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TITLE:  少年法「改正」に対する高校生・教員の意識調査
AUTHOR: 吉田 卓司
SOURCE: 大阪高法研ニュース 第199号(2001年12月)
WORDS:  全40字×215行

 

少年法「改正」に対する高校生・教員の意識調査

 

吉 田 卓 司

 

はじめに

 

  2001年4月1日から「改正」少年法が施行された。しかし、その「改正」は、非民主的なその改正手続に問題があるばかりでなく、何より「改正」の内容自体について「世紀の恥辱」と評されるなど、有識者から厳しい批判にさらされてきた(注1)。この小稿では、今次の少年法「改正」について、教育法の視点からその問題点を明らかにしたい。特に、直接的に影響を与える「少年」自身がどの程度その改正内容を認知できているのか、そして「改正」をどのように受けとめているのか、その実状を解明することも本稿の課題である。この小稿をまとめるに際し、これら「改正」された条項に関して、当該年齢層の高校生がどの程度の認識をもち、どう考えているのかを調査し、今回の少年法「改正」についての学校教員の意識も並行的に調査した。その調査した結果も提示して検討を加え、今回の少年法「改正」のもつ意味を考えるための一つの検討材料を提供し、今後の少年法に関する「見直し」への展望と教育的課題の一端を明らかにできればと考えている。

 

1.少年法「改正」に関する意識調査の概要

 

(1)調査の対象と調査の目的

  調査の対象としたのは、調査依頼に応じて協力をしていただいた大阪府と兵庫県の公立全日制普通科高校4校に在籍する1年生及2年(267名)と全国の高校教員27人分である。今回の調査目的の第1は、今回の少年法「改正」が実態としてどの程度当該少年自身とそれらの年齢層に教育的に関わる教師によって、どのように認識されているのかということ、そしてその認識を前提として、今回の「改正」の有効性をどのようにみているかを知ることである。そして、そのような認識の形成にメディアと学校教育がどの程度関わっているのかも調査の対象とした。その検証は、今次の少年法「改正」の内容自体が十分に認識されているのかという疑問に答え、「改正」の有効性をはかるものになるであろう。また、少年犯罪の抑止にとっての「教育の重要性」はひろく認められてきたといえるが、そのような視点からみたとき、今回の少年法「改正」が、少年刑事政策と教育との連携にどういう意味をもつのであろうか。そのような視点から「改正」の功罪を検証する意味でも、生徒とともに教員に対する意識調査を並行的におこなった。少なくとも、親や教師など少年にかかわる者たちは、青少年の健全育成を願い、非行・犯罪の防止に努力することは、地域、家庭、学校等における教育・指導の実態として深く相互に関連している。しかしそのような認識はあったとしても、現実には、学校教育と少年刑事政策の連携は決して十分とはいえないように思われる、その現状を今次の「改正」を契機に、再考し実証的に検証することもこの調査の目的の一つである。

(2)少年法「改正」の内容と調査項目

今回の「改正」にともなう「厳罰化」の主たる内容は次の諸点である。

@刑事裁判にかけられる年齢の下限を一四歳(旧法は一六歳)とする。
A故意の犯罪で被害者が死亡した事件は原則として、家庭裁判所の少年審判ではなく検察官へ逆送して刑事裁判にかける。
B一八歳未満の少年の刑の緩和措置について無期刑を有期刑に緩和する措置を任意的なものとする。
C死刑が緩和された少年の無期受刑者の仮出獄の最短期間を七年から成人と同じ一〇年とする。
D少年鑑別所に収容する観護措置期間を最長八週間(旧法は四週間)とする。
E少年審判手続に家庭裁判所が必要と認めれば、検察官が立ち会い、意見を述べるなどでき、審判結果に対して、法令違反や事実誤認を理由に抗告を申し立てられる。

  これらの、諸点について、高校生と高校教員がどの程度の認識を有しているか、統計的数値として明らかにすると同時に、その事実認識がどこからの情報によるものかを設問として問い、さらに、その改正内容への賛否と有効性についての認識を調査した。

