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TITLE:  法規範と学校現場 − 学校管理権・職員会議・教育情報等を教員意識についての一考察 − 
AUTHOR: 鶴保 英記
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第132号(1993年7月)
WORDS:  全40字×408行

 

法規範と学校現場

− 学校管理論・職員会議・教育情報等をめぐる教員意識についての一考察 −

鶴 保 英 記 

 

はじめに

  多くの学校現場では「教育」に熱心なあまりか、ついつい目的至上主義に陥り、目的実現のためなら何をやっても許されるというような錯覚に陥り、手段の合理性を見失う場合がままある。それは、教育が教育権限の行使として、法規に則った適正な行為でなければならないと考えるべきところに欠けた部分があるからであろう。あるべき教育活動が法規範の範疇の中で行われなければならないことは当然のこととしても、教員の意識にはかなりの開きが見られるように思えてならない。

 そこで学校管理規則やそれより上位に位置する法律、さらには憲法などの法規範が学校現場にどのような影響を与え、また、どのように受容されたり看過されているかなどをみるためのアンケート調査を行なった。この調査は大阪高法研所属の教員とその知人を中心に大阪(男44/女15)、兵庫(26/7)、東京・埼玉・茨城・愛知(8/0)の七都府県の高校教員100名(78/22)を対象に実施したものであるが、学校現場における教員の一般的傾向や雰囲気の一端を暼見することはできよう。なお、回答数が丁度100名なので、人数はそのまま%を示す(回収率95%)

 

 一 学校管理権の法的性格

  教育行政は地方自治の本旨に基き、「中央教育行政により集権的統制・全国的画一化から独立して、それぞれの地方における学校、地域住民の条件整備的教育要求がより直接的に反映しうるように組織・運営されるべく法原理的に要請され」(注1)るべきであり、また、地方自治体の一般行政権からも相体的に独立しているべきであるが、最近の多くの自治体の人事異動をみても、ほとんど内局の一部門であるような印象を受ける。学校管理権の所在を巡ってのアンケートの結果は次のようである。

[設問1]

  「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(以下「地教行法」という)により、学校等の管理は教育委員会の学校管理権の行使により行なわれることになっています。学校管理権についても、次の各問ではそのどれが最も適していると思われますか。

 (A)「国公立学校の在学関係は契約関係ではなくて、学校当局による特別に強い公権力行使がなされる権力関係(特別権力関係)である。」という考えに対しては、

    1 賛成 9名 2 反対 74名 3 その他 16名 4 NA 1名

 (B)「国公立学校の在学関係は、私立学校の場合と基本的には同様に考えて、とくに明文の規定のない限り、そこでの管理者の行為を一般的に「公権力の行使」とは見ないで、在学契約に基づく非権力行為とする。」という考えに対しては、

    1 賛成 69名 2 反対 8名 3 その他 19名 4 NA 4名

 大別して、(A)1 賛成 は特別権力関係支持であり、(B)1 賛成 は在学契約説支持であるが、この調査により(A)、(B)と分けて設問を立てると、(A)1で(B)1のケース<ア>や、(A)2で(B)2のケース<イ>のように矛盾した回答が現われる。(<ア>が4例、<イ>が4例あった。)

 (C)「国公立学校の在学関係を特別権力関係と考える見方は、現在 学説では少数説となっている。」という考え方に対しては、

    1 少数説となっているが特別権力関係と考える理解が正しい 10名

    2 賛成 58名 3 その他 26名 4 NA 6名

  これは学説においては、すでに多数説となっていることについての質問であるが、1の支持者が10例も見られる。(A)2(B)(C)1…とつながる在学契約説肯定が47例、反対(A)1(B)2(C)2…とつながる特別権力関係論肯定が4例である。

 (D)「教育内容は国家が決定するという国家教育権説に対して、教育内容の決定が教師・親を中心とする国民にあることを強調する国民教育権説は、在学契約説と結びつきやすい。しかしながら、学校・教師による生徒の人権の制限が問われている校則問題では、在学契約説は有効に働きにくい。」という考えに対しては、

