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TITLE:  教育情報公開の現段階
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第104号(1991年3月)
WORDS:  全40字×205行

 

教育情報公開の現段階

 

羽 山 健 一 

 

1.教育情報公開を求める動き

  今日の,教育情報公開についての関心・論議・運動の高まりには,目をみはるものがある。そして,教育情報が行政情報の一分野として位置づけられ,行政情報の公開を求める論理的手法が教育情報についても適用されつつある。とりわけ,昨年(1990年)は,以下にみるように,教育情報公開元年とも言うべき状況を呈していた。

 (1) 体罰事故報告書

  学校が作成し教育委員会に送られる「体罰事故報告書」については,昨年,多くの公開事例が報告されている。その第一の事例として「千葉県習志野市立第七中学校事件」がある。これは,教師の体罰で重傷を負った元中学生とその母親が情報公開制度を利用して体罰報告書を入手し,さらにその誤りを訂正するように求めたものである(朝日新聞1990年4月25日夕刊)。第二の事例は「東京都文京区立第二中学校事件」である。これは,体罰を受けた生徒が情報公開制度で体罰報告書を入手し,さらにその訂正を求めた結果,生徒側の言い分も併記された報告書が改めて出されたというものである(朝日新聞1990年8月4日)。ただしこの事件では新たな報告書が提出されたものの,教師側と生徒側の言い分は食い違ったままで,事実関係の解明は,うやむやのまま終わった。しかしこの事件は,自己情報の訂正請求権を一部認めたものとして,大きな意味を持つであろう。第三の事例は「名古屋弁護士会の公開請求」である。これは,同弁護士会の少年対策特別委員会が,愛知県・名古屋市の両教育委員会などの保有している過去四年間分の体罰に関する文書の公開を請求したもので,そのほとんどが公開された。

  以上公開された,いずれの報告書においても,体罰の程度や学校側の落ち度は低く見積もられ,「熱意の余りの体罰である」という内容が記載されており,被害者である生徒の言い分が全く載せられていないという不十分なものであったことが明らかになった。

 (2) 中途退学者数等

  高等学校別の中途退学者数,及び原級留置き者数の公開に関しては,既に1989年3月28日,茨城県教育委員会は,学校名も含めて全面公開することを決定している(「子どもの人権と体罰」研究会・体罰と管理教育を考える会共編『子どもの人権−立ち上がる父母・市民』 205頁)。しかし同種の請求に対し,愛知県公文書公開審査会は,1989年3月29日学校名を非公開とする部分公開が相当であるとした(九州大学教育学部教育行政学研究室『教育行政学研究・第五号』90頁)。

  また福岡県では,同種の請求に対して同県教育委員会が全面公開を拒否したため,全面公開を求める訴訟が提起された。これについて福岡地方裁判所は,1990年3月14日,全面公開を認める判決を下した(前掲『教育行政学研究・第五号』139頁 )。しかし教育委員会側が控訴したため,事件は目下福岡高等裁判所に係属中であり,その判決は4月10日に出される予定である。

  さらに大阪府では,1990年7月,府教育委員会は審査会の答申に従って,学校名を非公開にしたもHのの,退学者数,退学の理由に加え,退学後の進路,入試の成績についての情報を公開した(朝日新聞1990年7月15日)。

 (3) 指導要録

  川崎市で小学生の母親が情報公開制度にもとづいて,指導要録の開示を請求していた事例で,同市教育委員会は,1990年11月28日,「所見」欄と「知能検査」欄を除き,「成績評価」,「感情行動記録」欄等を開示した(読売新聞1990年12月13日夕刊)。これまで指導要録については,開示された事例はなく,今回一部とはいえ開示されたことは大きな前進であろう。また大阪府豊中市でも,ある住民が1990年12月20日,情報公開制度を利用して,その長男と長女の小学校時代の指導要録の開示を求めた。これについて同市教育委員会が1991年2月18日,不開示の通知をしたので,請求者は全面開示を求めて異議申し立てをしている。

 (4) 入試成績

  神奈川県は,1990年10月施行の個人情報保護条例で,県立高校の入試結果(科目別得点と総合得点)を,請求したその場で見せるような制度を採用した。さらに,1991年3月には,ある受験生が答案用紙そのものの開示を請求したのに対し,同県教育委員会は,答案の大半を占める選択式の部分を開示した(朝日新聞1991年4月5日)。

