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TITLE:  生徒や保護者とのトラブルを防ぐために
AUTHOR: 羽山 健一
SOURCE: 『月刊ホームルーム』1995年8月号(学事出版)
WORDS:  全40字×155行

 

生徒や保護者とのトラブルを防ぐために

 

羽 山 健 一 

 

  停学や謹慎、隔離授業、作業罰などの特別指導は、退学処分に比べると軽微な措置である。とはいうものの、こうした指導を受けることは生徒や保護者にとって不名誉なことであり、世間体も気になる。また、「悪い生徒」というレッテルを貼られるという危惧をいだくこともある。そのため、納得のできない特別指導については、激しく学校側に抗議し、あるいは「いきすぎた指導」として、マスコミなど学校外に問題を提起することも稀ではなくなってきた。このような事態になれば、この特別指導は失敗であり、その後の、他の生徒への指導にも悪影響をもたらすことになる。そこで、ここでは生徒や保護者の理解を得て、特別指導を行うための留意点を整理してみたい。

 

 一 教育的配慮の必要

  学校が体面ばかりにこだわったり、学校の秩序への悪影響を過大視して、特別指導を行ってはならない。多くの保護者が「先生は、生徒よりも学校の方が大事なのですか」と問うことがあるが、これは、学校が当該生徒の成長・発達についての教育的配慮を欠き、学校の規律の維持のみを重視していることへの批判である。往々にして教師は学校の規律の維持を優先してしまう傾向にある。しかし、もともと特別指導は問題行動を起こした一人一人の生徒の将来を考え、その立ち直りを援助することを目的とするものであろう。

  このような特別指導は、学校と生徒や保護者との信頼関係を前提として成り立つものであり、その前提のない指導はその効果を期待できない。特に保護者の協力は欠かせないものである。そのためには、学校側は生徒や保護者に対し、特別指導が単なる制裁措置ではなく、生徒の健全な成長発達のために必要な措置であることを充分に説明し、理解と信頼を得るような配慮を尽くすことが重要である。

  したがって、事情聴取や特別指導の申し渡しにおいて、「処罰する」というような権力的姿勢や威圧的態度は避けなければならない。また、特別指導中に進路変更と称して退学届の用紙を渡すなど、暗に自主退学を強要するような行為は厳に慎まなければならない。

  特に困難を伴うのは、教師を信用せず正直に自分の問題行動を認めない生徒の指導である。様々な状況から生徒が問題行動を行ったことが間違いないと考えられる場合であっても、本人がそれを否認することがある。教師が問題行動の現場を目撃するなど、確固たる証拠のない場合には、保護者に協力を求めることが得策であろう。それでも本人が否認する場合には、無理な特別指導を差し控え、その後の様子を見守っていくだけの寛容さを持ちたいものである。

 

 二 懲戒規定の周知徹底を

 (1) いわゆる「同席同罪」について

  喫煙や飲酒について、実際にその行為を行っていなくとも、その場に「同席」していただけで、飲酒や喫煙を行った生徒と同じように指導する、いわゆる「同席同罪」を定めている学校は少なくない。学校としては、その場にいた生徒のなかで誰が喫煙等を行ったかを正確に特定できないこともあり、「友達が喫煙していれば、それを止めさせるべきである」とか「それを止めさせるために、その場を去るべきである」、さらには「これまで、同席者も処分してきた」という理由で、処分の正当性を納得させようとする。しかし、このような経験をして初めて「同席同罪」という規則を知った生徒や保護者は、容易に納得するものではない。また、生徒は知っていても保護者が知らされていないことも多い。

  このような懲戒規定じたい不適切なものであることは否定できない。実際に喫煙や飲酒をしていないことが明かな者を処分するのは、連帯責任を問うものであり、個人責任の原則に反する。にもかかわらず、「同席同罪」の懲戒規定があれば、学校としては処分せざるを得ないであろう。その際には、事前に、こうした懲戒規定の内容を入学当初より生徒や保護者に周知徹底しておく必要がある。また、同席しただけであることを主張する生徒に対しては、その主張を信用して、その上で処分を行うということを明らかにしておく配慮が必要である。

