◆201512KHK244A1L0718M
TITLE:  注目の教育裁判例(2015年12月)
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第244号(2015年12月)
WORDS:  全40字×718行



注目の教育裁判例(2015年12月)



羽 山 健 一



  ここでは、公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から、先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介する。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照されたい。



  1. 藤沢市立小学校学校給食費事件
    横浜地裁判決 平成26年1月30日
  2. 私立大学経営学科アパレル産業コース教育内容事件
    大阪地裁判決 平成26年3月24日
  3. 埼玉県私立高校生徒カンニング直後自殺事件
    東京地裁判決 平成26年5月30日
  4. 宮崎県新富町立中学校生徒自殺事件
    宮崎地裁判決 平成26年8月6日
  5. 神奈川県大和市立小学校保護者名誉毀損事件
    横浜地裁判決 平成26年10月17日
  6. 兵庫県立高校テニス部熱中症事故事件
    大阪高裁判決 平成27年1月22日
  7. 福岡県立高校体育祭騎馬戦事故事件
    福岡地裁判決 平成27年3月3日
  8. 小学生サッカーボール蹴り出しバイク転倒事件
    最高裁一小判決 平成27年4月9日
  9. 徳島県立高校野球部熱中症事件
    高松高裁判決 平成27年5月29日判決






◆藤沢市立小学校学校給食費事件

【事件名】学校給食費徴収業務に従事する地位にないことの確認等請求事件
【裁判所】横浜地裁判決
【事件番号】平成24年(行ウ)第80号
【年月日】平成26年1月30日
【結 果】棄却(控訴)
【経 過】
【出 典】判地自383号60頁

事実の概要:

  小学校の教員である原告が、校長から学校給食費の徴収及び管理業務を担当するよう命じられたのに対して、校長の本件業務命令が違法であるとして被告市に対して慰謝料の支払いを求めた事件。原告は本件業務命令が違法である理由として次の諸点を主張した。
  @ 被告が学校給食費の徴収管理に係る会計制度として私会計を採用していることが違法であることを前提に、本件業務命令が違法である。
  A 本件業務は、教育と直接関係がなく、特殊かつ専門的なものであり、これを教員に担当させることは、教員の業務を教育に限定する学校教育法37条11項に違反する上に、児童生徒に対する教育という公立学校の主目的を害する。
  B 本件業務の中には「取立行為」が含まれていることから、児童生徒や保護者の教員に対する信頼を失わせるものであり、児童生徒の教育を受ける権利を害する。
  C 本件業務が過重であり、教員の本来の業務である子供に対する教育の業務に支障を来すものである。

判決の要旨:

  本件職務命令は違法であるとは認められない。原告主張の諸点についての判断は次のとおり。
  @ 学校給食法は、学校給食費の徴収管理に係る会計制度について具体的な定めをしていない。そして、学校給食の実施者が義務教育諸学校の設置者であることを重視すれば、設置者である地方公共団体が学校給食費を徴収管理する(公会計)と解することが可能である。他方、学校給食費は学校給食の対価といえることからすれば、学校給食費の徴収管理は、児童又は生徒の学校教育に必要な教材費等の徴収管理と同様の性格を有していると解することができ、このような理解に照らせば、学校長が学校給食費を徴収管理することも許容される(私会計)と解することも可能である。
  したがって、小学校の設置者である被告が、学校長に学校給食費の徴収管理を委ねることはその裁量権の範囲内というべきであり、学校給食費の徴収管理に係る会計制度として私会計を採用することが違法であるとはいえない。
  A 学校教育法37条は、小学校として必要な職員についてその種類と各職員の職務について規定したものであり、同条11項は、教諭の地位を明らかにするためにその主たる職務を摘示した趣旨の規定と解することができる。そうだとすれば、教諭は児童の教育をつかさどることをその職務の特質とするものではあるものの、教諭の職務がこれに限定されると解することはできない。また、学校給食は教育そのものといえ、学校給食費の徴収管理に係る業務も児童生徒の教育に関係する業務といえるから、これを命じることが公立学校の主目的に反するともいえない。
  B 本件業務はその一環として、学校給食費の未納者に対して支払を督促等することがあり、これにより教員と未納者である児童生徒の保護者との間に対立ないし緊張関係が生じたとしても、これが児童生徒の教育を受ける権利を侵害するものではないことは、明らかである。
  C 本件業務自体の負担が著しく過大とは言い難い上に、本件業務は他の教員や学校長も分担しており、かつ、原告の担当する業務は通常の担任教員より負担が大きいとまではいえないこと等を併せて考えれば、本件業務命令が学校長の裁量権の範囲を逸脱又は濫用したといえるほど過重な業務を命じるものであったということはできない。

備考:

  本判決は、校長が教員に学校給食費の徴収業務を命じることは違法ではないと判示したものの、教員がこの業務に時間や労力を割かれ、本来の教育活動に支障が出たり、過重労働を迫られる実態は依然として残されたままである。
  この給食費の問題について、予算をつけて制度的に解決するのではなく、その対応をもっぱら教員に押し付けることですませているのが現状であるように思われる。学校における諸課題への対応の役割が教員に集積して、教員の過重労働を生み出していると考えられる。




◆私立大学経営学科アパレル産業コース教育内容事件

【事件名】損害賠償等請求事件・損害賠償請求事件
【裁判所】大阪地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第11021号・平成24年(ワ)第9707号
【年月日】平成26年3月24日
【結 果】棄却(確定)
【経 過】
【出 典】判時2240号102頁

事実の概要:

  原告Xらは、平成22年4月、私立O大学経営学部経営学科アパレル産業コースに入学した学生であった。被告Yは本件大学を設置運営する学校法人である。Yは、平成22年12月、同コースの開設を担当した責任者であったS教員を懲戒解雇し、さらに、同コースの担当教員11名の雇用契約を更新せず、平成23年度以降に向けて、新たに4名を採用した。この教員の入れ替わりを受けて、Yは平成23年度のカリキュラムを再編した上で、同コースの各種授業を実施した。
  これに対して、XらはYに対し、在学契約上実施する義務を負っている各種授業を実施しなかったとして、在学契約に基づき、各種授業の実施を求めるとともに、債務不履行に基づく損害賠償の支払を求め、また、学生募集の際に説明、宣伝した教育内容を変更することによって精神的苦痛を受けたと主張して、不法行為に基づく損害賠償の支払を求めた。

判決の要旨:

(1)大学が提供する教育役務等の内容については、教育専門家であり当該大学の事情にも精通する大学設置者や教員の裁量にゆだねられるべきものであり、その変更についても大学の設置者等に裁量が認められる。
  大学による学生募集の際に説明、宣伝された教育内容であっても、これが直ちに当該大学が在学契約に基づき提供すべき教育役務等の内容をなすものと解することはできない。
(2)債務不履行を構成するか
Xらが実施を求める個々の教育内容は、いずれも、本件大学アパレル産業コースにおける教育全体からみてその中核、根幹をなしていると認めることはできず、在学契約に基づき大学が提供すべき教育役務等の内容をなすものとは認められないから、債務不履行に基づく損害賠償請求及び授業の実施請求は、いずれも、理由がない。
(3)教育内容の変更が不法行為を構成するか
Xらが主張する教育内容の変更はいずれも、大学設置者や教員に裁量が認められることを考慮してもなお、社会通念上是認することができないものであるとは認められない
から、原告らの期待、信頼を違法に侵害するものとして不法行為を構成するとはいえない。

備考:

  同コースの学生募集は、女子専願の30名程度、AO入試のみ、というものであった。AO入試とは、大学側が求める学生像に合っているかどうか、学生の意欲や関心、適性を重視して選考する入試のことであるが、学生側も、面接などで自分を売り込む必要があるために、学部・学科の特徴や教育内容を深く調べて、そのうえで自分の志望と照らし合わせて応募する。原告らも、入試案内の記述をよく読み、オープンキャンパスにも参加し、そこでの被告Yの説明を信頼し、同コースにおける教育や授業に期待して入学したものである。
  本判決は、学生募集の際に宣伝された教育内容であっても、教育全体からみて中核をなしていないものや、変更後に教育水準が大きく低下していなければ、その教育内容に変更があっても違法ではないと判示した。
  以前は受験生が、大学名や学部名のみで大学を選ぶことが多くあったが、近年はこれが、様がわりしてきた。大学が多様化しどの大学も同じという状況ではなくなったからである。また、少子化による志願者数の減少に伴い、大学間の学生獲得競争が激しくなり、大学が積極的に、個々具体的な教育内容を挙げて宣伝するようになった。受験生は大学の公表する情報をもとにして、それを信じて大学を選ぶことになる。したがって、大学の公表する情報がこれまで以上に重要性を持つようになったといえる。しかし、大学の行う説明や宣伝が信頼できない、あるいは、説明された教育内容の一部については一方的に変更される可能性があるとなると、受験生は混乱するばかりであろう。
  私立の中学高校において、積極的に宣伝していた、論語に依拠した道徳教育を廃止したことの違法性が争われた事例として最高裁(一小)平成21年12月10日判決がある。




◆埼玉県私立高校生徒カンニング直後自殺事件

【事件名】損害賠償等請求事件
【裁判所】東京地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第14933号
【年月日】平成26年5月30日
【結 果】棄却(控訴)
【経 過】二審東京高裁平成26年12月10日判決(棄却)
【出 典】判タ1413号304頁

事実の概要:

  高校3年生であった男子生徒Aは、平成21年5月29日午前10時10分から、校舎3階の教室において、英語のグラマーの試験を受けた。試験監督であった乙教諭は、Aが試験開始直後からそわそわした態度で周囲を気にするなど挙動不審な態度をとっていたため、カンニング行為が行われないよう注視していた。試験が終わりに近づいた10時40分頃、乙教諭は、Aが問題用紙の下にカンニングペーパーを隠していることを発見し、「そんなことをしてはいけないんだよ。」と述べ、Aからカンニングペーパー、解答用紙及び問題用紙を取り上げた。乙教諭は、Aに対して「試験中はその場にいるように。」と指示した。Aは、11時の試験時間終了までの20分程度の間、目をつぶってうつむき加減でじっとしていた。
  試験終了後、乙教諭がAを2階の職員室まで連れて行こうとしたところ、Aの担任である丙教諭が教室に入ってきて、Aに対して「やったのか。」と質問すると、Aはばつが悪そうな表情で黙って頷いた。その後、乙教諭は2階に降りる階段において、生徒指導主任である丁教諭を呼び止め、Aのカンニング行為を告げると、丁教諭がAに対して「そうなのか。」と問うと、Aは黙って頷いた。丁教諭はAに対して「荷物を取って来なさい。」と指示したところ、Aは黙って頷き、降りてきた階段を再び上っていった。Aは自己の荷物が置かれている3階の教室には行かず、4階まで階段を上っていった。特別教室のある4階には誰もいなかった。Aは4階の廊下側の窓をよじ登ってそこから飛び降り死亡するに至った。
  本件事故について、Aの両親であるXらは、Y(独立行政法人日本スポーツ振興センター)に対し、独立行政法人日本スポーツ振興センター法に基づいて、死亡見舞金2800万円等の支給を求めた。これに対し、Yは、本件事故が、災害共済給付金の不支給事由となる同法施行令(本件政令)3条7項所定の「生徒が故意に死亡したとき」に該当するとして不支給決定をしたため、Xらがその支払を請求した。

判決の要旨:

(1)「故意による死亡」の解釈
  本件政令第3条第7項の「故意」とは、自己の行為を認識し、かつ、その行為の結果が生じることを認容することを意味するところ、行為は意思による活動であるから、その前提として、意思活動をなしうる精神能力を備えている必要があると解するのが相当である。Yの定めた運用基準でも、自殺は故意による死亡に該当するが、「行為又はその結果に対する認識のないような場合」には、故意があるものとはみなさない旨の運用をするものとされている。
(2)本件事故が「故意による死亡」に該当するか
  本件事故直前に見受けられたAの様子は、落ち込んだ様子ではあったものの教諭から不正行為を叱責されたときの生徒の態度として格別異常な様子ではなく、取り乱して異常な心理状態に陥っていることを示す兆候が顕著に表れている状態ではなかった上、混乱・茫然自失、異常な動揺・興奮状態を示す言動も見受けられなかった。加えて、Aが過去に精神障害等に罹患していた事実が認められないこと、家庭や学校におけるAの日頃の生活状況、Aの学業への取り組みに対する意欲、学校生活の継続状況にも照らすと、本件事故当時、Aにおいて本件事故に至る転落行為を認識し、その結果を認容する能力を有していたものと推認することができる。したがって、本件事故は、故意による死亡としてYの災害共済給付金の不支給事由に該当する。

備考:

  本判決は、生徒の自殺がYの災害共済給付金の不支給事由に該当するがどうかが争われた事例であり、Aに対する教諭らの対応の適否が争われたものではない。そうではあるものの、本事例の事実経緯は、試験中にカンニングを行った生徒に対する指導方法を検討するうえで参考となり得ると思われる。




◆宮崎県新富町立中学校生徒自殺事件

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】宮崎地裁判決
【事件番号】平成25年(ワ)第140号
【年月日】平成26年8月6日
【結 果】棄却
【経 過】二審福岡高裁宮崎支部で原告が請求放棄
【出 典】判地自395号49頁

事実の概要:

  亡Aは、原告らの次男であり、平成22年4月、被告が設置・運営する町立中学校に入学した。亡Aは、友人を蹴ったり、肩パン(自分の肩を相手の肩にぶつけること)をするなどしたため、数名の男子生徒は、亡Aとの接触を避けるようになった。原告は、平成22年10月28日、担任教諭に、亡Aが他の男子生徒に避けられている様子がある旨を連絡し、亡Aはこの日学校を欠席し、以降、従前よりも学校を欠席することが多くなった。このトラブルは亡Aが同年11月3日に、当該男子生徒に対して謝罪したことで一応解決した。
  その後亡Aは、姉とけんかをして家出したり、原告との関係が悪くなることがあり、平成23年2月、思春期鬱と診断され、その後症状が悪化し、統合失調症と判断された。同年6月には病院に一時入院し、同年10月3日及び4日にリストカットをするなどし、同年11月6日、自宅において自死した。
  同年12月14日、全校生徒アンケートが行われた。校長、担任教諭らが、同年12月16日と25日に、原告宅を訪問したとき、原告から「この原因はいじめだったと思う」、「学校の対応が悪かったためにこうなった。2年生はすべていじめに加担している。学校は実態を知らない」などという発言があった。
  原告は、平成24年9月25日付けで、校長宛に「御通知」と題する郵便を送付した。その内容は、亡Aが平成22年秋頃から同級生らによるいじめを受けていたこと、アンケートの実施及び保護者会の開催を約束したのに実施されていないことを指摘し、アンケートの実施と保護者会の開催を求めるものであった。同年10月5日、アンケートや保護者会の実施方法等をめぐり、校長らと原告らの間で話し合いがなされ、そこで原告らは無記名でのアンケートの実施を主張していた。
  校長は、原告らの意向を酌んで、保護者会を平成24年10月9日に実施し、その場で、在校生に実施するアンケートについて説明したうえで、同月10日、いじめに関するアンケートが在校生を対象として記名式で実施された。その後の同月16日には、原告らの要求に応じて、保護者会が開催された。
  原告らは、亡Aの自死につき、中学校の教師ら及び町教育委員会構成員らが、在学契約関係の付随義務として、亡Aの自死原因を調査・報告すべき信義則上の義務があるにもかかわらず、これを怠るなどし、原告はこれにより精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、国家賠償法に基づき損害賠償を請求した。

判決の要旨:

(1)調査・報告等義務について
  公立中学校の設置者である地方公共団体と在学する生徒の保護者との間には、公法上の在学契約関係が存在し、公立中学校の教師ら及び当該地方公共団体の教育委員会は、上記法律関係の付随義務として、信義則により、学校に何らかの原因があると窺われるような事故が生徒に発生した場合には、その原因などについて調査した上、必要に応じて、当該生徒又は保護者等に対して報告する義務を一般的には負うというべきである。
  そして、調査報告義務の具体的内容や程度を決するに当たっては、当該生徒の自死の経緯、当該生徒の自死と学校生活上の事象との関連性等を考慮することが不可欠というべきである。
(2)調査・報告等義務の存否について
  亡Aが最初に学校生活上のトラブルを訴えて学校を欠席した時点から亡Aの自死までには1年以上の時間の間隔がある。中学校での学校生活が自死に直接影響を及ぼしているとは考えにくい。そうだとすると、中学校には、自死の原因について、在学契約に付随する信義則上の義務としての調査・報告等義務があるとはいえない。
(3)調査・報告等義務違反について
  仮に、自死の原因について中学校に在学関係に付随する信義則上の義務としての調査・報告等義務が認められたとしても、認定事実に照らせば、中学校は調査・報告等義務を尽くしたといえる。




◆神奈川県大和市立小学校保護者名誉毀損事件

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】横浜地裁判決
【事件番号】平成23年(ワ)第5188号
【年月日】平成26年10月17日
【結 果】一部認容(確定)
【経 過】
【出 典】判タ1415号242頁

事実の概要:

  本件は、市立小学校の3年1組の担任教諭であった原告が、@当時1組に所属していた児童Zの母である被告Y1及び父である被告Y2に対し、被告らは、市教育委員会において、原告の名誉または名誉感情を毀損する発言をし、原告に精神的苦痛を与えたとして、連帯して慰謝料の支払を求め、A被告Y1に対し、被告Y1が授業中に1組の教室に侵入し、原告に暴行を加えて負傷させたとして、これによる損害の支払を求めた事案である。
  本件の事実関係は以下のとおりである。
(1)被告Y1及び被告Y2は、児童Zが、担任教諭である原告から、授業中にひどく叩かれ、暴言を吐かれ、差別的な指導を受けて、不登校となったとして、小学校及び小学校を管轄する市教育委員会に対し、原告を懲戒処分したうえで、担任教諭の変更及び児童Zのクラス変更を求めた。
(2)小学校及び市教育委員会は、調査の結果、原告は、授業中に騒いでいた児童Zに対し腰や背中を軽く叩く程度の指導を行ったのみであって、体罰や差別に当たるような違法な指導を行ったことはないと判断し、被告らに対し、担任教諭の変更及び児童Zのクラス変更を行うことはできないが、原告との間で、指導の在り方について話し合って解決することを勧めた。
(3)被告らは、話し合いによる解決に応じず、市教育委員会に深夜まで居座って従前の要求を繰り返し、被告Y2は、市教育委員会において、市教育委員会の職員、本件小学校関係者及び原告との間の協議を行っていた際に、「命の危険があるから担任を替えて欲しいと言っているのにどうしてだめなんですか?」、「この担任は、妻がいうには、二重人格、多重人格なんですね。」、「電話ではやくざみたいだったというんですね。」、「差別する。暴行する。暴行とまでいえなくても叩くんですね。」、「陰湿なんですこの担任は。跡の残らないところを選んで叩いているんですね。目つきが悪いんですね。」との発言を行った。
(4)被告Y1は、朝の8時45分頃、1組の教室に侵入して、原告に対して暴行を加え、原告は傷害を負った。被告Y1は、110番通報を受けて臨場した警察官によって逮捕された。

