◆202603KHK265A1L0211M
TITLE:  私立小学校いじめ「重大事態」調査事件 ―― 寄せ集めのチームによる調査
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年3月4日
WORDS:  5505文字
[注目の教育裁判例]

私立小学校いじめ「重大事態」調査事件
―― 寄せ集めのチームによる調査

羽 山 健 一


1.事案の概要

被告学校法人の設置する小学校内で発生した事故によって負傷した原告が、事故後の状況は、いじめ防止対策推進法(推進法)28条1項所定の「重大事態」に該当したにもかかわらず、小学校が同項所定の調査をしなかったことにより、原告の法律上保護された利益が侵害され、精神的苦痛を被ったと主張し、被告に対し、慰謝料等の支払を求める事案である。判決は、小学校の実施した調査が、同項所定の「重大事態」について対処が義務付けられる調査に該当しないとして、原告の請求を認容した。

【対象事件】静岡地裁令和7年1月30日判決 【事件番号】令和4年(ワ)第535号 【事件名】損害賠償請求事件 【結果】認容(確定) 【出典】判タ1536号215頁、判時2635号86頁

【参照条文】いじめ防止対策推進法
第2条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

第28条 学校の設置者又はその設置する学校は、次に掲げる場合には、その事態(以下「重大事態」という。)に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するため、速やかに、当該学校の設置者又はその設置する学校の下に組織を設け、質問票の使用その他の適切な方法により当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査を行うものとする。
一 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。
二 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。
(2項、3項略)


2.認定した事実

被告は、○○市内に高等学校、中学校及び小学校並びに幼稚園の4つの教育施設を設置し、これらが一体となって教育プログラムを提供する私立学園を運営する私立学校法上の学校法人である。原告は、事故当時、小学校に在籍する5年生の男性児童であった。

令和3年1月29日、小学校では、各学年に在籍する児童7名を縦割りに1班のグループとして構成して実施するリクリエーション活動(本件班活動)が行われていたところ、教室前廊下において、原告の顔面を同じ班の3年生の女性児童(児童G)の足が直撃する事故(本件事故)が発生し、これにより原告は左下中切歯の歯牙破折・歯牙の打撲の傷害を負った。児童Gは小学校の放課後テコンドー教室を履修する者であった

本件事故は、午前11時30分頃に発生し、間もなく班担当のD教諭が原告の歯の破折に気付き、本人に事情を聞くと、原告は、児童Gと別の児童とのけんかを止めようとしたところ、蹴られた旨を答えた。

校長は、原告両親への謝罪とともに、原告担任のC教諭と、児童G担任のF教諭を呼び寄せて、B教頭、E養護教諭と4人で直ちに事実を調査するよう指示した。午後零時25分頃から、C教諭とE養護教論で、本件事故の現場に居合わせた6年生児童1名から本件事故発覚の経緯を聞き取り、午後零時30分頃から、F教諭とE養護教諭で児童Gから本件事故前後の状況を聞き取った。

原告は、E養護教諭からの連絡を受けて直ちに迎えに来た原告両親に連れられ、病院で応急措置を受けるために一旦下校していたが、再登校後の午後1時35分頃から、C教諭、F教諭、B教頭により本件事故前後の班活動中の状況を聞き取られ、引き続きそのまま午後2時頃から児童Gも呼び入れられて、両者立会いの下で、原告は、児童Gの足が滑った旨の同児童の説明を受け入れるかを迫られるとともに、B教頭が児童Gに対し、滑ったとはいえ原告の歯が折れたことを謝るよう指導したことを受けて、児童Gが謝ったのを受け入れることを求められる状況に置かれた。

本件事故後、原告は、令和3年4月29日限り、小学校を退学して、翌30日、公立小学校に転校した。


3.判決のポイント

(1)本件事故後の状況の重大事態該当性

本件事故後の状況は、「いじめ」(推進法2条1項)により原告の心身に重大な被害が生じた疑いがあると認められる1号重大事態に該当していたということができる。したがって、小学校は、本件事故による原告の受傷内容と原因についての原告の認識が明らかになった時点で、その後の原告の不登校等の状況にかかわらず、原告のため、推進法28条1項所定の調査(28条調査)を行う義務を負うところとなったというべきである。

(2)28条調査の趣旨

  @ 背景的事実関係の解明について
28条調査は、当該重大事態に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資する目的で、当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査であり、このような目的が実効性を有するためには、当該重大事態の原因となった背景的事実関係の解明を要し、このようにして解明された原因事情を除去等することで初めて、当該重大事態と同種の事態の発生の防止が可能になるというべきである。

重大事態の背景となる過去から連続する関係児童等の人的関係を含む事実関係をも明確にするのでなければ、当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するところはないと考えられる。すなわち、このような背景的事実関係の解明に踏み込まない表層的な事実関係を確認するだけでは28条調査として足りず、表層的事実関係の確認やこれに基づいた場合にありがちな弥縫的な対処は、推進法28条の趣旨とするところではないというべきである。

  A 調査組織の設置、質問票の使用について
同条が、個別の教職員による調査でなく、当該重大事態に即した組織を設け、かつ、質問票の使用その他の適切な方法による調査を要請しているのは、いじめの背景的事実関係を最も熟知するのは関係児童等であるところ、児童等はいまだ心身の発達過程にあって、成人の教員等や児童等どうしの関係などからも成人以上に暗示等の影響を受け、迎合や事実を率直に語らないなどの行動に出やすいと考えられることから、重大事態の背景的事実関係の解明がこのような心理的作用により歪曲されることがないよう、極力個々の人的関係等の影響を排した客観的で心理的安全性及び透明性の高い手続、方法によるべきことを組織的に共有した上で、多角的な情報を収集すべきことを定めた趣旨のものと考えられる。したがって、このような趣旨が全うされるのでなければ、28条調査の履行が果たされたとはいえない。