  生徒達が、体育祭や文化祭等の行事の後に「打ち上げ」をすることも多分に予想される。その際には、飲酒や喫煙を行うことのないように注意するとともに、「同席」についても警告しておく必要がある。

 (2) 予備的行為の処分

  「同席同罪」以外にも、ポケットにタバコを所持していたが喫煙していない場合、修学旅行などで酒をバッグに入れていたが、まだ飲んでいない場合、また、試験中にカンニングペーパーを隠し持っていたが、まだ見ていない場合、それらの生徒を処分するかどうかが問題となる。こうした予備的行為を処分することを定めた懲戒規定や慣行のある場合には、そのことを適宜、生徒や保護者に周知徹底しておく必要がある。

  上記以外にも、教師への暴言を処分する懲戒規定がある場合、あるいは、定期考査などにおけるカンニングに対し、停学などの処分に加えて、その考査の全科目を零点にするという教務措置を行う場合にも、生徒や保護者への事前の告知が不可欠である。

 

 三 事実認定、調査は慎重に

  事情聴取が適切に行われ、事実関係や背景が正確に把握されていれば、生徒や保護者とのトラブルは起こりにくい。逆に、些細なことであっても、生徒や保護者が学校の認定した事実に誤りがあると感じたときには、学校の行おうとする特別指導に強く反発することが予想される。そこで、事実認定にあたっては、生徒だけでなく保護者からも事情を聞くなどして、充分に弁明の機会を保障することが重要である。

 (1) 暴力事件と喧嘩

  ある生徒が他の生徒に、一方的に暴力をふるったときには、「暴力事件」として、その加害生徒に対してのみ特別指導をすることになる。しかし、どちらが最初に暴力をふるったにせよ、双方が互いに相手に暴力をくわえた場合には、「喧嘩」として双方の生徒に特別指導を行う必要がある。ただし「正当防衛」にあたるような場合には、単なる「喧嘩」と同列に扱うべきではないだろう。

  事実調査では、当事者の双方から別々に事情を聞き、事件の全体像を正確に把握するよう努めるべきであろう。そして、矛盾する言い分があれば、双方に示して、改めて事情を聞き直すことが求められる。したがって、暴行を受けて傷害を負った生徒からのみ事情を聞いて、事実を認定してしまうことがあってはならない。たとえ加害生徒が、学校からにらまれている粗暴で反抗的な生徒であっても、その言い分に謙虚に耳を傾ける必要がある。

 (2) 「いじめ」加害者への指導

  暴行や恐喝等を伴う「いじめ」事件についての事実調査は、たいへん困難なものである。近年いじめの防止が学校に期待され、教師はいじめ対策に懸命になっているといえよう。ところが、いじめの被害生徒は、報復を恐れ、あるいは教師に訴えても解決しないなどの理由から、被害事実を教師に話そうとしない。そのため、いじめの事実は、いじめの被害生徒の保護者からの訴えによって発覚することが多い。しかし、この訴えに基づいて特別指導を行うのは難しい。というのは、被害生徒がいじめを否定するなかで、いじめがあったことを断定できないからである。また、いじめの加害者とされる生徒にも、いじめたという自覚に乏しい。そのため特別指導を行おうとすると、加害生徒やその保護者は、「いじめっ子」という烙印を押されるのが耐えがたいため、容易にその特別指導に納得しない。

  そこで、いじめの加害生徒に対し、被害生徒の「痛み」を理解させるとともに、加害生徒自身の成長・発達など将来への配慮をしながら、心を開かせるよう、ねばり強く慎重に事実調査を進めていかなければならない。

 (3) 万引きの「共犯」

 事例 [A子はB子と、ある商店に買い物に行ったが、売り場で突然B子が商品を万引きしてしまった。驚いたA子はB子をとがめたが、B子は平然として「静かに」と言って店を出ようとした。そこに店員が現れ、二人を「共犯」として学校に通報した。]

