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TITLE:  私立高校教員パワハラ懲戒処分事件 ―― 教師の指導に過呼吸を起こす生徒
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2025年9月6日
WORDS:  5775文字
[注目の教育裁判例]

私立高校教員パワハラ懲戒処分事件
―― 教師の指導に過呼吸を起こす生徒

羽 山 健 一


事案の概要:

本件は、被告と労働契約を締結し、被告の設置するa中学校・高等学校に英語専任教諭として勤務していた原告が、生徒へのパワハラを理由に譴責の懲戒処分を受けたことにつき、被告に対し、同処分の無効確認を求める(請求1)とともに、原告に授業を割り当てず、代わりに一定の事務作業を担当させる旨の命令等が無効であると主張して、同命令に従う義務がないことの確認を求め(請求2)、さらに、原告の名誉その他の人格権が侵害されたと主張して、損害賠償として慰謝料200万円の支払いを求める(請求3)事案である。裁判所は、教諭の言動がパワハラに該当しないとして、処分の無効を認め、慰謝料10万円の支払いを命じたが、その他の請求を却下ないし棄却した。

【対象事件】東京地裁令和7年1月29日判決 【事件番号】令和5年(ワ)第14829号 【事件名】配転命令無効確認等請求事件 【結果】一部却下・一部棄却・一部認容 【出典】ウエストロー・ジャパン


認定した事実:

(1)推薦状の作成
生徒Dは、高等学校の1年生に在籍中の令和3年12月7日、オンライン講座参加に必要な推薦状について話しをするため教員室を訪れた。その際、原告は、生徒Dに対し、同月9日までに、推薦状に記載してもらいたい内容や、推薦状を作成するに当たって参考となる資料をまとめたもの(参考資料等)を提出するよう指示した。生徒Dは、同日のやり取りにおける原告の口調が攻撃的であるように感じられたことや、期末試験期間中に試験勉強と並行して推薦状の準備もしなければならないことに焦りを感じたことなどからパニック状態に陥り、教員室から退出した後、号泣し、過呼吸を起こした。

生徒Dは、令和3年12月8日、原告に対し、参考資料等を記載した文書を提出した。原告は、上記文書の内容に不備があるとして、同月13日までに再度提出するよう指示した。生徒Dは、同月13日、再度、参考資料等を原告に提出し、原告は、同文書の内容を踏まえて推薦状を作成し、同月17日に、本件講座の応募要領に従い推薦状を提出した。

(2)生徒Dの2年生時の症状
生徒Dは、令和3年12月に原告との間で推薦状に関するやり取りをして以降、原告に対する恐怖心が強くなり、原告の授業中は震え等の身体症状が出現するなどしていた。そして、生徒Dは、高等学校の2年生に在籍中の令和4年9月7日に行われたクラス内の席替えで教卓に近い一番前の席になったところ、これにより原告の授業中には原告と至近距離でやり取りしなければならなくなったなどと考えて強いストレスを感じ、同月8日の朝、教室内で過呼吸を起こした。当時、生徒Dの担任教員であったG教員は、同月9日、生徒Dから事情を聴いた上、原告を含む、生徒Dのクラスの授業を担当する教員らに対し、メールで、生徒Dが席替えで一番前の席になったところ、生徒Dから「ノートをのぞき込まれることがつらい」、「気軽な会話で先生からふと話しかけられることも、返答にとまどってしまうのでつらい」、「近くの生徒が寝ているときに起こすように頼まれるのもつらい」という申出があったため、配慮するようお願いしたい旨連絡した。

生徒Dは、令和4年10月3日、教員室を訪れ、原告に対し、9月30日の原告の授業を欠席したため10月3日が提出期限である宿題の存在を知らなかった旨を説明するとともに、翌日の同月4日には宿題を提出する旨申し出た。これに対し、原告は、宿題の提出日を明日にするか否かは生徒Dが決めることではない旨述べた。そして、同月5日、生徒Dが、宿題を提出するために原告のもとを訪れた際、原告に対して挨拶等をしないまま提出物を差し出したことから、原告は、生徒Dに対して「何か言うことはない?」などと声掛けをした。同日、生徒Dは、原告に宿題を提出した後、学校内で過呼吸を起こし、その様子を目撃した教員により保健室に連れて行かれた。

