◆200306KHK208A1L0172HO
TITLE:  大阪府男女共同参画推進条例における苦情処理制度について
AUTHOR: 伊藤 靖幸
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第208号(2003年6月)
WORDS:  全40字×172行

 

大阪府男女共同参画推進条例における苦情処理制度について

 

伊 藤 靖 幸

 

 

 1.はじめに

 

  本稿は、2002年11月例会で発表した「大阪府の男女共同参画社会推進施策について」の続編である。前回、妊娠したことで解雇されたと思える期限付き講師の件を、私が府の男女共同参画推進条例に基づく苦情処理制度の第1号として苦情申し立てを行なった事を報告した。本年の2月にその結果が通知された。結果は毎日新聞の見出しを引用すれば「妊娠で“解雇”アカン!」(2003年2月14日付け)というものであった。苦情処理委員会は苦情申し立て者の意見を容れて府教委に取り扱いの改善を提言し、府教委が次年度からの改善を決定したのである。私が思っていた以上の結果であり、率直に苦情処理委員の努力及び府教委の決定に敬意を表したい。以下、苦情処理委員の意見の分析を中心に本件を再度分析してみたい。

 

 2.経過

 

  まず、本件の苦情処理手続きの経過を振り返っておく。私が正式に苦情処理を申し立てたのが2002年の9月13日のことである。(14−1号事案)実は私も後で知ったのであるが、大阪高教組も9月17日に同じ件で苦情処理申し立てを行なっている。(14−2号事案)この2つの申し立ては同一事例であるので、苦情処理委員会は併合して調査することにした。

  2002年9月19日に苦情処理委員に知事から正式に調査依頼が行なわれた。担当苦情処理委員は池田辰夫委員となった。10月3日に両申し立て人から事情聴取が行なわれた。11月11日には施策実施機関である教育委員会教職員人事課から事情聴取を行なっている。それ以後1月までに苦情処理委員3名による合議が4回行なわれて、2003年1月24日に府知事あての調査結果報告書がとりまとめられている。そして2003年2月13日に府の苦情処理方針(2003年度から取り扱いを改めるという内容)が苦情処理結果通知書として申立人に通知された。知事あての調査結果報告書も同時に送付されている。前稿では本件について、結果が判明するのが遅く、条例12条にいう「適切かつ迅速」な対応に悖るのではないかと書いたが、経過を知らされてみればこの程度の期間(申し立てから結果判明まで5ヵ月)がかかるのは事案の内容からしてもやむをえないかと考える。

 

 3.苦情処理委員の意見

 

  さて、以下調査結果報告書の中の第3「事案に対する意見」を検討していこう。初めの事実関係という項目では、事実関係そのものについては、苦情申立人と実施機関の説明に概ね相違はなかったとしている。これはその通りである。

  次に基本的な考え方として、3点があげられている。(1)の本件調査の対象の項では本件の判断の対象を府立高校の期限付き講師に限定している。これはたいへん慎重な態度ではあるが、あとに述べられている理由からすると小中学校の講師と高校の講師に区別をつける必要はないと思われる。(2)では期付き講師の任用(更新)の法的性質として、本件の講師の任用は地公法22条2項の規定により6ヵ月以内で行なわれる臨時的任用であり1回のみ更新が認められているとする。そしてその更新についても「更新もまた臨時的任用に他ならないから、職員の側から更新を求める権利はなく・・・従前の経緯等から更新がなされるものと期待していたとしても・・・それは法的に保護された権利又は利益とは認められない」という最高裁判例を引用して、府教委側の主張どおり更新するかどうかの判断は基本的に教育委員会の裁量であると述べる。したがって府教委の判断に14−2号事案の申し立人である高教組側が主張するような違法性は存在しないとする。雇用機会均等法2章も地方公務員には適用されないと、ここまでは全く申立人側ににべもない。

  (3)の留意事項のところでは、本件は教育現場の問題である点を含め以下の点に特に留意したとして4点をあげている。アでは本件のように年度途中で講師が交替せざるを得ない場合は、後任の講師ができるだけ長く生徒と接する事ができるよう後任講師を手当てする必要があり、従って出産予定日前の就労可能な時期まで元の講師を勤務させる事が回避されていると述べる。イでは講師に産休講師を手当てすると、経費の二重負担になり納税者の理解を得難い懸念があるとする。ここまで府教委の主張どおりである。しかしここから苦情処理委員の論調が一転する。

