◆201412KHK243A1L0560M
TITLE:  注目の教育裁判例(2014年12月)
AUTHOR: 羽山 健一
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注目の教育裁判例(2014年12月)



羽 山 健 一



  ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。



  1. 高知県立高校教員不適切交際事件
    高知地裁判決 平成24年12月7日
  2. 秋田県立高校ソフトボール部顧問わいせつ行為事件
    秋田地裁判決 平成25年2月20日
  3. 私立大学水泳部高地トレーニング中死亡事件
    東京高裁判決 平成25年8月7日
  4. 大分県佐伯市立中学校廊下転倒事件
    福岡高裁判決 平成25年12月5日
  5. 大津市立中学校いじめアンケート事件
    大津地裁判決 平成26年1月14日
  6. 京都市立小学校プール溺死事件
    京都地裁判決 平成26年3月11日
  7. 桐生市立小学校いじめ自殺事件
    前橋地裁判決 平成26年3月14日
  8. 東日本大震災山元町立保育所事件
    仙台地裁判決 平成26年3月24日
  9. 国立大学准教授宗教団体批判事件
    佐賀地裁判決 平成26年4月25日






◆高知県立高校教員不適切交際事件

【事件名】 分限免職処分取消請求事件
【裁判所】 高知地裁判決
【事件番号】平成23年(行ウ)第25号
【年月日】 平成24年12月7日
【結 果】 認容(控訴)
【経 過】 (控訴棄却)
【出 典】 判例タイムズ1394号158頁


事実の概要:

  原告は、高校教師であったが、平成21年12月4日、教育委員会(処分庁)から「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するとして分限免職処分を受けた。本件は、原告が本件処分は裁量権の行使を誤った違法のものであると主張して、その取消しを求めた事案である。
  処分理由となった事由は次のとおり。@前任校において女子生徒のすぐ横に座り、時にはカーテンを閉めて補習をしたこと。A処分当時の在任校において、17歳の女子生徒Aに好意を持ち、約1か月半の間に15回にわたり夜間から明け方にかけて自宅に滞在させるなどしたほか、寄り添って横たわったり、「好きだ」と言ったりしたこと、複数回にわたり生徒Aを車に乗せて自宅まで送り届けたこと。B生徒Aに対し、ある生徒が母親の内縁の夫から性的虐待を受けていることや、別の生徒の家庭が生活保護を不正受給していることなどの情報を、それらの生徒の名前が特定できる形で話したこと。C上司に対し、生徒Aとの関係について尋ねられたときに虚偽の説明をしたこと。D生徒Aとの関係において、口裏合わせを指示したり脅したりして隠蔽工作を図ったことであった。
  これに対して原告は、@不適切な行動はあったものの、それは生徒Aとの間に限った一過性のものであった、A原告は生徒からの信頼も厚く教員としての適格性がある、Bこれまで、生徒との不適切な交際を理由として分限免職がされた例が見当たらない、C免職とするのは処分として重すぎるなどと主張した。

判決の要旨:

  処分事由@前任校での行動について、これは特に問題視するほどのものではない。A生徒Aとの交際について、これらの行動はきわめて不適切であり、生徒Aが最終的に退学に至ったことなどからすれば、生徒Aに与えた悪影響は重大である。原告は教員として求められる自覚や自律心、健全な規範意識を欠いていた。B生徒の個人情報の漏えいについて、このよう行動は守秘義務に違反しているという点だけでも不適切であるし、情報の内容が極めてプライバシー性の高いものであり、それを容易に同じ学校の生徒Aに漏えいしたものであるから極めて不適切である。C上司に対する虚偽の説明について、自らの問題行動を隠すための欺まん的行動というべきであり、職命令違反にも類する不適切なものといわざるを得ない。D口裏合わせを指示したことなどについて、これらの行動は生徒Aを窮地に追い込みかねないものであり、また、自身の行動の発覚を逃れるための自己保身目的のものと認められるのであって、いずれも生徒を保護、育成することを本旨とする教員にあるまじき行為である。
  しかし、免職処分の場合には、公務員としての地位を失うという重大な結果になることに鑑み、適格性の有無の判断は、特に厳密、慎重であることが要求される。原告には不適切な行動が複数認められるものの、これらは4か月程度の間の、生徒Aとの関係に限ったものであり、これらの行動をもって、一連の原告の悪質な行動の根本にある資質の矯正が、極めて困難であるとまでは認められないから、本件処分は違法なものである。

備考:

  本件では、教員がその教え子と交際したことが倫理的な非難の対象となった。現行法制上、教員は一般公務員に比べて、特に高い倫理性を要求されているわけではない。しかし、一般的には、教員は世人の模範でなければならないとする意識は、依然として根強い。本件においても被告処分庁は「教員には、一般の公務員よりさらに高度な倫理性、規範意識、自律心が求められる」と主張したが、裁判所はこの点について言及していない。とはいうものの、原告の行動について「教員が自分の指導する女子生徒と交際すること自体が、いうまでもなく不適切である」として倫理的な非難に値すると断定している。
  教員と教え子との交際をめぐる争訟は、その交際が円満に継続している間は事件化しにくいが、それが破綻したときに表面化することが多い。その際には、教員の行動が、信用失墜行為、セクハラ、わいせつ行為、淫行などと評価されて、懲戒処分・分限処分が行われてその取消し請求という形で争われ、あるいは、教え子側からの損害賠償請求、強制わいせつ等の刑事訴訟という形で争われることもある。
  本件は、分限免職処分の当否が争われた事例で、「原告の資質の矯正が極めて困難であるとはいえない」として、処分を違法とした。教え子との交際をめぐる懲戒処分の当否が争われた裁判例として、@大阪地裁平成2年8月10日判決(教え子との目立った交際、同人の卒業後の肉体関係等を理由とする妻子ある高校教諭に対する懲戒免職処分の効力が争われた事例)、A宮崎地裁平成22年2月5日判決(町立中学校の教員が、自分が顧問を務める陸上部に所属する女子生徒に対してセクハラ行為をしたとして行われた懲戒免職処分の効力が争われた事例)があるが、いずれにおいても処分に違法性はないと判断された。
 裁判例ではないが、懲戒処分が取消された事例として、大阪府人事委員会昭和62年8月1日裁決がある。これは、教え子の女子高校生と交際し妊娠させたとして教育委員会から停職3か月の処分を受けた教員が、その処分の取消しを求めた事案で、大阪府人事委員会は、双方の家族が二人の婚約、結婚に同意していることや、処分時、すでに平穏な家庭生活を営んでいたことなどを考慮し、「教員としての配慮を欠くが、あえて懲戒処分によって問責しなければ公務員の秩序が維持できないとは認められない」として、処分の取消しを裁決した。(朝日新聞1987年8月2日、大今紀子『ええやんか 生徒と教師の恋』にじ書房(1987年))




◆秋田県立高校ソフトボール部顧問わいせつ行為事件

【事件名】 準強制わいせつ被告事件
【裁判所】 秋田地裁判決
【事件番号】平成24年(わ)第40号・同第45号・同第59号
【年月日】 平成25年2月20日
【結 果】 有罪(懲役3年6月)(控訴)
【経 過】 二審仙台高裁秋田支部平成25年8月27日判決(棄却)、上告審最高裁第三小法廷平成26年7月28日決定(棄却)
【出 典】 TKCローライブラリー 新・判例解説Watch 刑法74


事実の概要:

  県立高校の部活動の顧問兼監督であった被告人が、生徒4名に対して計7回のわいせつ行為を行ったとされた事案。
  被告人Xは県立高校教諭としてソフトボール部の顧問兼監督を務めており、被害者A、B、C、Dは同部2年生女子部員であったが、同部はXの監督就任後3年目でインターハイに出場するまでに至り、部員全体はこれをXによる指導の結果と認識していた。被害者らには、Xの指示は徹底しなければならず、これに反すると指導を受けられず試合にも出場させてもらえないなどの意識が強かった。このような関係のもと、Xは、平成23年8月から翌年2月にかけて、いずれも部活動に係る遠征等の宿泊場所において、計7回、被害者ら4人に脱衣を命じる、胸を触るなど、あからさまなわいせつ行為をした。

判決の要旨:

  本件各行為はいずれも部活動での宿泊時等に行われ、Xの被害者らへの影響力が及びうる状況下であった。さらに、恋愛感情等の性的行為を受け入れる積極的事情がないのに被害者らがXの行為を抵抗もなく甘受したのであれば、被害者らがXには逆らいえないとの心理状態にあったことを推認させるといいうる。本件各行為につき被害者らは心理的に抵抗することが著しく困難であり抗拒不能の状態にあったものであるから、準強制わいせつ罪の成立が認められる。

備考:

  刑法の強制わいせつとは、暴行、脅迫をもってわいせつ行為を行うことであるが、本件のように暴行、脅迫が伴わない場合は強制わいせつ罪は成立しない(176条)。そこで、刑法は、抵抗できないような状態(抗拒不能)を利用して、わいせつ行為をなす場合も強制わいせつに準ずるとして、準強制わいせつという犯罪類型を設けている(178条)。
  本件は、準強制わいせつ罪の成否が問われたものであるが、被害者の抵抗を受けずに行われたわいせつ行為が、任意の承諾に基づくものではなく、抗拒不能の状態で行われたものか否かが争点となった。
  本件判決は、部員はXの指導力を高く評価し今後もその指導が不可欠と認識し、Xの指示は徹底すべきでこれに反することはできないという意識をもっていたこと、被害者らはレギュラーのポジションを争って激しく競い合う関係にあり、Xの機嫌を損ねたりすれば練習を外され、試合にも出場させてもらえなくなると考え、Xを怒らせたりすることがないよう振る舞わねばならず、その指示には反しえないとの意識を一層強くもっていたこと等から、被害者らがXには逆らいえないとの心理状態にあったことが推認されると判断した。