  学校では、外部から通報のあった事件に対しては厳しい対応をする傾向がある。しかし、この事例では、A子があらかじめB子と共謀していたり、「見張り役」など万引きの手助けをしていた事実が確認されない限り、A子に特別指導を行うべきではないだろう。

 (4) 無理な事情聴取

  事情聴取で、生徒が事実を隠そうとすれば、たちまち暗礁に乗り上げてしまう。そのとき教師は、何としても事実を追求しようとする誘惑にかられ、いきおい行きすぎた事情聴取に陥りがちである。たとえば、最初から予断と偏見をもって疑ってかかり、威嚇し、虚言により「かま」をかけ、さらには監禁、暴行に及ぶこともある。トラブルに発展するのはこのような場合である。

  庄内中学事件では、校内で起こった盗難事件で、不審な点のあった生徒を問いただしているうちに、不遜な態度を示したので、教師がその生徒の顔面を殴打した。裁判所は、取り調べは認められるが、殴打は懲戒ではなく暴力であって許されないとした(福岡地裁飯塚支部・昭和三四年一〇月九日判決)。また、同じく盗難事件の調査において、法務調査意見長官回答(昭和二三年一二月二二日)は、「訊問にあたって威力を用いたり、自白や供述を強要したりしてはならないことはいうまでもない。そのような行為は、強制捜査権を有する司法機関にさえも禁止されているのであり(憲法三八条第一項、第三六条参照)いわんや教職員にとってそのような行為が許されると解すべき根拠はないからである」と戒めている。確かに真相究明の努力は必要であるが、その手段や方法は教育活動の一環として、合理的な限度を越えないよう留意すべきである。このことから、事情聴取は、あくまでも教育活動の一環であって、必ずしも犯人究明を第一の目的とするものではないことが自覚されるべきである。

  一九九三年、大阪の府立高校で、喫煙行為について生徒を問いつめ、三日間、のべ二〇時間にわたって生徒指導室等に隔離した事件が報道された(朝日新聞一〇月一五日)。これは、明らかに自白の強要にあたり、合理的な限度を越えた不当な事情聴取であろう。

 (5) 個人的秘密についての配慮

  教師が誠意を尽くして事情聴取すると、生徒や保護者が家庭内の感情的問題、経済的問題などのプライバシーに関わる事情を話してくれることも珍しくない。しかし、ことさらに家庭内の秘密を聞きだそうとする姿勢は慎まなければならない。また、そうして聞きだした秘密を他の教師にも伝える必要のある場合があるが、それは組織的に特別指導をすすめる上で必要な範囲内の情報にとどめるべきである。さらに、他の生徒に対しては、そうした秘密は当然のこととして、特別指導を受けたという事実、およびその理由についても軽々に話すべきではない。

 

 四 教師の関与

  教師の言動が生徒の反抗心をあおり、問題行動を招く契機となった場合の特別指導は特に困難である。

  たとえば、教師が頭ごなしに叱ったことに生徒が反発し、教師に暴言を発した場合、教師が授業中に特定の生徒を注意するのに「バカ」「マネケ」「ろくな人間にならない」などと暴言を言ったために、生徒が興奮し教師に物を投げつけた場合、さらに、教師が体罰を行ったのに対し、生徒が教師を突き飛ばすなど反撃をしたような場合である。

  このような言動が、反抗期という発達段階にある生徒に対する教育的配慮を欠くものであり、また、体罰が違法なものであることは言うまでもない。したがって、生徒や保護者からは「先生には、お咎めがないのに、なぜ生徒の方だけが罰せられなければならないのか」という批判が出されることになる。そこで、このような場合に特別指導を行うにあたっては、まず、当該教師が生徒や保護者に自らの非を認め、あるいは謝罪するとともに、特別指導の程度をできる限り軽減し、生徒や保護者の納得を得るよう努めなければならない。その上で生徒の非を自覚させるよう、特別指導の内容で工夫をすべきであろう。


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