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TITLE:  慶應義塾大学雇止め事件 ―― 授業評価アンケート結果が雇止めの理由となるか
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年5月10日
WORDS:  4138文字
[注目の教育裁判例]

慶應義塾大学雇止め事件
―― 授業評価アンケート結果が雇止めの理由となるか

羽 山 健 一


事案の概要:

被告は、慶應義塾大学等の学校を設置している学校法人である。原告は、平成26年度から、被告との間で契約期間1年の有期労働契約を締結し(本件労働契約)、非常勤講師として、B学部の第二外国語(C語)の授業を担当した。本件労働契約は、令和3年度まで毎年更新され、同年度末の時点で、契約の通算期間は8年となっていた。被告は、令和3年度をもって原告を雇止めにした(本件雇止め)。これに対し、原告は、@労働契約法18条に基づく無期転換申込権の行使によって、本件労働契約は期間の定めのない労働契約になっている、または、A被告による雇止めの意思表示は労働契約法19条2号に基づいて無効であると主張して、労働契約上の地位確認と賃金等の支払いを請求した。

本件の争点は、(1)無期転換の成否、(2)契約更新の合理的期待の有無、(3)雇止めの合理性の有無の3つであるところ、判決は、(1)、(2)を否定し、(3)を肯定した。したがって、本件雇止めが有効であるとして原告の請求を棄却した。中心的な争点は、(1)及び(2)であろうが、本記事においては、以下、争点(3)に限定して紹介することとする。そこでは、学生とのトラブルや授業評価アンケート結果が雇止めの理由として認められるかどうかが検討されている。

【対象事件】横浜地裁令和6年3月12日判決 【事件番号】令和4年(ワ)第1830号 【事件名】地位確認等請求事件 【結果】棄却(控訴) 【出典】労働判例1317号5頁


認定した事実:

B学部において、第二外国語は選択科目であり、令和4年度以降、履修希望者の減少が見込まれ、その中でもC語及びP語は履修者が少なかったことから、これらの授業が開講されないこととされた。・・・被告において、原告について、他学部で委嘱して授業を担当させる可能性が検討されたが、原告の授業評価アンケートの結果が劣悪であるばかりか、原告が学生とトラブルを起こし、再度起こす可能性があるとされたため、他学部による委嘱は難しいと判断された。

(1)学生とのトラブル
原告は、令和2年6月2日、掲示板(授業支援システム)において、履修者が提出した3回目のレポートについて、再提出を指示し、その理由として、同レポートの出来栄えについて、「ぶっつけ本番でやったようなたどたどしいものは論外です。」などと、「論外」という表現を13回用いたり、「愚行」との表現を用いたりし、「私は、いくつかの大学で教えていますが、発音レポートについてはこのクラスの出来栄えが、毎回、最低最悪です。」などと指摘した。・・・原告は、令和2年6月3日、掲示板において、履修者が提出した4回目のレポートについて、数人のレポートを見た結果、全員に再提出を求めることに決めた旨を伝え、再提出するよう指示した。

原告は、令和3年6月9日、オンライン授業において、学生に質問をした際、当該学生が回答せず、黙っていたため、当該学生を一方的にオンライン授業から退出させた。当該学生からの苦情を受け、N学習指導主任は、同月11日、原告に対し、授業を直接的に妨害するものでない限り、学生が授業に参加する権利や課題を提出する権利を保障するように配慮することを依頼した。・・・原告は、同月12日、掲示板において、一部の学生に対して大変不愉快に思っており、僅か45分間の授業に集中できず、授業準備などもおろそかであるのは言語道断であり、今後、場合によっては、出来が不十分である時は、途中退出をしてもらうのではなく、授業参加は許可しつつ、音声レポートなどを課して、及第点でなければ、その時点で落第とすることなどを投稿した。

(2)授業評価アンケート
B学部においては、毎年度、前期と後期の授業が終わった段階で、受講者の学生に対して、全科目について「授業を改善するための調査」と題して、授業評価アンケートを実施している。この授業評価アンケートは、説明書きに「この調査は、B学部の授業内容をいっそう充実させ、教材や教授法を改善するための資料とするものです。皆さんがより良い授業を受けられるよう、フィードバックすることを目的としています。記入にあたっては、授業の全体を視野に入れた上で、責任をもって評価してください。」と記載され、「講義」について、「@要点を十分に理解できた。」、「A授業で使われた教科書・プリント等の教材はわかりやすかった。」、「受講したことで、その分野に対する関心が増した。」という評価項目、「講師」について、「@教員の話し方は明瞭で聴き取りやすかった。」、「Aわかりやすい教え方だった。」「B学生教育に対する熱意が感じられた。」という評価項目を5段階で評価するとともに、授業に対する総合評価も5段階で評価し、特に意見があるときには意見も記載するものである。