判決の要旨:

(1)児童Zに対する暴言・暴行の有無について
  原告が児童Zに対し体罰を加えたり差別的な指導を行ったりした旨の児童Zの証言及び被告らの供述には信用性が認められず、原告が児童Zに対し違法な指導を行ったことは認められない。児童Zが休学したことは被告らの要求を通すための手段としてなされたものであると認められる。
(2)名誉毀損の成否について
  市教育委員会の職員らが被告Y2の発言を聞いた際に、原告が違法な指導を行う人物であるとの印象をもつおそれがあるとはいえず、被告Y2の発言が、原告に対する社会的評価を低下させたとはいえない。同職員らが地方公務員として一般に守秘義務を負っていることからすると、伝播可能性はなく、名誉毀損は成立しない。
(3)名誉感情の毀損の成否について
  父母らが教師の能力や指導方法に関する批判を行うことは直ちに教師に対する不法行為を構成するような違法性を有するということはできない。しかしながら、父母らの批判又は非難が教師に対する人格攻撃に及ぶなど、教師が受忍すべき限度を超えたものである場合には、同人の人格的利益である名誉感情を毀損するものとして違法性を認めることが相当である。
  本件において、被告Y2の発言は、教師としてのみならず人間の本質というべき事柄について原告をいたずらに批判ないし非難しているというべきであって、人格攻撃に当たる侮辱的な発言であり、原告の名誉感情を毀損する違法な行為である。
(4)被告Y2の発言によって原告が受けた精神的苦痛を慰謝する賠償額は5万円と認めるのが相当であり、被告Y1の暴行によって原告が被った損害の額は88万4151円である。

備考:

  本件は、児童の親が教師を批判したことにつき、名誉毀損または名誉感情の毀損が成立するかが問われた事例であり、名誉毀損の成立を認めなかったが、名誉感情の毀損の成立を認めたものとして注目される。関連の裁判例として、父母が担任教諭を批判した行為について、名誉毀損および名誉感情の毀損の成立を認めなかった事例(さいたま地裁熊谷支部平成25年2月28日判決)、高校生の親及びその受任弁護士が、同校の校長を告訴したり、記者会見によりその名誉を毀損したと認めた事例(長野地裁上田支部平成23年1月14日判決)がある。
  なお、名誉や名誉感情という法律用語を、ごく大まかに言ってしまえば、名誉とは客観的な社会的評価をさし、名誉感情とは主観的な自尊心のようなものをさしている。民事上、名誉棄損も名誉感情の毀損も不法行為として損害賠償の原因となるが、刑事上、犯罪となるのは名誉棄損のほうだけで、名誉感情の毀損という犯罪は存在しない。




◆兵庫県立高校テニス部熱中症事故事件

【事件名】国家賠償請求控訴事件
【裁判所】大阪高裁判決
【事件番号】平成26年(ネ)第668号
【年月日】平成27年1月22日
【結 果】原判決変更(上告・上告受理申立)
【経 過】一審神戸地裁平成26年1月22日判決
【出 典】判時2254号27頁

事実の概要:

  X(原告、控訴人)は、Y(被告兵庫県、被控訴人)の設置する高校2年生に在籍し、テニス部に所属していた。事故が起こった平成19年5月24日は、本件高校の1学期の中間考査の最終日であった。同日午後0時から、高校から約1キロメートル離れた場所にある市営のテニスコートで練習が行われ、Xはテニス部のキャプテンであったところ、同日午後3時5分ころ、練習中に突然倒れたた。事故当時、テニス部の顧問教諭は練習に立ち会っていなかった。同日午後3時11分に救急車が到着し、Xは同車内に収容された後、心停止の状態となった。Xは治療を受けたものの、低酸素脳症による遷延性意識障害が残った。
  そこでXとその両親は同校のテニス部の顧問教諭らに義務違反があるなどと主張し、Yに対して、国家賠償法1条1項に基づき約4億円の損害賠償を請求した。
  一審神戸地裁は、Xの心停止の原因が熱中症と認めるだけの根拠はないとしたうえで、仮に熱中症が原因としても、Xは自主的に休憩をとることは可能であったなどとして、顧問教諭らの過失を否定し、Xらの請求を棄却した。Xらはこれを不服として控訴した。

判決の要旨:

(1)熱中症の罹患について
  事故当時、コート内は、30度前後の高温で湿度も相当高かったことや当日は定期試験の最終日で、Xは十分な睡眠がとれていなかったことなどから、Xは、本件事故当時、腋窩温で38.2度を超える高温の状態にあったものと推認され、Xは熱中症に罹患し、これにより重度の心筋障害が生じたものと認めるのが相当である。
(2)練習への立会義務について
  課外のクラブ活動が本来生徒の自主性を尊重すべきものであることにかんがみれば、何らかの事故の発生する危険性を具体的に予見することが可能であるような特段の事情のある場合は格別、そうでない限り、顧問の教諭としては、個々の活動に常時立ち会い、監視指導すべき義務までを負うものではないと解するのが相当であり、これは校外の部活動でも基本的に変わるものではない。顧問教諭においては、練習内容を軽減し、水分補給の指導をする義務はあったものの、それとは別に練習に立ち会うべき義務があることを基礎付ける上記特段の事情があるとまではいえない。
(3)顧問教諭の義務違反について
  顧問教諭は、通常よりも練習時間も長く、練習内容も密度の高いメニューをXに指示した上、水分補給に関する特段の指導もせず、水分補給のための十分な休憩時間を設定しない形で練習の指示をしたことが認められる。したがって、顧問教諭は、Xに対する健康に配慮し熱中症を防止する義務に違反した。

備考:

  Xはテニス部のキャプテンとして練習を進める立場にあった。部員数は、1年生13名、2年生はXを含めて10名であった。当日は、顧問教諭に練習メニューが書かれたメモを受け取りに行き、練習開始時間が早くなったことを部員たちに伝え、そして、練習が始まってからは、当該メモに従って、練習内容や形式を全部員に指示し、時間を計り、次々に練習メニューを進行させていくとともに、自らも部員の一人として練習に参加した。こうしたなかで、Xは体調に変調をきたして苦しくなっても、絶え続け、最後のランニングの途中で倒れたものである。Xは、きわめて責任感、使命感の強い生徒であったといえる。
  このことに関してY県側は、「Xが他の部員から練習を止めるように助言を受けたにもかかわらず、練習を継続したこと」から、大幅な過失相殺を主張した。これに対し、本件判決は、「顧問教諭の立ち会いがない中、キャプテンであるXが、その責任感から、練習を継続し、顧問教諭の指示を守ろうとしたものであり、Xの行動につき、過失相殺における過失として考慮することは相当ではない」と判示した。
  原告らは本件校長の対応に対して強い不信感を募らせていたとされる(季刊教育法187号14頁)。そのため原告らは、子が事故にあったことによる精神的苦痛だけでなく、事故後の学校長の不誠実な対応により被った精神的苦痛についても慰謝料を請求している。
  原告らが主張する校長の不誠実な対応とは、@事故の状況・原因の調査・報告をほとんど行わず、事故後約2か月間も、校長からは何の連絡もなされなかった。A根拠がないことを認識しながら、事故の原因はXの基礎疾患によるものという見解をとった。B校長は、保護者会等でXのプライバシーに関する事柄を公表したり、原告らが事故に乗じて不当な金銭の要求をしているかのような発言をするなどして、原告らの人格と名誉を侵害した。CXの父に対し高圧的な暴言を行った。D熱中症の発生を示唆する生徒の供述を隠蔽した。これらの主張について、本件判決は、校長のこれらの行為には配慮に欠ける点があったことは否めない、あるいは、穏当さに欠けるといわざるを得ないとしつつも、「違法なものであるとは断じ難い」と結論づけた。




◆福岡県立高校体育祭騎馬戦事故事件

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】福岡地裁判決
【事件番号】平成25年(ワ)第2438号
【年月日】平成27年3月3日
【結 果】一部認容・一部棄却(確定)
【経 過】
【出 典】判例時報2271号100頁

事実の概要:

  本件は、福岡県立高校の生徒であった原告Xが、平成15年9月7日の体育祭の騎馬戦に騎手として参加していたところ、落馬して負傷し、第七頸椎以下完全麻痺の後遺障害を負い、治療費等約2億円の損害を被ったのは、被告県の安全配慮義務違反及び同校の校長らの過失によるものであると主張して、県に対し、安全配慮義務違反又は国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償を請求するとともに、原告Xの両親が、県に対し、安全配慮義務違反又は、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料等を請求した事案である。
  これに対し県側は、本件騎馬戦のルールを「大将落とし」(各騎馬が競技場を自由に動き相手チームの騎馬と組み合い、最終的に相手チームの大将である騎馬を落馬させたチームの勝利となるルールのこと)から「一騎打ち」(組み合う騎馬をあらかじめ一対一対応するよう指定しておき、勝利した騎馬の数が多いチームを勝ちとするルールである)に変更し、殴る蹴る等の暴力行為を禁止し、かつ騎手にはラグビーのヘッドキャップの着用を義務付け、さらに、組み合う騎馬一組ごとに一人の審判員を配置して危険防止措置をとることができるようにするなど、本件騎馬戦は生徒の安全に十分に配慮して行われたと主張した。

判決の要旨:

  本件騎馬戦のルールによると、騎馬が崩れたとき、あるいは、馬(騎馬を乗せる役割の生徒)の腰部より下に騎手の頭が下がったとき、その騎馬は負けとなるとしている(本件敗北条件)。本件騎馬戦は、本件敗北条件のために騎手の落馬や騎馬の崩壊といった事態が発生する蓋然性が極めて高度であったにも関わらず、実際に落下する生徒の側においてこのような事態に対処する経験をさほど積んでいないという性質の競技であった。
(1)事前の安全指導について
  事前講習会や予行練習においては、ルールや危険性の説明を行ったものの、原告Xを含む大半の生徒は騎馬を組むこともなく、また実戦形式の練習は行われなかった。この程度の説明ないし練習では、騎手を務める生徒が、転落の危険を正しく認識し、かつそれに対処する能力を身につけるのに十分ではないことは明らかである。
(2)審判員の配置について
  本件騎馬戦において審判員が配置されていたが、一名では、騎馬同士がもみ合うなかで騎手の落下する方向が急に変化し、審判員が予測した側とは反対の方向に落下した場合に騎手を受け止めることができないから、危険防止措置を取り得るよう複数の審判員を配置する義務に違反している。
  したがって、原告Xの被告県に対する請求については、安全配慮義務違反に基づく損害賠償が認められ、原告Xの両親については、被告県との間に在学関係はないから、県は両親に対して損害賠償責任を負わない。

備考:

  体育祭における騎馬戦によって生じた事故についての先行裁判例として、本件とは別の福岡県立高校についての福岡地裁平成11年9月2日判決がある。この事例では、原告は騎手ではなく下の馬を構成する生徒のうちの先頭であった。競技方法は「大将落とし」であり、事前練習としては実施要領の説明があった程度で、当日の審判員も全騎馬を取り囲むように配置されているだけであった。
  本件では、平成11年判決の事例に比べて、安全への配慮は高かったと考えられるが、裁判所は、本件においても事故発生の危険性と予見可能性を認めたうえで安全配慮義務違反を認めた。その際、裁判所は、騎馬戦の勝敗条件について、@騎手が身につけた帽子もしくは鉢巻を取られ、又は風船を割られた側を負けとする方式のもの、A騎手が落馬し又は騎馬が崩れた側を負けとする方式のものとに分類し、後者の型は、騎手の落馬又は騎馬の崩壊といった事態を生じさせることを競技の目標とするものであるから、このような危険が当然に予定されており、本件安全配慮義務の内容や程度もこの性質を踏まえるべきものであると指摘している。




◆小学生サッカーボール蹴り出しバイク転倒事件

【事件名】損害賠償請求事件
【裁判所】最高裁一小判決
【事件番号】平成24年(受)第1948号
【年月日】平成27年4月9日
【結 果】破棄自判
【経 過】一審大阪地裁平成23年6月27日判決、二審大阪高裁平成24年6月7日判決
【出 典】裁判所ウェブサイト、判例時報2261号145頁、判例タイムズ1415号69頁

事実の概要:

  未成年者C(当時11歳)は、平成16年2月当時、愛媛県所在の小学校に通学していた児童である。本件小学校は、放課後、児童らに校庭を開放しており、本件校庭の南端近くには、ゴールネットが張られたサッカーゴールが設置されていた。本件ゴールの後方約10mの場所には南門があり、南門の左右にはネットフェンスが設置され、これらの高さは約1.2〜1.3mであった。また、本件校庭の南側には幅絢1.8mの側溝を隔てて道路があり、南門との間には橋が架けられていた。Cは、同月25日の放課後、校庭において、友人らと共にサッカーボールを用いてフリーキックの練習をし、本件ゴールに向かってボールを蹴ったところ、ボールは南門を超え、道路上に転がり出た。そして、折から自動二輪車を運転して本件道路を進行してきたB(当時85歳)がボールを避けようとして転倒して負傷し、平成17年7月、誤嚥性肺炎により死亡した。Cは、事故当時、責任を弁識する能力がなく、Cの親権者である被告Yらは、Cに対し、危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけを施してきた。
  そこでBの相続人であるXらが、Yらに対して、民法709条及び民法714条に基づく損害賠償を求めた。一審、二審ともに、Yらの責任を認め、Xらの損害賠償請求を認めた。Yらが上告受理の申立てをしたところ、最高裁第一小法廷は本件を受理した。

判決の要旨:

  判決は、本件における未成年者の行為態様、客観的な状況、監督義務者の対応等の諸事情を検討し、@未成年者Cは、放課後、児童らのために開放されていた小学校の校庭において、使用可能な状態で設置されていたサッカーゴールに向けてフリーキックの練習をしていたのであり、殊更に道路に向けてボールを蹴ったなどの事情もうかがわれない。A本件サッカーゴールに向けてボールを蹴ったとしても、ボールが道路上に出ることが常態であったものとはみられない。B未成年者Cの親権者であるYらは、危険な行為に及ばないよう日頃から通常のしつけをしており、未成年者Cの本件における行為について具体的に予見可能であったなどの特別の事情があったこともうかがわれないことから、このような事情の下においては、Yらは、民法714条1項の監督義務者としての義務を怠らなかったというべきであるとした。
  以上により、判決は、Xらの民法714条1項に基づく損害賠償請求は理由がないとして、Yの敗訴部分について、原判決を破棄し、一審判決を取り消した上で、Xらの請求を棄却した。

