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TITLE:  子どもの権利条約の現状
AUTHOR: 伊藤 靖幸
SOURCE: 大阪教法研ニュース 第223号(2005年12月)
WORDS:  全40字×334行


子どもの権利条約の現状



伊 藤 靖 幸



 I はじめに


  子どもの権利条約がわが国で発効して以来すでに11年が経過した。思えば批准や発効の時期には、一時「権利条約バブル」とでも言うべき情況があって、本条約への一般の関心も高かった。教育界においても、そのころは本条約が常に話題になるような状態であったのだが、現在そのような権利条約ブームは去ってしまったようである。しかしながらこの11年の間に本条約の日本政府報告書の提出、その報告書の子どもの権利委員会による審査、同委員会の最終見解の発表というサイクルが2回終了した。また、この間新たに子どもの権利委員会の本条約に関する「一般的意見」がNO1からNO7まで採択されている。こうした点を踏まえこの機会にもう一度、子どもの権利条約と本条約をめぐるわが国の情況についてふりかえってみても無駄ではあるまい。


 II これまでの経過


  とりあえず、子どもの権利条約をめぐるこれまでの経過について簡単におさらいしておこう。本条約は1989年11月20日国連総会で採択され、わが国では1994年5月22日に発効した。日本政府は本条約の批准に際し、特に国内法を整備することはなかった。本条約の第1回日本政府報告書の提出は1996年5月30日で、ほぼ条約44条に定められた発効後2年以内の期限どおりであった。子どもの権利委員会は1998年5月の27・28日に行なわれ、6月5日に最終見解が採択された。第2回の日本政府報告書は2001年の11月に提出され、子どもの権利委員会の審査は2004年の1月28日に行なわれて、最終見解が1月30日に採択された。この間、本条約についての初めての一般的意見「第29条1項:教育の目的」が採択され、その後現在までに計7本の一般的意見が採択されている。一般的意見とは条約の規定や実施のあり方についての委員会の解釈を示すものである。また2002年の5月10日には国連子ども特別総会が開催され、成果文書「子どもにふさわしい世界」が出されている。この特別総会に参加した子どもは400人にものぼった。成果文書の表題は世界の現状に子どもをあわせるといったプロクルステスのベッドのような話ではなく、子どものニーズにあわせて社会が変わっていくという本条約の理念を示しているのである。
  2003年の4月16日に東チモールが本条約の192番目の締約国となった結果、非締約国はソマリアとUSAだけで国際人権条約の中でも締約国の多い条約となっている。USAが本条約を締結していないのは、モンロー主義以来の以来の孤立主義の傾向の上に、親の権威や家族の統合を強調する共和党支持層の影響がある。実は合衆国憲法には社会権条項は存在せず、国際人権規約のA規約(社会権規約)にもUSAは加入していないのであり、社会権条項も含んだ本条約についての抵抗が強いといわれる。


 III 第2回日本政府報告書と子どもの権利委員会の最終見解について


 1) 第2回日本政府報告書について

  日本政府は上述したように、いちおうはほぼ期限を守って本条約の報告書を提出している。しかしその内容は決してほめられたものではない。前回報告の時から指摘されている事であるが、積極的にこの条約を実現していくという姿勢ではなくて、単に現在の政府の施策を説明するといった感じに留まっている。本条約の発効直前に出された文部省(当時)通達も、基本的に現体制で大きな問題はないという趣旨であったし、本条約の批准・発効にあたって特に国内法を変更・整備しなかったことに、日本政府の消極的な姿勢はよく示されている。また第1回報告参照というところも多く(つまり前回と同じ説明ということである)、前回報告についての委員会の最終見解における勧告もほとんど無視されている。したがって、前回と引き続き同じ内容の懸念や勧告を受けているところも多く見られるのである。

