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TITLE:  生徒のプライバシーをどう保護するか − 教育に関する個人情報の利用制限
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 『季刊教育法』79号・1989年冬季号(1990年2月)エイデル研究所
WORDS:  全40字×192行

 

生徒のプライバシーをどう保護するか
− 教育に関する個人情報の利用制限 −

 

羽 山 健 一

 

 1 はじめに

 

  学校は教育指導を行うにおいて、児童・生徒に関する多種多様の個人情報を収集し保有している。これらの児童・生徒の教育に関する個人情報(教育個人情報)の取扱いについて、学校が児童・生徒のプライバシーを尊重しているかが問われなければならない。行政管理庁プライバシー保護研究会は、プライバシー保護の基本原則を次の五つに整理した(一九八二年)。@収集制限の原則、A利用制限の原則、B個人参加の原則、E適正管理の原則、D責任明確化の原則。これらの原則を学校が十分認識し、尊重しているかについては疑問が残る。たとえば学校は教育の名のもとに、生徒に関するあらゆる情報を知ろうとする傾向があり、また内申書の記載内容を生徒本人に知らせることも稀である。さらに内申書の改ざんが行われたという事件が公になったこともある。ここでは、学校の保有する教育個人情報について、児童・生徒のプライバシー侵害に直接つながる危険性が大きいと思われる、情報の利用上の問題点を検討してみる。

 

 2 学校の保有する情報

 

  教育個人情報の利用上の問題を考えるにあたって、学校にはどのような情報が存在しているかを確認しておくことが必要である。これらの情報は、法令に根拠をもつものと、そうでないものに分けられる。法令にもとづいて作成され保有される情報には次のようなものがある(学校教育法施行規則一五条一項四号・五号参照)。

  指導要録−−学校教育法施行規則一二条の3で、その作成が義務づけられ、個々の生徒についての情報を総合的、継続的に記録した書類の原本。学校は、生徒の進学、就職に際し、この指導要録にもとづいて調査書(内申書)、証明書等を作成する。

  出席簿−−生徒の毎日の出席・欠席、欠課、遅刻、早退等を記載したもの。

  健康診断に関する表簿−−学校は毎年定期に生徒の健康診断を行わなければならず(学校保健法六条一項)、これを行ったときは、健康診断票および歯の検査票を作成しなければならない(同法規則六条一項)。

  入学者の選抜に関する表簿−−入学者選抜の資料となるのは、調査書その他の書類、選抜のための学力検査の成績等である(学校教育法施行規則五九条一項)。

  成績考査に関する表簿−−学期ごとに行われる学力試験の成績を記載したもの。

  事故報告書−−学校管理規則等によって、校長は、生徒に事故・伝染病・食中毒が発生したときは、教育委員会に報告しなければならない。

  奨学金に関する記録−−日本育英会法にもとづいて日本育英会が行う奨学事業のうち、募集業務・奨学生推薦業務等は、各学校がこれを行うことになっている。学校は願書の受付けによって、生徒の世帯内の納税義務者全員の所得および奨学金の貸与を希望するに至った家庭事情を知ることになり、また「奨学生推薦調書」の作成に際して、生徒の世帯が母子・父子世帯か否か、世帯の障害者・長期療養者の有無などを調査することになる。これらの情報の一部はファイルされ保存される。

  次に、法令の根拠を欠いているが、各学校独自に収集し、現に保有している教育個人情報を挙げる。

  家庭環境調書−−家族構成、家族の職業・在籍学校名、保護者の勤務先・緊急連絡先、自宅附近略図等を記載。

  生徒指導個人調書−−趣味・特技、健康状況、生徒会・クラス役員の経歴、必修クラブ・部活動の経歴、親しくしている友人名、学校外の活動、進路希望等を記載。

  体力記録簿−−各種の筋力・運動能力、持久走などの体力テストの記録を記載。

  健康に関する記録−−保険証の種類・番号、既往症、体質、罹病傾向、病気欠席の状況、掛かり付けの医院、医薬品の服用状況等を記載。

 業者模擬試験成績

 性格検査・職業適性検査記録

 図書閲覧記録

  大学入試成績−−最近、一部の大学では、高校の進路指導に協力するため、受験生の入試成績を高校単位に通知している。

 

 3 問題のある利用の事例

 