 

2.内申書(調査書)の開示請求

  内申書は高校入試の合否結果を左右する資料として,その記載内容が教育情報のなかでも,とくに重要な意味をもつ。したがって,これに対する父母・市民の関心も極めて高い。最初にその問題性を提起したのは,いわゆる「内申書裁判」である。そこでは内申書の記載内容が中心的な論点となったにもかかわらず,残念ながら東京地方裁判所(1975年10月8日決定)がその提出を認めなかったことによって,以後「内申書は非公開である」とする意識が強まっていったといえる。その後,体罰問題を契機とする「子どもの人権」意識の高まりのなかで,生徒・父母が学校による子どもの人権侵害を訴訟等によって問責するようになり,学校と鋭く対立するようになった。このような事態においては,学校側が内申書に報復的に不利益な記載をするのではないかという強い疑念が持たれ,そのため,生徒・父母は,内申書の成績評価その他の記載が適正になされているか否かを問題とせざるをえなくなった。こうして,内申書の開示への要求が再び高まってきたといえよう。

  そのような第一の事例は「静岡市安東中学校事件」である。ここでの内申書開示の要求は情報公開制度にもとづくものではなかったために,教育委員会側が,1982年2月22日,開示を拒否する文書回答をして,形のうえでは事件は幕切れとなった。しかし,再度の要求に対し,学校は事実上,内申書を父母に開示したと伝えられる(今橋盛勝『教育法と法社会学』212 頁)。第二の事例は「埼玉県大宮市宮原中学校事件」である。ここでは,体罰を受けた生徒が,それが原因で 120日の欠席を余儀なくされ,そのうえ内申書の「欠席事由」欄に不適切な記載がなされたために,高校入試に不合格となり中学浪人を強いられた。内申書の記載内容は,学校側がその一部を開示したので分かったものであるが,このことにより,生徒の母親は,内申書全体の信憑性が相当程度疑わしいとして,情報公開制度にもとづいて,内申書開示請求をした。これに対し,埼玉県総務部公文書センターは非開示決定をしたため,その母親は,1989年7月25日,非開示処分を不服として行政不服審査法にもとづき審査請求をした。現在その審査中である(今橋他編『内申書を考える』59頁)。第三の事例は「大阪府高槻市立芝谷中学校事件」である。この事例は,制服の強制に抗議しつづけていた中学生が内申書の開示を求めたものであり,基本的には前の二つの事例と同様に,内申書に不適切な記載がなされている疑いの持たれるものである。以下,節を改めて詳述する。

 

3.高槻市立芝谷中学校事件

  この事例は,大阪府の高槻市立芝谷中学校三年の生徒が,1991年1月7日,「志望を決める参考にしたい」として,同市個人情報保護条例(以下「条例」と略す)にもとづき,同市教育委員会に対し,近く作成予定の内申書を開示するよう求めたものである。この請求に対し同市教育委員会は,1月16日,内申書がまだ作成されていないことを理由に「不存在通知」をした。そこでこの生徒は,2月2日,行政不服審査法にもとづき同市教育委員会に,この通知を事実上の非開示決定処分であるとして「異議申立書」を提出した。親ではなく,生徒本人による開示請求は異例のことである。同市個人情報保護審査会は,この事例について諮問をうけ,審査を開始した。

 (1) 教育委員会の非開示の理由

  答申に先立ち,教育委員会が同審査会に提出した「弁明書」における主張は,おおむね次のようなものであった。

 @ 本件調査書は,異議申立人の請求時点においては,いまだ作成されておらず,本件請求文書不存在通知は正当である。仮に,請求時期に調査書が存在しえたとしても,調査書の開示については条例第13条2項第2号3号に該当するものとして非開示決定処分をすることになり,その処分は以下の理由により正当である。(条例第13条第2項は「実施機関は,次の各号のいずれかに該当する自己情報については開示しないことができる」として,第2号において「個人の評価・・・・等に関する情報であって,本人に知らせないことが正当であると認められるもの」,第3号において「開示することにより,公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」を挙げている。)