 2) 第2回最終見解について

  全体的に第1回の最終見解がかなり一般的、抽象的な内容であったのに比して、より具体的な提言になっているといえる。全体はA.はじめに、B.積極的側面、C.主要な懸念事項および勧告の3部からなっているが、大部分はC.の懸念および勧告によって占められている。A.では委員会は日本政府がきちんと文書回答したことを評価している。B.では委員会は日本政府がこの間1999年に児童買春・ポルノ禁止法、2000年に児童虐待防止法を制定したこと、並びに日本が最大のODA提供国であることなど計5点を評価している。結局ほめられているのは、お金持ちで発展途上国に援助を与えていて、期限どおりに報告書を提出し、条約発効後5年以上たってからようやく国内法制を整えだしたという点なのである。(なお私は児童ポルノの規制についてはなお表現の自由との関わりで問題が残っていると考える。)そして、残りのすべてのコメントはC.の委員会の日本政府に対する懸念や勧告なのである。第1回の最終見解の勧告は22項目であったが、今回の勧告計27項目に上っているのである。以下C.によって子どもの権利委員会の日本政府に対する懸念と勧告を見ていこう。

 3) 第2回最終見解の主要な懸念事項および勧告について

    一般的実施措置
  1.前回の懸念事項・勧告が一部を除き十分にフォローアップされていないことを懸念。あらゆる努力を行なうことを強く勧告。――上述したような日本政府の消極的な対応が正面から批判されている。
 2.解釈宣言および留保
  相変らず、9・10条に解釈宣言、37条のcを留保していることを懸念、撤回するようくりかえし勧告。――解釈宣言や留保は要するに、条約の規定にもかかわらず締約国が一方的に条約の一部についてしばられないと宣告することであるが、日本政府も解釈宣言や留保を行なっている。そして、ここでも委員会の意見に反し、日本政府はかたくなに留保や解釈宣言を撤回しようとしていないのである。
  3.国内法が本条約の原則を全面的には反映していない点(男女の婚姻可能年令の差など)、本条約が直接適用可能なのに裁判所で直接適用されない点を懸念。「権利基盤型アプローチ(the right-based approach)」との適合性を確保するため国内法の包括的見直しを行なう事を勧告。――何度もくりかえすが、日本政府は女子差別撤廃条約の批准に際しては国内法の整備を行なったが、本条約の批准に関してはそのような措置をとっていない。基本的に本条約と国内法が抵触する点はないとい立場なのである。これに対し、委員会はそうではないと言っているわけである。また、委員会が指摘するとおり日本の憲法体制では裁判所が条約を直接適用することは可能なのであるが、裁判所が直接適用に消極的なのは事実である。私もこのような日本の裁判所の消極的な態度に以前から不満を持っていたが、最近は止むを得ない面もあるかと思うようになってきた。本条約の内容の9割程度は日本国憲法の内容でカバーされていると考えられるが、本条約と憲法が重なっている問題については、わが国の憲法体制にあってはわざわざ本条約について判断するメリットはあまり無い。結局、現状では本条約による判断が求められるのは、憲法に保障されていない権利を主張する場合に限られてしまうのではないか。
  権利基盤型アプローチ(the right-based approach)」は今回の最終見解のキーワードとなっており、何度もくりかえされている。要は子どものための法制や施策は、決して子どものための恩恵や保護ではなく、子どもの権利自体を中心に置いて考えなければならないという本条約の根本理念のことである。委員会はこの根本理念の立場にたって、国内法を全面的に見なおすように勧告しているわけである。
 4.調整および国内行動計画
  青少年育成対策本部を内閣府に設置、また青少年育成施策大綱の策定したことについては評価する。しかしまだ不十分であり、青少年育成施策大綱を「権利基盤型アプローチ」により強化し継続的に見直しすることを勧告。――上述の国連子ども特別総会の成果文書は、各国にこの文書に基づく国別行動計画を可能な限り2003年末までに策定するように求めていた。日本政府はこれも期限内に青少年育成施策大綱を策定しているわけである。この大綱は子ども・青年を対象とした最初の総合的施策であるが、委員会は「権利基盤型アプローチ」の趣旨からは未だ不十分だと言っているわけである。
 5.独立した全国的な監視機関について
  わが国には独立した全国的な監視機関が存在しないことを懸念し、委員会の一般的意見第2号「独立した国内人権機関」(2002)に照らし、以下の点を勧告している。@人権委員会を効果的にするために人権擁護法案の見直しA人権委員会に本条約の監視・苦情処理・救済の権限を与えることB地域オンブズマンの設立の促進Cオンブズマンに人的財政的支援がなされること。――いくつかの自治体では子どもの権利に関するオンブズパースンの制度ができたりしているが、全国的な本条約についての監視機関は未だ存在していないのである。
 6.データ収集
  本条約のすべての領域に関して包括的なデータが欠如していることを懸念。データ収集のための既存の機関を強化、必要な場合は新機構を創ることを勧告。――全国的な監視機関はおろか、わが国のお役所仕事通例として本条約に関する包括的なデータもなく、包括的なデータ収集に関する機関も存在していないのが実情なのである。
 7.市民社会との連携
  まだ政府とNGOの相互交流が不足していることを懸念。継続的かつ組織的に連携することを勧告している。
 8.広報と研修
  まだ子どものために働いている多くの専門家が「権利基盤型アプローチ」を十分理解していないことに留意し、広報・研修や子どもが権利の主体であるということの認識を高めるキャンペーンを行なうこと、また子どもの権利に関する教育を学校の教育課程に導入すること等を勧告。――教育現場の実情からしても、まだ「権利基盤型アプローチ」が十分理解されているとは言い難い。というか、「権利基盤型アプローチ」の言葉自体知られていないのではないか。

