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TITLE:  私学の就業規則とその諸問題
AUTHOR: 笠原 啓二
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第135号(1993年10月)
WORDS:  全40字×107行

 

私学の就業規則とその諸問題

 

笠 原 啓 二 

 

  公立高校の教職員なら地方公務員法などによって日々の職務の規範が示されているが、私学の場合はそれぞれの学校法人の定めるところによる就業規則がその職場での労働規範となる。これは各学校法人によりさまざまである。今回は、一私学の就業規則を例に取り、教育現場における諸問題を考えてみることにする。

 

1.就業規則における特徴

(1) 教員の採用

  専任教員の採用権は理事長にあり、現場の責任者である校長に一任することができるようになっている。そして実務を行う組織として、各教科の主任で構成される人事委員会というものが設けられる。これは退職などがあり専任教員の採用が行われるとなるとその年の9月ごろに臨時におかれる。採用は原則として公募であり現在勤務している非常勤の人も同列で選考される。教頭が応募書類をある程度選考し残りが人事委員会に諮られる。この会では面接や、採用される教科が作成した問題のチェック、試験後応募者の印象などを協議する。その後教科会議を開き数名に絞り込み、最終的には理事会で決定する。このとき教科会議で一位に推薦した人と理事会が採用を決定した人が違う場合などは教科と紛糾することがある。現在私学は生徒の急減期に入っているので教員の補充はするが、増員は控えたがる傾向にあり、教員の平均年齢は上昇の一途をたどっている。また、新規採用職員に一年間の使用期間が設けられているが、この期間に解雇された人はこの十年間にはいない。

 

(2) 多い時間外労働と雑務

  職員の勤務時間は(休憩時間を含まず)1週45時間を超えないものとする、となっており、平日の勤務時間は朝8時30分〜4時、土曜日は午後の1時迄となっている。しかしながら私学ではさまざまな雑務があり、土曜日の午後の会議や、生徒集めの中学回り、あるいは各種の入試説明会などが次々に入りこれらはすべて無給である。特に生徒募集関係の公務分掌は、教員が公立中学校などへ出向き挨拶回りをしたり、説明会を開いたりする。さらにそれらの準備段階から当日の説明までなんでもやるシステムになっている。このへんは学校により異なり、専任のスタッフを置き、管理職を中心に1年中それにかかりっきりのところもある。しかし、ここでは広告代理店への各種広告の発注からパンフレットの構成など、授業にお構いなしではいってくる。特に、外部向けの説明会は、中学部、高校部それぞれ2回行う。それがだいたい土曜日の午後に入るのでシーズンになると土曜日のない週が続くことになる。これらの行事は大変神経を使う仕事なので疲労の度合いも大変たかい。そしてこれらは無給であり、職務命令が出されているわけでもないが断れない仕事である。

  このほかにも、学年の懇談会や、個人面談などで、保護者が土曜を希望すればそれにできるだけあわせ5時過ぎでも面談をやっているなどということはざらである。そこで組合も公務としてはっきりしているものに対しては賃金を払うように要求しているがいつもクラブ指導の問題と関連し進展が見られない。クラブの顧問は練習に必ずつくように言われているが、余り熱心でない顧問は生徒まかせで勤務時間が終了すると帰宅することも多い。また、クラブの生徒が練習していても管理職が帰宅することも珍しくない。後の管理は警備員に任され、なかなか帰宅しない生徒との間でしばしばトラブルが生じている。

 

(3) 組合と職員会議

  現在専任の教諭は校長、教頭を含めて54人である。そのうち組合員は18名である。今では若年層の加入者がなく平均年齢も47才ぐらいとかなり高くなってきている。

  ところで服務規程には、「学内における政治活動は一切認めない」と定められており、組合側はこの項目は認められないとしている。この組合は大阪私学教職員組合に所属し、春の賃上げ闘争などではストライキなども行っている。理事会側との団体交渉も年間十数回は行っている。特別過激な闘争を行うこともなく、公務分掌の部長にも組合員が選ばれている。非組合員との確執もそれほど無く職場の雰囲気もそうギスギスしたところもないのが現状である。