◆私立大学水泳部高地トレーニング中死亡事件

【事件名】 損害賠償請求控訴事件
【裁判所】 東京高裁判決
【事件番号】平成23年(ネ)第5747号
【年月日】 平成25年8月7日
【結 果】 棄却(確定)
【経 過】 一審東京地裁平成23年7月15日判決
【出 典】 判例時報2214号35頁


事実の概要:

  本件は、私立大学の水泳部員が中国での高地合宿で潜水中に急死した事故につき、同人の両親が、大学及びコーチらに対し損害賠償等を請求し、原審が請求を棄却したため両親が控訴した事例である。
  Aは日本体育大学の学生であり、水泳部に所属していた。水泳部は平成18年3月に1か月間弱の日程で、中国雲南省昆明市において高地トレーニングを行う選抜強化合宿を実施した。Aはこの合宿に任意参加し、3月25日午後3時ころ、合宿先のプールにおける練習中に異変を起こし、救急車で現地病院まで搬送され緊急救護が行われたが、同日午後6時5分ころ(現地時間)死亡が確認された。遺体は解剖されず、現地の医師の診断書には「原因不明の突然死」と書かれていた。そこで、Aの両親であるXらが、本件事故は、大学を設置する学校法人Y1及び水泳部コーチY2の安全配慮義務違反によるものであると主張して、9500万円余の損害賠償請求をした。
  一審判決は、Aの死因は原因不明の突然死であり、Y1にはAに対する健康管理上の安全配慮義務違反は認められず、Y2にも合宿を実施する上での安全配慮義務違反は認められないとして、Xらの請求を棄却した。
  Xらはこれを不服として控訴した。XらはAの死因および死亡に至る機序について、Aは血液のヘマトクリット値が本件事故直前には55%と高い異常値を示しており、このような血液粘性が高い状態で、潜水により心肺機能に過度の負担がかかる水中ドルフィンキック練習などの過激な運動を続けたことにより、血栓が生じ肺動脈血栓塞栓症で死亡したとし、これを前提としてYらの過失を主張した。

判決の要旨:

  Aの死因につき、@ヘマトクリット値55%は異常値とはいえないこと、A事故当時Aが脱水の症状にあったとは認められないこと、B血液粘性が高くなったからといって、直ちに血栓は生じないこと、C水中ドルフィンキックは、上半身をほとんど動かさない状態であるため、酸素の消費量もそれほど多くはなく、・・・血栓を生じさせる過激な運動に当たらないことなどを勘案すると、Aが肺動脈血栓塞栓症により死亡した高度の蓋然性があると認めることは困難である。Xらの主張する損害賠償請求は、その前提を欠くことになる以上、その損害賠償請求は理由がない。

備考:

  現在のところ、潜水練習が致命的な疾患を引き起こす蓋然性があることを示す医学的知見が確立しているとはいえない。そして、裁判所の判断は現時点における専門的知見がどうであるかに決定的に影響されるから、本判決が「死因は原因不明の突然死」と判断したこともやむを得ない面がある。とはいうものの、本判決が「水中ドルフィンキックは、上半身をほとんど動かさない状態であるため、酸素の消費量もそれほど多くはないと考えられ、・・・過激な運動に当たるとは解されない」と述べていることについて、こうした認識は、潜水練習のトレーニング方法としての危険性を軽視しており、いささか不適切であるといえよう。
  疾患に至る詳しいメカニズムが理解されていなくても、潜水練習が危険なものであるという認識は一般化しているといえよう。これまで、競泳の潜水練習中に死亡事故がたびたび起こっており、たとえば、大阪教育大学付属高校事件(大阪地裁平成13年3月26日判決)において、裁判所は「およそ潜水が一般の水泳種目よりも危険性を伴うものである」ことを認めている。また、競泳競技規則においては、競技中の潜水距離の制限が設けられている。たとえば、バタフライの水中ドルフィンキックによる潜水泳法が許されるのは、スタート及びターンから15m地点までと規定されている(日本水泳連盟・競泳競技規則(2014年)第8条)。もちろんこれは潜水の危険性を前提として設けられたルールである。
  かつて、潜水や呼吸制限を伴うトレーニングは「ラングバスター」と呼ばれることがあった。これは、意図的に低酸素状態をつくり出すことによって、低地においても、高地トレーニングと同様の効果を期待したもので、肺を破壊させるほどの苦しさを伴うことから、その呼称が付けられた。本件の水中ドルフィンキックは、50mを無呼吸で泳ぐ「ラングバスター」に他ならならず、しかも本件においては、この練習が空気の薄い高地で行われたのである。競泳関係者には、高地での潜水練習が過剰に低酸素状態を生み出し、選手の心肺機能に過大な負荷を与える、極めて危険なトレーニング方法であるとの認識が重要であろう。この点、本件事故後に発表された、日本水泳連盟の「高地トレーニングに伴う安全管理のガイドライン」(2008年11月23日)は、「平地であっても呼吸制限を伴うメニュー(潜水練習を含む)に際しては、その時間、頻度、強度の設定と安全配慮に注意が必要であり、高地ではより酸素不足の状態になりやすいため、安全配慮がなされなければならない。」として、慎重な安全配慮を求めている。