    子どもの定義
  1.婚姻最低年令が依然として男女で異なっていること、性的同意最低年令(13歳)が低いことを懸念し、女子の婚姻最低年令をひきあげること、性的同意最低年令を引き上げることを勧告――周知のように1995年に法制審議会が答申した民法改正案では夫婦別氏とともに、婚姻可能年令の男女同一化(18歳)も含まれていた。しかしそれから10年が経過しても、民法の改正は成立していないのである。

    一般原則
 1.差別の禁止
  婚外子・女性・在日や部落の子ども等への差別が根強く存在していることを懸念。婚外子に対するあらゆる差別を廃絶し「非嫡出」という用語もなくすよう法改正することを勧告。またアメラジアン・在日等の子どものために必要とされる予防的措置を公衆に対する教育キャンペーンを通じて実施することを勧告。2001年人種主義等の非寛容に反対する国際会議で採択された宣言・行動計画をフォローアップするために、本条約29条1項に関する一般的意見を考慮に入れて締約国によって取られた措置とプログラムについての具体的な情報を提供することを要請する。――本条約にあって日本国憲法にない権利の代表的なものは外国人を含むマイノリティの権利であると考える。そうした意味で、このようなマイノリティへの差別の問題が最も本条約の存在価値のあらわれる局面であると考える。
 2.子どもの意見の尊重
  社会における伝統的な姿勢が子どもの意見の尊重を制限していることを懸念。12条に従い以下の事を勧告。子どもに影響を与えるすべての事柄について子どもの意見の尊重および参加を促進。この権利および参加する権利に関する教育的な情報を社会全体に提供すること。子どもの意見が考慮される程度等を定期的に見なおすこと。学校その他の施設において方針を決定する会議に子どもが継続的かつ組織的に参加することを確保すること。――本条約12条の「子どもの意見の尊重」も日本国憲法にはみられない規定である。したがって12条関連の問題も本条約の真価が問われるところである。近年、日本でも学校評議会が制度化されたが、一部生徒が参加しているものもあるが、生徒は参加しないのが大部分である。本条約12条の趣旨にしたがって、学校評議会にも生徒を参加させるべきだろう。