  まずウとして学校運営は1年単位が基本で、講師の場合も基本的に1年の勤務が想定されているとする。講師本人にもそのような説明がされており、更新されない例は年間数件に止まると事実が述べられている。そしてエでは本件で更新されなかったのは、任用予定期間中に勤務できない事があきらかであるものは一律に更新しない趣旨で、女性差別を意図したものではない述べて、一応は府教委員の顔を立てた上で、しかし妊娠出産は女性に特有のものなので、それを考慮しないと妊娠出産を理由に女性だけが不利益を被る外形を呈するとのべる。ここのところは私(第14−1号事案の申し出人)の説明のイの項にあるこのような取り扱いは、「外からみると、妊娠による解雇である」という主張を容れてもらったものと考える。そして、苦情処理委員は「期限付き講師が更新を認められなくなることを恐れて、妊娠することを避けようとしたり、妊娠の事実を秘匿して勤務し母体に悪影響を及ぼすといった事態をまねくことが懸念され、男女共同参画の観点から問題がないわけではない。」として留意事項の項を終わらしている。ここのところは、私が事情聴取の際に特に強調した点である。F講師と話をした中で、彼女が友人に相談したら「そんなん(妊娠を)黙っといたらよかったのに」と言われたという事があった。府教委の従来の取り扱いを前提にするかぎり、この友人の意見の方が正しいといわざるをえない。しかし私はそれでは男女共同参画推進条例の精神が泣くと考えた。そこで私の説明のオの項にあるように、妊娠した講師が、更新されるために妊娠の事実を隠したり管理職が気付かないふりをするといった対応により、事実上の解決となることも考えられるがそれでは本末転倒であると主張したのである。私の申し出の趣旨も「かかる取り扱いは、妊娠中絶や妊娠を隠した上での勤務を誘発する懸念がある」と苦情申し立ての当日に付け加えたことを覚えている。

  以上の前提の上で、最後に苦情処理委員は改善方向についての意見を述べている。まず臨時任用の法的性質論からして、本件取り扱いに違法・不当の問題は生じないともう一度府教委の顔を立てている。したがって、直ちに本件取り扱いを改め、妊娠中の期限付き講師について任用を更新すべきとは判断できないとする。しかし、期限付き講師の勤務実態からは当初任用と更新を区別することもできると考えられること、大阪府は「おおさか男女共同参画プラン」において、男女共同参画のモデル職場になることを宣言し、「大阪府男女共同参画推進条例」を施行するなど、率先垂範を示す立場にあるということも勘案すると、画一的に任用の更新を行なわないという取り扱いは改めるべきであると結論づけているのである。この率先垂範論もまた、私が強く主張した論点である。私自身今回の事件で最も腹立たしく感じた事は、府教委は一方でこのような男女共同参画の理念に悖る取り扱いをしておきながら、一方で我々教職員や一般事業者に対し男女共同参画の理念を指導しようとしている点である。事情聴取の際、こうした点を私はかなり強い言葉で訴えた。私が事業者の立場であれば、このような府の啓発に対しては「何言うてはりまんねん。そんな寝言は自分のところをきちんとしてからにしてくれ」と反論するであろうという事、また私は現場の教員として、及ばずながら男女共同参画を推進しようとする府の施策に協力してきたつもりであるが、府がこのような取り扱いを改めないのであれば今後は一切協力できないとも述べた。その時苦情処理委員諸氏はよく私の主張を聞いてくれていたように感じたが、実際その通りでこのような結論になったわけである。

  結論として、苦情処理委員は当事者の意向を十分確認したうえで、「制度上、確実に勤務が可能な日までは、任用を更新することが望ましい」と述べる。また、講師本人に対し、年度当初の任用時に臨時的任用の法的性質等について十分に説明しておくべきであるとする。そして周到にも、こうした配慮を要することをもって女性を避ける風潮が起こらないようにくれぐれも留意をうながしているのである。

 

 4.府の苦情処理方針

 