 

2.調査結果の傾向 

 

(1)高校生の意識調査

  ・少年法が改正されたことは、67%の生徒が知っており、その多くはマスメディアによってもたらされた情報であり、認識内容としてもっとも際だっているのは、「刑事裁判にかけられる年齢の下限を14歳に引き下げたこと」(58%)と「少年を以前よりも厳しく罰することになった」(50%)という厳罰化の認知である。それに続いて、「故意の犯罪で被害者が死亡した事件は原則として、家庭裁判所の少年審判ではなく検察官へ逆送して刑事裁判にかけること」(21%)となる。

  ・その「刑事裁判にかけられる年齢の下限を引き下げたこと」に対して、高校生の67%が賛成であり、反対はわずか7%である。また「故意の死亡事件は原則検察官逆送」も同様の賛否(賛成83%・反対6%)の傾向を示す。他方で厳罰化の有効性については、23%の生徒が「少年法の厳罰化「改正」が少年犯罪の防止につながると思う」と回答したにとどまり、「そう思わない」が36%となっている。したがって、改正の内容には全体として賛成する意見が多いものの、それが少年犯罪の減少にはつながらないという認識の方が優勢であるということができる。

(2)教員に対する意識調査

  ・少年法「改正」に関する情報の多くはマスメディアによってもたらされた情報である。その点は、生徒の情報源と大きな相違はない。

  ・「刑事裁判にかけられる年齢の下限を引き下げたこと」に対して、66%が反対であり、賛成は10%である。「故意の死亡事件は原則検察官逆送」(賛成31%・反対50%)、「観護期間の延長」(賛成24%・反対55%)、「検察官抗告」(賛成14%・反対49%)については、ほぼ半数前後が否定的な賛否を示す傾向がみられる。他方で厳罰化については、否定的回答が86%に対して肯定的回答は7%にすぎない。

  ・「少年審判の合議制」については賛成が52%、反対は24%となっており、他の項目と顕著な差違がある。

  ・79%の教員は「少年法の厳罰化「改正」が生徒指導上寄与すると思いっていない」が、他方、その弊害については、有無の評価を留保する「どちらともいえない」が45%である。

  ・社会科の教員のなかには、授業のなかで少年法改正を教材の一部として教科指導をしている例が6例あり、そのうち5例は「現代社会」、1例は「世界史」(地域の少年事件と少年法改正問題の新聞記事を人権の歴史の1つとして)で取り上げられていた。もっとも、「現代社会」のなかでも、取り扱う単元は多様で、「青年期の課題」の分野で「高校生の法的取り扱い」という小単元を設けて少年法「改正」問題を取り上げて「教科書・資料集では不足なので独自に編集した法令集をプリントにして配布」し「要点は項目ごとに板書」して授業した例や、政治分野のなかで「なぜその時期に「改正」されたのか、政治的背景を説明」したものや、「民法・刑法など法律や裁判制度のところで投げ込み教材でおこなった」ものがあった。その他、どの単元として実施されたかは明確ではないが、「生徒にアンケートを行いディベート」を行った実践例や「10時間ほどつかい『少年法』をテーマに改正点、問題点など」授業し、「生徒の意見もいろいろと書いてもら」うというかなり踏み込んだ学習を行った例もみられた。

 

3.調査結果の検討

 

(1)生徒の意識と教員の意識の相克

  前述のように少年法「改正」に関する認識については、生徒と教員の間に大きな開きがある。特に改正の基本的内容ともいうべき「刑罰対象年齢の引き下げ」については、教師の「反対」が66%に達し、圧倒的に否定的であるのに対して、生徒の「賛成」は67%となっており、大半は肯定的である。このような傾向は、他の「改正」内容に関する回答にもほぼ同様の傾向がある。