    市民的権利および自由
  1.学校に通う子どもの学校内外の政治的活動の制限を懸念。18歳未満の子どもが組織に加入するとき親の同意が求められていることを懸念。学校に通う子どもの学校内外の活動を規制する法律および規則、組織に加入するにあたって親の同意を求めていることを見なおすことを勧告。――わが国では学校紛争時代に出された、高校生の政治活動を制限する教育委員会の通達や文部省の見解がまだ見なおされていないのが現状である。組織加入にあたっての親の同意については、委員会に誤解があるのではないか。
 2.名前および国籍
  父親が出生前に認知しなければ日本国籍を取得できないことを懸念。登録されていない移民が子どもの出生を登録することができないことを懸念。日本で出生したすべての子どもが無国籍となることがないよう法律・規則を改正することを勧告。
 3.プライバシーの権利
  子どもの所持品検査に関してプライバシーが尊重されていないことを懸念。個人的な通信および所持品検査を含めてプライバシーの権利の全面的実施を確保すること。
 4.体罰
  法禁されているが体罰が広く用いられていることを懸念。施設・家庭の体罰を禁止すること。子どもの不当な扱いがもたらす否定的な影響についての教育的キャンペーンを行なうこと。子どもの苦情不服申し立てのシステムを確立することを勧告。――プライバシーの権利についても体罰の禁止についても、20年ほど前にくらべれば日本の情況は改善されてきたようには思える。しかし、委員会の指摘するようにまだまだ問題は残されている。体罰等の不服申し立て制度は必要であると考える。

    家庭的環境および代替措置
 1.子どもの虐待・遺棄
 虐待を予防するための包括的・学際的戦略がない点。訴追された事件数が少ない点。被害児童に対する回復・カウンセリングサービスが不十分な点を懸念。虐待防止の学際的国内戦略を開発すること。被害児のための法律を見直すこと。カウンセリング等の専門家を増加させること。関係の職員に対し子どもに配慮した方法で虐待の申し立ての受理等ができるよう研修を増やすことを勧告
 2.養子縁組
  国内および国際養子縁組の監視・規制が不十分。データが限られていることを懸念。監視の仕組みの強化。国際養子縁組に関する1993年のハーグ条約を批准することを勧告。
 3.子どもの奪取
  子どもの奪取に対するセーフガードが不十分なことを懸念。国際的な子どもの奪取に関する1980年のハーグ条約を批准することを勧告。

    基礎的保健および福祉
 1.障害を持つ子ども
  障害を持つ子どもが不利な立場に置かれていること、教育制度等で全面的に統合されていないことを懸念。障害を持つ子どもに関するすべての施策を本条約等に従うことを確保するためNGOと共同して見直すこと。一層の統合を促進すること。人的財政的資源を増加させることを勧告。
 2.思春期の子どもの健康
  思春期の子どもに精神的ゆがみが広がっていること。思春期の子どもの精神的健康についての包括的戦略が欠けていること。性感染症の増加、薬物乱用の増加、18歳未満の子どもが医療的措置・カウンセリングを受ける時に親の同意を必要とすることを懸念。思春期の子どもの健康に関する包括的な政策を開発するために、調査を実施すること。18歳未満の子どもが親の同意なくして医療措置カウンセリングが受けられるように法を改正すること。思春期の子どもの精神的ゆがみを防止するプログラムを開発・実施すること。関係者に子どもに配慮した方法で対応できるよう研修を行なうことを勧告。
 3.若者の自殺
  若者の自殺率が高く、増加していること。自殺に関する質的・量的データが欠如していること。若者の自殺を扱う主要な組織が警察であるという事実を強く懸念。若者の自殺に関する徹底的な調査を行なうこと、それを利用して国内計画を開発・実施することを勧告。

    教育・余暇および文化活動
  1.締約国の教育改革等の努力には留意するが以下の点を懸念。@教育の過度に競争的な性格が否定的な影響を及ぼしていること。A高等教育への進学が過度に競争的であるため、公立学校の教育が貧しい家庭には手の届かない家庭教師や塾で補完されねばならないこと。B学校の問題について、親と教師のコミュニケーション・協動が極めて限定されていること。C外国人学校の卒業生の大学入学資格は緩和されたが、まだアクセスが否定されている者がいること。D定時制高校が柔軟な教育機会を提供しているのに、東京都で閉校されようとしていること。E少数者の子どもが母語による教育を受ける機会が極めて限定されていること。F検定があるのに不完全または一方的な歴史教科書があること。
  以下のことが勧告されている。@すべての者が平等に高等教育にアクセスできるように、教育の高い質を維持しながら競争的な性格を抑制するためNGO等の意見を聞きつつカリキュラムを見直すこと。A学校における問題に特にいじめを含む暴力に対応する措置を生徒・親と共同して開発すること。B定時制の閉校を再考しオルターナチブな教育を拡大するよう東京都に働きかけること。C少数グループの子どもが自己の文化を享受し、宗教を実践し、言語を使用する機会を拡大すること。Dバランスのとれた見方を確保するため、教科書検定制度を強化すること。――「過度に競争的な教育」「定時制の廃過程」「教科書検定」については「おわりに」で私見を述べた。