    1 賛成          27名
    2 元来、学校・教師・生徒は予定調和的に運営されるはずのものであるから、
     この説には反対      31名
    3 そもそも在学契約論に反対 3名 
    4 その他 33名 5 NA 6名

  従来、国家教育権説に対抗して立論された在学契約説では、教師と父母との間の相克はあまり問題視されなかったが、最近では、校則・体罰・卒業や進級などの問題が顕在化してくるにつれて、国家権力に父母が向かい合う図式よりも、父母が学校現場の教師と鋭く対立する構図が多くなっている。この点について、「『国の教育権』論も、『国民の教育権』論も、父母の教育権を名目的・非実質的なことばのレベルにとどめているのは、いずれも、国・学校・教師の指向する教育価値・その実現としての教育内容・方法、学校教育運営・教育実践が父母の教育要求・意思と対立すること、対立が日常的に顕在化することへの不安・拒絶したいという指向にもとづいている」(注2)という指摘をあげておきたい。この設問で「在学契約説に対する反対」が少ないのに「賛成」も少なく、むしろ2の従来の支配的意識を今なお多数が占めていることと、4「その他」の多いことが興味深い。

 (E)「学校のもつ特別権力は、法治主義や人権保障原理に拘束されず、また法律上の根拠をもたなくても、生徒等に対する命令や特別の権利制限が可能である。」という考えに対しては、

    1 賛成 14名 2 反対 71名 3 その他 12名 4 NA 3名

  1の支持が14例もあり、子どもの権利保障のためには、職員会議や校内研修などにおける教師集団の自主的学習の必要性が強く望まれよう。

 (F)「学校内のことについては、学校当局の権力行使について訴訟をおこすことができず、退学処分などの行為についても学校の広い自由裁量がまかされるべきである。いいかえれば、裁判所の司法審査が制限されてもよい。」という考えに対しては、

    1 賛成 16名 2 反対 65名 3 その他 17名 4 NA 2名

  学校管理権について伝統的な行政解釈は、学校は営造物であり、教育委員会はそれを管理支配し、教職員を指揮監督するというものであるが、(教育機関の設置を定めている地教行法第30条の「教育機関」については、昭32・6・11宮城県教委教育長あて初中局長回答を参照のこと)その局長回答には一般行政とは異なった「自らの意思をもって行う」教育事業のあり方が記されている。

  教育委員会の人的・物的・運営管理を定めた地教行法第23条の学校管理については、「学校管理機関である教育委員会が学校を管理するにあたって、いっさいの運営の細部にわたって関与することは、かえって学校本来の目的を阻害することになるおそれもあり、またそのようなことは現実にも不可能なことであろう。このような観点に立ってみると、教育委員会は、学校管理に関する権限をすべて直接に行使するという管理態様をとるよりも、校長に対して、学校の主体性をある程度保てるだけの授権(委任あるいは補助執行の方法により校長に実質的に権限を移すこと)を行うことが望ましいであろう。」(注3)という考えなどは、教育委員会が弾力的な学校運営を計る際の参考になろう。

  学校教育のあり方について「教育に関しては、校長も関係者の一員として教員に接し、場合によっては助言を与え、指導するということでなければならない。これは校長が教育に口を出してはいけないということではない。権力的な指揮命令関係は学校、とくにそこにおける教育に関してふさわしくない、ということである。」(注4)という指摘は、文字通りその感が強い。中・高の教諭であった筆者の学校現場での経験に重ねてみた場合、学校長が条理に沿った判断をし、多少謙仰的に行動する場合が最も教育的成果を挙げたように思われる。

 

 二 職員会議

  職員会議はその運営の如何によって、単なる一方的な命令・情報の伝達機関になったり、それと反対に教師相互に管理職を含めた学校集団の意思疎通の貴重な機会にもなる。学校現場が職員会議をどう考えているかを、まず大学の「教授会」との比較で考え、つづいてその運営について見ていきたい。