  しかし、前記の項目のために理事会側は、組合を共産党の下部組織とし、とかくもめることがある。特に、私学助成運動の一環として毎年行っている署名運動には非協力的である。私学の中では理事会も組合と協力して全学を上げてこの運動に取り組んでいるところもあるが、本校では理事会側は保護者に対する呼びかけすらしないのである。この問題は組合側との団交の席でもしばしば話題になるが、なかなか色よい返事は出てこない。ところで、私学は現在年間経費のほぼ三分の一を国や地方自治体からの助成に頼っている。金は欲しいが、政治活動に巻き込まれるのはかなわんという態度のようである。

  これと同様に、本校のPTAは「父母の会」と呼ばれ教員抜きの学校の援助団体である。組合側から何度もPTAにするように交渉したが、特定の政治色を持った組織にされるとの懸念かこれも以前のままであり今後も進展しそうにない。日常の活動では学校の印刷機でビラなどを印刷してもとがめられたりしない。

 

(4) 体罰の禁止条項

  服務細則の中に、「生徒の教育指導に当たって正常の限界を超える行為をしたり、また体罰を加えてはならない。」と体罰の禁止が明記されている。校長も職員会議の席上などでは生徒に体罰をふるわないようにと口頭で注意を促している。しかし、現実はどうかというと、この規定を知らない、あるいはもうすでに忘れている教員がかなりおるようである。私学の場合、担任や教科担当者に対する苦情が直接教頭や校長に来ることになる。そして苦情の中でも多いのが生徒に対する体罰のようである。教員側は指導であると思っていてもやはり生徒や保護者にはそう感じられないこともままあるようである。

  ここで問題となるものとして、生徒に体罰をふるい大きな怪我を負わせ、損害賠償などの事態になったとき、公立の場合は国や地方自治体を相手に訴訟がなされるであろう。また、教員個人の弁済できる金額などたかが知れているから交渉の対象にされることはあまりないことが予想できる。しかし、私学の場合は個人にかかる割合がかなり高くなる。私学の場合も本人並びに保護者は、学校法人を相手に訴えをおこすことが予想されるが、これだけ明確に体罰の禁止をうたっているので、法人側は個人の過失であり、服務規定を犯してまでやった行為であるから個人の責任であるとしてくるであろう。こうなると裁判の過程でも教員はかなり不利となる。このようなことまで覚悟して生徒に体罰を加えようとする者はいないはずで、知らなかったでは済まされないことといえよう。とはいえ日々の教育現場ではスレスレのところで教育活動が行われているようだ。

 

(5) 懲戒規定

 懲戒の方法は4種類あり処分の決定は理事長によって行われる。 

 1.始末書の提出。       

  2.始末書の提出並びに減給。

  3.始末書の提出並びに出勤停止。

 4.懲戒解雇

  この懲戒に関しては、処分する側もなかなか難しい問題がつきまとうようである。問題によっては処分しないことで職場の風紀がだらけることもある。しかし、感情的になり無意味な処罰をし、後を引くこともある。数年前になるが、ある事件で、教員に始末書の提出を求め、組合がそれの取り消しを求め団交の議題にのせ、何年も議論が続いたことがあった。この問題は理事長の交代によってやっと集結を見た。このように処分問題はこじれるとなかなか解決の道が見つからないようである。しかしながら、始末書一枚でも提出を求められた側はショックであり、また周囲の教員にとっても少なからぬ動揺を与えるようである。

 

ま と め

  これまで私学の就業規則における問題点をいくつか上げながら意見を述べてきた。そして現在私学は、進学のための補習や、生徒指導上の問題などで過重労働を教員に要求してきている。このような状況の中で、生徒の人権を守ることも重要ではあるが教職員の権利と適正な労働条件を守ることも大切である。あまり、議論されることのない私学の就業規則の周辺の問題に関してご一考願えたらと思います。



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