  ほとんどの学校は、教育個人情報の利用制限に関して、どのような利用がプライバシーの侵害にあたるかを定めた学校内規を備えていない。したがって各教員も、個人情報ないしプライバシー保護の意識が稀薄であるといっても過言ではない。そのため、学校・教員が生徒の個人情報を不適切あるいは不当に利用したと考えられる事例も少なくない。以下にその例を挙げる。

  (1)大多数の高校では、生徒の進路決定の資料とするため、過去の卒業生の進学・就職状況を載せた「進路の手引き」と称する冊子を在校生に配付している。その中には氏名こそ伏せているが、各卒業生ごとに男女の別、在学中の各種の試験成績、評定平均値、学年席次、さらに受験した大学または企業名、その合否結果、実際の進学先または就職企業名を詳細に収録しているものがある。

  (2)多くの学校では、生徒氏名、保護者名、住所、電話番号を載せた住所録を作成し、全校生に配付している。この配付にあたり学校が各生徒や保護者の同意を求めることは少ない。全校生に配付することから、情報が部外者に渡り悪用されることも多い。また保護者名を見れば母子家庭であることが分かるほか、外国籍であることが堆測できることもある(注1)。

  (3)一九八一年に教員の無罪が確定した茨城県水戸五中体罰事件(刑事)では、被告教員の弁護士が学校から被害生徒の指導要録を入手し、その記載にもとづいて証人尋問を進め、生徒の性格・行動についてのマイナス面をあげつらい、「熱心な先生と悪い生徒」という図式を裁判官に印象づけていった(注2)。

  (4)近年学校と警察との連携が促進され、各地で学校警察連絡協議会が結成されており、「警察が少年を補導する際、氏名・保護者名の特定に役立つ」という理由で、学校から警察に対し、生徒名簿、住所録、生徒指導個人調書、顔写真等を提供するという事実が全国的にあった。

  (5)リクルート社などが進学情報誌を全国の高校生にダイレクトメールで配付するために、高校側から名簿を入手し、あるいは高校の協力で生徒から卒業後の進路をアンケート形式で調べていた。

  (6)一九八九年三月、埼玉県立高校で、卒業文集の締め切り日までに作文を提出しなかった罰として、担任教員が女子生徒二人の成績や順位はもちろん生活態度まで書き込まれている通知表を、作文代わりに載せ、全卒業生に配付していた。

  (7)東京で一九八八年一一月に起きた母子強盗殺人事件について、東京家庭裁判所は、翌年九月、容疑者とされた一六歳の三人の少年に対し非行事実が認められないとして、不処分の決定を言い渡した。この事件の捜査のなかで、現場付近の中学校が長期欠席および犯行日に欠席した生徒についての資料を警察に提出していた。

  (8)一九八九年の夏に起きた連続幼女誘拐殺害事件に関して、一部の週刊誌が容疑者の中学・高校時代の指導要録の内容を公表した。その中のある週刊誌には、出身中学の校長が当人の性格・行動について記者の質問に答え、「当時の指導妻録を見ると・・・・と記入されています。これほど直截に表現した記述は珍しいですね」と語っているのが載せられている。さらに同誌には高校の指導要録の記入事項から、欠席・遅刻の回数。理由、科目ごとの成績まで詳細に掲載されている(注3)。

  (9)栃木県では一九七三年ごろからコンピュータを使った「教育情報システム」というトータルシステムを作り上げた。その活用の一つ、「学力水準調査」では、「児童生徒個人別学力ファイル、教育条件学校ファイル、同教員ファイルおよび児童生徒個人別生活環境ファイルのデータを相互にクロスさせて、教科の平均得点と学力を支える諸要因との相関分析」を行っている(注4)。

 

 4 利用制限の原則

 

  個人データの利用制限に関して、日本も賛成しているOECDの「プライバシー保護と個人データの国際流通についてのガイドラインに関する理事会勧告」は次のように述べる。

(第九条 目的明確化の原則)

  個人データの収集目的は、収集時よりも遅くない時点において明確化されなければならず、その後のデータの利用は、当該収集目的の達成又は当該収集目的に矛盾しないでかつ、目的の変更毎に明確化された他の目的の達成に限定されるべきである。

(第一〇条 利用制限の原則)

