◆202607KHK269A1L0250M
TITLE:  私立高校教員文書配布懲戒処分事件 ―― 無断で生徒に文書を配布
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 2026年7月1日
WORDS:  6421文字
[注目の教育裁判例]

私立高校教員文書配布懲戒処分事件
―― 無断で生徒に文書を配布

羽 山 健 一


1.事案の概要

被告の設置する高等学校の教員である原告らが、高校の教育課程の変更に反対する内容の保護者宛て文書を校長に無断で生徒に配布したこと等を理由として被告から各懲戒処分(戒告、減給、停職等)を受けたが、同処分は無効であるなどと主張して、被告に対し損害賠償を請求した。さらに、常勤講師である原告L及び専任教員である原告Mについては、仮に処分が有効であるとしても減給の上限を超えている(労働基準法91条違反)として予備的に同部分の賃金を請求する事案である。裁判所は懲戒処分無効に基づく損害賠償請求を斥け、減額賃金等支払請求を一部認めた。

【対象事件】松江地裁令和8年1月19日判決 【事件番号】令和5年(ワ)第167号 【事件名】損害賠償等請求事件 【結果】一部認容 【出典】裁判所ウェブサイト


2.認定した事実

本件高校の生徒数は、減少傾向が顕著であったところ、被告の理事長らは、中長期的に高校を存続させるためには他校との差別化を図る必要があるなどとして、高校を就職に強い学校に転換することを内容とする改革の検討を進め(中期戦略検討プロジェクト)、令和4年度以降、教員らにその内容を説明してきた。

さらに、令和5年2月20日開催の臨時職員会議においては、勉強は苦手だけど高校は卒業したいという層をターゲットにすることを決めたなどとして、令和5年度から教育課程を変更し、一部の科目を学校設定科目「課題探求1」に変更し、毎週水曜日を自由学習日(学習場所は問わない。)としてインターンシップやスポーツ・進学・その他の活動を行うことなどを説明した。

経営陣は、教員らの賛同が得られないまま、令和5年度の教育課程を上記のとおり変更することを決定したとして、令和5年3月10日、1年生及び2年生の全員に対し「令和5年度の教育課程の変更について」と題する文書(「本件案内文書」)を配布し、同月13日にロングホームルームで生徒に対し説明し、同月17日と18日に保護者説明会を開催することとした。

教員らは、教職員一同名義で、教育課程の変更に反対する内容の保護者宛て文書(「本件文書1」)を完成させ、原告らは、令和5年3月10日、1年生及び2年生の全員に対し本件案内文書を配布する際に、併せて本件文書1も配布した。なお、被告就業規則28条3項は、服務規律(承認事項)として、職員が学校施設内において日常の教育活動以外の目的をもって文書を配布しようとする場合は、あらかじめ校長の承認を得なければならない旨規定している。

本件配布行為を知った経営陣は、令和5年3月13日の終礼後、原告Bを役員室に呼び出し、本件書面の作成経緯等を事情聴取した後、同人に対して自宅待機を命ずるとともに同期間中の高校関係者との接触や本命令の口外等を禁じた。

本件書面を受け取った生徒の一人は、その日のうちに校長室に赴いて直談判した。また、令和5年3月13日開催の生徒説明会では、反対の意見を述べる生徒がおり、混乱のうちに終了した。さらに、生徒会が実施した在校生向けアンケートでも、上記教育課程の変更に反対する意見が賛成する意見を大きく上回った。

これらを受けて、経営陣は、令和5年度の教育課程の変更決定を撤回し、令和5年3月17日開催の緊急職員会議において、在校生及び令和5年度入学生の教育課程は従前どおりとする旨説明した。

自宅待機中の原告Bは、令和5年3月19日、上記遵守事項に違反して卒業生に接触し、・・・この後、反対運動、場合によっては経営陣の退任要求として署名を集めるかも知れないので協力してほしいなどと呼びかける卒業生宛ての文書(本件文書2)を作成して卒業生にLINEで送信し、その後、同文書がSNS等を通じて拡散された。

被告は、原告Bを除く原告ら12名について、本件配布行為を理由として別紙記載のとおりの懲戒処分を、また、原告Bに対し、本件配布行為に加えて自宅待機中に卒業生と接触し本件文書2をLINEで送信した行為を理由として停職14日の懲戒処分をした。


3.判決のポイント

(1)懲戒事由該当性

本件文書1は、教職員一同は教育課程の変更に反対しており、経営陣にその変更、見直しを要望しているが叶わないことから、これを叶えるために保護者の力を借りたい、ひいては保護者説明会に積極的に参加して意見を述べてほしい、という内容であって、本件配布行為は、本件案内文書の配布目的を減殺し、教育課程の変更を阻止しようとしたものといえる。

労働契約に基づき、使用者は労働者に対し労務指揮、業務命令権を有し、労働者は使用者の指揮、命令に従って労働に従事する義務を負う。すなわち、労働者は、就業規則の合理的な規定に基づく相当な指揮、命令である限り、仮に反対の意見を有していたとしてもこれに従う義務がある。