  さて、以上のような苦情処理委員の意見は1月24日に知事あてに報告されていたわけであるが、府はそれを受けて府としての方針を示さなければならない立場になった。府は苦渋の(と思われるが)選択を迫られたわけである。府の本音としては、従来どおりの取り扱いで行きたかっただろうが、せっかく作った条例に基づく苦情処理制度の第1号から、委員の意見を無視する事もできない。という事で、苦情処理委員の意見を入れて2003年度から期限付き講師で、任用の更新後の期間中に出産予定日を迎える者の任用更新については、従来の取り扱いを改めて産前休暇取得可能日の前日まで任期を更新できるという方針を示し、今年度から実行されている。今のところは当然の事ながら、講師本人に臨時的任用の性質を十分に説明するところだけが実施されているのであるが。ともあれここでは、正しい決断を下した府教委の姿勢を率直に評価しておきたい。府教委は男女共同参画推進施策に、それなりに本気でとりくんでいると考えて良いだろう。そこで前述のようなタンカを切った手前、私としてもこの点では府教委の施策に協力する立場で、「府立学校への指示事項」にある男女平等を基礎とした名簿すなわち混合名簿を使用する提案を勤務校で行なってみた。提案した時期が年度末であったので、今年度から使用ということにはならなかったが、04年度から使用する方向で検討することになった。

 

 5.若干の揺り戻し傾向について

 

  最後にこの間の、男女共同参画施策をめぐる情況について見ておこう。大阪府に1年遅れて2003年4月1日大阪市男女共同参画推進条例が施行されている。府条例によく似ているが、苦情処理制度や男女共同参画審議会についての規定が条例自体の中にある点で府条例より詳しいものになっている。審議会の委員の一部を公募制にしている点が目あたらしく感じられる。

  ところが、全国的にはこうした男女共同参画推進条例の制定について、性差にこだわったり「日本の伝統の否定につながる」といった立場の反対論が出て、ゆり戻しの傾向が強まっている。千葉県では、知事の提出した条例案に対し自民党が修正案を提出したのだが、その内容は県案の「男女が性別にかかわりなく個性や能力を発揮できるように」という文言から「性別にかかわりなく」を削除し、一方で「男らしさ女らしさを一方的に否定することなく」という語句を追加するといったものである。山口県の宇部市で昨年成立した条例では、審議会の答申には一言もなかった「専業主婦を否定することなく、現実に家庭を支えている主婦を・・・支援するよう配慮に努める」という文言が入っていた。小金井市では条例案の、性および子を生み育てることについて「自らの意思で決定することができるよう性教育の充実その他必要な措置をとる」という部分が中絶容認につながる等との反対意見があり継続審査となったという。国のレヴェルでも99年に成立した男女共同参画社会基本法の理念を推進していくべき立場にある福田官房長官(男女共同参画担当相)自らが、昨年11月の参院内閣委員会で、なんと「男らしさ女らしさは、性別があるかぎりはある」という趣旨の答弁を行なっている。この福田長官の発言が地方議会での「男らしさ・女らしさ肯定論」の根拠となっていると見られる。

  このような、男女共同参画施策に対する揺り戻しと「あたらしい歴史教科書をつくる会」の動きには関連があると見られる。同会は最近、家庭や家族共同体意識の破壊をもたらすとして家庭科教科書に対する批判を展開している。国会でも保守党の山谷えり子議員は01年には、ある高校家庭科教科書を「命に対する畏敬の念、倫理的な視点が欠けている」と批判していたが、本年2月に固定的な性別役割分担を助長・連想させる表現の禁止などを盛り込んだ岡山県新見市の条例を「表現の自由を侵すのではないか」と強く批判している。宮台真司も、男女共同社会をめぐる揺り戻しと「新しい歴史教科書をつくる会」の動きは、その根底に現代の日本社会をアノミー(無規範)情況と感じている年長者の疎外感があると鋭く分析している。そんな年長者の寂しさを埋め合わせるのが、国家や共同体、歴史、伝統といった「大いなるもの」であるというわけである。

  こうした視点から、最後に私としては最近千葉の望月氏が主張されている女子校必要論に対して苦言を呈しておきたい。このような男女共同参画社会をめぐる情況下では、氏のような立論は本人の意図にかかわらず、客観的には男女共同参画社会に反対する流れに与するものとみなされてしまうだろう。まさか氏が「新しい歴史教科書をつくる会」と共に家庭科教科書や男女共同参画条例を攻撃しようとしているとは思わないが、今や大阪府に義理立てして府立学校への指示事項にあるとおり「固定的な性別役割意識を助長する場面がないか常に点検」しようと努めている私からすれば、氏の所論からどうしても固定的な性別役割意識が感じられてしまうと言わざるをえない。

 

 

 


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