  個人データは、第九条により明確化された目的以外のために開示利用その他の使用に供されるべきではないが次の場合はこの限りではない。

 (a)データ主体の同意がある場合、又は、(b)法律の規定による場合

  学校が保有する個人情報には、その収集目的が明確化されたものは見あたらない。ただ包括的な「教育」という目的で漫然と収集されているのである。ただし教育個人情報は、各生徒に対して教育指導を行う上で必要であるからこそ収集されるものであり、また教育の場における教員と生徒・親との間のいわば信頼関係を基礎にして収集されるものである以上、少なくとも教育目的以外に利用することは禁止されていると考えられる。したがって、実際に生徒を教育する立場にない第三者に教育個人情報を提供することは、原則として禁止される。

  この点で注目されるのは、東京都立大学教務等データ保護規程である。その一一条は、「データの学外提供」について、「個人データは、所管部長の付議により、保護委員会において学生の利益を目的とし、かつ、プライバシーを侵害するおそれがないものと認められた場合のほかは、学外に提供してはならない」(注5)と定めている。また、アメリカでは、一九七四年に成立した「家族の教育上の権利およびプライバシーに関する法律」(バックレイ修正法)によって、生徒や親の事前の同意がなければ、教育情報を第三者に提供することができないことになっている。各学校や教育委員会は、このような教育個人情報の保護規定を早急に制定する必要があろう。

 

 5 現行法における利用制限

 

  個人情報の保護に関する法律としては、公務員の守秘義務を定めた地方公務員法三四条、国家公務員法一〇〇条、および「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」(昭和六三年一二月一六日法律第九五号、以下個人情報保護法)をあげることができる。

  個人情報保護法は、国レベルで初めて個人情報の取扱いを定めた体系的な法律であるが、同法九条は、個人情報の保有目的以外の利用・提供を原則として禁止している。

  ただし同法は、国の行政機関の保有する情報について規定したものであり(一条・二条)、地方公共団体に対しては、保護対策を実施する努力義務を課しているにすぎない(二六条)。したがって教育関係では、同法が直接の規制対象としているのは国立学校であり、民間部門に属する私立学校には適用されない。しかし、学校教育の公的性格からすれば、国立、公立、私立の違いを問わず、同様の規制を設けるべきであろう。

  また同法が保護の対象とするのは、コンピュータ処理に係る個人情報に限定されている。教育個人情報は、成績処理を中心に順次コンピュータ処理されるようになってきているとはいえ、これまでのところマニュアル処理されているものが多い。コンピュータ処理に限定したことは、保護対策としての実効性を欠くことになるといえよう。

  次に、先の公務員法によれば、公務員は、その在職中であると退職後であるとにかかわらず、職務上知り得た秘密をもらしてはならないとされている。この規定は公務員についてのものであるので、私立学校教職員には適用されない。また秘密とは、一般的に了知されていない事実であって、それを一般的に了知させることが一定の利益の侵害になると客観的に考えられるものを言い、これには公益を害するような公的秘密のみならず、個人の不利益となるような個人的秘密も含まれる。教育個人情報について、社会通念上一般人が、それを他人に知られたくないと考えるものであれば、その情報は個人的秘密にあたると判断される。ある情報が秘密にあたるかどうかの判断は、その情報がファイルされているかどうか、あるいはコンピュータ処理されているかどうかには左右されない。

  教育個人情報について警察から照会請求があった場合に、学校は回答すべきか否かという問題がある。刑事訴訟法一九七条二項は「捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」と定めているので、一般的に学校には報告義務があると考えられる。しかしその情報が秘密にあたる場合には、報告義務が発生しないと解される。捜査機関としては、必要であれば強制捜査に切り換えることができるのであるから、刑事訴訟法一九七粂二項によって、公務員の守秘義務が解除されるとは考えられない。また、この照会請求が強制捜査か任意捜査かについて、学説の分かれるところであるが、いずれの説においても、照会に応じないからといって、これに対し強制を加えることができないことについては異論がない。

  以上にみたように、教育個人情報に関わる現行法の利用制限の規定は未だ十分なものとはいえず、また、それさえも十分機能していないように思われる。

(1) 速水荘吉「個人情報の保護と生徒名簿」本誌七二号
(2) 今橋盛勝・安藤博『教育と体罰』
(3) 『週刊文春』一九八九年八月三一日号
(4) 林雅行『管理された教師たち』
(5) 堀部政男「教育とプライバシー(6)」文部省高等教育局学生課編『大学と学生』二〇三号

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