[設問2]

  職員会議は各学校において、教育に関する諸問題を協議するために教職員により実施されているものですが、その「職員会議」についておたずねします。

  (A)大学の「教授会」については、学校教育法(以下 学教法という)第59条第1高に「大学には、重要な事項を審議するため、教授会を置かなければならない。」となっていますが、高等学校や中学校における「職員会議」は、法令上の必置機関とはなっていません。そのことはご存知でしたか。

    1 知っていた 58名  2 知らなかった 42名

  約6割に近い人達が1に答えたことは、高い認知度と言える。

  (B)高等学校や中学校における「職員会議」も、大学の「教授会」のように学教法等にその必置を明記する必要があるとお考えになりますか。

    1 必要あり       65名 
    2 必要なし(現状でよい)16名
    3 どちらともいえない  19名

  65%の人たちが職員会議の存在を法的に位置づけることを望んでいるのは、職員会議がもつべき権限はさて措くとして、職員会議を含めた教育活動がすぐれて創造的で多くの教師による集団的営意の結集であることを法的にも明確にしたいと言うことであろう。

  (C)「職員会議」については、いろいろなあり方が考えられます。

  <ア>校長の指示を聞いて、職務を遂行する。<イ>重要事項について全教員による審議をし、決定する。<ウ>校長が重要事項を決定する際に、教員の意見を聞き、参考にする。

 職員会議について、次の設問には前の<ア>〜<ウ>のどれが最も適すると思われますか。

  (a) 職員会議は、現行法規上どれに適すると思われますか。

     <ア>5名  <イ>30名  <ウ> 59名  NA 6名

  <ア>は補助機関説 <イ>は議決機関説 <ウ>は諮問機関説を現行法規上の位置と思うところに置いてもらった、予想通りの結果である。

  (b) (現行法規上はともかく)職員会議は、どうあるべきが最も適していると思われ   ますか。

     <ア>1名  <イ>90名  <ウ>6名  NA 3名

  職員会議のあるべき姿として90名の人が<イ>を選んでいることは、学教法等の法律への明記の必要性を考えている65名<前述のBの1>とともに、特筆すべきことである。

  (D)職員会議における議長の運営は、次のどれが最も適していると思われますか。

    1 できるだけ議事手続きを厳正に行う   77名
    2 単なる話し合いの司会・進行程度に行う 14名
    3 その他 8名     4 NA 1名 

  2の回答は、議事事項の結果の尊重と矛盾する。民主主義が手続きを重視し、結論に至る過程を大切にすべきであることは、夙に言われているところである。

 

  職員会議を教育行政による一方的で強制的な行動要請伝達の場にするのではなく、自律的で教育の専門性を基礎にした教育の実現をめざすものにするためには、教師の自由で闊達な討議が不可欠である。1990年7月に起きた高塚校門圧死事件についての夥しい新聞報道などにも、「職員会議」についてはほとんど触れられていない。危険な行為がある程度予測できても、学校現場でお互いに議論や指摘ができないようでは、校内における自浄能力を疑われても致し方がない。職員会議の活性化は、子どもの人権を擁護するためには必要不可欠である。同時にそれは教育行政の立場からも言い得ることである。

 

 三 三ナイ運動

  懲戒を伴う「三ナイ運動」の存在理由を積極的に肯定する意見や   との繋がりを心配する声がある反面、「三ナイ運動」に対する厳しい批判・反論も強い。さらに、安全教育の充実を望む声もある。それらについて、どう考えるべきであろうか。

[設問3]