  この点をさらに検討するために、「改正」内容を知った情報源として「学校の授業など先生の話から知った」と回答した45名の生徒を抽出して、その認識傾向を調査すると、「刑罰対象年齢の引き下げ」について「賛成」としたものが76%、「反対」が7%となった。これは、全体が「賛成」66%、「反対」7%であることに比らべれば、「学校の授業など先生の話から知った」生徒は、より一層「改正」に肯定的であるという結果になる。しかし、現実には教師の大半の認識は否定的であるとすれば、そこに大きな矛盾が生じる。その解釈には、2つの見方が可能であろう。一つは、「学校の授業など先生の話から知った」と回答した生徒の80%がマスメディアからの情報を得たと回答していることから、マスメディアの強い影響下にあったとみることができる。そして、第二は、授業等における教師からのメッセージが何らかの理由で十分な意思伝達がはかられていないということである。情報源として「教師」のみを挙げた生徒9名を抽出してみても、そのなかで「改正」への批判的傾向(改正内容の過半数に「反対」と回答した者)の数は11%(1名)であり、調査全体の傾向と比べても、教師から「改正」についての授業をうけるなどの経験があり、それを記憶している生徒であっても、その経験と記憶のために批判的傾向が強められたとはいえない。

(2)教員の少年法に関する認識

  教員に対する「改正」内容の賛否について、唯一賛成か過半数を超えたのは、「少年審判についての合議制の導入」(賛成52%)である。この点については、一人の裁判官による審判に比べて、より合理的ないし民主的な審判がおこなわれることを期待してのものであろうと推察される。しかし、その合議制導入の経過を見れば、それが「厳罰化」の一環であることは明らかであり、多岐川一義家裁調査官は三人の裁判官による審判は「かなり威圧的」で「成人の刑事の法廷にかなり近い趣」になるであろうとされている(注2)。今回の調査結果を見る限り、この点からみると、今回の改正の本質を十分に理解しえている教員は少ないといえるかもしれない。そもそも、厳しくいえば、少年法がわれわれの接する生徒に関わる基本法令であり、その重要な法「改正」でありながら、その改正に関してなんらかの指導をした教師は、全体の22%にとどまっており、その認識と指導実践経験は、全体としてなお不十分であるといわなくてはならないであろう。

 

4.少年事件と少年法をめぐる今後の展望―重原君の事例を通して−

 

  重原君は私立高校の進学科を数日で退学。その後、家庭内での父母への暴力のほか、中学時代の仲間と万引、恐喝、強盗などを繰り返していたが、一年後の春には「高校くらいはでなければ」と考えるようになり、中退したことのある自分でも入れるところを探したが、最初に受けた単位制高校は面接でおとされ、仲間の間で「楽だ」といわれていた県立浦和商業高校定時制を受験。その面接で重原君は不思議な印象を受けたという。それを新聞のインタビューに「面接の先生がニコニコしているんですよね。それまでおとなにそんなふうにされたことがなかったから。いやなものを見るような目でしか見られていませんでしたから」と語っている。そして入学したものの、学校にはあまりいかず、しかも、入学まもなく入学前の事件で警察に捕まり鑑別所に入れられた。そして、重原君がすっかり落ち込んで、少年院に送られるのではと不安になっていたところに、高校の担任と副担任が面会に訪れ、笑顔で「ここを出たら、ちゃんと学校に来いよ」と。重原君は「退学になるだろう」と思っていたのに、そういわれて驚き、「なによりも二人の笑顔に救われた感じがした」と述べている(注3)。