(3)生徒Dの受診状況
  生徒Dは、令和4年9月下旬頃、過呼吸等の症状を訴えて尾山台心療クリニックを受診し、以降、同病院に通院して投薬治療等を受けていたところ、同病院のH医師は、令和4年10月25日付けで、生徒Dの病状につき、「パニック障害、PTSD」であり、「特定の教師からのハラスメントにより」同疾患を発症した旨を内容とする診断書を作成した。なお、H医師は、令和5年3月14日には、生徒Dの病状につき、「現在通院加療中であるが現在も症状が遷延しているため高校3年生の授業(英語)も女性教師の担当を避けることが望ましいと判断する」との内容の診断書を作成した。

(4)ハラスメント被害の申出等
生徒Dの両親は、改めて、原告の生徒Dに対するハラスメント行為について申告するため、令和4年10月19日付けで、生徒Dに関するお願いと題する文書(本件申告書)を作成し、B校長に提出した。本件申告書には、要旨、推薦状の作成に係るやり取り等における原告の言動により生徒Dがパニック障害を発症し、発熱、倦怠感、過呼吸等の症状が出現している旨、これらの症状により生徒Dが授業に出席することに支障が生じており、また、原告の担当科目については、教科書を開くこともできない状態にある旨などが記載され、さらに、本件学校に対する要望として、生徒Dが従前どおり学校生活を送ることができるよう、直ちに原告が担当している授業を他の先生に担当させるほか、原告と生徒Dが一切接点を持つことがないようにして欲しい旨などが記載されていた。

B校長は、生徒Dの両親からの申出を受けて、早急に原告と生徒Dとの接触を回避する措置を講じる必要があると判断し、原告に対して、生徒D及びその両親から原告の言動についてハラスメント被害の申出があった旨通知するとともに、本件生徒に近づかないことなどを指示した。B校長は、令和4年12月、令和4年度の3学期の原告の担当校務について、授業その他生徒Dを含む学校の生徒らと直接的又は間接的に接触するおそれのある校務を他の教諭に代替させる旨(令和4年度措置)を決定し、同月22日頃、原告にその旨を告げた。

ハラスメント防止委員会は、原告の生徒Dに対するハラスメント行為に係る調査結果を踏まえて、令和5年3月13日付けで、原告に対する人事管理上の措置に係る上申書を作成し、A理事長に提出した。上記上申書には、・・・原告の行為は、被告の就業規則40条6号(ハラスメントにあたる言動によって、児童・生徒に不快な思いを抱かせたとき)に該当するため、同39条1号に定める譴責処分を行い、また、一年に一度、研修を受講させることとするのが相当であると結論づけた旨が記載されていた。

(5)懲戒処分及び令和5年度措置
  被告は、令和5年4月6日、原告に対し譴責の懲戒処分を行い、始末書の提出を命じ、もって将来を戒めるとした。その際、被告は、原告に対して個別の研修を受講することも求めた。懲戒処分の対象となる事実は、以下のとおりである。(ア)令和3年11月下旬、生徒Dがオンライン講座参加のための推薦状の作成を依頼したところ、原告が、期末試験期間中である同年12月7日に、生徒Dを呼び出した際、「ただでさえ忙しいのに、なんで私が高1のあなたのこんなことの対応までしなければならないのよ。この時期どれだけ色んな書類作成で忙しいか分かっているの?」と言い放ち、推薦状の提出期限は同年末であったにもかかわらず、「週内11日(土)でも遅すぎます。」と叱責したこと。(イ)原告が、令和3年12月9日、前日の8日に書類を提出した生徒Dを再度呼び出し、「これでは不足している。13日に来るように。」などと叱責し、生徒Dを精神的に追い詰めたこと。

B校長は、令和5年度の原告の担当校務について、「2023年度お任せする校務」と題する書面に記載の各校務とし、令和4年度の3学期に引き続いて授業は担当させないことを決定し、令和5年4月6日、原告にその旨を告げた(令和5年度措置)。


判決のポイント:

(1)懲戒処分の対象となる事実の有無について
原告は、推薦状の作成について生徒Dとやり取りする中で、令和3年12月7日には、「この時期どれだけ色んな書類作成で忙しいか分かっているの?」と述べたり、生徒Dにおいて参考資料等を原告に提出する日が同月11日では遅すぎる旨述べたこと、また、同月9日には、同月8日に生徒Dが参考資料等として提出した文書の不備を指摘し、同月13日に再提出するよう指示したことが認められる(「本件言動」)。・・・他方で、原告が、「ただでさえ忙しいのに、なんで私が高1のあなたのこんなことの対応までしなければならないのよ。」などと、推薦状の作成を担当すること自体の不満を生徒Dにぶつける発言をしたと認めることはできない。