  多くの府県で実施されている単車等の「三ナイ運動」についておたずねします。

  (A)強制力(例 停学処分等)を伴う「三ナイ運動」に対してどう思われますか。

    1 賛成 13名 2 反対 72名 3 その他 14名 4 NA 1名

  この調査では強制力を伴う「三ナイ運動」に反対 が圧倒的に多数派を占めているのに、現実的には停学処分等の強制力を発動している学校もすくなくない。例えば、今回31名もの回答をいただいたある高校の場合は、運転免許証の所持の如何を問わずバイク運転には停学処分を課しているが、21名が個人的には強制力を伴う「三ナイ運動」に反対しているのである。しかし結果的は、所管の教育委員会が「三ナイ運動」を主唱し、また年間何人かの高校生が事故死している現実を前にして、そしてまた「乗ることを認めるとしてどんな安全教育が可能か?」…などの反駁を対して、自らをも納得させ得るまでに至っていない迷いがあるように思われる。

  (B)啓蒙的運動として強制力を伴わない「三ナイ運動」(例 生徒に対する勧告・助言等)の場合にはどう思われますか。

    1 賛成 55名 2 反対 23名 3 その他 21名 4 NA 1名

  2の反対が23名であるが、その理由としては、学校側から見て家庭一任は心もとないとか、一部の父母から学校側が規制を依頼されていることや、一度決めたことは徹底しないと気がすまない、などがその理由として考えられる。

  (C)生徒が取得した「運転免許証」を学校が保管することについてはどう思われますか。

    1 強制的にでも生徒に命じて学校で保管するべきである 5名
    2 生徒の同意があれば学校で保管する        26名
    3 保管については全く生徒の自由意志にまかせる   16名
    4 学校での保管には反対              47名
    5 その他 5名     6 NA 1名

  4の学校保管に反対が約半数存在する。同意付きにせよ強制保管にせよ、学校保管には生徒が紛失などの理由をあげて公安委員会へ免許証の再交付を申請することなども考えられ、別の問題に進展するおそれもある。

  (D)「(啓蒙的活動の範囲を超えた)生徒の校外でのバイク乗車禁止の校則による規制には、必要性・合理性が認められているとは思えない。」という考えに対してはどう思われますか。

    1 賛成  65名
    2 生徒の校外でのバイク規制には必要性・合理性は認められるので反対 19名
    3 その他 14名    4 NA 2名

  この項目については、@校外でのバイク禁止校則はその実効性に乏しい、Aその発見が一部の教師や教師のよく通行する道路に偏っていたり、当該生徒の近所などからの告発電話によることが多い、B「発見された生徒は運が悪かったと思」(注5)うことが多い、などの点に留意すべきであろう。

  バイク裁判では、「私立学校において、校則に違反して自動二輪車免許を取得した生徒に自主退学勧告をした校長の措置に違法はない」(千葉地判昭62・10・30)や「高校生についても、原付免許の自由を全面的に承認すべきである」が、「生徒に対する懲戒処分の一環として、生徒の原付免許取得の自由が制限禁止されても、その自由の制約と学校の設置目的との間に、合理的な関連性があると認められる限り、この制約は憲法13条に違反するものではない」とした上で、「本件校則が免許取得を制限禁止しているのは、生徒の教育のため」であるから、「本件校則の道路交通法令違反の問題は生じない」(高松高判平2・2・19)(注6)などがある。これらは、バイク免許取得を禁止した校則違反を自主退学や自宅謹慎にした学校の措置について、処分権者である校長の広範囲な教育的裁量を認めており、「三ナイ運動」についてのこの教育的裁量の壁は厚い。

 (E)「バイクに乗るかどうかは個人の自由な判断に任されており、その自由を制限する行為は、憲法上の自己決定権(第13条幸福追求権)に反し、違憲のおそれがある。」という考えに対してはどう思われますか、に対しては、