    特別保護措置
 1.性的搾取および売買
  児童ポルノ法の制定を歓迎するが以下の点を懸念する。@刑法が強姦を男性の女性に対するものに限定していること。A性的搾取の被害者の子どもの支援回復サービスが不十分であること。B被害児童が犯罪者として扱われているという報告があること。C援助交際に関する報告があること。D性的同意最低年令の低さが援助交際に寄与していること。
  以下の点が勧告されている。@男女の平等保護を確保するため性的搾取および虐待に関する法律を改正すること。A児童相談所で被害児童のカウンセリング等回復サービスを提供できる専門家の数を増加させること。B関係者に対し児童に配慮した方法で申し立ての受理等を行なえるよう研修を行なう事。C子どもの性的虐待・搾取に関する法規についての資料集の作成配布、健康的なライフスタイルについての教育的プログラムの開発といった予防的措置を開発すること。D性的同意年令を引き上げること。
 2.少年司法
  第1回報告後締約国が少年司法改正を行なったことに留意するが、改革の多くが本条約の原則・少年司法に関する国際準則の精神に合致していない事を懸念。とりわけ最低刑事責任の年令が16歳から14歳に引き下げられたこと、審判前の身柄拘束が4週間から8週間に延長されたこと。大人と同様に刑事裁判にかけられ、自由刑を科せられる子どもが増加していること、少年に終身刑が科せられうることを懸念。いかがわしい場所を徘徊するような子どもが非行少年として取り扱われる傾向にあるという報告を懸念する。
  以下の点が勧告されている。@本条約や少年司法に関する国連最低基準(北京ルール)等の全面的な実施を確保すること。A非行少年に対する終身刑を廃止するよう法律を改正すること。B審判前の身柄拘束を含め、拘禁に代わる措置を強化しその利用を増やすこと。C16歳以上の子どもの事件を刑事裁判所に逆送する実務を廃止するために現行法の逆送の可能性を見なおすこと。D問題行動を起こした子どもが非行少年として扱われないように保障すること。Eリハビリテーションおよび再統合のプログラムを強化すること。

    選択議定書・広報等
  1.本条約の選択議定書(児童ポルノ、子どもの売買、武力紛争への子どもの関与)を批准していないことを懸念し批准するよう勧告している。
  2.第2回定期報告および文書回答が公衆全体に広く利用可能なものとされること、また最終見解を含む関連の報告書の出版が検討されることを勧告する。――外務省のホームページで公開されておりいちおうは広く利用可能になっていると言えるだろう。
  3.2006年5月21日までに第3回報告書を提出することを期待する。120ページを越えるべきではない。――現行の審査のシステムからすれば、あまり大部すぎる報告書を読むことは無理であるということであろう。