(2)懲戒処分の有効性
令和3年12月7日の原告とのやり取り直後には、号泣し、過呼吸を起こすに至ったことが認められることからすれば、同月7日及び同月9日の原告の生徒Dに対する言動が、生徒Dに少なからず精神的苦痛を与えるものであったことは否定できない。もっとも、原告の本件言動は、講座に参加したいという生徒Dの希望を叶えるため、期限内により良い内容の推薦状を提出することを目指して、原告において生徒Dが行うべき準備の内容やその期間について必要な指導を行う目的でなされたものと認められ、その内容や態様に照らし、客観的にみて、本件言動が、教員の生徒に対する指導の範囲を逸脱し、生徒Dの「人格や尊厳を侵害する」ようなものであったとまで評価することはできない。したがって、原告の本件言動が、被告のハラスメント防止規程2条6号に規定する「パワハラ」に該当するものとは認められない。原告について、懲戒事由に該当する事実の存在は認められないから、懲戒処分は無効である。

(3)令和5年度措置の必要性について
生徒Dは、原告と推薦状の作成に関するやり取りをして以降、恒常的に原告に強い恐怖心を抱くようになり、令和4年9月の席替えで教卓に近い一番前の席になった際には、原告の授業中に原告と至近距離でやり取りしなければならないなどと考えて強いストレスを感じたことにより過呼吸を起こしたこと、・・・また、生徒Dは、令和4年10月25日には、H医師より、原告のハラスメントによりパニック障害、PTSDを発症した旨診断されたことなどの事情からすれば、生徒Dの病状の悪化等を防止するため、被告において、原告と生徒Dが直接的又は間接的に接触することがないように、速やかに原告の担当校務を変更する必要があったものと認められる。

被告は、令和5年度措置において、生徒Dが在籍していた高等学校の3年生の授業に限らず、全ての授業の担当から外すなど、生徒Dのみならず、広く学校の生徒らと原告が接触しないよう、原告の担当校務を決定したものであるところ、原告の言動により生徒Dが心身に重大な支障を来す事態になったことや、原告は、本件以前にも、学校の生徒らの心情を傷付けるような言動があったとして、被告から複数回にわたり注意を受けてきたこと、・・・などの事情を踏まえれば、・・・全ての授業の担当から原告を外し、不特定多数の生徒との直接的な接触をさせないとしたことについても、被告による学校運営上やむを得ない措置であって、その必要性が否定されるものとはいえない。


コメント:

本件判決は、教員の言動がパワーハラスメント(パワハラ)に該当しないとして、これを理由とする懲戒処分を無効と判断した一方で、当該教員を授業から外すという業務上の措置については、無効とはいえないと認定した。このように、懲戒処分の有効性と業務措置の有効性について異なる結論が導かれたのは、教員の言動がパワハラに当たらない場合であっても、学校側は、精神的に不安定な状態にある生徒の安全を配慮する義務を負っており、その義務を果たすための手段として、当該教員の業務内容を変更する必要性が認められたためであると考えられる。

一般に、ある具体的な言動がパワハラに該当するか否かの判断は容易ではない。職場におけるパワハラについては、労働施策総合推進法(第30条の2第1項)において、次の3つの要件をすべて満たすものとして定義されている。

 @ 優越的な関係を背景とした言動であること
 A 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であること
 B 労働者の就業環境を害するものであること

この定義を本件事例に当てはめてみると、まず、生徒との間に優越的な関係が存在していたことは明かであり(@)、また、教員の言動が生徒に少なからず精神的苦痛を与え、生徒の学習環境を害するものであったと評価できる(B)。しかしながら、教員の言動が、教育的指導の範囲を逸脱し、生徒の人格や尊厳を侵害するようなものではなかった(A)。すなわち、@およびBの要件を満たしているが、Aの要件を欠くため、本件教員の言動はパワハラには該当しないと判断されることになり、この結論は本判決の判断と一致する。

本件は、被害者が耐えがたい精神的苦痛を受けたと主観的に感じて、パワハラを訴えた場合であっても、客観的に見て、業務上必要かつ相当な範囲で行われた適正な指導である限り、パワハラには該当しないことを示した事例判断として参考になる。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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