    1 賛成 56名 2 反対 24名 3 その他 19名 4 NA 1名

 バイク規制問題を考える際には、「継続する成熟化過程自体の保護を視野に入れることが必要(注7)であり、他方において当該高校の生徒以外の青少年が適法に運転免許証を取得した場合のバイク運転が認められることと重ね合わせてみた場合(現行判例は前に見たとおりであるが)、当該学校生徒にのみバイク運転を認めないということは、高校生の判断能力がそのメルクマークであるとは考えられず、「教育的観点」が制限を課しうるか否かの指標として残ることになろう。だが、学校側の視点からみた「教育的観点」は、原則的には教師の監督責任のある校内で、始業から通常の下校時間までの範囲において考えるべきであろう。すなわち、「校外の行為は原則として懲戒の対象とはしない」(注8)とするべきである。最大限に範囲を拡大しても登下校の通学時までであろう。青年の市民的権利の行使を制限し得るのは親だけであり、「親の座は他の誰にも替わることができないから、学校が親に代って禁止することはできない」(注9)を、バイク問題についての基本的視点とすべきであろう。また、学校がバイク規制に懲戒処分を課さない代りに学校で安全運転講習を実施しては…の議論があるが、「処分」と「安全運転講習」の二つは全く別の次元の事柄である。[バイクに乗る権利と憲法上の人権の関連については、(注10)参照]

 

 四 学則・学校管理規則

  学則には、学校管理規則の本条中に規定されている場合(例 京都・大阪)や本条で扱いさらに細目で定める形式(例 北海道・愛媛・島根)などがある。そこでこの項目については、大阪府立高校に勤務している回答者について見ることにする。

[設問4]

 「学則」について次に該当する場合には○印をおつけ下さい。(複数可)

    1 「学則」の変更については職員会議で了承または報告がなされている
                                32名 55%
    2 あなたの都道府県では、「学則」を学校または教育委員会のどちらで定め
     ているのかを知っている                 9名 16%
    3 最近三年間ぐらいの間に、自校の「学則」の文書を見たことがある
                                23名 40%
    4 「学則」は生徒・父母に対しては在学契約の約款と定め、と考える
                                22名 38%
    5 NA  9名 16%

  1と3の回答は予想よりやや多いが、これは学則が冊子として年度初めに職員に配布されるなどが記憶に残っているためであろう。4が38%にとどまっているのは、設問1への回答と重ね合わせてみると低いと言わざるを得ない。なお、大阪府の場合は教育委員会が準則を定め、それを参考に各学校で学則を作成している。

  次は、「学校管理規則」の法的位置付けと教員の認識についての設問である。

[設問5]

  「学校管理規則」の法的根拠は地教行法(学校等の管理)にあるが、同条には「教育委員会は、法令又は条例に違反しない限度において<中略> 必要な教育委員会規則を定めるものとする。<後略>」とあり、法令又は条例を規則より上位においている。それについて、教育現場でのご自身のお考えをお聞かせ下さい。

    1 教育委員会規則は現場に最も深いので、それを重視している    2名
    2 憲法を最も重視し以下 法律・条例・規則等 の順に考えている 53名
    3 日常の業務には直接関係がないので、あまり考えたことがない  31名
    4 すべて同じウエイトで考えている                3名
    5 その他 7名   6 NA 4名

  この結果を2とそれ以外とに二分すると人数はほぼ拮抗する。この回答にはかなり日常考えている本音が見受けられるように思われる。実務の処理にのみ目を奪われた場合の法体系全般に対する認識の欠如は、国民の教育をうける権利の保障の視点からも、その克服が重要である。

 

 五 教育情報

1 開示について

  指導要録開示については、ある大学生の請求に応じた大阪・箕面市教委の個別的なケースとしての「全面開示」や、大阪・豊中市教委や福岡県教委の「所見」「健康」欄などを除く「部分開示」、そして川崎市教委の在校生(平成6年度から)を含めた「全面開示」へと言ったところが現状である。だが、調査書については大阪・高槻市個人情報保護審査会の二度にわたる「全面開示」の答申を押し切っての同教委による「非開示」決定・裁判と続いている一方、長野・上田市教委ではすでに入試前の「部分開示」を実施している。職員会議録についても、神奈川・大和市では開示が実施されている。とくに最近の資料については、「一二一自治体が公開・開示」(注11)が参考になろう。

[設問6]