◆大分県佐伯市立中学校廊下転倒事件

【事件名】 損害賠償請求控訴事件
【裁判所】 福岡高裁判決
【事件番号】平成25年(ネ)第527号
【年月日】 平成25年12月5日
【結 果】 原判決変更・一部認容(確定)
【経 過】 一審大分地裁平成25年4月18日判決
【出 典】 判例時報2217号45頁


事実の概要:

  市立中学校の2年生であるX(一審原告)は、校舎内の廊下で転倒して、顔面の右側を廊下に打ち付けた。その結果、Xは右眼が下方視野しか見えず、視力は0.02で矯正不能という後遺障害を負った。そこでXは、当該事故は、同級生Y1(一審被告)に手を引っ張られて転倒したために発生し、また、同中学校の廊下が結露等により滑りやすく、その状態のまま放置され、教職員が生徒に対して適切な指示監督等をしなかったために発生したと主張して、Y1に対しては不法行為に基づき、同校の設置者である佐伯市Y2(一審被告)に対しては国家賠償法2条又は同1条に基づき、損害賠償金の支払いを求めた。一審はXのY1に対する請求を認容したが、Y2に対する請求を棄却したため、XとY1が控訴した。

判決の要旨:

1.同級生Y1に対する請求について
  同級生Y1は、Xが他の生徒から「滑り遊び」に誘われて、「僕はバランス力が悪いんで」と言って断るのを見ていながら、Xを「滑り遊び」に誘う目的でXの右手を引っぱった。XはY1に右手を引っぱられて転倒したものである。Y1は、バランスを崩し転倒する危険を伴う「滑り遊び」に誘うためXの手を引いて転倒させたのであるから、過失があることは明らかである。
2.佐伯市Y2に対する請求について
  本件廊下は、結露によって濡れると、普通に歩いていても足が滑り、歩いた跡が残った。そのため、転倒し打撲を負った生徒がおり、教職員や保護者にも転倒しかけた者がいたこと、生徒は校舎内の廊下で「滑り遊び」を行っていたこと、本件事故当日は、雨天であり、廊下の床は水をまいたように濡れていたことなどが認められる。このとおり、本件廊下は、多湿な立地条件及び熱的に結露が長時間にわたり発生する造りであることから壁面の結露が床面に溜まるという状況にあり、その状況に適した床材が使用されていないため、滑りやすく危険であると認められる。生徒の多様な行動を踏まえた転倒防止対策が施されたものとはいえず、同廊下は通常有すべき安全性を備えていなかった。したがって、Y2の国賠法2条1項の責任が認められる。

備考:

  佐伯市側は「滑り遊び」のような通常予測できない異常な行動によって生じた事故については、廊下の設置管理についての責任を問われないと主張したが、本件判決は、@本件廊下の状況は、通常の歩行においても転倒の危険があったこと、A結露により極めて滑りやすくなることは教職員らにおいても十分認識されていたこと、B雨天時には生徒が校舎内の廊下で、ぶざけて遊んだりすることは十分予測できたことからすると、本件事故が通常予測できない異常な行動によるものであったとはいえないと判示した。




◆大津市立中学校いじめアンケート事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 大津地裁判決
【事件番号】平成24年(ワ)第538号
【年月日】 平成26年1月14日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】 
【出 典】 判例時報2213号75頁


事実の概要:

  Xは、中学2年で自殺したAの実父で、本件中学校及び教育委員会は大津市が設置したものである。XはAの同級生の親から、Aがいじめにあっていた旨告げられたことから、中学校及び市教育委員会に対し、Aに対するいじめについて中学校の在校生徒を対象とするアンケート調査を実施するよう求め、Xの要請を受けた中学校は第1回アンケート調査を実施し、その結果をまとめた一覧表をB校長がXに交付した。この一覧表にはAに対し行為をした者の個人名が記載されていたことから、中学校と市教育委員会との協議の結果、Xに対し一覧表のA以外の者の個人名を黒塗りにしたものとの取り替えを求めたが、Xがこれを拒絶したので、B校長はXに同一覧表の内容を部外秘とする旨を確約する書面(本件確約書)の提出を求めた。Xは、これに応じ、本件確約書に署名押印の上、これをB校長に交付した。
  第1回アンケート調査等から本件中学校において、Aに対するいじめがあったことが確認されたため、XはB校長に再度のアンケート調査の実施を求め、中学校は再度、在校生徒を対象として第2回アンケート調査を実施した。しかし、B校長は、Xに対して、第2回調査の結果についてはあまり新しい情報はない旨の口頭による簡単な報告をしたに止った。そこでXは、市教育委員会に対し、第2回調査に関する書面の開示を請求したが、これに対して市教育委員会教育長Cは、その保有する文書の一部のみを開示する旨の処分を行いXに通知した。この処分は、本件一覧表の原本記載内容の殆どの部分を不開示とするものであった。
  Xは、@校長BがXに本件確約書の提出を求めたこと、A教育長Cが一部開示処分を行ったことがいずれも違法であり、Xがこれにより精神的苦痛を被ったとして、大津市に対して損害賠償を求めた。

