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TITLE:  教育個人情報の開示
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 『全国高法研会報』第5巻26号88頁(1991年10月)
WORDS:  全40字×138行

 

教育個人情報の開示

 

羽 山 健 一 

 

   はじめに

近年、情報公開条例・個人情報保護条例の制定とともに多くの情報公開・開示請求が提出されるようになっている。教育に関わる情報についても例外ではなく、体罰事故報告書、高校別中途退学者数、内申書(調査書)、指導要録、入試成績等の開示請求が相次いでいる(注1)。ここでは、教育に関する情報の中でも、生徒の個人情報ついて述べることとし、これを教育個人情報と呼んでおく。そして最近大きな話題となっている内申書の開示請求事件を題材としながら、生徒が自己の教育個人情報を閲覧する権利について考えることにする。

  内申書は高校入学者選抜の資料として利用され、その合否結果を左右する程の大きな影響力を持つ重要な資料である。そのため、教育個人情報の中でも内申書に対する生徒・親の関心は極めて高く、各地で開示を求める動きが活発になっている。現在、内申書の開示請求が埼玉県、大阪府高槻市、神戸市でなされ、それぞれ係争中である。このような関心の高まりに対して、行政側も内申書開示の方向性を認めている。その最初のものは、目黒区立学校個人情報保護制度調査委員会答申(一九八八年二月二九日)である。そこでは、「教育的な評価とは、本来、本人およびその保護者に知らせて、本人の人間的成長とその指導に役立てるべき性質のもので・・・・教育評価記録について、今後は、開示される方向になっていくことを念頭におき活用されることが望まれる。」と述べられている。また第一四期中教審答申(一九九一年四月一九日)でも内申書制度の運用上の問題点について触れ、「入試に関する情報を十分に提供することも重要である」としてその改善点を指摘している。さらに、これまで内申書の即時開示を拒み続けてきた文部省自身が、教育情報の管理、公開のあり方の見直しを検討し始めた(毎日新聞一九九一年五月一六日)。

 

 一 開示請求の憲法上の根拠

  開示請求に対し、一部の例外を除いては、一般的に行政情報を非公開にするという法的根拠はない。反対に自己の教育個人情報を閲覧するということは当然の権利と考えられ、これは憲法上に根拠を有するものであろう。情報公開一般に共通する憲法的根拠として、前文、一三条(プライバシーの権利・自己に関する情報の流れをコントロールする権利)、二一条(表現の自由・知る権利)が上げられ、教育個人情報の開示を請求する憲法的根拠としては、これらに加えて二六条(教育を受ける権利)が考えられる。教育個人情報の開示請求権は次のような意味で、教育を受ける権利に含まれると考えられる。

(1) 成長・発達権

  教育個人情報とりわけ評価に関する情報は、「ほんらい、本人と両親に知らせて、本人の人間的成長とその指導に役立てるべき性質のものである」(注2)。生徒は自分がどのように評価されているか、学習の到達度はどの程度かといった教育個人情報の内容を知ることによって、これについて教師と意見を交換し、あるいは反省することによって、自己を形成し主体的に学習していくことができるのである。従って、生徒は教育を受ける権利の主体としてこの権利の内実が保障されるためには、教育個人情報の開示請求権を有すると考えなければならない。

(2) 適正な評価を受ける権利

  指導の過程の要所要所で生徒が適正な評価を受けることは、教育を受ける権利の必須の要素である。評価を受けることによって、その評価に基づいて次の教育内容が準備されることになり、もし評価の内容が適正なものでなければ、次に準備される教育内容も、生徒の実態にふさわしくないものになるであろう。このことは、同一の学校内についてのみ妥当することではなく、評価記録が進学校等に送付される場合にもあてはまる。また、学習の成果として受ける評価は、進級・卒業の認定、進学の際の入学者選抜、就職の際の新規採用者選考の判定資料として利用され、それらの身分の得喪に深く関わるだけに、極めて重要な情報であるといえる。従って、適正な評価を受けることができなければ、教育を受ける権利は実質的に保障されない。それだけでなく、生徒の将来にわたって取り返しのつかない不利益な結果をもたらす危険性がある。この評価の客観性・正確性は、その情報を本人である生徒に開示することによって担保されるものである。

(3) 進路選択の自由

  生徒は進学に際して、自分の成長・発達に応じた教育環境を選ぶことができるという意味で、学校選択権をもち、同様に就職の際には職業選択の自由(憲法二二条)をもつ。この進路選択の自由は、各人が自分の進路を自分の判断に基づいて決定することができるという権利であり、進路に関する自己決定権とも言うべきものである。この権利が認められるとすれば、生徒が自分の進路を決定するために必要な情報を入手することができるのは当然のことである。内申書を見せないで進路を決めさせることは、生徒の進路選択の自由を侵害することになる。

 

 二 教育情報の特殊性

教育個人情報は、通常の行政情報と異なり、その開示については、「これらの情報の性質、わが国の国情、国民意識から、当面、国と国民との権利義務関係としてとらえるのは適当ではなく」(注3)、「教育的見地を踏まえて、別途、関係省庁による検討を行う必要がある」と考えられている(注4)。開示請求の争訟の中で行政側が、開示すれば「人格形成に悪影響を及ぼす」「指導効果を下げる」などの理由で開示を拒むことがあり、そこでは、教育情報の特殊性が非公開を正当化する根拠として用いられている。しかしここでは、「教育的見地」「教育的配慮」という用語が行政側の都合で恣意的に解釈されているように思われる。つまり、行政側が非公開を主張する根拠は、「指導がやりにくくなる」「都合が悪い」といった程度のものでしかないのである。反対に、開示請求されている情報が教育に関するものであることは、次のような理由で、通常の行政情報以上に開示されなければならない根拠となると考えられる。