  A 調査書は入学者選抜制度の一環として作成される資料であり,入学の合否判定を合理的に行うための内部文書である。その作成については,教師以外の何人の介入も許さないものと解されている。

 B 調査書の作成は,教師の教育評価権の行使として,いかなる影響を受けることなく実施せれねばならない。(「内申書裁判」東京地裁,東京高裁判決を援用)

 C 調査書は,その記載内容が秘密であることが制度上保障されていることによって公正が担保される。これを公開すると,本人や保護者等から強い圧力を受けるおそれがあり,それ以後の,厳正,公正な調査書の作成に著しい影響を及ぼす結果を招きかねない。(「内申書裁判文書提出命令申立事件」東京地裁決定を援用)

  D 開示による教師と生徒・保護者間の信頼関係の破壊について。

  「各教科の学習の記録」欄の評価をめぐって,評価者と被評価者との間の認識の隔たりがあり,とりわけ,音楽,美術などでは,いかに公正を期しても評価の手法自体が評価者の主観的判断を基本とする以上,個々の生徒の評定の根拠を説明することは不可能に近い。調査書は「選抜」という目的遂行のために相対評価がなされているが,相対評価は,単に集団の中での序列,位置づけを示すだけであり,教育的効果よりも弊害のほうが大きいと考えられてきている。中学生にそれを開示することは非教育的行為であり,生徒・保護者の信頼を失いかねない。「総合所見」欄には,例えば,成育歴等親子関係の事実,本人に関する病気等,本人に知らせないことを保護者が希望しており,しかし指導上学校は知っておいたほうがよいと判断される事項等がある。これらを開示することによって,親子関係の崩壊や遺恨等を招きかねない。

  E 仮に開示した場合,ほぼ全員の生徒が開示を希望することは疑いなく,開示の過程で様々な質問,疑問が寄せられることは必至であり,一つ一つに応えてゆくことは物理的にも時間的にも無理が予測され,大変な混乱が生ずる。3月1日よりの出願を控え,調査書作成や進路指導等の実施が機能麻痺に陥る事態も予測される。

 (2) 開示請求の理由

  教育委員会の主張する各論点に対応する,異議申立人の「異議申立書」「反論書」における主張は,おおむね次のようなものであった。

  @ 調査書は,2月末日現在確実に作成されるものであり,作成以前に開示を行うか否かの判断を行うことは十分に可能である。また,条例第14条は,実施機関は請求があってから15日間は,判断をしなくてもよいことを認めており,2月末日の作成を待って開示請求したのでは,志願先高等学校への提出日である3月9日までに開示を受け,かつ訂正請求等を行うことは不可能である。

  A 「内申書裁判」(東京地裁決定)で問題とされた内部的文書性は,民事訴訟法 312条3号後段の文書に該当するか否かの議論のための概念であり,条例上は公文書か否かが問題となるのであって,内部文書であるかどうかは要件として問題とされていない。

  B 教師の教育評価権の尊重,教育評価における「裁量権」は司法機関が,教師の教育評価の内容の当否を判断する際に用いられる概念であり,教師の教育評価情報を生徒本人やその保護者に開示するかどうかを考える場合とは次元を全く異にする。また「内申書裁判」第一審判決も教育評価権に一定の限界があることを認めている。

  C 教師は絶対に誤りを犯さない存在ではない以上,教育評価の前提たる事実やそこから導かれる評価の過程に,誤解や偏見・し意が入り込む余地があることは否定できない。したがって,評価の公正を保つには,その内容を生徒および親に開示し,批判や訂正要求にさらすことが必要である。仮に,学校に対して評価をめぐって何らかの圧力が加えられる事態があり得るとしても,それに適正に対応することも学校の職務として課せられている。 D 調査書を開示することによって,生徒・親と教師との信頼関係を築きうる。むしろ調査書を非開示とすることこそ,両者の信頼関係喪失を招来している。生徒の成績評価は,一定の基準にもとづいてなされるべきものであり,そうであれば,教師は自己の「主観的」判断の基準を説明すれば良く,それは十分可能である。相対評価について,その結果を第三者たる高校に伝えているにもかかわらず,それを本人に秘匿して,あたかも序列評価していないか如き態度は,教育のあるべき姿に反する。「成育歴等親子関係の事実」や「本人に関する病気等」の事項について調査書に記載すること自体,不当である。すなわち,これらの事項が入学者選抜に際して,合否の判断に影響を与えるとするならば,それは法の下の平等を定めた憲法第14条に反するものであり,逆に,これらの事項を入学者選抜に際し考慮しないとするならば,その記載は不要なものであるaからである。