備考:

  本件は、責任能力のない未成年者の行為について、親権者が負担すべき監督義務の内容及び履行の有無をどのように判断すべきかが検討された事例である。本件一審、二審はこの監督義務を厳格に解したのに対し、本判決は、「通常は人身に危険が及ぶものとはみられない行為によってたまたま人身に損害を生じさせた場合は、当該行為について具体的に予見可能であるなど特別な事情が認められない限り、子に対する監督義務を尽くしていなかったとすべきでない。」として、当該監督義務を緩和し、親権者の免責の余地を開いた。本判決は、民法714条1項の監督義務者等の責任に関して、同項ただし書きによる免責を最高裁が明示的に認めた判決として重要な意義を有する。

参照条文:

民法第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。




◆徳島県立高校野球部熱中症事件

【事件名】損害賠償請求控訴事件
【裁判所】高松高裁判決
【事件番号】平成26年(ネ)第187号
【年月日】平成27年5月29日
【結 果】原判決変更(上告・上告受理申立)
【経 過】一審徳島地裁平成26年3月24日判決
【出 典】判例時報2267号38頁

事実の概要:

  AはY県(被告徳島県、被控訴人)が設置する高校の2年生であり、硬式野球部に所属していた。X(原告、控訴人)らは、Aの両親である。野球部は、平成23年6月6日午後4時頃、本件高等学校のグラウンドで、その日の練習を開始した。練習内容は、持久走(2km)、ストレッチ、腹筋、背筋、100mダッシュ(前半25本、後半25本)というものであった。Aは後半の100mダッシュを中断していたところ、B監督に呼ばれ、その後、一人で100mダッシュを再開した。午後6時頃、Aはダッシュの途中で、うつぶせに倒れ込んだ。B監督は、他の部員に水を持ってこさせるとともに、119番通報をした。B監督は、Aの症状が過呼吸によるものであると考え、Aに対し「落ち着け、ゆっくり息をはけ」などと声をかけた。救急車は、午後6時16分頃、グラウンド付近に到着した。Aは午後6時51分頃、徳島県立中央病院に搬送されたが、意識不明のまま平成23年7月3日、死亡した。死因は熱中症を原因とする多臓器不全、汎発性血管内血液凝固症、肺出血であった。
  Aの両親であるXらは、保健体育科教諭であり野球部の監督であったBに、部員に対する安全配慮義務を怠った過失があり、これによりAが死亡したと主張し、本件高校の設置者であるY県に対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めた。
  一審徳島地裁は、Aが倒れた直後にB監督が119番通報したことなどから過失があったとはいえないと判断し、Xらの本訴請求を棄却した。そこでXらはこれを不服として控訴した。

判決の要旨:

(1)具体的な注意義務について
  B監督は、Aに100mダッシュを再開させる以上、熱中症を念頭に置いてAの状況を注視し、Aに異常があれば即座にAのダッシュを中止させ、給水、塩分摂取と休憩を命じ、必要に応じて、熱中症に対する応急措置や病院への搬送措置を講ずべき注意義務を負っていた。
(2)注意義務違反の有無について
  100mダッシュを再開した後間もない段階でAの走る様子は変であり、足を上げても足があまり前に出ておらず、遅すぎる状況であることは他の部員が認識していたというのであり、B監督がAの状況を注視していれば、同様の状況を認識することができたというべきであり、したがって、B監督は、この時点で、Aに対し、ダッシュを中止させる注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、Aのダッシュを続行させた点に過失がある。
(3)応急措置について
  Aが倒れ込んだときに、B監督はAが熱中症であると判断した上で、Aの身体を冷やすなどの応急処置を速やかに取るべき注意義務を負っていたが、Bはこれを怠ったのであるから、この点においても注意義務違反があった。
  本判決は、以上のように判断して、Y県の損害賠償責任を肯定し、一審判決を変更した上、Xらの本訴請求を認容した。

備考:

  100mダッシュを中断した理由について、Aは、足がつった旨説明したのに対し、B監督はこれを練習を休むための方便であると感じていた。そして、休憩後、Aが「今はいけます」といって練習を再開する意思を示したため、B監督はAのダッシュを再開させたのである。しかし、本判決は、B監督はAのダッシュを中止させるべきであったと判断した。B監督は保健体育科の教員として熱中症の知識を習得し、生徒に対し、熱中症の危険性などを指導する立場にあり、また、B監督は保健体育科の主任を務めており、他の教職員に対し、熱中症対策について注意喚起する立場にあった。本事例は、教員が熱中症の知識を持っていても、その部活動指導の最中に、適切な判断を行うことが極めて難しいということを示している。







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