 IV おわりに 第2回最終見解の評価と子どもの権利条約の現状


  最後に、こうした第2回最終見解の特徴をもう一度簡単にまとめて、若干の感想を述べておこう。

  まず、今回の見解では何度も触れたように「権利基盤型アプローチ」を強調している。そして、わが国の取り組みが総合的な対応や施策に欠けていることを鋭く指摘している。一方で、自治体の前向きな取り組みについては積極的に評価している。また、意識啓発や教育・研修の取り組みがもっと必要であるとされている。
  今回は具体的な記述が多いが、具体的に述べているだけにわが国の制度を誤解しているか、理解が十分でないと思われる点も見られる。考えてみれば、190ヵ国にのぼる様々な国の制度や文化に根ざした内容を、少数の委員(当初は10名であったが、現在は18名になっている)でごく短期間に審査するのであるから常に当該国の事情を正確に理解しろというほうが無理であろう。日本のような金持ち国の場合は、政府報告書の他に多数のカウンターレポートが提出されるわけであるが、それを全部読んで正しく理解するのはもはや人間わざではないだろう。といったことを考えあわせれば、子どもの権利条約の報告制度の位置付けについて、私自身は若干考え方を改めねばならないかと思った。どうしても我々は国内の行政や法制度の上部にある国際機関が、上から勧告を出すようなイメージをいだき勝ちであるが、国際人権法における勧告制度はやはりそのように理解されるべきものではないだろう。各国政府は委員会の懸念や勧告を真摯に受けとめて、誠実に対応する義務はあるが、金科玉条のようにとらえて何が何でも勧告どおりにせねばならないというのも実は行きすぎであるだろう。今回の最終見解に関しては若干であるが、委員会の理解や意見について疑問のあるところもあった。文化や制度の違う国の情況について勧告するのであるから、いつでも委員会が当該国の情況を正確に理解して、的確な意見を述べていると考えるのは期待のしすぎであろう。だから政府はいつでも勧告を無視して良いとは考えないが、誠実に委員会の意見や勧告を吟味した上で、ある局面では理由を付して勧告に従わないという判断もありうるのではないか。

  例えば今回の最終見解には、政治団体への加盟やカウンセリングを受けることについて「親の同意」が法的に必要とされているようなところや、少年に絶対的終身刑が課されているように読めるところがあるが、これらは委員会の誤解であろう。また教科書検定制度について、委員会はバランスのとれた記述をするために検定制度を強化せよと述べているようである。本条約に関する最初の一般的意見である一般的意見「第29条1項について」は過度な愛国心教育に批判的な趣旨を含んでいる。そして私はその意見に全面的に賛同する。しかしながら、その趣旨を実現するために教科書検定を強化するというのは正しい方向ではないであろう。また今回の見解が東京都の定時制の廃課程について懸念し、見なおすように勧告してくれていることは、同じように廃課程にされつつある学校の定時制の教師として喜ばしいかぎりではある。しかし、私の本音を言えば委員会が日本の定時制高校の歴史と実態についてどれだけ理解した上で、勧告を行なっているのかいささか疑問なしとはしない。実際のところ日本の定時制高校のようなものは諸外国にあまり例を見ないもので、まだ貧しかった戦後すぐの日本で生まれた夜間定時制高校が現在の日本でどういう役割を果たしており、また果たすべきなのかはなかなか難しい問題である。まあ、それを言うなら定時制半減を決定した大阪府教育委員の諸氏もどれだけ定時制について理解していたか、はなはだ疑問ではあるが。

  最後に、前回の見解の時から委員会は日本の教育について、「過度に競争的な教育」という印象的なフレーズを用いており、今回も同じ立場であるようである。しかしこのフレーズについても、やはり若干の疑問は残る。果たして、現在の日本の教育のいちばん大きな問題が「過度に競争的な教育」であると言い切れるだろうか。もちろん受験体制によって日本の教育が歪められていること自体を否定するつもりはないが、すでに日本社会における教育の問題は次の局面に入っているのではなかろうか。とはいえ、もちろん私は何も本条約の報告制度全体を否定しようというのではない。子どもの権利委員会の最終見解といえども絶対的に盲従すべきものではないと言いたいだけである。もともと国際人権法の報告制度とはそのようなもので、委員会に代表される国際世論と当該国の対話を通じて漸進的に進んでいくものなのである。例えば、朝鮮高級学校卒業生の大学受験資格の問題についても本条約や国際人権規約、人種差別撤廃条約の報告制度により国際世論から何度にもわたってその差別性を指摘され続けてきた結果、まだインターナショナルスクールとの間に差別は残っているが、20年前の情況からは着実に少しづつ改善してきた。このように、本条約の報告制度についても長い目で大局的な見地から見守っていく必要があるだろう。







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