように思われる。その責任の一端は政治家や官僚にあることはいうまでもないが、学校における政治教育にも問題があったと認めざるをえない。政治教育は、民主主義社会のなかで国家をコントロールできる人間を創ることに失敗しただけでなく、政治から逃避する人間が拡大するのをくい止められなかったのである。
  もとより本稿は実証的調査研究にもとづくものではないので、粗雑で一面的であるとの批判にはあまんじる覚悟である。しかし、これまで学校が、民主主義を担う能力を十分に育成してこなかったとすれば、その背景や原因やどこにあるのかを考える素材を提供できたのではないかと思う。


【 注 】
[10]文部省『高等学校学習指導要領解説 総則編』(1989年12月)6頁
[11]上田薫「社会科の運命と教育の行方」季刊教育法66号12頁(1986年)
[12]「小学校,中学校,高等学校等の学習指導要領の一部改正等について」2003年12月26日、15文科初第923
[13]福岡高裁1983年12月24日判決、判例時報1101号3頁
[14]文部省『高等学校学習指導要領解説・公民編』81頁(1999年12月)
[15]伊藤公一『教育法の研究』308頁、315頁(1981年)法律文化社
[16]有倉遼吉「教育の中立性と政治教育の自由」永井憲一編『教育基本法文献選集7 政治教育・宗教教育』79頁(1978年)
[17]田中耕太郎『教育基本法の理論』605頁、608頁(1961年)有斐閣
[18]教育公務員特例法の一部を改正する法律
[19]義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法
[20]永田照夫『教育基本法第8条(政治教育)小史―教育法社会学的考察序説―』83頁(1985年)西村信天堂。同様に、大田尭は「法の存在自体が教師にたいする無言の圧力となり、教師の自由を抑圧する働きを示したことはたしかであった。」と指摘する。(大田尭『戦後日本教育史』218頁(1978年)岩波書店)
[21]出版労連教科書対策委員会『教科書レポート’94』64頁
[22]朝日新聞2004年2月3日
[23]第159回国会、参議院イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会、2004年2月5日


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