  E 現時点においても,実際には三者懇談において,事実上様々な形で不完全ながらも調査書の内容は伝えられているのであり,開示によってそれ程の混乱が生じるとは考えにくい。生徒を評価するにあたっては,具体的な基準が定められているはずであって,かかる具体的な基準をもって生徒・保護者に条理を尽くして説明すれば,トラブルが多発するとは考えられない。

 (3) 審査会答申の概要

  当事者双方の主張に対し,高槻市個人情報保護審査会は,異議申立人の主張をほとんどそのまま取り入れ,調査書を全面開示するよう市教育長に答申した。前述の各論点に対応する,同審査会の判断は次のようなものであった。

  @ 文書の性質上,作成されてから開示請求したのでは開示の目的が達成できないという極めて時間的逼迫性を有したものである等の理由で,当審査会において開示すべきか否かを審査する。

  A 調査書は,条例のもとで開示請求の対象となる「公文書」に該当する。

  B 教師が確信と責任を持って評価を行っている以上,開示することにより,教育評価権が侵害されるとは考えられない。

  C 保護者等からの圧力については,各中学校で調査書作成委員会を組織して,作成が公正になされるようすでに対策がとられているので,開示により事態が変化するとは考えられない。

  D 成績評価の基準が合理的かつ適切であれば,信頼関係が損なわれるとは考えがたい。 E 教師が確信と責任をもって評価したことだけを調査書に記載しているならば,生徒や保護者からの疑問・質問に十分対応しうる。

  このように同審査会は,これまで調査書開示による弊害とされていたことを,すべて理由がないとして退け,全面開示を認める答申を出した。情報公開制度にもとづいて審査会が調査書の開示を決めたのは,全国でも初めての事例で,この答申の意義は極めて大きい。同年3月26日には,同市議会も「開示を求める決議」を賛成多数で可決しており,この事例についての同市教育委員会の最終判断が注目される。この答申について,評価すべき点は,第一に,調査書作成前に,その開示の当否を審査する必要性を認めたことである。これによって今後の調査書開示請求が少しは容易になると思われる。第二は「学習の記録」欄だけではなく,「総合所見」欄の開示を含めた全面開示を認めたことである。第三は,「総合所見」欄について,「本人に開示することにより,記載内容の適正化をはかるべきである」として,調査書開示の必要性を積極的に認めたことである。

  この答申が大きな意義を有する反面,問題点がないわけではない。それは,訂正請求権について,条例第14条がその行使を「事実の記載に誤りがある」ときに限定していることから,「条例に従って生徒や保護者が訂正を請求できるのは,氏名,住所,性別等客観的に判断できる事項に限られている」と判断していることである。この問題は教師の教育評価権とも関わっており,結論的にいえば,教師の裁量権の範囲を逸脱し,あるいは乱用したと考えられる違法な教育評価にもとづく記載については,当然のこととして,それに対する訂正請求権が認められなければならない。さらに,違法な教育評価とはいえない場合であっても,教師の作成した調査書に,生徒・保護者の見解を併記し,または添付するような措置や制度が考えられるべきであろう。

  以上に述べたような教育情報公開請求が可能になったのは,各都道府県・区市等で情報公開条例が制定されたことに負うところが大きい。すなわち,条例にもとづく公開請求が法的権利として確認され,救済の手続きが整備されたことによって,法的紛争として成立しやすくなったのである。今後,学校や教育についての父母・市民の関心の高まりとともに,情報公開条例をもつ自治体においては,教育情報の公開を求める事例が増えるように思われる。また公開請求の対象とする情報も多様化し,これまで学校で部外秘扱いされてきた,成績評価規程・懲戒規程等のいわゆる「内規」や,職員会議議事録,さらに教育委員会議事録等にも及ぶことになるであろう。


Copyright© 執筆者,大阪教育法研究会