これを本件についてみるに、生徒減少による経営難を回避するために就職に強い学校へ転換することで他校との差別化を図るという経営方針の策定や、その実現としての教育課程の編成(変更)は、法律等に従ってなされる限り最終的には使用者(教育課程の編成は校長)の権限に属する事柄である。そして、教員らは、組織の一員として、また実際に生徒の教育に当たる専門職として、教育課程の編成等に協力する役割が与えられるとともに、反対の意見を述べることもできると考えられるが、使用者による最終的な決定に対しては法規範等に反しない限りこれに従う労働契約上の義務があるというべきである。にもかかわらず、原告らは、学校経営にとっていわば顧客ともいうべき生徒及びその保護者らに対し、経営陣に対する不満や経営陣と教員らの対立の存在を明らかにして学校の名誉、信用を毀損するとともに、同経営陣の決定した教育課程の変更を妨害したと評価できる。以上によれば、原告らが文書の配布について定めた就業規則に違反してした本件配布行為は、・・・懲戒処分事由に該当する。

また、原告Bについては、本件配布行為後の自宅待機命令期間中に、遵守事項に反して本件高校の卒業生と接触し、教育課程の変更への反対運動や経営陣の退任要求への協力を呼びかける本件文書2を作成してLINEで送信した事実も、校長の職務上の指示に従わずにした学校の名誉・信用毀損行為であり、経営陣の策定した経営方針やその具体的内容としての教育課程の変更への妨害行為といえ、就業規則の遵守事項に反し、・・・懲戒処分事由に該当する。

(2)懲戒権濫用

本件配布行為後、実際に校長室に赴いて直談判する生徒が出たり、生徒説明会が混乱したりし、結局、被告は、令和5年度の教育課程の変更決定を撤回するに至ったこと、にもかかわらず、保護者説明会では、在校生には直接影響しない改革計画自体について反対したり、経営陣の原告らへの対応を問題視したり、同経営陣の退陣を求めたりする意見が出されるなどして紛糾したことからすれば、本件高校の経営に実害が生じたといえる。

この点につき、原告らは、教育の専門職である教員団体として、経営陣が進めようとしていた教育課程の変更には様々な問題があると考えており、・・・本件配布行為は、原告らの意見表明権を行使するとともに、保護者らへの積極的な参加を促そうとしたものであって、正当な権利に基づく正当な活動である旨主張する。

確かに、教員は、専門的な知識及び技能を要求される専門職であり、その団体は、教育の発展への貢献が期待されることから、教員やその団体には、教育課程の編成等に参加する役割が与えられるべきと考えられる。しかしながら・・・経営陣が積極的に進めようとしていた改革とその実践としての教育課程の変更自体が不合理、不相当とはいえない。

原告らは、生徒にとって重大な変更が保護者不在のまま進められることへの懸念から本件文書1を作成、交付した旨主張するが、そのような懸念があったのであれば、生徒に本件案内文書を配布する際に、その内容を口頭で丁寧に説明した上で、分からないことや意見があれば、生徒説明会や保護者説明会に出席して直接質問するよう促すべきであって、保護者に対し、教職員は教育課程の変更に反対しており、その見直しを要望しているという事実を告げた上で、同要望を叶えるための協力を仰ぐことが、教員らに与えられた正当な権利ということはできない。

・・・本件各懲戒処分が、懲戒の種類はもとより、停職期間の長さや減給の程度についても社会通念上相当性を欠き、懲戒権を濫用したものということはできない。よって、本件各懲戒処分は無効であるとはいえない。

(3)減給の上限違反について

被告は、原告Lに対し、被告専任教員就業規則25条1項1号に定める「戒告」の懲戒処分をした。同就業規則は、戒告につき、「始末書を提出させ戒め、翌月の給与を10%減額する」と定め、これにより、原告Lの令和5年7月分の給与23万2600円の10%である2万3260円が減額された。なお、原告Lの懲戒処分当時の平均賃金の一日分の半額は、3834円である。

同就業規則の「戒告」の定めは、その内容として給与の減額を含むものであるから、「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合」(労働基準法91条)に当たるところ、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超えている。よって、超える部分は、労働基準法91条に反し、無効であり、被告は、原告Lに対し、1万9426円の賃金支払義務を負う。


4.コメント

(1)教員による文書配布

本件は、校長に無断で文書を配布したことを理由としてなされた懲戒処分の有効性が争われた事案である。本判決は、原告らの文書配布行為が経営陣の決定した教育課程の変更を妨害したと認定し、懲戒処分を有効と判断した。

この判断は、学校内での文書配布に関する従来の裁判例の潮流に沿うものである。最高裁は、校長が文書配布に対し警告書を発したことが不当労働行為に該当するかが争われた岩手女子高校事件において、不当労働行為にあたらないとした原判決を維持し、上告を棄却した(最高裁二小昭和61年7月14日判決)。これは、学校管理者が「雇用契約上の指揮命令権及び施設管理権に基づいて、学校内で生徒を対象とした文書配布の差止を求めることができる」とした原判決の判断を是認したものである。