原告に対する授業評価アンケートは、原告が初めてB学部で授業を担当した平成26年春学期以降、平成29年秋学期以外は一度も平均点に達していなかった。さらに、平成30年以降は、毎回、全科目の中で最下位又はそれに近い順位であった。


判決のポイント:

(1)学生とのトラブル
原告は、令和2年6月、学生の出来栄えについて、「論外」、「愚行」、「最低最悪」などと辛辣な表現を用いて酷評し、数人の学生のレポートのみに基づいて履修者全員にレポートの再提出を求めるなどしており、その結果、履修者の中には心が壊れるかもしれないとして、履修取消を求めるなど、多大な精神的苦痛を被った者も現れていた。

また、原告は、令和3年6月には、特定の学生をオンライン授業から強制的に退出させ、当該学生の受講態度を前提として、レポートを課し、中間テストを実施するなどし、かかる内容の掲示板上の記載を削除するよう求められたところ、一部の履修者に対して大変不愉快に思っているとの記載は削除せずに残している。

かかる原告の言動は、学生に対する配慮を欠き、ひいては学生の人格を否定するものであり、学生が授業を受ける権利を侵害するものであり、学生に与えた影響は極めて大きく、本件大学に対する信頼、信用に悪影響を及ぼすものといえる。

(2)授業評価アンケート
授業評価アンケートにおいて、原告は、平均点を下回るなどしていたものであり、原告の授業内容は、学生への教育という目的を果たすために適切なものであったかについて、疑問や不十分さが残るといわざるを得ない。

この点、原告は、上記の授業評価アンケートについて、その名称が「授業を改善するための調査」であり、人事評価を目的とするものではない旨を指摘するが、かかる指摘を踏まえても、上記のとおり、評価項目の内容等によれば、学生に対する教授法等が適切であったかを判断する指標となるものであり、その結果を他学部による委嘱の可能性を検討する資料として用いることが不当であるとはいえない。また、原告は、上記の授業評価アンケートの結果が劣悪というほどではなかった旨主張するが、平均点を下回ったことや点数の順位からすれば、他学部による委嘱が困難であるとの判断が不適切であったとはいえない。

(3)雇止めを回避する努力
前記の学生とのトラブルの内容、授業評価アンケートの結果に鑑みると、原告について、他学部による委嘱が困難であるとの判断に至ったことはやむを得ないというべきであり、・・・原告を雇用する可能性を更に検討しなかったとしても,雇止めを回避する可能性に関する検討を怠ったとはいえない。

以上によれば、本件雇止めは、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないとき」(労契法19条柱書)に当たらない。したがって、本件雇止めは有効である。


コメント:

本件は、非常勤講師であった原告に対する雇止めの有効性が争われた事案である。争点は多岐にわたるが、その検討の中で注目されるのは、雇止めの合理性を主張する根拠として、授業にかかわる原告の言動や、学生による授業評価アンケートの結果が用いられた点である。その結果、被告が、他学部による委嘱は難しいと判断し、原告を雇止めにしたことには合理性があると認められた。

まず、授業にかかわる原告の言動について、本判決は、「学生に対する配慮を欠き、ひいては学生の人格を否定するもの」であり、教員の対応として不適切であったと判断した。しかし、本来、大学教員には、学問の自由として教育ないし教授の自由が保障されており(憲法23条)、授業の内容や進め方については、一定の制約があるとしても、基本的には教授者の裁量に委ねられるべきである。したがって、授業にかかわる教員の具体的な言動についても、その裁量の範囲を逸脱しない限り、責任を問われるべきではないが、本判決においてはこのような点についての十分な考察がなされていない。

次に、学生による授業評価アンケートの結果を人事評価に用いることの是非について、原告は、授業評価アンケートは「授業を改善するための調査」であって、雇止めの正当化には使えないと主張したが、本判決は、アンケート項目の内容からすれば「学生に対する教授法等が適切であったかを判断する指標となるもの」であるとして、原告の主張をあっさりと斥けた。しかし、アンケート結果の評価にあたっては、より慎重な検討が必要であったように思われる。なぜなら、アンケートにおける低評価が、直ちに、原告の能力不足や成績不良を意味すると判断することは早計であるからである。点数や順位といった数値は一見すると客観的で信頼できる情報であるように思われるが、その解釈は必ずしも単純ではない。数値が何を表現しているのか、またどのような背景があるのかについて、丁寧な考察が求められる。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定事実」や「判決の要旨」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。


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