(3)28条調査の履行の有無

  @ 調査組織の設置について
被告は、本件事故当日の聞き取りと、これに引き続く同年2月24日から同年3月6日にかけての関係児童からの再度の事情の聞き取り等をもって、組織を設けてした28条調査に当たると主張するものであるが、そこで調査チームとして主張されている実働人員は、教頭と養護教諭、原告及び児童Gの各担任教諭4名のいわば寄せ集めであり、これらの者の間で、関係児童への暗示等の影響を回避すべきことなどの調査の前提が共有されていた形跡もないまま、極めて短時間のうちに実際の関係児童の聞き取りに動いてしまっていたことが認められる。このような聞き取りは、方針や方法の共有された組織としての調査の態をなしているとはいえず、まずもって、組織を設けた調査としての実質を備えているとはいえない。

  A 背景的事実関係の解明について
実際に行われた関係児童からの聞き取り内容を見ても、本件班活動中にどのような経緯で原告が受傷したのか、その直前直後の事実経過を明らかにすることに終始していて、この点は本件事故から日を空けた後の事情聴取においても基本的に変わるところがない。すなわち、小学校においては、重大事態と同種の事態の発生の防止に資するだけの過去から連続する関係児童等の人的関係を含む背景的事実関係を明確にする意図は有していなかったと認めるほかないから、この点においても、28条調査の趣旨を満たすものであったとはいえない。

  B 聞き取りの方法について
その方法においても、本件事故直後に関係児童への暗示等の影響を考慮しないで行われた聞き取りと仲直りの指導は、推進法28条の定める適切な方法による調査とは程遠い不適切な方法によるものというべきであり、初動的な聞き取り等がこのように暗示等の影響があり得る形で一度行われてしまった以上、その後に関係児童の再度の聞き取りを行うなどしても、それのみでこのような方法の不適切性を払拭できるものでもない。

結局、被告又は小学校が推進法28条1項の趣旨を全うする28条調査を履行したものとは認められない。


4.コメント

本判決は、推進法28条に基づく重大事態調査の履行の有無が正面から争われた事案である。とりわけ、重大事態調査の趣旨および要件についての理解が示された点で参考になると思われる。また、本判決は、同条の重大事態の定義について、あらためて検討の必要性を示唆する内容も含まれている。

(1)重大事態の意義

推進法28条1項は、いじめにより同項各号に掲げる「疑いがある」と認められる場合を重大事態として、学校設置者等に対し調査の実施を義務付けている。ここでいう重大事態としては、「1号 いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき。」及び、「2号 いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき。」が規定されている。

ここで留意すべきは、重大事態は、その定義の中に「疑いがある」ことを明示的に組み込んでいる点である。すなわち、実際にいじめが発生し、あるいは、それにより重大な被害が生じたことが確定している必要はなく、そのような「疑いがある」ことが合理的に認められれば、その段階で重大事態に該当し、調査実施義務が発生する。

この点について、文部科学省の「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」は、「児童生徒や保護者から、「いじめにより重大な被害が生じた」という申立てがあったときは、その時点で学校が「いじめの結果ではない」あるいは「重大事態とはいえない」と考えたとしても、重大事態が発生したものとして報告・調査等に当たる。」として、申立てがあった時点で、重大事態として対応し、直ちに調査を開始すべきことを指示している。(2024年8月30日改訂14頁)

本件において被告は、推進法の定める重大事態を、日本語の一般的な意味における「重大事態」と同様のものとして理解していた可能性がある。すなわち、被告が「本件事故後には重大事態の「疑いがある」と認識していた」と主張をしているのに対し、本判決はこれを「推進法上の重大事態の位置付けについて正しく理解していないことを示唆するもの」として、被告の重大事態についての認識不足を指摘している。

(2)本件事案の「いじめ」該当性

被告は、本件を「深刻ないわゆるいじめ事案ではなく、限りなく過失に近い突発的な子どもどうしのふざけ合い」にすぎないと位置づけ、いじめ自体の発生を否定するとともに、被告の実施した調査の適法性を主張した。これに対し本判決は、本件が推進法2条に定める「いじめ」に該当するかどうかについて検討せず、また判断も示していない。

その理由は判決中に説明されていないものの、この点については、推進法28条の構造から理解することができる。同条は、いじめにより重大な被害が生じた「疑いがある」と認められる場合に、調査の実施を義務付けるものであるから、調査の実施義務の有無を判断する段階では、本件事案が法的に「いじめ」に該当するかどうかを判断する必要はない。いじめ該当性については、それを含めて、調査により解明されるべき事項と位置付けられていると解される。したがって、「いじめ」該当性そのものは調査の前提問題ではなく、調査の対象となる事項であるため、判決はこの点について踏み込んだ判断を示さなかったものと理解できる。

推進法の施行から10年以上が経過した現在においても、いじめ重大事態の調査制度における、重大事態の定義や調査の趣旨について、実務上の理解にはなお不十分な点や認識の齟齬が見られる。本件には、その一部が表れていると思われる。とりわけ、「疑い」段階で調査義務が発生するという制度設計は、常識的な判断枠組みとは異なる特徴を有しており、この点が理解の困難さの一因となっていると考えられる。いじめが見過ごされてはならないとする制度の趣旨は理解できるものの、必要に応じた制度の見直しが求められる。


注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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