一般に、学校管理者は、職務命令権および施設管理権に基づき、学校内における教員の文書配布を制限する権限を有すると解されている。しかし、この権限は無制限ではなく、就業規則等に包括的な禁止規定を設ければ、無許可の配布行為を一律に禁止できるわけではない。

この点について、最高裁は、教職員に対する組合文書の配布を理由とする懲戒処分の是非が争われた倉田学園事件において、次のような判断枠組みを示している。すなわち、教員の文書配布が「形式的には就業規則に違反するようにみえる場合でも、その内容、配布の態様等に照らして、その配布が学校内の職場規律を乱すおそれがなく、また生徒に対する教育的配慮に欠けるおそれのない特別の事情が認められるときは、実質的には右規定の違反になるとはいえない」と判示した(最高裁三小平成6年12月20日判決)。すなわち、文書配布が形式的には就業規則に違反していても、「学校秩序を乱すおそれのない特別の事情」が認められる場合には、懲戒処分の対象とはならないと解されている。

これに対し、本判決は、原告らの行為が、学校の名誉・信用を毀損し、経営方針の実施を妨害して、高校の経営に実害を及ぼしたと認定し、懲戒処分を有効と判断した。つまり本判決は、上記の判断枠組みにおける「学校秩序を乱すおそれのない特別の事情」の存在を否定し、実質的な規律違反を認めたものと理解できる。

(2)生徒への文書配布と教育的配慮

裁判例においては、文書の配布対象が生徒である場合、学校秩序を乱すおそれが特に大きいと評価される傾向にある。前掲の岩手女子高校事件の控訴審判決においても、生徒への文書配布が「高等学校教育の正常な業務運宮を確保するうえの妨げになる」とする学校側の主張を是認したうえで、「学校秩序を乱すおそれがない特別の事情」は認められないとして、文書配布が正当な行為にあたらないと判断した(仙台高裁昭和60年6月28日判決)。このように、生徒への文書配布が厳しく制限される背景には、「判断能力が十分に成熟していない生徒を大人の紛争に巻き込んではならない」という教育的配慮の考え方がある。

しかし、本件のような学校内で実際に起きている紛争は、生徒自身の教育環境に直接関わる問題でもある。そして、その実態を生徒から遠ざけることは、生徒が身近な現実の課題について、主体的に考え学ぶ機会を失わせることにもなり得る。とりわけ一定の批判的思考力が備わりつつある高等学校段階の生徒については、文書配布が学校秩序に与える影響を評価するにあたり、生徒の判断能力や発達段階を踏まえた、より慎重な検討が求められるべきであろう。

(3)労働基準法第91条の「平均賃金」について

労基法91条は、就業規則で減給の制裁を定める場合、その減給額について上限を設けている。具体的には、「一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。」と規定している。

本件では、原告Lは懲戒処分により給与から2万3260円を減額されたところ、本判例は、原告Lの平均賃金の1日分の半額が3834円であると算定し、この額を超える部分については労基法91条に違反するため無効であると判断した。

そうすると、原告Lの平均賃金の1日分は7668円(3834円×2)となる。この金額だけを見ると、教員の賃金の日額(日給)としてはかなり低額ではないかとの疑問を抱くかもしれない。この疑問を解消するためには、労基法上の「平均賃金」についての規定を理解する必要がある。

まず、労基法における「平均賃金」は厳密に定義されており、日常用語として用いられる「平均賃金」とは、まったく意味が異なる点に注意が必要である。労基法12条前段は、平均賃金を次のように定義している。すなわち、「この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう」。これを計算式で表すと次のようになる。

    平均賃金 = 直近3か月の賃金総額 ÷ その3か月間の総日数

ここでいう「賃金総額」とは、直近の3か月間に支払われた基本給や各種手当の合計額であり、税金や社会保険料などが差し引かれる前の金額である。また、「総日数」とは、その3か月間のカレンダー上の暦日数を指し、土曜日・日曜日・祝日なども含まれる。

したがって、平均賃金は、実際の勤務日数ではなく、約90日間の暦日数で除して算定されるため、通常の賃金日額よりも低い金額となる。そのため、本件で算出された7668円という金額も、教員の実際の賃金日額を示すものではなく、あくまでも労基法上の「平均賃金」の計算結果にすぎないのである。



注目の教育裁判例
この記事では,公刊されている判例集などに掲載されている入手しやすい裁判例の中から,先例として教育活動の実務に参考になるものを選んでその概要を紹介しています。詳細については「出典」に示した判例集等から全文を参照してください。なお、「認定した事実」や「判決のポイント」の項目は、判決文をもとに、そこから一部を抜粋し、さらに要約したものですので、判決文そのものの表現とは異なることをご了承願います。



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