  疾風怒濤の時代を生きる少年にとって、それを理解し、支える存在がなくては、失敗から学び、成長し、更正することは難しい。とりわけ事件・犯罪に関わった少年への教育的指導は、今日ますます重要になっている。少年法がわれわれの接する生徒に深く関わる基本な法令である以上、教師による少年法への理解もより一層深められねばならない。司法制度改革審議会の最終意見書の「司法教育の充実」の項の冒頭で「学校教育等における司法に関する学習機会を充実させることが望まれる。このため教育関係者や法曹関係者が積極的役割を果たすことが求められる」と述べている(注4)。われわれ教師の接する児童・生徒は憲法をはじめとする諸法規・条約上の権利をもっており、その権利を行使するために教育をうける権利がある。その権利保障の最前線にある担い手は教師にほかならない。憲法、行政法のみならず、消費者としての権利をはじめとする民事法上の権利の学習、交通法規等も含めた刑事法に関する理解を深める指導、そして少年法に関する教育実践上の考究は、「司法教育の在り方」ともあわせて、今後注目すべき教育法研究の一課題であるといえよう。

  特に、本稿の課題である少年法に関しては、今次の厳罰化を指向する「改正」に対して、教育的視点から、十分な批判的検討が必要である。今次の少年法「改正」について、今回の調査結果を見る限り、教師も生徒も厳罰化に少年犯罪抑止へ多くの期待をしてはいない。それは、おそらく、生徒、教師のみならず、多くの国民の実感であろうと感じられる。現実に、少年法「改正」後もその抑止効果はあらわれず、刑法犯の増加と厳罰化への指向から、刑事施設の過剰拘禁がすでに大きな問題となっている。

  これに対して、今日の世界各国の少年犯罪への取り組みは、ダイバージョンや修復的司法への潮流を生み出している。それは、罪を犯した少年をできるかぎり刑事制裁から切り離した、非刑罰的処遇によって更正、改善をはかる動きである(注5)。学校教育のなかでも少年司法のあるべき姿を生徒自身が考える機会をつくり、そしてその未来への展望を教師自身がもつことが求められている。そのような、国際的、歴史的、人道的視点からの確固たる基本理念に根ざした教育こそが、今日の日本社会の混迷をきりひらく力となるように思われる。

  少年法「改正」の施行の年に際して実施した今回の限定的な本調査が、今次の少年法「改正」に対する高校生と高校教員の意識実態を明らかにし、五年後を目途とする「改正」少年法の見直しに向けた一資料となり得れば幸いである。

 

 【 注 】

(1) 団藤重光「少年法改正批判」団藤重光・村井敏邦・斉藤豊治他『ちょっと待って少年法「改正」』日本評論社(1999年)所収14頁。なお、少年法「改正」の内容は飯島泰「少年法等の一部を改正する法律の概要等」『ジュリスト』1195号(2001年)2頁以下参照。その問題点については斉藤豊治「少年法改正の意味するもの」『法律時報』73巻2号1頁以下等参照。なお本報告の問題意識は、本年度の理論フォーラム報告をまとめた吉田卓司「教育的視点から見た『改正』少年法」全国高法研会報54号(2001年)24−29頁を参照それたい。
(2) 多岐川一義「誰のための少年法「改正」なのか」前掲『ちょっと待って少年法「改正」』204頁。
(3) 日本共産党「教育を考えるー人間は信じられる3」『赤旗』2001年12月26日。
(4) 全国法教育ネットワーク編『法教育の可能性』現代人文社(2001年)209頁。
(5) 例えば、国連ウィーン事務所(平野裕二訳)『少年司法における子どもの権利―国際基準および模範的慣行へのガイド』現代人文社(2001年)38−56頁、ニュージーランドにおける実践例の紹介としてジム・コンセディーン他編集(前野育三・高橋貞彦監訳)『修復的司法―現代的課題と実践』関西学院大学出版会(2001年)など参照。

 

【主要参考文献−注記掲載文献を除く】

○前野育三「少年司法の現状と改革への提言」『中山研一古希祝賀論文集』成文堂(1997年)所収181頁以下。平場安治『少年法【新版】』有斐閣(1987年)
○沢登俊雄・比較少年法研究会『少年司法と国際準則』三省堂(1991年)
○団藤重光・村井敏邦・斉藤豊治他『「改正」少年法を批判する』日本評論社(2000年)
○市川昭午・永井憲一監修『子どもの人権大辞典』エムティ出版(1997年)

 

 


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