  最近いわゆる「個人情報保護審査会」等や教育委員会で、教育情報について本人や保護者に対しての情報開示を決めた機関が出始めましたが、それについておたずねします。

  次の三つの文書について、A.B二つの立場で、賛成の場合は、a.b のいずれかに、さらに開示文書を見て記述内容に誤りを発見したときに訂正を要求する権利を認めるか否か(c.dのいずれか)にもお答え願います。

  〔第1表〕の特徴として考えられることは、<1>職務上の場合(A)と、市民としての場合(B)との相違による考えの乖離はほとんど見られないことと、<2>職員会議録の方が他の二文書よりも開示に賛成が少ないこと、である。

  Aの職務上の立場としては日頃大学受験用調査書を大量に作成していて、生徒に都合で不受験となった大学宛の調査書がそのまま受験生の手元に残ることがあり得ることへの経験などから、割合開示に寛容さが見られるのに対して、職員会議録については、開示により会議時の発言内容がわかってしまうことへの懸念がかなりもたれているようである。その克服への方法としては会議のあり方の工夫や会議録の整備等、今後急務を要することであろう。

  調査書や指導要録の本人への開示は、「子どもの権利条約」との関連もあり、現状ではもはや避け難い時流である。また、「今年度からの小学校を皮切りに、指導要録の基本部分ががらりと変わったことも大きい。将来の開示の可能性を、初めから想定したうえで改定作業を進めたと思われる要素もある。」(注12)との指摘もある。

  〔第二表〕は開示賛成者の開示条件と訂正要求権の認否との関連を調べたものであるが、この表によると開示賛成者の中では三文書とも「完全開示」とも言うべきa−cの組み合わせが圧倒的に多いことがわかる。

  調査書と指導要録の本人に対する開示状況は、現状ではまだまだ非開示の所が多いものの、部分開示をへて全面開示へとの流れは先進的に取り組んでいる各地の動きの影響などもあって、ここ三年足らずの動きとしては疾風の感がある。

  調査書については、とくに担任が書く総評などの文書記述部分などに疑心が集まっている現状を考えるならば必要項目の厳密な精選が不可欠であろうし、指導要録では、生徒が在籍中は「教育の過程」にあるので、やや詳しい情報が必要…の面も考えられなくはないが、卒業後は「教育の過程」で必要とされた情報はもはや必要はなく、真に必要なものとして在籍中に獲得した教育成果の結果という精選された客観的資料だけにするべきであり、その面から卒業後に残すべき事項の徹底した吟味が今一度必要と思われる。

  また、最近、茨城や埼玉などかなりの府県で調査書に観点別評価の導入(注13)や特別活動等を積極的に評価する動きがでてきている。これには「自律・自発が原則のボランティアを、入試の判定」「にまで応用するのは適切か」(注14)という適切などもあり、本来無償であるべきボランティア活動が調査書への記入のために歪曲される危険性がある。入試という生徒にとって重大な岐路にかかわる問題では、拙速は厳に避けるべきである。

2 教育情報の返却について

[設問7]

  高校ではふつう入学時に誓約書や「生徒指導カード」などの文書の提出を求める場合が多いです。現状はともかく生徒卒業時に誓約書や「生徒指導カード」などは返却する必要があると思われますか。

                      誓約書    「生徒指導カード」
    1 思う              26名       20名
    2 思わない             7名        7名
    3 学校で廃棄処分するのが適当   59名       60名
    4 不明・NA            8名       13名

  これは現状ではまだ問題化していないが、例えば借入金返済時には「借用書」を必ず返すように、誓約書や保証書なども卒業時や退学時の在学関係終了時には速かに返却すべきであるし、「生徒指導カード」なども学校で追記した部分は黒塗りや部分裁断するなどして、これも基本的には返すべきものと考える。

 