判決の要旨:

  @自殺の原因を調査しようとすることは、子が自殺した親の心情として理解できる。B校長がXに同書面を交付するに際し、その扱いにつき一定の条件を付すること自体は、やむを得ない面があったものの、同書面の利用を一切禁止とするまでの必要性はなかったというべきであり、本件確約書の提出を求めた行為は違法であった。
  A本件開示請求に係る教育長Cの処分は、本件一覧表原本の殆どの記載内容を不開示とするもので、これは大津市個人情報保護条例18条の適用を誤ったものであり、教育長の処分は、条例上課された義務に違反するもので違法である。
  BXはAの自殺の原因の調査を希望しており、校長及び教育長らの右行為は、XによるAの自殺の原因の調査を困難としたものであり、Xはこれにより精神的苦痛を被ったのであるから、大津市はXに対して国賠責任を負う(30万円と遅延損害金)。

備考:

  本件のいじめ自殺事件において、学校が実施したアンケートに、複数の生徒が「(Aは)自殺の練習をさせられていた」と回答していたところ、市教育委員会はこうした回答を、無記名や伝聞だったことを理由に公表していなかった。このことが、自殺から9か月後の2012年7月に報道されると、マスコミなどにおいて、学校や教育委員会の「隠蔽」に対する強い非難の声がわき起こり、たちまち社会問題化した。
  この大津いじめ事件は教育現場や社会に大きな影響をもたらした。その第一は、いじめ事件への対応において、警察との連携(警察の役割)が強化されるようになったことがあげられる。この事件が社会問題化したことから、滋賀県警察は、2012年7月、捜査に乗り出し、学校や教育委員会に対して異例の家宅捜索を実施した。文部科学省は、同年11月、「犯罪行為として取り扱われるべきと認められるいじめ事案に関する警察への相談・通報について」を発出し、警察に被害届を出すなど、早期連絡と連携を求めた。
  第二は、いじめ事件防止の施策が、教育改革実施の動きと相俟って、法律の制定に結びついたことである。教育再生実行会議は優先的にこの問題をとりあげ、2013年2月26日、「いじめの問題等への対応について(第一次提言)」を発表し、これが「いじめ防止対策推進法」(2013年6月28日公布)へと結びついた。また、同会議は、2013年4月15日「教育委員会制度等の在り方について(第二次提言)」を発表し、これが、いわゆる「地方教育行政法」の改正(2014年6月20日公布)へと結びついた。
  本件に先立ち、遺族は、加害生徒及び学校設置者に対して、いじめ自殺についての損害賠償請求訴訟を大津地裁に提起している。




◆京都市立小学校プール溺死事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 京都地裁判決
【事件番号】平成24年(ワ)第3413号
【年月日】 平成26年3月11日
【結 果】 一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】 
【出 典】 判時2231号84頁


事実の概要:

  京都市立小学校1年生の女子児童Aが、夏休み中、学校でのプール学習中に溺死した事故につき、Aの両親が、右事故は学校の教師らの安全配慮義務違反によるとして京都市及び京都府に対して国家賠償を請求した事案。
  本件夏季プール学習は、平成24年7月30日、午後1時から低学年の児童69人を対象として行われ、3人の教員が指導及び監督を担当した。本件事故当日のプールは、最深部で約110センチメートル、最浅部で約78センチメートルの水深があり、児童Aの身長は113.5センチメートルであった。午後1時45分頃、児童らに遊具代わりに使わせる目的で、本件プールに計16枚のビート板が浮かべられ、自由遊泳が開始された。
  教員Bは、本件プール中央北側で、顔を下にし、うつ伏せになって水中に児童Aが浮遊しているのを見つけ、すぐにプールサイドに引き上げたが、児童Aは、意識や自発呼吸がなく、心臓も停止していた。教員Bはとっさに心臓マッサージを開始し、その後、他の教員が順次交代し心臓マッサージと人工呼吸を行った。119番通報が行われたのは午後1時52分であった。この間、AEDの除細動を試みるが、解析結果は「(電気ショックは)必要ありません」というものであった。午後1時57分、警察官が本件プールに臨場し、心臓マッサージを引き継いだ。午後1時58分頃、救急車が到着し、救急隊員と警察官とが交替で児童Aの救命措置にあたったが、心拍は戻らなかった。その後、病院に搬送されたが、翌日午後5時頃死亡が確認された。

判決の要旨:

  @プール学習を指導していた教員らは、プールに巨大なビート板を16枚も浮かべ、下部に潜り込む児童を自ら監視が困難な状況を作り出した、A3人の教員らは、プールに入って特定の児童と遊んだり、プールサイドを掃除したり、プール内の児童に水をかけたりして、プール内の動静を監視していなかった、などと判断して教員らの過失を認定し、市及び府の損害賠償責任を肯定し、両親の請求を認容した。

備考:

  本件プールの水深は、前日までに飛び込み練習のための注水が行われ、通常より約20センチメートル深くなっており、小学1年生の大半の児童にとって呼吸のしづらい状況にあった。判決は、そのような場合には、「担当3教員全員が、それぞれ異なる角度からプール全体を見渡せる位置を取り、すべての児童の動静に満遍なく気を配り、動きに異変のある児童を見落とすことがないよう監視する」ことが重要であるところ、教員らはこのような監視義務を尽くしていないとした。
  プールの水深について、当日の担当教員は、普段より水深が深くなっていることを知らされておらず、また、そのことに気が付いた教員も適切な水深に調節することをしていない。したがって、教員らには、プールの水深がもたらす危険性についての認識が不足していたと言わざるをえない。
  それにしても、教員には処理しなければならない業務が多すぎるように思われる。本件プール学習のような活動を安全に、かつ、楽しく行わせるためには、プール施設・水質等の管理、設備の掃除、用具の点検・準備、遊びの指導、熱中症対策、児童同士のトラブル対策、監視・監督など、実に多くの業務が必要となる。さらに、発達障害や身体障害の児童に対しては、介助したり、その動静を注視するなど、特に慎重な配慮が求められる。本件プール学習に参加した児童の中には、保護者から配慮を求められている児童が4人おり、そのうち、身体的な理由(てんかん症状等)で注意を要する児童は2人いた。判決は、教員全員が監視を行うべきであると述べているが、判決が述べるとおり、3人の教員全員が監視業務のみを行っていたのでは、そもそも、プール学習は成り立たない。担当の各教員は当時の状況において、できるかぎりの指導を行ったのであり、本件事故は、教員の個人的努力のみで防げるものではなかったように考えられる。




◆桐生市立小学校いじめ自殺事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 前橋地裁判決
【事件番号】平成22年(ワ)第988号
【年月日】 平成26年3月14日
【結 果】 一部認容・一部棄却
【経 過】 東京高裁平成26年9月30日和解
【出 典】 裁判所ウェブサイト、判例時報2226号49頁


事実の概要:

  原告らの子であるAが桐生市立小学校に在学中に、同級生から陰湿かつ執拗ないじめを受け自殺したことにつき、原告両名が、@同小学校の校長や担任教諭に安全配慮義務違反があるとして、主位的にAの自殺による損害の賠償を、予備的にいじめを防止する措置を講じなかったことによりAが被った損害の賠償を求め、A桐生市がAの自殺の原因の調査報告をせず不誠実な対応をしたと主張して、桐生市及び群馬県に対して連帯して損害賠償金の支払を求めた。
  Aの母はフィリピン人で、A自身もフィリピン国籍を有しており、Aの父は日本人である。Aは平成20年10月(4年生の2学期)に本件小学校に転入したが、6年生時の平成22年10月23日に自宅においてマフラーで首吊り自殺をした。
  Aは5年生時に同級生から「きもい」「臭い」等の悪口を言われるようになり、夏休み直前から一人でいることが多くなった。6年生時、Aの所属していたクラスは落ち着きがなく、6月下旬以降、一部の児童が担任教諭に対し暴言を吐く等して反抗するようになり、全体的に騒がしくなることが増え、いわゆる学級崩壊といえる状態に陥っていた。Aは、頻繁に悪口を言われるようになっていたところ、@1学期から、クラスの児童から少なくとも週に1、2回程度、「臭い」、「気持ち悪い」、「きもい」と言われた。「汚い」、「うざい」、「こっちくるな」、「バカ」、「原始人」、「ばい菌」、「加齢臭がする」、「○○ゴリ」等と言われることもあった。A給食時に本件クラスの児童は机を寄せてグループで給食を食べているにもかかわらず、2学期の間に合計9回、Aだけ一人で給食を食べていたことがあった。BAは、10月の校外学習の日に登校したが、クラスの児童数人から、「校外学習の日だけ来るのか。」、「2日も休んで何で来られるのか。」と責められて泣き、「いつも一人で給食を食べている。こんな学校はもう行きたくない。」等と大声で泣きながら訴えた。
  校長が、教諭らを対象に、学級の状態を把握し実態から手立てを考えるなどの目的で、学級経営アセスメント研修を実施するなどしたが、担任教諭は精神的に疲弊して余裕がない状態で、児童らに対し適切な対応ができないでいたという状況において、Aは継続的で頻繁な悪口や執拗な非難といういじめを受けていた。

判決の要旨:

1.自死についての請求(主位的請求)
  Aは、継続的で頻繁な悪口(暴言)、給食時の仲間はずれ、及び、校外学習日における執拗な非難といういじめを受けていたということが認められる。校長及び担任教諭は、右の悪口を認識可能であった6月下旬以降、学級内の児童の言動について的確かつ十分に把握し、悪口を言った児童とその保護者に指導を行うとともに、Aに右指導内容を伝えて教諭らがそのような言動を許さない強い姿勢で臨んでいることを示して安心させるなどの措置を講じる必要があったし、遅くともAが一人だけで給食を食べる状態が続いた段階で、給食時の席を強制的に決めるなどAが一人で給食を食べることのないようにしたり、Aや他の児童から聞き取りをしたうえで、いじめ排除の抜本的な措置を講ずるべきであったのにこれらの対応を怠ったものであり、校長らにはAに対する安全配慮義務違反が認められる。
  しかし、担任や校長に本件自死を予見することができなかったので、自死回避義務違反があるということはできず、両名のいじめ防止義務違反と本件自死との間の相当因果関係があるということはできない。
2.いじめを受けたことについての請求(予備的請求)
  いじめ防止義務違反に基づく請求は認められ、その損害はAの被った精神的苦痛に対する慰謝料として300万円が相当であり、X1が相続する。
3.調査義務違反について
  在学中の児童が自死し、それが学校生活上の問題に起因する疑いがある場合、当該児童の保護者がその原因を知りたいと切実に考えるのは自然なことであり、・・・地方公共団体は、在学契約関係の付随義務として、児童が自死し、それが学校生活上の問題に起因する疑いがある場合は、必要かつ相当な範囲内で、速やかに事実関係の調査(資料保全を含む。)をし、保護者に対しその結果を報告する義務を負うべきである。
  小学校独自の調査も、第三者調査委員会の調査も不十分であるといわざるをえず、同市は調査報告義務を怠っており、これによるXらの精神的苦痛に対する慰謝料はそれぞれ50万円が相当である。

備考:

  本判決は、市立小学校6年生の女児児童が同級生のいじめにより自殺した事案につき、校長及び担任教諭に児童の自殺についての責任はないが、いじめについての安全配慮義務違反があり、また、市には遺族に対するいじめについての調査報告義務違反があるとして、市及び県の国家賠償責任を認めたものである。いじめの結果自殺に至った事案につき、かつては学校側に自殺の予見可能性がなくても損害賠償責任を認めた先例(いわき市立中学校いじめ自殺事件・福島地裁いわき支部平成2年12月26日判決)があったが、本判決は自殺についての損害賠償請求に、自殺の予見可能性を必要とする立場を取っている。
  本件訴訟は東京高裁で和解が成立した。主な内容は、市が、いじめに対する学校側の対応が不十分だったことを認め、解決金150万円を支払うというものである。しかし、一審判決が認めた、自殺後の対応をめぐる調査報告義務違反について、市は対応の不備を認めなかった。




◆東日本大震災山元町立保育所事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 仙台地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第1753号
【年月日】 平成26年3月24日
【結 果】 棄却(控訴)
【経 過】 仙台高裁平成26年12月24日一部和解
【出 典】 裁判所ウェブサイト、判例時報2223号60頁


事実の概要:

  本件は、山元町の設置する保育所の園児らが、東日本大震災後の津波にのみ込まれて死亡した事故につき、その遺族Xらが同町に対して、損害賠償等を請求した事案である。
  Xらは被害園児A及びBの父母であり、A及びBは地震当時、本件保育所で保育を受けていたが、地震後の津波にのみ込まれて死亡した。本件保育所は、東側の海岸線から内陸に1.5キロメートル入った位置に所在していた。同町は本件保育所の地震時の対策を定めていたが、津波が到達することは想定しておらず、津波を想定した避難訓練は実施していなかった。本件地震の発生時、同町のC総務課長は、県の実施した地震被害想定調査に基づく同町地域防災計画では、津波予報発生時における非難指示の対象地域が、海浜及び津波浸水予測区域内とされ、本件保育所のあった場所は含まれていなかったため、この段階で保育所に津波の危険があると認識していなかったことから、本件保育所に津波が到達することに危機感をもっていなかった。

判決の要旨:

  単調な弧を描く同町の海岸線からみて、この津波による浸水範囲が更に内陸に広範囲に拡大することを予測し得るとはいい難いから、C総務課長において本件保育所に津波が到達し得る危険性を予見することはできなかった。
  本件保育士らにおいては、同町の災害対策本部を訪ね、同町の災害対策本部長を兼ねるC総務課長から現場で待機すべき旨の指示を受けており、本件保育所に津波が到達する危険性を予見することができたとはいえないから、当時の状況に照らして、本件保育士らに園児の誘導につき義務違反を認めることはできない。本件保育所の所長にも園児の避難につき適切な避難方法を指示すべき義務違反を認めることはできない。
  以上のとおり本件津波による事故につき、同町では津波の到達を予見できなかったので、@同町に保育委託契約の債務不履行を認めることはできず、AC総務課長、保育士らの行動に安全配慮義務違反があったとは認められず、BC総務課長及び保育士らに、国賠法1条1項の過失を認めることはできない。

備考:

  東日本大震災における大津波による被害に関する損害賠償請求事件で、石巻市私立幼稚園事件(仙台地裁平成25年9月17日判決)は、幼稚園側に過失があるとして損害賠償責任を認めた。これは、東日本大震災において、高台にある幼稚園にとどまる判断をすべきであったところ、園児たちを送迎バスに乗せて避難させ津波に巻き込まれたという事故であった。本件は、保育所にとどまる判断をしたが故に、避難が遅れ津波被害に遭うというものであった。
  本件において、原告らは、保育士らが適宜情報を収集し、収集した情報に基づいて適切に判断していれば、園児らを地震発生後1時間15分以上も待機させることはなかったはずだと主張したが、裁判所は、保育士らが、保育所に津波が到達する可能性を認識しうる情報を入手することができたとはいえないとして、津波到達の予見可能性を否定した。しかし、保育士らは津波が保育所の80メートル先に押し寄せるまで気付かず、これに気付いたときには避難が間に合わなくなっていた。保育士たちが、刻一刻と拡大する津波被害の実態を把握し、もう少し早く津波の到達に気付くことができなかったものかどうか、改めて問われる余地があり、地震発生直後から事態が悪化し危害が迫る中で、予見可能性の範囲も変化する可能性があると考えられる。




◆国立大学准教授宗教団体批判事件

【事件名】 損害賠償請求事件
【裁判所】 佐賀地裁判決
【事件番号】平成24年(ワ)第285号
【年月日】 平成26年4月25日
【結 果】 一部認容・一部棄却(控訴)
【経 過】 
【出 典】 判例時報2227号69頁


事実の概要:

  本件は、@国立大学法人の准教授Yが、同大学の学生Xの信仰を軽蔑・侮辱する発言を繰り返し、Xの信仰の自由及び名誉感情を侵害したとして、Xが准教授Yに対して慰謝料等を請求し、A准教授Yが、Xの父母が世界基督教統一神霊協会(統一協会)の合同結婚式を通じて結婚したことについて、父母の名誉感情を侵害する発言をしたとして、Xの父母が準教授Yに対して慰謝料を請求し、さらにBXとその父母が、同大学法人に対して損害賠償を請求した事案である。
  同大学は平成21年12月3日付けで学生に対する安全教育の一環として、学生にビラを配布してカルト的宗教団体の勧誘に十分注意し、その勧誘や被害にあった場合や、そのような活動を行っている者を見かけた場合には速やかに学生生活課に知らせるよう注意を喚起し、また、平成22年3月及び4月の教授会で、学内に複数のカルト集団が入り込み、学生に入信を勧誘しているので、教員は学生に注意を喚起して欲しい旨の依頼をした。
  平成23年12月22日にXがYの研究室を訪れ、Xの両親が統一協会の信者であり合同結婚式をした等を話したところ、Yが「統一協会は邪教」「そんなとこ早く抜けた方がいいよ」「合同結婚式はおかしい」「金儲けのためにために利用している」等、統一協会や合同結婚式を批判する発言をし、また、Yは「まあ、でも信仰は、個人個人の自由だから、俺がやめなって言ったって、あんたがやめなければ、それはあんたの自由なんで、まあ、そこまでは言わん」などと話した。Xはこの会話をYに無断で秘密裏に録音した。
  平成24年2月10日にXがYをその研究室に訪ねた際に、Yより統一協会を批判するとともに、合同結婚式に関して「犬猫の結婚」「おかしな結婚」「お父さん、お母さんみたいな生き方はしない方がいいよ」「犬猫の暮らし」などとXの父母を批判する発言をした。Xはこれを秘密裏に録音した。

判決の要旨:

  准教授Yは本件発言において、統一協会の教義等に対する批判に留まらず、統一教会の教義を信仰しているXらを「犬猫の結婚」「犬猫の暮らし」などど配慮を欠いた不適切な表現を繰り返し用いて、侮辱する発言をしており、Xの名誉感情を侵害したものと評価するのが相当である。
  Yの本件発言は、学生に対する安全教育の一環として、カルト的団体からの勧誘や被害の防止のための相談としてなされたもので、客観的にその職務執行の外形を備えており、Yが「その職務を行うについて」なされたものと認められるから、大学法人はXらに対して国賠法上の損害賠償責任を負う。
  しかしながら、本件発言の経緯等の諸事情を考慮すると、Yの本件発言の社会的相当性逸脱の程度を過大視することはできず、また、本件発言によってXが被った精神的苦痛は、さほど大きいとはいえないから、Xの慰謝料の額は4万円と認めるのが相当である。また、Xの父母が被った慰謝料の額は、各2万円が相当である。

備考:

  本判決は、一般的に、大学の教員が特定の宗教の教義について、適切な表現を用いる限りにおいて、批判的な意見を述べることは社会的相当性を有する行為であるとしながらも、Yの本件発言は、不適切な表現を用い社会的相当性の範囲を逸脱して、Xの信仰の自由を侵害するものであるとした。







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