(1) 信頼関係に適合する利用

  教育個人情報は、生徒の教育を受ける権利を保障するという目的で、生徒と教師の継続的な信頼に基づいて収集され保有されるものであるから、その目的の達成のために利用されなければならない。こうして信頼関係に基づいて収集された教育個人情報は、誰よりもまず当事者たる生徒・親に開示され、生徒の教育を受ける権利の保障のために利用されなければならない。したがって、教育関係にない第三者にこれを提供することは目的外利用にあたり、原則として許されるものではない。法令等の定めによって例外的に、第三者に提供する場合であっても、提供しようとする教育個人情報をその本人に開示することが、必須の前提条件となる。

(2) 教師の直接責任性

  教育基本法一〇条一項後段は「教育は・・・・国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」として、個々の教師が、生徒・親の教育要求に直接・日常的にその教育活動のなかで応えていくべきことを定めている。教師は、生徒の教育を受ける権利の直接的保障者として、生徒・親に対し、教育情報の収集・作成・管理・利用者としての責任を負っている。

(3) 親の教育権

  生徒の親は、学校教師に対して、教育要求権をもち、これには教育専門的事項について、「教育専門的判断を求める権利」が含まれるとされる(注5)。教師は先の直接的教育責任により、教育専門的に判断し、その理由をしかるべく説明する義務を負う。したがって、親が教師にわが子の教育個人情報の開示を求め、その説明を求めることは、親の教育権に含まれる。

 

 三 内申書開示請求事件

この事例は、大阪府の高槻市立芝谷中学校三年の生徒が「志望校を決める参考にしたい」として、一九九一年一月七日、同市個人情報保護条例に基づき、同市教育委員会に対し、近く作成予定の内申書の開示を求めたものである。これに対し同市教委が請求文書の不存在通知をしたため、この生徒は同市教委に、この通知を事実上の非開示決定であるとして「異議申立書」を提出した。本件について諮問を受けた同市個人情報保護審査会は、同年二月二八日、全面開示を支持する答申を出した。さらに、本条例を制定した市議会自身が「内申書の開示を求める決議」を可決した。答申の内容はおおむね次のようなものであった。

(1) 開示の例外条項の適用

  条例(一条)の基本的な理念に照らせば、例外条項の適用については、本人の人権擁護の観点から、慎重に判断しなければならない。

(2) 文書不存在

  本件文書は請求の時点では存在していないものの、近い将来必ず作成されることが予定されており、文書の性質上作成されてから開示請求をしたのでは、開示の目的が達成できないという極めて時間的逼迫性を有したものである等の理由で審査を行う。

(3) 教師の教育評価権

  教師が教育評価権を有することと、調査書を開示することとは別の問題であり、開示することにより、教育評価権が侵害されるとは考えられない。

(4) 教師と生徒・保護者との信頼関係

  評価の基準が合理的かつ適切であれば、それを開示することにより、生徒や保護者との信頼関係が損なわれるとは考えがたい。

(5) 内容の公正さの確保

  保護者からの圧力については、各中学校で調査書作成委員会を組織して、作成が公正になされるようすでに対策がとられているので、開示により事態が変化するとは考えられない。

(6) 教育現場の混乱

  教師が確信と責任をもって評価したことだけを調査書に記載しているならば、生徒や保護者からの疑問・質問に十分対応しうる。

同市教委はこのような答申を受けたにも拘らず、同年六月七日、本件異議申立てを棄却する非開示処分を行った。これに対し、生徒側は、同年六月二〇日、処分取り消し訴訟を提起した。処分にあたり同市教委は、本件文書を開示しない理由として次の点を付け加えている。

(1) 調査書の開示によって、記録の中身が信用の置けない無意味なものとなれば、調査書は形骸化し、その意味は失われ、現行の高等学校入学者選抜制度の維持が不可能な状況となる。

(2) 一地域においてのみ調査書を開示すると、同一学区内で開示された調査書とそうでないものが併存することになり、統一性を欠くことになる。同じ高校の受験生で、開示を受けた生徒と、開示をされていない生徒との間の不公平を招く。開示を行わない他市町、及び大阪府との協調関係が維持できなくなる。

  内申書の開示が認められれば、次にはその記載内容についての訂正請求権が問題となる。この訂正請求権は教師の教育評価権を侵害するおそれがあり、この両者をどのように調整するかは、重要なテーマであるが、紙面の都合で触れることができない。

  【注】

1 拙稿「教育情報公開の現段階」『大阪高法研ニュース』一〇四号

2 兼子仁「内申書はなぜ本人非公開なのか」季刊教育法五三号一二四頁

3 総務庁行政管理局『新訂版・逐条解説個人情報保護法』一四九頁

4 「行政機関における個人情報保護に関する研究会」意見(一九八六年一二月)、個人情報保護法制定時の国会の附帯決議参照

5 兼子仁『新版教育法』三〇一頁


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