むすびにかえて

  このアンケート結果をみた感じでは、ごく常識的なという印象を受ける。戦後の保革のイデオロギー論争はそのまま教育界での争いにもなり、「全般的恒常的な教育紛争状況」(注15)を惹き起こしたが、その影響により教育権概念も「主に教育内容の決定機能という意味に一般的に理解され」、多くの場合「教育内容の決定機能の主体は誰か、その機能の及ぶ範囲はどこまでか」(注16)が中心問題となった。このアンケート結果にもみられるように行政解釈に対する現場の支持の少ないところに問題点が存在することだけは確かである。

  なお、調査書の開示に関連してだが、大阪・高槻市教委は調査書を開示する代りに、生徒の相対評価成績を進路相談の折に本人や保護者に示す形をとったが、これは調査書の開示とは似て非なるもので、学校から学校へ「内申書」なる文書が送られる限り、基本的に疑念は消滅しない。もっと厳密に言うならば、学校の公印を押し、校内にも控えを残している調査書でなければ、開示の真の目的は達せられない。

  開示とは、組織体が保存している正規の文書に規定された手続きを経ることによって閲覧できる権利であり、担任に「これが君の内申書だよ」と先生個人の裁量でこっそり見せて貰うことではないことを言い添えておきたい。

  昨今のこのような急激な流れを教師も主体的に受けとめ、学校の中から開示への提示や動きが望まれるところであるが、未だその声は大きくないようである。

 

<参考文献>

(1)安達和志「学校の自治と教育委員会の管理権」『講座教育法5 学校の自治』エイデル研究所一九八一年一二七頁
(2)今橋盛勝『教育法と法社会学』三省堂一九八七年一三七頁
(3)鈴木勲『学校経営のための法律常識』第一法規一九七五年二四頁
(4)平原春好『学校教育法』エイデル研究所一九七八年二五四頁
(5)坂本秀夫『バイク退学事件の研究』三一書房一九八七年一六一頁
(6)判例時報一三六二号四五頁
(7)米沢広一「『子どもの権利』論」『人権の現代的諸相』有斐閣一九九〇年五一頁
(8)前掲『バイク問題の研究』一六一頁
(9)前掲『バイク問題の研究』一六五頁
(10)戸波江二「憲法から考える」『法学セミナー』四六〇号一九九三年四月七五頁
(11)一九九三年五月九日朝日新聞朝刊
(12)一九九三年二月九日読売新聞社説
(13)一九九三年四月二四日日本教育新聞
(14)一九九三年八月八日日本経済新聞社説
(15)兼子仁『教育法学と教育裁判』勁草書房一九六九年四頁
(16)永井憲一「教育権」(「生存権・教育権」法律文化社一九八九年二六四頁)

 

第一表

  A 教員として開示をどう思われます B 市民として開示をどう思われます


   賛   成 反対 保留
NA
   賛   成 反対 保留
NA
調

開示
全面 61
部分 11
訂正要求権
認容 60
否定 12
16 12 開示
全面 66
部分  5
訂正要求権
認容 61
否定 10
13 16
     72               71     



開示
全面 59
部分 13
訂正要求権
認容 57
否定 15
15 13 開示
全面 64
部分 10
訂正要求権
認容 61
否定 13
10 16
     72           74     




開示
全面 21
部分 21
訂正要求権
認容 37
否定 13
31 19 開示
全面 36
部分 15
訂正要求権
認容 39
否定 12
21 28
     50           51     

※部分的開示は所見欄等を除く

〔第二表〕



賛成者の賛成条件の分類

A 教員として開示をどう思われます B 市民と て開示をどう思われます
調

72名 a−c   52名
a−d    9名
b−c    8名
b−d    3名
71名 a−c   57名
a−d    9名
b−c    4名
b−d    1名



72名 a−c   49名
a−d   10名
b−c    8名
b−d    5名
74名 a−c   53名
a−d   11名
b−c    8名
b−d    2名




50名 a−c   25名
a−d    4名
b−c   12名
b−d    9名
51名 a−c   31名
a−d    5名
b−c    8名
b−d    7名

例:a−cは全面的開示に賛成で、さらにその開示内容の訂正を認める場合を示す.



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